第一章【袁家でマインクラフト】
陽が昇る――結局一刀は寝ていない。それどころか眠気さえ感じていなかった。
流石に満腹度は少し下がっているものの、それ以外の体調不良は感じられない。
ゲームでもそうだったが、まさか人間に必要な睡眠からも解放されるとは思わなかった一刀である。
そのせいでますます自分は人間ではなく、ゲームのキャラクターになったのだと意識せざるを得なかった。
だが今更そんなことで落ち込んだり、また思い悩んでいる場合ではない。今必要なのは食料と石炭である。
(とりあえず豚、豚を探そう。いやこの際豚でなくても構わないから野生動物を探そう)
ゲームの初めはこんな原始人生活だったなぁと思いつつ、一刀は石の剣とツルハシ、そして石ブロックをインベントリに入れて外へ出た。
明るい。周囲のカオスな惨状を除けば平和そのものである。それに夜は何の襲撃もないどころかモンスターの唸り声も聞こえなかった。
(モンスター自体いないのか? そもそも生物がいる……のか? うわー考えたくないわー。餓死とか嫌だわー)
モンスターがいないのはある意味喜ばしいことだが、食料の元さえいないのは死活問題である。
探索場所に生えてる木に果物でも生ってないかなぁと淡い期待を持ちつつ、一刀は探索へ出発した。
◆
目的の食料(ウサギ肉)と石炭を確保し、意気揚々と自宅へ戻っていた時である。
大勢の兵隊と――それを纏めているのであろう――金の鎧の女性が自宅前に集まっていた。
前世の自分と同じ全員がリアル等身であり、そして完全武装している。
あえて言おう、これは勝てない。思わずインベントリから色々と飛び出しそうになってしまった。
「すいませ〜ん。私の言葉分かりますか?」
こちらを見つめる女性は首を傾げつつ、苦笑している。
(お、襲う気はないのか? わざわざ屈んで話しかけてくれているし……)
兵隊の方は分からないが、目の前の女性は少なくともいきなり自分を襲う気はないらしい。
これはひょっとして良い機会ではないだろうかと一刀は思った。ここに来て初の現地人との邂逅である。
ここで良い印象を与えておくに越したことはない。あちらの戦力が圧倒的なのだから敵対するだけ損である。
(今まで俺一人だったから気にしなかったけど、言葉は通じるのだろうか?)
一刀は目の前の女性に向け、自己紹介と貴方は誰? との質問をぶつけてみたが、反応はない。
いや、反応はあった。それがただ困惑したような表情に変わっただけだ。
次に身振り手振りを含めて伝えてみたが、結果はお察しの通りである。伝わらない。
「う、う〜ん。私の言葉は伝わっている? んだよね。だから色々と動いてくれているんだよね?」
(そうですよー! 貴方の言葉は伝わってますよー!)
ついでに屈んでいるせいで下着が見えそうですと言おうと思ったが、あえて黙っておいた。
何でかって? こちらの印象が悪くならないために決まっている。決して男の性ではない。
「えっと、私は顔良と言います。ここら一帯の土地を治める袁紹様に仕えるものです。昨日この辺りで異常な現象及び建物が建ち始めたとの報告を受けて調査をしに来ました」
(何とっ! ここらの土地は所有者が居たのか!)
自由度が無くなった、と一刀は内心落ち込んだ。
「袁紹様からは原因を見つけ次第対処するように言われています。見たところ貴方がここに住んでいるようですし、出来れば私に同行して頂いて袁紹様に事情を説明してもらえませんか?」
(う〜ん。開拓するには袁紹さんに許可を貰わないといけないのか。なかなかに面倒だな)
ちなみに一刀は彼女と主の名前を聞いて三国志の登場人物と同じだなぁと思ったが、特に気にしなかった。
あえて言えばそういう世界なんだなぐらいの認識である。マインクラフトでもMOD拡張で色々な世界があったぐらいだし。
(交渉が有利に進むようにするには鉱石が必要だよなぁ。ダイヤとかエメラルドとか)
しかしそんな物は手元にない。あるとすれば石炭や丸石、竹や多数の自然ブロックである。
だが無いよりはマシかもしれない。念のため、チェストから引き出しておこうか。
「ど、どうですか? 私としてはあまり捕らえるとか、手荒な真似はしたくないんですが……」
「しかし顔良様、周囲の奇怪な様子を見て下さい。この者怪しい術を使うかもしれないですよ?」
「そもそも人なのかコレは……」
「色々と角ばってるしな。目や口とか何処なんだ?」
「もう皆さんはちょっと黙ってて下さい! なるべく穏便にいきたいんですから!」
(まあ現地人の人から見ればそうだよなぁ。俺も穏便にいきたいですよ)
このままだと女性――顔良が兵士の意見に押されてよからぬ展開になりそうである。見た目気弱そうなんだもん。
一刀はゆっくりと顔良に近づき、ポンポンと足を叩いてこちらに気付かせた。兵士の方々共々一斉にこちらを見ないでいただきたい。
「あ、ゴメンなさい。放っておいてしまって。それでどうですか? 私達に同行してもらえますか?」
(します、しますよー! 開拓をしたいから!)
一刀は生まれて初めて何回も頷いた。敵対する気はありません、貴方達に付いて行きますと伝わらない言葉を添えて。
「頷いたってことは……付いてきてくれるんですね! 良かったぁ」
(俺も良かったです!)
こうして一刀は顔良一行に同行することとなった。身体が小さいからか、彼女に抱えられてである。
しかし出発の際、持って行きたいものがあると伝えるのに更なる時間を費やしたのは説明するまでもない。
意思の疎通って大事、言葉って大事と一刀は改めてシミジミと思うのだった。
◆
「オーホッホッホ! 私がこの袁家の当主、袁本初ですわ! 見知りおきなさい」
(おお〜、豪華な居城に内装……どんな素材が取れるんだろう)
王座に座り、名乗っている袁家当主のことはロクに見ず、一刀は顔良に案内された部屋の内装に圧倒されていた。
すぐにでもツルハシを取り出して掘り、素材を手に入れたい。未知の素材ほどマインクラフトプレイヤーを刺激するものはないのだ。
「ふふ、どうやら私の威光が眩しすぎて言葉も出ないようですね。人外の者すら圧倒する私、罪作りですわね」
「いやいや姫、あのチンチクリンは多分姫の話を聞いてない」
「そうですの? でも許してあげますわ。人外の者に私の華麗な言葉が通じないのも仕方ないですもの」
「姫ってそういうところホント器デカイよなぁ。そんな姫だからあたい等付いていくんだけど」
とは言っても、このままでは一向に話が進まない。
顔良はキョロキョロと落ち着かない一刀をヒョイと抱き上げ、頭を袁紹の方へ向けさせた。
そうして今の事態にようやっと気付いた一刀は挨拶のつもりで袁紹に向けて頭を下げた。
「あら、人外の者でも最低限の礼節は心得ているようですわね。褒めてさしあげます」
どうやら満足してくれたらしい。一刀はホッと内心息を吐いた。
「斗詩から事前に報告は受けていたけど、未だに信じられないわね。ホントにその、人のようなモノが建物を建てたりしていたの?」
「そうだよ真直ちゃん。この子の自宅だってちゃんとあったんだよ」
「ってかチンチクリン、斗詩に抱っこされて羨ましいぞ! そこ替われ!」
(嫌です! おっぱい最高!)
一刀は自分が今、ブロック顔になっていることに感謝していた。
もし生身であったなら、絶対に助平顔を晒していただろうから。
「あっ! コイツ絶対良い感触を味わってる! 斗詩、早くソイツを放り投げろ!」
「もう何言ってるの文ちゃん。この子可愛いじゃない」
「かわ、いい……?」
「斗詩さんの感覚というものは未だに理解出来ませんわ……」
「あーもう! 話が進まない! 麗羽様ッ! ここは私、田豊がこのモノと話したいと思います」
グダグダな状況を見かね、眼鏡を掛けた女性――田豊が一刀の前に出た。
長々と話されたが、彼女の話を要約するとこうだ。
『袁紹の治める土地を荒らし尚且つ自宅を許可無く建てることは、本来なら許されざることである』
『だが僅かな時間で建物を建築、更に木を伐採しても葉は浮き続けるといった妖術の類には興味がある』
『もしその術を袁家のために使うなら無罪とし、客将待遇として迎え入れる。断るなら追放の上、二度とここら一帯に足を踏み入れないこと』
(選択の余地がない……。三国志の世界観なら戦争とかあるんだろうけど、戦いは嫌だなぁ)
しかし開拓出来る土地が減るとなると、クラフターとしては死活問題である。
醍醐味である未知への探求が狭まるのは望むところではない。
チラッと一刀は自分を抱き抱える顔良の顔を見た。
断らないで、と言った意思が手に取るように分かった。うん、断れないよねコレ。
一刀は内心溜め息を吐いた後、ゆっくりと頷いた。
(開拓の許可を貰うだけだったのに……まさか軍に所属することになるとは)
「頷いたけど、斗詩? これは私達の提案を受け入れてくれたということで良いの?」
「う、うん。良いと思うよ真直ちゃん」
「斗詩はこう言ってるけど、本当にこちらに加わってくれるのね?」
念のため、一刀は田豊に向けて数回頷いておいた。そしてようやくこちらの意思が伝わったらしかった。
「麗羽様、このモノが麗羽様の為に力を尽くすことを誓いました」
「オーホッホッホ! 当然ですわね。最初から断るとは思っていませんでしたが」
(断らせる気すら無かったくせに……)
「ちぇっ、お前も仲間かよ〜。言っておくけど、斗詩はあたいのだかんな」
「文ちゃんのになった覚えはないよ!?」
何だか賑やかな陣営だなぁと一刀が思っていると、何時の間にか袁紹が自分の前まで来ていた。
そして徐に自分の頭を指で何度か突いて来た。犬や猫を弄るのと同じようなものだった。
「見れば見るほど不思議な生き物ですわね。本当にコレが妖術を使えますの?」
その前に突くのを止めて頂きたい一刀であった。
「使えますよ! ……多分」
「いや、報告してきた貴女が自信無く言ってどうするのよ……」
「でも調査しに行った場所にこの子がいたし、不思議な物は沢山あったし……」
「仲間に加えても肝心の術が使えないんじゃなぁ。姫、試しに何かやらせてみたらどうです?」
「あら、猪々子さんにしては良い思い付きですわね。貴方、斗詩さんが見たという不思議な術をやってみせなさい」
えっ? いいの? と一刀は思わず頭を上げて袁紹の方を見た。
そんな一刀を見てどんな解釈をしたのかは不明だが、彼女は胸を張って言った。
「心配は無用です。何が起きても私は咎めたりしませんわ」
――おっぱい大きいと心の片隅で一刀が思ったのは内緒である。
そう言うことなら遠慮は無用。一刀は顔良の腕の中から離れると、インベントリを開いてツルハシを持った。
(あんなものを何処から!?)
「おおっ! スゲェなチンチクリン。それが妖術か!」
そんなわけはない。ここからが本番である。一刀は辺りを歩き、己の勘を働かせる。
ここだ――壁に近づき、手に持ったツルハシを振りかぶった。
「オーホッホッホ。可愛いですわね。そんな体格と粗末な道具では、私の華麗な城の壁に傷一つ――」
「あの〜……姫? ボッコボコ穴を空けられてるんですけど……」
「何ですって!?」
後ろが騒がしいが、一刀は最初に目覚めた場所では出会えなかった素材に心躍らせていた。
閃緑岩ブロック――かまどで加工すれば【磨かれた】物に変わり、建築用の良い素材になる。
ここに連れて来られる形でお別れした旧自宅よりも遥かに良い物が出来るかもしれない。
「今すぐ止めなさい!! 私の城がぁぁぁぁ!?」
「かしこまりました! 斗詩、アイツを早急に確保よ!」
「は、はいぃぃぃ!!」
この一件から一刀は文ちゃんこと、文醜からなかなかやるチンチクリンと見直されることになるのだった。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m