第四章【決意と地下農業でマインクラフト】
「お〜い。来たぞ真直」
大事な用件があるとのことで、文醜と顔良は田豊に兵舎の訓練場に呼び出されていた。
二人の姿を確認し、田豊は軽く手を振った。
「来てくれてありがとう二人とも。言った通り武器は持ってきた?」
「ああ。言われた通り持って来たよ」
「何か特別な訓練でもするの?」
文醜の手には大剣――斬山刀が、顔良の手には金光鉄槌がそれぞれ握られている。
持参したのも事前に田豊に言われたからだが、理由は説明されていなかった。
「まあ理由はすぐ説明するわ。先ずは二人とも、これを見て」
そう言うと田豊は懐から何かを取り出す。見るとそれは一刀が作った鉄のインゴットであった。
「カクちゃんの作ってた鉄だね」
「あ〜、真直盗ったのかよぉ。あいつが泣いちまうぞ」
「人聞きの悪いこと言わないで! これはカクと物々交換してもらった物よ!」
この間から一刀は田豊と作ったチェストやインゴットを交渉し、物々交換していた。授業とは別の、マイクラで言う取引である。
ベッドの件があってから、現段階で入手困難な素材を要求するクラフトアイテムを手に入れる為の手段であった。
無論交渉と言っても一刀は喋れない。よって教えてもらった文字、またはボディランゲージで押し通したのだが。
「へえ〜、あいつもなかなかやるなぁ。真直は何を渡したんだよ」
「そうね……主に書物や本棚かしら。後、私には合わない装飾品とかね。好奇心旺盛で学ぶ事に抵抗が無いのよカクは」
「ふふっ、文ちゃんもカクちゃんを見習わないと駄目だね」
「うへえ。あたいはそう言うの苦手だから遠慮するよ」
「貴女はもう少し学ぼうという姿勢を……っと、話が逸れたわね。ともかくこれを得る為に私が払った代価は些細な物。寧ろ足りないぐらいよ」
田豊は徐に腰の鞘から剣を抜いた。見た目は普通の鉄の剣だが、刀身が何処か煌びやかに感じる。
すると田豊は地面にそれを置いた後、二人に言った。
「この剣はカクから貰ったこの鉄で打たせたものよ。貴女達に武器を持って来てもらった理由はこれ」
彼女の真意に気付いた顔良がまさかと問い掛けた。反対に文醜はまだ分からず、首を傾げている。
「まさかこの剣を私と文ちゃんで……?」
「ええ。壊す勢いで思い切り打ちつけて。手加減なんていらないわよ?」
ようやく意味を理解した文醜があっけらかんとした様子で言った。
「えっ? 単純にこの剣をぶっ壊せば良いのか?」
「そうよ。壊せるものなら壊してみてちょうだい」
「おいおい真直。あたいと斗詩をナメすぎだろう。あたい達二人は袁家の二枚看板て呼ばれてるんだぜ?」
そう言いながら文醜は斬山刀を構え、田豊が置いた剣に狙いを定める。
訓練では相手の兵を殺してしまわないよう手加減がいるが、今回は手加減無しという軍師の許しもある。
普段から思い切り暴れて身体を動かしたい文醜にとって、今回の件は良い鬱憤晴らしであった。
「斗詩の出番はねえ。あたいの一振りで十分、さっ!!」
最後の言葉と共に文醜は斬山刀を振り下ろした。鉄と鉄が打ち合う巨大な音が鳴り響き、地面も衝撃でへこんだ。
手応えあり――そう感じた文醜は笑みを浮かべた。自分の全力の一撃である。あの鉄の剣も粉々だろう、と。
「あら? 笑ってるけど猪々子、よく見てみなさい」
「何だよ。別に壊れた剣なんて……って、えっ?」
斬山刀を持ち上げると、そこには粉々どころか完全に原型を留めた鉄の剣があった。
傷一つ無く、刀身の輝きさえ落ちていない。地面に埋もれてはいるが、何事も無かったようである。
そんな馬鹿なと文醜が何度も打ち付けるが、逆に彼女の武器が刃こぼれを起こす始末。ついでに両手がビリビリと痺れた。
「ひぃ〜ん! 何なんだよこの剣はぁ!?」
「文ちゃん大丈夫?」
「斗詩、貴女もついでにやってみる?」
「遠慮するよ。文ちゃんがやって駄目なら私だって無理」
「まあそうよね。実は貴女達以外にも力自慢の兵達にやってもらったんだけど、結果は分かるでしょ?」
その言葉に文醜が悔しそうな顔を浮かべる。
恐らく彼らも自分と同じ結末を辿ったのだろうと嫌でも分かった。
「軽さは従来の物と変わらず、けれども驚異的な耐久力を誇るこの鉄……これは戦いを大きく変えるわ。私はこれを袁紹軍の武具に採用しようと思ってる」
「これをか!? でもそれだと物凄い量が必要になるんじゃないか?」
「心配いらないわ。カクがやってくれるもの」
確かにカクならやれる――田豊の一言は二人を納得させるのに十分だった。
今まで常識では考えられない光景や技を見せられてきたのだから。
「来るべき時のため、この鉄を使った武具に使用者が振り回されては意味がない。だから二人には兵の訓練を徹底してほしいの」
「ああ、武具に頼った戦い方は死を招くからな。そんなの急に持たされたら誰だって浮かれちまうよ」
「そういうこと。それに麗羽様が求める華麗さには程遠いからね」
「そのこと……カクちゃんは知ってるの? 真直ちゃん」
自分の作った資源が戦争の道具として使われる事実――普段から建築や発掘を楽しんでいる一刀の姿を見ている顔良は、何とも言えない気持ちになった。
言葉こそ交わせないものの、彼が喜んでいる様子や悲しんでいる様子は何となくだが分かる。
今まで一緒に過ごしてきた、純粋なあの子が知ったら自分達のことをどう思うのだろう……と。
「……きっと気付いてるわ。城の補修・強化は攻められた時のため、鉄は武具のためってね。あの子は賢いもの」
「そう、だよね。カクちゃん私達のこと分かってるみたいだし……」
顔良に脳裏に一刀の姿が浮かぶ。
元気に手を振る姿、真剣に田豊の授業を受ける姿、こちらの言葉に頷く姿。どれもこちらのことを理解している仕草だった。
「けれども私はやめないわ。袁家のため、麗羽様のためにカクの力がどうしても必要なの。いざとなれば私一人が嫌われ者になれば済む話よ」
田豊の覚悟に顔良と文醜は何も言うことが出来ない。
「斗詩、猪々子。改めて貴女達にお願いするわ。これからの世のため、麗羽様とカクを全力で守って」
◆
(待ちに待った地下室大改造計画を始動する!)
地下に作った自室で一刀は一人やる気を出していた。彼の目の前にはこの日のために集めた素材の数々がある。
水の入った鉄バケツ二個、街の人達から貰った小麦、(竹とも言う)サトウキビ、川から取れた砂で精錬したガラス。
勘の良い人なら分かるであろう。そう、一刀は地下で農産業をするつもりだった。
(先ずは無限水源を作るぞ! これを作ればいちいち水を取りに行かなくて済むからな)
熟練のマインクラフター必須の技術の一つである無限水源。
その名の通り何度すくっても無くならない水源をお手軽に作ることが出来るのだ。
当然一刀がそれを知らない筈もなく、特に時間をかけることもなく作成出来た。
(周りに石ブロックを置けば……うん。井戸っぽく見えるな)
試しに空バケツで水をすくってみる。一ブロック分の穴が空くが、すぐに水で満たされた。
結果は大成功である。これで川に水を取りに行く手間が省けた。偉大なり鉄バケツ。
(地下は天然の土の宝庫だからな。土ブロックを置いて、鍬で耕して、種を植えてと……)
場所を整えた後は周囲に水を流して成長を促すだけである。半分はサトウキビを植え、もう半分は小麦を植えた。
明かりの方は松明を多く設置するだけでも十分だが、どうせなら天然の光が欲しい。そこでガラスの出番である。
畑があるところの天井だけを掘り、その代わりとしてガラスを設置していく。これで太陽光が差し込むだろう。
(手際良く出来たなぁ。初めて農業した時は戸惑ったものだけど、俺の腕も上がったってことか)
完成した地下畑を見て、うんうんと満足げに頷く一刀。
これ等は全て貴重なクラフト素材になるし、また食料の材料になる。
(小麦はパンやケーキに、サトウキビは砂糖になる。更にサトウキビは紙にもなるしなぁ)
近く袁紹達にお披露目が出来るかなぁとの思いを馳せ、一刀はチェストから焼き兎肉を取りだして食べた。
そろそろ肉のストックも心許なくなってきたので森へ狩りに出る頃合か、そう思っていた時である。
「カクちゃ〜ん。やっぱりここに居た」
「お前相変わらずここ好きだよな……って、何じゃこりゃあ!」
(あっ、いらっしゃい。斗詩さんに猪々子)
来訪者の二人、顔良と文醜である。僅かに残った兎肉を食べ、一刀は彼女達を出迎えた。
本当ならサトウキビや小麦が育ってからお披露目したかったが、見つかっては仕方ない。
「これって畑だよな? ってか、天井に何個もあるの硝子じゃないか!」
「硝子ってとっても高価な物なのに……あれもカクちゃんが作ったの?」
(砂から簡単に作れますよ〜。畑はここに来て初めて作ったけど)
「昨日は全く変わりなかったのに、あたい達が来るまでに畑を耕したりしたってことかよ……」
一刀が身振り手振りで二人の言葉にリアクションしていると、急に二人が脱力した様子でその場に座り出した。
二人して体調でも悪いのだろうか――思わず一刀が四角い頭を傾げた。
「ははっ……あいつから姫と一緒にお前を守れって言われた傍からこれだぜ」
「うん。真直ちゃんがあんなに真剣な様子で言ったのも納得だね」
(何の話?)
「とぼけた顔しやがって。お前もうあたい達に欠かせない人材になってんだぞ? 分かってんのか?」
「カクちゃん、真直ちゃんのこと嫌わないであげてね。カクちゃんの作った資源を戦争に使うのも麗羽様のため、ここを守るためでもあるの」
顔良の言葉に一刀は二人がここを訪れた目的を――何となくだが――理解した。
(仲間思いな人達だなぁ)
一刀自身客将となってから戦争に使われることは元々覚悟していたことではあるし、田豊の想いも分かる。
だから嫌うどころか積極的に彼女に協力するつもりだった。今となってはもうここが自分の居場所なのだから。
(真直さんを嫌ったりしないです。だから心配しないで下さい)
顔良と文醜それぞれに近づき、一刀は安心させるように肩を叩いた。
二人はその行動の意味を理解したのか、クスクスと笑った。
「ったく、いっちょまえに生意気なんだよお前は。このヤロ!」
(頭をグリグリするなって〜)
「ホントに賢いね、カクちゃんは」
(あっ……ナデナデ気持ち良いですわ)
この人達に拾われて良かった。穏やかな一時を過ごし、一刀は改めてそう思った。
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