第五章【偶然の産物でマインクラフト】


「真直さん。身体の調子はどうですの?」

「ああ麗羽様。申し訳ございません。このような情けない姿をお見せして……」

田豊が職務中に倒れた。その報せを聞き、袁紹は彼女の私室を訪れていた。
早急に呼び寄せた医者の話だと病気ではなく、ただの過労だという。ようは働きすぎだ。
診断を聞いた袁紹は「体調管理も出来ないとは華麗ではありません!」と怒ったが――

(良かったですわ……)

実は彼女、病気ではないと分かった時点で内心かなりホッとしていた。
田豊も短い付き合いではないので、そんな主の心遣いに笑みをこぼした。

「あまり私に心配を掛けるのは許しません。貴女が倒れたら色々と仕事が滞るのではなくて?」

「御心配には及びません。我が軍の武官文官共に華麗で優秀ですので、私が復帰するまで頑張ってくれます」

「オーホッホッホ。我が軍の者達が優秀なのは当然のことですわ」

「はい」

だが田豊が倒れたのには袁紹も知らない真実がある。それは一刀の大改造地下室お披露目のせいであった。
僅か二、三日で育つ小麦、どんなに汲んでも無くならない水源、大量の硝子――それ等はあまりにも刺激が強すぎた。
正直田豊はそこで一瞬気を失いそうになった。だが主がいる手前、そんな姿を晒す訳にいかず踏み止まったのである。

(麗羽様は事の重要性に気が付いてなかったみたいだけど……)

田豊とは対照的に、袁紹は地下畑を作った一刀に対し――

『その小さな身体で畑も作れるなんてなかなか優秀ですわ! カク、褒めてあげます』

(麗羽様ぁぁぁぁぁ!? そこ、そこじゃなくてもっと重要なことが目の前にぃぃぃぃ!?)

いつものご褒美と頭を撫でて終わった。その時傍に居た田豊の心の声など知る由も無い。

(カクのあれはまさに神技と言っても過言ではない。これで我が軍は食料と水に困ることは無くなる……)

だがそれ故に恐ろしい。このことが他国に知れれば瞬く間にこちらは標的となるだろう。
最悪の場合“増長する袁紹討つべし”として反袁紹連合が組まれるかもしれない。

(特に朝廷に知られる訳にはいかないわ。何進は言うに及ばず十常侍の馬鹿共なんか特に……)

常に欲望を満たしていなければ生きていけないような連中に知られれば、どれだけの重税及び嫌がらせをされるか。
そしてこれだけのことをもたらしてくれるカクの存在がバレたら必ず朝廷の名のもと、引渡しを要求するに違いない。

(そんなことはさせない。麗羽様もカクも、この国も守ってみせる……!)

「真直さん? 先程から黙ってますけど、具合がまた悪くなってきたんですの?」

「ッ! いえ、申し訳ありません。早く麗羽様に元気な御姿をお見せしたいと考えていました」

「まあ、可愛いことを言いますのね。それならちゃんと薬を飲んで身体を治しなさいな」

「それでは私は戻ります」と、部屋を後にする袁紹を見送る田豊。
主の足音が遠ざかっていくのを確認した後、田豊は寝台に身体を預け、ホッと溜め息を吐いた。
このところ忙しい日々が続く。だが悪い忙しさでなく、充実しているのがせめてもの救いだが。

「民にもカクの技術を教えたいところだけど……これは私達の心、そしてあの地下に留める方が良いわね」

他国との関係を考えれば、田豊のこの判断は懸命であった。
蝗の被害に遭い、麦が食い荒らされたとしても地下であれば手が出せない。例え被害にあってもカクなら何とかしそうであるが。
そして飢える民に地下の食料を提供すれば、袁紹の名が各地に轟くだろう。これは密かに蓄えておいたと言えば誤魔化しも利く。

「麗羽様に頼んで、カクの地下室拡大を許してもらいましょう。畑が大きくなればカクだけじゃ手が回らないわ。力を持て余している兵達を手伝わせて、水源も……」

そこまで言い掛けて田豊は深く、ハァ〜と溜め息を吐いた。その表情は呆れた様子を浮かべている。

「駄目だ私。休めって言われてるのに休めてない……」

これもここに来てから信じられない業を次々に起こすカクのせいだ。田豊はそう思うことにした。
チラリと寝台の横に視線を移す。そこにはお見舞いにカクが持ってきた花が沢山飾られていた。

「全く……貴方のせいで全然休めないじゃないの」







一刀は地下室で一人後悔していた。自分はとんでもない物を作ってしまったのではないか。
そのことに気付いたのは本当に偶然だった。

「カク様今日も頑張っていらっしゃるわね」

「あんな小さな身体でよく働いてらっしゃる。ご立派だけど、ちょっと可愛い……」

武官及び文官の女性が時折自分の働いている様子を観察しに来ていることは知っていた。
マイクラボディだが、可愛いと言われて悪い気はしない。元のリアルボディなら微妙な気持ちになったが。
畑の天井を一面硝子にしたので、地下に居ても彼女達の姿はよく見える。それは向こうも同じだろう。

応援しに来てくれる女の子達に応えようと、一刀が手を振ろうとした時である。

(あっ……白と黒……)

袁紹軍に所属する女性陣は武官文官問わず、総じてスカートが短い。華麗で可愛い女の子が好きな袁紹の趣味だそうだ。
背の小さい一刀は通り掛かる度に見えてしまいそうでドキドキする。だが自分は紳士なので意識して見ようとはしない。
だがこれは仕方がなかった。地上からは硝子張りの地面、そこに屈んで手を振る女の子、地下にいて見上げる自分――不慮の事故だった。

(……これは意図してやった訳じゃない。偶然の産物……小麦さんやサトウキビさんが太陽光を欲しがったから完成してしまったんだ)

俺は悪くねえ! それを言うなら真直さんはタイツ履いてるだけだし! と何処かの親善大使が言いそうな台詞で一刀は自分を納得させた。
互いに不利益がない以上、天井硝子を直す必要はない。全ては農業のためであり、心のオアシスを惜しんだ訳では決してないのだ。

(うん。このままで良いんだ。さて、小麦からパンでも作ろうかな)

成長し切った小麦を収穫すれば同時に種もドロップする。これで小麦が尽きることはないだろう。
隣のサトウキビも十分に育ち、量も十分だ。こちらも収穫し終えたら小麦もしくは別の物を植える予定である。

(カボチャやニンジン、ジャガイモはまだ見つけれてないからなぁ。やっぱり現物か種は他の国にあるのかな?)

カボチャはオシャレなジャック・オ・ランタンやゴーレムの作成に、ニンジンはブタ等の家畜を増殖、ジャガイモはベイクドポテトになる。
建築や発掘の他にも夢中になれるものがあるマインクラフトはやっぱり凄いと改めて思う。

(麗羽様に頼んで他国へ冒険に行けないかなぁ? 一人だと真直さん絶対反対するだろうし)

ここで取れない素材があるならば、遠出はどうしても必要になる。張三姉妹も頻繁に営業へ行く訳ではない。
ネザーという究極の手段があるが、行けるかは不明だ。そもそもネザーポータルを作成する材料がまだない。

(まあ色々考えても仕方がない。今は農業に集中だ)

収穫を終え、チェストにはまだ使わないサトウキビを入れておく。
そして小麦を作業台に持っていき、食料としてパンを作成した。

(パンは腹持ちが良いんだよなぁ。肉はジューシーだったけど、パンはどうだろう)

一口食べてみる。満腹度が回復し、口の中にほんのり甘いパンの味が広がった。
イメージとしては味無しのコッペパンだったが、良い意味で覆された。

(ホントに今更ながら水飲んでないなぁ。飲む必要が無いから意識しなかったんだろうけど、パン食べたら考えちゃったじゃないか)

「カ〜クッ! 何してるの?」

首を傾げて考え込んでいた時、突然背後からの可愛らしい声と共に一刀は後ろに抱き寄せられた。

(うおっ! 何時の間に……って、頭に当たるこの感触は……!)

「えへへ〜、驚いた? 天和だよ」

(おっぱい柔らかいです……ありがとうございます)

「あんたこんな所に住んでるの? 私室を麗羽様に貰ってるのに変わってるわねえ」

「凄い……こんなに広い地下は初めて見た。天井の一部は硝子張りだし」

気付けば張三姉妹全員が地下室へ来ていた。
顔良達が噂している自分の地下室を一度見てみたいと思い、やって来たらしい。

「ん? あんたが手に持ってる物って何? 見たことないわね」

「食べ物、なのかしら?」

(あっ、食べる? 沢山作ったから余裕はあるよ)

「わっ!? あんた何処から出して……って、差し出してるってことはくれるの?」

(あげるよ〜)

「あ、ありがとう。一応貰っておいてあげるわ」

「あ〜! ちぃちゃんばっかりズルイ! カク、私にもちょうだい?」

(はいよ)

忘れずに張梁にも渡し、彼女達と一緒に一刀はパンを食べ始めた。
今まで食べたことのない味と食感に三人の目が輝いた。

「美味しい! これカクが作ったの?」

「な、なかなかじゃないの。小さいくせにやるわね……」

(それ程でも)

「美味しいけど、ちょっと水が欲しくなるわね」

(あっ、水ならそこにあるよ)

一刀が腕で示す方向には、以前作った無限水源があった。
一工夫として周囲に石ブロックを置いて井戸風にしてあるのがポイントである。

「えっ? ここに水もあるの? 地下のくせに充実し過ぎじゃない」

「どれどれ〜? ……わ〜! 中のお水、透き通ってて凄い綺麗!」

井戸を覗いた張角が興奮気味に声を上げている。それに釣られた張宝も彼女の傍に駆け寄り、同じように声を上げた。

「私達の舞台をあっという間に完成させる技術といい、カク君……貴方は本当に凄いのね」

(マインクラフトだと当たり前のことなんだけどね)

ふと、一刀は思った。
そう言えば武器、防具、道具に付加能力を付けるエンチャントに水を氷に変えて歩く物があった筈だ。
確かブーツに付けられる能力だから、歌って踊る彼女達にピッタリではないだろうか。演出的にも良い。
エンチャントテーブルの材料及びエンチャントをする環境も、田豊との物々交換で揃いつつある。

(池や湖全てがライブ会場だ! って言うのは良い宣伝効果になるだろうなぁ)

自分が知らぬ内にとんでもない偉業を数々成し遂げていることに一刀はまだ気付いていないのだった。



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