そんなシェリーを見て耐えられなくなったのか、

ラピスが俺の服の裾を掴んだ…


「許シてアゲテ。

 この人ソンナに悪い人じゃナイ」

「そうなんですよ〜、信じてください〜!」


     パーフゥ…パーフゥ…


いつの間にかシェリーは チン問屋が使うような、数種類の楽器を取り出して吹いてい る。

ここまで胡散臭いと、逆にどうでも良くなってくる…

アメジストを見ると、顔の前で手を振り“無駄無駄”とジェスチャーしている。

はあ、仕方ないか…


「分かった分かった…それじゃ兎に角、今日はもう寝る。

 お前の部屋も取るから付いて来い」

「どうしてですか?」

「お前は何処で寝るつもりだったんだ?」

「もちろん! ご主人さまのベッドを暖「却下」す…って、

 ええ〜!? そんなー!?」


俺は、このわけの分からない事を連呼する<自称メイド>を引きずって

ホテルのフロントへと向かうのだった……





機動戦艦ナデシコ
〜光と闇に祝福を〜





第四話 「メイドさんはいかが?」(後編)その1



島に着いて最初に思った事は、なんて変な島なのかと言う事だ。

オキナワ島から南――船に乗ってやってくると、島の全景を見渡す事が出来る。

その島は中央にある洋館を中心として、約5km四方の大きさしかない小さな島だ。

しかし、その北に恐らく“無理矢理作った”であろう森、南にはプールやテニスコート、

西には湖…と言うより池の大きなもの、東には港と灯台がある。

屋敷の大きさもかなりの物で、城館と言っても通用しそうだ。

港に着いた船を降りると、迎えのリムジンが停まっていた。

順を追って俺達が乗り込むと、リムジンはゆっくりと進み始める…

俺、ムラサメ、タカチホさん、シェリー、アメジスト、ラピスの六人を乗せても

まだスペースに余裕がある。かなり大きいリムジンだ…


ここにアメジストやラピスを連れてくる事はしたくなかったのだが、

シェリーの様な使い手が来た場合、彼女達の安全は保障できない。

結局連れて来るしかなかった…

一応俺が交渉人なので、今日は俺も背広を着ている。紺色の普通の背広だ。

俺達は洋館へと向かう道すがら、シェリーにここの事を聞いてみる…

ムラサメは日本刀の持ち込みを差し止められて不機嫌そうだが、

タカチホさんや子供達は興味深々だ、


「それはもう! お金が掛かっております!」

「何処二?」

「先ずあの森! 全てがヨーロッパはフィンランドからの取り寄せです!

 次に湖! あれも真水を空輸してまかなっております。

 他にも、この島の物は殆どを取り寄せで賄っております」

「…ん?

 飛行場が無いのに、何故空輸が出来るんだ?」

「ここ専用の垂直離着陸型輸送機(VTOL・T)がありますので」


ヴイトールか…そう言えば、明日香インダストリーに戻って来なかった交渉担当者は

インダストリーの会社が無い国で発見されたと聞いていたが、使ったのはそれか…

しかし、このシェリーとか言うメイドがいれば殺すのも訳無い筈だし、

交渉上問題無いのなら、わざわざそんな所まで連れて行く必要は無い。

何故こんな面倒な事をしてまで交渉担当達を他国に飛ばしたのだろう?

まあ、今はそんな事を考えても仕方が無いな…





考えに沈んでいると、いつの間にか洋館の下まで来ていた様だ。

リムジンが停車し、館の門が開く…

リムジンは館の敷地内まで進むと、玄関前で再び停まる。

そして館の前に赤いビロードの絨毯が敷き詰められ、

絨毯の左右に100人のメイドがずらりと並んで頭を下げた…

何というか、アイドグレーズ家の当主…という割には、些か成金趣味の様な気がするな。


俺はそれらのメイドの気配を読んでみたが、

シェリーの様に気配が消せる様なのは居なかった…

メイド達に左右を固められた道を、館の中へと歩いて行く。

流石に緊張したのか、シェリーとタカチホさん以外はコチコチに固まってしまっている。

俺はラピスとアメジストの背中を押しながら先導するシェリーに付いて行く…

そして、館の中に入ると玄関の扉がメイド達によって閉められた…


「ふ〜…緊張する〜。

 アタシはこんな堅っ苦しいとこは苦手だなー…」

「何を言ってるんですか、こんな所で緊張してたらマロネー様の前できちんと振舞えませんよ。

 ほら、リラックス! リラックス!」

「いや、アンタいつの間にかアタシ達の仲間みたいな口調で話してるけど、

 一昨日までここで働いてたんでしょ!」

「ですが今はアキト様のメイド、つまり皆様方の仲間ですわ」


つめよるムラサメちゃんを軽く受け流すシェリー、

実際見ても、体捌きが常人を逸している。

他のメイド達に、ここまでの動きをする者は居ない。

何故わざわざシェリーを使いに寄越したのか…

マロネーの意図が見えて来ない……


屋敷の玄関は吹き抜けのホールとなっており、両端に二階へと続く階段がある。

この玄関から行けるのは正面の扉と二階への階段、そして左右にある廊下だ。

シェリーは俺達を正面の扉へと案内しようとしたが、

扉から出てきた男に気づき、動きを止める…

その男は学者風の服を着こなし、疲れた様な顔をしている。

そして、俺たちには気付かないまま通り過ぎていった…

何か気配が変わったのを感じ、振り返ってみると

…アメジストが震えていた。


「…どうした?」

「……」


答えないアメジストを怪訝に思っていると、アメジストがリンクを開いてきた。


(あの…男は……危険…)

(どういう事だ?)

(あの男は…)


俺達がリンクで会話をしているのは、傍目には見詰め合っている様にしか見えない。

その所為か、タカチホがからかってきた…


「ど〜したの? 見詰め合っちゃて〜…

 もしかして、目と目で通じ合っちゃてるのかなぁ?

 ラピスちゃん、どう思う?」

「……」


何だかラピスも睨んでいる。

仕方ないので今回は聞くのを諦めた。寝る前にでも聞いてみる事にしよう…

そう思い、シェリーに再び案内を言いつける。


「早くマロネーに会わせてくれ。早い内に会っておきたい…」

「はい! かしこまりました!」


命令されるのが嬉しいのか、何時ものオーバーアクションか…多分その両方だろうが、

笑顔で俺の命令を受けるとシェリーは正面の扉をノックした…


「マロネー様、テンカワ・アキト様がお越しです。入室の許可を…」

「……

 入れ…」


扉の向こうからの指示で分かり難かったが、声は男のものだった。

マロネーと言うのは男らしい…カグヤちゃんでも調べられなかったのだから、

表に殆ど出ていない、そういう存在なのだろう…

だが、アイドクレーズ家と言うのは聞いた事が有る。

元は<カーネギー>や<ロックフェラー>と言ったアメリカの鉄道王らの血筋の一つで、

どこかの貴族の爵位をもらい今のアイドクレーズ家になったと言う…

爵位は伯爵だった筈だ…





シェリーは扉を開けて中に入ると、

部屋の入り口付近で向き直り、俺達の入室を待っている。

俺は部屋の中に入り、観察する…

この部屋は食事用の広間と言う所か。部屋の広さは約20m四方…ほぼ正方形と言っていい。

テーブルに備えられた、二十脚ある椅子の後ろには全てメイドが控えている…

その椅子の並ぶテーブルの一番奥、入り口に正対する位置の椅子に40がらみの男が座っている。

その男は精悍な顔つきをし、体格も良い…まるでプロレスラーのような体躯の男だった。

しかしその服の着こなしも、一つ一つの動きも、優雅さを持っている…

一筋縄でいきそうな男でない事は一目で分かった…


「アキト君とムラサメさんにタカチホさんだね?

 その小さい子達の事は聞いて無いが…

 兎に角歓迎しよう!」


マロネーは“本当に歓迎しているかの様な”笑顔で俺達を迎えた。

しかし、目は笑っていない。こちらを値踏みしている様な鋭い目をしている…


「さ、座りたまえ…

 そして先ずは君達も食べてくれたまえ」

「そうだな。頂こう」

「え? どうして? 交渉に入るんじゃないの?」

「ムラサメ…あのね、交渉と言うのは直ぐに始めて直ぐ終わらせると言う訳に行かないの。

 色々やる事があるのよ…」


タカチホさんはムラサメを諭しながら、周囲の状況とマロネーの表情を伺っている…

恐らく交渉に使えるものを探しているのだろう。

この場で探しても遅いと思う者も居るかも知れないが、

この場に居る者の表情を観察しておく事は、今後の交渉に役立つ筈だ。

俺達は背後に控えるメイドに椅子を引いてもらい、座る…

すると、今度は給仕のメイドがやって来てオードブルを並べ始めた…


「さて、何から話そうかな…

 そうだ、君達は釣りはするかね?」

「最近はやっていないが…一応は」

「私も少々」

「アタシは待つのが苦手だからやらない」


俺に続いてタカチホさんとムラサメが答える…

アメジストとラピスは食べる事に集中している。

まあ、俺も一度は料理人を目指した者として目の前の料理には興味がある。

しかし、今の俺には交渉の方が重要だ…


「それでは、食事の後に湖の方に行ってみないかね?

 あそこには色々な魚が居るから、変わった魚も釣れるかも知れないよ」

「良いですね…しかし、その前に本題に入りませんか?」


タカチホさんが会話を終わらせにかかる…タカチホさんも大体相手の次の言葉は予想していた筈だ。


「食事中に無粋な話は無しにしよう」

「そうですね、では後ほどと言う事で」


その後は皆が無言で食事を続ける…

俺は、今の内にマロネーの特徴を捉えておく為

次の会話を振った…


「しかし、100人以上のメイドを常時この島に常駐させる為には

 かなりの物資が必要だろうな」

「うむ。メイドの全てが常駐と言う訳では無いが、私にとってこの島は特別だからね…

 少々の無茶はするさ…

 森の木や湖の水も常に取替え続ける必要は有るが、私にとっては必要な事だ」

「ここは、それだけ大切な場所という訳だな…」

「大切……まあ、そうだな…」


歯切れが悪い、やはりここに何かがある為、出るに出られないと見るべきか…

この島自体、わざわざ極東にある島等選ばなくてももっと森や湖に適した島がある筈だ。

この島を選んだ理由…或いは、マロネーがこの島から出られない理由 がある筈…

それが分かれば交渉を有利に進められるだろう。

特別で必要だが、大切では無い島…

つまり、ここには彼にとって<必要なもの>か、<公にすると拙い物>が有る事になる。

そんな事を考えていたとき…


「アキト君、君はメイドは好きかね?」

「は?」

「いや、君がメイドの事を聞いて来たのでね」

「特に好き嫌いと言ったものは無い。

 職業で人が変わると言うものでもないし」


それに、変なメイドは間に合っている…

そう言えば…


「何故シェリーを俺の泊まるホテルに潜ませておいた?」

「ん? 別にそんな事は命令していないが…

 それに、シェリーとは一体誰だ?」

「あ…ああ、済まない。俺の勘違いの様だ…」


な!

シェリーがここのメイドでは無いだと!?

あの女、一体何者…

そう思い周囲を見回してみたが、シェリーの姿は既に何処にも無かった…

だとすると、シェリーも<何らかの目的>を持ってここに入り込んだと言う事か。

考えねばならない事がまた一つ増えた…

そうこうしている内に食事も終わり、メイド達が片付けていく中…マロネーが口を開く。


「兎に角、君達にも部屋を用意しなければ…

 ロマネ、エール、コーラル、カールア、カシス、彼らを寝室に案内しなさい」


それぞれの横にメイドが進み出る…

俺の横に来たのはコーラルと呼ばれた少女だ。

ショートヘアの栗毛をシャギーで跳ねさせている。

メイド服もエプロンドレスでは有るが、シェリーとは違い濃紺で、

エプロンも胸の上まで届いていない上に、スカートは膝の上あたりまでしかない。

彼女の身長は155p位と低いが、胸はかなり大きい。年齢は14、5と言った所か…


余り人の事は言えないが、メイド等と言う重労働に従事する年齢としては若すぎる気もする。

日本の法律的には雇用法違反だ。しかし…<連合法特例>と言うものも有り、

ルリちゃんやラピス・マキビ君の様な例外も存在するので、一概に言う事は出来ないのだが…

因みに、俺やホウショウちゃん・ムラサメは臨時社員扱いだ。まあ、バイトよりはマシと言うレベルだな。

そんな俺が全権交渉人として赴いたと言うのに、マロネーはどうして普通に接する事が出来るのか…


脱線してしまったな…話を戻すが、他のメイド達も良く見ればそれぞれ違うメイド服を着ている。

タカチホさんの横に立つロマネはドレスとエプロンが一体化した様なエプロンドレスを着ているし、

ムラサメの横に立つエールはエプロンドレスのスカートが膝の上10p以上の所までしかない…

ラピスの所に居るカールアのメイド服はコーラルと余り変わらないが緑色だ。

アメジストの横のカシスは色こそ紺色だがメイド服と言うよりウエイトレスの様な格好だ。

これは…もしかして、マロネーの趣味だろうか?


皆がメイドに案内されて部屋を出て行くのを見送りながら、俺は周囲の気が動くのを感じた…

これは、シークレットサービスの気だ。

部屋の外に潜ませていたSSを分散配置する気か…



俺が動こうとしない事に焦れたのかコーラルが声をかけてくる…


の…

 すせん!」


緊張で声が裏返っている様だ。

良く見れば体もガチガチになっているのが分かる…

まあ…14、5では仕方が無い気もするが、何故俺の案内に付けたんだ?

意図が読めない。

…とっとと帰れと言う事か?


「…ん?」

「御願いしますぅ…話を聞いてくださいぃ」


いつの間にかコーラルは半泣きになっていた。

マロネーや他のメイド達ももう部屋から出ているので、俺としては単独行動と行きたい所だが…

仕方有るまい…


「分かった、案内してくれ」

…はい!」


部屋を出て、コーラルの案内に従いホールの階段を上に登る。

この洋館は三階建ての様に見えたが、玄関前の階段からは行けない様になっているのか、

二階の上に行く様な階段は見当たらなかった…


「あ、あのこちらですぅ」

「ん…

 そんなに畏まらなくても良い。

 カチコチになっていては余計な所で失敗するぞ」

「は、はいすみません…」


駄目だ。右手と右足が同時に出ている…

階段につっかえるんじゃ無いか…と、はらはらしながら見守っていると


       ズルッ…


…少し効果音がベタな気もするが案の定、足を引っ掛けて豪快に転んだ…

俺は回り込むように動き、コーラルを支える。


「大丈夫か?」

「あ…ああ、あの…は! 大ですぅ!」


コーラルは湯気を吹きそうなほど顔を真っ赤にし、さらにガチガチになっていた…

俺が手を離すと、凄い勢いで俺から離れる…

…俺、何か悪い事したか?

その後も、コーラルは廊下で壁にぶつかったり、部屋を間違えたりと

暴走をくりかえし、部屋に着いたのは二時間後だった……










アキト達が出て行った部屋の隣り…厨房となっている部屋にシェリーは潜んでいた。


「ふう、流石はアキト様…

 気配を隠すのが一苦労ですわ…」


そう言いながら汗を拭くような動作をするが、実際は汗などかいていない…


「でも、アキト様なら本当のご主人様に成って貰っても良いのですけれど…

 アキト様、間に合ってる感じですしね。

 …それに…」


色々口に出していた事に気付き、ハッとするシェリー。

しかし、それがフリなのか本気なのかは誰にも分からない…


「兎に角、今は先にやっておく事も有りますし…

 アキト様の所に向かうのは後ほど、という事にしましょう」


口を休めることなく、シェリーは厨房から直接外に出る。

厨房には食材などを運び込むための扉があるので、メイドが出入りしても不思議ではない。

ここのメイド達はシェリーの事を知らないのだが、誰もその事に気付かない…

まるで<誰も居ない>かの様に無視されている。


シェリーは屋敷の外に出て、北に向かう…

森の手前まで来て一度立ち止まり、

周囲に誰の気配も無い事を確認してから一息つく。


「はぁ…特技とは言え長時間は辛いですわ」


相変わらずのオーバーアクションで嘆いてみせるシェリー。

彼女はここまで来る間、気配を絶ち続けていたのだ…

しばらく体を休めていたシェリーだが、森の方に向き直ると


「やはり、ここでしょう。

 他の場所にあれが隠せるとも思いませんし…

 ネルガルの方も、もう何かアクションを起している頃でしょうから…

 早めに動かないと、アキト様が気付いてしまうかも…

 まあ、それならそれで構わないのですけれど」


シェリーは言葉尻に微笑を残し、森の中に足を踏み入れる…

森の木は針葉樹が殆どで、枯れ始めているものもある。

しかし、完全に枯れた物は無い。枯れる前に新たな木と交換している所為だ…

つまり、この森は莫大な維持費が必要になる金食い虫と言う事だ…


「はぁ…相変わらずこういった超が付くほどの金持ちと言うのは、

 湯水のように意味の無い事に金をつぎ込んでしまうのですね…

 あのお方も、マロネー様もこういった所では50歩100歩ですし…

 他の面は…あの方の方が問題が多いですわね…(汗)

 はあ、何だか報われませんね。やはりアキト様のメイドにして頂いた方が無難でしょうか…」


シェリーはひたすら愚痴をこぼしつつ、森の中を捜索する…

森の規模は精々2q四方しか無いので、中央までは10分もかからずたどり着いた。

…森の中には何も見当たらない。ただ、木が生い茂っているだけだ…

しかし良く見ると、段差になっている地肌むき出しの部分に“擦れた様な跡”があるし、

足跡等も消えていない物がある…

彼女の目で見れば、ここに人が出入りしていることは明白だった…


「さてと、後は待つだけ…」


シェリーは近くの木に登ると、また気配を消した…










あの後、コーラルは


「明日の昼食後交渉を開始しますので、それまでおくつろぎ下さい」


と言う言葉を残し、逃げるように去って行った。

あの子には完全に嫌われたな…

理由は今ひとつ分からんが、多分転んだコーラルを支えた時、体に触れた所為だろう…

あの後からぎこちなさが更に増したからな。

兎に角、俺は今までの情報を整理すべくタカチホさんの部屋に向かおうと立ち上がったが、

扉の前に気配がしていた事に気付き、足を止めた。

俺は扉を開け前に佇むラピスに言う。


「どうした?」

「…ウン」


ラピスは何か沈んだ表情をしていた…

乱暴をされたとか、そういうものではない様だが…何か考え込んでいる。


「兎に角、中に入れ」

「…ウン」


何か思い悩んでいる様だ。言っている言葉も上の空に見える…

俺はラピスにソファーを勧め、部屋に据え付けの飲み物の中からココアを取り出した。


ティーカップは熱湯を注ぎ、テーブルへ置く。

据え付けのミニキッチンから手鍋を取り出して、ココアとミルクを少量・砂糖をやや多めに入れる。

よく練ってから手鍋を火に掛け、ミルクを少しずつ加えながら沸騰直前まで温めたら

カップの湯を捨て、ミルクココアを注ぐ。


しかし…普通、コーヒーや紅茶は有ってもココアは無いのだが…よく有ったものだ。

ただ、銘柄が日本のメジャーな製菓会社の物だったのが気になるが…

ともあれ、ココアをラピスに差出しながら、ラピスに注意する。


「ほら、熱いから冷ましながら飲むんだぞ…」

「ウン…」


ラピスは言われた通り、息を吹きかけて冷ましながらココアを口に含む。


「ア…美味しイ」


ラピスも子供のご多分に漏れず、甘いものが好きだ。

ココアも気に入るだろうとは思っていたが、やはり気に入った様だ。


「それで、俺に何か言いたい事が有るんじゃないのか?」

「…ウン。

 …

 アキト…

 アキトハ何故明日香インダストリーを助けルノ?

 アキトはナデシコ出航まで二ネルガルにイカ無くてイイノ?

 ルリヤユリカハ探さナイノ?」

「その事か。そうだな…話しておいたほうが良いだろう」


真剣な表情をしているラピスに無駄な誤魔化しをしても仕方ない…

俺は、今考えている事をラピスに告げることにした。


「俺は今まで皆を一人で探そうとしていたが、

 かなり難しい事なのは間違いない。不可能とまでは言わないが…

 効率的に見つけるためにも、何かのバックアップが必要だ…」

「ソレガ、明日香インダストリー?」

「ああ、だがそれだけでも無い…」


俺は声を少し落し…


「明日香インダストリーは元々<宇宙開発>関係の技術で成り立っている会社だ。

 軍とのつながりも深い…恐らくIFS関連の技術においては、ネルガルをしのぐ物さえある…

 だから、明日香インダストリーにもナデシコを作ってもらう」

「デモ、そンナ事をスレバ…」

「ああ、歴史は大きく変わるだろう。

 しかし、すでに俺は火星の住民50万人の運命を変えた…

 これがプラスになるかマイナスになるかは分からないが、

 俺はこれからもこの方針を変えるつもりは無い」


この後、俺はラピスに対し咬んで含めるように説明をした。

細かい所まで説明できた自信は無いが、元々ラピスは直感に優れている所がある…

自分がどうするべきかは……教えられるまでも無く分かってくれる事だろう。

俺が話し終えた頃、部屋に気配が近付いてくるのを感じる…

この気配は…コーラルか…

扉が遠慮がちにノックされるが、部屋の前で戸惑っている気配がありありと分かる…


「入れ」

「はっはいぃぃー」


今度は力いっぱい扉を開ける、バタンと言う音が派手に響く。

コーラルは既に目を回しているし、相変わらず顔が真っ赤だ…

変な病気じゃないだろうな…


「どうした?」

「うぇ、あの…そのですね、湯浴いまし ので…

 お入りになるし たら、ご案内をと…」


前より酷くなっている…

ラピスもコーラルを見て何事かと表情を変えている。


「そうだな。入るとしよう…

 だが、お前の案内は要らん」


昼に散々歩き回ったので、俺は屋敷の見取り図が書けそうな程この屋敷に精通していた…

実際、コーラルは立ち入り禁止の筈の所も幾つか入り込んでいたので、むしろ資料を集める役に立ったほどだ…


「そんな…そんな事されたら私の仕事無くなっちゃいますぅ!」

「大袈裟だな…俺は風呂の場所を既に覚えていると言うだけだ」

「いや、あの…ですね、

 実はですね…

 がっ、がんばれ私!

 ス〜…ハァー…

 お背中を流す所まで私の仕事なんですぅ!

「要らん」


バカバカしい理由に思わず半眼になって答える。

ショックなのかコーラルはもう涙目だ…

流石に心が痛まないでも無いが、そう言う事はご主人様のマロネーにでもやってあげてくれ…


「ソウ…アキトノ背中を流すノは私、アなたハイラナイ」

「は?」

「え〜そうなんですかぁー?

 お二人はそんなに進んでいらっしゃるんですね〜。

 でもぅ…私も今回が初仕事なんですぅ、

 だから、今回は譲ってくれませんか…?

 御願いしますぅ」


一寸待て、俺はそんな事頼んだ覚えは無いぞ…

いや、確かにラピスと会って間も無い頃、水を怖がるラピスを何度か風呂に入れてやった事は有るが…

…ふと気付く。いつの間にか、コーラルの緊張が取れてきた様だ…これもラピスのおかげか?


「兎に角! 風呂は俺一人で入る。お前らは二人で一緒に入れ」

「駄目です! ラピス様の御用を聞くのはカールアさんのお仕事ですぅ」

「アキトは私をオイテイクノ?」

「ラピス、頼むからそういう事は人前で言わないでくれ」

「どうシテ?」

「…もう良い。兎に角、俺は一人で入りたいんだ。頼むから部屋で待っていてくれ。

 コーラルも見つかりさえしなければサボった事にはならないだろ?」

「それは、そうですけど…」


俺は段々収拾が付かなくなっていくこの部屋から出て行く為、早急に話を纏めにかかる事にした…

ラピスもコーラルもまだ不服そうでは有ったが、どうにか俺が一人で風呂に入る事を了承してくれた。





その足で、俺は屋敷の湯殿に向かう。

俺は風呂場に入り込もうとして目を向けると、そこには見覚えのあるメイドが佇んでいた…


「ご主人様、お着替えとお体を洗いいたしますわ」

「お前の神出鬼没ぶりは良く分かったから、変な事をしようとするな!」


シェリーはここのメイドでもないのに、完璧に何もかもを知っているかの様に現れる…

しかし、今日は何で皆俺の体を洗おうとする?

そんなに臭いか?


「あら、それは違います。王侯貴族の間では自分で体を洗ったり、着替えたり等はなさらないので御座います」

「何百年前の話だ! それに俺は王族でも貴族でも無い!」

「あらそれは残念ですわ…内密のお話があります、湯殿の中までは盗聴器もありませんので…」


一瞬で表情を引き締め、シェリーが言ってくる。

丁度良い、俺も聞きたい事が有る…

しかし、服を着たまま脱衣所を通り過ぎ様とした俺をシェリーが呼び止めた。


「まさか、服を着たまま浴場に向かうつもりですか?」

「会話なら問題ないだろう…」

「はあ…

 ご主人様が恥ずかしがり屋なのは良く分かりましたが、

 浴場に裸にならずには入るのは、かなり不自然だと思うのですが…」

「裸にならないと駄目か?」

「駄目です」

「はあ…(汗)」


その日…結局俺はシェリーに裸を見られた挙句、

“森にある秘密を教える代償”として体を洗われてしまうのだった…(泣)








なかがき3

前回は薄っぺらい内容のもの等を作ってしまいすみませんでした、

今回は普通に戻っているかと思うのですが…

しかし、内容は全然進んでくれません(泣)

まだ出ていないメイドなんかもいたりして…

第四話はなかなか終わりそうにありません…

それでは、今回も感想を送ってくださった奇特な方々に感謝しつつ、

では、これにて、失礼。


押していただけると嬉しいです♪

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