第十三章【真実と別れとマインクラフト】
一刀は今、歴史が動いたと言ったも過言ではない貴重な場面を目撃していた。
場所は後宮。男性立ち入り厳禁なのに自分が居るのはこの際どうでもいい。
大事なのは漢王朝の皇帝が劉協と董卓及びその配下を正座させているという事だ。
――背中に怒気を背負って。
(やっぱり全員女の子なんだ。まあ可愛いからいいんだけど)
寝台にちょこんと座り、そのまま事の成り行きを見守る一刀。
念のために扉は閉めたが、あまり騒ぎにならないと良いな、と人事のように思っていた。
「それでこれは一体何事なの? 白湯に董卓、どうして急にここへ飛び込んで来たのかしら?」
姉に睨まれた劉協は「ひう!?」と悲鳴を上げつつも、か細い声でポツリと言った。
「あ、あの……お姉ちゃんが知らない人と逢引してると思ったの……」
「はあ!? 何よそれは! どうしたらそう言う発想になるのよ!?」
姉に終始謝りながら劉協の言い訳が始まった。同じく座る董卓達は気まずそうな表情である。
暫くして足が痺れて限界が来たのか、劉協と董卓が徐々に涙目になっていった。
流石にそろそろ助け舟を出そうか――寝台から下りた一刀は劉宏の足をポンと叩く。
「何よハク。もう許してあげろって事?」
(そうそう。悪意があった訳じゃなく、空丹を心配してやった事なんだから)
正座する全員の視線がこちらに集まるのを感じ、居心地の悪さにむず痒さを感じる一刀。
それから暫く劉協達を見つめた後、劉宏は「はあ」と諦めたような表情を浮かべた。
「分かったわよ。ハクに免じて許してあげるわ」
その一言と同時に劉協が劉宏に飛び付こうとした。
「お姉ちゃん! ありがと……痛ッ!」
が、足の痺れのせいで満足に立てずに転んでしまった。
それを見た劉宏は再び大きな溜め息を吐いた後、涙目の妹に手を貸した。
「あの、私達もよろしいでしょうか?」
「ええ良いわよ。楽にしなさい」
最後に「妹が面倒掛けたわね」と付け加え、劉宏は董卓達を解放した。
劉協と同じように董卓もまた、賈駆に手を貸して貰いながら立ち上がった。
(うん。何とか丸く収まりそうかな)
「それでお姉ちゃん……その子は?」
劉宏を除いて、この場の全員が気になっていたであろう一刀に関して劉協は問い掛ける。
それを待ってましたと言わんばかりに劉宏は一刀を正面に抱き上げ、全員に見せ付けた。
「紹介するわ。私の友達のハクよ! ちなみに名付けたのは私ね」
(ホントはカクって名前があるんだけどね)
再び全員の視線が集まる。今度は恥ずかしさが込み上げてきた一刀だった。
「それじゃあ劉協様が聞いた話相手っちゅうのはコイツのことかい」
張遼がジッと見つめ、賈駆が恐る恐る一刀の頭に手を触れる。
「ど、どういう生き物なのコレ……。何か全体的に四角いし……」
「さあ、私も知らないわ。でもハクだから良いのよ」
「お姉ちゃんそんな適当な……」
その時、今まで見つめるだけで黙っていた呂布がゆっくりと一刀に近づいていく。
無表情のままこちらに近づいてくる女性を前に若干の恐怖を一刀は感じた。
(な、何だこの娘。何をする気なんだ……?)
それから呂布は徐に片手を一刀の頭に乗せ――
「……可愛い」
そう言って優しく撫で始めるのだった。頬が赤らんでいるのは気のせいだと思いたい。
少しでも彼女に恐怖を感じてしまった一刀は思わず脱力してしまった。
「ちょっと呂布! ハクは私の友達よ。渡さないわ!」
「……あ。残念……」
劉宏によって引き離され、呂布は言葉通りに落ち込んだ。
(呂布って可愛い物好きだったんだ……。俺自身可愛いか分からないけど)
「…………」
「月、さっきから黙ったままだけど、まさか……」
「う、ううん!? 違うよ詠ちゃん! 私も欲しいなんて思ってないよ!」
どうやら董卓も呂布と同じく可愛い(?)物が好きらしかった。
イメージと随分かけ離れているなぁ、と一刀は思わず微笑ましく思った。
「ともかく私に心配が無いって事は分かったでしょ? 私はただ友達と会っていただけよ」
「確かにそうだけど……もしかしてお姉ちゃんを外に連れて行ったのって……?」
「そう、ハクが外に連れてってくれたのよ。ハクは何でも出来るんだから」
劉宏がまるで自分の事のように誇らしげに言った。
逆に一刀は大した事でもないので照れくさいとしか感じなかった。
「えっ、でも正面の扉も抜けないでどうやって……」
「簡単よ。ハクが壁に穴を空けてくれたの」
あっけらかんと言う劉宏に対し、董卓達は信じられないと言った表情を浮かべた。
「ま、まさか冗談ですよね? この、ハク? が後宮の壁に穴を空けるなんて……」
「せやでぇ。恋はともかく、ウチでもかなり力を出さんと絶対に無理やわ」
(まあ普通はそうだよな)
まるで信じようとしない賈駆と張遼にムッとする劉宏。
見ると劉協はおろか董卓と呂布も同意見のようだった。
「そ、それなら証拠を見せるわ! 貴女達、これからわた……朕と劉協の警護を命ずるわ。外に出る」
突然の宣言に劉協達の表情が驚きに染まる。
「えっ!? でもお姉ちゃん、それは私達駄目だって……」
「なら董卓から聞く外の世界の話だけで十分なの? 私は嫌よ。ずっとここに閉じ込められるのは」
「わ、私は……」
「白湯……私と一緒に外の世界を見ましょう。私は外に出て、外の世界の広さを知って変わったんだから」
姉の力強い言葉、そして意思の強い目を見た劉協は頷くことしか出来なかった。
そして劉宏は皇帝の名のもと、再び董卓とその配下に強い口調で警護を命じる。
本当ならば止める所だが、皇帝の命とあっては董卓達は受けるしかなかった。
「決まりね。さあハク、こんなに人数が居るんだもの。今日は洛陽の街に行くわよ。」
「ッ!?」
劉宏の言葉に董卓の顔が僅かに強張った。
「ううっ、ホントに行くのお姉ちゃん……」
「大丈夫よ。それにハクには私の街を見てほしいもの。昼夜問わず人で溢れて賑やかだって聞いたし」
それは一体誰に聞いたのだろうか。何進か、趙忠か、別の十常侍か、それとも妻の何太后か――。
街の真実を知る董卓は思わずそれを姉妹に教えたくなるが、それを賈駆に止められた。
「詠ちゃん……!」
「言っちゃ駄目よ月。この際だから良い機会だわ。外に出るなら真実を知ってもらいましょう」
「せやな。欲に塗れた連中が荒らしまくった民と街の姿を見てもらおうやないか……」
外に出るための服を選んでいる劉宏と劉協を、張遼は哀れみを込めた目で見つめた。
――――――――――――
「……なあ詠」
「何よ……」
「ウチ等は夢を見てる訳じゃあらへんよな?」
「そうね。何なら頬でも抓る?」
「……遠慮しとくわ」
張遼と賈駆は今、呆然とした様子で地下に居た。
上を見上げれば、先程まで自分達が居た後宮の天井が小さく見える。
丁寧にここまでハシゴが掛けられ、松明で照らされて明るいという充実っぷりだ。
そう――この地下は一刀がつい先ほど後宮の床を掘り進めて作った物である。
大人数で正面から行けば目立つ。ならば地下を掘って街まで行けば良いという発想であった。
「スゴイ……! お姉ちゃんの言ってた事は本当だったんだ……!」
「言ったでしょ! ハクにかかればこのぐらい何て事はないのよ!」
ツルハシ片手に地下を掘り進む一刀を姉妹は褒め――
「陛下は凄いお友達を持ってるんだね恋ちゃん」
「……不思議。でもスゴイ」
何処かズレた感想を抱く董卓と呂布であった。
「アカン……頭が痛くなりそうや。陛下の居た後宮へもこの方法で来てたってことか?」
「多分そうでしょうね……それにしても短時間でここまで掘れるなんて非常識だわ」
更に賈駆は一刀が明るくするため、壁に付けていった松明にも注目していた。
一本だけでもかなり明るく、熱さを感じないどころか触れても火傷すらしない。
そもそもこれは火なのか、水をかけても消えないのか――賈駆の疑問は尽きない。
(あれは一体何者なの……? そもそも何処から来たのよ)
もしあれが何処かの勢力に付いていたとしたら――
もしあれが採掘能力や不思議な松明をその勢力に提供していたら――
そもそも松明やあのツルハシ以外にも不思議な道具を持っているとしたら――
(まさか、ね。そんなこと悪夢以外の何者でもないわ……)
あくまで自分の想像に過ぎない、と賈駆は悪い考えを振り払うように頭を振った。
隣で同じく頭を抱える張遼に言っても良かったが、勝手な想像で混乱させたくないと口を閉じた。
◆
「何よ、コレ……」
「これが私達の街……?」
一刀が時折確認しながら掘ったのが功を奏し、後宮から続く地下は見事街へ辿り着いた。
掛けられたハシゴを意気揚々と上り、地上に出る劉宏と劉協。そして彼女達は唖然とした。
聞いていた物とは著しくかけ離れた洛陽の街並み。人の姿は無く、建物は壊れ、動物が死んでいた。
(やっぱりこうなっていたか……)
三国志の知識を僅かながら持っている一刀は、この時代の街の様子をある程度予想出来ていた。
だがこの世界は自分の知る三国志とは違う所が多々ある。もしかしたら、という希望もあったのだ。
しかしその希望は見事に打ち砕かれた。宦官の横暴は皇帝の治める街さえ荒廃させていたのだ。
「嘘よ……だって洛陽の街は賑わってて、豊かだって……」
その場に座り込み、茫然自失といった様子で呟く劉宏と涙を流す劉協。
そんな姉妹の後ろ姿を見つめる一刀と董卓達。
「残酷やけど、これが真実やもんな」
「陛下……劉協様……」
悲しみの空気が広がる中、そこで賈駆が動いた。
「陛下……失礼を承知で申し上げます。これは貴方が招いた結果です」
「私、が……?」
「詠ちゃん!」
「黙ってて月ッ! 陛下、貴女が政に少しでも関心を寄せていれば……何進や十常侍に全て任せていなければ、このような事にはならなかったでしょう」
動揺する劉宏の両肩を掴み、賈駆が更に言葉を続けた。
「外に出て貴女は変わったと仰いました。ならば今、更に変わるべきです! この街を友達のハクに見られて情けないとは思われないのですか!」
ハッと顔を上げ、劉宏は後ろの一刀を見た。彼はこちらを見てくれている。
なのに今の自分は――劉宏は顔を少し伏せた後、ゆっくりと立ち上がった。
「ありがとう賈駆。お陰で目が覚めたわ」
「……いえ。出過ぎた事を申しました」
「許す。私は……朕が最初にする事は、自分の自由を求める事ではなかった」
劉宏の目から一筋の涙がこぼれた。
「何よりも朕の事を想い、慕ってくれていた民とこの街を守る事だったんだわ」
「お姉ちゃん……」
座り込む劉協の涙を劉宏は拭った後、こちらを見つめる一刀の元へと歩を進めた。
いつもと様子が違う彼女の雰囲気に、一刀は思わず背筋を伸ばした。
「ありがとうハク。貴方と出会えた事で、私は自分を変えられた」
(空丹……)
「今日はもう戻りましょう。明日から忙しくなるし、それから……」
劉宏は屈み、一刀の頭を撫でた。
「暫くこちらに来なくていいわ。今の私じゃ、貴方に恥ずかしくて顔向け出来ない……」
何かを言おうとする一刀だったが、既に劉宏は地下へと戻っていた。
その後を追うように劉協、董卓、呂布、張遼と続いていく。
励ませなかったとしょぼくれる一刀に対し、賈駆が彼の頭に手を置いた。
「落ち込むんじゃないわよ。女は変わると強いんだから」
(賈駆さん……)
「それに今の陛下ならちょっとは信じられるわ。目が本気だったし」
確かにいつもの彼女とは違った。ならば信じて待つのも友達か。
そう納得した一刀はウンウンと一人で頷いた。
(コイツ……陛下は言わなかったけど、もしかしてボク達の言葉を理解してる?)
――――――――――――
その後、一刀は後の事を董卓達に任せ、袁紹の元へと戻った。
劉宏――霊帝が宦官の真実に気付いた今、洛陽の街は必ず復興するだろう。
袁紹に仕えることになった、張三姉妹の時のようなIF展開があると信じて。
それから暫くして洛陽に異変有りとの報せが各地に届くことになる。
十常侍の反乱、そして霊帝劉宏と劉協が姿を消した――との内容だった。
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