火星…

スキャパレリプロジェクトの、核となる場所…

アカツキさんは結局、どこまでの事をナデシコに託したのでしょう…

前の結果を見る限りでは、あくまで戦略の一つでしか無かったようですが…

火星での研究成果の取得、CCの回収、遺跡奪還…

アキトさんがいる事で“どこまでを期待されているのか”が分からなくなってきています…

活発に動きを見せるクリムゾンも気になります…

私達は、無事火星の生き残りの人達を救えるのでしょうか…






機動戦艦ナデシコ
〜光と闇に祝福を〜






第十一話さらりと出来る『運命の選択」その1


火星の上空約6000km――フォボスが高速で通り過ぎて いく中、 大気圏上のナデシコは戦闘になっていた…

因みに…地球の大気圏は約3万kmで、完全に空気が無くなるのは約8万km。

尤も200km以上は、かなり空気が薄くなっているが…

火星の大気圏は、現在約2万km…内部の氷だけでは大気が維持できず、

アステロイドベルトからかなりの量の氷を移送してきたのだが、地球から見れば大気はまだ薄い…

はるか下を通り過ぎていくフォボスが、ナノマシンを(はら)み つつ赤く輝く…


紅月(こうづき)か…まさか、上空から見る時が来るとはな…」


アキトがエグザバイトを駆り、カトンボを撃破しながら言う…


『そうだね、綺麗だね…』


突然コミュニケが開き、ユリカがアキトに語りかけてきた…


「おい! 艦長が戦闘中に私信してきて良いのか!?」

『だって、アキトは愛する私の声を聞きたいと思って』

「…あのな」

『大丈夫。今グラビティブラスト射程圏内に移動中で暇なんだ』

「ぶっ…!」


ユリカが嬉しそうに言ってくるが、戦闘は続いている…

その間にも、アキトはバッタ三十機以上・カトンボ数隻を沈めていた。

会話を続けながら良くやるものだ…


『おいおい、俺の出番を取るんじゃねぇ! 行くぜ! ガァイスーパー…

『だから、台詞長過ぎだって。はぁい、お花畑〜♪』

『真面目な戦い、撃たせて頂きます』

『おらおら! ぼやっとしてっと置いてくぞ!』

『だから出番を取るんじゃねー!!』


一人突撃していたヤマダは必殺技の溜めの間に全員に追い抜かれ、必殺技を放つ先を無くしてしまっていた…


「ははは…(汗)」

(そういや、これがナデシコだよな…)


およそ戦闘中とは思えない緊張感の無さに、アキトも乾いた笑いを漏らすしかなかった…


『アキトさん、此方の射線から退避して下さい』

「分かった」


ルーミィがエスカロニアのグラビティブラストを発射し、ヤンマ(巡洋艦クラス)を沈める…

戦線が崩れた所にナデシコが割り込み、拡散モードでグラビティブラストを発射――大気圏上の敵を一掃した…









「エステバリス隊を回収して下さい。その後再びエスカロニアとドッキングして大気圏へ突入、

 熱圏内に到達したらグラビティブラスト・拡散モードで発射して下さい。地上から上って来る第二陣を殲滅します」


ユリカの指示のもと、ナデシコは地上へと向けて大気圏に突入した…

大気圏は内側から対流圏・成層圏・中間圏・熱圏・(第一次・第二次)ヴァン・アレン帯・外気圏(ヴァン・アレン帯含む)となり、

熱圏は火星の場合、約100km〜400km。距離的にはまだかなり遠い…

しかし、宇宙を航行する速度を考えるとそれも一瞬…減速は重力制御と逆噴射の二重の減速なので、かなりの急減速が可能となる。

なので、突入したと言っても空気の密度が低い為、当初は殆ど分からなかったが…

数分もすると、光の筋の様な物が大量にナデシコを掠めていく…


「火星熱圏内、相転移反応さがりま〜す♪」


ミナトが熱圏到達を告げる。光の筋はいよいよ多くなってきた。

それを見たメグミは不思議に思い、疑問を口に出す…


「何あれ?」

「ナノマシンの集合体だ」


ゴートが端的に説明するが、良く分からない…


「ナノ?」

「ナノマシン…小さな自己増殖機械。火星の大気組成を地球の環境に近づける為、ナノマシンを使ったのね」


ルリがそれを補足する言葉を言う。


「ふーん」

「そう…今でもああして常に大気の状態を一定に保つと共に、有害な放射線を防いでいるのです。

 その恩恵を受ける者はいなくなっても…」

「ナノマシン第一層通過」

「そんなの、ナデシコの中に入っちゃっていいんですか?」

「心配いりません。火星ではみんなその空気を吸って生きてたんですから、基本的に無害です。おトイレで出ちゃいます。

 あっ…いけない…」

「そうか、艦長も生まれは火星でしたな」

「そうなんだ…」


メグミは少し嫉妬した。アキトと同郷であるユリカに…

アキトの事はまだ気になる程度だったが…今まで見たことの無い人だったので、少しずつ惹かれ始めていた…

尤も、周りのドタバタのせいで自覚してはいなかったが…


「グラビティブラスト、発射してください! 目標は地上の敵第二陣! 艦首、敵へ向けてください」

「はいは〜い♪ でもぉ、熱圏の外からなら連射できたのに」

「問題ありません。エネルギーならエスカロニアの分もありますし、

 それに距離が開きすぎると、向こうのディストーションフィールドで相殺されてしまいます」

「なるほどねぇ〜。どこまでも届くって訳じゃないんだ」

「はい。カタログスペックとしては、大気圏内での有効射程は約100kmとなってます」


ルリが最後に説明を行ったのに合わせ、ナデシコは敵に向けて方向を変えた。

だが、減速に合せて方向転換とグラビティブラストの充填まで行おうとした為、艦内重力制御が甘くなる…


「全く…全部一度でやろうとするからだ」


アキトは傾いた艦内で器用に立っているが、周りは大変な事になっていた…


「アキト、お前なんで平気なんだ!?」


腰に掴っているリョーコが聞いてくる…


「鍛えてるからな」

「そういうもんか!?」

「凄いよアキト君! ギネスに挑戦できそう!」

「日本の北の半島、そりゃ朝鮮…ククク

「ちょっと待て! 落ちる! 何で俺が足に掴まってるんだ!?」


そう、ヤマダはアキトの足――それも、つま先近くを掴んで いる。いつ落ちていってもおかしくない…


「すまん、三人以上は俺にはどうしようもない…

 だが手は空いているしな…なんだったら、抱っこしてやろうか?」

「アホかー!」

「あっ!?」


そう言った時…つい力が抜けたらしく、ヤマダは床を滑っていった…


「ご愁傷様…」


アキトは顔を手で覆いながら呟く…

それを、天井にぶら下がっているウリバタケが羨ましそうに見ている…


「クッソ、何でアイツばっかりいい思いしてやがんだ…」


不安定な状況で、地上まで10m以上ある天井のパイプを掴んで懸垂である。長時間もつ訳も無く…


「くっ…ちょっと待て…あっ!」


ウリバタケは握力が尽きて落下する。しかし…

傾いている所為で、落ちる方向が丁度アキト達の上になった…


「うお〜!! …え!?」

「セイヤさん、大丈夫か?」 


ウリバタケは丁度アキトの上に落下し、お姫様抱っこで抱えられていた…


「うわ、アキトやめろ!!」

「う、暴れると危ない、って…あっ!?」


ウリバタケはアキトの腕の中から抜け出し、そのまま滑っていった…


「憶えてろよぉー!!」

「あははは…まあ二人とも頑丈そうだから、大丈夫だろ」

「それは言えてる」

「雪男、それはイエティ…クックックッ

「おっ、そろそろ重力制御が回復してきたみたいだな…」


リョーコの言葉通り、重力制御が戻っていた…

格納庫の傾きも感じられなくなる。

それを確認するとアキトは何事も無かった様に、


「じゃあ、そろそろブリッジの方に行こうか」

「ちょっと待ってくれ…その、まだバランスが…」

「ひょろひょろだよ〜」

「天地が揺れる…」

「お前らだらしな…いぜ…このガイ…様が」


全員バテ気味だ…まあ、戦闘直後なのだから仕方ないのだが…

アキトは一つため息をつくと、パイロット達を運びながらブリッジへと向かった。












木連移民船団都市・研究船ゆきみづき――

研究船として特化が進んだ所為か、この船は元の“移民船”の原型を留めていない。

船と言うよりは円盤の様な丸い胴体部分と、マニュピレーターの類だろう、下部に無数の腕の様な物が付いている。

改造の結果なのだろうが、まるでクラゲの様なフォルムの船だ…

この船には現在、ヤマサキ・ヨシオ技術総監を始めとする科学技術者達が集っている…


ヤマサキ・ヨシオは三十代で技術総監の地位に上り詰めた実力者ではあるが、

実の所、天才や鬼才と呼ばれるほどの実力があったわけではない。

彼は“実験を躊躇する事なく、全ての物で行う”という事を身上としているだけだ…

それだけに唯のマッドサイエンティストだと思われがちだが…実は部下達の受けも良く、家庭では良き夫でもあった。

今は<生体ボソンジャンプの起こる可能性>を模索する為、マウス実験を行っていた所なのだが…

彼の元を訪ねてきた客人の為、実験を一時中断する羽目になった。


「やれやれ、一体誰が訪ねてきたんだい? 僕の友達は時間を考えてくれない人が多いからね…」


そう言って実験室を後にし、応接室の方に向かう。

尤も、この船はあまり娯楽施設が整っているとは言えない…

応接室と言えども、机と畳以外はお粗末な物だ…まぁ、この船には女性が殆どいないので、仕方が無い事なのだが…

ヤマサキはそんな事を考えながら、応接室の扉をノックした。


『…来たか』


その声を確認してから、ヤマサキは部屋の中へと入る…

そこには、二人の男が座り込んでいた。

内一人は直ぐに立ち上がって一礼する…


「ヤマサキ総監、お久しぶりです」

「ああ、南雲君か! 久しぶりだね…そう言えば、中佐に昇進したって言ってたっけ。おめでとう」

「有難う御座います」


ヤマサキが南雲と呼んだ男は、大きい――190cmに届き そうな――体を深々と折り曲げた。

この男は南雲・義正といい、草壁中将の腹心の一人である…

実力も、白兵・機動戦・艦隊戦・戦術論等…全ての面で一流に近い能力を発揮している。

実力主義の草壁の腹心の中で、二十代の内に中佐まで上り詰めているのだからその有能さが伺える。

およそ軍人としては完璧に近い能力を持った男であり、草壁の忠実な臣下であると言われている…

その辺り、ヤマサキにとっては少し煙たい存在ではあったが、

草壁の事以外ではさっぱりした性格なので、好感を持ってもいた…


「それと、オメガ君か…」

「クックックッ…嫌われている様だな」


オメガと呼ばれた小柄な男はマフラーを口元まで引き上げ、顔には包帯を巻いている。

特に肌の色が変わっているとか、火傷がある様には見えないのだが…


「せめて、その包帯を取ってくれたら考えるけどね…

 帽子をやめたと思ったら次はそれかい? よっぽど顔が知られたくないみたいだね」

「俺はこういうのが好きなのさ。これが今までで一番動きやすい」

「どういう意味だい? 何ならいい医者紹介するよ」

「大きなお世話だ」

「それは残念」


ヤマサキはさして残念そうな風も無く言葉を終わらせる…

そして、オメガの出方を探るように話題を振った。


「君がこっちに来る時はいつも唐突だね…今回も“勝気なお嬢様”のお使いかい?」

「半分当たり、と言っておこうか」

「半分ね…まあ良いか。それで? 用件はなんだい?」


ヤマサキはオメガの様子に興味をなくし、次を促す事にした。

ヤマサキはそれほど腹芸が出来るほうではないので、早く終わらせたかったと言う部分もあるのだが…


「先ず、これまで俺が行ってきたクリムゾンと木連の橋渡しは、これから彼に行ってもらう事になった」

「ふーん、南雲君にですか…中将が良く手放したねぇ」

「よろしくお願いします」

「ああ。これからはクリムゾンとここを往復する事になると思うけど、よろしく」

「それから少し聞きたいのだが、クリムゾンの出向者達は現在どんな感じだ?」

「良くやってくれてるよ。やっぱり文化交流は大事だね…お陰でIFSとか言うのにも興味がわいてきたよ」

「結構な事だ。だが、実験で使いつぶす様な真似だけはするな…その時は…」

「分かっているさ…クリムゾンの援助が無いと、僕達の研究も進まないからね」


ヤマサキはオメガの威嚇に怯みもせず、笑顔で返す…

何か思う所があるのだろう…オメガは憎々しげに一瞥すると、席を立った。


「俺の用件はそれだけだ。後はそっちで調整している<フウジン><リュウジン>を借りたい」

「…どういう事だい?」

「例のあれだが、物量作戦だけでは心許ない。俺が行く」

「…それで、乗り物がいるわけだ…でも、フウジンやリュウジンは機密扱いなんだけど…」

「もちろんそれなりの見返りは用意するさ」


ヤマサキは少し不思議に思った…確かにテツジン計画の機体と違い、フウジン・リュウジンは特殊な機体だ。

彼らの援助無しには作り出せなかっただろう…

北辰が一年前に使った<ギジン>をベースにしている所は同じだが、

テツジンシリーズは、このままではバッタ達の機動性にすら付いていけないだろう…

解決策として“ボソンジャンプを行う”という形をとったものの…

優人部隊の研究が遅れている為、今の所無人兵器としてしか使えない。


フウジン・リュウジンは、そういう意味では“全く違う”機体だ…

小型軽量化に加えてIFS方式を採用したそれは、遺跡のテクノロジーを使い<超小型相転移エンジン>を採用している為、

長期間の戦闘続行も出来、エステバリスを上回る性能をはじき出している…

しかし、それもオメガの情報を元に作り出された物だ。

つまり…オメガはクリムゾンで、これに匹敵するものを作り出す事が出来た筈…

だのに、何故必要とするのだろう…?

ヤマサキがそんな事を考えていると、オメガは心を読んだかのように言った。


「俺はこの技術をクリムゾンに与えていない」

「? 何故です?」

「俺が望む事ではないからだ」

「…本当に良く分からない人ですね…まあ良いでしょう。

 フウジンは一機しか出来ていませんが、リュウジンは五機あります。全部持っていってください」

「ああ、ありがたく頂戴するとしよう」


そう言うと、オメガは話は終わったとばかりに部屋を出て行った…

その後姿を見ていた南雲はヤマサキに向き直り、


「彼は何者ですか?」

「? 君も知っているんじゃない?」

「いえ、今日初めて会ったばかりで…クリムゾン・木連間のパイプ役、としか…」

「そうだよ…それ以上は僕も知らないけどね…」

「しかし、話の限りではクリムゾンに身を置いているものの、クリムゾンの人間と言う訳でもない様子」

「まあ、あんまり深入りしない方が良いよ。彼はどの道長くないし」

「え?」

「彼、体の限界が近いんじゃないかな…感情に合せて、包帯の隙間から光が漏れてたんだ…

 過剰投与したナノマシンによる苦しみがどれほどの物かは知らないけどね…」

「それでは…」

「彼は、最後にやりたい事をしにいくんじゃないかな? …正直、僕には解りかねる考え方だけどね」


ヤマサキはオメガの去った方向をまた向きながら少し考えている風であったが、表情を戻すと、


「それじゃ、着任の挨拶を済ませてから、早速地球まで飛んでもらう事になると思うけど…跳躍はまだ使えるレベルじゃないしね。

 そんな訳で…跳躍通信を使って連絡して、向こうの方にも着任を告げに行ってくれるかい?」

「え? しかし…そういう事は閣下を通して、表の方から行くべきなのでは?」

「確かに、その方が色々有利に運ぶかもね…だけど、

 草壁閣下はどうやらこの事を表沙汰にはしたくないみたいなんだ…

 地球の勢力はみんな敵、というスローガンだしね」

「まあ、そうではありますが…表沙汰にして地球の士気を落とすのも手か、と考えていたのですが…」

「そのかわり、援助が受けられなくなっちゃうよ」

「その辺りは、辛い所ですな…物資その他、不足しがちな物も多い…」

「そういう事。勢いだけで上手く行くほど世の中は簡単じゃない、と言う事だね」


尤も、言った南雲本人もそれ程本気で考えていた訳ではない。

地球との戦争で地球の力を借りなければいけない今の状況に、情けなさを感じているだけなのだ…














ここは、どこ?


アタシ…


…遺跡?


ミカン…お兄ちゃんがくれた…


板…なんか光ってる…


おばちゃん誰?


お母さんとおんなじ匂いがする…


あ、お兄ちゃんの声だ!


待って…アタシもう少し…お兄ちゃん…お兄ちゃん!


会いたいよ…


ああ、みんなみんな分からなく…


ああー!!?


……



あれ?


これって…夢?


お兄ちゃんに会えなくなるなんて…そんなのや…


何か、冷たい…あっ…何か聞こえる…


………


…………


…………ゃんちゃん


……ちゃん…ぃちゃん!


「アイちゃん!」

「…あれ…どうしたの? お母さん?」


お母さんがアタシをのぞき込んでる…なにかあったのかな?


「如何したのって…泣いてるわよ、アイちゃん…怖い夢でも見たの?」


心配してくれてるんだ…うまく思い出せないけど…

アタシが泣いた理由は思い出せる…


「…うん…何だか良く分からなかったけど…お兄ちゃんがどっかに行っちゃうの…」

「…大丈夫よ。アキト君は強い子だもの、帰ってくるわよ…だからアイちゃん、安心してお休みなさい…」

「…うん。帰ってきたらお兄ちゃん、デートしてくれるかな?」

「ふふふ…そうね。きっとしてくれるわよ」

「早く帰ってこないかな…」


次にねた時は何もなかったの…

でも、あのユメがこの後も続くなんて、その時のアタシにはわからなかった…













雪谷・進一は、ゆきみづき内で最も不安定な立場にいる。

IFSを付けているとはいえ、他のパイロットの様に訓練を積んでいる訳でもなく、

薬学にした所で薬剤師に成れるほど学んだ訳でもない…

人数あわせで連れて来られただけ、というのがありありと分かる…

兎も角、十人の出向社員の内一番いらない人間…と目されているのは間違いない。

だからヤマサキの簡単な実験に誘われることも多く、

時には断れず、妙な物を埋め込まれてしまったこともある…後で取り出したが…

しかし立場の割には、殆ど被害にあわずにすんでいる。

実はそれにも理由がある…彼が治療を担当している男のお陰だ…

進一はその男の所に、定期的に食事や薬を運んでいる…

今も丁度、食事を運んできた所だ。

進一は部屋の前に立ちインターホンを押す…


「雪谷・進一です。入室許可願います」

『ああ、入り給え』


   シュン…


硬質な扉が軽い圧搾音と共に開く。

進一は一度呼吸を整えた後、中に入る…

中には寝たきりとなった男が、痩せた体を横たえていた。

まだ二十代前半に過ぎないだろう…その体は妙な光が体を走っている…

顔色も悪く、末期癌の患者を思わせる風貌だった…


「体調はいかがですか? 神埼閣下」

「ははは、閣下は止めてくれと言っているだろう進一君。

 優人部隊の実験で二階級特進しただけなんだからね…」


そう…優人部隊の実験に参加する者は、二階級特進が決まっていた。

神崎准将、特進前は中佐――彼は、若手のリーダー的 な存在であった。

だが、彼の主張は“地球の人間は全て敵”としている草壁派とそりが合わず、また穏健派とも相容れなかった…

彼の主張は、火星を味方に引き入れ地球侵略の足がかりとする、と言うものだった。

だが、一介の中佐の意見など上層部に届く訳も無く、火星殲滅作戦は実行されてしまう…

その時、彼は優人部隊の項目に二階級特進があることに気付き、最初の優人として志願した。


しかしそれは、草壁が思想の違う神埼を追い落とす為の罠であった…

優人部隊用のナノマシンの開発は、その当時まだとても人間に使って良いものとは言えず、

遺伝子データの改竄はそれなりの成果を挙げたものの、ナノマシンは体を異物として攻撃し始める…

そして一ヶ月もしない間に彼は寝たきりに成ってしまい、木連上層部は彼をゆきみづきへと隔離した。

現在の彼は面会謝絶の状況にあり、入室を許されるのはヤマサキと進一のみである。

進一は来た当初から“厄介払い”的にこの部署への転属が決まっていた…


「今日は気分が良い…これなら体を起こしても問題なさそうだ…」

「閣下! 無理は良くありません。シートを起こしますので、少々お待ちを」

「ああ、ありがとう…」


進一がスイッチを押すと、神崎の下の畳はリクライニング式のベッドと同じ要領で角度を変えた。

やがて40度程の角度に達すると動きを止める…


「進一君、例のあれをお願いできるかい?」

「はい」


そう言うと、進一はコンセントに持参した何かを取り付け、スイッチを押す。


「これでダミーデータが送信される筈です」


それを聞いて、神崎と呼ばれた男は一息つく…

そして、先程とは比べ物にならないほど健康そうな顔で…


「ありがとう…ところで私の体だが、どの程度回復している?」

「今の所、まだナノマシン駆除を開始した所ですので、体の方は手付かずです。ただ…」

「ただ?」

「閣下の回復力は常人離れしていますので…徐々にではありますが、体力が回復しているように見受けます」

「おいおい、人を化け物みたいに言わないでくれ…」

「いえ、あながち間違ってはいません。普通ならこの状態の人間は、一ヶ月と持たない筈ですから…

 その状態で一年以上生きておられただけで奇跡でしょう」

「まあ、私も少々鍛えていたからね…それと閣下はやめてくれと言っただろ」

「いえ、命を救っていただいた上、私の為に何度も病をおして伺って頂いた事決して忘れません!

 私にとって閣下とは、神崎閣下を置いて他にはいません!」

「そう言われると、注意できなくなってしまうじゃないか…私はあまり堅苦しいのは好きじゃないのだが…」

「はあ、その辺は我慢して頂くしか…」

「融通の利かない人だね、進一君は。まあ良い…それで、今どんな状態だ?」

「はい、地球に落下させた次元跳躍門の方はあまり活発に活用されていません。

 クリムゾンとの協定で<軍事施設と政治施設だけを攻撃する>と言う事になっている所為ですが、

 現在、それ以外にも大量に出せない理由(ワケ)があります」

「ナデシコか…」

「はい。ほぼ一艦で巡洋艦クラス24、駆逐艦クラス332、虫型2157の被害を受けています」

「侮れんな…だが、都市の能力を考えれば地球に十分な打撃を与えられると思うのだが?」

「それが、オメガが提唱した<ナデシコ殲滅作戦>にかなりの戦力を割く様子です…」

「ふむ…そろそろ潮時か…」

「しかし、何故オメガはあの時カルテを僕に…?」

「さあな…もしかしたら、彼には先が見えていたのかもしれんな」

「まさか…」


二人はそれから一通りの話を終わらせ、

進一がダミーデータ送信機をもって退出した…










なかがき


先ずは一ヶ月以上お休みしてしまった事申し訳ありません。今回は家庭の事情などもあり時間が取れなかった為色々進み具合が悪いです。

ほほう、そんな理由で私をほったらかしにした訳ですね(怒)

いや、だって…

さらに!  復帰一作目では大きいの出番が無いと! しかも何だかどうでも良さそうなキャ ラ雑魚キャラ大活躍なのは何故ですか!

それは流れ上…しかし、雑魚は酷い…

雑魚で十分です! あんなキャラ! それにあの絵は何ですか(怒) の 絵を書く前にニセモノの絵を書くなんて!!

いや、デモンベインが好きなだけで別にニセモノってわけじゃあ…(汗)

最早問答無用! アメジスト行きますよ!

うん!

へ?

もっと!

もっとです!

ええー!? これはもしやあの尾っぽ形態!!

ビキ(怒)  さあ覚悟なさい…レ インボーブリッド・バースト!!

どばごー んー!!

かっ…ゲホッ…からふ りゃー!! ばたん…

ふっ…これが掴んだ力です。



補足

えーっと、先ず皆さんに謝っておく事があります。

私今回の改訂六話までしか終わらせられませんでした…

先ほども言いましたが家庭の事情がかなりやばかった(警察沙汰になりそう)所為で気力が低下しておりましたゆえであります。

出来るだけ話を進めながらやっていきたいと思っておりますが…今回はお許しを。

またこの話、次の話を待たず山場に差し掛かりそうなので、その1としました。

その幾つまでいくのか分かりませんが気長にお付き合いください。

ですので多分この話をナデシコ出航編の最終話にする事になると思います。

次の章も直ぐに書き始める予定ですので、別に間が開く訳ではありませんが暫くペースダウン状態が続く可能性もありますのでご容赦を。

後、地球の大気圏について少々言うと

地球の大気圏は約30000kmとしていますがこれは自信を持っていえるものではありません。(因みに静止衛星軌道は36000kmの辺りです)

完全に空気が無くなるのは約80000kmですし、どこまでが大気圏なのかはっきりと言い切った文献を見つけることが出来なかった為そうしたと言うだけの 事です。
(どこぞに大体30000kmと書かれていたので)

文献によっては熱圏の外について書かれていないものも多く、熱圏が大気圏なのかと当初は思いました…(汗)

大気圏は内側から対流圏・成層圏・中間圏・熱圏・第一次、第二次、ヴァン・アレン帯・外気圏(ヴァン・アレン帯含む)この辺りまでは半分以上の文献で見受 けられるのですが…

電離圏、オゾン層等、層が重なっている物もあり、判別がし辛いものも多いのです。(ヴァン・アレン帯も外気圏の中にあります)

大気圏戦闘なんかをする時はこういった事を考えてやると面白いかもしれないなとは思うのですが…

因みに、八話の戦闘空域は外気圏の第二次ヴァン・アレン帯の中で起こった事となります。

ヴァン・アレン帯とは地球磁場にとらえられた、陽子、電子からなる放射線帯のことです。

エネルギーの高い粒子が地球をドーナッツ状にとりまいているので考えてみればかなり危険な領域ですよね…

で、あの地球に向かって落ちていったデルフィニウムは当然、熱圏到達後に燃え尽きます。

カイオウ少佐は宇宙服のままパラシュート展開しましたが、空気が薄いのでかなりの速度で突っ込んでいった事でしょう…どうやって助けたもんだか (汗)

まあ、細かい所はご都合主義で考えてやってください。

それでは、また次のなかがきで。



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