「意外と粘るな」

「問題ありませんわ、おにいさま♪」

「ん……ノアか」



エオニアは視線を後ろに向ける。

そこには、エオニアと同じ血筋と思しき、少し褐色に近い肌と金色の髪を無造作にたらした少女がいる。

だが、エオニアはその顔を見ても無感動に一言つぶやくだけで、またモニターに視線を戻す。

エオニアには妹はいない、正確には既に殺した皇王ジェラールが一族のほとんどを殺してくれている。

エオニアが生き残ったのは、たまたま流刑地で見つけたもののお陰だ。

暗殺者も送られていたし、人の住める地に戻れば殺せるよう艦隊も配置されていた。

弟妹全員が、流刑先や軟禁先で死亡した。

裁判の場で殺すのは今後皇族も裁判で殺せる前例が出来るため避けたかったのだろう。

だが、ジェラールはエオニア達、兄の血筋を残すつもりはなかったと言う事なのだ。

そんな状況で、妹を自称するこのノアという少女が何者か。

それは……。



「お前は人なのか?」

「さあ? 少なくともこの体は子供を作る事は出来ると思うけれど。

 おにいさま試してみる?」

「……」



ほんの少し向いた興味はまた失われ、エオニアは視線を正面の艦隊に戻す。

現在は、シェリーに預けた3500の艦隊のうち1000以上が失われている。

その代わり、もう白き月は目前であった。



「中破以上の艦艇のうち半数が復帰可能よ、おにいさま」

「合流させろ」

「ん、わかったよ」



そう、戦場で破壊された艦艇は密かに後方に下げられ、既に修復されて戻ってくる準備をしている。

1000以上撃破されているなら500隻、本隊に残してある艦艇1500と合わせて2000となる。

前線には2500の艦艇がいるため合計4500、つまりは被害そのものが半減した格好だ。

戦闘が始まってまだ半日程度、そんなスピードで修復作業が出来る修理工はそういない。

それも500隻、何万人規模で職人が必要となる。

それだけじゃない、よほど近くで作業していなくてはいけない。

そういう無茶苦茶を通す事が出来るのがエオニアの脇に控える少女なのだ。

エオニアが少女におにいさまと言われて何も言わないのもそのためだ。

既に恐怖も危機感も麻痺しているエオニアだからそれで済んでいるが、シェリー等は話す時にも険がこもる。

彼女はそう言う存在であった。














ギャラクシーエンジェル
新緑から常緑へ(後編)その3











「レスター、戦況を教えてくれ」



ブリッジに戻ってきた俺の第一声はそういうものだった。

敵艦隊は5000隻、1000は数を減らしたと思うが、損耗を気にする必要もないとばかり進んでくる。

幸いこちらにはエステとハーベスターが小破クラスの被害を出した程度だが修理は早くとも3、4時間はかかる。

本来一度睡眠をとっておいた方がいいのだろうが、状況の整理を優先してブリッジに戻ってきたのだ。




「奴らの先方部隊は現在2500程度まで減少している、どうやら陣形を再編するらしいな。

 再編と陣計構築に1時間、白き月到達まで3時間といったところか」

「アレだけ広がった陣計でよくやる。しかし何とか時間は稼いだな」

「そうだな、計画通りにエルシオールは配置についた。

 そろそろエンジェル隊も引き上げてくるだろう」

「後はまあ、白き月の防衛艦隊の頑張り次第というところか」

「そうなるな……しかし、無茶をやってくれる。後でどうなっても知らんぞ」

「まあそう言うな」

「おお! アキト! 無事であったか!」



毎度レスターの小言が始まりそうになった時、ブリッジにシヴァ皇子が飛び込んできた。

こう言う時だと言うのに元気な様子に安心する。

しかし、長い間戦場を連れ回したので戦場が日常になってしまっていると言う事はないよな……。

心配になってきた……。




「こちらの準備は完了したぞ! いつでも開始出来ると言っている」

「ありがとうございます、殿下。この計画は殿下無しでは成り立ちませんでした」

「何、元より全ては我ら皇族が招いた失策、余はその償いをしているに過ぎぬ。

 しかし、お前はいつも突拍子もない計画を立てるの、シャトヤーン様の驚いた顔等初めて見たぞ!」

「はは……申し訳ありません」



ブリッジで今後の作戦について一通り話終えた俺は、一度自室に向かう事にする。

今回の作戦が上手く行けば、いや上手く行かなくても恐らく最後。

最終決戦の場で決め手が不安定なのは正直頂けないが、解析が終わってみない事には何とも言えない。

不安要素は多いものの、それでもここまで来てやらないという手も無い。


何よりエオニアを見ていて思うのは、彼は支配者の器ではないと言う事だ。

シヴァ皇子なら大丈夫等と無責任な事は言えないが、少なくとも彼には地盤固めというものを甘く見ている。

民衆の支持なくして現在の権力機構は成り立たない。

一時的に力で支配する事に成功したとしても、統治運営する能力もないまま国家を衰退させるだけだ。

それに、何よりもエオニアも前皇王であるジェラールも、傾国の美女たるシャトヤーンに首ったけだっただけだということだ。

前回の反乱の裏にも、エオニアのそういう感情があった可能性が高い、そう考えると裏事情は泣けてくるばかり。

男としてあの美貌は反則だというのは分からなくもないが、子持ちとは思えないレベルだ。

ただ、美しいといっても系統はヴァニラやルリちゃんと同じで世俗とかけ離れたが故の美貌という感じがする。


そもそも、彼の切り札の無人艦隊は確かに恐ろしいが、小回りが効かない。

それにどうやら、陣計指示等はできるようだし、直接命令も可能なようだが、融通は利かないだろう。

その証拠に、艦隊司令は存在するし、彼らの指揮能力の低さのお陰で今まで勝ってこれた。

艦隊の機動は更新可能なようだが、それでもあの無人艦隊のAIは大したレベルとはいえない。

オモイカネを知っている俺から言わせればだが。


有体に、一番の切り札である無人艦隊すらエオニアは掌握しきれていないように感じる。

まだ使い方次第では強力な艦隊にも出来ると言う気がするのだが。

つまりエオニアは感謝され親しまれる王にもなれないだろうし、畏怖され憧れられる王にもなれないだろう。

人を近づけないと言う事は何物にもなれないと言う事だからだ。

最終的に無人艦隊という力を持つ神輿として担ぎあげられ、

実際の権力の座から放逐されたお飾りくらいが関の山だろう。


だが、そんな奴のために死ぬのは御免だ。

俺は少なくとも自分の為に生き、自分の為に死にたい。

もしも、大切な者を守れるなら更にいい。

最近は、その大切な者が増えて来て困っているが。

そして今こそはその大切な者を守る時。



「少し気負いすぎかな……」



考えが乱れ飛んでいた、これでは指揮官として失格だな。

自室に入りもう寝ようと、考えたちょうどその時、チャイム音が鳴った。

俺は一度カメラで誰が来たのか確認するとヴァニラがいた。

慌てて扉を開ける。



「どうかしたのか?」

「ナノマシン治療を試させてください」

「いや、ヴァニラも寝てないと駄目だろう」

「それは……そうですが……。お時間はとらせませんので」

「……わかった」



ヴァニラが俺を心配してくれるのは嬉しいが、彼女自身も疲れがたまっているはずだ。

一応、ナノマシン競合の治療については既に完了している訳だから、もう少し自分をいたわってもいいんだろうが。

シスターバレルの事を抜きにしても気真面目な彼女にとって俺を放置するのは落ち着かないのかもしれない。

終わったらきちんと休息をとるように言うと、大人しく頷いてくれた。



「アキトさん……」

「なんだ?」

「アキトさんは、この戦争が終わったらどうするつもりですか?」

「そうだな……、暫くは軍人を続けるかな」

「そう……なんですか?」

「ああ、シヴァ皇子との約束もあるしな」

「約束?」

「皇子が忠節に足る人物になるなら、俺は忠義を誓うというような話をした事があるんだ」

「あ……」

「まあ、それでも暫くは休暇でももらわないとな。やってられない」



にこりと笑ってヴァニラに言う、彼女はまだ若い、これから先どうなるかは分からない。

だが、少なくとも信頼してくれるならそれにこたえたいとは思う。

ユリカと同じ形でとは行かないかもしれないが……。



「あの……」

「その時は一緒に来てくれるか?」

「……はい!」



今の俺に言えるのはこの程度、ナノマシンの投与をやって貰った後少しの間だけ眠る。

幸い軍艦でもあるエルシオールには強制睡眠装置もある。

2時間で8時間の効果があるかは疑問だが、普通に寝るより回復するだろう。

こうして俺は暫く睡眠を取ったのだった……。






















艦隊再編も終わり、小競り合いの状態から進軍を再開したシェリー艦隊であったが、思いの外本体の進軍が早くこのままでは合流しかねなかった。

シェリーも長年仕えた身である、主君の気性は分かっているつもりであったがこれほど白き月、いやシャトヤーンを欲しているとは知らなかった。

必要に迫られたシェリーは多少陣形の崩れは無視して進軍を始める。


白き月の軌道まで後2時間程度、仕掛けられるなら最終防衛ラインだろうとシェリーは予測、事実、攻撃はしかけられてきた。

残存していた月の護衛艦隊200程度、踏み潰すだけと普通なら鼻で笑う程度の物量である。

だが、それらの艦艇は射程距離の凄まじく長い砲撃をくりかえしてくる。



「白き月のギフトか……おかしな手を使ってくる」



エオニア軍の艦が特別弱いというわけではない、多少機転の効かない所はあるにせよ、並程度の性能は確保できている。

だが、白き月のギフトを受けた艦隊は一味違った。

ロストテクノロジーにより、見たこともない攻撃を繰り出してくる事がある。

何よりも、紋章機がその最たる例であるし、ルフト少将の艦隊もまた元近衛艦隊としてギフトを優先的に受け取っている。

超長射程の艦隊は確かに厳しいが、数で押せばなんとかなるレベルであるだけマシとも言えた。



「バリア艦を前面に立て、密集して防御効果をあげる! 各分艦隊指令は速やかに実行せよ!」



1時間以上の射撃にさらされた事で更に300隻ほど数を減らしたシェリー艦隊であったがこちらも射程圏内に敵艦隊を捉えられるほど接近しつつあった。

ただ、その頃には敵艦隊はまた距離をとっていた。

それはおかしい判断と言える、確かに艦隊にとっては優位を維持するために意味のある艦隊機動といえるだろう。

だが、その防衛ラインは既に白き月の真横に陣取るほどに下がっている。

ありていに言って、これでは防衛できるはずもない。

数は減らせるが出入口を開けたままなのだ。



「奴ら白き月を放棄するつもりか!? いや……まさか……」



だが、結界は残っている、このままではシェリーの艦隊は近づくのも難しい。

先に長射程の艦隊を潰すか、白き月の結界を破る手段を搭載した、エオニアの旗艦ゼルを待つしかない。

どちらにしろ、主目的は達成されず、ずるずると引きずられる事になる。



「仕方ないな……」



シェリーは虎の子のヘルハウンズコピーを30機、先行させ追撃に向ける。

そして、同時にエオニアが来るまでの宙域保持のために艦隊を500残し、残り1500で追撃をかける。

長距離砲を残しておいて、後で旗艦に集中砲火をされたら不味いことになるというのがシェリーの結論だった。

だが、どうやら敵艦隊は駆逐艦に巨大な砲塔を搭載した砲撃艦がメインであり、速力小回りどちらをとっても初動が早い。

加速限界は戦艦ら大型艦のほうが上だが、初動でどうしても遅れてしまう。

そのため、ヘルハウンズコピーを先行させたのではあるが、向こうにはバリア艦も存在しているらしく、思うように足止めができていない。

このままいたちごっこを続けてもとりあえずエオニアに対し攻撃させることは出来ないだろうが、それでは他に何か起こった場合に対処できない。

シェリーは焦れ始めていた。



「このままでは……、エオニア様との連携が取れない。なんとかして……。

 いや、他に手はないか……、駆逐艦を密集陣形にし、突撃させろ。

 ぶつけるつもりでやれ! 無人艦のみでいい。我らの強みは使い捨てができる艦隊にある。

 やれ!」



各戦隊長に駆逐艦を終結させ、残余エネルギーも、対Gも気にせず加速させる。

勘違いされがちだが、無人艦のほうが対Gの耐久性が高いわけではない。

乗り手がいないことで確かに有利な面もあるが、高度なAI等のデリケートな部分も積んでいる以上、その差はそれほど大きなものではなかった。

だが、そもそも回避行動や照準行動などをしないならその制限もない、当然相手もバリア艦を盾にして防いでくるが、限界はある。

突撃する艦艇が30を超えた頃、バリア艦がひとつ沈んだ。

残りもどんどん沈んでいく、しかし、おかしなことに助けようという行動をしている艦はいなかった。

それどころか、反転して皆全力離脱を測り始めたのだ。



「どういうことだ……っ!! まさかッ!?」



そう、この200の艦艇全てが囮にしかすぎず、そしてその目的はエオニア本体と彼女の艦隊との距離を離すこと。

だとすれば……。



「エオニア様!!」



罠にかかったのは自分たちだとシェリーは気づいた、急いで反転しエオニア本隊に向け転進をかける。

だが、その時にはある程度の距離まで離れていた敵砲撃艦がまた挑発を始める。

もちろんシェリーはそれを無視し、エオニアの元へと急ぐが、無視できない損耗を被ることになる……。




















「敵旗艦艦隊……白き月まで後50万km!

 艦艇数およそ2200! 明らかに艦艇数を増やしています!」


「こちら側の準備はどうなっている?」

「既に、白き月防衛艦隊により、敵前衛艦隊の引き離し工作は成功しました!

 こちらの準備も98%までは完了しております!」


「照準補正プログラムか?」

「はい、誤差を出来る限りゼロにすべく取り組んでいます」



とうとうエオニアの旗艦艦隊がここまで来た。

白き月を目前にして、エオニアも浮かれているのだろう、前衛が引き離されてもお構いなしだ。

もちろん、艦艇数がその自信を呼んでいるのだろうが。

ただ、もちろんこっちだってタダで白き月を渡してやるほどお人よしじゃない。

向こうだってある程度は読んでいるはずだ、後は切り札を切るタイミング。

だが、今回の事で少し誤算が起こった。

艦艇数は残り1500のはずだったのに現在は2200まで増えている。

現状、こちら側の作戦が破たんするほどではないが、不気味なものを感じる。

恐らく、以前から関与を疑っていた遺跡が本格的に使われているのだろう。

だとしても恐ろしい早さで艦艇が増えている気がする。

まさか、近いのか? 敵の遺跡がある場所は。

どちらにしろ現時点で出来る事はさほど多くない。



「いつでも再点火できるよう、クロノストリングエンジンにも気を配っておいてくれ」

「了解しました」

「しかし……大丈夫なのか、その、白き月のほうは……」

「心配するでない。既に準備は整ったといったのだ。シャトヤーン様は約束は守る方ぞ?」

「殿下……申し訳ありません。不敬な発言でした」

「よいよい」



レスターがシヴァ皇子に畏まっている。

なかなか面白い構図だが、今は目の前の事に集中したい。

それに、もしものための保険は必要だろう。

やはり、アレのほうも頑張って貰う必要がある。



「クレータ班長」

『今忙しいの! 呼びかけないで!』

「分かっているが、進行状況を把握しておきたい」

『肝心のコアプログラムの解析が7割止まりよ! 専門外の所も多いから人手を出来るだけ回して!』

「分かった、こっちの作戦に使っている部門以外の人員は出来るだけ回す。

 無理を言うが、急いでくれ」

『分かってるわよ、全く……明日から1月くらい有給もらうからね!!』

「了解した」



こちらはまだ難しいか……。

これが上手く行けば、恐らく次があるはずだと思ったんだが。

何せ、エステの改造、元々設計図があったらしいからな……。

手がかりだけはある。



「敵旗艦艦隊、白き月の結界に取り付きました!!」

「エルシオール、エンジン点火! クロノブレイクキャノンチャージ開始!!」

「了解! エンジン点火! クロノブレイクキャノンのチャージを開始します」

「エンジェル隊、発進!」

『『『『『了解!』』』』』


「エンジェル隊はエルシオールを隕石の影からけん引、

 任務終了後はエルシオールがクロノブレイクキャノンを発射するまでの護衛を頼む!」

『わっかりましたー!』

『了解! 今回はもう出番が無いかと思ったよ』

『けん引となれば、カンフーファイターの出番ね! 皆ついてきなさい!』

『がんばります……』

『うふふ、これで決まればいいですわね』


「全くだ」



エンジェル隊の面々が一言づつ声をかけて出撃していく。

本来なら俺も出るべきかもしれないが、今はクロノブレイクキャノンの制御とは別の事もあるためここに残っている。

しかし、エオニア艦が白き月に取り付いているのは本当だ。

時間はあまり残されていない。失敗の許される作戦ではない。



「クロノブレイクキャノン出力50%突破!

 カウント入ります!

 180……179……178……」




それなりに時間のかかる充填だが、一度エンジンを止めてエオニアの旗艦艦隊をスルーしたのだから仕方ない。

エンジンが冷えてなければもっと早かったとはいえ、これ以外にいい手を思いつかなかった。

隣では、シヴァ皇子が拳を握りしめている。

俺は、ぽんっとシヴァ皇子の肩に手を乗せると、驚いて視線を向けた皇子に笑いかけた。



「……すまぬな、余が不甲斐ないばかりに」

「これから先に期待していますよ」

「はは、厳しいな。アキトは、普通こういうところでは慰めてくれるものだぞ?」

「殿下はそれを期待しておられましたか?」

「いいや」



そう言って笑いかえすシヴァ皇子。

彼女も、だんだんとこの戦いの本質が見えてきたのかもしれない。

宇宙規模の傾国とそれを取り合う2人の男。

一人は手に入れ、そして死んだ。もう一人が今ここにいる。

その一人から生まれたシヴァ皇子は忸怩たる思いがあるだろう。



「10……9……8……7」

「ターゲットスコープをスクリーンに展開!」

「了解! ターゲットスコープ展開します!」

「仰角+0.1補正!」

「了解しました!」




ココがカウントを読み上げ、アルモが俺の言葉を実行していく。

そして、砲撃目標点への誤差が修正された時、周囲で戦闘が始まった。

こちらの事は既に捕捉されているようだ、まあ当然だな。

だが、このギリギリまでここに攻撃を仕掛けられなかった時点で俺達の勝ちだ。



「1……0! 出力臨界突破!!」

「クロノブレイクキャノン! 撃てーーッ!!」





俺の声が響き渡ると同時に、エルシオールの艦の全長(880m)とほぼ同じ砲身を持つ砲門が火を吹く。

クロノストリングエンジンの出力は、暴走させた方が安定する。

この兵器は、クロノストリングエンジンというバカでかいエネルギー炉をわざと暴走させ、

そのエネルギーを砲身から撃ち出すというある種反則な出力を誇る砲だ。

その出力は、敵旗艦艦隊を巻き込んで止まらず、真っすぐエオニア旗艦ゼルの巨大な艦影に向かう。

そして、その艦影もそのまま光に飲み込まれ、艦隊中央部を貫いて反対側に飛び出しまだ飛んで行った。



「てっ、敵艦隊中央部、消滅を確認……。

 残存艦艇数は……約1200……となります……」

「つまり、1000は巻き込んだということか……」

「なんという、威力……」

「エオニア旗艦ゼル、観測出来ず。残存艦隊も統制がとれていない模様!」

「そうか、なら敵艦隊に、いや……。

 反対側で追いかけっこをしている護衛艦隊やシェリー艦隊にも聞こえるように、勝利宣言と降伏勧告を通達する」

「了解しました」



どうやら、保険は使わずに済みそうだ、クレータ班長には申し訳ないが使わずに済むならそれに越した事はない。

しかし、クロノブレイクキャノン、1発でこの威力とは……。

まあ砲身が焼けてしまい、連続発射等は望むべくもないが。

それでも十分に強力な兵器ではあった、威力だけなら核なんか比較にもならないだろう。

エオニア旗艦の消滅と、周辺の1000以上の艦艇消滅が効いたのだろう、降伏勧告は容易に受諾された。

何より、シェリー将軍が降伏する事を否定しなかったのが大きい。



「これでひとまず……」

『つまんない!』

「なっ!?」

『つまんない! つまんない! つまんない!』

「オープン回線で、この宙域全てに呼びかけられています!

 発信源は……敵旗艦艦隊後方25万キロの地点……」



敵艦隊の後方……そこにあるのは真っ暗な宇宙のみ、アクティブ、パッシブともにレーダーは何も映していない。

ん……真っ暗? まさか……。



『だから人間って嫌、計算と違う行動ばっかりするんだもん』

「その空間を光学補正してみてくれ! 周囲の空間と光の濃度が違うはずだ!!」

「了解……補正かけます!」




すると、そこにはありえない事に……白き月と同じ大きさの真っ黒な星が出現していた。

不思議な事に、重力レーダーにも出ない、光は吸収しているようだが、普通のレーダーにも反応しない。

だから、そこにあっても存在は希薄に見えた。



『あ〜あ、折角おにいさまを使って裏から世界を動かしてみようかなって思ったのに。

 こんなに使えないなんて……仕方ないなぁ……』

「重力反応増大!! 戦艦、いえ、もう小惑星クラスまで大きくなりました!

 更に大きくなります!! これは……白き月とほぼ等質量まで増大して止まりました!」




出現したのは、白き月とまるで対をなすような黒き月。

以前から考えていた、遺跡というのはこれなのだろう、修復の腕や、ありえない製造スピードもこれで説明できる。

つまり、エオニアに力を貸し無人艦隊を与え、今まで支えてきたのがこの声の主と言う事になる。



『さあ、艦隊達、戻って来なさい。

 それから、こちらにいる相手にはこんなのはどうかな?』

「なっ!?」

『何アレ!!?』


『ちょっ、まさか……』

『コピーですね、合体後の……』

『全く、毎度ですのにエレガントさに欠けますわ』

『なっ、何言ってるんですか!! 合体後って言う事はあれ皆無茶苦茶強いって言う事ですよ!?』




そう、つまり黒き月が新たに出してきたのは、俺達の合体後のモドキというかコピー品だった。

どう見ても劣化しているが、数は1種類ごとに10機、合計50機存在する。

正面からやって勝ち目がある相手ではなかった。



「ちぃ、あいつエオニアに提供する戦力を渋ってたのか!!」

「今はそんな事を言っている場合ではないぞ! あの大きさだ、白き月が危ない!!」

「通達急ぎます!! エオニア軍は壊滅、しかし黒き月が出現! 応援願います!!」




黒き月の出現により、全体が半ば恐慌状態に陥っている。

俺自体、完全に落ち着いているとは言い難いが、全く予測していなかった訳でもない。

これは……やはり保険を確認してみるしかないな。



「クレータ班長! そちらはどの程度進んだ?」

『何か変化があったの!? こっちは根幹プログラムの解析が終わっていないけど』

「……そうか……そうなると……」



俺は次善の策を打ち出すため、考えをまとめ始めたがその次の瞬間呆けて動きを止めた。

ブリッジに唐突に人影が、投影されてきた。

そう、投影。つまりは人間そのものではない。

ならば、誰なのか、確認するまでもない。



<<アキトさん、お久しぶりです>>

「ルリちゃん……なのか?」



そう、空中から現れたのは例のオモイカネシリーズにしてルリちゃんの記憶を持つという白き月のAI。

遠い昔から存在していた、しかし、俺の生きていた時代にはまだなかったもの。

だが、その姿は確かに俺の知るルリちゃんに違いなかった。

無重力にたゆたう銀髪、金色の瞳、何を考えているのか分からない無表情な……。



<<アキトさん?>>

「いや、済まない。しかし今まで眠っていたのに一体どうして?」

<<元々この白き月と黒き月は敵対の関係にあります>>

「何っ!?」

<<私が起きたのは、優先攻撃目標が出現したからです>>

「そうなのか……」



何とも救えない事だな……確かに、ありうる話ではあるが。

白き月と黒き月の見た目からのコンセプトはよく似ているように見える。

敵対国家が作ったのか、それとも同じ企業が敵対国家に送ったのかそういう感じを受ける。

しかし、ルリちゃんの言葉はそれを裏切っていた。



<<白き月と黒き月はどちらも人類全体の敵を倒すために作られた兵器です。

  コンセプトとして白き月は人の力の増幅を、黒き月は人のいらない兵器を目的としています。

  そして、2つは戦い、残ったほうが倒された方を取り込んでより完璧な兵器となるようになっています>> 

「それは……」

<<ですが、その戦いが終わる前にクロノクエイクにより宇宙は分断され、私達もまた離れ離れになったのです>>

「黒き月はその戦いの決着をつけに来たというのか?」

<<その通りです>>

「……」



何とも荒唐無稽で、しかし、ありえないとは言い切れない暗部の歴史のようだ。

つまり、人類を守るための兵器が、今人類を脅かしていると言う事。

これほど皮肉的な事はそうないだろう。



「しかし、そんなルリちゃんが何故ここに?」

<<それは……、セイヤさんからの贈り物を届けるためです>>

「ッ! まさか……」

<<今クレータ班長にデータを送信しています。直ぐに使えるようになるでしょう>>

「ありがたい」

<<本当ならもう少し旧交を温めたいところですが、黒き月からの攻撃がはじまりましたので迎撃を始めます>>



そうして、ルリちゃんは姿を消した。

後に残ったのは、俺に対して疑惑の視線を向けるブリッジクルーとシヴァ皇子。

俺は苦笑いで答えるしかなかった……。



なかがき

ようやく最終局面にまでたどり着きました。

最終ボス黒き月が現れない事には終わりませんのでw

性能やら何やらは、原作とすでにかけ離れてるのでご容赦願うしかないのですがw

ともあれ、次回はようやく最終話。

うまくすれば今年中にあげられるかもしれません。

時間がなければ来年初めあたりで出しますのでご容赦を。



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