ギャラクシーエンジェル
新緑の陽だまり 後編







「予定通りだな……」

「ああ、接触時間も間違いない、しかし、問題はないのか?」

「打てる手は打っておいた。これ以上は俺にはどうしようもないな」

「まぁ、補給をしない事にはこれ以上進めない。賭けになるが……」

「ああ」



ブラマンシュ商会からの補給船というより商船がエルシオールに接続される。

彼らはミントの要請に応じここへとやってきたという事である。

ただ、当然ながら彼らは商人であり究極的には利で動く、警戒しておいて損はないだろう。



「さて、それではブラマンシュ商会の人間と交渉してくるとしよう」

「まったく、そういうところは勤勉だなアキト」

「こういうところで勤勉にならないと早死にするからな」

「そういう状況になる事自体が問題なんだがな」

「それはお前も似たようなもんだろう」

「違いない」



レスターはニヤリと笑って返す。

結局のところ、そういうところを否定できるような人間なら軍人になってなどいないだろう。

とはいえ、最初から物騒な事を考えていても仕方がない。

当面は穏当な話し合いで済ませておけるように頑張るしかない。



「では行ってくる、後は頼むぞレスター」

「了解した。とはいえ、シヴァ王子が来るまでには戻ってこいよ。

 正直俺一人では応対できる自信がない」

「ん……今日は来る日だったか、できるだけ急いで戻ってくることにする」



シヴァ王子はあれ以来ちょくちょくブリッジに来ては何かしか仕事を見たり口出ししたりして来るようになった。

まあ張り切っているのはわかるのだが……というか不安を紛らわせている部分もあるのだろうな。

だが、流石に毎日というわけにはいかない、元々皇太子でなかったシヴァ王子は今から帝王学を学び始めている。

この間まではふさぎこんでいたが、今は意欲を示しているということで侍女連中が大急ぎでスケジュールを整えたのだ。

元々この艦の人間の大部分は民間技術者や専門知識をもつものだったので教師のできる人間が多かったのもその一因だろうか。

ともかく、おかげで入り浸りということはないものの、3日と開けずにブリッジに来ているのだからシヴァ王子の意欲には感心する。


ブリッジをでて格納庫へ急ぐ、ブラマンシュ商会の人間が連絡艇に乗って来ているはずだ。

コンテナの確認という名目だが、おおよそ理由は見当がつく。

だが、俺はそれをさせるわけにはいかない、それにどこまで信用できるのかということもこれからのために見ておくべきだろう。

そうこう考えている間にも格納庫へたどりついた。



「これはこれは、マイヤーズ提督。このたびはブラマンシュ商会をご利用いただきありがとうございます」

「リッチモンド営業部長、来てもらえるとは思わなかった」

「いえいえ、初めてのお客様に挨拶をするのは私の仕事でして」

「しかし、格納庫では殺風景だな、応接室のほうへ来ていただけないかな?」

「喜んでお供させてもらいます」



リッチモンド営業部長、この男はそれなりに有名な男だった、話術はもとより、営業に手段を選ばない人間として。

とはいえ、それもミントの受け売りなのだが。

彼がブラマンシュ商会の中ではかなり高い地位にいる。

貴族御用達の商人なのだ、それだけにあまりこんな辺境に来る人間ではない。

それだけに、商会がかなり本腰を入れてミントを取り戻しにきていることが分かる。

おそらく、ミントを返せば補給物資の無料提供くらいはしてくれるだろう。

しかし、それでは戦力も低下するし、何より士気が維持できない。

彼女らエンジェル隊はエルシオールの人間にとって精神的支柱なのだ。



「今回は要請に応じていただき感謝する」

「いえいえ、そこに商売があるなら地獄であろうと異世界であろうと売りに行くのがブラマンシュ商会のモットーですかので」

「ふむ、特別なことではないと」

「まぁ少々今回は事情もありますが、おおむねその通りでございます」

「それでも感謝しているよ。それで商品リストのほうだが」

「はい、できうる限り勉強させていただきまして、こんなところではいかがでしょう」



補給物資のリストとその明細表を渡してくれる、金額のほうも少し割高ではあるがここまで持ってきたことを考えればかなり安い。

この値段設定からある程度事情を察することができる、とはいえ必ずとは言えないところだ。

そちらは彼女に頼むしかないな。



「危険な宙域まで来ている割にしては随分安いがこれでいいのか?」

「はい、早い、安い、安心が我々のモットーでして。ご入用ならば新兵器などの手配もさせていただきます」

「予備も含めかなりの量確保しないといけないはずだが?」

「その程度全く問題ありませんとも! ですので……」



来たな、おそらくはこれが本題。

元々ミントのことがあったからここに補給に来てくれたのだ。

このまま帰るはずもない。



「我々があのコードを知っていた理由だな?」

「はい、あれはお嬢様専用の通信コードです、我々もお嬢様がエンジェル隊になっていることは存じておりますので。

 おそらくこの船がシヴァ王子の御座艦となっているのではと当たりを付けたのですが。

 実際格納庫で紋章機をお見せいただいて確信しました」

「それで?」

「我々の目的を話しますとミントお嬢様をお連れしたいというのが本当のところでして」

「なるほど」

「今回の補給、今後の補給は無料に。

 それに試作武器や最新鋭の戦闘艦などの優先提供を約束いたしますのでお嬢様をお返し頂けませんか?」

「それはできないな、エンジェル隊は我々の切り札であると同時に、

 彼女らが揃っていることが彼女ら自身のテンションの維持にもつながっている。

 テンションの維持できない紋章機等ガラクタも同然だ、

 そして紋章機以外の戦力はいかに最新鋭だろうと戦力比が高いとは言えない」

「なるほどなるほど、しかし、一個艦隊100隻の戦艦ならいかがです?」

「その程度紋章機一機で殲滅可能だ」



リッチモンドは目を見張る、それはかなり誇張した表現ではあるのだがこの場ではそれも大事だ。

彼らがどれくらい真剣なのかという事をはかるのにも役に立つ。

もっとも、いくら積まれてもこちらは渡す気がないのだ、いくらでも吹っ掛けることができる。

どの当たりが限界か見ておくのもいいだろう。



「ならば3個艦隊、300隻なら」

「そもそもそんなものを用意できるのか?」

「できますとも!」

「兵器だけ用意しても意味はない。それを操る艦長やオペレーター、操舵主など熟練の兵士が何万人必要になる?

 それらもすべて用意できると?」

「……ッ!」

「箱だけ用意されても意味はない。そして、用意するなら一人300隻、全員が使えなくなることを前提に1500隻だ」

「それはトランスバール軍全軍に等しいではないですか!?」

「そういう事だな、事実ここはそれに等しいと考えている」

「まともに話し合う気はないという事ですね……」

「その件に関してはな」

「ならば我々は補給を打ち切ります」

「ミントがいるのにか?」

「お嬢様には申し訳ないですが、お嬢様のほうから戻りたいと言うまでこちらからは接触しません」



そら来た、分かっていたことではあるが向こうも子供の使いではないのだからどうあっても連れ帰るつもりなのだ。

俺としては次の作戦の指示をするしかない、まぁミントはノリノリでやってくれるだろうが。



『我々は宇宙海賊”夜空の星(税込み23円)”! 補給物資は頂いた!』

「何!?」

「えっ!?」



客間にあるスクリーンが強制介入されて開く。

そこには星型のキグルミを着込みサングラスをした一団が映っていた。

いや、もう少しましなのなかったのか……。



「あれは……一体」

「宇宙海賊と本人たちは言っているようだ」

「はっはぁ……」

『物資を返してほしければ1000億マギーと交換だ!』

「マギー……確か辺境惑星の通貨だった気がするな」

「ええ、それは存じておりますが……確か1000億マギーといえばあの物資が10回買える額ではないかと」

「だがお前たちが帰るにもあの船が必要じゃないのか?」

「それは、ええ……そうですが」

「払わないなら帰れないな」

「うっ……」



どうやらまだリッチモンドに正体はつかめていないようだがエンジェル隊のメンバーだ。

夜空の星(税込み23円)というのは金平糖のこと、つまりリーダーは言われるまでもない。

まぁそれはさておき、さらに交渉を進める事にする。



「そっ、それはともかく! 物資を取り戻していただきたい!」

「ん? どうしてだ?」

「どうしてって、我々は民間人なのですよ! それに、あの物資は……」

「我々には渡さないんだろう? それにこの艦は現在最重要任務を遂行中だ、民間人にまで手は回らない」

「ぐっ……まさか……グルなのですね……」

「そんなはずないだろう、我々は今最重要任務中、そんな暇な事は考えてないさ」

「……わっ、わかりました……物資はお売りします」

「そうか、それはありがたいな。しかし、何分今戦力のはずのエンジェル隊のテンションが低くてな。

 ミントがブラマンシュ商会に連れ去られるのではないかと隊のメンバーは心配している。

 出撃できるのか怪しいところだ、それにこの艦は戦力と呼べるものは紋章機以外ほとんどない。」

「……グッ……」

「一つ提案があるのだが……聞くか?」

「……この事は報告しておきますよ」

「ご自由に」



俺は頭が怒りで沸騰するのではないかと言うほど頭に血の上ったリッチモンドを見送る。

これでもう2度とブラマンシュ商会からは補給できないかもしれないが、今はこれ以上の策はない。

帰っていくリッチモンドを見送っていると、変装を説いたミントがやってきた。



「それにしても悪どい手を考えますのね」

「この艦は補給なしでは立ちいかない、だがミントを欠くわけにはいかない。

 エンジェル隊の戦力は悪いがアテにしてるからな」

「期待されるのは悪い気分ではないですわ。しかし、あれだけ怒らせると何しでかすかわからないですわよあの部長は」



俺とて全ての事象に通じているわけではない。

しかし、こういう場合、もしも、ヤツラの中に入り込んだ人間がいれば次に何をするのかは明白すぎる。

そちらの方の準備も怠ったつもりはなかった。

それでも十分という事はなかったのかもしれない。



『エオニア艦隊、10時方向3光秒の地点に出現! 繰り返します……』

「ちっ、素早い、まだブラマンシュ商会の船もさほど離れていないというのに」

「むしろ良く持った方ですわよ。商会の船が接舷している間に攻撃される可能性もあったのですもの」

「そうだな……」

『敵艦隊の規模判明しました、その数100……高速戦艦が主力ですが、空母もかなり存在しているようです!』

「ちっ、予想より展開が早い、レスター! 俺達はこのまま出撃する、状況分析は頼んだ」

『了解した。急げ、奴ら無人艦中心とはいえ陣形は統制されているぞ』

「了解した」



あまりうれしくない事実だ。

つまりは、指揮官の能力が今までとは違うと言う事だろう。

恐らくはそれなりの地位の人物が来たと考えてもいい。

どちらにしろ、これ以上ルートを隠したまま進む事は出来なくなりそうだ。



「エンジェル隊、及びエステバリステンカワspl出撃する」

『『『『『了解!』』』』』



こうして出撃して見てわかるのはこの宙域が狭いという事だ。

もちろん、敵が攻めて来にくいように合流地点にここを選んだのだが。

敵艦隊は100隻いるとはいえ、木星型惑星の重力偏差であまり密集できない。

さらに、この近辺にはアステロイドベルトが存在し、艦隊機動の邪魔をするという格好だ。

だが、それも空母がいなければという事になる。

そう、敵空母の数が多い、30隻の大型空母から各100機づつ。

3000に達する戦闘機がこの宙域を埋め尽くしていた。

まさに雲霞のごとくという表現がふさわしい。


俺達は出来るだけ戦闘機そのものを相手にしないで空母を先に沈めるように動いたが、

戦艦が楯になるうえ、アステロイドベルトのせいで直接狙うのが難しい事も多かった。

その上、一発二発当てられてもどうという事はないものの、戦闘機による執拗な集中砲火はジリジリと小さな傷を増やしていく。

特性上、DFを発動できるテンカワsplと違い紋章機はバリアの薄いところを抜かれれば装甲に傷がついた。



「ちっ、狭い宙域を逆利用されたか……」

「あーん、切りがないです!」

「全くちょこまかと! 大人しく殴られなさい!!」

「アタシのは大型砲門だから数には弱いってのに!」

「防衛線が維持できません……」

「くっ……絶対数が違いすぎますわ……」



実際、砲撃メインである、ラッキースター、ハッピートリガー、元々攻撃力は低めのハーベスター等は下がり始めている。

どれも強力な紋章機なのだが、いかんせん弾数の限界が近いのだ。

相手の戦闘機は単体ではそれほど強いわけではない。

しかし、数が多い上に地形を逆用されている不利もある。

このままではジリ貧だ。



「いったん体勢を立て直す。ミルフィー、フォルテ、ヴァニラは下がれ、暫くは俺とランファとミントで抑える」

『でも!?』

「どっち道ここでは戦えない。広い場所に出て一気に殲滅するほうがいいだろう」

『了解した、でもあんまり格好つけるんじゃないよ、アンタが死んだら誰が指揮を執るんだい』

「分かっている」

『無理しないでください』

「いいから、今は言う事を聞いてくれ、何も俺一人で残ると言っているわけじゃない」

『わかりました……』

『まずいぞ! エルシオール直上に敵艦隊約100隻……なんだって敵はこんなに俺達の先回りを……』



まずい事に惑星から少し距離を置いたところ、我々からは直上に更に100隻の艦隊が出現していた。

つまりは頭を押さえられたという事だ。

……まずい、俺は敵を甘く見ていた。

恐らくは、リッチモンドは離れてからエオニア軍を呼び込んだわけじゃない。

取引場所を指定した時点で既に報告していたのだ、そして逆用する罠を張られた。

リッチモンドが離れるまで攻撃を控えるように出来た理由はわからないが、このままでは倒されるだけだ……。



『アキトさん合体です! 合体すればなんとかなります!』

「ミルフィー!?」

『確かにこの場合それ以外なさそうだねぇ』

『あっ、アンタまたあの破廉恥なのやるつもり?』

『とはいえ、どうやって合体しますの?』

『ええっと……がーん、ズゴゴーン!って』

「いや、擬音で言われてもわからん」



しかし、確かにこの場では有効なように思える。

あの超出力のビームならアステロイドベルトごと撃ちぬく事も出来るだろうし、そこを通って脱出もできるかもしれない。

ただ、失敗するとテンカワsplとラッキースターがぶつかって大爆発という事になりかねない。

賭けに出るべきだろうか……俺が悩んでいるとヴァニラが声を出した。



『やめてください』

「え?」

『あの合体はアキトさんの病気を進行させる恐れがあります』

「だが今は……」

『それでも、他の事が考えられるうちは……』

「……」

『大丈夫ですわ、旗艦の割り出しが完了しましたもの』

「敵旗艦の位置がわかったのか」

『はい、直上艦隊の中央ですわ』



敵艦隊は人間が極端に少ない、だから旗艦を沈める事が出来れば確かに敵艦隊を引かせる事も出来る。

だが、現在の状態で旗艦までの突撃を慣行するという事は背後で防衛に徹しているエルシオールを無防備にすると言う事でもある。

やるならギリギリ防衛出来る戦力が必要だ。

この状況で俺達3人が下がれば当然押し切られる。

となれば今下がっているミルフィー、フォルテ、ヴァニラが補給し終え次第突撃してもらうのが一番だ。

だがその間俺達が戦闘機を通さず、戦艦達もさばき続け、直上からの遠距離砲撃も防がないといけない。

さらに言えば俺は戦闘機や戦艦に対抗する戦闘には参加できるが、小さすぎるため遠距離砲撃の防波堤になるのは難しい。

ジリ貧のこの状況でどれくらい持たせることができるのか……。



「ミルフィー、フォルテ、ヴァニラ、補給が終わり次第直上へ向けて突撃、旗艦を撃破せよ!」

『『『了解!』』』

「ランファ、ミント、かなりつらいと思うが持ちこたえられるか?」

『ふふん、このアタシを誰だと思ってんの!』

『なんとか……持ちこたえて見せますわ』



口では何とか応対したものの既にミントの息は上がってきているようだ。

当然だろう、複数の遠隔コントロールプラズマ攻撃ユニット<フライヤー>を操り続けているのだ。

神経は普通の数倍疲れる、一番息が続きにくいのが彼女なのだ。

まずいな、だが下がらせればランファ一人で直上の敵を警戒しないといけない。

正面はまだ俺がある程度防いでいるが、それでもはやり負担は倍増するだろう。

つまり、今ミントが下がると言う事は戦線の崩壊を意味した。

ミントは既に限界にきている分かってはいた、分かってはいたのだが……。

この状況下では彼女を下げないという選択肢しかなかった。

だがその事が、結果的に戦線の崩壊を決定づける事になった。



「ちょ……もう下がるしか……」

「いいえ、フライヤーのコントロール数を増やせばまだ……」

「いや、戦線を下げつつエルシオールも後退させる。後方への戦艦退避は難しいだろうが、他に手はない」

「ですが……えっ、キャァァァァ!!?」

「ミント!!」



その時、空母に一時退避していたのだろう、戦闘機がまた1000機近く一気に襲いかかってきた。

そして、たまたま一番近い位置にいたミントのトリックマスターが飲み込まれた。

俺はそれを見てテンカワsplを加速させる。

しかし、とりつかれたトリックマスターは拿捕されていた。

周辺の戦闘機を蹴散らす間に敵旗艦へと向けて曳航されていく。

俺はボソンジャンプ出来ないという事を呪いつつひたすら周囲の戦闘機を撃破し続ける事しかできなかった。

それはランファも同じだったろう、敵を罵る声が響き渡る。



「くそ!! ミントを、ミントをぉぉぉぉ!! 返せぇぇぇぇ!!」

「ランファ、落ち着け……」

「何よ!! ミントが捕えられるのをあっさり許した癖に!!」

「確かにそれはこちらのミスだ、しかし、これは同時にまだ殺すつもりはないという事でもある」

「どういう事……?」

「幸い敵の動きも止まっている、俺達も一度エルシオールに戻るぞ」

「……わかったわ、でもちゃんと説明してもらうわよ」

「ああ……」



ミントを除く全員をエルシオールに引きあげさせた俺はブリッジに全員を集合させた。

しかし、そこには運悪くシヴァ王子も来ていた……。

既にかなりまずい事になっているというのに、厄介な事にならねばいいが……。



「アキト! 御主ら……ミントを見捨てたのか!?」

「シヴァ王子、申し訳ありません……確かにその通りでございます」

「ええ!? 本当なの!? ちょっと待ってよ! アタシは!!」

「沈まれ! アキトのいう事を最後まで聞いてやってくれ。シヴァ王子もお願いします」

「ん……そうじゃな、申せ」



シヴァ王子とランファに詰め寄られそうになったところをレスターが止めてくれた。

さすが相棒だなと俺は心の中で礼を言いつつ、話を進める事にする。



「俺としても、そのまま助けられるなら助けたかったが、あの状況ではどうあっても間に合わない。

 もし追いついたとしても包囲が完成してとても脱出は無理だったろう」

「それは……否定しないけど……」

「作戦そのものが失敗した事は俺に原因がある、しかし、この場での処断はお待ちください王子。

 今は先にミントの救出及び、この戦闘圏からの脱出が最優先となります」

「それは、そうじゃな……しかし、策はあるのか? 一度は敗れたのであろ?」

「はい、しかし、ミントを彼らが捕まえたという事は交渉に利用する気でしょう」

「交渉とな?」

「そうです。彼らはシヴァ王子を欲しているはず。つまりは、その間は安全と言えるでしょう」



そうだ、というかそうでなければ敵はわざわざ攻勢を止めたりはすまい。

とはいえ、こちらの方としてはシヴァ王子を差し出すなど絶対あってはならない事だ。

当然策を練るしかない、とはいえ、ミントの状況がわからない事にはこちらも策を練りようがないのも事実だ。



「ふむ……しかし、連絡は……」

「敵旗艦から通信が入りました!」

「よし、メインスクリーンに出せ」

「了解しました」

『はじめまして、と言うべきかしら。テンカワ提督』



ブリッジのメインスクリーンに映ったのは、金髪セミロングに眼鏡をした白人女性。

体型はほっそりとしており文官タイプと思われる、しかし、指揮官は彼女なのだろうことは容易に知れた。



「そうだな、はじめましてミス。出来ればお名前を教えてくれないかな?」

『余裕のつもり? でも答えてあげるわ。私はルル・ガーデン。この艦隊の指揮官よ』

「なるほど、ではうちのミントを返していただけるかな?」

『もちろん、交換条件があるけれどね』

「ふむ、それでその交換条件とは?」

『シヴァ王子を引き渡す事、私達の目的くらいはわかっているのでしょう?』

「なるほど、しかし困ったな。一兵士と王子を交換できるはずもない」

『そう、なら彼女には死んでもらうだけよ』

「それは困る……少し時間をくれないか。そうだな4時間ほどでいい」

『1時間よ、それ以上は待てないわ』

「わかった、全員と協議して決める事にする」



そうして、通信を切り俺は口元をゆがめる。

なるほど、彼女は策士のようだ、しかし、感情の揺れが大きい人物でもあるようだ。

ならばそれを利用しない手はない。

そして、ミントは彼女の後ろにこれ見よがしに牢屋を作ってあった。

一種の電磁バリアによる牢獄のようだ。

俺はその辺まで考えると、視線をブリッジに戻す。



「とりあえず敵の要求はシヴァ王子の身柄、ミントの命は恐らく一時間後までは保証されている」

「そうはいっても、あの女何するかわからないわよ!?」

「否定はしないが、彼女も策士だ、少なくとも自分の不利になるような事を簡単にはしないだろう」

「それで、我は何をすればよい? 敵艦に乗り込むのか?」

「それはまずいです。シヴァ王子は万一の場合でも生き残らねばなりません。

 その理由は以前説明したかと思いますが」

「しかし、みすみす助けられる命を無駄に散らすなどあってはならん事だ」

「そうですね、しかし、幸いヴァニラには特技がありまして」



本当はヴァニラにこれをさせるようなことはしたくなかった。

と言うか、俺にとってはシヴァ王子よりもむしろヴァニラのほうが大事かもしれない。

しかし、今の俺はその選択をする事は出来なかった。

何より、シヴァ王子では作戦が成功しても向こうに一発逆転の目を残してしまう事になりかねない。



「いいか、作戦はこうなる……」



俺はエンジェル隊のメンバーにその旨を伝えた。

かなり卑怯な部類になるかもしれない、しかし、なりふり構っていられるほど状況はよろしくなかった。



「全く、そんなのよく思いつくわね」

「とはいえ、成功率は御世辞にも高いとは言えないねぇ」

「その通りだが、他にやり方が思いつかなかったんでね」

「ま、アタシらは司令の命令に従うだけさ」

「大丈夫ですよ、アキトさんならきっと上手くやります!」

「(コク)」



おおよそ全員の支持を得られた、シヴァ王子はかなりぐずっていたが仕方ない。

この作戦が成功するか否かは彼の正義をどこまで抑え込むかと言う部分も大きい。

名目上は俺よりも指揮権が上に来るのだ、下手な事をすればエルシオール内で内乱状態になってしまう。



「そろそろ一時間か……」

「通信入ります」



再びスクリーンに金髪ボブカット眼鏡ことルル・ガーデンが映し出される。

その表情は御世辞にも機嫌がいいとはいえないようだ、そりゃそうだろう、ほっぺたの引っかき傷を見れば一目瞭然。

恐らくミントが暴れたのだろう。

彼女は普段はお嬢様全としているが、いざというときは肝が据わっている。

普通ならミントが引っかき傷を相手につけると言う事は考えられない。

となれば、恐らく彼女にとって許せない事をのたまったのに違いない。

まぁあえて触れるほど俺は不用心ではないのでその事はスルーしたが、後方のエンジェル隊がぼそぼそ言っているのまでは止めなかった。



『おっ、オホン! さて、結論は出まして?』

「ああ、シヴァ王子を引き渡そう」

『へぇ、さっきとは言っている事がずいぶん違うようですわね』

「シヴァ王子がミントが人質になっているという事実をよしとしなかった。俺は止めたがね」

『ふぅん、まあいいですわ。なら、揚陸艇を一隻回します。それにシヴァ王子を乗せなさい』

「それは無理だ」

『何が無理ですの?』



ルルは目が半眼になる、そら来たと言うところだろう。

俺が同じ事をするにしてもやはりそう思うだろう。

だがここで引かれてしまっては作戦失敗と言う事になる。



「単純な理由だ、それでは確実な交換にならないだろう。シヴァ王子を受け取ってそのままという事になっても困る」

『そうかもね、でも、この取引は私達にとってはどうでもいいのよ? 別に貴方達を殺してから王子を連れて行ってもいい』

「そうかな? わざわざミントを人質に取るくらいだ、シヴァ王子は生きていなければ意味がないのではないか?

 つまり、エルシオールを撃沈してしまっては目的を果たせないわけだ」

『クッ……』

「我々としても、シヴァ王子の意向を無視するつもりはない。しかし、王子がやったことが無駄になるのはあってはならない事だ」

『分かった、ではこうしましょう。揚陸艇は貴方達で用意なさい、私たちも彼女を揚陸艇で送り届けるわ』

「そうだな、交差する場所で取引きと言う事なら」

『そうしましょう』

「ついでに紋章機も返してくれる気は……」

『ないに決まってるでしょう!』

「了解した」



俺は早速揚陸艇を出す事にする、だが作戦でなんとかなるのはミントまで。

トリックマスターについては正直あきらめるしかないと考えていた。

そんな打算を交えつつも、揚陸艇がポイントまでやってきた。

互いに接舷し、俺はシヴァ王子を、ルル・ガーデンの部下だろうヒゲ親父はミントを見せる。

そして本物であることを確認すると、交換するために接舷しているチューブ内に入っていく。

一歩一歩近づいてくるのだが、向こうはやはり用心のために何人かひそませているようだ、その辺お互い様ではあるが。



「では、一、二、三で互いに人質を交換だ」

「ふん、妙な事をするなよ。すれば蜂の巣になる」

「分かっているさ」



そして、互いに相手を押して交換する。

そして飛び離れるようにチューブから飛び出す。

早速銃撃戦が始まった、当然だ、奴らにとってはシヴァ王子さえいなければ俺達など皆殺しで構わないのだから。



「ミント、大丈夫だったか?」

「はい、どうにか……でも、あれ、よくバレませんでしたわね」

「ヴァニラのナノマシン技術の素晴らしさってところだな」



そう、俺が渡したシヴァ王子はヴァニラが連れているナノナノというナノマシンの集合体だ。

だが、現在のほとんどの機器による調査をごまかすことができる。

そう長い間続けるにはエネルギー的にも無理があるが、数時間程度ならヴァニラから離れても活動可能だ。

つまり、あのシヴァ王子は変わり身にすぎず、人質にすらならない。

何せナノマシンの集合体だ、集合を解いてしまえばその存在を捕えることすらできない。



「とりあえず。ばれる前にエルシオールに戻るぞ」

「ええ、でも今の状態じゃこの船ごと落とされるかもしれませんわ」

「そのために保険は用意しておいた」

「なるほど……」



俺は揚陸艇の下部に隠していたテンカワsplに乗り、膝の上にミントを乗せる。

俺だってそのまま終わるなどと考えていたわけじゃない、今はまだ奴らはシヴァ王子を手に入れたと考えているが、

こけにされたと知ればどう動くか予想できない。

とはいえ、既に敵軍は全ての砲塔がエルシオールに向けて修正され始めていた。

ロックされた警告でテンカワsplのモニターが赤く染まる。



「これは……彼女はもう私達を生かしておくつもりがないと言う事のようですわね」

「だろうな……だがそれは俺達も予想していた事だ」

「なるほど、伏せていましたのね……」



俺の頭を読んだのだろう、ミントがそう返すとほぼ同時に、アステロイドから4機の紋章機が飛び出してくる。

そう、まさに撃たれる前に撃てという先手必勝の奇襲をかける事にしたのだ。

最も、相手の方もそれくらいは考えているだろう、防衛線を後退させ、アステロイドの空母艦隊を前進させてきた。

この状況でアステロイド内にとどまればエルシオールは戦闘機の飽和攻撃に晒され、

出てくればアステロイド内と直上からの両面砲火であっという間にお陀仏というのが向こうのシナリオ。

当面俺達としてはアステロイド内にとどまらせるしかない。

とはいえ、向こうが考えているほど簡単に済ませるつもりはないが。



「エルシオールが……」

「ああ、大丈夫だ。エルシオールには武装がないと敵も勘違いしているようだからな」

「あったんですの?」

「火力は高くないがな、戦闘機相手には十分すぎる武装がある」



因みにエルシオールの武装はかなり多い、ただしどれもこれも戦艦を相手に出来るレベルではないと言うだけの事だ。

長距離レールガン、対艦ミサイル、長距離ミサイル、中距離レーザー、祝砲。

長距離レールガンは左右エンジン部に装備されているエルシオール内では大型になる、しかし、砲門の威力はそこそこ。

巡洋艦クラスにも装備されているレベルだ。

対艦ミサイルは唯一戦艦を落とせる大型ミサイルだが、6基×2発のみ。

カウンターレーザーやチャフなどもあり全弾命中するようなものでもないため、撃ったら終わりと言う意味では心もとない。

長距離ミサイルは船体上面の甲板に内蔵している垂直発射型のミサイル。

対艦ミサイルと同じで数が少ないが、一光分先まで狙えるというポイントが大きい。

そして、中距離レーザー、船体上面の甲板に装備している対空レーザー。

ミサイルに対するカウンターや戦闘機を撃ち落とすために役に立つ。

補給の際この中距離レーザーを複数設置可能なポイントがあったので現在は横面、下面など合わせニ十門まで増えている。

祝砲は花火なので戦闘には使わないほうがいい。



「そういうことですの……なら今は」

「ああ、敵旗艦の撃破、及びトリックマスターの奪還だけを考えればいい」



俺はテンカワsplを加速させ戦艦の間を抜きながら、損害を与えていく。

後続の紋章機達は戦艦をものともせず一気に破壊していく。

この勢いでいけば何とか旗艦までたどり着けそうだ。



『待ちなさい! 貴方達、こちらにはシヴァ王子がいるのよ!?』

「ああ、それがどうした?」

『シヴァ王子がどうなってもいいの!?』

「お前達にシヴァ王子をどうこうできるのか?」

『クッ!? ならば、考えがある』

「何を……っ!!」

「あれはトリックマスター……そういうことですの……」



そう、俺達の前には本来ミントが乗るはずのトリックマスターが出現していた。

そして、トリックマスターはテンカワsplに向けて砲撃を開始した。



「なるほど……既に乗っ取り済みか」

『一時間も無駄にするほど私も暇じゃありませんの』

「貴方、恥ずかしいとは思いませんの?」

『使える者は何でも使うのがモットーですもの、むしろ光栄に思いなさい』



しかし、ざっと見てやはりミントが使っている時と比べて動きが遅く、雑で攻撃の精度も低い。

テンション云々の問題を考えれば、波長そのものがあっているかいないかという点も重要になるのだろう。

つまり、落とすのはさほど難しくない。

だが……。



「かまいませんわ……敵になるくらいならいっそ、この場で葬ってくださいまし」

「いいのか?」

「はい……」



ミントは唇を噛んでいる、しかし、決意は変わらないだろう。

もちろん俺としてもここであまり時間をかけていられないという事情もある。

改造のおかげで暫くはもつとはいえ、やはりエルシオールがジリ貧であることに変わりないからだ。

俺はそう思ってテンカワsplを加速、そしてディストーションフィールド(DF)を展開……。


展開……。


展開できない!?

まずい!

また何か故障でも起こったのかDFが発動しない。

このままぶつかれば質量の問題で砕け散るのはこちらと言う事になる。

俺は必至で速度を落とそうとするものの、コントロールを受け付けなくなっていた。

そして思いだす。

以前合体した時もそうだった事を。



そう思った瞬間、テンカワsplがまた肩や足を背部に向けて折りたたみ形を変える。

そうして、正面から見えるトリックマスターもまた変形を始めていた。

元々中央部のヘッド、胴体部、左右の湾曲型ウィング、背部アンテナ、

下部のスラスターとミサイルポッドがほぼ人型のように見えるトリックマスターだが、

ウィングが左右に大きく開き、ヘッド部が前方に突き出されるように変形、

下部にあったポッドやスラスターは半回転してヘッド部の左右に落ち着いた。

最後にヘッド部が伸びた事により出現した隙間にテンカワsplがドッキングする。

そして、<フライヤー>が12機射出され、翼をもつ双頭の竜のようなフォルムで安定する。



「これが……変形ですの?」

「そのようだな……そして、ミント、本来お前が据わるべき座席についていたのはどうやらアレのようだな」

「機械……そんな、波長の合う人間でなければ起動すらしないはずですのに……」

「その辺の事情も気になるところだが……今は」

「ええ、分かっていますわ。今までの借り100倍にして返しますわよ!」



とりつけてあった機械をはぎ取り、俺の真横に出現した席に付いたミントはそう言って獰猛に微笑む。

お嬢様を怒らせると怖いなと少し思ったが、次の瞬間には別の意味で驚く羽目になる。

なぜなら、ハイロゥが輝いたかと思うと12機出現していたフライヤーが各個に戦艦を撃破しはじめたからだ。



「アキトさん、艦のコントロールは任せますわ。私はフライヤーの制御で手いっぱいですので」

「ああ、しかしなんだその出力は……」

「そうですわね、今のフライヤーは一機一機が紋章機並みの戦闘能力を持っているみたいですわ」

「単純計算でエンジェル隊2隊分以上か……とんでもないな……」



そう言っている間にもミントは10機、20機とすさまじい勢いで敵軍を撃破していく。

俺も負けっぱなしではいられないと、正面にやってくる敵はどんどん撃破していくが、やはり数が違う。

あっという間に、形勢は逆転してしまい、あと一歩で旗艦と言う時、またもルル・ガーデンから通信が入った。



『ああああ、貴方、その機体はなんですの!? 一体どういうマジックを……』

「単なるでたらめだ」

「気にしない事ですわ」

『そそそそ、そんなことより! この船にはシヴァ王子がいるんですのよ!!』

「ああ、その事だが」

「それ、偽物ですわよ」

『へ?』



次の瞬間、旗艦は撃沈していた。

しぶといのか何なのか、上手い事脱出ポッドで逃げ出したようだったが、もう指揮を執る事は出来ないだろう。

とはいえ、最後の命令は生きているかもしれない、さっさと戻って残りを掃討しなければ。


そして、数時間後とりあえずクロノドライブに突入してひと安心という形で決着がついたものの。

まだ工程の3分の1しか過ぎていないと言うのに完全に位置が把握されてしまった。

エオニア軍の本隊がいつ押し寄せてきても不思議ではない。

また何か小細工を弄するしかないのだろうと思い頭が痛くなった。



「それにしても、今回は助かりましたわ」

「気にしなくてもいい、それが俺の仕事だ」

「そういう言葉って誤解されやすいんですのよ。でも、そういう所も嫌いではないですわ♪」



その言葉とともに、ほほに掠めるようにキスを残しミントは去って行った。

俺はその姿を半ば呆然として見送ることしかできなかった……。










あとがき


とりあえずどうにかこうにか完成ー。

とはいえ、今何も記念がないので関係ないだろと言われそうですが。

今回は結局ミントSSと化してしまいましたw

いや、合体させるにはどうすればいいのか色々考えた結果ようやく出た結論がこれですorz

後、人質交換に使う船をシャトルにするか、内火艇にするか、揚陸艇にするか悩んだのですが。

揚陸艇にしました、理由は考えるのが面倒になったからですorz

その他今回はわりと表現が雑になっているところがあるかもしれません。

とはいえ、結構長くなりすぎまして……これ以上はボリューム増やしたくないという本音だったり(汗

兎も角、今後はどんどん戦闘が激しくなる予定ですので合体もどんどんできるかと。

まあいつになるか分かりませんがw



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