「止まれ!」


制止の声が響く。我慢の限界と言う所か……だが、一番近い岩陰からでもまだ30m近い距離がある。

拳銃で威嚇するにはやや遠い距離だ。せめて10m近辺まで近づけなければ、普通の腕では当てられない…

狙撃銃(ライフル)となると話は別だが、高層ビルは根こそぎ倒 れているし…俺自身、狙いを付けさせないように場所を選んで歩いている。


「動くなと言っている!!」


若い男が岩陰から顔を出し、銃を俺に向ける……コルト357、か? 確か、火星警察の標準装備だった筈だな…

俺は両手を挙げて降参のポーズをとり、そのまま近付く。


「心配するな、俺は丸腰だ」

「そんなのが信じられるか! ロボットから降りてきたじゃないか!」

「そうだな。まぁ、いきなり信頼しろといっても無理だろうが…なら、どうしたら信じてくれる?」

「どうしたって信頼できる訳ないだろ! お前、木星トカゲのスパイだ な!」







「…………は?」




こいつは、何を言っているんだ…?




この頃の木星兵器は全て無人だった筈。

言うに事欠いて…スパイ?

……頭は大丈夫だろうか?


「さあ捕まえろ!」

「まぁ、それならそれでいいか…」


兎に角、おとなしく捕まって中に入れてもらおう…と思ったその時、



「待ちなさい!」


恐らく若いであろう、女性の大声が響いた………






機動戦艦ナデシコ
〜光と闇に祝福を〜





第十一話 さらりと出来る『運命の選択』 」その3


「むぅ〜」

「…艦長」

「むぅ〜〜」

「艦長」

「むぅ〜〜〜」

「艦長!」

「ほえ? ジュン君、どうしたの?」


一人艦長席で唸っているユリカにジュンが呼びかける…

しかしユリカは、言われて始めて気付いた…という風に小首をかしげた。

周囲の者もだれがちで…警戒態勢が維持できている、とは言いがたい。


現在ブリッジクルーは、


操  舵  士 ―― ハ ル カ・ミナト
副 通 信 士 ―― リトリア・リリウム
オペレーター ―― ホ シ ノ・ルリ
副  長 ―― ア オ イ・ジュン
艦  長 ―― ミスマル・ユリカ
提  督 ―― フ ク ベ・ジン


となっている。


ミナトとリトリアがおしゃべりをし、フクベはお茶を飲み、ルリも無表情だが、ボーッとしている様に見える。

緊張感を維持しているのは堅物で通っているジュンのみだ。

通常警戒態勢の状態でいると退屈である為、ユリカはアキトを追いかける方法を考えていた。

メグミが付いていった事はリトリアに伝えられたが、その情報はリトリアが握り潰した……何故かコメカミに少し青筋が見えていたが。

そういう訳でユリカには伝わっておらず、切羽詰っては居なかった…が、やはり気になるのか直ぐにまた考え込んでしまう。

ジュンはそんなユリカに気が気ではなかった…

ユリカが自分に艦長代理を押し付けて、飛び出しそうな気配がひしひしと感じられたからである。

(いつも通りユリカに<お願い>されたら…やっぱり断り切れなくなるんだろうか)

そんな事を考えて溜息をつく、ちょっびり情けないジュンであった………いつもの事だが。


「艦長…もうすぐヒナギクが帰還します。それまでは動かないで下さい」

「う〜…でもぉ〜」


ぐずるユリカにどうして良いのか分からず、ジュンはオロオロする。これもまた、いつもの事




……なのだが、ぐずぐずと子供のような半泣きユリカを見て、彼の顔がほのかに赤みを増す。






(((いや、そこでえちゃだめでしょ)))






その時、ブリッジクルーのシンクロ率は65%を越え…

(……茶が旨い)

……50%だった。不調らしい。

それはそれとして、そんなジュンの嬉しい窮状(?)を見かねてか…

ミナトとのおしゃべりを止め、真面目な顔をしたリトリアがユリカに顔を向ける。

ただそれだけなのだが、それでもビシッとさまになってしまうのはリトリアの特質か…


「艦長、艦の長というものは常に冷静でなければなりません、

 例え<今>自分のやりたいことが出来なくても、

 後になって<後悔>するよりはいいとは思いませんか?」


……ジュンはリトリアの言葉に何かが込められている事を、おぼろげな がら感じとる。


「え? でもでも、今アキトに会わないと後悔するかもしれないよ?」


しかし、ユリカの方は…アキトの事が頭を占めていて、気付かなかったようだ。


「その為に……ナデシコクルー、二百人以上を道連れにするのです か?」

「ジュン君が艦長代理やってくれるから大丈夫!」

「だ、駄目だよ!」

「う〜、ジュン君の意地悪!」


リトリアとジュンのコンビにユリカは完全にやり込められてしまった。

どうにか難局を乗り切ったジュンはユリカに気付かれないよう、リトリアに軽く会釈する。

…こうして、ユリカのユートピアコロニー行きはヒナギク帰還後まで引き伸ばされたのだった。
















―― ユートピアコロニー跡のシェルター ――


『俺が見えなくなったら、砲戦フレームを動かしてここから離れろ』

と、リンクでラピスに指示した後…俺はさっき言い争っていた男達と、

それを止めに入った女性(フードの所為で誰かは分からないが)に、シェルター内へと連れて行かれた。

銃を手にした男達に前後を挟まれる…というのは普通に考えれば絶体絶命の危機なのだろうが、今の所問題ない。

むしろ、ラピスがきちんと帰ってくれるのかどうかが心配だ…

(まぁ、後をつけて来たりはしないだろう。一番心配なのは……迷子?)

そんな事を考えている内にも俺はシェルター内の無機質な廊下を歩かされて行き、

他の部屋と比べて少し大きめな部屋に案内された。

そこには既に先客が居た。皆一様に薄汚れた服を身にまとい、くたびれた…覇気のない表情をしている。

この部屋に漂う食べ物などの雑多な匂いから考えて、恐らくここは食堂か何かだろう。

銃を持っていた男達はその部屋の椅子に俺を座らせた後、腕をロープで縛りつけようとする…

が、一緒に来ていた女性がそれを遮って


「おやめなさい! 彼は敵対者ではないわ。縛り付ける必要はありません」


――男達を一喝した。なんとも、気の強い女性のようだ。或 いは、彼女が男達より格上なのか……


「し、しかし!」

「こいつは怪しすぎます!」


女性と男達が言い争っている。

どうやら、女性の方が格上…という事の様だ。

徐々に男達が押されていくのが分かる。

やがて、男達はすごすごと引き下がって行った…

完全に男達を言い負かした後、女性は部屋の隅に置かれているコーヒーメーカーの所まで行き、

カップを取った所で…ふと、思い出したかのように俺に話しかけてきた。


「コーヒーは…ブラックでいいかしら?」

「ああ」


女性がコーヒーメーカーをセットして、しばし待つ。

…ふむ、なかなか良い香りがする。フリーズドライの粉じゃないのか……?

俺は、実の所ブラックは味覚を破壊するとか言うので嫌いだったが(当時はブラックそのものが苦手だった所為でもある)

あの時以来……一度味覚を破壊されて以来、ブラックを飲むのに抵抗を感じなくなった。

そのかわり、現在はコーラルに胃を荒らすからと止められているが(汗)

まあ、飲み慣れていない事に変わりはない。

やがて、コーヒーを注ぎ終わった女性が俺の目の前まで来た。


(しかし、彼女は何に気付いている?  スパイだ何だと男達が騒ぐ中で敵対者ではない、と断じた。

 今も、この状況下では高級品である筈のコーヒー ――嗜 好品 ―― を俺に出している……考え過ぎか?)


埒もない事を考えていると、彼女は俺の前のテーブルを挟んで向かい合わせになる席に着き、コーヒーを置く。





そして……フードを跳ね上げ、




フワ…




フードからこぼれ出る…豊かで、柔らかな金色の髪










(! せ、説明おば………ん?)


一瞬、俺の知っている女性を想像してしまったが…フードをとった姿は見覚えの無いものだった。


「歓迎できるような状況でもないけど、先ずは自己紹介でもしましょうか。

 私はルチル。ルチル・フレサンジュよ…」


俺は目を見張った。


「金髪で…白い肌…名前はルチル……まさか! セイレ…」


ゴトリ…


「セイレーン、なんて言ったらどうなるか……試してみる?」

「第一、今時誰が解るの…GXネタなんて」

「い、いぇ。ですからその、何だかとってもイビツなモーニングスターを どうかしまってイタダケナイデショウカ……」(汗)

「プロジェクト・茶羽…違った。ぷろじぇくと・茶葉
…知らないのか?」



その後…とにかくひたすら謝り倒して、ルチルさんがどこからともなく取り出し たイビツなアレを収めてもらう事に成功した。

フッ…一度ラピスの機嫌を損ねるとハンパじゃないからな。ラピスで身につけた謝 りスキルが役に立ったか…やったぜ、俺!






……だめだ、何だか涙が溢れそうだ……





約3分後 ―― 何とか気を取り直した俺は、改めて彼女を観察してみる。


確かに、目の前の女性は<金髪碧眼・白人の女性>と言う意味ではイネスさんと同じである。

しかし、全く似ていない…

見た目は二十歳前後。三つ編みにしたロングヘア、身長は160程度、スレンダーな体に、均整の取れた無駄のない肉付き…

どちらかと言えば、リョーコちゃんやムラサメを思わせるしなやかさがある。

どうして…

いや、考えれば当たり前だ。<イネス・フレサンジュ>はアイちゃんが逆行し、記憶を失った存在……

では、彼女が来なかったら? フレサンジュと言う人達はどうしたのか?

アイちゃんが居ないから、子育ての必要も無い。

自分達の子供を作っていたとしても不思議ではない…


「もう、良いかしら?」

「…あ、あぁ。すまない…知り合いに似ている気がしてな」

「ふふ…若いのに口説くの上手いのね」


ほんの数秒だと思うが…名前を聞いて考え込んでしまった。

俺はぶしつけに顔をを覗き込んでいたことを謝り、話を続けようとした。


「その前に、私が名乗ったんだから貴方も名乗ってくれるかしら?」

「そうだな。俺はテンカワ・アキト…ナデシコの乗組員だ」

「テンカワ…? ぁ…もしかして、テンカワ博士の?」

「その息子だ。しかし…知り合いか?」

「いえ、母が知っていただけ。でも、有名人だったみたいね。

 古代火星文明に一番近づけた人だろう、って言っていたわ」

「そうか…」


そんな事が…アカツキに聞かされたのはC・Cの研究者だ、という事だけだったが……


「実は…ナデシコの事なんだが」

「ナデシコ? あの船、もうここまで来ているの?」

「ああ。出来る事ならアレに乗り込んで欲しい所、だが…」

「それは、正直難しいわね…アレ一隻でここを突破して帰れるとは思えない……」


ルチルは渋い顔になる…正直なものだ。

…ん? そう言えば、彼女はどうしてナデシコを知っている?

ついイネスとダブらせて考えていたが、彼女は彼女だ…イネスじゃない。

ナデシコの性能を把握しているようだし…<フレサンジュの娘>はナデシコに関わる、という事なのか…?

いや…もしかしたら、母親が既にナデシコの開発に関っていたのかも知れない…

まぁ、今はそれを置いておくとして……やはり、ナデシコの評価は低いようだな。


「それは、ここにいる者達の総意だと考えて良いのか?」

「…ええ」

「どうしてだ? ここでの生活の大変さは並ではないと思うが…」

「それでも命があるだけマシよ。

 一年三ヶ月前の大脱出の後、何度か船を作って脱出しようとした事があったわ。

 でも大半は発進前に潰されるか、軌道上に居るカトンボ達に撃沈された…

 一隻だけ、脱出に成功した船があったけど……

 その船が抜けた後は以前に数倍する木星トカゲの艦隊がやってきて、徹底的に地上を破壊…軌道上にも展開しているわ。

 そして……今なおその数は増えているの。正直、私達は疑心暗鬼にかられている…」


そうか…火星の住民が船を……

それに一隻だけとは言え、脱出しているとは…

だが、俺に対するあの警戒は何だ?


「しかし、木星トカゲのスパイは酷いな…一体何があったんだ?」

「それは…そうね。迷惑をかけたんだもの、話すべきね…

 コロニーと砂漠地帯の中間にスラムがあった事は知っているわね? あそこに住んでいた奴らが、バッタと共に居る

 のを見かけた人がいて…それ以来、徒党を組んで私たちに襲い掛かってくるようになったの」

「なるほど…それでスパイか」

「ええ。根も葉もない噂だ、という人も居るけど…」


この緊急時にそういう行動に出る……確かに何かうそ臭い。

何故なら、自動プラント等を使って食料を作っているのは同じ筈。

放棄されたコロニーの内、幾つかはまだ生きていた。避難するならそこに行けば良い。

もちろん、危険性を考えると今まで使われていたプラントはマズい…トカゲにエネルギーを探知されている可能性があるから。

しかし、トカゲ共の勢力下にある以上どこも危険なのは同じ筈。

つまり、ここを襲う理由が他にもあると言う事…



それは……何だ?



「ここを襲う理由に心当たりはあるか?」

「いいえ…私達はもう何度も集中移住地(コロニー)を変えてい るのに、

 今も襲撃を受けているから…シェルターがどう、という事ではないと思うけど」

「そうか…」


ならば…俺から言うべき事は決まっている。

木連の方も、いつまでもナデシコを火星に置いておく事など出来ないだろう。

木連の中にも火星への移住を考えるものも多いはず。木星は大半が水素ガスであるせいで居住できない…その為、今の木連は

衛星をくりぬいたコロニーや、航宙船団を生活の場としている。で、あれば……大 地が欲しいと、そう考えているのではないか?

だからこそ木連は…火星に極冠遺跡を見付けた時、三万隻の大船団を組んで移住しようとしたのだろう……

それだけに、ここが地球側に奪取される事は木連が許さない筈。となれば…



来る……無人艦隊は確実に火星に現れる!



この人達には…無理にでも説得して動いて貰うしかない。


「もう直ぐここは戦場になる、それでも、ここに居るか?」

「…どうしてそう言えるのかしら?」

「皮肉な事だが、ナデシコが来たからだ」

「それは…そうかも知れないわね。

 でも船さえ近づけて来なければ、私達が巻き込まれる事は無いと思うのだけど?」

「駄目だ。ここが戦場となる事に変わりはない…ナデシコの目的を 考えてくれ」

「まさか! 救助が目的だとでも言うつもり!? …信用できないわ。言葉、だけでは……」

「なら、その元浮浪者共を何とかしよう。その時は信用してくれるか?」

「…それは……」


ルチルは黙り込む…それは半ば肯定だと受け取っていい間だった。

少なくとも、彼女以外はそれで信用してくれそうだ。

ルチルに言い訳を考える暇を与えず、俺は話を続ける。


「なら、直ぐに取り掛かろう。そいつらのアジトは分かるか?」

「…そんな、急に

 …いえ、それなら私が案内できるわ」


半瞬ほど、ルチルが迷うような表情をしたのが気にかかったが、直ぐに元のキリッとした表情に戻ったので

気に留めておくほどの事では無いと思い直し、ここに来た目的を遂行する為に動く事にする。

カグヤちゃんの父親の事も聞いておきたかったが…既にかなり時間が過ぎている。

今やるべき事は、急いで終わらせて彼等をナデシコに収容する事だ。

俺はルチルの案内を受けて、浮浪者のアジトへと急いだ……













―― ネルガル火星研究所 ――


ナデシコから飛び立ったヒナギクが降りたそこでは、地上班がせわしなく動き回っていた。

表向きの任務は研究成果の回収と人命救助…となっていたが、その実プロスはここに人がいない事はほぼ確実とみていた。

実際はC・Cの回収の為に立ち寄ったのだ。C・Cの有用性はジョーが既に実証していた為、

今回の火星行きで確実に回収を済ませたかった……というのが、ネルガルの本音だ。

プロスはゴートと三人娘に先行してもらいながら、周辺を見回っていた。

そして動力の一部がまだ生きている事を確認して、先行するゴート達と合流する。


「だめね〜、人が居なくなってもう何ヶ月も…って感じ?」

「やっぱ、とっくに逃げ出したんじゃないですか?」

「だいたいさぁ、こ〜んな辺境で何を研究してたわけぇ?」

「<ナデシコ>です」

「「はい?」」

「ご覧になりますか? ナデシコの始まりを…」


プロスは非常用の物資搬入用エレベータへと皆を案内した。

ここは…本来なら研究員か、重役クラスの社員でなければ知らされない場所だ。

エレベータが重厚な音を立てながら、ゆっくりと下っていく…


「こんな地下に何があるんですか〜?」

「まあまあ、下に着いたらお教えしますよ」


遅いエレベータに退屈したのかヒカルは不審げな顔をして聞いてくるが、

プロスはどこ吹く風で切り返す。


「次は、地下一階…サイコクラッシャー売り場で御座います」

「い、イズミ…? オマエ、何言ってンだ?」


右手の平でエレベータの扉を指し示しながら謎な事を言うイズミ。そして…




「エレベーターガール……略して…ベガ………」

「イズミちゃん…そんなのもう覚えてる人なんて居な いって……」

「ムッ!? 新境地かッ! 俺も何か…」























ふと…一同が気が付くと、いつの間にかエレベータは最下層に着いていた様だ。

エレベータは停止し、正面のゲートが開いていく…


「さ、どうぞ」


プロスに促され皆が中へと恐る恐る入っていく…先程の時間欠落は気に しない事にしたようだ。

研究所最下層 ――その広大な空間には、大地に突 き刺さり朽ち果てた船があった。

見た目はカトンボに似ているが…微妙に違う。

木星トカゲが襲来するより前から存在したであろう事だけは、その姿が物語っていた………


「「おお」」


ゴートとイズミは無言だったが、リョーコとヒカルは驚きを露にしている。


「火星に入植して十年目、といいますから……これが発見されたのは、今から三十年ほど前になりますか」


妙に懐かしそうな顔をする年齢不詳の男、プロスペクター。


「へぇ〜…はぐれトカゲちゃんなのかな?」

「それは違う」


ヒカルが当然の感想を口にするが、それをゴートが遮る。


「どうして?」

「規格が違う。ナデシコに装備されているディストーションフィールドや

 グラビティブラストは、木星トカゲの兵器と比べて強力だと思わないか?」

「ああ、そう言えば…」

「コレが、ナデシコの素なんだよねぇ? それじゃあ“今の”トカゲよりも、こっちの古い船の方が強かったって事?」

「…今、何か微妙な発音じゃなかったか? だが、まぁ…そうなる」

「そうサル、ウキッ!」


イズミの唐突な駄洒落にゴートはキッと目をやったが、イズミの怪しすぎる含み笑いを前に残念した…


「火星って、入植してから四十年しかたってねぇのか…」


ふと何かを思いついたのか、リョーコが口を開く…

いぶかしむ様な顔をしていたプロスだが、何か察したらしく表情を崩すと話を続ける事にした。


「そうですねぇ…火星に大気を整える為のナノマシンがまかれたのが丁度三十年前。

 密閉型コロニーの外でも問題なく出歩ける様になったのは、僅か二十年前の事です」

「そう」

「火星の入植は順調。とは行きませんでしたので…木星トカゲが来る頃になっても、僅か三百万人程度の人口しかありませんでした」

「ふ〜ん」

「そうそう、実はテンカワさんのご両親もネルガルで働いていたんですよ」

「へぇ〜…って何!! 今の本当か!?」


気の無い返事をしていたリョーコが、急に勢い込んで聞き返す。

しかし、リョーコは口に出した直後、しまった…と思った。

プロスにはめられたのだ。ヒカルとイズミがニヤニヤしながら近付いてくる…

今やリョーコの頭の中では【警告!!】【デンジャー!!】【ヤベ〜ッス!!】といったウィンドウが乱舞していた。


「ふ〜ん。リョーコ、テンカワ君に興味あったんだ…そう言えば、<自分より強い人>が良いとか言ってたよね」

「いや! その…だな。これは知り合いが、そう! 知り合いがネルガルに縁があった事に驚いただけだ! そう!! ほんとにそれだけ!」

「フッ……今日は、リョーコのオゴリ…今日、リョー、リ……京料理…ふくッ、くくくくっっ」

「じゃあ〜私、ジャンボパフェたのもうかな?」

「私は、抹茶ケーキ……京料理風」

「お・ま・えらはぁ〜!(怒)」

「まぁ、まぁ、お話はその辺にして。実はここに来てもらったのは…<ちょっとしたお仕事>がありまして」

「「「え〜!?」」」

「えぇ…と、あぁ! ありました。あそこにあるトランクの回収を手伝ってもらいたいのです」


そう言ってプロスが指差した先には……何十個ものトランクが積み重ねてあった。

  ・
  ・
  ・

「って、コレをですかぁ?!」

「はい」

「ちょっと、これは…多すぎじゃねえか?」

「何をしている、急ぐぞ」

「ごしゅ〜しょー様〜」

「お! ま! え! も! やるんだよ!!」


こうして数十個に及ぶ大量のトランクを、五人は何度にも分けてヒナギクに積み込むのだった…













――明日香インダストリー・オオサカシティラボラト リィ――


明日香がオオサカシティ内に六つ所有するドック施設の内の一つ、オオサカ・ラボ。

そこは、百万坪(一坪約3u)という広大な敷地を持っている。

そのドック内で、とある戦艦の艤装が完了しつつあった…

それと並行して、その戦艦内部ではオモイカネ級スーパーAI<ヤタガラス>の最終調整が行われていた。

調整は実際にオペレートする場所か、それに近い環境で行った方が良いだろう……

という事で、本当にブリッジで行われている。


「アメジストさん、<ヤタ>の調子はどう?」


いつの間に現れたのか、オペレーター席で調整を続けるアメジストに背後から声がかかる。


「うん、ラピスが上手く調整してくれてたから大体終わっている…それに、ヤタは素直な良い子だから」

『ありがとうございます』

「ううん、本当の事だから。別にお礼を言う必要は無いよ」

「随分仲が良いのね」

「うん。流石にラピスほどは上手く出来ないけどね、要はコミュニケーションだから…」

「そうなの…」

「ところで、カグヤは何をしにきたの?」


そう聞かれてカグヤは言葉につまる。紅玉特選のゴスロリを着こなしているアメジストは、

表情の無さも相まって…まるで、物語に出て来る天使や精霊といった<人外の美>を思わせる。

その気配に気圧されてしまったという訳でも無いが、カグヤは言いづらそうに口を開く……


「ぁ…その、アキトさんとはあの後話をしたの?」

「? …あぁ、そういう事…」

「チョットお待ちなさい! そういう事って、私は、ただ…お父様の事が…

 ……

 いえ、そうね。ここでうろたえても仕方ないわ…アキトさんは無事?」


アメジストの物言いにカグヤは少しうろたえたが、ここで照れても仕方がないと思い直して、聞きたかった事を聞く。


「話はしてないよ。でもアキトは無事……アキトが死ぬ時は<私>が死ぬ時。これは決まった事だから…」

「それはどう言う…」

「リンクの事は話したと思うけど、私は…アキトに記憶を貰って初めて人格を形成しているの。

 …だから、アキトがいなくなると私の人格も消える」

「え? でも…記憶は脳内に記録されているものでしょう?」

「実はそういう事でもないの。ラピスならそうなんだろうけど……私は…………ごめん。今は言う事が出来ない」

「…いえ、こちらこそごめんなさい。込み入った事情のようね」


カグヤは追求を諦める事にした。


話しかけた時こそ、アキトと常に繋がっていられる事に対する嫉妬もあった。あったのだが…

アメジストの極めて真剣な様子を見たカグヤは、彼女がこれ以上の詮索を拒否している事を、感覚的に理解したのだ。

そして、それが尋常の理由では無い事も……


「調整、終わったよ」

「え?」

「丁度今、船の制御系の調整が終わった。後は艤装が完了してから武装系の制御を調整すれば、船は動かせるよ」

「でも、完成はまだ来月の筈でしょ?」

「何も貴女だけが急いでいた訳じゃない。私も、貴女の部下達も、皆急いでいたんだもの…その位の時間は縮めてみせるよ」

「そう、なの…?」


カグヤはどう反応していいのか分からず、声を上ずらせた。

自分に優しくしてくれる人はいた。信頼できる人も……しかし、いざと言う時頼りに出来るのは基本的に<自分のみ>だった。

アキトは例外だったが…いや、だからこそアキトを好きになったと言ってもいい。その為か、カグヤはアキトの前でだけは我侭になる。

ただ、そういう部分を他の人に見せるのを嫌う彼女は、<頼らせてくれる仲間>に何を言っていいのか……分からなくなっていた。


「大丈夫。皆、がんばってるから…きっと上手く行く」


カグヤは、今の言葉でアメジストに気を使わせてしまった事に気付いた。

その事に気付いた時は自分の不甲斐無さに打ちのめされたものの…カグヤは素早く己を取り戻す事に何とか成功し、笑みを浮かべた。


「ふふふ…アメジストさんに一本採られましたわね。私、判断を誤っていたみたいですわ。でも! アキトさんの一番は私ですわよ♪」


それを見たアメジストはあからさまな溜息を吐く。そして、カグヤが忘れていたい現 実を思い出させる。

―― <アキトの一番>については、彼女にも異論があるのだ ――


「それはまだ早い…アキトの事は良く知っていると思うけど、自覚ゼロで 何人口説いているか…

 多分、ナデシコにもアキトを好きになった人が居る筈」

「はぅっ! ま・まさか…あれだけ釘を刺しておいたんですし、契約書に男女交際禁止と明記しておきましたわ!」

「アキトはそんなこと知らないし、なによりアキトは口説いてないか ら当てはまらない」

「たっ確かに…でもあそこには、あのミスマル・ユリカがいますもの。少なくとも、他の女を寄せ付けるような事は…」

「そうだと…良いけどね?」

「はあ……そうですわね」


反論をしていたアメジストも、結局は気にしているのだ。アキトの体質… というか気質を。








「「……………ふぅ……」」




……結局最後は二人して溜息を吐き、うなだれるのだった。










俺はジープの助手席に乗り、ルチルの案内を受ける…その途中、

リンクでラピスに頼み、砲戦フレームで視界の外からこちらを追跡させている。

流石にメグミちゃんは混乱している筈だが、とりあえずラピスに従ってくれている様だ。

ジープはそれほど時間を必要とせず、目的地に着いた……


「ここは…」

「そう…ユートピアコロニー市長、ヘンドリック・ハウマンの屋敷よ」

「…良く残っていたな」


目の前にある屋敷は、ユートピアコロニー市長邸…確かに見覚えがある。

ガレキが散乱して半壊の様相を呈していたが、外観が分からなくなる程ではない。雨露(あまつゆ)を しのぐには問題無いのだろう。

そして、邸内の気配が……大体30程度。

思ったよりも少ないな…シェルター内に居た人間が大体1000人程度だったから、もっと多いかと思ったが。

だが、どちらにしろこの規模ではナデシコに居住出来る限界を超ている。ボソンジャンプを使って地球に戻るしかない、か…


「どうするつもり?」

「なに、簡単だ。中に入ってちょっと話し合ってくるだ けだ」

「ちょっと!」


ルチルが俺を呼び止めようとするが、俺は既に邸内に飛び込んでいた。

そのまま玄関扉を押し開け、中に入る。

周囲の気配がざわつくのが分かった…

殺気すら漂っているが、時間があるわけでもない…手っ取り早く気絶させて連れて行くとしよう。

俺は無警戒を装って堂々と中に足を踏み入れた。

玄関の気配は…八人か。

練度は低い様だ。この程度なら一気にいける…!


「貴様! 勝手に俺たちの館に入り込みやがって! ただで済むと思うな!」

「何者か知らんが! 木星団の前に現れた事を…」

「…フッ」


木星団? …何とも、ばかばかしいネーミングだ。交渉する気も無い俺は鼻で笑ってやった。

その行動にさっきまで口上を述べていた男は、よほど腹が立ったのか俺に掴みかかって来る

……が、俺は交差法気味によけながら当身を食らわせ気絶させる。


「グエ!」

「…来な。今日はお前達が地球に行けるめでたい日だ…特別にやさしくしてやろう」

「なめるなッ!」


安っぽい俺の挑発に、二人目の太った男が銃を抜いて威嚇してきた。


「俺たちを馬鹿にした奴はどうなるか…思い知れやあッ!」


銃を構えてからの男の行動は…かなり遅かった。

狙いをつけるのにも手間取っている。まぁ、こんなものか…?

俺は足元にあるガレキを蹴り上げて目隠し代わりにし、飛び込みながら蹴りを放つ。

ゴキリという音と共に肩が外れ、太った男はあまりの痛みに気絶した。

俺の隙を突いたつもりなのか…脇に立っていた髭だるまの男が、攻撃直後の俺に鉄パイプで殴りかかってくる。


「喰らえェーッ!」


丁度着地を終えたばかりの俺は、そのまま転がるようにしてかわし…


「…甘い…」


髭だるまの下に潜り込んで股座を蹴り上げ、そのまま反動を利用して起き上がった。






その1秒半程度の間に起きた一連の攻防が終わり、緊張が崩れたのだろう。周囲に居た残り五人が一斉に行動を起こし始める、が…

全く統制が取れていない。俺は二人の男が向けてくる銃の射線を外しつつ、ナイフを構えている男に迫った…その時、

チェーンを構えた男が俺の背後に回りこもうと動く。俺は…ナイフを構えている男が俺の接近に対し身構えるのに合せて飛び上がる。

その俺を銃を構えた二人の遅い照準(ポイント)が追う…しかし それを気にせず、

チェーンを構えた男が放ったソレを掴んで引っ張り、空中で方向転換し…


「いくぞ…ッ」


チェーンを構えた男の頭の上に両手をついて逆立ち状態になる。

当然、バランスを崩しているチェーンの男が俺の体重に耐えられるわけも無く、倒れかけ…

そのベクトルを利用してソイツをナイフの男に投げつけた。

――木連式では名称が違うが… 他では確か<首狩り投げ>とか言ったか?――

ナイフの男は俺に投げられた男をかわすのが遅れ、二人共もんどりうって倒れる。

俺はそのまま射線を意識しつつ銃を持った右の男へと走り、腹に肘を叩き込んだ。


「グア!」


更に、

パン…ッ!


男の持っていた銃を奪って一射撃、もう一人の男が持つ銃を弾き飛ばす。

最後に…動きを止めたまま震えていた、刀を持つ男に近付く。


「変わった物を持っているな、ここの物か?」

「ウ、ッ…ぅあーッ!」


         ビュン!


俺は無茶苦茶に振り下ろされる刀を指二本でつまんで止め、そのまま手元を蹴り上げて刀を奪った。

俺は刀を叩き折ってから、気絶していない男達に近付く…

そして男達に銃を向けつつ、少し殺気を放って威嚇する。


「さあ、お前達のボスの所に連れて行け……死にたくは無いんだろう?」

「う…あ、ぁ、ぁぁ…」


一人のあごを掴みあげる。すると、おびえた男は礼拝堂を指した。

そう言えば市長は聖蓮教の信者だったな…不思議と縁がある…

まあ、全員気絶させて連れて行っても良いが、手間を考えるとボスにやらせた方が早いだろう。

そう思いつつ周りの男を無視して、離れになっている礼拝堂に向かう。






俺は崩れかけた扉を開け放ち、中に入った…





礼拝堂の中は椅子なども無く、がらんとしたものだった。





寂しさすら漂うその部屋の中、唯一つ印象を残す物…









それは礼拝堂の奥に填め込まれた…一枚の巨大なステンドグラスから差し込んでくる、逆光 とその影










立ち上がった影は、小柄な男の姿をとった。










俺を確認した男は…ステンドグラスから離れて俺に近付いてくる……






(ア……アキ、ト?)






……そして、俺に話しかけた……









(どうしたの? アキト…変だよ……?)









「ククク…久しぶりだな、テンカワ・アキト」









(アキト…? お願い、返事をして……)









「いや…? 昔にあやかって、こう呼ぶべきか?」













(嫌…ア、キト…こワいよぉ…アキ・トォ………)













「Prince  O Darkness(魔王)、と」













(応えテ、アキト……私を…一人にシなイで…)












……俺は……











(オ願イ…ダカラ……モゥ…置イテカナイデ……)












強すぎる怒 りに……目眩さえ感じていた………

















なかがき


なっ…なんですか、この文章のレベルの違いは…前回の続きの部分まで違っているの は不思議ですが…

ああ、今回から脇役好きさんに共作依頼してるから。

共作依頼? もしかして、あれですか…原文を提供して書いてもらうと言う…

そうなんだ、だからコネタは結構書てもらってる。

どれ位です?

私が書いた文が26KB程度だったから約11KBだけど…

はあ、それじゃあ、(原案)黒い鳩、(文)脇役好きさんという事なんじゃないですか?

うっ…そうかも…

でも、これでかなりギャグシーンは強化されましたね、決め所も抑えてますし。

そうなんだよ!

貴方の実 力じゃありませんけど。

グッ…(汗)

もう貴方は全く無用と言う事ですね(絶対零度の目)

くそー、絶対泣くほどの笑いを提供してやる〜!!

はあ、方向性が違ってる…

 


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