第十九章【金剛石とマインクラフト】
「水関は落とされたが、まだ虎牢関がある!」
「そして陛下を御守りするお前達精兵がいる!」
「陛下に矛を向ける逆賊共を許してはならん!」
「正義は我等に在り! 皆、陛下の御期待に応えるのだ!」
洛陽にて、何進と十常侍が次々と言葉を並べ兵達を鼓舞していく。
目的は水関が異例の速さで落とされ、動揺する兵達を抑え、士気を高めるためである。
中央の玉座には――天幕こそ張られて見え難いものの――腰掛ける帝の姿があった。
だが現皇帝の劉宏と妹の劉協は洛陽を脱出し、ここには既にいない。
ではこの帝は何者か――答えは一つ。十常侍が用意した替え玉であった。
「…………」
その正体は董卓。言葉は一切発さず、目も何処か虚ろであった。
そしてそんな彼女を口惜しげに見つめるのは親友の賈駆である。
今すぐにでも賈駆は董卓の手を取って、親友をこんな状況から解放してあげたかった。
だが替え玉と言う名の人質にされている以上、迂闊に動けば何をされるか分からない。
(月……せめて監禁場所へ行くための道だけでもつき止められれば……!)
これまで何度も提言があるとして、賈駆は董卓の居場所を探ってきた。
しかしその度に十常侍に邪魔をされ、今では監視が付いて動くことすら難しくなってきている。
(このままにはさせない。恋達が頑張っている以上、ボクもやらないと……!)
天幕越しに董卓がゆっくり立ち上がり、十常侍に付き添われてその場を後にした。
賈駆も付いていきたいところではあるが、背後には監視の目が光っており動けない。
彼女の後ろ姿が消えるのを見届け、賈駆も俯いた表情でその場を後にした。
「か〜くちゃん♪」
――そしてそんな彼女に声を掛ける人影が一つ。
監視の目を気にもせず、それは笑みを浮かべている。
「皇甫嵩……様」
「そんな固くならなくて大丈夫。同じ状況に置かれた者同士、仲良くいきましょ。ね?」
「…………では御言葉に甘えます。ボクに何の用?」
「うふふっ、次の戦に関することで聞きたいことがあったの。ここじゃ何だし、私の部屋で行かない?」
賈駆は皇甫嵩の目をジッと見つめる。変わらず笑みを浮かべているが、何を考えているかは分からない。
皇甫嵩は朝廷に仕える将。十常侍に命じられて目障りになった自分を殺しに来たとも考えられる。
だが今のままでは何一つ状況が変わらない以上、賈駆はあえて危険な臭いのする誘いに乗ることにした。
虎穴に入らずんば虎児を得ず――賈駆は頷いた。
「分かったわ。あんたの部屋に行く」
「ありがと。ふふっ、邪魔が入らないからゆっくりお話出来るわね」
――――――――――――
「単刀直入に言うわ。私と手を組まない?」
「…………はっ?」
皇甫嵩に与えられた私室に入った直後、彼女はすぐさま鍵を閉め、賈駆にそう言った。
突然の言葉に状況が飲み込めず、当の賈駆は暫く呆然とした。が、すぐさま辺りを見回した。
先程の皇甫嵩の言葉を自分に付いていた監視に聞かれていないか――不安になったのである。
「ああ、心配いらないわ。鍵は掛けたし、ここの扉は意外に分厚いの」
コンコンとワザとらしく扉を叩き、皇甫嵩は言った。
「貴女に付いてた監視が聞き耳立てても無駄ってわけ。更に言えば私の部屋に隠れられる場所も無いわ」
確かに良く見ると広さはそれなりだが、あらかじめ兵が潜んでおける場所は無い。
賈駆は再び皇甫嵩を見据えた。
「分かってくれた? ならもう一度言うけど、私と手を組まない?」
「一体何が目的? ボクは主の董卓を人質に取られて――」
「知ってるわよ。脱出した帝の替え玉にされているんでしょう? 十常侍の連中に」
「っ……それならボクが董卓を助けようとしてるのも分かってるんでしょ」
「ええ、だからその手助けをしてあげようと思ってるの」
賈駆の皇甫嵩を見る目付きが鋭い物に変わった。
「意外だね。ボクのことを朝廷を軽く見ている奴って警戒していたのに」
「軽く見るどころか、帝を亡き者にしようとした連中に比べれば貴女の方がマシよ」
どうやら彼女はあの日起きた出来事の真相を知っているらしかった。
ならばどうして皇甫嵩は元凶たる何進と十常侍に従っているのだろうか。
「本当はすぐにでも脱出したかったけど、反発して捕らえられた友人の風鈴……蘆植を見捨ててはいけなかったの」
真相を知って尚、奴等に従っていたのはその為だったのか――賈駆は更に問い掛けた。
「成る程ね。ボクは董卓を助けたら呂布達と共に連合軍に降るつもりだけど、あんたはどうするの?」
「私と蘆植もそれに混ぜてくれれば良いわ。今の地位は正直惜しいけど、十常侍の連中と共倒れする気はないのよね」
「結婚もまだしてない内に死にたくないし……」と皇甫嵩は暗い顔で呟いたが、幸い賈駆の耳には届いていなかった。
「あんたの言い分は分かった。けどボクがあんたを信じる理由にはならないわよね」
「信じる信じないは貴女の自由よ。けど今のままじゃ状況が変わらないから、危険を承知で私に付いて来たんでしょ?」
(こいつ……!)
読まれている――賈駆はぐっと口を結んだ。
「図星みたいね。表情が読みやすいと、軍師としては大変な弱点なんじゃない?」
「っ……るっさいわね! そんなことあんたに言われなくても分かってる!」
「うふふ。それで賈駆ちゃん、今の私達の状況を変える良い手はあるかしら?」
皇甫嵩の問い掛けに賈駆は――最後まで迷ったが――ゆっくりと口を開いた。
「……予め言っておくわ。ボクと董卓を裏切ったら一生許さないから」
「肝に銘じておくわ。それで?」
「賭けになるけど、一つだけある。あんたが虎牢関防衛へ戻る際に――」
◆
場所は変わり、袁紹陣営。虎牢関攻めの為、陣が移っても一刀のやる事は変わらない。
華雄から得た情報を元に明日から虎牢関攻めが行われるらしい。が、彼には関係無かった。
(この世界じゃあ戦いに関しては俺は戦力外だしなぁ)
水関の時と同じ手が使えるのでは? と少し思ったが、通用するとは到底思えなかった。
なんせ一度してやられた張遼が向こうにいるのだ。警戒され、虎牢関の守りは堅固になっているだろう。
田豊もそれを分かっているのか、一刀にはあえて仕事を頼んでいなかった。
(戦いはみんなに任せて、俺は俺の出来ることをやろう)
鉄のツルハシを片手に、自分の幕舎から穴を掘っていき、鉱石を採取していく。
以前ラピスラズリを掘り当ててから、一刀は期待しているものがあった。
――そう、ダイヤモンド鉱石である。
(本来深い場所で見つかるラピスラズリも浅い場所で見つかった。ならダイヤモンドもあるかもしれない)
ダイヤモンド鉱石は高性能かつ貴重である故、鉄のツルハシ以上でなければ採掘することは出来ない。
その為、節約の為に普段使っている石のツルハシを捨てて鉄製の物に変えていた。
(意地でも見つけたいなぁ。そろそろエンチャントとかもやってみたいし、道具も高性能な物に変えたい)
掘る過程で溜まっていく土、石、鉄のブロックをインベントリからチェストに入れて空きを作る。
お目当ての鉱石を掘っていると、スタック限界数である64個など、すぐに埋まってしまうのだ。
(こっちには無いのかなぁ。向こうはどうだろう)
一刀が後ろを向くと、そこに居た人影は彼の視線に気付いて手を振った。
「カク〜! こっちは順調よ!」
人影の正体――それは現皇帝の劉宏であった。が、鉄のツルハシ片手に笑顔で手を振るその姿はとても皇帝には見えない。
彼女もまた、戦いに参加出来ない自分に何か出来ることはないかと模索した結果、秘密裏に一刀の手伝いをする事にしたのだ。
無論、秘密なため袁紹達はこの事を知らない。バレれば一刀のお仕置きは確定的である。
だが必死に何かをしようとする彼女の姿を無視出来なかったのも事実。いざとなれば甘んじてお仕置きを受けようと、一刀は覚悟を決めていた。
(何だか今の姿が輝いて見えるな。無理矢理閉じ込められてただけだし、本来身体を動かしていたい人?)
自分と一緒に鉱石を掘り、お腹が空けば焼肉やパンを食べ、成果に一喜一憂する。
その表情は初めて自分と出会い、外の世界を体験した時に見せた年相応の笑顔だった。
(うん。やっぱ空丹には笑顔が似合うな)
「カクの方はどう? 何か見つかった?」
気付けば劉宏は一刀の傍まで来ていた。
自然と見上げる形になり、年相応ではないお山が主張しているのが目に映る。
(ナイスおっぱ……じゃない。目的の物はまだ見つかってないよ)
一刀が首を横に振るのを見て、劉宏は残念そうに息を吐いた。
「そう……でも諦めるにはまだ早いわよね。次は一緒に掘りましょう」
(オッケー)
「それにしても不思議な道具よね〜。数回振るだけで穴が掘れちゃうし、土や石も削れて小さくなっちゃうんだもの」
(マイクラで採掘するのに力はいらないからね。せいぜいマウスクリックぐらいだし)
それから二人は協力して穴を掘り、鉱石採取を続けた。
暗くなれば松明を壁に付け、ブロックが溜まればチェストに入れ――繰り返す内に長いトンネルになっていた。
「はあ〜……そろそろ戻らないと袁紹達にバレちゃうわね」
(流石ダイヤモンド……見つからなさは伊達じゃないな)
「そう落ち込まないで。私もまた手伝ってあげるから」
ナデナデ、と劉宏は一刀の頭を優しく撫でた。
別段落ち込んでいたわけではないのだが、一刀は大人しく受けることにした。
「さっ、戻りましょ」
(むむむ……戻る前に後一回だけ。…………そこだ!)
マインクラフターとしての勘を信じ、一刀は目に入った石ブロックの一つをツルハシで壊した。
壊されたブロックが自動的にインベントリへと入る。そして、壊した場所にあったのは――
「何コレ……水色で綺麗な石」
所々に水色模様が浮き出た、奇妙なブロックがあった。
これこそ一刀が目標にしていたダイヤモンド鉱石である。
(や、やったー!!)
喜ぶ一刀を祝福するかのように、ダイヤモンド鉱石がキラリと光った。
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