Fate/stay nitro 第七話
作者 くま
ゴォオ!!!
「な!バックファイア!?」
魔方陣に満ちた魔力が弾け、衝撃と共に私を襲った。
咄嗟に抵抗を試みたのだけれど、
あまり効果は無く、私は意識を手放してしまった。
次に目覚めたのはやはり地下室。
どれだけ気を失っていたかは解らない。
床に寝ていた私は上半身だけ起こすと視線をめぐらす。
召喚陣を描いた床はも抜けの空で、私は失敗したのだと理解した。
ただ、なんで失敗したのか?
結果何が起こったのか?
まではわからない。
「はぁー」
私はため息を吐きつつ周りを見渡す。
魔力のバックファイアの影響で、地下室自体も大分痛んでいるように見える。
次に何かあったら、壁とか崩れてきそうな感じだ。
「はぁー」
修理費に頭を抱えつつ、もう一度ため息を吐いた。
何時までも、うなだれて床に寝ているわけにもいかず、
私は身体に付いた埃を払いながら、立ちあがる。
立ちあがって、もう一度見てみても、何か変化があるわけじゃなかった。
重い足取りで地下室を後にする私。
「はあー」
儀式に使った宝石代+地下室の修理費=今回の赤字。
その数式が頭を過り、もう一度ため息を吐いたのだった。
廊下に面した窓から判断すると、もうじき夜が開ける時間帯だとわかる。
空は黒から青に変わる途中で、見ようによっては微妙に紫色にも見える気もする。
そして私は、まさかね、と思いつつも居間のドアを開ける。
中は滅茶苦茶になっていて、壊れたソファーに腰掛けた赤い騎士がこちらをぶすっと睨んでいる。
なんてことは無く、昨晩、私がここを出た時のまんまだった。
「はあぁー」
四度ため息を吐きつつ、窓の外へと視線を投げかけた。
その瞬間、私は硬直してしまった。
窓から差し込む、決して明るいとは言えない光に浮かぶ、人型のシルエット。
そこは居間のドアを開けたのなら、必ず目に入る位置にも関わらず、
私は全くそれを認識できなかったのだ。
そして、そのシルエットを認識した私の背に悪寒が走る。
心中では逃げ出したい気持ちで一杯だったが、身体はこの場で凍りついた様に動かない。
シルエットの中から向けられる視線に、私は完全に呪縛されてしまったのだ。
「―――タバコ、吸っても良いかな?」
私と同世代くらいだと思われる男性の声に、私の呪縛が解れだした。
私がコクンと肯くと、シルエットの手に細い棒のようなモノが加わる。
その棒を咥え、四角い何かを棒の先端に近づけるシルエットの彼。
ボシュ
ジジジジ
シルエットの中に生まれた小さな炎が、彼の顔を照らし出す。
炎が消えるまでに確認できた限り、それは私と同年代くらいの男性の顔だった。
けっこう整っている方だと思う。
赤く小さな光が少しだけその勢いを増す。
一呼吸置いた後、彼が吐き出す息の音が聞こえてくる。
そして漂い始めるタバコの匂い。
「やっぱり、久しぶりのタバコは美味いものだな。
ここが禁煙でなくて良かったよ。
何せ俺のツレは二人ともタバコが嫌いでね。
あそこじゃ、吸わせてもわえなかったものでね」
彼が世間話でもする様に話しかける間にも、私の呪縛は無くなって行った。
シルエットの彼に多少の恐怖は感じるものの、それに呑まれたりするほどでは無い。
「あなた、何者?
私のサーヴァントで良いのかしら?」
私は気合を入れ、高圧的に彼に尋ねる。
もう先ほどまでの怯えは無い。
彼はもう一度タバコを吸って、その手の中にある赤い光を強くすると、
ゆっくりと紫煙を吐き出しながら私の方へと歩いてくる。
窓という光源から離れた為にシルエットは薄くなり、彼の容貌を明らかにしていく。
黒髪に黒い瞳の彼は、顔立ちからして日本人で、
やはり私と同じ様に学園に通っている年代に見える。
近寄ってくる彼に再び緊張する私をよそに、
彼は懐から携帯用の灰皿を取り出し咥えていたタバコをもみ消した。
そして目の前に立つと、私の右手の甲を覗き見る。
「ああ、なるほど。これでようやく理解できた。
どうやら俺は、君のサーヴァントらしい。
君の右手に浮かぶそれは、確かに俺との繋がりあるものだからな」
続けられる彼の言葉に、私は自分の右手を改めて見てみる。
兆しが浮かんでいたそこには、ごく簡単な文字が浮かんでいた。
確かに、それを通じて彼との繋がりのようなものを感じる。
私は過ちを繰り返さない為にも口を開く。
「わかった様ね。
私はサーヴァントである貴方のマスター。
名前は『遠坂凛』よ。
貴方のクラスと真名を教えなさい」
あの皮肉屋の赤い騎士と同じ事を言わせない様に、先に名乗り、更に名を問う私。
「俺はお宅のサーヴァント。
クラスはアサシン、名は『吾妻玲二』だ。
ま、『玲二』って呼んでくれれば良いさ。
それとお宅のことだけど、マスターって呼ぶのは勘弁してくれ。
嫌なヤツを思い出しちまうんでね。
だからお宅の事は『凛』と呼ばせて貰いたい。
それで良いか?」
彼は私の問いかけに答え、逆にに問いかけてくる。
少し疑問を感じないことは無かったが、そう大した問題でも無いので私は頷く事で応えた。
「そういうわけで、よろしくな、凛」
「ええ、よろしくお願いするわ、玲二」
片手を差し出す玲二に対し私はそれを握り返した。
こうして私は、これから始まるであろう聖杯戦争の正式なマスターとなったのだった。
まだ、この時の私は、今回の聖杯戦争が本当はどんなものかを全く解ってなかったのだけれど…。
紅茶かコーヒーかと訊ねると玲二はコーヒーと答えてきた。
心の贅肉だと思いながらも、私が珍しく淹れたインスタントコーヒーを口にしながら、
私のサーヴァントたる玲二は話しかけてくる。
なんというか、彼は本当に現代の日本人なのだ。
その言動にも躊躇いが無いのは、聖杯から情報を得ているだけでは無いのだろう。
だって、コーヒーを飲んだ玲二が即座に
『ああ、違いの解るやつだろ、これ?
懐かしいな、ミヤモトア○ンだっけか?』
とか聞き返してくるのだから、間違いないはず。
そして、玲二は彼自身の事を語り出す
「凛、さっき言った俺の言葉を訂正というか補足させてもらう。
俺のクラスなんだが、正確に言えば偽アサシンになる。
真にアサシンと名乗れるのはハサンの称号を掲げた者だけだ。
俺は殺し屋だったが、ハサンと呼ばれた事は無かったんでね。
まあ、殺し屋としての別の通り名なら在ったけどな」
「ふーん」
私もコーヒーをチビリチビリと飲みながら、玲二の殺し屋云々という話に相槌を打つ。
まあアサシンだろうと偽アサシンだろうと、構わないだろう。
重要なのは彼自身のスペックだ。
クラスの恩恵というのも多少あるかもしれ無いけれど、逆にそれはクラスの縛りでもある。
そう、私は理解している。
正直、彼のクラスがアサシンと聞いた時には、諦めの気持ちになったが、
どのみちセイバーを擁する士郎と同盟を組むつもりなのだ。
大勢に影響はないだろう。
そう思いたい。
「それと今の俺は、
いや、俺達は完璧な状態からは程遠い。
戦闘での勝利は期待しないで欲しい。
つまりは諦めろ、ってことだ」
そうさらりと、とんでもないことを告げてくる玲二。
「ふーん、
って納得できるか!!
完璧な状態で無いってどう言うことよ!?」
思わず相槌を打ちそうになった私だったけれど、流石に今の言葉は聞き捨てならなかった。
怒鳴り返しながらも私は考える。
もしかして、二回続けて完璧な状態で無い英霊を、私は引いてしまったというのだろうか。
やはりあの召喚は在る意味失敗だったというの?
「別に、君の召喚が悪かった訳じゃない。
本来、俺達は3人で一つの英霊だ。
君が召喚したのは俺一人。
つまり単純計算で、普通の英霊の3分の1しか力を持たない事になる。
しかも、俺一人だけでは攻撃力が皆無に等しい。
俺は他の二人と組んで、初めてその能力を発揮できるタイプだからな。
まあ、ここが戦場で銃器を容易に手に入れられる環境だというなら、
それなりの活躍はしてみせるけどな」
そう続けられる玲二の言葉に、私は少しだけ落ちつきを取り戻しつつあった。
状況が最悪なのが事前に解っただけでも良しとして、
他にも玲二に確認すべきことが無いかを考える。
「じゃあ、貴方は何が出来るの?
貴方も英霊なら宝具があるんでしょう?」
そう問い詰める私に苦笑する玲二。
右手で持っていたコーヒーカップをテーブルに置く。
そして次の瞬間。
私の目の前には、銃口があった。
「殺し屋である俺が出来るのは、人殺しだけだ。
そして、このマテバが英霊としての俺の武器だ。
といっても、この銃じゃ、人は殺せない。
モノは本物なんだが、詰めてある弾はただの真鍮の塊なんでね。
もし、凛が実包を手に入れてくれるなら、俺はこの銃で君の敵を撃ち殺そう」
そう言って、私に突き付けた銃を懐のホルスターに仕舞う玲二。
はっきり言って私には、玲二がいつ銃を抜いたのか認識できてなかった。
どう見ても同年代の日本人にしか見えない彼が、英霊である事をようやく理解できた私だった。
「それと俺の宝具なんだが……、
はっきり言って、攻撃には使えない代物なんだ。
何と言うか倉庫みたいなモノなんだよ」
その玲二の言葉に私は引っかかるものを感じた。
倉庫みたいな宝具で思い出したのは例の金ぴか。
彼の宝具であるゲートオブバビロンは規格外の破壊力を持っていた。
なのに玲二はそれを攻撃には使えないと言っている。
一体どういうことなのだろう?
「あー、理解して無いみたいだな。
倉庫といっても、俺がやるのは倉庫にモノを仕舞う役だ。
3人の中でも、それぞれ役割分担あってね。
出す役と仕舞う役は別々なんだよ。
それに何でも仕舞えるわけじゃなくて、もう一人が現地調達したモノしか仕舞えないんだ。
今まで呼ばれたのは常に3人一緒だったし、何も問題は無かったのだけどな」
そう言って肩をすくめる玲二に私は頭が痛くなった。
中から物を持ち出せない倉庫というのは、この聖杯戦争においては全く意味がない。
彼の言った、自身の攻撃力が皆無であるという言葉を、受け入れるしかない状況にある。
「まあ俺がここに居る以上、他の二人もこの地の何処かに召喚されてはいるはずだ。
二人と連係が取れるようになれば、戦力的には十二分なんだが…」
と更に続ける玲二。
が、彼の言う『他の二人との連係』はかなり困難な事柄でもある。
それはつまり他のマスター2人と連係をとると言うことに他ならないからだ。
ん?
でも彼は実包さえあれば、とも言っていたわ。
上手くすれば藤村先生経由で実包が手に入らないかしら?
って、藤村先生もマスターだったじゃない!
ああ、もう最悪だわ。
ぐるぐると思考を巡らせた末にガクッと落ち込む私。
そんな私に玲二が思い出した様に話しかけてくる。
「あーそれとな凛。
言い忘れてたが、今回の聖杯戦争、今までとは違うルールだからな。
俺も詳しくは聖杯のヤツから聞いて無いんだが、
少なくとも、ご主人様と犬で殺し合いをするってことは無いらしいぞ」
ガタッ!
「はあ!?なに、それ?!」
続けられた玲二の言葉に、私は思わず椅子から立ちあがり聞き返していた。
彼の言ったことは、この冬木の町の聖杯戦争では考えられないことだったからだ。
「だから、俺も詳しくは聖杯のヤツから聞いてないんだよ。
少なくとも殺し合いはしないで済む、と言う程度にしかな。
そういえば、サーヴァントが七騎揃った時点で、改めてルールを説明するとは言ってたな。
しばらく待ってれば、向こうから何か言ってくるんじゃないのか?」
どうどう、と私を押しなだめる仕草をしながら、続けられる玲二の言葉。
彼の言葉を頭の中で整理してみると、やはり今回の召喚もまともじゃなかった様だ。
何せ、聖杯から与えられるはずの知識に欠落があるのだから…。
ん?
そこで、彼の言葉に何処と無く引っかかりを憶える私。
「ねえ、玲二。
貴方、聖杯戦争がらみのことを誰に聞いたの?」
そして私はそんな疑問をぶつけていた。
玲二は、今回の聖杯戦争のルール変更を聞いたと言っている。
そう、聖杯に植え付けられた知識を持っているのではなく。
つまり、そこには第3者の存在があるはず。
「誰って言うか、聖杯のヤツにだよ。」
でも玲二返ってきた答えは、そんなものを最初から否定する言葉だった。
彼にも記憶の混乱があるのか、
植え付けられた知識と聞いた事がごっちゃになっているみたいだった。
前回に引き続き今回も失敗したとガックリと落ち込む私。
そんな私の様子を見て、玲二は不審に思ったのだろうか?
しばらく考えた後に、こんな事を聞いてきた。
「ところで、凛。
君は付喪神と言うものを知っているか?」
「ええ、一応は。
年月のたった日用品が妖怪に変化したっていうアレでしょ?
それがどうかしたの?」
そう答える私に玲二はやれやれと肩をすくめた。
その様子にカチンと来た私だったけれど、
彼が何故、いきなりそんな事を言い出したのかを考えてみる事にした。
「聖杯はそれ自体霊格が高いシロモノだよな?
そして、冬木の聖杯は何年前からある?」
玲二はニヤソとした笑みを浮かべ、そう告げてくる。
「…まさか」
「そう、この冬木の町に現われる聖杯は、付喪神と化している。
俺が出会ったのは、銀色の髪と赤い瞳の少年だったよ」
私の漏らす途惑いの声に答える玲二。
聖杯の容姿を伝える彼の言葉に思い浮かべるのは、
今頃は里帰りしているはずの一人の少女。
イリアスフィール=フォン=アインツベルン。
まさかあの一族が、今回の聖杯戦争のルール変更に絡んでいるというの?
イリアにはそんな素振は無かったし、一体どういう方法でそんな事を?
答えなど出る事の無い疑問にしばし捕らわれてしまう私だった。
続く
あとがき
と言うわけで六騎目のサーヴァントが登場した第七話でした。
投稿の間隔が短いのは、こっちが先に書けていたからです。
まあ、書ける所から書いて行くタイプの自分にはよくあることです。
よろしければ次も読んでやってください。
ではまた。