第二十四章【救出とマインクラフト~2~】
蘆植を助けた一刀と華雄は、次の救出対象である趙忠を捜索し始めた。
だが時間はあまり掛からなかった。蘆植が連れて行かれる趙忠を目撃していたからである。
彼女が入れられていた牢屋を見つけ、蘆植の時と同じように一刀がツルハシで壊して助け出した。
「まさか貴女方に助けられる日が来るとは思いませんでしたよ……」
手首を押さえながら趙忠が自嘲気味に笑った。
キツく縛られていたらしく、手首の痕が痛々しかった。
「勘違いするなよ。お前を助けてほしいと願ったのは他ならぬ陛下御自身だ」
「陛下が……!」
「陛下は今袁紹に保護されている。ここを無事に脱出する事が出来たら会えるだろう」
「そうですか……! 陛下、良かった……!!」
華雄の言葉に趙忠が口元を押さえ、一筋の涙を零す。
余程嬉しかったのだろう。時折嗚咽が彼女の口から漏れていた。
「おい、泣いている暇は無いぞ。残る董卓様と詠……賈駆を救出しなければ」
「でもここには巡回の兵が沢山居ます。大勢で移動したら見つかるんじゃ……」
「それなら心配いらない。コイツの力でどうとでもなる」
(頑張ります!)
華雄に指名され、両手を挙げてやる気を出してますアピールをする一刀。
そして改めて彼の存在を認識し、蘆植と同じように驚く趙忠だったが、蘆植同様適当に返された。
――ただ決定的に違ったのが、華雄のこの一言だった。
「ああ、コイツは陛下の大事な御友人だそうだ」
「陛下の、御友人……!」
趙忠に衝撃走る。自分の知らぬ間に愛しい劉宏が親しい人(?)を作っていた事実に。
すぐさま猛烈な嫉妬が彼女を襲った。が、彼に助け出されたのもまた事実である。
(むむむ……避けるべきか歩み寄るべきか……)
(スッゴイ見られてるなぁ)
結果、一刀に対して嫉妬と感謝が入り混じった複雑な感情を趙忠は抱くのだった。
「趙忠、董卓様が閉じ込められているところに何か心当たりはないか?」
「無茶を言わないで下さい。戦争が起きてるのも、董卓さんが人質になってるのも投獄された後に知ったんですから」
「それとね趙忠ちゃん、華雄ちゃんの話だと董卓ちゃんは陛下の替え玉にされてるみたいよ」
「何ですって……! 何と馬鹿な事を……!」
蘆植の話を聞いた趙忠は軽い目眩を覚えつつ、自分が何進と十常侍を見限った事に安堵した。
もしいい様に使われていたままだったら、引き返せないところまで墜ちていただろう事は容易に想像がついた。
「このまま居てはいずれ見つかるな。無念だが、先に賈駆を探そう。賈駆ならばもう董卓様の居場所を掴んでいるかもしれん」
「そうですね。それが良いでしょう」
「よし。頼むぞカク」
(ガッテンッ!)
「カクちゃんの力で賈駆ちゃんを探す……何だかややこしいわねえ」
――――――――――――
四人は、かつて董卓一行に用意された部屋の目の前まで来ていた。
壁を壊してはそこを通り、また壁を壊しては道無き道を通り――趙忠が悲鳴を挙げたのは言うまでもない。
そして通り掛かった巡回の兵を華雄が呆気なく倒し、隙を見てその部屋へ全員が飛び込んだ。
「詠ッ!」
寝台に身を投げ出している彼女――賈駆に華雄が駆け寄る。
見れば服が所々破れ、生々しい傷跡がある。自力で手当てしたらしく、血は止まっていた。
「華雄……ったく、遅いのよあんた。水関で捕まったって聞いたから心配したじゃない」
「私がそう簡単に死ぬか! それよりもお前……」
華雄が口籠もる。今の彼女の状態を見れば聞き難いのも無理は無かった。
それを察したのか、賈駆は弱々しい笑みを浮かべながら口を開いた。
「ああ、心配しないで。ちょっと前に何進の奴に叩かれただけ……男に乱暴された訳じゃないわ」
「……ッ! 何進の奴め!」
「酷い事するわ。賈駆ちゃん大丈夫?」
「蘆植……それに見れば趙忠も。華雄あんた、良い仕事するじゃない」
当然だ、と言わんばかりに笑みを浮かべた華雄は賈駆に肩を貸し、立ち上がらせた。
そして賈駆は待ち望んでいたもう一人のモノに視線を移す。彼は心配そうに自分を見つめていた。
(女の子に何て酷い事をするんだ。ポーションが作れるようになったら、あの傷も綺麗に治せるかな?)
「来てくれてありがとう。ボクの幼馴染を一緒に助けてくれる?」
(勿論ッ!)
コクリと一刀が頷く。それに安堵したのか、賈駆が膝から崩れ落ちそうになり、慌てて華雄が支えた。
やはり傷が痛むらしく、このまま歩いていくのは難しいだろう。華雄が背負っていく事を提案したが、趙忠がそれを遮った。
「華雄さんはいざと言う時の戦闘要員でしょう。私が背負います」
「むう……すまん。頼む」
「趙忠ちゃん、私も手伝うわ。疲れたら交代するから」
「お願いします」
(この身体じゃあ背負えないしな。男なのに情けない)
趙忠にゆっくり背負われた賈駆が彼女の耳元で囁いた。
「これで……罪滅ぼしのつもり……?」
「そう言う訳ではありません。でも私なりに貴女方を巻き込んでしまった責任は感じているというだけの事です……」
彼女の言葉に賈駆はそれ以上何も言わなかった。
そのままソッと目を閉じ、緊張と痛みで張り詰めていた意識を手放した。
「よし。後は董卓様だけだが、一体何処に居られるのか……」
「替え玉にされているのだから、陛下が籠もっておられた後宮に居るんじゃないかしら?」
「……いや、私とコイツはそこからここに入ってきたが、中は荒らされていて姿は無かった」
華雄の言葉に趙忠が驚愕する。
「恐れ多くも後宮から入り込むだなんて……全く貴女達は!」
「そんな事言ってる場合じゃないだろう。趙忠、本当に心当たりは無いのか?」
そう聞かれ、趙忠は頭を捻った。
十常侍は董卓を田舎者として嫌っていたし、後宮は愚か監視し易い自分達の自室にも入れようとしないだろう。
そもそも替え玉という姑息な考えを思い付きそうなのは十常侍を除けば一人しか思い当たらない。もしかしたら――
「一つだけ、思い当たるところがあります。あくまで私の勘ですが……」
――――――――――――
何進の自室――煌びやかな装飾品と豪華な寝台が置かれた、大将軍という権威に相応しいものだった。
「ふふっ。元々人形のようであったが、これのせいで余計にそう見えてしまうのう」
その寝台の上で何進と皇帝の衣装を身にまとった董卓は居た。だが董卓の目は虚ろで言葉を一切発していない。
「本来ならこれは余計な知恵を付け過ぎた陛下達に使う予定であったが……」
何進は彼女の顎に片方の手を添えた。
そしてもう片方の手には水の入った碗が握られている。色は白く濁っていた。
「実際に使用するのは誰もが二の足を踏んでおった。じゃが替え玉且つ田舎者の御主になら躊躇はしない」
薬師に金を出し、手に入れたのは表には出せない類の薬。所謂毒薬である。
命を奪う、とまではいかないものの、こうして意識と身体の自由を奪うのは死と同じ事だった。
「御主と御主の家臣も哀れよのう。さっさと西涼に帰っておればこんな目に遭わずに済んだものを」
碗を置き、董卓を突き飛ばすと何進は扉に向けて歩き始めた。
「最後まで役に立ってもらうぞ。“皇帝”という守るべき者が居れば兵の士気は高まるのだから」
何進が自室から姿を消した。寝台に倒れている董卓の目から涙が流れた。
暫く経った後、突然何進の自室の床の一部が音も無く崩れ、穴が開いた。
――そして董卓がそこから姿を消した。開いた穴は何時の間にか塞がっていた。
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