第十八章【監視とマインクラフト】
洛陽に続く道を守る要害水関を僅かな期間で制圧に成功し、士気が上がる連合軍。
続く虎牢関をどう攻め落とすか――各々が集まって協議を重ねていた、とある時。
「お呼びでしょうか華琳様」
「ええ。夜中に呼び付けて悪かったわね桂花」
曹操陣営の幕舎にて、主たる曹操が軍師の荀ケを傍へ呼んでいた。
一礼し、曹操の目を見つめながら荀ケは言った。
「とんでもございません。華琳様の御召とあれば如何なる時でも駆けつけます!」
意気揚々と答える荀ケから香の匂いがほんのりと漂ってくるのを曹操は見逃さなかった。
こんな夜更けに主から直々の呼びつけ――そういった展開を期待するのは仕方がないかもしれない。
才能ある人材が“色々な意味で”とても大好きな曹操は、彼女のバレバレな身支度に笑みを浮かべた。
「頼もしいわ桂花。ふふ、可愛い娘ね」
「ああ〜華琳様〜」
曹操が頬を軽く撫でただけで、荀ケは顔をだらしなく蕩けさせた。
もしここが閨なら事が始まりそうだが、生憎ここはそうではない。
ひとしきり撫でた後、曹操は余韻が抜けない荀ケに言った。
「貴女が期待している事は、質問の後でたっぷりしてあげるわ。それまで我慢なさい」
「か、畏まりました……」
明らかに残念そうに顔を伏せる荀ケを見て、曹操は先程よりも良い笑みを浮かべた。
お預けを喰らっている様を見ると、みるみる楽しくなっていく――曹操、ドSである。
「本題に入るわ桂花。今日麗羽達がやった水関攻め、貴女はどう見ているかしら?」
「あの挟撃ですね。正直に言うならば……とても信じられません」
「と言うと?」
「あの袁紹がです。挟撃という策を採用、そして成功させた事が私には信じられませんでした」
「元々仕えていた主だというのに、ハッキリ言うのね貴女」
実は荀ケ、曹操に仕える前は一時袁紹に仕えていた頃があった。
しかしすぐさま見切りを付け、曹操に仕官したのである。
「事実です。私が仕えてた頃もロクに策を聞かず、華麗に進軍の一言で片付けてしまうのですから」
「ふふ、その正直さは嫌いじゃないわ。そう言えば麗羽のところには軍師がもう一人居たわよね? 名は……」
「田豊ですね。確かに彼女なら挟撃を提言しそうですが、とても採用されるとは……」
「あら、分からないわよ。麗羽がようやく彼女の才に気付き、重要視し始めたのかもしれないじゃない」
「あの袁紹が? 悪い冗談だと思いたいですね……」
顔をしかめる荀ケを尻目に曹操は言葉を続けた。
「それに妙じゃない? 戦いが始まってから僅かな間に麗羽の軍は水関を占拠し、背後から打って出た。あの人数からしてかなりの大部隊よ」
「は、はい。私もそれは気になっていました。どうやってあれだけの部隊を水関を守る兵達に気付かせずに送り込めたのか……」
「寝返り……はないわね。要害に立て篭もる者達を説き伏せるには時間が短すぎる」
「あらかじめ配下の者達を水関に忍ばせ、合図と共に制圧させた……というのは?」
「それこそ麗羽が一蹴しそうな策ね。華麗じゃないと」
「うっ……確かにそうです」
そもそもあれだけの大部隊が動けば、連合軍の諸侯に大なり小なり伝わる筈である。だがそんな報告は無かった。
そうなると袁紹軍は諸侯の目を盗み、何らかの方法で水関へ敵に気付かれず潜入、そして制圧したことになる。
色々な者達がこの戦いの先の為、目を隙間無く光らせる中、そんな事が果たして可能なのか――曹操は首を傾げた。
(何にしても、麗羽のところは監視した方が良さそうね。嫌な予感がするわ……)
「桂花、明日から袁紹陣営への見張りを強化しなさい。どうやったのか分からない以上こちらが尻尾を掴むしかないわ」
「畏まりました」
王たるもの、あまり悪い予感などという不確かな物に頼りたくなかったが、手口が分からない以上警戒をするに越したことはない。
これから先の未来、自分が進むべき道――覇道に袁紹が敵として立ち塞がった場合に備えて、だ。
「それで、その、華琳様……伽のほうは……」
「ふふ、心配しないの。ほら、こちらにいらっしゃい」
「ああ〜華琳様〜」
どうやら彼女達の夜は、まだ始まったばかりのようである。
――――――――――――
場所は変わり、袁紹陣営の幕舎。ここでは先の戦で捕らえた華雄の尋問が行われていた。
最初こそ「殺せッ!」と騒いでいたものの、劉宏が出て目的を話すと素直に協力を申し出た。
次に攻める場所である虎牢関を守る将や陣立てを彼女から聞き、田豊が次の軍議の為に書き留めていく。
「呂布、張遼、皇甫嵩、軍師に陳宮ね。水関のように一筋縄ではいかなそうだわ」
「皇甫嵩さんかぁ。黄巾の乱ではかなりの武功を挙げてたよね」
「そうそう。見た目は斗詩と似たような雰囲気なのに、結構強いんだよな」
そう田豊、顔良、文醜が会話する中、劉宏は華雄に一つ聞いた。
「ねえ華雄、他の者達の安否は聞いていない? 盧植や趙忠は……」
「申し訳ありません陛下。私が聞いているのは先程話した事だけなのです」
「そう……」
「こうしている間にも、我が主たる董卓様が十常侍の好きにされているかと思うと……!!」
「ちょっと、暴れないでよ。今の貴女は捕虜で、事情はどうあれ立場は圧倒的に不利なのよ?」
「ぐっ……わ、分かっている」
(ホントに分かってるのかしら)
身体に入った力を抜き、華雄は大人しく座り込んだ。
「だいたいこのふざけた牢屋は何なんだ。縄を私が力ずくで切れば逃げ出せてしまうじゃないか」
華雄の言う通り、彼女は両腕を縄で縛られてはいるが、その気になれば無理矢理解きそうではある。
が、勿論それだけではない。彼女の周囲は木のフェンスで囲まれ、その上を石ブロックが覆っていた。
これぞ一刀特製の捕虜用簡易牢屋である。製作を頼んだのは勿論田豊だ。
「ああ、それは絶対に無理よ。それはここにいる文醜と顔良でも壊せないから」
「……本気で言ってるのか?」
「本気よ。それにこの牢屋は貴女が落ちた穴を掘った子が作った物なの」
「何だと!! 奴が!」
華雄が座った状態から勢いよくまたも立ち上がった。その様子は今にも両腕の縄を引き千切らんばかりである。
「はは、あれ凄かったもんな。あたい等が追ってたら華雄の姿が急に消えるんだもんな」
「うん。私も一瞬呆気に取られちゃったよ」
「き、貴様等ぁ……!!」
悪気は無いのだろうが、顔良と文醜が落下した時の事を話すのを聞いて華雄は耳を塞ぎたくなった。
身体中が土まみれな上、落ちたせいで衣服が捲り上がって下着が丸見えだったのだから。
自分を引き上げた二人はともかく、一般兵にまで見られていたとなると恥ずかしさと情けなさで死にたくなる。
「ほら二人とも、その辺にしておきなさい」
「そうよ。華雄はこれから私達の協力者になるんだから」
「わ、悪い……」
「失礼致しました。陛下」
先程までの怒りがすっかり抜けた華雄は再び牢屋の中に座り込んだ。もう怒る気力すら無かった。
「あっ、そうだ華雄。一つ言っておくわ」
「な、何でしょうか陛下……」
「これを作った子は私の友達なの。だから手を出しちゃ駄目よ? これ、皇帝命令」
その言葉を聞いた瞬間、華雄は全身の力が抜け、バタンと倒れるように横になった。
皇帝の前で打ち首になってもおかしくない程の無礼な態度だったが、当の本人は気にも留めない。
それどころか「カクに会いに行ってくるわ」と言って出て行ってしまったのである。
哀れ華雄。合掌。
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