「キャー!!」


ラピスは自分の意思とは別の所で<恐怖>に凍り付いていた…

その悲鳴を聞き、サチコが駆けつける。

サチコが見たのは…立ちすくんで震えているラピスと、

手を自分の血で真っ赤に染めたトウジだった…


「父さん! 大丈夫なの!? ラピスちゃんは!?」

「…ご、ゴメン…チ……血を見テ…チょっと…びっくりしただケ」

「ちょっとしくっちまったみたいだ…包帯巻かなきゃな…」


そう言ってトウジは2階に行こうとするが、

サチコはそれを遮り、自分が救急セットを取りに走る。

ラピスの事も気になったが、ここはトウジの方が優先だとサチコは判断した。

途中でサチコは救急車の手配をするようウエイトレスに指示を出し、

急いでトウジの所に戻る…


手の傷口を見て血をふき取り、消毒をし、包帯を巻いていく。

しかし、かなり深く切っていたのだろう。直ぐに包帯は赤く染まってきた…


「ありがとよ、それじゃ続きをやるか…」

「何言ってるの! 病院に行かないと駄目よ!

 それに、そんな状態でした料理をお客さんに食べさせる気? 直ぐに客が来なくなるわよ!」

「だが、他に料理できる奴がいねえ…」

「…どっちにしろ、今の状態じゃ無理なんだから先に治療を受けてきて! お客さんには、私から謝っておくから…」


そう会話をしている間に救急車はこうずきに到着、トウジを運んでいった。

結局トウジは手を五針程縫う事になり、全治二週間を通達される。

ラピスもその後元気が無く…


支払期限まで後十日、こうずきの命運は風前の灯と化していた・・・








機動戦艦ナデシコ
〜光と闇に祝福を〜
外伝





「アメル、ラピスの『細腕繁盛記』」その3


悲しい…私にとっては、今まで感じた事の無かった感情…

でも、アキトの心の中には常に渦巻いていた…

ラピスは、この感情に押し潰されつつある…

でも、そんな事はさせない。

私に出来る事は多くないけど…

アキトと、アキトの周りの世界は“暖かい”から…

私が私でいる為に、出来る事を…




サチコから知らせが来て、直ぐに私はこうずきに駆けつけた。

店の扉に『くろーず』という平仮名の立て札があるのを見て、本当なんだと思う…

正直、ここまで事態が切迫していると思っていなかった私は、当惑していた…

この店にそれほど感情移入しているとは私も思っていなかったけど…結構気に入っていたみたい。


店を迂回して、住宅部分に向かう。

そこには、せわしなく出て行こうとしているトウジがいた…金策に走り回っているのかな?

私は声をかけようとするけど、トウジは走り出しながら…


「すまねえな、今日はちょっと時間がねえんだ。また今度な!」


そう言って、家から出て行ってしまった…

でも、その左手には痛々しい包帯が巻かれていて、トウジが怪我をした事が本当だと実感した。

どうして、こんな事になったんだろう…でも、このままじゃいけない…

私自身不思議なんだけど、何かしなきゃという感情が動き出しているのを感じる…


「…このままで、良い訳無い…でも…」


そんな事を呟きながら、私は中に入ってみる事にした…

住宅部分は二階にあるから、出入りする為に階段を上がらないと行けない。

普段は特に何も感じず上にあがっているんだけど…

その日は階段の途中で、ラピスが座り込んでいるのを見つけた。

ラピスは私が正面に来ているのに気付いてないみたいに、ボーッと外を眺めている…

呆けている…というか、気力が無くなっている?

…違う…何かに怯えている…



そういえば、ラピスは水を怖がる…そして、血も…

前者は培養層を、後者はホクシンを思い出すから…

水に関してはアキトが殆ど直してくれたみたいだけど…血は…?

だとしたら、ラピスはトウジの手を切るところを見て?



このまま…こんな状態で、終わるって言うの…?

そんなの、私は嫌。でも…どうすれば良いと言うの?

私に出来る事…ラピスを慰められる…?

…でも、やらなきゃいけない。

私も、進んで行きたいから…


「ラピス、どうしたの?」

「アメジスト…」

「今のままじゃ…こうずき、倒れちゃうよ」

「……」

「それでも良いのね?」

「…嫌…デモ…」

「何をためらっているの? それとも…昔の事?」

「!!」


ラピスが私を睨みつける…

自分の心に触れるなと言っているのが、ありありと分かる。

でも、このままになんて出来ない…

それが、私の我侭でも…


「知ってイルの?」

「ある程度は、アキトの記憶にある」

「…!」

「ラピス…」

「ノゾキ魔!」

「ラピス…」

「近づかナイデ!」

「…」

「私のココロに入っテ来ないデ!」


ラピスの言葉がまるでナイフのように、私の心に傷を作る…

でも、ここで止まればそれで終わり…私も唯の人形という事。

だから…



私は嫌がるラピスに強引に近づき、肩をつかんで引き寄せる。

そして、出来る限り力強く抱きしめた…

ラピスは必死になって抵抗する…叩かれ、蹴られ、引っかかれた…所々、噛み付かれもした。

でも、私は放さなかった。ううん、放せなかった…

だって放したら、一生ラピスとは仲良くなれないと思ったから…

暫くそうしていると、ラピスの暴れる力が弱ってきた。

体力が尽きたのか、怒る気力を無くしたのか…でも、私は抱きしめる腕を放さず…


「ラピス…よく聞いて。

 私のした事は覗きかもしれない…でも、

 貴女はこのままで良いの?」

「…」

「アキトは、そんな貴女を好き?」

「…」

「貴女は、いつまでもアキトといるんでしょう?」

「…デモ」

「私は私に出来る事をする。こうずきが無くなれば、きっとアキトも悲しむから…

 それに、私もここ好きだし」


そういって、私はにこりと微笑む。アキトみたいに、自然に出来たかどうか分からないけど…

それでもラピスには少し伝わったのか、顔を上げて私を覗き込む。

そして、私に向かってぷっと吹き出し…


「ヘタクソ」

「あ、やっぱり?」

「…でも、アメジストの言ッテいる事ハ正しイ」

「…」

「でも、私ハ……もう少シだけ時間ガ欲しイ。明日は、キット大丈夫だカラ…」

「うん、分かった。待ってる」

「…ウン」


ちょっと失敗しちゃったみたいだけど、解って貰えたみたい。

出来ればこうずきの為に何かしていきたい所だけど…

今日はこれ以上、私が何かするのは難しいみたいだし、明日もう一度出直す事にした。





















世界ガユレてイル…


私ガ止まっているカラ?


私はココからヌケダセないノ…?



アキト…近く二イテ欲しイ…



ウウン…でも…アキトが目を覚マシた時、悲しまないタメニ…


私も、ツヨクならなクチャいけなイ。

考えガまとまらナイ自分、弱い心に負ケそうな自分、嫌ナ自分…

私のココロは、何時モ負けてイタ…

でも、アキトの為なら強クなれタ。心が何時も支えラれテいるのを感じたカラ…


ダケド…アキトの心ヲ支えルには?


私ガ、アキトの近クニい続けルには?


私の心が強くなけレばいけナイ。

だって、アキトを支えラレないから…

ダカラ…



「頑張らナキャいけナイ…」

「…? どうしたの、ラピスちゃん」


ここハここうずきの二階、住宅部分。

トウジが怪我ヲして二日…トウジもサチコも色々やってイルみたいダケド、あまり上手ク行ってイない…

ダけどそンナ疲れヲ感じサセず、サチコが私を向いテ覗き込ム…

私はサチコに気を許してイル。多分、エリナと同ジ位…

私ハサチコの方を向キ、顔ヲ上げル…


「大丈夫。タダ…ヤッパり、このママじゃイケナイと思う」

「でも、今は他に手段はないし…」


サチコは少シ不安げな顔ヲする…

ヤッパリ、あまり上手ク行ってなイみたい。

だったら、昨日のアメジストに負けナイ為にモ…私が頑張らなくチャいけナイ。


「サチコ…ウリバタケの事ダケド…」

「え? …もしかして、この間の事?」

「ソウ…サチコ、ウリバタケに会いに行クカラ…」

「ちょっ…ラピスちゃんちょっと待って! 彼は危険よ!

 きっと口では言えない、あ〜んな事こ〜んな事をされちゃうわ!」

「あ〜んな事ヤこ〜んな事、ッテ何?」

「いや、その…口で言えない事は口で言えないから、口で言えない事であって…兎 に角、危険なのよ!

「…サチコの言っテいる事ハ分からナイ…デモ、私は頑張らなくチャいけナイ」

「…」


サチコは両目を皿ノ様に開イタと思うト、ブルブル振るエ出す…

一体どうしたンダろウ…?


「サチコ?」

「あ〜ん! もう、な〜んて可愛いの〜♪」

「…エ?」


サチコは突然私ヲ抱きシメると、そのママ抱き上ゲ、グルグル回し始めル…

…サチコの<モード>が変わっタ…暫ク会話不能ダ。

段々、私ノ…気も……遠クなって…来タ……




……


………


「…ココは」

「ごめんなさい! ラピスちゃん許して(汗)」


ソウだ…又、サチコの〈逆ジャイアントスイング〉にやられタンダッケ…

最近少シ減って来てタから油断しテタ…(汗)



それカラ幾ツか二人デ話し合って、ウリバタケを呼ぶ事二した。

途中デ何度か叫び声ヲ上げられタリ、逆ジャイアントスイングを貰っタけど、どうニカ説得デキタみたい。

尤モ、サチコは武器ヲ取りに行クって、良く分からナイ事を言ってるケド…(汗)















「そうか、とうとうこの俺の出番と言う訳だな! 待ちに待ったぜこの瞬間を!

 こんな事もあろうかとぉ!! 準備は既に始めているぞ〜!!」


ウリバタケはラピスから事情を聞いたとき、いきなりこう叫んでいた。

そして暫く余韻に浸っている…

現在の場所はこうずきの裏庭、住宅部分に上る階段がある場所である。

ここには小規模な菜園があり、取れた野菜などは時折メニューに加える品目の中に入れられたりする。

その菜園の横に立ち、傲然と胸を張る男・ウリバタケ…彼は電話で呼び出されて、駆けつけていた。

最初は自分で会いに行こうとしていたラピスだったが、サチコに説得されて、待つことにしていたのだ。


「こんな事もあろうかと…こんな事もあろうかと…こんな事もあろうかと…

 っか〜! 一度言ってみたかったんだよな〜 この台詞!」

「それで、一体何をするつもり?」

「ん? ああ、ラピスちゃんとアメルちゃんには<ファンクラブ>が存在する事は知っているな?」

「ええ…あんた達が何かこそこそやってるのは知ってたけど」

「こそこそ、ってのは酷いな…まあ良いか。それでだな…これを見てくれ」


そう言って、ウリバタケは懐から携帯用のノートパソコン(10cm角で3ミリ程の厚さの)を取り出し、開く…

すると直ぐに画面が立ち上がり、何かのパラメータが表示される。

ウリバタケがネット関連のアイコンをクリックすると、華やかなHPが立ち上がった。

その華やかさにサチコも少し見とれていたが、何かおかしな事に気付いた…

HPの題名の所に、アメラピと書かれている…見ればこのHPを立ち上げたのは僅か半月前…

アクセス数は、既に100万HITを超えていた…


「あんた! まさかラピスちゃん達の如何わしい写真とかを載せてるんじゃないでしょうね!!?」

「そんな訳があるか! 俺は大人だ! パンチラ写真を撮っているカメラ小僧と一緒にするな!」

「似たようなもんじゃない! 大体そんなのを作っている事自体が如何わしいのよ!!」

「…まあいい。今は一刻を争うんじゃなかったのか?」

「ソウ。ダかラ何をすレバ良いノか教えテ」

「ああ、もちろんだ! まったく、話の腰を折りやがって」

「何ですって!!」

「サチコ!」

「あぅ…」


サチコがあまりにも熱くなりすぎていた為、ラピスがサチコを嗜めるという不思議な光景が展開されていた。

それを見てウリバタケも一瞬噴出しそうになるが、それを何とかこらえて続きを話し始める…


「実はこのサイト、俺達ファンクラブ用のサイトだったんだが…いつの間にかネット内で噂になっててな。

 二人の事がぜひ見たいっ! とかって奴等が物凄い勢いで増えてやがる。

 それで会員の内一人が、

 《もし彼女等のコンサートを、チケット一枚一万円で売ったらどうなるかな?》

 とか言ったら、三万人の予約が来ちまった…別に、本当にやるって言った訳でもないのにな。

 …それで、だ。本当にやったらどうなると思う?」

「…もしかして…ラピスちゃん達にアイドルの真似事をやらせるつもり?」

「その通り! 会場の費用や設営費、歌に振り付け、その他もろもろ…

 結構かかるが、上手くすれば一億以上を一日で売り上げられる筈だ! 

 コンサートが支払日より遅れちゃ本末転倒になっちまうから、開催日は12月24日…つまり一週間後! 他に手はない!」

「…」

「歌えバ、お金にナルノ?」

「おう! 練習やらなんやらで一週間かなりしんどいかも知れんが、確実だ。なにせ既に予約が入ってるんだからな!」

「だったラ、頑張ル!」

「ちょっと待って。ラピスちゃんは良いとしても、アメルちゃんの了解がまだ…」

「それなら必要ないよ。私はここにいるもの」

「アメルちゃん!?」


突然のアメジストの来訪に驚くサチコ。何故なら、出てきた場所がウリバタケの車の中だったからだ…

ウリバタケが乗ってきた車に同乗する形でやって来ていたそうだ。

これはウリバタケに頼まれていた行動だった。余程印象的な場面を作り出したかったらしい…

アメジストもゲキガンガー等の“お約束”は大好きなので、付き合うことにした。

交換条件の<ゲキガンガーDXDボックス>につられただけ、とも言うが(汗)


「これで問題ないな?」

「うっ…仕方ないわね。でも、如何わしいマネをしようとしたら許さ ないからね!

 常に私がそばにいる事! これが条件です!」

「分かった、好きにしてくれ! じゃあ、スケジュールだが…

 時間もない事だし、舞台設営とかはこっちで全部やっておく。

 そっちは振り付けや曲を覚える時間が必要だろうしな…

 ただ、別に完璧に歌う必要は無いから、無理し過ぎない程度にしといてくれ」

「分かッタ」

「うん」


ラピスもアメジストも、真剣な表情でうなずく。尤も表面上は殆ど変わっていない為、

実際は何割の人が気がつくか微妙…という程度の、表情の変化に過ぎなかったが…



その日からアメジストとラピスは歌の練習、ダンスの振り付け、会場の視察等…休む間もなく動き回った。

会場はネオ・フクオカドーム…改装する事で、最大五万人まで収容可能なステージだ。

何事なのかと地方テレビがおしかける事もあったが、面会は断った。

終わった後、問題が起きないようにする為の処置ではあるが…単にサチコが嫌がっただけとも言う。

もちろん、HPを見てラピスやアメジストを探す人が後を絶たなかったが、その辺はファンクラブが牽制して押さえ込んでいるらしい…





そんなこんなであっという間に時間が経ち、12月24日・コンサート当日――

ネオ・フクオカドームには



【アメル& ラピス クリスマスファーストコンサート!】



と大きく張り出されているし、のぼりが何本も立っている…

コンサート会場はまだ一時間もあるの言うのに、超満員で立ち見客が続出。

既にもう、アメル&ラピス一色の会場は凄まじい熱気に包まれている……



何事が起こるのかと、新聞記者やカメラマンも沢山集まっていた…

しかし、ファンクラブの異常に高い技術力による検閲で、

カメラやマイクは全て没収…メモすら見つけられて、問い詰められる者もいた。

もちろん、電子機器をいろんな所に仕込む者もいたが…

“電子機器のかく乱”を起こす何かが撒かれているらしく、まともに機能する物は無かった。

唯一、アメルとラピスを巨大な電光掲示板に映す三台のカメラが問題を起こしていないだけである。

尤も、これはウリバタケの特製だからこそなのだが…






―― ネオ・フクオカドーム控え室――


現在リハを終えて体を休めている二人と、サポート役としてのサチコ・ウリバタケと、もう一人…演出担当の男が来ている。

演出担当は、二人の物覚えの速さに驚嘆していた。

マシンチャイルドは<記憶する能力>が優れているという事なのか、それとも別の要因かは分からないが…

二人はこの一週間の間に、当初用意していた5曲以外にも

“早く覚えた場合の予備”として用意していた5曲もマスターしている…

彼女達は二・三度の練習で完璧にこなすので、先生要らずともてはやされていた。

ただ…そんな才能を見せつける二人にも、一つだけ欠点があった。

それは…


「表情が無いと、やっぱり決まらないね〜…折角他は完璧なのに…」

「何よ! ラピスちゃんとアメルちゃんはそれが良いんじゃない!」

「いやまあ、それもそうなんだが…一般的じゃないかもな。

 だが、それを知った上での選曲だったはずだが?」

「それはそうなんですが…最初の曲は、やっぱり明るいので行きたいんですよ…

 ジングルベルはそのために入れたんですが…無理がありますかね?」

「う〜ん…あれはあれでいいと思うんだがなー」

「うう…確かにあれはフリとテンポが大きいから…悪目立ちするかも…外せないかな…」


つまりはそういう事なのだ…二人は踊りも歌も完璧にこなすのだが、表情が無い…

その為、明るい調子の曲は受け付けないのだ。

二人とも表情を出そうと頑張っているのだが…無理をしても顔面神経痛みたいな、引きつった笑いになってしまう…

それならいっそ無表情で、と考えていたのだが…流石に最初から全て大人しい曲調の物にするというのは難しい。

そこで、一曲だけと入れたジングルベルなのだが…


「分かった、そいつは俺が何とかする。まあ見てな…最高のステージになるぜ!」























ウリバタケ・セイヤ特製カメラが、全て同じ方向を向く。

ステージには真っ白なスモークが噴出し、視界を覆う…

スポットライトがステージに集い、徐々にスモークが晴れて舞台上が見渡せるようになって行く…

その上には、先ほどまではいなかった<二人の妖精>が降り立っていた…


一人は薄桃色の髪をストレートにたらし、顔色を良くするためにほんの少し化粧を施している。

服は胸元に小さな薔薇の花を散りばめた肩紐式の白いパーティドレスで、滑らかな肩を惜しげもなくさらしていた…


もう一人は薄紫色の髪をポニーテールに纏め、赤いリボンでとめている。

こちらの服は肩口をパフ・スリーブで膨らませた、黒いロィリタ服…

白いフリルのラインが袖口や首周り・スカート等から覗いていて、独特の雰囲気を醸し出している。


二人は白と黒という対照的なコントラストによって、幻想の風景を作り出していた…

会場は息を呑むように静まり返る。

その静かな会場へ、黒い服の少女が一歩前に進み出る…


「今日は私達の為にお集まり頂き、ありがとう御座います。

 アイドルでもない私達の為にお集まり頂けた事、感謝します。

 本日のステージ…一度きりではありますが、楽しんでいってください」



ワーーー!!



痛いほどの沈黙が破られ、今度は凄まじい熱気が会場を包む…

それはまるで、一流ミュージシャンのコンサートの様であった…


「それでは…最初の曲はクリスマスに因んで、ジングルベルでいきます」



ウワーーー!!


会場の熱気はとどまる事を知らない…

しかし、アメジストとラピスは緊張していた。

自分達に“笑顔ができない”事は分かっていた為、余計な力がはいる…

それでもリズムは容赦なく加速して行き…二人が口を開こうとした、その瞬間――


二人の視界に…黒いマントが閃いた。


それは会場の向かい側…遠くて判別がつきにくい場所だったが、

二人は一瞬にしてそのファッションがアキトのものだという事に気付いた…

それと同時に、そのアキトがニセモノである事も、着ているのがウリバタケである事も直ぐに解った。

何故なら二人は、アキトとリンクで繋がっているのだから…

それでも、二人はウリバタケの気遣いを嬉しいと思った。

ここにはいないアキトだが、そこにいるものとして歌を聴いてもらおうと、そう思った…

きっと病室では、紅玉が二人の曲をアキトに聞かせてくれるはずだ。

二人は自然と微笑んだ…

それはやはり小さな表情の変化だったが、それでも会場の人間の殆どが気付き…魅了された。

そして、二人は歌い始める…



Dashing through the snow
(雪をかき分けて)

In a one-horse open sleigh
(進む1頭立てのそりに乗り)

O'er the fields we go
(野を越えてぼくらは行く)

Laughing all the way.
(楽しく笑って)

Bells on bob-tail ring
(馬のしっぽの鈴が鳴ると)

Making spirits bright
(心も朗らかになる)

What fun it's to ride and sing
(そりにのって、その歌を)

A sleighing song tonight.
(歌うのは何て楽しいんだろう!)


Jingle bells, jingle bells
(鈴が鳴る、鈴が鳴る)

Jingle all the way,
(ずっと鈴が鳴る)

Oh, what fun it is to ride
(1頭立てのそりで行くのは)

In a one-horse open sleigh, Hey!
(何て楽しいんだろう、やぁ!)

Jingle bells, jingle bells
(鈴が鳴る、鈴が鳴る)

Jingle all the way,
(ずっと鈴が鳴る)

Oh, what fun it is to ride
(1頭立てのそりで行くのは)

In a one-horse open sleigh.
(何て楽しいんだろう)

A day or two ago
(1日か2日前)

I thought I'd take a ride
(そりに乗ろうとしてたら)

And soon Miss Fanny Bright
(ファニー・ブライトさんが)

Was seated by my side;
(ぼくの横に乗り込んだ)

The horse was lean and lank
(馬が痩せて貧弱だったせいか)

Misfortune seemed his lot,
(不幸なことに)

We ran into a drifted bank
(ぼくらは雪の吹き溜まりにぶつかって)

And there we got upsot.
(ひっくり返ってしまった)

(ジングルベル以下繰り返し)


A day or two ago
(1日か2日前)

The story I must tell
(言わなくちゃいけないことがある)

I went out on the snow
(ぼくは雪の中出て行ったんだけど)

And on my back I fell;
(ふと誰か後ろにいるのに気がついた)

A gent was riding by
(男の人が1頭たての)

In a one-horse open sleigh
(馬そりに乗っていて)

He laughed at me as I there sprawling laid
(ぼくが馬車の中で横になって寝てたのを笑ってた)

But quickly drove away.
(それでぼくは慌てて馬そりを出したんだ)

(ジングルベル以下繰り返し)


Now the ground is white,
(さて地面は真っ白だ)

Go it while you're young,
(若いんだから出かけなくちゃ)

Take the girls along
(女の子をつれて)

And sing this sleighing song.
(そしてこのそりの歌を歌うんだ)

Just bet a bob-tailed bay,
(切り尾の鹿毛の馬にかけて)

Two-forty as his speed,
(時速38キロくらい出たら)

Hitch him to an open sleigh
(その馬にそりをつないで)

and crack! You'll take the lead.
(さぁ行け! ぶっち切りだ!)



その曲は、正確にはジングルベルという曲ではない。

ジングルベルの原型である「1頭立てのソリ」という曲…

尤も、殆どの人にとってその違いは無いに等しい物だったが…

二人は≪きっとアキトが聞いてくれている≫と信じて、

その曲を≪きっと、元気になって≫という想いを込めて歌った…

会場は大歓声に包まれる…



その後の選曲が良かった事もあり、コンサートは大成功に終わった。





それは、日付が変わろうとする頃…主の生誕の時間…

二人の少女はコンサート会場を後にし、タクシーを走らせる…遅い時間だから、とウリバタケが気を利かせたのだ。

紅玉のアパート前にきてアメジストが降りていったのを見て、

ラピスはサチコにタクシーで待っているように言い、別れの挨拶をしようとしていた。


「…」


だが、ラピスは何を言って良いのか分からず、口を開けずにいる…

見かねてアメジストが話しかけようとしたその時、

空から、何かが降りてきた…

それは地面に落ちてゆっくりと溶け、水に変わる…

最初は一つ二つだったが、いつの間にか目に見えるほどの量の白い物が落ちてくる…


「雪…」


ラピスはぼんやりと雪を眺めながら、そう呟く…


「私、雪ハ初めテ見る…」

「私も…」


二人はただ、そう話しただけ。


他に意味は無かったのかも知れない…


二人にしか分からない事があったのかもしれない…


それは、誰にも分からない事。


分かった事、それは――



その瞬間は、新しい友達の誕生の瞬間だった…



それは、お互いにそう思っただけ…確認した訳でもない。


それでも二人は微笑み合い…


「また明日」

「ウン、まタ明日」


普通に別れの言葉を交わし、互いの帰るところに向かう。

二人は、その瞬間が“普通の出来事”として過ぎ去っていく事を知っていた…

それでも…ただ二人だけが、その瞬間を“特別”だと気付いていた…












コンサートの収入は確かに三億円だった。が…

ウリバタケの使い込み(セットやら何やら凝った仕掛けを無数に配置していた)により、実質一億円程度に落ち着いた…

そこから税金を差し引くと5000万円…これは会社などによる<税金対策>を講じて居なかった所為で、

この二つの失態によりウリバタケは大いに怒られた。

もっとも企画を持ち込んだのが彼なのだから、加減してではあるが…

どちらにしろこれによって無事に支払いは行われ、こうずきは問題なく営業を行うことができるようになった。

残りのお金はそれぞれに配られた分を除き、約1500万円ほどあったが、

これらはラピスとアメジストの当初の目的である<アキトの入院費の予備>として、ネルガル系の銀行に貯金される事となった…





ちなみに――普通、銀行がつぶれた場合…

取引先企業の<連鎖倒産>を防ぐ為、低金利・又は無利子での公的機関からの融資や、

当事者に変わって別の金融機関に対して債務を保証する制度があったのだが…

トウジは火星の銀行と同じに考えていた為、そのあたりの事情を知らなかったのだ。

その事でトウジは正月にお酒を禁止されて、ふてくされていたとかいなかったとか……











あとがき


おわった〜♪

もしかして、初めての連載完結なのでは(汗)

クリスマスに合せた訳じゃなくて唯単にクリスマスまでかかってしまっただけというのが情け無い所ですが…

書いた量の割には〜光と闇に祝福を〜も話が進んでませんからね(爆)

年内に本編の方もう一本出せるかな〜(汗)

かなり無理っぽいかも(核爆)



 

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