それからのこうずきは本当に賑やかだった。
ファンクラブどうしで喧嘩まがいな事もやってたらしいけど、
私達の前ではみんな料理を食べて喜んで帰ってくれる…
こういうのも良いな…そんな風に思い始めた頃、
クリスマス販売合戦とでも言うべき戦略を色々な店が展開し始めた頃…
トウジの預金を預けていた銀行が突然潰れたの。
今にして思えば…あれは明日香系列の銀行だったから、
ネルガルかクリムゾンの攻撃を受けたんじゃないかな。
トウジも一応幾つかに分散して資産を持っていたんだけど…今度明日香にお世話になったから、と
定期を解約して明日香系の銀行に変えたのが裏目に出たみたい…
トウジが回収できた貯金は三割に届かなかった…
店は途端に経営難となり…
私達はその事に対し、何の対抗策も持っていなかった。
クリスマスを前に、レストランこうずきは経営の危機を迎えたの…
機動戦艦ナデシコ
〜光と闇に祝福を〜
外伝
「アメル、ラピスの『細腕繁盛
記』」その2
レストランこうずきの2階は、居宅として使用されている。
表通りに面した部分は店と駐車場になっているが、裏手からは居宅へと上がる階段がある。
裏にも庭がありサチコがガーデニングに使っていたりするが…
しかし、今日はその姿も見かけなかった。
十二月の第二水曜日…
普段はこの日は定休日であり、静かになる時間だが…2階からガヤガヤと多数の人が話す声がする。
それも、切羽詰った声である。
オガワ・トウジを始めとするレストランこうずきの面々が集まり、何事か相談をしている様だった…
「皆には申し訳無いが、現状が何ヶ月も続けばこうずきは閉めねばならなくなるかもしれん…」
「父さん、一体どうなってるの? 銀行が倒産したのは分かるけど、何でうちがすぐに経営危機になるの?」
「ああ、話していなかったかも知れんな…ここは俺が分割で買ったんだ。
頭金4000万円、後金一年毎8000万円の三回払いでな…(※注 このSSにおいて物価は約三倍です)」
「…へ? 三回?」
「ソレ、多いノ?」
「回数的には少ないと思う。金額はちょっと分からないけど…」
ラピスとアメジストが少し惚けた会話を交わすが、その間にもトウジとサチコは緊張した会話を続けている…
実は金額も、ここの地価を考えるなら大した金額ではない。
トウジはいい物件を見つけてきたのだろう。しかし、一回8000万円はきつ過ぎだ…
元々こうずき建築で2億円以上使っているので、貯金は合せても1億8000万円程度だった。
それが現在5000万になってしまい、まともに払う事すら難しい事に…
当然、サチコはどうなっているのかを聞こうとする…
「どうして、そんな契約になってるの!?」
「利率が低かったからだが…不味いな…どうしたもんか…」
「…(怒) あのね! せめて私に相談してから決
めて! 大体何時も何時も父さんは! 少しは周りに気を使ってよ!
相談もなく何でも決めちゃって! 何が起こるか分からないから
こっちは気が気じゃ無いわよ! 全く…こっちの気も知らないで!
ぜーはー、ぜーはー…
…いえ、そんなことより…
いくら足らないの!?」
「3000万円だ…」
「いつまでなの?」
「12月25日…」
「あと二週間しかないじゃない! ちょっと待ってもらえないの!?」
「昨日その交渉に行って来たが無駄だった…向こうも借金返済のために売ったから、期限は動かせないそうだ…」
「…最悪ね…他に借りる目処は?」
「色々あたってみた結果、元マンションの住人から合計800万円を借りる事が出来た」
「だとすると、後2200万円(※ 現在の物価なら700万円強)ね…それでも二週間でとなると…」
親子二人が考え込む…
アメジストはそれを見ながら、ここも長くないのかな…と、醒めた事を考えていた。
しかし彼女も恩義は感じているので、何か出来る事があったらしたいとも思っていた。
ラピスはまだ経営関連…というよりお金そのものに詳しくなかったので、
二人が危機感を募らせている事は分かっても、どうしていいのかさっぱりだった…
そんな時…ここの所休日になるといつも来ているお客がきた。
扉の前でインターホンを押しつつ
『どうも〜、シゲルです!』
「あっ、シゲル今日も来たんだ…」
「あぁ…あいつか。アキトの友人とかってやつだろ? なんでここに入り浸ってんだか…」
「じゃ、ちょっと呼んで来る」
「何? ここに呼ぶのか?」
「まあ、グ○コのおまけ位は役に立つわよ」
「微妙な表現だな。グリ○のおまけは菓子より高いと言いたいのか、玩
具程度と言いたいのか…」
「さあね〜♪」
サチコは扉を開けシゲルを招き入れようとしたが…
そこには、もう一人見知った男が来ていた。
「偶然一緒になって…その、断り切れなかったんです」
シゲルは既に半泣き状態でサチコに謝っている。
サチコは何故ここに彼が来ているのか分からなかった…
いや、ある意味良く分かっていたが…
「ウリバタケさん…どの様なご用件でしょう?」
そして、サチコとウリバタケはあまり仲が良くなかった…
二人は同じ趣味と言う訳ではないが、かなり近い趣味をしている。
同好の士と言っても良いのだろうが…近親憎悪とでも言うべきか、
サチコはウリバタケからラピスやアメジストをかばうのは使命だと思っていた…
「ラピスちゃんにプレゼントがあるんだが…」
「如何わしいものじゃないでしょうね?」
「そういったものじゃねえよ! ラピスちゃんの1/8フィギュア! ウエイトレス
服バージョンもあるぞ!」
「へ〜可愛い…って、何ですかこれは! いつの間に!?」
「俺ぐらいのモデラーなら見ただけで大体の事は分かるのさ!」
「えーい、これは没収です!」
「おい、それはラピスちゃんに…」
「ラピスちゃんはこんなので喜びません!」
「うっ…それもそうか…」
ウリバタケは意気消沈している…
それを確認して、サチコは自分の服のポケットにラピスのフィギュアを隠した。
「他にご用件が無いならお帰り下さい!」
サチコはそのまま何事も無かった風にウリバタケを追い返そうとするが、シゲルに見られていた事に気付き少し頬を赤らめる。
微妙な沈黙が落ちる中、ウリバタケは言い辛そうに聞いて来た…
「いや、実はちょっと小耳に挟んだんだが…ここの経営、大丈夫なのか?」
「…どこで聞いてきたのか知りませんが、経営には問題ありません。それではまたお店にいらして下さい、さようなら」
サチコはシゲルを部屋に引き入れるとそのまま扉を閉め、
そのまま憤然とした足取りで皆のもとに戻る。
「なんだ、急に不機嫌になりやがって」
「ふん! ファンクラブ会長殿が来てたのよ!」
「はっはっは…そうか、確かに仲が悪かったな、お前ら。俺から見りゃ似たようなもんだがな」
「なんでよ! あんなのと一緒にしないで!」
今度はドスドスと、大きく足音を立てながらサチコは部屋に引っ込んでいった。
もっとも、フィギアはしっかり持ち込んだのだが……
それを見たシゲルは不思議そうに
「一体どうしたんすか? サチコさんの機嫌も悪いですけど、皆の方も何だか元気が無いですね」
と、聞いた。
「ああ、実はな…」
トウジはシゲルに店の窮状を語る。
・
・
・
それを聞くにつれ、シゲルは徐々に蒼白になり…
「店、俺も手伝わせてくれませんか…給料なんて要りません! 少しでも役に立ちたいんです!」
「あのな…お前まだ学生だろうが、一体どれくらいの事が出来るってんだ」
「これでも通ってるのは調理師学校です! アキトみたいに
一日中料理の練習してた訳じゃない、けど…でも、普通の奴よりは役に立ちます!」
「ふん…そんなに言うなら、皮むきと皿洗いでもやってみな」
「ありがとうございます!」
「ナンカ、熱血してル…」
「まあ、それはそれで結構良いと思う」
シゲルがトウジに頼み込んでいる間、二人はお菓子をぱくついていた。
二人の前には“おまけのおもちゃ”が立ててある。
・・・そう、例のお菓子であった・・・
アメジストは帰った後、紅玉といろいろな話をした…
主に昏睡状態にあるアキトの事だが、紅玉によると
脳波の揺れが少しずつ大きくなってきた、との事。
もう少しすれば、夢が見られる程度には眠りが浅くなるらしい…
「良かった…やっぱりアキト、順調に融合してるみたい」
「まあ、融合なんて私にはサッパリだけど〜
もう一度ジョーさんにあって……今度はきちんと助けてあげたい、か
な?」
「何で疑問系? まあ良いけど…」
「それで、アメルちゃん。今日は何かあったの?」
紅玉はアメジストの瞳を覗き込みながら、静かに話し掛ける。
アメジストは…殆ど無表情だが、微かに瞳が揺れていた・・・
「…紅玉…もしかして心理カウンセラーの資格も持ってるの?」
「ん〜? まあね♪」
「やっぱり…(汗)」
「そういうアメルちゃんも鋭いんだから〜。心理カウンセラーの資格の方は誰にも言ってないのに♪」
「…」
なんと言って良いか分からず、アメジストは沈黙してしまう。
この時点で紅玉は既に、アメジストを自分のペースにハメてしまっていた。
そして…アメジストは僅かにためらった後、
“仕方ない”といった風に、ポツリポツリとこうずきの事を話し出した……
「うそ…じゃあ、このままじゃ開店早々店じまいの危機って事?」
「そういう事…あの、紅玉…それで…」
「皆まで言わずとも、紅玉おねーさんには分かっています♪」
そういって紅玉は自分の部屋に走りこみ、ブタさん貯金箱を持って来た。
それを見てアメジストは半眼になり、ぽつりと呟く…
「“子供のおこづかい”じゃないんだから…」
「ははは…実は私、火星の口座に貯金してあったのが殆どで…こっちに来てから貯金してないの…」
「…はあ、期待して損した…」
「ちょっと待った! このブタさん貯金箱に入っているのは硬貨だけじゃない事を見せ
てあげます!」
そう言うと、紅玉は床に置いた貯金箱にどこからか取り出したトンカチを打ち付け…
ガシャーン!
そんな破砕音と共に貯金箱が割れ、破片が飛び散った。
その中身を集めつつ紅玉は呟く…
「あぁー…やっぱりあの服我慢しておくべきだったかな〜…でも、これ
で少しは足しになるんじゃないかな?」
あの服と言うのは、アメジスト用ゴスロリ服の一着の事だ。
確かにいい服だった。いい服だった、のだが…
(120万円(※ しつこい様だが物価は3倍)は失敗だったかも…)
そう紅玉も思ったのだ。それくらいなら自分で縫うという手もあったのに…と。
少し話が脱線してしまったが、紅玉が割ったブタさん貯金箱から
出て来たお金は、実に200万円近い金額があった…
「いいの?」
「うん。他にも手伝える事があったら言って♪ 流石にウエイトレスは時間的に無理だけど」
「ありがとう紅玉!」
「その代わり…」
「へ?」
「今日は一日付き合ってね♪」
背筋の冷たい汗と共に、アメジストは顔の筋肉が引きつるのを感じた…
「いえ…あの…(汗)」
「ね♪」
アメジストは紅玉の邪笑の前に諦める以外術がない事を、
これまでにあったアノ邪笑への敗退経験から感じ取っていた。
……その日、アメジストは諦念と共に夕暮れまで着せ替え人形と化していた。
ナガサキホスピタルは、こうずきから半時間ほどの距離にある。
その距離を歩き、アキトのお見舞いに行く事をラピスは日課にしていた。
アキトはそこのとある個室で、今も静かに眠っている…
夢でも見ているのか…少し顔を歪め、呼吸器の下に息で出来た白い曇りを大きくしている。
昏睡状態である事を示すのは、何時も口につけている呼吸器と点滴の管の二つだけ。
言葉をかければ眠りから覚めそうな……そんな雰囲気がある。
「アキト…」
アキトに声を掛けるラピス。
しかし…やはり、アキトは反応しない。
思わず涙が出そうになった。
ラピスにとってアキトは<全て>…いや、全て“だった”
今は色々な人達が彼女の周りに存在している。
それでもなお…彼女の世界の中心は結局、アキトなのだ。
だから、アキトの居ない世界は彼女にとって…やはり<孤独>な世界なのだった…
「アキト…サみシイ…」
ホロリと涙をこぼし、ラピスはアキトの前にうずくまる。
彼女はアキトのいない<寂しさ>と、
トウジ達の鬼気迫る様子から来る<焦燥感>に打ちのめされてしまっていた…
“心にポッカリと穴が開いた”
そんな表現が当てはまるかのような心理状態に陥ったラピスは、
アキトのベッドの前でうずくまったまま、
動く事を拒否するかのように…
静かに目を瞑った・・・
と、その時……動きを止めたラピスの頭に、突然重みが落ちてきた。
「!?」
ラピスは思わず顔を上げる。
いつも通りに真っ白な掛け布団から…アキトの腕がはみ出している!
そしてラピスが頭に手をやると、予想通り…ラピスの頭上にはアキトの手があった。
ラピスの心の声が届いたのか、ただ腕がずれて落ちたのかは分らない…
しかし、そんな事は彼女にはどうでも良かった。
『アキトが応えてくれた!』
…彼女はそう感じた。
だから……
「アキト、ワタシ…私…頑張ル!」
ラピスはもう泣いていなかった。
アキトが今すぐ起きる事は無い…それはラピスも承知している。
ただ……欲しかっただけなのだ。
今でも<アキトと繋がっている>という証拠…
言い換えれば、<心の支え>が欲しかっただけなのだ。
そしてアキトの腕を布団の中に戻し、立ち上がったラピスは<いつものラピス>だった。
ワタシは知っている…アキトなら、決してこうずきを見捨てない事を。
だから…これから向かうのだ。
既に彼が来ているだろう、こうずきへ……
こうずきはいつもの如くにぎわっている。
中でもトウジはかなり忙しく働き、調理を行っていた。
ウエイトレスは数人バイトを雇っているものの、
今まで料理に関しては全て自分でこなしている。
シゲルは雇ったものの、まだ正直まともに使えるレベルではない。
(こんな時、アキトがいれば……)
そう思わないでもなかった。
――火星時代のアキトは、どうにかトウジをサポート出来るレベルまでにはなっていたのだ。
だが、居ない人間の事を考えても仕方が無い。
トウジにとってこの店自体は開店したばかりとは言え、
火星の店名を継ぐこの店を失いたくは無かった……
しかし、二週間で2200万円…いや、もう10日しかない。
一日300人をこなしたとしても、一人3000円程度なら100万円にすら届かない。
もちろん経費として、材料費・光熱費等もかかってくるのだ。実際の儲けは三割、
人件費や経費等を振っていくと二割を切る。この分では最終的に200万円…
以前の儲けを合せても1000万円に満たない。まだ1200万円必要だ・・・
「このままじゃ不味いな…後二ヶ月もありゃ、自力で稼ぐ事も出来るが…」
トウジは悩みながらも機械的に料理を仕上げる。
しかし、このままでは味を落としかねない事を自分でも解っている…
パ
ンッ!!
トウジは自らの頬を叩いて気合を入れなおし、調理を再開した。
「ラピスちゃんお帰り。アキトちゃん、どうだった?」
「タダイま。ウン、アキトハいつモ通りだっタ」
店の裏口から入ってきたラピスにサチコは明るく挨拶をし、
ラピスも表情は変えないものの、サチコに目を合せて返した。
そして、ラピスはそのまま更衣室の方に向かおうとするが…
「あれ? ラピスちゃん今日は非番でしょう?」
「ウウン、今日かラ私も毎日出る…」
「それは嬉しいけど…今日は…」
サチコは客席を指す。ラピスがサチコの指先を追ってみると、
その先には…問題児(?)こと、ウリバタケ・セイヤが座っていた。
「丁度良イ、話したイ事モあっタ」
「え?」
サチコを気にする事なく、ラピスはそのまま更衣室へと向かう。
サチコは呆然としていた…
ラピスが自分からファンの客に話しかけようとする事は、今まで無かったからだ。
しかし我に返るとラピスを追って更衣室へ走り、
ウエイトレス服へ着替えている途中のラピスに話を聞く…
「ラピスちゃん、一体どうしたの?」
「どうもシナイ。ただ私も頑張ろうト思ったダケ」
「でも、そんな急に…やっぱり、店の事?」
「それもアル。でも、アキトなら如何すルか考えてミタ」
「…アキトちゃんなら…」
「そしたら、見捨てル訳なイと思った…ダカラ…」
「…そうね、確かにアキトちゃんなら…うん、分かったわ。
でもあの人は危険だから、私もついて行くわね?」
「ウン」
着替え終わったラピスはサチコを伴い、ウリバタケの元に向かった。
そして、料理を食べているウリバタケに話しかける…
「セイヤ、お願いガあるノ…」
ラピスは少し瞳を潤ませ、少し体を乗り出しながら上目遣いでウリバタケに視線を送る。
…ラピスが以前、(何故か目の血走った)サチコに教えられた必殺の頼み方だ。
練習と称してラピスにやらせた所、サチコを(萌)血の海に沈めた程の破壊力を持っていた…
元々極めつけに可愛いらしいラピスであるし、
<薄桃色の髪をした雪の妖精>のような少女がウエイトレス服で、更に
<瞳を潤ませながらの頼み事>という状況に耐えられる人間はそうはいない。
そもそも、ウリバタケは例のファンクラブ会長であるし、それ以前に……
今現在ですら鼻から唇にかけて漢の熱い血潮を伝わせている。
そんな人間がNOと言える筈もなかった……
「おう! この俺に任せておきな!」
「ちょっと待っテ、マダ頼み事言ってナイ」
「いや、言わずともわかる! 元々ここに来たのもその為だからな!
ラピスちゃんの為ならこのウリバタケ・セイヤ、一肌でも二肌でも脱いでやる!」
サチコ直伝の必殺技を使って盛り上げたラピスだったが、ハイテンションな…
いや、テンションの上がり過ぎたウリバタケに付いて行けず、戸惑っていた。
(このままじゃ、話が進まなくなりそうね…)
そう思ったサチコは、単刀直入に
「じゃ、お金頂戴」
……言い切った。
「無い!」
「それじゃ一体何しに来たってのよ!」
「ふっふっふっ…このウリバタケ・セイヤに掛かれば、
1000万や2000万程度の金、一日で稼ぐ事等造作も無い!」
「それなら、稼いでから来なさいよ!」
「まあ落ち着け! その為にはラピスちゃんとアメルちゃんの協力が不可欠なんだ!」
「協力? まさか如何わしい写真でも撮って売ろうって言うんじゃ…」
「いい加減にしろー!! このウリバタケ・セイ
ヤ、天地神明に誓ってそんな如何わしいことはせん!」
「どうだか…」
「うっ、それにだな! 別にお前に頼まれた訳じゃない。あくまで俺は“ラピスちゃんに”頼まれたんだ!」
「私はラピスちゃんの保護者だから、私の許可を得た事しかやらせないからね!」
「「グギギギギ…」」
“ラピスの頼み事”を忘れているのではないか?
そう思われるほどに、二人の睨み合い・唸り合いは白熱化してきている。
それに対してラピスは……どうしていいか分からず、沈黙してしまった。
本格的なケンカに移行するかと思われたその時、厨房の方から声がした。
「サボってねえで、ちゃんと仕事しろ!」
トウジのその言葉で、結局その話は棚置きとなった…
ラピスとサチコ、その他ウエイトレス達が駆け回り、客の注文をとってトウジが料理する。
シゲルは、今はまだ下ごしらえすらさせて貰えない。せいぜいが皿洗いと皮むきくらいだ。
調理師学校生とはいえ、まだまだ経験が足りないのだから仕方がない事だろう。
稀に…時間が無い時はサチコが下ごしらえする事もあった。
ここ――こうずき――で働いた年月が長い為、トウジの料理をよく知っているからだ。
今は丁度昼食の時間帯である。当然、客も多い…
トウジも必死で腕を振るい続けるが、追いつかない事もある。
本来なら数人は料理人が居てもおかしくない注文の数、なのだが…
たった一人でそれら注文の全てを、或いは焼き、或いは揚げ、或いは炒め・・・
黙々と、ただひたすらにこなし続けるトウジは、一種の<超人>といっても良かった。
だが、それでも現在の状況は悪い。
トウジの頭の中では、考えるのを止めた筈の金の事が、いまだ渦巻いていた。
自分をサポートできるアキトが抜けた店の事、そのアキトの容態、そして二千万もの大金……
いくつもの不安と、それによって引き起こされたここの所の寝不足等も
重なったせいで、トウジの目元にはクマが出来、明らかに顔色も悪い。
それは、注文のセットにつけるミストローネ用のベーコンを刻んでいる途中に起きた。
トウジは、ふと…急に視界が暗くなった様な気がした。
少し頭を振り、再び包丁を下ろそうとするが、
今度は力が抜け始め……
何故か頭がぼーっとなった
そんな気がした
ただ・・・
気がついた時には
手ガ赤カッタ
それは最悪のタイミングだった。
ラピスが注文を伝えに来た所、注文を伝えても
返事が無い為に、ラピスは厨房に入り込む。
その時…
自らの手に
包丁を叩き付け、
トウジの手が
血に染まるのを
……見た……
蘇る記憶
蓋をして、忘れようとした…悪夢
血に染まる
赤い
紅い
義眼の男
フラッシュバックする・・・
わルいワるイゆメ
「キャー!!」
ラピスは自分の意思とは別の所で<恐怖>に凍り付いていた…
その悲鳴を聞き、サチコが駆けつける。
サチコが見たのは…立ちすくんで震えているラピスと、
手を自分の血で真っ赤に染めたトウジだった…
「父さん! 大丈夫なの!? ラピスちゃんは!?」
「…ご、ゴメン…チ……血を見テ…チょっと…びっくりしただケ」
「ちょっとしくっちまったみたいだ…包帯巻かなきゃな…」
そう言ってトウジは2階に行こうとするが、
サチコはそれを遮り、自分が救急セットを取りに走る。
ラピスの事も気になったが、ここはトウジの方が優先だとサチコは判断した。
途中でサチコは救急車の手配をするようウエイトレスに指示を出し、
急いでトウジの所に戻る…
手の傷口を見て血をふき取り、消毒をし、包帯を巻いていく。
しかし、かなり深く切っていたのだろう。直ぐに包帯は赤く染まってきた…
「ありがとよ、それじゃ続きをやるか…」
「何言ってるの! 病院に行かないと駄目よ!
それに、そんな状態でした料理をお客さんに食べさせる気? 直ぐに客が来なくなるわよ!」
「だが、他に料理できる奴がいねえ…」
「…どっちにしろ、今の状態じゃ無理なんだから先に治療を受けてきて! お客さんには、私から謝っておくから…」
そう会話をしている間に救急車はこうずきに到着、トウジを運んでいった。
結局トウジは手を五針程縫う事になり、全治二週間を通達される。
ラピスもその後元気が無く…
支払期限まで後十日、こうずきの命運は風前の灯と化していた・・・
なかがき2
終われるかと思ったら、ピンチが二乗倍になっただけという凄まじい展開に…(汗)
この話は特にたいした事考えていた訳でもないんだけど…
このままではメイドさんはいかが? の時の二の舞に…(泣)
ああ、解決どうしよう(汗)
リバホ400万ヒット記念作品として投稿しましたので、なかがき結構問題ありの台詞になっていました。
申し訳ありません。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
感
想はこちらの方に。
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