第二十五章【救出とマインクラフト~終~】
とある一室――五人は董卓救出に成功したものの、彼女の様子がおかしい事に気付いた。
そこで無理に動かさず、一先ず見つけた適当な部屋で様子を見る事にしたのである。
趙忠に背負われていた賈駆も、今は離れて幼馴染の傍に付いて声を掛け続けていた。
「月……!」
賈駆の言葉に董卓は大きな反応を示さない。
微かに聞こえてくるのは「あ、う……」と言った呻き声だけだった。
「くそッ! 何進の奴め、董卓様に何をしたんだ!」
「恐らく何か薬でも飲まされたんじゃないかと思うわ。この様子は只事じゃない」
「そうだとしたら性質の悪い毒だと思います。けれども今この状況では解毒薬を探せません」
「くっ……どの道ここから脱出しなければどうにもならないという事か!」
その瞬間、部屋の扉が乱暴な音を立てて開いた。そのすぐ後に武器を手にした兵が続々と入ってくる。
趙忠、蘆植が董卓と賈駆を庇い、華雄が剣を抜いた頃にはすっかり取り囲まれていた。
「侵入者だ! ここに居たぞ!」
「脱走者も居るな。抵抗するな!」
(とうとう見つかった!)
ジリジリと距離を詰めてくる兵達に対し、華雄が怒声を上げて一喝する。
「貴様等に手出しはさせん! カク、お前の力で脱出口を作れ!!」
(もうやってますよ!)
一刀のサイズもあってか、兵達には彼の姿が趙忠達に隠れて見えていないようだった。
兵達は何を言っているんだコイツと内心首を傾げたが、この有利な状況ではそれ程気に留めなかった。
「何を企んでいるか知らないが、大人しくしろ!」
その言葉と同時に兵の一人が剣を振りかざし、華雄に向けて斬り掛かった。
得物が変わったとは言え、猛将の華雄である。難なく攻撃を受け止め、斬り返した――その時。
「えっ――」
ボッ、と言う音と共に斬り掛かってきた兵の身体が炎に包まれたのである。
「へっ……」
目の前で敵兵が燃え始めた事に理解が追い付かず、華雄もまた呆気にとられた表情を浮かべていた。
それは他の敵兵も、そして味方の趙忠達も同様で、その場の全員が固まってしまった。
「うわああああああ! 火が、火がああああああああ!!」
兵士は手に持った剣を落とし、どうにか火を消そうと我武者羅に暴れまわる。
その鬼気迫る勢いにすっかり味方である兵達は動揺し、怯えてしまっていた。
――そんな状況の中、ツルハシで脱出口を作りながら内心ガッツポーズする男が一人。
言わずもがな、一刀だった。
(上手くいった! 剣のエンチャントも大成功だ!)
華雄の持つ剣に付与されたエンチャントは二つある。
範囲ダメージ増加と火属性、共にパワーランクはTである。
威力は最低ランクだが、以前の弓同様ここでは絶大な威力を発揮するらしい。
だが火属性のエンチャントは敵を炎上させるものの、継続ダメージはそこまで高くはない。
最低ランクなのもあるが、炎上効果も連続で斬り付けなくては効果も長持ちはしないのだ。
「うあ……き、消えた。火が消えたぁ……」
その言葉を最後に兵は気を失い、倒れた。何時の間にか彼の身体を包んでいた炎は消えている。
炎は全身を包んでいた筈なのに、彼の身体は不思議な事に軽い火傷を数箇所負っただけだった。
(やっぱりすぐに消えたか。でもまあ作った俺が言うのも何だけど、焼死はエグイし良かった)
ほぼ人間をやめたような状態の一刀だったが、心まではまだ完全に染まっていないようだった。
相手がもしゾンビやエンダーマン、スケルトンやクリーパーと言ったモンスターなら別だが。
「あ、あいつ妖術使いか!」
「おい何をしてんだ! たかが一人、一斉に斬り掛かれば……!」
「じゃあお前はあいつみたいに燃やされたいってのか! 冗談じゃない!!」
詰め寄っていた兵が徐々に後退していく。それどころか悲鳴を上げて逃げ出す者もいた。
今まで呆然としていた華雄はそれを見て正気に戻り、良い機会とばかりに剣を振り回す。
「どうしたどうした! 我が剣に燃やされたい命知らずは掛かってくるがいい!!」
先程の惨状を見ている以上、自分も燃やされては堪らないと兵達が次々に逃げ出した。
気付けば一人も居なくなり、元の五人だけの静かな部屋に戻っていた。気絶した兵を除けばだが。
「全く、こんな危険な物を私に持たせるとはな!」
その言葉とは裏腹に華雄の表情は笑顔だった。
「だがこれのお陰で助かった。礼を言うぞカク」
(どう致しまして)
そう言いつつ、ツルハシをインベントリにしまう一刀。壁には立派な穴が開いている。
先程の出来事と合わせ、趙忠達は心の中でほぼ同じような事を考えていた。
(((この子、本当に一体何者なの……?)))
加えて賈駆は思った。
(と言うかハクって名前じゃなかったの? カクだと私と同じ名じゃないの……)
「よし、私とカクが来た入り口まで逃げるぞ。詠、動けるか?」
「え、ええ。ボクの事はいいから月を守って。もう一人で歩けるわ」
兵達はいなくなったものの、正面から逃げれば待ち伏せされている可能性もある。
動けない董卓を趙忠が背負い、一刀が作ってくれた穴から一行は逃げる事にした。
◆
「草の根分けても探し出せ! 侵入者は脱走者を伴い、陛下を拉致しているぞ!」
兵達に指示を出しながら何進は内心非常に焦っていた。自分が恐れていた最悪の事態が今日起こってしまったのだ。
落ち着ける訳が無く、そのせいで侵入者が何者でどうやって侵入したのか等、細かい事を考える暇も無かったのである。
「どうしたお前達! 何を二の足を踏んでおるか!」
「そ、それが何進様。先に侵入者を見つけた物の話によると、奴等は妖術を使うようでして……」
「妖術じゃと! 何を馬鹿な事を……!」
「本当なんです! 奴等に襲い掛かった途端、身体が炎に包まれた者がいて――」
怒りの表情で何進が手にした鞭で地面を打った。そしてそれに驚いた兵が尻餅をつき、悲鳴を上げる。
「それがどうした! お前達は皇帝陛下に使える忠義の者ぞ! 妖術を恐れて何とするか!」
「は、ハハァッ!!」
逃げるようにその場を立ち去る兵に見向きもせず、何進は次々に指示を出していく。
それを影で見ていた何太后の目は冷たく、窺える感情は冷徹だった。
(ここも、姉様も終わりかもね……。どうにかしないと)
◆
「敵の数が増えてきたな。何進の奴め、形振り構っていられなくなったようだ」
「当然でしょ。替え玉の月を連れてかれれば、本当は皇帝がここには居なかったって事がバレるんだから」
ようやく一刀達は目的の後宮に到着した。
迫り来る敵は華雄が剣で威嚇し、時にはエンチャント弓矢で天井を崩して進路を妨害した。
ちなみに城をボロボロに崩す事に関して趙忠は諦めたようで、もう何も言わなかった。
「無事に後宮に着いたけど、華雄ちゃんとカクちゃんが来たっていう入り口は何処なの?」
「カク、頼むぞ」
(了解!)
一刀が再びツルハシを取り出し、地面を掘った。そして地下道まで続く穴がポッカリと現れる。
「何時の間にこんな物を……」
「お前達は先に行け! 私は最後まで敵を食い止める!」
「華雄、任せたわよ!」
董卓を背負った趙忠、蘆植、賈駆と続き、彼女達は梯子を降りていった。
華雄は少しでも時間を稼ぐ為に後宮の扉を閉め、辺りの装飾品を扉の前に置いていく。
「こんなものか。だがこれでは大勢で来られるとすぐに……」
(俺に任せて!)
一刀はインベントリから今まで壊してきた壁ブロック、そして鉄格子を取り出した。
それ等を組み合わせていき、自分達が逃げるのに十分な時間を稼げる壁を作った。
「おお、便利だなお前のその力は。この剣と弓といい、袁紹がお前を置いておくのも分かる気がするぞ」
(それをすぐに使いこなす華雄さんも流石だと思いますけどね)
「おいどうした! 侵入者はここに居るんだろ!」
「そ、それが扉が開きません! まるで重い何かが置かれてるようで……」
「大勢で体当たりすれば開くだろ! この中にそれ程の重量がある物が置いてあるとは思えん!」
ドンドン、と扉に体当たりする音が聞こえる。が、その程度でこの壁はビクともしなかった。
頑丈さを確認した二人は脱出口へと向かう。その穴が塞がれても尚、暫く後宮の中に入れた者は居なかった。
侵入者及び脱走者に逃げられたという報告を聞き、何進は自分の目の前が真っ暗になるのを感じた。
それは他の十常侍も同様だった。何進が鎮圧するだろうと自分達が動かず、任せきっていたせいでもあるが。
――そしてこの出来事から間もなく、後に【十常侍の乱】と呼ばれたこの戦いは終結する事になる。
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