序章【目が覚めたらマインクラフト】


マインクラフトというゲームがある。
主にブロックを地面や空中に配置し、プレイヤーの思いのまま建築を行うゲームである。
またその自由度の高さから老若男女問わず人気を博し、学習素材としても期待されていた。

彼――北郷一刀もまた、マインクラフトの魅力に囚われた男であった。

切っ掛けはごく単純。友人の及川祐から面白いからやってみろと勧められたからだ。
最初こそ乗り気でなかったものの、一刀はその奥深さに見事に嵌ってしまった。

自由な建築、新たな素材の発見、モンスター退治、新天地への旅立ち――まるで子供の頃に夢見た冒険譚のようではないか。
プレイし始めて気が付けば朝だった、というのは珍しくなくなっていた時点で一刀は立派なマインクラフト廃人であった。

「かずピー、最近ちゃんと寝とるか?」

一刀の端整な顔立ちも目の下にクマを作ってしまえば台無しである。
特に最近まで女学園だったここ、聖フランチェスカ学園であれば嫌でも目立った。
周囲の女学生のヒソヒソ声が耳に痛い。及川は原因を作ったのが自分なので尚更である。

「正直言ってあまり。久し振りに面白いゲームに出会えたもんだから……」

「学業に影響出るまでやったらアカンよ。頼むでホンマ」

欠伸を絶やさず、所々フラフラしながら道を歩く一刀。
傍から見たら酔っ払っているように見えるだろうが、原因はただの寝不足だ。
そして寝不足というのは、周囲への注意力が得てして散漫になるものである。

及川もまたフラフラする友人だけを見ていて、周囲への注意を怠っていた。
――赤信号で歩道を渡っていることに気付いたのは、クラクションが鳴らされた時だった。

「――――ッ!」

及川より若干先に進んでいた一刀は、クラクションの音に寝不足の意識を覚醒させていた。
自分のすぐ後ろを歩いていた友人を咄嗟に突き飛ばし、安全を確保したその後――

一刀の身体はトラックによって撥ね飛ばされていた。周囲に何人もの悲鳴が響いた。

「か、一刀ぉぉぉぉぉぉ!?」

あ、及川関西弁じゃなくなってる……目蓋が閉じ、目の前が真っ暗になる瞬間、一刀はふとそう思った。











訳が分からない――今自分の身に起きている出来事に一刀は混乱していた。
自分は確かにあの時、トラックに撥ねられた筈である。痛みは覚えているし、友人の悲鳴のような声も頭に残っている。
しかし今現在、自分の目に映っているのは全く知らない広大な大地。よく小説で見る件の、病院の白い天井でなかった。
そして何よりも信じがたいのが、目で見えている下半分に体力と満腹度のメーターが確認出来ることだった。

(これってもしかして……もしかしてだよなぁ)

一刀はおそるおそる自分の手を目の前に上げてみた。うん、角ばっている。とても角ばっている。
指を動かしてみる。感覚はあるが、目の前の角ばった手に変化はまるでない。

(思いっきりマインクラフトのキャラじゃねーか!!!)

鏡がないので確認することは出来ないが、自分の姿はだいたいの想像はつく。めっちゃ角ばった簡素な姿になっているのだろう。
どうしてこんなことになったのか、まるで見当が付かない。まるで現実にエンドポータルへ飛び込んだようだ。
事故に遭うまでマインクラフトに嵌っていたからか? 神様が粋な計らいでマインクラフトのキャラに生まれ変わらせたのか?
だが分からないことをいくら考えても仕方がない。自分がマインクラフトのキャラなら今することは一つだけだ。

(土とかちゃんと掘れるのか……)

地面を見つめ、ゲームと同じように手を動かしてみた。掘る、というより壊すような感覚だ。
四、五回続けると土が小さなブロック状に変わったかと思えばそのまま消えた。いや、インベントリに自動収納されたのだ。
その証拠に体力と満腹度を示すメーターの下に表示されている簡易インベントリには土ブロック1個が確認出来た。

簡易版が見れるということは、ちゃんとしたインベントリも見れるのだろうか……一刀は思った。
単純な方法だが、頭の中でインベントリ、インベントリと考えてみる。するとそれは目の前に現れた。
自分の今の状態と装備、クラフトボックス、そしてインベントリ。うん、鏡なんか必要なかった。

(道具を作るには木。……木はどうなるんだ)

自分はマインクラフトのキャラではあるが、ここはゲームのように全てがブロックで出来ている訳ではない。限りなく現実の世界に近い。
どうやら自分が触れ、壊すことでブロック状になるようだ。試しに土ブロックを置いてみると、ちゃんとブロック状のままだった。
沸き立った疑問を解消するため、一刀は近くにあった枯れ果てた木に近づき、同じように手を動かしてみた。

土のように簡単にはいかないが、徐々にひび割れていくのが分かった。
ゲームでは木を根元から壊そうと、木は倒れずに立ったままだった。ここではどうなるのか。

(あっ……ここでも同じなのか)

原木ブロックを取ってみると、枯れた木は倒れずにそのままだった。どうやらゲームの法則は通じているらしい。
一刀はそのまま手を動かし、そこから原木のブロックを何個か頂戴すると、気になるクラフトを早速やってみた。
インベントリを開き、クラフトボックスに原木ブロックを持っていく。どうやら頭で考えるだけで出来るようだ。
原木ブロックは全部で四個。そこから作れる木材は原木一個につき四個なので計十六個を手に入れた。

そしてその木材四個を使って……これからの作業に欠かすことの出来ない作業台の完成である。
ついでに残った木材で木の棒も作っておいた。松明、斧、ツルハシ、シャベル――用途は色々だ。

(まずは木製の道具を作って、それで石を壊して石の道具にグレードアップしていこう!)

出来ることが増え、作れるものが増えてくるとマインクラフトは楽しくなっていく。
一刀はいつしか作業に没頭し、自分の身に起こった異常事態など忘れ去っていた。
数時間後――この姿になってから一刀にとって初めての夜が訪れた。
彼の周囲は木が異様な形に欠け、地面が掘られ、石という石がないカオスなことになっていた。

だが設備はかなり充実していた。
作業台、かまど、チェスト、石のツルハシにシャベル。そして木材と石で建てた簡素な自宅等々。
但し羊毛が無いため、リスポーン地点となるベッドはまだ作れていない。

(死んだらどうなるんだ……? ベッドで復活するのか、それとも完全に消滅するのか……)

今現在までゲームの法則は通じている。辺りがブロックで構成された世界でないこと以外そのままだ。
流石にあの事故と同じような痛みを味わうのは御免こうむりたい。お試しの自殺行為も論外である。

(お腹はまだ余裕があるが、食料もどうにかしないと駄目だな。ゲームでは豚や鶏が身近にいたものだけど)

更に言えば食料を手に入れたところで、それを焼いたりして調理をしなければ食べることは出来ない。
そのためにかまどが超重要アイテムなのだが、それを稼動させるための石炭は松明の分しか発見出来ていない。
地下を更に掘り進めば手に入りそうだが、夜はかなりの危険を伴う。ここでは何が出るのか分からないからだ。

(ゾンビとかならいけるかもしれない。匠ことクリーパーなら最悪……)

リアルと同じような世界観でのゾンビやクリーパーは正直勘弁してほしい。何処の世紀末だ。
こちらの装備は石の剣のみ。防具を作る素材はまだ確保出来ていないので防御は絶望的である。
襲撃がこないよう祈りながら一刀は眠れぬ一夜を過ごすのだった。だってベッドが無いんだもん。仕方ないね。



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