第二十章【エンチャントとマインクラフト】
各々の幕舎で休息を取っていた袁紹達は、突然一刀に自分の幕舎に急いで来るよう呼ばれた。
袁紹と文醜は不満顔だったが、顔良と田豊はまた何か便利な物を作ったのではないかと思い、素直に彼に従った。
――そして彼女達は一刀の幕舎に入ると、そこにあった“ある物”を見て一斉に石のように固まった。
袁紹達の目の前には、今まで見た事も無い大きさと輝きを誇る金剛石(ダイヤモンド)が山のように積み重なっていたのである。
全員武将とは言え、誰もが綺麗な物に多少の興味はある年頃の女性。眩い宝石に目を奪われるのは仕方のない事だった。
そして発掘者の一刀は――表情こそ変わらないものの――胸を張ったような姿勢でドヤ顔気味である。
協力者である劉宏は掘り当てた物が宝石だと知るや、手に取ってウットリとしていた。袁紹達にも気付いていない。
「こ、これはカク……貴女が見つけた物ですの……?」
(空丹にも手伝ってもらいましたけどねー。まあそうですよ)
袁紹が一歩、また一歩とダイヤモンドの山へと近づく。田豊達もまた彼女の後に続いた。
「ほ、本物ですわよね……?」
袁紹がダイヤモンドを一つ手に取った。水のように青く、綺麗な輝きを放っていた。
これがもし偽者であるなら、これを作った人間は只者ってレベルではない。
(本物ですよ。マイクラに偽者の概念は無かったですし)
コクリと一刀が頷く。それを合図に田豊、文醜、顔良もそれぞれダイヤモンドを手に取った。
「す、すげえ!! 姫の装飾品にもこんな大きさの奴は無いぜ!」
「それどころかこんな大きい金剛石が滅多に無いよ文ちゃん!」
「カク、貴方は本当に…………でも綺麗」
「オーホッホッホ! これで我が軍の財政に底は無しですわ!」
あ、これは不味いと一刀は思った。このままでは折角見つけたダイヤモンドを全て袁紹に貰われてしまうかもしれない。
本日の成果とダイヤモンドを使って作る物を見てもらいたかったので呼んだのだが、これでは本末転倒である。
ならばどうするか。答えは一つ、回収するしかない。
(はい、それまで!)
「「「「「あっ!?」」」」」
素早い動きで一刀は彼女達の手にあったダイヤモンド及びその山を回収し、インベントリへしまった。
当然の如く眺めていた宝石を突然回収された事に女性陣から抗議の声が挙がる。
「おいおいカク! もしかして独り占めにするつもりかよ!」
「華麗な私に似合う宝石を奪うとは何事です!」
「カク! お願いだからもっとよく見せて!」
(うおお……! やっぱり宝石は人を狂わすんだ……!)
だが、一時魅了はされても常識を忘れないのが袁紹軍の良心たる田豊と顔良。
一刀を守るように袁紹達三人の前に立ち塞がった。
「文ちゃん落ち着いて。カクちゃんが独り占めなんかする筈ないよ」
「ううっ、でもよぉ……」
「麗羽様と陛下も落ち着いて下さい。カクが見つけた物を無理矢理に取り上げてはあまりに無体です」
「あ…………コホン。私とした事がす、すこしばかり華麗ではなかったですわね」
(ホントは私も手伝ったんだけど、それを言うとカクが怒られるから言えないわ……)
田豊と顔良の説得を受け、三人は何とか落ち着きを取り戻したようだ。
ホッと安堵の溜め息を吐いた一刀は、早速クラフトのお披露目を始める事にした。
彼が何かをしようとしているのを見て、袁紹達は静かにそれを見守る。
先ずはチェストを開け、一刀は必要な素材を取り出していく。
主に木材、ラピスラズリ、そして田豊との物々交換で得た本や黒曜石が使われているアクセサリーである。
異世界にある物でも、こちらの道具を使って壊せばマイクラ製の物になるのは色々な物で立証済みだ。
試し済みだが――黒曜石が使われている所為か――鉄のツルハシではアクセサリーはビクともしなかった。
だがダイヤツルハシが使える今なら、アクセサリーを黒曜石に変換するのも難しい事ではない。
(念願のエンチャントが出来る! 今日まで溜めに溜めたレベルと経験値を使う時が来たぞーッ!)
何にせよ、次に作るのは黒曜石を得る為に必要なツルハシの作成である。
作業台で棒とダイヤモンドを組み合わせれば、あっという間に完成だ。
一刀が宙に掲げるそれは、眩い光を放つ贅沢且つ最高性能の採掘道具、ダイヤモンドツルハシであった。
「ちょ、おまっ!? 金剛石を何て物に使ってんだ!?」
(アーアーキコエナイヨー)
文醜の信じられないと言った様子の声が響くが、一刀はあえて無視して作業を続ける。
他の女性陣から声は挙がらなかったが、視線を見るに文醜と同じような意見なのだろう。
まあ消耗品に高価で貴重なダイヤモンドを使っていれば確かに分からなくもないが。
(マイクラにお金の概念は無いからなぁ。高性能な道具を作る為なら惜しむ理由がないんだよね)
MODを入れればまた別かもしれないけど、と頭の片隅で考えながら一刀はアクセサリーをツルハシで壊していた。
予想通り、黒曜石使用のアクセサリーは黒曜石ブロックへと姿を変えている。それは自動的にインベントリへ仕舞われていた。
(あっ、私が交換してあげた装飾品……)
あげたアクセサリーを壊される光景を見て、ちょっぴり悲しかった田豊である。
必要な素材が全て揃った一刀は、手際良く目的の物をクラフトしていく。
本三冊と木材六個で本棚(マイクラ製)。これを合計十五個作る。
そしてダイヤモンド二個、黒曜石四個、本一冊でエンチャントテーブルの完成である。
(よっし! 後はこれを設置していって……)
真ん中にエンチャントテーブルを置き、それを囲うように計十五個の本棚を配置。
かくしてアイテムを不思議な力で強化することの出来るエンチャント環境が完成した。
(ついに出来たッ!)
どうだ、と言わんばかりに一刀が袁紹達に向けて再びドヤ顔ポーズを決めた。
しかし彼女達からしてみれば、一刀が作った物は何に使うのか分からず、首を傾げるだけである。
論より証拠と言わんばかりに一刀はエンチャントに使える物を探してみる。
結果、自分の幕舎を守ってくれている守備兵から弓を借りた。
「弓? それで一体何をする気ですの?」
(まあまあ麗羽様、見てて下さいよ)
エンチャントテーブルに近づくと、主を歓迎するかのようにテーブルの上の本が自動的に開いた。
「嘘ッ! 勝手に開いた!?」
「あ、新しい妖術かよ!?」
皆が驚く中、エンチャントウィンドウが一刀だけに見えていた。
アイテムとラピスラズリを入れるスロット、予想エンチャント効果と自身のレベルが表示されるスロットである。
アイテムスロットには勿論ラピスラズリと先程借りた弓を入れる。すると予想エンチャント効果が表示された。
(おっ! 初っ端から予想に“無限”の効果がある。コストは高いけど、幸先良いな)
「心なしかカクが喜んでいるように見えませんこと?」
「は、はい。私にもそう見えます」
迷わず一刀は無限のエンチャントを選択する。瞬間ラピスラズリが無くなると同時に自身の身体から若干の力が抜けるのを感じた。
エンチャントするのに必要なのはラピスラズリとレベル、そして経験値である。恐らく溜めた経験値とレベルが消費されたのだろう。
(この感覚は嫌だなぁ。でも慣れないとこの先エンチャント出来なくなる)
エンチャントが終わった弓を改めて見る。付いた効果は“無限”と“パンチT”だった。
前者の効果は弓矢が一本でもあれば矢が消費されず、無限に射ち続けられるという効果。
後者の効果は矢が命中した敵を吹き飛ばす力を強化する。ランクによって効果は変わり、Tの場合は二倍である。
マイクラの世界ではまだまだといった効果だが、この異世界では十分な戦果を発揮出来るだろう。
エンチャントを終えた弓を持って、一刀はそれを文醜へ手渡した。言わずもがな性能テストである。
「ん? 何だ、これをあたいにくれんのか?」
「文ちゃん、それは元々守備兵さんの借り物だから……」
「使ってみろって事じゃない? そうなんでしょカク」
劉宏の言葉に一刀は頷いた。
「見た目普通の弓なんだけどなぁ」
「よく見てみなさいよ。所々光ってるじゃない」
「まあ、なかなかに綺麗ですわね」
流石に幕舎内では弓の試し射ちは出来ない為、一同は挙って外に出た。その際同じ守備兵から矢を借りるのも忘れない。
あれぐらいならば丁度良いのではないだろうか。一刀は劉宏に抱き抱えられながら、近くにあった適当な大岩を指した。
大きさは丁度文醜と同じぐらいである。的としては申し分なかった。
「あれに命中させろってか。あたいなら余裕だけど、矢一本じゃビクともしないんじゃないか?」
「猪々子さん、そんな事言って外したら許しませんわよ」
「文ちゃん頑張って!」
(カク、あの不可解な書物で弓に何をしたのか見せてもらうわよ)
文醜が狙いを付け、弓を引き絞り、勢いそのまま矢を放った。
袁家の二枚看板は伊達ではなく、矢は逸れることなく目標の大岩に命中し――吹き飛んだ。
「「「「「…………」」」」」
一刀を除いた一同絶句である。更に表すなら開いた口が塞がらなかった。
遠目で見ていた守備兵もまた、ポカーンと口を開けていた。
(おおっ! 吹き飛ばしの効果は中々だな。パンチUになればもっと強力な効果が期待出来そうだ)
これならば他のエンチャント効果も楽しみだ、と期待通りの効果が現れた事に一刀は心から喜んだ。
そして文醜はまだ気付いていない。先程放ち、もう手元には無い筈の矢がある事に。
――――――――――――
「整理すると……こうね。先ず不思議な力を付与するにはあの施設が必要」
(うん)
「更にカク自身の力と経験、そしてこの青い宝石が複数必要になるのね」
(だからあまり乱発は出来ないんですけどね。良い効果ほど膨大な経験値とレベルが必要だし)
「武器だけでなく、貴方の道具や防具にも付与する事が出来る……なんて事」
先程の衝撃的なお披露目会から暫く経ち――田豊は一刀と教えた文字を使いながらやり取りをしていた。
その内容は言わずもがな、エンチャントの事についてである。聞けば聞くほど溜め息が出る内容に田豊は狼狽気味だった。
「物を作るだけでもトンでもないのに……カク、貴方はまだこんな力が使えたのね」
(システム的な物だと思いますけどね)
「なあ、この弓どうする? ぶっちゃけあたい欲しいんだけど」
「盗っちゃ駄目だよ文ちゃん。持ち主の人に返さないと……」
(私の剣や防具にも華麗な効果が付けられるのかしら……?)
「カク凄いわ! 貴方に出来ない事なんて無いじゃない!」
一刀を抱え、自分の事のように喜びはしゃぐ劉宏。
それを尻目に田豊は今回の事について思考した。
(矢が一本あるだけで攻撃し続けられる弓兵……弓の耐久性を改善すれば矢の雨が降らせるじゃない!)
大岩を吹き飛ばす程の威力を持った矢を無限に放ち続けられる――敵からすれば地獄以外の何者でもない。
一刀が新たな力を披露する度に袁紹軍が強化されていくのを田豊は感じずにはいられなかった。
(難点は量産が難しい事ね。カクに無理はさせられない。付与するとすれば麗羽様、そして重要な将だけに限定した方が良いわね)
田豊の脳内では、着々と一刀の力を利用した袁紹軍強化計画が立てられていった。
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