第十二章【更なる出会いとマインクラフト】
趙忠が秘密裏に後宮の警護を増員しようとしていた時である。
それを何処からか聞きつけた何進が彼女の元に訪れていた。
正直今最も会いたくない人物筆頭の登場に趙忠は思わず顔をしかめた。
「これは一体どういう事じゃ? 陛下の警護の数が足りぬというか?」
「不測の事態に備えるのは当然です。ましてや御守りするのは皇帝、数が多いに越したことはありません」
「それにしても唐突過ぎやせんか?」
何進がゆっくりと近づき、趙忠の顎に手を当てた。そして彼女の目をジッと見つめる。
誰もが見惚れる妖艶な雰囲気だが、趙忠からすれば探られているようで不快だった。
「まさか御主、何か企んでいるのではあるまいな? ん?」
「……何を根拠に仰っていられるんですか?」
「言った筈じゃぞ? 妾達は一蓮托生だと。もし裏切るようなら――」
何進のもう片方の手が趙忠の豊満な胸へと伸びていく。
それを察した趙忠は、顎に添えられた彼女の手を勢いよく振り払った。
「やめて下さい。この身も心も、私は陛下に捧げたのです」
趙忠の態度に何進は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「妾とて宦官の女に興味など無いわ。調子に乗るでないぞ!」
お互いに睨み合い、一瞬即発の空気が室内に流れた。
そんな空気を打ち破るかのように扉の開く音が響く。賈駆だった。
思わぬ人物の登場に二人は一歩ずつ距離を取り、賈駆に向き合った。
「お邪魔でしたでしょうか? 何進様、それと趙忠様」
何処から聞いていたのか、賈駆が意地の悪い笑みを浮かべながら言った。
対する趙忠は顔を背け、何進は気にせずと言った様子で口を開いた。
「いんや、丁度こやつと話が終わったところだ。それで御主は何用じゃ?」
「はい。趙忠様が陛下の警護を増やすという話を聞きましたので是非、我々も御力添えをしたく」
「……ほう。御主達がのう」
今まで顔を背けていた趙忠が賈駆の方へ視線を向けた。
「何故貴女達が? 我々だけで十分かと思いますが」
「我が主、董卓が劉協様から直々に頼まれたのです。趙忠様なら御分かりになるのではないですか?」
その言葉に趙忠がハッとなった。自分が増員を決意したあの場には妹君も居た。
もしや落としてしまった葉を見られ、そこから自分と同じ結論に至ったのでは――
(流石はあの方の妹君。我々ではなく、董卓さんに助けを求めたのが残念ですが……)
「警護に付くのは呂布、張遼と一騎当千の兵です。必ずや御役に立てるかと」
「で、ですが貴女達に場を奪われてしまっては、朝廷に仕える兵達の面目が立ちません」
「御安心下さい。我々が警護に付くのは劉協様に頼まれた夜だけ……それ以外の時間には立ち入りません」
笑顔を浮かべているが、賈駆は内心(一日警護だなんてやってられるか!)と叫んでいた。
彼女の言葉を聞いてもまだ食い下がろうとする趙忠を手で制し、何進が言った。
「良かろう。そこまで言うなら陛下の警護、お前達に任せようではないか」
「ありがとうございます」
勝手に承諾してしまった何進を趙忠がキッと睨み付けた。
「何進様ッ! 何を勝手に……!」
「何を怒っておる。呂布と張遼の武は確かぞ。陛下を御守りするのにこれ以上の適任はあるまい」
「だがしかし」と何進はそう呟いた後、賈駆に近づいて彼女の肩に手を置いた。
「陛下の身に万が一のことがあった場合は……分かっておるな?」
やはり釘を刺しにきたか、と賈駆は内心舌打ちをした。
守ると言った手前――例え劉協からの頼みであっても――劉宏の身に何かが起きれば責任は免れない。
場合によっては自分達だけでなく、董卓も巻き添えになってしまう。それだけは避けなければならない。
「承知しております」
「ならば良し。田舎から来た身で手柄取りに焦る董卓の気持ちも分からぬではないがな」
主を侮辱する言葉に賈駆の拳が怒りに震えるが、何とか堪えて何進に頭を下げた。
「良かったのう趙忠。忠誠を誓った御主の代わりに愛する陛下をこやつ等が守ってくれるぞ」
(やっぱりそれが狙いですか……! ホントに嫌な女です……!)
忠誠を誓った相手は何としても自分の力で守る――そんな趙忠の気持ちを何進は見抜いていた。
先程拒絶された仕返しか、董卓達を宛がうことで自分の力は無用とでもしたかったのだろう。
高笑いをしながら部屋を出て行く何進の背を、趙忠は消えるまで睨み続けていた。
「……では私もこれで」
頭を上げ、大きく溜め息を吐いた賈駆は続いて部屋を後にした
残された趙忠はこのやり場のない怒りをどうしようかと頭を悩ませた。
◆
ついに見つけた――某世紀末拳王の如く両手を宙に掲げる一刀は歓喜していた。
彼の両手には赤く光る粉末が乗っている。そう、レッドストーンダストである。
地下畑拡大中に偶然鉱脈を見つけた一刀は興奮のあまり夢中で掘り出した。
小さい鉱脈だったので大した量は得られてないが、それでも二十個以上は確保出来た。
(正直これでも足りないんだよなぁ。回路を作るには大量に必要だし、クラフトレシピも……)
一刀の持つレッドストーンダストは、マインクラフトにおいて機械を製作するのに必要な物である。
トロッコのレーン、各種トラップ、自動アイテム射出機など、一気に近代化を図ることが出来るのだ。
しかしそれを動作させるには回路をも作らねばならず、それにも大量のレッドストーンが必要になる。
一刀の言葉通り、これからの生活を豊かにするにはレッドストーンの量は十分ではなかった。
だが今回はこれしか見つけられていないものの、この先も掘り進めば鉱脈に当たるかもしれない。
期待を抱くには十分と言えた。
(とりあえず回路を必要としない物を作るか。それ等もあって損は無いし)
当然第二地下畑にもかまど、作業台、チェストは設置済みである。これ、マインクラフターの常識。
使う量以外のレッドストーンダストをしまい、一刀は入れ替わりに鉄と金のインゴット、そして紙を取り出す。
(最初は持ち運んで良し、壁に掛けて良しの時計を作ろう)
作業台でレッドストーンダストを中心に四方を金インゴットで囲む。これで完成だ。
空にある太陽や月の実際の位置に対応し、一日の時間経過を示して回転する豪華な時計である。
空が明るければ回転盤は青くなり、暗くなれば黒に染まる。これで地下に潜っていても安心だ。
(次はコンパスだな。それを作ったら……)
先程と同じようにレッドストーンダストを中心にし、今度は四方を鉄インゴットで囲む。完成だ。
だがこれで終わりではなく、一刀は作ったばかりのコンパスを取り出しておいた八枚の紙で囲んだ。
それで作業台から取り出せば――
(じゃーん! 念願の地図が完成!)
一刀が掲げる手には一見何の変哲もない一枚の白紙の紙があった。
だがこれは彼が言うように地図であり、今はまだ白紙なだけである。
(さてさて、地図の効果はここではどうなっているかな……)
インベントリにしまい、一刀は結果を楽しみにしながら地上に走り出た。
彼が出た際に周囲の兵が敬礼するが、一刀は何処吹く風で通り過ぎていく。
慌てて警護の兵がすぐさま一刀を追いかけるが、彼は全く気付いていない。
(よ〜し! じゃあ開くぞ!)
適当な場所で止まり、一刀はインベントリから地図を取り出した。
見ると自分の現在位置と共に周囲の地形や建物の情報が全て自動的に書き込まれていた。
流石に全体を見るとまだ白い靄が掛かっている場所こそあるが、詳細は十分である。
「何と……カク様は地図も書かれるのか」
「畑といい、黄金の剣といい、多才な御方だ」
「カク様、とても御上手ですね」
結果に満足していた一刀の周囲には、何時の間にか袁紹軍の兵達が集まっていた。
警護の兵に加え、畑を手伝いに来たのだろう一般の兵達までもが居た。
言葉こそ一刀を褒めているものの、全員の表情が好奇心旺盛な子を見守るような表情だった。
(俺が書いたんじゃなくて、行った場所が自動的に書き込まれるんだけど……まあいいか)
わざわざ訂正するようなことでもないか、と一刀はそのまま地図を見続けた。
◆
深夜――後宮の扉前で呂布、張遼、陳宮の三人は警護に付いていた。
ここ数日彼女達は不審者を見逃すまいと周囲に気を配っていた。だが特にこれといった怪しい気配は感じなかった。
あまりにも変化が無いので、張遼は欠伸を何回もしていた。陳宮はウトウトと呂布の隣で首を揺らしている。
「ホンマに暇やなぁ……酒でも持ってくればよかったわ」
「しあ〜……そんな、不真面目な、態度は〜……」
眠るまいと必死だが、既に口調が怪しい陳宮を見て張遼は苦笑した。
「無理せんと、寝ても構わんで。ウチと恋で守るしな」
「ねね……お休み」
そう言いながら呂布が陳宮の頭をポンポンと優しく撫でる。
敬愛する人物から与えられた安心感に陳宮は意識を眠気に委ねた。
可愛らしい寝息が徐々に聞こえてくる。どうやら眠ったようだ。
「ははっ、まあちっこいとしゃあないわな。ねねを部屋に置いてきてもええで?」
「うん……」
「はあ……やっぱりこんな事だろうと思ったわ」
声がした方に視線を向けると、そこには呆れた表情を浮かべた賈駆が立っていた。
更にその後ろには董卓、華雄、そして何と劉協の姿もある。
彼女の姿を見た呂布と張遼は立ち上がり、姿勢を正した。呂布は眠ってしまった陳宮を抱えたままだ。
「あらら、大勢で来よったなぁ」
「月と劉協様がどうしてもあんた等を労いたいって言うから連れて来たの。なのに全く……」
呂布に抱えられ、安心しきった表情で眠っている陳宮を賈駆が睨んだ。
「あ〜堪忍したってや。ねねもここ数日ウチ等の足手まといにならんと頑張ってたんや」
「分かってるわよ。華雄、ねねを部屋まで連れて行ってくれる?」
「……仕方がないな」
起こさないように呂布から陳宮を受け取り、華雄は先に部屋へと戻った。
二人を見送った後、劉協は呂布と張遼に向けて頭をゆっくりと下げた。
「ゴメンなさい。貴女方には無理をさせてしまって……」
「そんな、謝らないで下さい劉協様」
「そうですよ。それよりもウチ等の陳宮が御前で失礼しました」
「いえ、そんな。お願いしたのは私ですから失礼だなんて……。あの、姉の様子はどうですか?」
劉協からの問いかけに呂布が首を横に振った。
「……何も変わらない」
「せやなぁ。怪しい奴の気配どころか影も形もあらへん」
二人の答えを聞いた劉協が「そうですか……」と呟き、顔を伏せた。
あの時聞いたのは幻聴だったのか――段々と自信が無くなってくる。
そんな彼女の様子を見た賈駆が口を開いた。
「ともかく今日も頼むわよ。あんた達が頼りなんだから」
「分かっとるって。とりあえずここはウチ等に任せて――」
「……待って」
刹那、その一言と共に呂布の目付きが変わった。
普段の穏やかな物から武人の鋭いそれに変わり、方天画戟を構える。
張遼もまた彼女の様子からそれを察し、愛用の青龍偃月刀を構えた。
「まさか、もう中に……?」
「……気配が急に一つ増えた。もう居る」
信じられない事だった。後宮へ向かうにはこの扉を抜けるしかない。
だがその“何者”かは呂布と張遼二人に限界まで気配を悟らせず、中へ侵入した。
武人ではない賈駆も、相手は相当な手練である事は容易に想像が出来た。
「面白くなってきたやんか……久々に暴れられるかもなぁ」
――――――――――――
後宮内――呂布と張遼が気配を察し、突入しようとする少し前の事である。
(お邪魔しま〜す)
一刀は今日も劉宏の元を訪れていた。今日は色々見せてあげようと道具を持ってきていた。
「来てくれたのねハク。嬉しいわ」
劉宏もまた彼が来るのを心待ちにしていた。
ワクワクした様子で待たれていると一刀も悪い気はしない。
いつもの如く彼女に抱き抱えられ、寝台へと案内された。
「今日も良ければ外に連れてってもらいたいんだけど……ハク、貴方は何がしたい?」
(あっ、じゃあ見せたい物があるんだ。自信作です)
一刀はインベントリからある物を取り出して見せた。金で出来た、数日前に作った機械時計である。
突然取り出されて劉宏は内心驚いたが、ハクは何でも出来るんだと納得し、時計を手に取った。
「わあ〜……スゴイ綺麗。透けて見える所が暗いけど、中で何かが動いてるのは分かるわ」
(回転盤だね)
「これハクが作ったの?」
一刀が頷くと、劉宏はまるで自分のことのように喜んだ。
作った物に対してここまで反応してくれると、一刀も自然と嬉しくなった。
「スゴイ、スゴイわハク! もっと見せて! まだあるんでしょ!」
(よし。じゃあ次は――)
――――――――――――
『もっと見せて! まだあるんでしょ!』
呂布、張遼、董卓、賈駆、劉協は聞き耳を立て、中に劉宏以外がいることを確認する。
今のところ彼女の声しか聞こえないが、内容からして相手がいるのは間違いなかった。
賈駆が頷く。それと同時に呂布と張遼が頷き、一斉に扉を開けて突入した。
「そこまでや! 大人しく堪忍しぃや!」
「お姉ちゃん!」
「劉協様、危ないですから!」
五人が中に入ると、そこには寝台に座りながらポカンとした表情を浮かべる劉宏が一人。
そしてその向かい側には今まで見たこともない、四角い生き物が器用に座っていた。
「な、何……? 何の騒ぎよコレ……」
劉宏の呟きに答える者はいなかった。
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