「いやですわ、そんなに見つめないで下さい…」
俺がその言葉にはっと気づくと、
いつの間にかカグヤちゃんが頬を赤くしていた…
「あ、ごめん」
「別に構いませんわ、でも交渉に向かう前に…」
「前に?」
「約束通り、デートして下さいね」
「あっ…」
……俺は完全に忘れていた。
この後、カグヤちゃんにこってりと絞られる事になるのだが…
それはまた別の話…
「忘れてましたのねー!!」
に出来なかった…
機動戦艦ナデシコ
〜光と闇に祝福を〜
第四話 「メイドさんはいかが?」(中編)
――明日香インダストリー・ナガサキ支社ビル――
昔、貿易を行ったと言う出島にその威容は存在している。
このビルは高さ300mとかなりの物だが、その事よりも凄いのは、ビルの上にエアポートがある事だ…
その為、このビルは長さがなんと2kmもある。もちろんその全てが一つのビルというわけでは無いが、
繋がっているのでビルの橋のように見える…
角度をかえると<シャトルの発着場にもなる>という、かなり無茶な作りだ。
ビルの上にエアポートが有ると下のビルが振動するんじゃないかと思ったのだが、
どうやら振動を相殺するシステムが組み込まれているらしく、そういったことは無いらしい。
俺は今、そのエアポートに来ていた……
「アキトさん、貴方をサポートする人材を紹介しますわ」
カグヤちゃんは俺をエアポートまで連れてくると、二人の女性を紹介した。
一人は黒髪を肩の辺りまで伸ばし、一房だけ纏めて前に出している、つり目が印象的な気の強そうな少女。
服装もTシャツの上からジャケットを羽織り、下もジーパンというものだ…
肌は適度に焼けていて、褐色に近い。
しかし、印象的なのは彼女自身ではなく彼女の持つ日本刀だ。
明らかに<業物>…しかも、独特の凄みがある。
もう一人はカールしたブロンドヘアと青い目をした女性で、
明るい茶系統の色のスーツを着こなしている…
落ち着いた感じの女性だ。
少し化粧をしているが、全体的にはバランスの取れたものとなっている。
カグヤちゃんは先ず黒髪の少女を振り向き、
「この子はムラサメ。士官学校の時の後輩なんだけど、今は私を手伝ってくれているのよ…
この子の接近戦能力はホウショウよりも上だから、アキトさんの護衛をしてもらうわ」
ムラサメと呼ばれた少女が前に進み出る…
「あんたがカグヤ様の恋人かー…まっ、よろしく!」
カグヤちゃんの恋人という噂、一体何処まで広がっているんだ?
ただでさえ最近肩身が狭いのに…
しかしカグヤちゃんが背後からプレッシャーをかけているので、迂闊に否定できない…
適当に流しておこう…
「こちらこそよろしく、ムラサメちゃん」
俺は挨拶を返すが、ムラサメちゃんは怪訝な表情になって言う。
「うー…
そのちゃんて言うのはやめて…何だかくすぐったいからさ…
アタシを呼ぶ時は呼び捨てでいいから」
「わかった、そうするよ」
俺は困惑顔のムラサメちゃん…おっと、ムラサメを見て苦笑する…
それを見たカグヤちゃんが少し苦笑して、もう一人の方に向かい直る。
そして紹介を始めた。
「こちらはタカチホ。社内でスカウトしたんだけど実務や交渉のエキスパートよ」
俺がタカチホさんの方に向き直るとタカチホさんはこちらに一歩近付いて、
「私はタカチホ。趣味は弾道計算と、絵画鑑賞よ」
「よろしく御願いしますタカチホさん」
先程までニコニコとしていたタカチホさんが、ぶうっと膨れた顔をする…
何事かと思い聞いてみると、
「何で私だけちゃんて呼んでくれないの?」
「いや、その年上だし…」
「私まだ年齢も言って無いわよ?
どうしてそんな事が分かるのかなー?」
「いや、その…」
俺は徐々に下がっていた。相手は戦闘力に関しては俺に遠く及ばない筈だが、
こういう状況では、俺にはどうする事も出来ない…
「いい加減にしなさい、タカチホ!」
「はーい」
いかん…これはサチコお嬢さんと同じ、人をからかうのが大好きな人だ…
せっかく、サチコお嬢さんの目がラピスに向いているのに…
ラピスにはすまないと思うが…
一通り挨拶を済ました俺達はエアポートのタラップを上がって行く。
タラップの手前でカグヤちゃんとホウショウちゃんが見送っている…
「アキトさん…気を付けて下さい。最悪交渉は失敗しても、帰ってきてくれるだけでい
い
ですから…」
「分かった」
見送るカグヤちゃんに手を振り、飛行機に乗り込もうとしたが…
カグヤちゃんはしっかり追撃を喰らわせてきた。
「ムラサメやタカチホに手を出したら許しませんわよー!」
「はい……」
タラップの手前から聞こえるカグヤちゃんの声にうなだれながら、俺達は飛行機へと乗り込んだ。
タカチホさんが運転する様だ…
地球の飛行機はIFS仕様で無いものも多いので助かる。
俺は後方のシートについてベルトを締め、飛行機が発進するのを待つ…
タカチホさんは手際よく発進準備を進める中、ムラサメは俺の隣まで来てシートに座った。
そして俺を観察するように見ながら、
「所でさ…
ホウショウに接近戦で勝ったって本当?」
「いや、戦った訳じゃ無いよ」
「でも、勝ったんだよね?」
ムラサメは目をキラキラさせながら、俺に詰め寄る…
だんだんと、顔が近付いてくる。
俺は少し引いた。
よっぽど戦いが好きなのか、
その目は”今度アタシと戦って”と言っているのがありありと分かる…
俺はぶんぶんと首を振るがムラサメは離れない…
そして、ちょうど俺の方にもたれ掛かった体勢になった瞬間、飛行機が発進した…
「きゃ…!」
ドスッ
「……!!!」
後数年すれば飛行機にも<重力制御装置>が積み込まれるのだが、現時点で積まれているのは宇宙船位の物だ…
当然発進の衝撃はそのまま伝わり、ムラサメが俺に向かって倒れこむ事になる。
俺はとっさに回避しようとしたが、シートベルトのせいで上手く行かない…
そして、ムラサメの顔は俺の顔を通り過ぎ…俺の股間に直撃した…
「あははは、ゴメン…
でもさっき、額で変な感触したけど…大丈夫?」
「……あ…あんまり…大丈夫じゃ…無い…ガク…」
「…あ〜…えーと……
もしかして、これってアタシの勝ち?
でも、何か違う様な…」
本当はそれ程効いていた訳では無いが、目的地まで寝ている事にしよう。
起きていてもからかわれるのがオチだし…
――極東方面日本国領 オキナワ島――
俺達の目的地はこの島の南にある小島の一つ、ハロンと言う島だ。
しかし直接乗り入れようにも、島に飛行場が無いため入り込めない。
船でしか行けない…そういう島だ。
俺達はナハの空港に飛行機を止めて、中の荷物を取り出す…
今回は武器の持ち込みが出来ないので、実質的には手土産だけの筈なのだが…
飛行機内の貨物室には何故か<2m程の木箱>が入っていた。
出発前のチェックはタカチホがやったらしいのだが、聞いてみても知らないと言う。
仕方ないので、調べてみる事にした。
近付くと、微かだが何かが生きている気配を感じる…
箱に耳を付け、呼吸音を聴く…
…一つ……二つ?
さて、どうするか…
「いい?
アタシが真っ二つにしようか?」
ムラサメが背後から聞いてくる。
確かに、普通なら所定の荷物以外は危険なんだが…
俺は、中に誰がいるのか見当がついた。
しかし、ムラサメ…その日本刀
島まで持ち込むつもりか?
「いや、そんな事しなくても良い」
「え? どういう事?」
居合いの体制に入っていたムラサメを止める。
ムラサメはもう切るつもりだった様だ…
結構危険だなこの子…
「それは…こういう事だ」
言葉を紡ぎつつ貨物室に据付のバールを取り出し、
木箱の隙間から差し込んで、強引にこじ開けた。
固定している部分が弾け跳び、木箱が開く…
中に入っていたものは……
「やはり…」
「え…? 子供?
…何か、お人形みたいな子達だね」
ラピスとアメジストは木箱に入ったままここまで来たのだろう…
空気が通る穴はある様だが、出る時の事まで考えてなかった様だ。
暗くなった木箱の中でお互いする事も無かった所為だろう、
そのまま木箱の中で眠っていた…
しかし、中が快適なように毛布まで持ち込んでいるとは…
「でも、どうやって?
これに乗れるのは、私達とその荷物だけだよ」
「その辺は、この子達が起きてからだな…」
交渉日は明後日、どの道今日はナハシティで泊まるしか無いだろう。
俺達は、予約を取っているホテルの方に向かう…
俺が事情の説明を渋った為、
ホテルまでは二人を、俺一人で担ぐ事となった…
ホテルの自室に二人を担ぎこみ2時間ほど…
二人は計った様に同時に目覚めた。
「…おはようアキト」
「オハヨウ、アキト」
アメジストもラピスも寝ぼけているのか、俺に朝の挨拶をする…
俺はどう対応すべきか少し考えたが、直ぐに考えるまでもない事に気付き、
しかめ面をして問いかけた。
「どうして付いて来た?」
まだ寝ぼけているらしく、返事が返るまでは時間があった…
「アキトはワタシの前カラ居なくナら無いッテ言っタ」
「私はアキトの影…
影は常に付き従う」
二人とも誰かに聞かれたら絶対誤解される様な事を平気で言う。
もう少し常識を教えておかねばな…
兎に角来てしまった以上、今更帰れと言う訳にも行かない…
しかし、どうやって乗り込んだんだ?
オペレーターIFS対応のコンピューターでも持っていれば
ハッキングで飛行機に積み込む荷物のデータを書き換えればすむが、
そんなものが有るのはネルガルか明日香インダストリー、クリムゾン系列の企業位だろう…
後は人目につかずに運び込むしか無いが、この二人にあんな大きな物を運び込む力は無い。
誰かの手引きか?
「分かった…
この際、ここまで来た事は多目に見よう。
しかし、どうやって木箱に紛れ込んだんだ?」
「セイヤに頼ンダ」
「は?」
「私とラピスは、レストランこうずきの手伝いをしているの。
その時、知り合いになって…
セイヤさんは何かファンクラブを作るとかって言ってたけど…
兎に角、セイヤさんが持っていたオペレーターIFS対応のコンピュータを
使わせてもらったの」
はぁ……
ファンクラブの創設者がセイヤさんだったとは…
…いずれ決着を着けねば。
まあ今回、それはおいて置く事にして…
「で…
どうやって知ったんだ?」
「紅玉から」
「…」
紅玉の奴、一体どうやって…
あ…俺の部屋…か?
絶対安静の個室だから、モニターされている筈。
しかし、そんな事話すか? 普通…
俺は気が抜けてベッドの横にある椅子に座り込んだ…
「お話は終わりましたでしょうか」
突然、俺の後ろに気配が生じた。
俺は反射的に振り返る…
「な…!?」
「どうかなされましたか?」
俺の背後に立っていたのは…
メイドだった…
ライトブルーの瞳と白い肌…
ブルネットの髪をストレートにおろし、カチューシャで留めている。
服装は黒を基調としたエプロンドレス…
卵形のその顔は微笑をたたえている。
年齢は18、9と言った所か…
何処からどう見ても完全なメイドだ。
しかし気配もさせないで背後に立つ以上、ただのメイドではあるまい…
そのメイドは観察の視線を気にした様子もなく、俺の左側に立って
目の前のテーブルに透明な液体が注がれたグラスを置く。
揮発性なのだろう、気泡が出ている…炭酸水か?
グラスの周りに水滴が浮き出し、良く冷えている事を知らせている。
しかし、こんな怪しいメイドからもらった物を口にする気にはなれない…
「…何者だ?」
「何者、と申されましても…
ただのメイドで御座いますが…」
「ただのメイドが気配もさせず人の背後に立つのか?」
「はい。メイドの仕事は
<いかに静かに、的確にご主人様にお仕えするか>
で決まってまいりますので…
いつも背後に立っているのは当然で御座います…」
「何時からここに居た?」
「3時間ほど前からで御座います」
表情を崩すことなく言ってのけた。
このメイドは俺達をいつでも殺せたと言うのか…
しかし、これ程完全に気配を消す技量の持ち主だ、
まともに戦うならラピスやアメジストに危険が及ぶ。
迂闊な事は出来ない…
さて、どうする……
「お前の目的は何だ?」
「目的ですか?
そう申されましても…そうですね、
ご主人様のご命令を実行する事です」
「だから、その命令は何だ!」
「まだもらっておりません」
さっぱり要領を得ない。
そもそも、こいつの主人は誰なんだ…
俺が頭を抱えていると、アメジストがメイドに問いかけた。
「もしかして、貴女アキトのメイド?」
「はい、私シェリーと申します。
今日からアキト様のメイドを申し付かりました」
「…はあ?」
さらに分からなくなった。どうして俺に…?
いや…俺自身が雇ったわけでは無い以上、
指示したものが居る筈…
「誰の指示だ?」
「はい、
アイドクレーズ家の当主であるマロネー様です」
「そうか…」
やはり……
まあ、コイツが本当の事を言っているのかどうかは分からないが、
交渉相手が俺に付けた<お目付け役>と言った所か。
しかし、こんな実力者がごろごろ居る訳じゃないだろうな…?
もしそうなら、かなりまずい事になる…
「勘違いなさっているかもしれませんので言っておきますが、
<今の>私のご主人様はアキト様です。
マロネー様ではありません」
「分かった…
マロネー氏には『ご好意は気持ちだけ頂いておく』と伝えておいてくれ」
「それは、私等いらないという事でしょうか…そんな……」
シェリーはよよと泣き崩れ、エプロンをハンカチ代わりに涙をふき取る。
ラピスが動揺している…
泣き落としか?
「私には病気の父と母が…うぅ…
雇っていただけないのでしたらマロネー様の所へ戻ってもどうせ免職…
この際、ここで首をつって…!」
そう言って、懐から首吊り用に結んであるロープを取り出す。
…あんなもの常備してるのか…
「アキト、雇ってアゲテ…」
…ラピスが落ちたか…
まあ、ラピスはこの手の韜晦に慣れていないからな。
このうそ臭さまでは伝わらんか…
俺はどこぞの極楽トンボや試掘者で慣れているが……
アメジストは無表情にシェリーを見ている。
やって見せろと言わんばかりだ…
どっちも問題ありだが…この状況を何時までも続けるわけにはいかない。
俺は取り敢えず、代案を出す事にした…
「良いだろう。雇おう…」
「本当ですか!」
シェリーは首吊り用のロープを懐に戻し、喜色満面跳ね回る…
リアクションの大きい奴だな…
「で、最初の仕事だが…」
「はい!」
「マローネ氏に明日そちらへ向かうと伝えておいてくれ」
「分かりました!」
シェリーは嬉々としてそれを実行に移そうとしたが…
ふと思い返し、困惑気味に言う。
「あのぉ…あの島、電話が無いんですけど…」
「ああ、聞いている」
「携帯できるような通信媒体の持ち込みも禁止されてますし…」
「ああ、それもカグヤちゃんから聞いた」
シェリーは冷や汗を流す。
俺は優しく言ってやった…
「古い風習では有るが、<先駆け>と言うものがある」
「あの…それでは、
私だけ今日島に行けと、仰るのですか?」
「そうだ」
シェリーはまた、ガーンと言う音が聞こえてきそうな程の驚きっぷりを見せる。
こいつの動きは一々うそ臭い…
というか、オーバーアクションが過ぎる…
「そんな…お仕えした初日に、いきなりお側役を外されるなんて…
こんな事ではやって行けないわ。
どうにか認めてもらわなくては…」
「そういう事を口に出して言うな!」
危うくラピスが引っかかる所だった。
ラピスの瞳がまた潤んでいる…
最近感情を隠さなくなったのは良いのだが、
こう直ぐに影響される様ではまだまだ安心できないな…
シェリーは上手く行かなかったと悟ったのか、表情を戻し俺に向かって否定の言葉を掛ける。
「今日の便はもう出てしまいました。次が来るのは明日ですが…」
「なら、近くの漁師にでも船を借りれば良いだろう」
「えぇー! そんなぁ〜!
でも命じられた以上は…
ど〜しよー!?」
シェリーはばたばたと動き回る。
最初の印象が消し飛んでしまいそうだ…
そんなシェリーを見て耐えられなくなったのか、
ラピスが俺の服の裾を掴んだ…
「許シてアゲテ。
この人ソンナに悪い人じゃナイ」
「そうなんですよ〜、信じてください〜!」
パーフゥ…パーフゥ…
いつの間にかシェリーは
チン問屋が使うような、数種類の楽器を取り出して吹いてい
る。
ここまで胡散臭いと、逆にどうでも良くなってくる…
アメジストを見ると、顔の前で手を振り“無駄無駄”とジェスチャーしている。
はあ、仕方ないか…
「分かった分かった…それじゃ兎に角、今日はもう寝る。
お前の部屋も取るから付いて来い」
「どうしてですか?」
「お前は何処で寝るつもりだったんだ?」
「もちろん! ご主人さまのベッドを暖「却下」す…って、
ええ〜!? そんなー!?」
俺は、このわけの分からない事を連呼する<自称メイド>を引きずって
ホテルのフロントへと向かうのだった……
なかがき2
今回はまた謝る事が多いので、少し辛いです…
先ず、短くてすみません。
次に、この話は本来の前編までのストーリーです。
そのため後編はその1その2に分ける事になりそうです。
そして、如何にか出られたこのメイドは登場して直ぐ壊れてしまいました…
メイドは他にも出てくるのでお許しを…
謝るのはここまでに致しまして、一ヶ月間の感謝の方を。
Chocaholicさん、タイコさん、レイジさん、zeroさん、ヒイロさん、sumiruさん、ゆ〜う〜きさん、どうもありがとう!
今まで何と7人もの方がこのSSの感想を下さった事になります(感涙)
高々一ヶ月書いただけの私に過分なお言葉ありがとう御座います。
もちろん、毎回感想を下さるタイコさんとChocaholicさんには特段の感謝を。
もし、この作品でこうして欲しい、こういうのは如何だろうかというのが有りましたらご一報を。
何か違う方向に話しが進んできましたが、今回はこの辺で。
押していただけると嬉しいです♪
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