「すまんな、まさか隠れるとは思わなかったものでな…」
「うそつき」
ルチルはどうやら、俺がわざと彼女の真上に降りたと思っているらしい。
幾ら俺でも、フィードバックの視界が無い状態ではそれほど正確な動きが出来る訳じゃ無いんだが…
「俺はそこまで意地が悪く見えるか?」
「そうね…捻くれてる感じ」
「捻くれてる…か…言いえて妙かもな…」
「それを認めるわけか…結構素直ね。普通否定しそうな物だけど…」
「俺に取っては如何でも良い事だからな…それで、ナデシコに乗る気になったか?」
「なった、と言いたい所だけど…」
「…何かあったのか?」
俺の質問に対しルチルは表情を歪めた。
何かを隠している…それは以前から感じられたが…
以前と違うのは、その顔に絶望の翳りが見えることだ。
「そうね…話しておかなくちゃならないわよね…」
「出来る事なら…な」
「でも、ここでは無理…私をナデシコへ連れて行ってくれるかしら?」
「それは、ここにいる1000人の命よりも重要な事か?」
「ある意味ね」
「…分かった、連れて行こう」
俺は周囲の気配を探るが、今の所他の人間の気配は無いようだ…
しかしコックピットが狭いので、俺はルチルを抱きかかえるようにしてエグザに乗せ、ナデシコに向けてエグザを飛ばした…
火星・アルカディア平原を、エスカロニアの戦闘に紛れて脱出した一隻の輸送船が、船影を晒しつつ進んでいる…
アルカディア平原…一応平原と呼ばれてはいるものの、
テラフォーミングの際半ば海に沈んでしまった為、むしろ海岸線と言った方が正しい。
しかし、以前から呼ばれていたその名は変わることなく、今でも使われている…
そしてこの海岸こそは、火星第二の大都市・アルカディアコロニーの“あった”場所なのである。
そんなコロニー跡へ、小型の輸送船は徐々に近付きつつあった…
船員と呼べるのは僅か二人…操舵を行うだけなら一人でも可能な様に
設計されているのでどうにかなっているが、危なっかしい事には違いない。
その二人がブリッジで話をしていた…
「提督…こんな何も無い所に来てどうするんですか?」
「うむ。火星を脱出した際に出来た知り合いの中に、アルカディアコロニー出身の者がいてな…
彼はこのコロニーから逃げる時に家族がバラバラになってしまった、と嘆いていた」
提督と呼ばれた白髪と長い髭の男は何かを懐かしむように話し始めるが、もう一人の女顔の男は怪訝な表情になる。
「それは…大変ですね…」
「それでだね、アオイ君。実は彼に頼まれてね…
火星でアルカディアコロニーに立ち寄る事があれば、家族が残っていないか確かめて欲しいそうだ」
「ですが…」
アオイと呼ばれた男…アオイ・ジュンはフクベの意図を掴みかね、言葉を濁す。
アルカディアコロニー跡は火星の海に飲み込まれ、コロニーの跡だという判別さえ難しい状態になっていた。
この状況下で生存者の居る可能性は絶望的だ…シェルターすら穴が開いて、砂が入り込んでいる…
「コロニーの中に生存者がいる確率は、どのくらいだと思うかね?」
「…恐らく、ゼロに等しいと思います」
「何故そう思うのかね?」
「ここまで破壊されては、生存が絶望的だと考えるのが普通です。
それに、ユートピアコロニーに1000人の生き残りが居るのだとすれば、
生き残りは全てそこに集まっていると見た方が良いんじゃないでしょうか?」
ジュンは常識的な――或いは無難な――答えを返す。
「そうだな。そう考えるのが普通かも知れんな…
だが、生き残りが居るかどうかは兎も角、ここには<生きている施設>が存在する…」
「え? コロニーの残骸すら殆ど存在していないのにですか?」
「まあ聞きなさい。研究施設の中には“危険過ぎる”為、地下深くに埋設されたものが幾つかある」
「危険すぎる…ですか?」
火星会戦以前の人間全てを集めても、地球の大都市並しか人が居なかった。
その上、連絡だけなら兎も角、往復には相当の時間が掛かる。
そんな“僻地”が火星…だった筈だ。
(何故こんな遠くまで来て、研究する必要があったんだろう…?)
危険過ぎると言われても、ジュンには今一つ理解できなかった。
「君達の年代ではピンと来ないかもしれないが…
相転移エネルギーよりも前に研究されていたエネルギーの内、いくつかはここで研究されていた」
「な?! …それは……」
「こういった所なら、周辺から苦情が来る可能性も少ない。
それに、元々火星殖民の目的の一つに…<地球では出来ない実験>という物があったのだよ」
「本当…ですか…?」
「そうだ。ここでなら地球のうるさがたの目も届きにくくなる…
<大気組成を変えるナノマシン>等はその最たる物だ」
「では、ここでも…」
「うむ…ここでは、反物質を作り出す実験が行われていたのだ よ」
反物質――フクベの口から出た物騒すぎる言葉に、ジュンは一筋の冷や汗を流す。
しかし、ふとニュースで見た反物質に関する情報を思い出し、その事をフクベに訊ねた。
「は、反物質ですか…? でもそれは…大量に作り出す事ができないので、実験を凍結したと聞いていますが」
「殆どその通りなのだが、一つだけ違っている…
作り出す事が出来なかったのではなく、保管できなかったのだ」
「保管、ですか…」
「レーザーやトラップを使って存在させられるのは、僅か10000分の1秒…
ここではその<保存法>を研究していたと言っても良い」
「成功したんですか?」
「それを確かめに行くのだよ」
「…ええ!? 本当に行くんですか!?」
ジュンは少しビビっていた。
…だがまぁ、それも仕方ない事だろう。
ここで反物質を研究していたと言うのが本当なら、対消滅の危険 があるのだ…
「まあ、無理にとは言わんが…今ナデシコは窮地にいる筈。我々次第でかなり戦況も変わると思うが…」
「それは…しかし、危険だけがやたらと高い気も(汗)」
「うむ、それは承知の上。元々行くのは私だけのつもりだったからな…アオイ君は船に残っていてくれ給え」
「そんな、提督お一人で行かせるなんて…そんな事出来ません!」
「では決まりだな」
「あっ!?」
言い合っているうち、言質を取られてしまっていた事に気付いたジュンは
自分の迂闊さを呪ったが、正直いつもの事ではある…
だんだんこういう状況に慣れつつある自分に涙するジュンであっ た…
アキトのエグザに乗ってナデシコに乗り込んだルチルは、そのままブリッジへと向かう…
ブリッジでは既に何事かと言う雰囲気と共に、クルーが集まっていた。
もっとも、現状パイロットは帰還していないが…
ブリッジへ入ったルチルは挨拶もそこそこに、話を切り出す。
「貴方達、時間が無いわ…急いで火星から離れなさい」
ブリッジに入ってきた途端のその台詞に、ブリッジクルーもついていけない…
それでも、何とか最初に立ち直ったプロスが話を続けようとする。
「ルチル・フレサンジュさん。貴女は確か…ネルガルの社員ですね。確か一昨年のTOP入社の方で、今は…」
「シークレットサービスに入っているわ…もっとも、ネルガル自体火星では無いも同然だけど」
「…そうですか…しかし、いきなり《火星から離れろ》とは、穏やかではないですな…何か理由がおありで?」
「理由…それは…私の口からは言えないわね…」
「どういう事です? 理由があなたの口から言えないとは…
それでは私共と致しましても、貴女を信用する事は出来ませんな。
それに、今回の作戦はあなた方を救出する為の作戦なのですよ?」
プロスは眼鏡を中指で押し上げながら、眼光鋭くルチルを睨む…
しかし、彼女もTOP入社をしただけの事はあるのか、その眼光を受けて怯みもせず見返した。
緊張感が高まる中、ユリカがふと一言
「アキトは一緒じゃないの?」
と訊ねるが…返ってきたのはルチルの返答ではなく、オペレーターの報告だった。
「エグザバイト・テンカワ機、再出撃します」
「え? 彼には既に言った筈なのに…」
「「「え!?」」」
ルチルのその言葉に数人が反応する…
流石にルチルもしまったという表情になる…だがその表情が決定打となった。
プロスはいつもの張り付いた笑顔に戻ると、口を開く。
「いや〜いけませんな〜、テンカワさんにだけ教えるというのは。
一応我々はネルガル社員ですし、彼は明日香の出向社員。
社外秘というものもあります…一体どういうおつもりで?」
「いえ、彼には出て行くと危ないわよ、と話しただけです」
「はははは、ご冗談を。もしそうなら、我々に言えない等と言う筈がありません」
「それとこれとは話が違うわ…」
「ですが我々としても必要な知識のようですし、お教え頂けませんか?
場合によっては貴女の言うとおり、撤退しましょう」
プロスは電卓を叩き始めている…損害と費用対効果を考えているのだろう。
もっとも、情報そのものが入っていない現時点では意味がない気もするが…
「ふう…分かったわ。でも、場合によっては貴方達の<気力>すら奪いかねない事を憶えておいて」
「気力ですか? これはまた古風な…
いえ、確かにモチベーションを下げるとなれば…それでも、結局聞かなければ分かりませんし…」
ルチルは一度、覚悟を質すようにクルーを眺め回す。
ゴクリ…と、誰かが唾を飲む音が聞こえた…
「まず最初に、木星トカゲについて“詳しい事が解っていない”と言う部分は皆同じよね」
「うん、そうだね。正直、情報が無さ過ぎて分からない事が多いかな…」
「でも、人間のような戦術を取ってくる事は知っている?」
「それは…確かにそう見えるね…」
「<人間の協力者>がいるとかって考えた事、無い?」
「艦長が言っていた事と同じだな。特に目新しい事があるとは思えんが?」
「それじゃ、もし…現実にその協力者がいたとしたら?」
「何? 本当か!?」
驚愕の事実にゴートが目をむく。
ルチルはその視線を受け止めて、話を続ける…
「オメガ…彼はそう名乗ったわ。
そして《逆らえば生き残りを殺す》と脅し、テンカワ・アキトを連れ出すように言ってきた…
私は…まあ、死にたくなかったし、生き残りの中には親しい人も居たから引き受けた。
それが、昨日の事…」
「アキトが衰弱して帰ってきた時…原因は貴女だったの…」
「半分はそう。1000人の命と引き換えだったとは言え、私のやった事…言い訳はしないわ」
「貴女の所為でアキトさんが!」
「どうどう、興奮しないでメグちゃん。テンカワ君は無事だったんだから」
「でも!」
「それに、まだ話には続きがあるみたいよ?」
ミナトはルチルを指差しながら、メグミの興奮を沈めにかかっている。
それをしながらも、ミナトは隣のリトリアが黙り込んでいるのに気付いてふと見ると…
リトリアは何かを我慢するように拳を握り締めて、震えていた。
だが、その顔はルチルには向けられておらず、虚空を見据えていた…
ミナトは不思議に思ってリトリアに声をかけようとしたが、ルチルが話を再開したのでまた顔を向ける。
「そして、今度はオメガが宇宙船を用意して避難民の殆どを乗せ、テンカワ君に対する人質にする…そう言っていたわ…」
「それを、アキトに言ったんですか!?」
「ええ…私が言わなくても、オメガが何れ通信を開くわ。
でも知っていれば対処の方法もあるかもしれない…そう思ってね…」
「そんなの、アキトのする事は決まってるじゃないですか!」
「そうなの?」
「うん、アキトは愛する私の為に…そしてその他大勢の為に、そ のオメガって言う人の所に行くに決まってます!」
「大分温度差があるみたいね…その他大勢って(汗)」
「当然です!」
「はあ…まあ良いわ。それで、テンカワ君は私の話を聞いたからオメガの所に行った、と言う訳ね」
「その通りです。今の話を聞く限りでは既にここに着艦する意味はありません。私達もアキトを追いましょう!」
「少し待ってください。テンカワさんが飛び出して行ったのは仕方ありません。
しかし…我々が付いていく事は出来ません」
「え? どういうことなんですか!?」
「艦長、良く考えてみて下さい。我々は現在ぎりぎりの状態で任務を遂行しています。
この状況で長居すれば、我々も脱出できなくなりますよ?」
「でも、アキトはどうなるんです!? このままじゃアキトが死んじゃう…」
「…残念ながら、我々が彼を救う事は難しいでしょうね…
しかし、彼が無策で突っ込んでいくとも考えにくい…きっと何とかしてくれるでしょう」
「そんな…でもアキトに何かあったら…」
「それが妥当でしょうね。私としても、これ以上は出来るだけ犠牲者が出て欲しくないと思って来たんだから…」
ルチルは話し終えて一息ついているものの、顔色が大分青ざめていた。
何故なら、この事を告げるという事は…
ナデシコのクルーを助ける代わり、同じ避難民を犠牲にする…という事でもあるのだ。
――そう、ルチルの予想通り…ネルガルとクルー達の天秤は、ナデシコに傾いたのだから・・・
もっとも…アキトが出て行ってしまったのなら、オメガは満足するかも知れないが…
その可能性はそれほど高くないだろう。
避難民達は…ルチルの家族達の先には…最早、絶望が見えていた。
だが、それでも尚…
巻き込まれる人間をこれ以上増やしたくないという想いが、彼女の中にあった…
「それでも、私は…」
ルチルは…どちらの<選択>が正しかったのか、未だに迷ってもいた……
ルチルを格納庫まで乗せていった俺は、先程ルチルから聞いた話から“オメガの動き”を予測してみる。
奴が人質を取ったのなら、次に来るのは要求だろう。恐らく…ナデシコの武装解除か、俺の単独出撃……
だが、奴が俺にこだわっているなら後者の筈…なら、俺は直ぐに出撃しなければ。
そうでなければ、ナデシコを巻きこんでしまう…
それに、オメガの事を知っているのと実際に見るのでは、事態の大きさが変わってくる。
何故なら“協力者が人間”と知れば、木星トカゲも人間だという事にすぐ気付くだろうからだ。
しかし、今その事を知って皆の気力が下がれば、死に繋がりかねない…
だから、俺は直ぐに出なければいけない。
もっとも、その前にセイヤさんにバックパックを背負わせてもらわないといけないが…
「セイヤさん、バックパックの換装はどうなっている?」
「あと五分待ってくれ! ったく、注文の多い奴だぜ。陸戦用のヤツでも付く事は付くだろうがよ…」
俺は少し焦っていた。
オメガの通信が来てからでは遅い…俺は既に、奴が居る場所の見当を付けていた。
…だから…
くさくさしていても仕方ないと、ふと周囲の気を読むと…エグザの足元に人の気配がした。
俺はエグザから身を乗り出して、足元を見る。
そこには、何か荷物を持ったホウメイさんが近付いて来ていた…
「おーい、テンカワ! お前さん、今日の朝食まだ食ってないだろ!」
「え? どうしてです?」
「ラピスの嬢ちゃんがテンカワの食事する所見てないって言ってたからね。
全く…子供に心配掛けるんじゃないよ!」
そう言われて、俺は頭を掻きつつエグザから降りる。
そして、ホウメイさんに手渡してもらった弁当を広げてみた…
「おにぎりか…」
「こういう時は直ぐに力になるもんの方が良いだろう?」
「うん、美味い…流石です、ホウメイさん」
「いや、これはアタシが作った訳じゃないんだがね…」
「へ?」
「サユリの奴が急いで用意しててね…結局アタシが渡しに来る事になったけどね…」
「そうですか…サユリさんに礼を言っておいて下さい」
「何言ってるんだい、自分で行きな。
…あたしゃ、パイロットって奴は正直あんまり好きじゃない。直ぐに死んじまうからね…
でも、アンタはコックでもあるんだ。パイロットだからって死ぬんじゃないよ。
特にテンカワ、アンタは<待ってくれている人>が沢山いる…そんな人間が簡単に戦場で散るなんて許されないんだ。
…待っている人は、結局そこで祈る事しか出来ないんだからね…」
「それは…」
「いいかい…アンタは、何があっても生き残らなくちゃいけないよ。
例え後味が悪くても、格好悪くても、待ってくれている子達の為に…絶対にだ」
「……そうですね」
この人には敵わない…自然と口調も改まる…
全く。これでは…以前と変わらないな。
そうか…そうだな……
まだ俺には、出来る事がある。
それが唯の自己満足に過ぎない事は、既にオメガによって証明された…
だが、俺は…この道を行くしか残されてはいない。
唯の一般人に戻る為には、結局火星の後継者までを一掃するか、本当の意味で両者を和解させるか…
正直、どちらも困難な道だ。
そして…一般人に戻るという事は、大量殺戮者である俺が“裁かれるべき時”を迎えるという事。
その時を迎えるまでは…死ぬ訳には行かない。
例えそれが、俺にとって地獄への入り口だとしても…
「ごちそうさまでした。ホウメイさん、ありがとうございます」
「ふん、大分マシな顔になったみたいだね」
「大丈夫ですよ。俺、それほどヤワじゃありませんから」
「言うねぇ。最近はそんな強気な事言う奴、少ないってのに……ヤマダは別にしてさ」
「ぶっ…そんな事言われたらガイの奴怒りますよ? あれでも結構頑張ってるんすから」
「そうかね〜…まあ、良いけどさ。それじゃ、なんだか知らないけどロボットの方終わったみたいだよ」
「そうっすね。じゃあ、行って来ます」
「ああ、頑張ってきな!」
必ず還る…言外にそう言い残し、俺はホウメイさんと別れる。
あの人のお陰でかなり焦りが取れた俺は、換装作業が終わったエグザへと歩き出した…
…のだが…エグザを見上げると、何かおかしな事に気付く。
妙な長尺の武器が…武器…だよな?(汗)
バズーカに見えなくも無いが…いや、アレは何かを差し込んである。
もう一つ、ぶっといワイヤー…? 弦を大きくした様な代物が…
いや、確かに分からなくもない。分からなくもないが…
俺にアレを使わせるつもりか!?
「セイヤさん…アレはなんだ?」
「見て分からないか? まあ、仕方ねえ…エスカロニアを見てから、少しずつ作ってたんだがな…」
「新作、なのか…どういう性能なんだ…?」
「どういうも、こういういうもねえ! 見たまんまだろうが!
バックパックの横に背負っているのが矢筒! そこから矢を引き抜いて…そっちの弓で撃つ!
簡単だろうが!」
「…そりゃあ…でも俺、弓なんて引いた事無いぞ」
「ん〜な事はわかってら。感覚的にはライフルと同じ感覚で撃てる様にしてある。
だが、この武器には<秘密>があるんだ…いいか!」
そんな訳で…
セイヤさんの解説を聞き、なるほどと思う事もあったのだが…
何故に弓!?
まあ、仕方ないか…新兵器は新兵器だし…矢が切れたら捨てれば良い。
…少し投げやりっぽい感じで俺は出撃した。
木連から借り受けているその船と、隣の輸送船をナデシコのグラビティブラストの
射程範囲から下がらせていたオメガは、ナデシコの動きが止まった事に気付く。
それを見て、ニヤリと笑うオメガ…
「動いたか…なら、あの女を見つけた訳だな。やるじゃないか…」
「ドウシマスカ?」
「予想通りなら…あの女、言うだろうな。俺の事を…」
「デハセンメツシマスカ?」
「奴等をか? ふん、馬鹿馬鹿しい…それを確実にする為に包囲網を敷いたんだろうが」
オメガの顔は既に包帯が巻かれておらず、死相を隠す物もない。
これで生きているのが不思議なほどオメガの顔色は悪い…
しかし、このままでは終わらないという意思がにじみ出てもいた…
「ならば、示して見せねばならんな…成層圏に艦隊を回すよう、木連の司令官殿に伝えろ」
「ワカリマシタ」
子供の一人が命令を受けて下がっていった。
それを侮蔑の表情で見送ってから、オメガは次の指示を出すべく視線を走らせる…
「お前、エスカロニアに向かわせた第二陣の方はどうなっている?」
「ハイ、イチドメハゼンメツシマシタガ、ニドメハモチコタエテイマス」
「そうか…暫く足止めしておけ。あれに駆けつけられると少し厄介だからな」
「ワカリマシタ」
二人目の子供も出て行った…
オメガにとって人形との会話は苦痛でしかないが、それでも最後の頼みの綱である事には変わりない。
現状、動けるコマは多い方が良かった。
オメガは続けて指示を出す。
「チャフの影響はどうなっている?」
「レーダーハツカイモノニナリマセンガ、カメラエイゾウハカイフクシテキマシタ」
「ならば攻撃を再開させろ。多少精度が低くても構わん、数で押せば良い」
「ハイ、マスター」
「くそ! そのマスターとか言うのをやめろ!」
「デハドウヨベバイイノデスカ?」
「オメガだ。俺の事はオメガと呼べ」
「リョウカイシマシタ、オメガ」
言ってしまってから、オメガは後悔する。
人形に何を求めていると言うのか…
こんな事が本当に自分のやりたかった事なのか…
オメガは心の中の空虚さに傷を負っている自分を自覚していた。
だが、残された時間で出来る事はただ一つ。
テンカワ・アキトの死を見るだけ…
それも勝たなくてはいけないのだから、狂気の海に身を沈める他無い…
「ククク…そうか…まだ俺も、正気のカケラが残っていたと言う事か…
だが、これで俺に残された物はもう何も無い。いま少しばかりの時間以外はな…
だから…そう、だから…一緒に燃え尽きようぜ! テンカワ・
アキトォ!
ククククク…ハハハハハ…ハーハッハッハッハ!」
残された道が無い男の、自らを嘲笑う様な狂気の笑 いが…
艦内をただ虚しく満たしていった・・・
カツカツカツカツカツ…
カツカツカツカツ…
無機質な暗闇の中を、二つの足音が通り過ぎる…
ライトでぼんやりと浮かび上がる周囲の景色は
ただのコンクリートをむき出しにした、温かみの感じられない物だ。
足音の主達は、暗いその通路をひたすら歩いていく…
「提督…電気も来ていないみたいですけど、本当にこの施設が生きているんですか?」
「さあな、私にも分からん…ただ、ここには外部とは別の発電システムが地下に用意されている筈だ」
「つまり、エレベータとかは生きていると言う事ですか?」
「恐らくな」
二人が言葉を交わし終える頃にはエレベータの入り口まで来ていた。
エレベータの表示は<B17>とある…
彼等が入ってから二階程度しか下っていないのに、もう地下十七階…
つまり、地下十五階までが既に“むき出し”になっていると言う事。
ジュンは本当にこの施設が動いているのか不安になっていた…
「ほう、丁度良いな…」
「どうしたんですか?」
「何、セキュリティがある地下十五階よりも下に居ると言う事は、チェック等も通らずに済むだろう」
「この状況ではセキュリティなんて稼動していないでしょう」
「さあな、それもこれもエレベーターを見ればわかる事だ。さて…」
エレベータは明かりが点き、電気が通っている事を示している…
フクベは下のボタンを押し、暫く待つ…
しかし、一向にエレベータが上がってくる様子は無かった。
「やっぱり、エレベータのワイヤーが切れてるんですよ…上の階が無いんだから、当然です」
「いや…」
ジュンの言葉にフクベが答えようとした、まさにその時…
チンッ…
という音と共に、エレベータの扉が開いた…
「このエレベータは重力制御で動いているらしい。そう友人が言っていた…」
「そ…そうですか…」
「私も半信半疑だったがね…
どうした? 行くぞ、アオイ君」
「はっ…はい!」
一度は引き気味になったジュンだが、フクベが躊躇いもなく歩き出すのを見て覚悟を決めた。
もっとも、心の中では
(このまま帰れなくなったら…ユリカ、心配してくれるかな…?)
などと、女々しい事を考えていたのだが…
ジュンがそんな事を考えている内にも、エレベータは闇の中に飲み込まれるが如く
地下深くに向かって落ちていくのだった…