〜光と闇に祝福を〜
第一話 「『真夜中は』別の人?」
ガヤガヤとした声が聞こえる…俺は徐々に自分が覚醒してきている事が分かった。
少しずつまぶたを開ける…光が、眩しい……?
不思議だ…ここ数年、光を眩しいと思った事は無い。なぜならバイザーを通して見る世界は薄暗く、いつも俺を陰鬱にさせる。
それなのに今、周囲がはっきりと光の中に浮かび上がる。
まるで、ナノマシンに犯されていなかった頃の様だ。
まさか直ったとでもいうのだろうか。
ボーッとしていても仕方ない、ユリカの無事を確認しなければ…ルリちゃん達も心配だし、とにかく周囲を確認してみよう。
今、自分は何かの培養層のような作りをした物の中で水の様なものに浮いている。
培養層の周囲には誰も居ないが、この培養層がある部屋の少し離れた一角に人が集まっている。
ガヤガヤとした声はそこから聞こえてくるようだ。
視覚がまだ安定していないのか、その一角を見てもぼんやりとしか写らない。
仕方ないので視線を自分に移す、しかし、自分の体を見て異様な事に気づいた。
『ごぼ、ごぼごぼ!』
叫んだつもりだったがここが水の中だという事を忘れていた。
溺れるかと思ったが、別に肺が水で満たされてもどうという事は無いようだ。
この体が特別なのかこの水が特別なのかは分からないが…とにかく安心してもいいようだ。
しかしこの体、絶対に俺のものでは無い。
白く透き通った肌、華奢な体、少し主張を始めた胸、そして極めつけは有るべき所に有るべき物が無い事だった。
まさか、ボソンジャンプの影響? いや、体が変わってしまう等聞いた事が無い…
では、俺を治療するため? なんで女にするのかその辺が分からん!
正直パニックになっていた。
苛立ち紛れに周囲を見回しているとガラスに顔が映っているのが分かった。
こっ…この顔は!
薄紫の髪、病的なほどの白い肌、整った目鼻立ち、そして…金色の瞳。
マシンチャイルド、まだこの計画が続けられていたのか!
ルリちゃんやラピス、マキビ・ハリ君。計画途中で要求値を出せず孤児院に送られた子供たち、
そして実験で気が狂ったり、死んでしまった子供達…
十万人近い子供たちが実験の為に人生を狂わされたのだ…
勿論実際に殺した数では俺のほうが多い。しかし、俺はこの計画を許すわけにはいかない。
何故なら…俺が今までしてきた事はマシンチャイルド計画と、ボソンジャンプ実験の阻止の為に行われた事だからだ。
もちろん一番の目的はユリカを救い出す為だったし、復讐をする為でもあったが…
だが、アカツキとの約束は結局無駄になったという事か…俺が、クリムゾンや
火星の後継者の気を引いている間にマシンチャイルド計画を白紙に戻すと言う事
だったが。
もちろんアカツキが約束を破ったとは思えないが…
考え事をしている間に視界のぼやけが収まってきた。
先程の一角に目をやる、やはり騒いでいるのは研究者達の様だ。
五人の研究者が、ベッドに横たえられた男に群がっている。
俺は水の中に居るので、奴らが何を言っているのかは分からない。
男は裸にされているようだ、黒いぼさぼさの髪をして…ぼさぼさの髪?
ん…?
ベッドに寝かされている男、もしかして…
俺じゃねえかー!!?
『がぼ!ごぼごぼ!!』
…っと…取り乱してしまった様だ。
落ち着け俺、つまりはそう言うことだ。俺の本体はあそこに有り、俺の意思はここに有る。
この状況を説明出来る事を前にイネスさんから教わったはずだ。
たしか、ナチュラルリンクだったか…
『いい? 今から言う事は、確率的には天文学的に低い事だけどありえない事じゃないから覚えておいて。今アキト君はラピスと遺跡を介してリンクしているけ
ど、このリンク回線は絶対に割り込みがかからないという訳じゃないの。精神の希薄なマシンチャイルドの中にはアキト君と波長が同じ子もいるかも知れない…
そんな子がもしジャンパー処理を受けていたなら、アキト君と繋がっちゃう可能性が有るから気をつけて。それと、もしその子に精神と言うか自我が無かった場
合、その子はアキト君の文字どうり一部と化してしまうわ。これは、あなたの意思にかかわらず起こる事だから注意してもどうしようもないけどね、とにかく、
これらの現象を私はナチュラルリンクと名づけた』
つまり…この子には自我が無い為、俺の一部と化してしまっていると言う事だ。
しかも、俺はバイザーもスーツも取り上げられているため全身の感覚が無い。
ついでに言えば、この子のリンクの仕方では俺の感覚のサポートは出来ないらしい。
総合すると、俺は今あそこで研究員達に何かされている様だが何も感じない。
その代わりにナチュラルリンクで結ばれた、自我の無いこの子に全感覚が来ているということだ。
なんだか激しくうそ臭い状況だが……ユリカやルリちゃん・ラピスと、
どうやら巻き込まれたらしいイネスさんの無事を確認するためにも、すぐににここを脱出しなければ!
幸いにも、この部屋のセキュリティは対人センサーだけの様だ。
心音を計って異常がみられた時に、セキュリティルームの方にアラームが流れる様になったやつだ。
だが実際、心音が乱れるなんて事は興奮するとよく起こる為、心音が停止しない限りは
一時間位ほっとかれるのが常だ…まあ今回は助かるが、セキュリティとしては甘いと言わざるを得ない。
『ごっぼ、ごぼぉー!』
木蓮式の息吹を行う…水の中だととことん間抜けだが、致し方無い。
幸いまだ、研究員達には気づかれていない。
培養層の左右のガラスに足を着き、木蓮式柔の<徹しの構え>をとる。
そして左拳をガラスに押し付け振るわせ、その振動の増幅する一点を見切り右の掌を放つ!
ゴッ!
ビシィッ!!
思った通り防弾ガラスだった様だが、振動には勝てず大きなひびが入ったようだ。
今度はひびに向かって徹しの一撃をみまう。
ガッシャーン…!!
木蓮式連華掌――木蓮式柔の中伝に位置する技で、やり方さえ分かっていれば力の無い子供等でも出来る対物の技だ。
落ちていくガラスなどに当たらないようにしながら、培養層を出る。
流石に研究員達も気づいたようだ。皆動揺した顔をしている。
「なぜだ!なぜ、KR−HM006が動き出している!!?」
「あいつには自我が無かったはずだ!!」
「そんな事より、どうやって強化ガラスの培養層を割ったのですか!?」
「うぅわあ来るな!来るなあ!!」
「ふむ、面白いですね」
例外もいるようだが……
こいつ等がこの子をマシンチャイルドにした張本人なら、八つ裂きにして殺してやりたい…
だが流石に…まだここが何処か、こいつらが何者かも分からない間に殺すのはまずい…殺さない範囲で止めておくか。
俺は、まず一番近い男に飛び込んだ。
動揺している男は何の動きも見せない。俺は動揺が収まる前に懐に入り込んで、みぞおちに膝を入れる。
「グボォ!」
気絶した一人目を通り越して二人目に迫る。二人目は何とか俺から離れようと動き回るが、足をかけて転ばせ、後頭部に踵を落とす。
「ゲフッ!」
三人目は既に恐慌状態に陥ったらしく、白目をむいていたが…念のために首筋に手刀を落とす。
「カハッ!」
四人目はメスを滅茶苦茶に振り回しながら、
「来るなー!!来たら刺すぞ!!」
とやっていたので、近くに有ったガラスの破片を拾い投げつけてやった。
破片は男の腕に突き刺さり、メスが男の手から落ちる。間を空けずに飛び込み、側頭部に回し蹴りを決める。
そして最後の一人に歩み寄り、威圧しながら声をかける。
「後はお前だけだ…」
「ふむ、実に面白い」
しかし、男はへらへらした笑いを浮かべ自然体で少し俯き気味に立っている。
「お前達は何者だ?」
「それを、君が聞くかね」
「答えろ!」
「ふむ、良かろう。私の名はラネリー・フェドルトン…ここ<崑崙大学総合病院>の医師の一人さ」
「崑崙コロニーだと!?」
崑崙コロニー…壊滅した火星のコロニー都市の一つ。ユートピア・アルカディア・ニライカナイの
三大コロニーに次ぐ、三十万の人口を誇る大都市でもある。医学実験都市の名で呼ばれ、
コロニーの十分の一が大学病院だと言っていい…人に至っては半数以上の人が、それら大学病院の関係者だ。
そしてその中で、崑崙大学総合病院は崑崙コロニー最大の医療施設だった。
しかし、火星コロニーは全滅したはず…未来の都市が同じ名を使っている可能性も有るが。
「今は、何年だ!?」
「ん…今は2195年9月27日午後11時28分、真夜中って奴さ。最も火星の自転は地球とは違うけど」
「なに――ッ!?」
なっ…
ユートピアコロニーにチューリップが落ちる五日前だ
と!!?
いや、もう三十分程で一日終わるが…
まさか、あの時…
夢だと思っていたが今まで皆を守れなかった後悔が引き金となって過去へと…
「今の言葉は本当か!?」
「私が嘘をついて何の得が有るというのかね?」
「クッ…まあいい、この男以外に誰か運ばれてこなかったか?」
「いや、この男だけだが」
どうやら、ユリカ達は同じ所にボソンアウトしなかったらしい。
いや、アイちゃんの時のように<違う時間>に行ってしまった可能性もある…
ベッドを見てみると、バイザーとスーツはあったがマントが無い。マントにはジャンプフィールド発生装置が組み込まれている。
アレはここを脱出するためにも、ユートピアコロニーに行くためにも必要だ。
「この男の持ち物はこれで全部か?」
「ん? この男に興味があるのかね?」
「回りくどい事を言うな! 答えろと言っている!」
「ふむ…それは構わんが、寒くないのかね?」
そういえば、培養層から出て何も着ていないような…
この男、さっきからずっと目線が下のほうに向いてると思ったら…
「この変態がぁっ!!」
コキィンッ!!
おっ…男の俺がこんな理由で他人をぶっ飛ばす羽目になるとは…(泣)
こいつ等にはまだまだ聞きたい事が有ったが、この際やむをえまい…
目を開いて微動だにしない不気味な俺にスーツ(黒い全身タイツ)を着せ、
バイザーをかけてラピスとの時のようにリンクを切る…ドサッと言う音と共に何かが覆いかぶさる音がした。
少しずつ感覚が戻ってきた…いつもと同じ薄暗い視界、気分が陰鬱になる。自分に覆いかぶさる少女が、こちらを見つめている。
人格が無いため次の行動が出来ないのだろう、俺としてはこの子をこんな所へ置いておく等という事はしたくない。
しかし、ここで人格を覚醒させても何も出来ないだろう…
先程より出力を絞ってリンクする……といっても、実際に出力を絞る方法等知らない。気分の問題だ。
だが割合上手くいったらしく、自分の感覚を残したままリンクする事が出来た。
まず、研究員どもの身包みを剥がしてこの子の服と医師のID、それに財布をいただく。
服は結局この子には大きすぎたので上着だけ失敬する。残った服で研究員どもの手と足を縛りつけ、部屋の隅に転がしておいた。
本当は殺してやりたいが、ここで殺れば対人センサーが騒ぎ出す。
今の俺の戦闘力は、イメージフィードバックシステムの仲介が無ければ普通の兵士と同程度だ…
とても10人以上の警備員を相手に出来ない…仕方ないので転がしておくだけにする。
そして、研修医のIDで部屋の扉を開けて外に出る。
廊下を暫く歩くと、エレベーターが見えてきた。B30Fとなっている…
地下道や地下室が珍しくない火星のコロニーに有っても、地下30階はかなり深い。
監視カメラはバイザーの機能でダミーデータを送信しているが、今見つかったらかなりやばい…
それに、正直今の俺には30階登るのはきつい。二人の感覚を同時に行わなければいけないのだからなおさらだ…
だが、見つかる可能性を少しでも減らすためエレベータは使わず歩いて登る事にした。
二人というのもおかしな話だが黙々と階段を上る…やはり辛い……
ラピスのサポートもユーチャリスからのIFSのフィードバックも無い以上、
俺自身の感覚がぎりぎりのレベルまで低下しているのだから仕方ないが…
20階程登ったあたりで平衡感覚の失調に気づいた。
少し立ちくらみをおこす…
すぐに回復するが、今度は喉を焼いて何かがせり上がって来る…
「ゲフ!! ゲホッ!」
喀血だ…どうやら、また肺にでも穴が開いたか。
このままでは三ヶ月持つのかどうかも怪しいな…
そんな事を考えていたとき突然、階段横の扉が開けられた。
「そんな所で、何をやっているんですか!?」
細身で背の低い、赤毛の看護士が声をかけてきた。
彼女はすぐに、俺の口元と足元に溜まる血に気付き
「喀血しているじゃないですか! 早く内科の先生に見せないと!」
「…だめだ」
俺は拒絶の意思を表すため、少し殺気を放つ。普通の人間なら暫く声が出なくなるはずだ。
そして、そのまま階段を登ろうとすると…
腕にさっきの看護士がすがりついていた。
体が震えている…殺気が効いてない訳ではないようだ。
では何故……?
「何をする」
「あなた、分かっているんですか!? 喀血ですよ! 喀血!
下手をすると死んじゃうんですから!! そっちの子も! この人を引き止めなさい!」
「心配するな、俺は元々あと三ヶ月の命だ。あと少しぐらい減ったところで問題ない」
「なっ!!?」
「行くぞ…」
少女に向かって言う。勿論<無我の少女>には必要ないのだろうが…しかし、この場合言わないのは変だろう。
しかし、少女の名前は自我が確立されてからにしようと思っていたが、
やはり名前が無いと何かと不便だ。仮名という事で何か考えておこう。
しばらくは、無言で階段を登っていた…
4階ほど登った所で足を止める。
「…おい、いつまで付いて来るつもりだ」
「あは、あはは〜…ばれてました?」
「こんな一本道の階段でばれないわけないだろ」
「あ、いやあのぉ…私に貴方を治療させてくれませんか?」
「…は?」
俺は思わず動きを止めてしまった。(少女も)
「あの…私<劉 紅玉>っていうんですけどー、今この病院で担当持ってないの私だけなんです」
ん、劉姓だと…ホウメイさんの親類か? いや中国系にとっての劉姓はそれほど珍しいものではないはず、気のせいだろう。
「それがどうかしたのか?」
「いや、だから私の担当になって欲しいなって…あははー」
何かさっきと別人のように気弱げに言うが、俺はこんな所で油を売っている暇は無い。
「断る」
「そんなぁ、私何処までも付いて行きますから…御願いします!」
「…いいかげんにしろ」
「ね、そっちの子もこの人がいなくなったら困るでしょ?」
「………うん」
「ほら、この子もこう言ってる」
「なっ!?」
なっ……
何だとぉ!?
この子には自我が有るのか!?
いや、もしそうなら何故、俺の感覚が彼女の中に存在出来る?
そんな事を考えている間にも紅玉は次の質問をしてきた。
「お名前はなんて言うのかなー?」
「……」
答えない、先程の言葉は俺が漏らしたものだったのか?
とりあえず、先程考えた名前を言っておく。
「アメジスト」
「アメルちゃんかー、仲良くしようね」
いきなり、訳の分からない短縮をされてしまった。
まるで英語圏(英語圏の皆様ごめんなさい)の人間が考えた様な略称だな。
「それで、その…貴方の名前を教えてくれませんか?」
「…海燕ジョーだ」
「へ〜、海燕ジョーさん…って、それあからさまに偽名じゃないです
か!!」
ほう、アカラ王子を知っているとはやるな…じゃなくて、
この名前が偽名だと分かるという事はこの紅玉とか言う看護士、ゲキガンガー3を見ていたのか。
まあ如何でもいい事だが…
「訳有って本名を言うわけにはいかないんでな」
「うーん…まあいいです。それじゃ、これからよろしく御願いしますね!」
「…何故だ?」
「いや、だからさっきアメルちゃんの承諾も得たので、
これから貴方の担当をさせて頂きますからよろしく、って……ああ!待って下さいよう!」
この看護士は脳の神経が通ってないらしい…相手にするのも馬鹿らしいので先を急ぐ事にした。
色々と妙な事はあったが、無事階段を登りきり1階までやって来た。
気配を探る……
やはり駄目だ……
ユリカの時もそうだったが、今の俺は気配を探る能力が極端に低下しているらしい。
アメジストを使って気配を探るのは危険だし(鍛えてないため近くに寄らないと気配を探れない)紅玉は問題外…
俺は危険を承知で扉を開けた。
すると、そこには二十人の警備員がずらっと並び、銃を構えていた。
「動くな!」
やはり、時間がかかり過ぎてしまったか。考えられる事態ではあったが、今の俺には荷が勝ちすぎる…
何か作戦を考えないと…
そう俺が考えている時。
「みなさーん、ごくろうさまで〜す」
「な?! 紅玉お嬢様!」
紅玉お嬢様…
にっ…
似合わん…
「その男達は研究室からの脱走者で…」
「どーせ、お父様の権力をかさに着た連中が違法研究でもやってるんでしょ!」
「あ…いや…その…」
「皆に知らせておきなさい、この患者達はこの劉・紅玉の担当患者だって!」
「は…ははっ!」
「さあ、分かったら散った散った!」
紅玉の指示で警備員達が解散していった。どうやら劉・紅玉というのは、崑崙大学総合病院の理事長である劉・鵬徳の娘らしい。
実際俺もよく知っている訳ではないが、今まで直せなかった病気の治療法を発見したと一時期ニュースになっていた事を覚えている。
「これで名実共に私はジョーさんの担当看護士ですので、これからもよろしく御願いします!」
その言葉に俺は、目の前が暗くなったような気がした…
次回予告
チューリップが落ちるユートピアコロニーへと急ぐアキト達、
エステバリスの無いアキトにバッタ達が迫る!
100万のユートピアコロニー市民が悲鳴を上げるとき、
アキトは何を決断するのか!
次回、機動戦艦ナデシコ〜光と闇に祝福を〜
第二話「闇の慟哭みたいな」をみんなで見よう!
あとがき
何といいますかプロローグの半分ぐらいの容量になってしまいました。
それと、アキトの行動が予告と順番が逆になってしまいました。
しかも、アキトの一人語りだと物語がどんどん暗い方向に行ってしまうので、特に出す予定も無かったキャラを出す羽目に・・・
今回はあくまでアキトとアメジストの出会いの回のはずなのですが・・・
この物語はナデシコが発進するまでが長いので、それまでにオリキャラ出まくりという事になります。
まあ、こんなSSですが最後までお付き合い頂けると幸いです。