第九章【結んだ縁でマインクラフト】
劉宏に確保されてから暫く経った後、一刀は抵抗することを諦めた。
彼女は寝台に乗り、一刀はその膝の上に抱えられながら座っている。
「やっと暴れなくなったわね。ここで一番偉い朕に抵抗するなんて良い度胸してるわ」
(あのままおっぱいに埋もれてるのも良かったんだけどねえ)
男としての本懐に一刀は内心ウンウンと頷いた。
「これが頭、なのよね? ここが腕でこっちが足……もう全部四角いから訳分からないじゃない!」
(無理矢理曲げないで……って、何か理不尽にキレられてる!?)
劉宏は今まで見たことのない一刀の摩訶不思議な身体に興味津々だった。
頭をペタペタと触り、腕と足を曲げ、時々柔らかさを確かめるように撫でる。
まるで新しい人形を買い与えられた無邪気な女の子だと一刀は思った。
――自分が人形扱いなのはとても不本意だったが。
(と言うかこのままは不味いな。採取云々よりも先ず帰れないじゃないか)
何とか隙を見て逃げ出したいが、思いのほかギュッと抱きしめられているため抜け出せなかった。
「ねえ、お前は外の世界からやって来たの? 正確に言えば柱から出て来たんだけど」
(全くの予定外だったけど)
「朕は外に出たことがないの。妹は外には珍しい物が沢山あるって言うけど、本当かしら?」
(あるよー。あくまで俺目線だけどね)
一刀は劉宏の問い掛けに素直に頷いた。
(と言うか外に出た事がないって。どんだけこの娘大切に育てられてるんだ?)
「まあ答えてくれる訳がないわよね…………待って、お前今、私の質問に頷いた?」
一刀を抱き上げてこちらに向かせ、ジッと彼を見つめる劉宏。
これは答えなければどうしようもなさそうだと思い、一刀は再び頷いた。
「お前……私の言葉が分かるの?」
(分かるよー)
すると劉宏が顔を伏せ、身体を振るわせた。
とうとう怖がらせたかと思い、一刀は彼女の顔色を恐る恐る窺う。
そして顔を上げた彼女の顔は――
「す、スゴいスゴい!! 人の言葉を理解する珍獣ね!」
出会った当初よりも三割り増しに目をキラキラと輝かせていた。
そのままなら目から光を放ちそうなぐらいの輝きっぷりだった。
興奮が最高潮なのか、寝台の上で飛び跳ねそうである。
(更にキラキラしてる! しかも俺って珍獣扱いッ!?)
「どうしよう、これって秘密に飼えるのかしら? ねえお前、朕の言葉が分かるんでしょ? 何を食べるの?」
(えっ、普段は焼き兎肉とかパンとか……ちょ、待って! 俺飼われる!? 飼われようとしてる!?)
生憎一刀に飼われる趣味は一切無い。このままでは不味いと再び一刀は抵抗を始めた。
「あっ、こら! 暴れるな! 朕の言う事が聞けないの!」
(飼われたくないですから! 俺には帰る場所があるんだ!)
「陛下ッ!? いかがなされましたか!?」
バンと勢いよく扉が開き、作ったお菓子を片手に趙忠が兵と共に部屋へ駆けつけた。
その時劉宏の行動は素早かった。一刀を瞬時に胸に抱き寄せ、隠すように寝台の布をかぶった。
「……何よ趙忠。こんなに兵を引き連れてなだれ込んで来るなんてどういうつもり?」
今まで寝ていたという感じを装い、劉宏は不機嫌そうな目で趙忠を睨んだ。
「へっ……あ、あの……扉の前で陛下の大きな声が聞こえたものですから、曲者かと思いまして……」
「朕が大きな声を? そんなはしたないことする訳ないじゃない。お前の聞き間違いでしょ」
「あうっ……そ、そうなんでしょうか?」
「そうよ。それと何時までここに兵を置いておくつもり? ここは男子禁制の場よ」
「し、失礼致しました! 兵士の皆さん、早くここから出てって下さい!」
趙忠が背中を押し、駆けつけた兵を次々に外へ追いやっていく。
その様子を見て、劉宏はホッと安堵した。
(コレが趙忠にバレたらどうなるか分かったもんじゃないわ。触れてはなりませんって言って処分されかねない……)
劉宏の胸の感触を不本意ながら再び味わった一刀だったが、今回は誘惑に負けなかった。
彼女が安堵したのと同時に腕の力を緩めたのを見逃さなかったのである。
(今がチャンス……!)
踏ん張り、どうにか劉宏の腕から逃げる一刀。
劉宏がそれに気付いた時には、既に彼は自分の腕の中にいなかった。
「あっ……!」
「へ、陛下? まだ怒ってらっしゃいますか……?」
「ぬぐっ……! べ、別にもう怒ってないわよ……」
その言葉にホッとした様子の趙忠は劉宏の傍にお菓子を置き、いつものように傍に待機し始めた。
正直今の状況は面倒なことこの上ない。趙忠が居れば逃げた一刀を捜索出来ないし、身動きが取れない。
幸い趙忠はまだ一刀が現れた柱の穴にはまだ気付いていない。しかしこのままでは時間の問題だろう。
「(もう! 面倒ね!)趙忠、今日はもういいわ。下がりなさい」
「あ、あの、よろしければ陛下がよくお休みになれますよう御話でも……」
「いらないわ。早く一人になりたいの。さっさと下がりなさい!」
今まで聞いたことのない強い命令口調に趙忠が怯んだ。ちょっぴり涙目である。
おずおずとした様子で頭を下げた後、趙忠は名残惜しそうに部屋を後にした。
「よし! それで、あいつ何処に行ったの……」
寝台から起き上がり、劉宏は周囲を見渡す。すると何時の間にか一刀が柱にハシゴを掛けて脱出しようとしていた。
逃がさないと、今まで後宮に籠もりきって生活していたとは思えない程の素早い動作で劉宏が動いた。
「捕まえた! どうやってハシゴ掛けたのか知らないけど、もう逃がさないわよ!」
(バレた! くそ〜!)
ここで引き離されてたまるかと、一刀は必死にハシゴに掴まった。
「どうして抵抗するのよ! 朕に飼われるのがそんなに嫌なの!」
(だからそんな趣味はないんですって!)
「朕にだって欲しいのよ! 妹にいるような話し相手が! それだけなのに……!」
その言葉と同時に一刀を掴んでいた劉宏の手の力が緩み、そして離れた。
急に力が抜けたせいで一刀は落ちそうになったが、ハシゴを掴んで留まった。
「皇帝だからって……話し相手を作るのも駄目、外に出るのも駄目……そんなのってないわよ」
(泣いてしまった……)
「もう嫌……つまらないのも寂しいのも耐えられない……!」
ペタンとその場に座り込み、劉宏は年相応な様子で泣き始めた。
そんな彼女の様子を見た一刀は柱を飛び降り、ゆっくりと彼女の傍に寄った。
「何よ……逃げていいのよ。もう飼おうとか無理強いしないから……」
(そんな泣かれたら出て行けないって……寂しがりやの女の子)
一刀は彼女の隣にチョコンと座り、慰めるようにそのまま動かずにいた。
元来目の前で困っている者を放ってはおけない彼なりの優しさだった。
彼の行動の意味を感じ取ったのか、劉宏はグスッと流れた涙を拭う。
「何よ……珍獣のくせに生意気なのよ。朕は皇帝なんだからね」
(さっきまで皇帝なんて真っ平だって言ってるようなものだったのに…………ん? 皇帝?)
一刀が内心首を傾げる。それと同時に彼の頭の中でここで聞いたキーワードが連なった。
そして全てを理解すると――ギギギッと一刀は首をすぐ横の少女に動かし、打ち首を覚悟した。
――――――――――――
「それでね、妹が私に色々と話してくれるの。おかげで外の世界に興味津々って訳なのよ」
(予想してたけど、やっぱり劉協のことなんだ。しかも娘じゃなくて妹ってことは姉妹なんだな)
あの後、一刀は泣き止んで落ち着いた劉宏の話し相手となっていた。
話し相手と言っても劉宏が一方的に喋り、一刀がその都度相打ちをするだけである。
しかし彼女にとっては身内以外で初めて気兼ねなく話せる相手。とても楽しいのだろう。
その証拠に話す中で彼女の一人称が“朕”から“私”へと変わったのを一刀は気付いていた。
(外が明るくなってきたな。結局採取も採掘も全然出来なかった……)
「ちょっと、私の話を聞いて……嘘! もう夜が明けてたの!」
こんなに夜更かししたの初めて――劉宏はとても嬉しそうに笑った後、口を隠して欠伸をした。
(うへえ、皇帝を悪しき道に引きずり込んでないか俺。でもこの娘、皇帝扱いは嫌そうだし……)
「つまらない時間は長く感じるけど、楽しい時間はあっという間なのね。理不尽だわ」
(世の中そんなもんだよ)
「……ねえ。やっぱり出て行くの?」
自分には帰る場所がある。柱に向かう一刀は劉宏の方へ振り返り、ゆっくりと頷いた。
一瞬彼女は寂しそうな表情を浮かべるが、仕方ないといった様子で苦笑する。
「まあ仕方ないわよね。無理強いはしないって言っちゃったし……」
(ゴメンね)
「それならまた来て。まだまだ話し足りないんだから、絶対よ? 柱は何とか誤魔化してこのままにしておくから」
(まあそう言うことなら)
また遠出をするついでに寄るのも悪くない。しかし皇帝を待たせるのは不敬だろうか。
一刀が一人悩んでいると、劉宏が屈んで一刀の頭を撫でた。
「これから話し相手になってもらうんだから、名前が必要よね。何時までも珍獣は不便だし」
(あっ、それなら俺にはカクって名前が……)
「見たところ身体は白いのよね。それなら……」
(あっ、それは制服だから……そうじゃなくて俺にはカクって名前が)
「ハク、ハクが良いわ! 白と書いてハク! うん、我ながら良い名前だわ!」
これからよろしくね! と嬉しそうに言う少女を拒否出来ず、一刀はもう好きにしてと投げやり状態であった。
そして、一刀の様子を見に地下の自室を覗いた警護兵が見たのは、グッタリとした様子でベッドに寝転がる一刀の姿だった。
本日の遠出の成果――土ブロックと石ブロック大量。金鉱石少々。新しい名前“ハク”
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