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この世の闇が全て集まったような、闇が濃い場所(ところ)。
そんな、一面が闇に包まれたセカイで二人の男女が話しをしている。
「あちらはどうでした?」
「拍子抜けも良い所だ。従者から何も聞いてないらしい。そもそも、従者の存在に気付いているかどうか」
「ふふふ。アインドリッヒはまだ接触すらしてませんし、あちらの従者はその存在を明かしていない。随分と過保護ですね」
聞き覚えのない名前に首をかしげる男。
やがて合点がいったのか、男は軽く頷いた。
「………アインドリッヒ? あぁ、あっちで言うお前のような存在か」
「えぇ、そうです。双子……のようなものですね」
「アインドリッヒとやらに限れば、過保護とは言い切れんだろう。あれは恐らく試しているのさ。己が仕えるに相応しい主かを、な」
「あら。貴方がそんな風に意見を言うなんて珍しい」
心底不思議そうに首を傾げる女。
それに対し男は若干の嘲りを加えて言う。
お前はそんな事も理解出来ないのか? と。
女はそんな男の様子を気にしていないようだった。
「ソイツに限って言えば俺が行く事も予め感知していた筈だ。事実お前はあちら側の事を感知していた」
「えぇ。私達は根本的な部分で繋がっているから、やろうと思えば彼らの事も感知出来るわ」
「それに対し鈴音とやらは俺を大分殺気を込めた瞳で睨みつけて来たからな。そっちに関して言えば過保護もあながち間違っていないだろう」
「ふふ。あの子も随分と絆されてたようだし、その点はまず間違いないでしょうね」
「絆されてというよりもあれは寧ろ惚れている、じゃ無いのか?」
「確かに、ね」
あっさりと自分の意見を撤回する女に、男は呆れた。
普段からつかみどころのないヤツだとは思っていた。
しかしこうまで自分を翻弄してくれるとは。
男は軽く溜息を吐いた。
「報告は以上だ。向こうは漸く第二段階に位階を上げた。恐らく今までの反動で、第三段階へ上がるのにそう時間はかからないぞ」
「位階の上がり方は人それぞれだけど、普通は従者が試練を出すもの。そして今回の一件であの子も動かざるを得ない」
男は女の言葉に頷いた。
「それで黙っていれば若干の、下手をすれば大部分の信頼は失うだろうな。これ以降も注意が必要だ」
「それにこれを機にアインドリッヒが接触する可能性もあるし、ね?」
「さて、それはどうだか。兎も角、報告も終えた事だし俺は戻るぜ―――エクリューレ」
自身がエクリューレ、と呼んだ女の返事を聞く事無く、男―闇乃 怜―はその場を後にした。
エクリューレとわかれた怜は闇に包まれた通路を歩く。
怜が歩く靴音だけが響く中、とうの怜は歓喜が沸きあがって来るのを抑える事が出来なかった。
―――なぜ。なぜ。なぜ。なぜ、こんなにも歓喜が湧き上がってくるのだろう。
口はまるで裂けたかのように弧を描く。
なんと禍々しい笑みか。
怜は湧き上がる、その理由すらわからない歓喜を抑える事が出来なかった。
「ク、クククッ」
ふと立ち止まると、堪らないと言わんばかりに肩が震えだす。
狂ったかのような笑い声。
否、笑い声にもならないソレ。
「クククククッ」
左手で顔を覆い、上を向く。
その瞳は間違いなく狂気に染まっていた。
もはや常人のソレではありえまい。
「もっと強くなってくれよ? でなきゃ、俺がつまらねぇからな」
―――ヒトの形をした闇が嗤う。哂う。ワラウ。
狂ったように、ワライ続ける。
「楽しみにしてるぜ。もう一人の俺」
たった一人、ここには居ない、しかし自分に対抗しうる男に向かって呟く。
その存在だけが自分に‘生’を見出させてくれる。
その存在との闘争だけが自分に‘生’を実感させてくれる。
後には狂ったような笑い声と、一人の男が歩く音だけが響いていた。
―――世界よ、刮目せよ。
今、この瞬間に。真にヒトと魔物、互いの生存を賭けた‘戦争’が幕を開ける!
◆ ◇ ◆ ◇
実地訓練とも言える戦闘演習より遡る事二日前。
Sクラス担任の舞浜 郁美は学園の理事である近衛 昭蔵(このえ しょうぞう)の呼び出しにより、理事長室を訪れていた。
「編入生?」
郁美は近衛老から聞かされた珍しい情報に若干呆けた声を上げた。
そもそも、特殊能力者育成学校である近衛学園は基本的に編入生を受け付けない。
それと言うのも普通の能力者は生まれた瞬間から力を持っており、年を取るにつれその‘隠された’能力が覚醒するからだ。
その普通は受け入れない編入生が来ると言う事は。
つまり、能力を持って生まれなかった人間が、何らかの理由で突如能力者として覚醒した、ということを指す。
そう言う場合に限り能力者育成学校は編入を認める。
逆を言えばそれ以外での編入は認められないという事だ。
「また珍しいですね」
「うむ。少々特殊な子でな。実を言うと能力に目覚める可能性自体はあったのじゃ」
「………それは。元々能力者の可能性はあった、と言う事ですか?」
「いや。いったじゃろう? 少々特殊だ、と」
本来ならこういった報告は理事の口から直接くる事はまずない。
今回は何故か、件の編入生の編入先であるSクラス、その担任の郁美が直接呼び出されていた。
それも理事である近衛老じきじきの要請で、だ。
「まぁ生まれた時には能力を持たん子じゃった。変わりに、その子の周りにはワシの孫を含めて五人の能力者がおったんじゃ」
「と、言うと編入予定の子は慎司君達の幼馴染と云う事ですか?」
「うむ、その通り。と言っても中学に入るまでじゃな。より正確に言うと小学校高学年の時に転校しておる」
まぁもっとも、彼女は能力者ではなかったから学園外の小学校に通っていたがの、と近衛老は付け足すように言った。
「しかし、日本最高峰の能力者達の傍で時を過ごした」
漸く合点が言ったのか、郁美は頷く。
答えは一つだ。
それはつまり―――
「長い年月を能力者と共に過ごすと、稀に普通の人間でも能力に覚醒する場合もある」
―――そういうことにほかならない。
それ以外でも能力者の中には能力が強くなった、というケースも存在するくらいだ。
そうして能力が強化された慎司達が良い例だ。
「うむ。しかしまぁ、トリガーとなる出来事は必要じゃがな」
「………それで、その子の能力は?」
トリガーに関しては触れず、能力に関してのみ聞く郁美。
近衛老は厳かに頷くと、郁美に答えた。
「『TYPE-S』に分類される治癒能力」
「………? それならAクラスが適任では?」
治癒能力は使い勝手が良いとは言えるが、直せる範囲には勿論制限がある。
酷い重傷だと治癒能力は役に立たないのだ。
「ただし。死者蘇生以外ならどのような重傷であろうとたちどころに治癒する、な」
「―――ッ!」
息を呑む。
何故ならそれは既に能力では‘ありえない’からだ。
それはもはや神の領域に他ならない。
ヒトの身にあまる能力(ちから)と言える。
「最高峰の能力者の傍に居た彼女は、彼らの影響を受け、最高峰の治癒能力を手に入れた」
「それは………しかし、ありえません!」
「事実じゃ。ワシもその目で確認せねば、到底信じられんかったよ」
珍しく疲労した感じで言う近衛老に、郁美は若干の緊張を覚えた。
この老人が疲労した様子を他人に見せる事は極端に少ないからだ。
このことから、この件が真実本当の事だと告げている。
「わかりました。納得は出来ませんがとりあえずごちゃごちゃ言うのは止めにします」
「そうしてくれるとありがたいの」
「それで、編入生は何時こちらに?」
近衛老は顎をさすった。
若干思考した後、近衛老は告げた。
「二日後。あちらの関係上、実戦演習中になるじゃろう」
その後もその編入生について色々と聞き、郁美は理事長室を後にした。
今この部屋には主である近衛老の姿しかない。
「まぁ、何とかなるじゃろう」
そう言って机の上に置かれている編入生のプロフィールを見やる。
九条 桃花(くじょう ももか)。
件の編入生の名前の欄には、そう書かれてあった―――。
◆ ◇ ◆ ◇
時は戻って現在。
重傷だった鈴音の怪我を治療した桃花は、事の顛末を慎司や薫に言って聞かせた。
その表情からは解らないが、薫も桃花との再開を喜んでいるようだった。
慎司には、その表情が何時もよりも柔らかい事が解る。
そんな薫の様子を嬉しく思いつつ、慎司は桃花と会話を続けた。
「それじゃあ、桃ちゃんもうちのクラスに?」
「はい。これでまた皆一緒ですね」
語尾に音譜がつきそうなくらい上機嫌な桃花。
そんな桃花の様子を見て苦笑いの慎司。
相変わらず何を考えているのかわからない表情の薫。
そして、そんな三人の様子を少し離れた場所から見守る郁美。
………もっとも、鈴音を背負ってるその姿では若干しまらないが。
どこのおばあちゃんだ。
横目で郁美の様子を伺っていた慎司はそう思ったが、口には出さないでおいた。
懸命な判断である。
そんな慎司はさておき、桃花との会話は続いていた。
「皆、は間違い。遥はまだ学園に入学していない」
「あ、そうでした」
テヘッと軽く舌を出す桃花。
そしてチラリと慎司―――正確には、慎司が背負っている零に視線を向ける。
軽くおどけたような態度を取り続けていたが、実際には彼の事が心配で堪らなかった。
「あの、零くんは……」
「悪ぃ。俺らの口からは何とも。実際、俺らにも何が何だか」
桃花が何かを言う前に、慎司が言う。
その隣では薫が何度も首を縦に振っていた。
………そんなに振って痛くはないのだろうか?
「そう、ですか」
若干気落ちした様子の桃花。
先程自分が治癒した、重傷を負っていた鈴音の事も気になる。
空気が重くなる。
「さて、そろそろ大丈夫?」
それまで三人の様子を見ていた郁美が薫にそう聞いた。
無理があるが、この場の空気を変えようと話題を変える。
それに対し、薫は軽く頷いた。
「問題ない。精神状態も落ち着いてきたから、今すぐにでも‘跳べる’」
「そう。それなら、お願い出来るかしら」
「解った」
そう答えると、薫は精神集中に入る。
慎司は薫と郁美の会話に―――より正確に言うと、教師である郁美に対する薫の対応に苦笑を浮かべる。
全員が薫の傍に集まる。
薫を中心に空間が揺らいだかと思うと、次の瞬間には彼女達の姿は消えていた。
◆ ◇ ◆ ◇
結局あの後、零が目覚める事はなかった。
郁美はその旨を伝えると実戦演習を打ち切り、そのまま各自自宅待機とした。
ちなみに現在零宅には当事者の四人と、近衛老の要請により居候が決定している桃花の五人が居る。
既に演習より一日が過ぎていた。
しかし未だ零も、そして鈴音も目覚めない。
あの後精密検査の為に二人を病院へと連れて行ったのだが、零に関して、医者は匙を投げた。
いや、匙を投げたと云うのは語弊か。
正確に言うならば、治療の必要がなかったのだ。
治癒能力者である桃花も見てはみたが、怪我らしい怪我はどこにもなかった。
しかし現実として零は目を覚まさない。
それでも、零が目を覚まさない原因がどこにも見当たらない(……)のだ。
遥などは日がな一日泣きはらしている。
そんな中、鈴音が一日ぶりに目を覚ました。
彼女の場合は純粋なショック状態により、体が休息を要求していたのだろう、と言われていた。
「マスター(……)ッ!」
全身に冷や汗をかき、布団を跳ね除ける。
慎司達が喜びよりも先に、鈴音の様子に唖然としているのに気がつくと、鈴音は今自分が何処にいるのかを知った。
しかし―――そこに零の姿はない。
それに気付いた瞬間、鈴音はまるで迷子になった子供のように零の姿を探し続けた。
「マス、いえ、零様は?」
鈴音は今にも泣き出しそうな表情を見せた。
珍しい鈴音の様子に、一番最初に正気に戻った慎司が答えた。
「この部屋の隣に居る。今は桃花が様子を見てる。………けど、どうしても目を覚まさないんだ」
鈴音と違い、零は怪我などしなかった。
ただ能力を使ってみせただけだ。
しかし能力を使った後、零は急に意識を失った。
そしてそれから、一度も目を覚まさない。
慎司がその事を聞かせると、鈴音は安心したように呟いた。
良かった、とただ一言を。
「恐らく暴走(オーバーロード)だと思います」
鈴音が落ち着いた直後にそう呟いた。
遥が不思議そうに首をかしげる。
「オーバーロード?」
「はい。まれに強い感情によってリミッターが外され、普段以上の力を発揮する事があります。暴走とはソレを指します」
「………? 聞くだけだと別に問題ないと思う」
鈴音の説明では理解出来なかったのか、薫が疑問の声を上げた。
オーバーロードの言葉と説明だけを聞く限り、確かに使用後負荷はかかるだろうがそれでも倒れる程ではないだろう。
「オーバーロードとは、言葉通り暴走という意味です。確かにその場限りは強力な力を手に入れる事が出来ます」
「―――ですが最悪の場合、能力者はリバウンドによって死に至ります。そうでなくともかなり休息が必要になるでしょうね」
一同絶句。
流石にそこまで危険性があったとは考え付かなかったのだ。
「大丈夫です。零様は必ず目を覚まします。………今は、あのお方が目を覚ますのをお待ちしましょう」
鈴音がそう言って、今日の所はお開きになるのであった。
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