「フフフッ、ようやくだ……」

「殿下……」



旗艦ゼルの中央に特別に作られた席に座るエオニア、シェリーはその姿を見て一瞬痛ましいような顔をするが直に表情を消す。

5000隻にも及ぶ無人艦隊。

ローム星系に大艦隊を送り出した今、エオニアが現在指揮できる残存艦隊全てであった。

防衛拠点も、迎撃艦隊も、あらゆるものを集めている。

そう、もう彼は復讐や権力欲等は二の次になりつつあったのかもしれない。

しかし同時に、確かに白き月を落としさえすれば、抵抗勢力等もうあって無きが如しであるのも事実だった。

そう、彼にとってその全てはそこにあったのだ。



「シェリーよ、露払いは任せたぞ」

「はっ、この身に変えましても」



5000対200戦力差は圧倒的、負ける要素等無いように見える。

ただ、相手側には白き月がある、紋章機を創りだしたあのオーバーテクノロジーの塊が。

シェリーにとっては、この無人艦隊も信用できるものではないし、相手の戦力は未知数だと理解している。

だが、シェリーはエオニアに生涯仕える事を決めている、故に……。



「迷いはない」



5000の艦隊のうち、エオニアの護衛のため1500を残し、残りの3500が加速する。

エオニアの、主の敵を殲滅するために……。




ギャラクシーエンジェル
新緑から常緑へ(後編)その2









「もう……時間がありません」



青みがかった銀髪をたゆたうように揺らし、膝を抱えるように浮かんでいる少女を見つめシャトヤーンが言う。

自らも白磁の如き肌と浮かんでいる少女よりも青みの強い銀髪をしている彼女は何かを憂えるように瞳を伏せている。

少女はずっと瞳を閉じている、シャトヤーンといえどその瞳が開いているところを見たことはない。

しかし、先ほどアキトとの会話のうち、少しだけまぶたがぴくりとしたのを感じていた。



「貴方は彼の関係者だった人の人格コピーだと聞いています。今、彼を含め私達はもう後がないほど追い詰められています。

 もしも、そのプログラムがまだホシノ・ルリの人格を残しているのであれば、お願いです。

 彼らを、そして私の娘を……助けてください……」



何の反応も見られない少女の姿に、シャトヤーンは瞳を閉じてしかし、すぐに開くと踵を返す。

部屋の外では、既に待機していたのだろう、複数の巫女が彼女の周りに護衛のように侍る。



「お急ぎくださいシャトヤーン様、もう既にこちらは8割近く進行しております」

「そうですか、急がねばなりませんね。専用通路を開いてください」

「分かりました、急ぎ行います」



彼女らのできることは、この状態ではほとんどない。

しかし幸い、やるべきことは決まっている。

シャトヤーンはそのことについては安心していたし、巫女たちの危険度も低いので賛成ではあった。

だが、今前線にいるシヴァ皇子の事が心配でならず、しかし、過去の負い目から強く止める事もできずにいた。



























「いけっ!!」



ディストーションアタックを食らわせ、巡洋艦クラスの無人艦を屠る。

艦隊機動は確かにそこそこだが、所詮エステバリスに速度で勝てるほどの小回りはない。

今のところ特に手応えのある敵がおらず、俺だけですらもう10隻もの艦を破壊している。

更に、紋章機の活躍はもっと目覚ましい。

彼女らの機体からは、天使の輪(エンジェルハイロゥ)よようなものと、同じく天使の翼のようなものが出ておりいつもよりもはるかに動きがいい。



『そらそら! 片っ端から片付けてやるんだから!! とっととかかってきなさい!!』

『あらあら、ランファさんはしたないですわよ♪ ですが確かに物足りないですわね。もう30隻は沈めさせていただきましたわ』

『油断してるんじゃないよ!! こいつらが雑魚でもまだまだ数は多いんだからね!』


『問題ありません、ナノマシンによる全体活性化により後5時間32分は活動可能です』

『あーんッ!? ビーム止まりませーん!!?』



エオニア軍の無人艦隊を足止めしている俺達の横をぶっといビームをまき散らしながらミルフィのラッキースターが飛び回る。

その姿からは想像できないが、撒き散らしたビームは確実に複数の無人艦隊を巻き込んでいく。

俺たちの中でも一番多い撃墜数をたたき出しているのはミルフィだった。



『さて、そろそろ本番にいきましょう』

「本番?」

『まともにやっても勝てる訳がないですもの、ね?』

「なっ!?」



よく見ればトリックマスターが接近してきていた。

攻撃に関しては全て遠隔コントロールプラズマ攻撃ユニットであるフライヤーに任せているため、

戦果と現在地が一致していなかったのだ。

クロノドライブの向こう側まで思念が通せる事が確認されたのに頭に入れていなかった。

そんな事を考えているうちにも、トリックマスターはその半円状の甲板と足の様なユニットのある独特な船体を近づけてくる。

あわや接触という段になって、俺のエステは変形を始めた。



「合体条件がわかったのか!?」

『はい、テンション等があがってクロノストリングエンジンの出力が上がっている時ですわ』

「つまり……」

『ハイロゥとウィングが展開している今なら全員の機体と合体出来ると思いますわ♪』



そんなやり取りをしている間にも合体プロセスは進み、トリックマスターも変形を始める。

元々トリックマスターは抱え込むようなウィングと足のように見えるポッドやスラスターで人のように見える。

そのウィングが左右に開いて行き、ヘッド部が前方に突き出す。

下部にあったポッドやスラスターは半回転してヘッド部の左右に落ち着いた。

そして、<フライヤー>が12機展開し、翼をもつ双頭の竜が出現する。


コックピット部分は左右に接続される形となる。

俺のテンカワSplのアサルトピットから座席部分がミントのコックピットに移動し、

コックピット内の配置が俺の出現と共に変更される。

どういう理屈かはわからないが、出力も演算能力もこれで十倍位に跳ね上がる事になる。



「さあ、いきますわよ!」

「応!」




右にいるミントに気合いの声を返したが、ある意味彼女のようなお嬢様には似あわないかもしれない。

だが、彼女もまた戦場に多く出た事で色々な経験を積んだのだろう。



「もう、アキトさん。余計な事を考えてはいけませんわ♪」

「すまない……」



そういえば、彼女には思考を読まれるんだったな。

最近あまり気にしていなかったが、こうして指摘されると驚く事もある。

それよりも今は集中だな。

隣でくすりと笑うミントを横目に、俺は機体制御を行う事にした。

ミントは12機に増えたフライヤーの管理で手いっぱいだろう。

合体状態においては、トリックマスターの本隊性能も跳ね上がるため、

ビームやミサイルによる攻撃で無人艦を叩き潰す事もできる。



「フライヤーロックオンですわ、まとめて墜ちなさいな♪」



フライヤーが1機ごと複数体をロックオンし、ざっと30隻以上の無人艦を破壊する。

その後も10分程度の間に300近い敵艦を撃破した。

フライヤーの行動範囲の広さのお陰でロングレンジで一方的に叩き続ける事ができたおかげだ。

しかし、流石にエネルギー残量が怪しくなってきた。



「レッドゾーン? 合体限界か?」

「あら、残念ですわ」

「分離後は一度整備するためにエルシオールに戻ってくれ」

「もう少し暴れたい所でしたけど、残りは皆さんに残しておきませんとね?」

「そういうことだ」



分離したトリックマスターを一度下がらせ、戦線を少し後退させながら維持する。

幸いにしてテンカワSplは詰み込まれたエンジンの出力に対して消費エネルギーが少ないためかまだ大丈夫だ。

ただ、どうやら向こうの空母クラスが近づいてきていたようだ。

黒い戦闘機が雲霞の如く押し寄せてきた。

レーダーが認識しただけでもおおよそ2万の小型戦闘機。

単体ではこちらの防御フィールドに負荷をかける程度の攻撃力しかないが、この数となれば脅威だ。



「くっ、ちまちまやってたんじゃ切りがない」

『アキトさーん!? 退いてくださーい!!』

「なっ!?」



俺が驚いた次の瞬間には、テンカワSplの変形は始まっていた。

両手両足が後方にスライドし、エビそり折りたたみで四角くなる。

対してラッキースターはピンクの機体が縦に割れ、ウィングが反転、レーダーやポッドが位置を変える。

そして、中央部の隙間にテンカワSPを挟み込むと中央部のビームキャノンが分離。

支柱が二つにわれ、そこにウイングが装着されるとミサイルポッドとレーダーの下から二本の腕が出現した。

ビームキャノンの砲塔が腕につかまれて変形が終了した。

俺のアサルトピット内のシートはピット上部から通路の様なものを通って上昇する。

そして、左右に割れた天井を突き抜け上の空間に出現した。

割れたのはちょうどミルフィーのシートであり、ミルフィーは俺の膝の上に落下する事になる。

ピンクの髪がふわりと俺の鼻孔を擽る、やはり女性なのだなと少し体温が上がったところでミルフィーがはっと気づく。



「ああああ、アキトさん!?」

「ああ、どうやら合体したようだな」

「そそそそうですね……」

「まあ今は都合がいい、武装の照準は任せた。俺は機動制御に集中する」

「はは、はい……もうちょっと乙女心とかに反応してくれても……ぶつぶつ……」



ミルフィーはぶつぶつ言いながらも、機体の両腕でビームを抱えて発射させる。

俺は機体を制御し、方向に変化をつけていく。

このビームはラッキースターが単体で撃っていたビームより数倍太く、そしてサイドワインダーが可能だ。

ヨコバイガララヘビの洋名がサイドワインダーというのだが、その名の通り砂上を横向きに這って行くためそう呼ばれる。

そして、一部の用語においてはビームを発射状態のまま横向きに動かせる事をサイドワインダーという。

何が言いたいのかといえば、面攻撃が可能であるため、殲滅率は圧倒的だった。

もとより運が偏る傾向の強いミルフィーなので、面白いほど当たりまくる。

艦艇20隻以上を巻き込み、メインターゲットである戦闘機は既に4000近く撃破している。



「うわぁ〜ん、アキトさん止めてください〜!?」




俺の膝の上で、バランスを保てず踊るように動きまわっている彼女からは想像もできないが……。

俺は俺で近接してきた戦闘機や艦艇を叩きながら、攻撃が当たりやすい方向へと動かしている。

正直、これだけの火力がずっと続けば怖いものはないんだが。

流石に戦闘機の撃破カウントが1万3千を超える頃にはエネルギー切れを起こしていた。

あらかた戦闘機の大集団は倒したため、一度に倒せる所がなくなったのも大きいが。



「では分離する」

「へっ?」

「きちんとドック入りしてろよ」

「ちょっ、ちょっと待ってくださ!?」



ミルフィーが戸惑っている間に機体は分離する。

なんだかんだで致命的なミスはしない彼女だ、放置しておいても大丈夫だろう。

そうして戦線に戻ろうとした時、戦闘機の編隊を抜けて5機の大型戦闘機が現れた。

恐らく、いつもの猿マネ5人組だろうな……。



『ふっ、どうやら君たちも最後のようだ。有終の美を飾ってあげようじゃないか』

『すっげぇ勢いじゃねえかお前ら! 俺のライバルにふさわしいってもんだ!』

『……』

『貴族たる俺には物足りない戦場だが、終わらせる事には意義がありそうだ』

『今日こそは倒すっす!!』



正直相手をしたくはないが、こいつらもかなり強いのは事実だ。

紋章機のコピーだけはあって紋章機にダメージを当てられるし、速度もかなりある。

ここは、速攻で終わらせなければならないだろう。

まだ全体から見れば1割を削った所、人の艦隊なら浮足立ってもくれるが、相手のほとんどは無人艦。

つまり、何割すり潰されようと止りはしないだろう。

だから……。



「ランファッ!!」

「ええ!! やってやろうじゃない!!」




赤いカラーのカンフーファイターがエステに接近する。

テンカワSplは両腕両足を後ろに回し変形準備を終える。

カンフーファイターも、変形をはじめた。

先ず中央部と左右ワイヤーアンカーの基部が半回転して頭が露出。

アンカークローがワイヤーアンカーのブレード部に異動し、大きな両腕と化す。

そして下部にあったウィングが展開し上部に移動する。

隼の翼の下に腕がついたような形となった。



『へっ、前回と同じ俺達だと思うなよ!』



筋肉質の男が言ったとおり、前回と違いフォーメーションを考えた動きをしているようだ。

だが、タイミングが悪かった。

なぜなら……。



「あたしたちも前回と同じじゃないのよ!」

「ああ!」



相変わらず、俺の首の横にランファの両足が来るちょっと危ない構成になっていたがお互いあまり気にしてない。

少しばかり太ももが見えるのはご愛嬌としておいてもらおう。

俺達は急加速で一気にモドキ達に接近した。

タイミングを見てランファがワイヤーアンカーとアンカークローを放つ。

敵は逃げようと動き始めるが遅い。

捕まえた2機を今度は別の2機にぶつけてやった。



『なっ!?』

「ハイロゥが出てる機体の性能は数割上がってるのよ!」

『けっ、そりゃ面白れぇ!!』



不意を打たれた他のとは違い、最後の1機はそれなりに粘ったがせいぜい1分持たない程度だった。

あっという間にモドキ達を倒し、その後もしばらく奮戦したが、流石に数を倒すには近接攻撃特化では向かない。

エネルギーも低下し始めていたので、分離することにした。



「あと一息なんだから、ふんばりなさいよ!」

「当然だ」

「全く、でもあんまり無理しないでよ。あの子が悲しむわ」

「……ああ」



ランファと離れ、エルシオールをさらに下がらせつつ俺たちも前線を下げていく。

削っていようがいまいが、今俺達は不利なままだ。

このまま全力で粘ってもジリ貧かもしれない。

だからこそ、大きな賭けが必要だということになる。



「フォルテ! やれるか?」

『はっ、アタシを誰だと思ってるんだい?』



テンカワSplの準備が整うと同時に、ハッピートリガーは2つの大型砲塔部が回転し本体背部に移動する。

そして、ミサイルを取り付けたウイングが前後に分離、それぞれ回転しつつ前足と後ろ脚を形成する。

 元々前方に取り付けられていたはずの中距離レーザーはそのままの位置で、しかし尻尾を形成していた。

ありていに言えば、巨大な砲塔を背負った豹のような姿に変形していた。

今度は俺がアサルトピットから落とされ、フォルテの膝の上に座る格好になる。

独特の感触が尻に伝わり、俺は少し困った。

毎度のことではあるが、これを設計したやつはかなりひねくれていると思う。



「さーて、ご依頼は?」

「正面戦力に穴を開ける事かな?」

「了解したよ。つまりは……撃ちまくれってこったね!!」



言った瞬間、フォルテは機体背部のリボルバー型レールガンを発射する。

続けて両脇のレーザー砲も火を吹き、腹部レーザーファランクスや、脚部ミサイルポッドまで乱舞する。

俺はただ、この火薬庫のような機体を敵陣に突っ込ませるだけでよかった。

あっという間に200隻以上の艦艇が鉄くずのようになった。

だが、それだけでは終わらない。



「さーて、大きいの一発お見舞いするよ」



背部のリボルバー型レールガンが展開し、その上部に仮想領域を作り出す。

レールガンは基本的に、加速するためのレールと加速のための電磁力があればいい。

つまり、反発する電磁力そのものを展開してしまえば、砲塔そのものがなくとも加速を得る事ができるということだ。

そして、その力場に取り込まれたのは先ほど撃沈した巡洋艦クラスの無人艦。

そう、無人艦を弾丸と変え、敵艦隊に撃ちだしたのだ。



「さあ! 景気良く行きな!!」



周囲に沈んだ無人艦は無数に存在している、既に俺たちは1000を上回るほどの数を沈めているのだから。

それらのところに走っては、弾丸に変えて撃ちだす。

一発打てば10隻以上が巻き込まれて沈む。

実に効率的な攻撃といって良かった。

とはいえ、無制限に打てるほど力場形成は安いエネルギー消費ではなかった。



「さて、そろそろ打ち止めかね?」

「ああ、十分だ。ありがとう」

「そんなことを言うのは、戦いが終わってからにしな」

「そうだな、じゃあドックに戻っておいてくれ」

「了解、あんたも気をつけなよ」

「ああ」



フォルテが敵の大艦隊中央部に大穴を開けてくれたお陰で次の行動に移る事ができる。

ならば、せっかくだ第一段階の仕上げは派手に行くとしよう。

そのほうが第二段階も楽だろうしな。



『アキトさん……』

「ああ、行くぞヴァニラ!」

『はい』



敵陣に向かって進みながら、テンカワSplで緑の機体ハーヴェスターに追いつく。

今までも、防御フィールドや、回復等で活躍してもらっていた。

しかし、ここからは攻撃がメインとなる。

ならやることはひとつ。

合体システムが起動した。

エステは両手、両足を折りたたむとハーベスターのコックピット後部にドッキング。

ハーベスターのアンテナ部分がエステを覆い隠す、左右が迫ったためコックピット分を頭部とした耳に見える。

更に、ナノマシン制御部が後部に回り、ウイングが前方に張り出し、砲塔が下を向く。

まるで手と足のようだ、ウサギのような形になった所で変形が止まる。

そして、コックピットは連結され、俺の隣にヴァニラが出現する。



「さて、いけるか?」

「私の方は問題ありません、ですが連続使用でアキトさんが……」

「大丈夫だ、もうナノマシンの活性化が問題になることはないさ」

「それ以前の問題です! どれだけ戦っていると!」

「これが終わったらしばらく休憩できるはずだ。だから」

「……わかりました」



彼女のつぶらな瞳が俺に訴えかけてくる、昔から俺はそういうのに弱いんだよな。

全く、俺はいつもこういう瞳が近くにいる事に気づくのが遅い、幸せなことだとわかっているのに。

ただ、ヴァニラに心配してもらえるのは嬉しい事かもしれないが、少しばかり過保護な気もするな。

ともあれ、今は敵艦隊に開いた穴を使って艦隊旗艦に肉薄しないことには。



「ディストーションフィールド展開」

「ナノマシンフィールド補助展開しました」



そう、合体した今の機体全体を覆うようにディストーションフィールドを展開した。

そして、ヴァニラがその内側にナノマシンフィールドを張る。

2つのフィールドはこと防御能力に関しては圧倒的なものだ。

とはいえ、前回のように今すぐ庇わなくてはならない味方はいない。

ならば、もしもこれだけ巨大な機体を超高速で突進させればどうなるか?

今俺はそれを試してみるつもりでいた。



「ディストーションアタック、行くぞ!」



フィールドの出力と高速度による体当たりの結果、巡洋艦クラスとの正面衝突でもこゆるぎもしない。

流石二重のフィールドの効果だ。

速度も十分乗り、敵無人艦を紙のように突き破りながら艦隊中央部まで突撃をかける。

しばらくは無人の野を行くという言葉そのもののようにただ駆逐を続けるのみだったが、旗艦と思しき艦を見つけた。



「……エオニア旗艦じゃないな。ステノ級高速戦艦か?」

「バレル級戦艦バージン・オーク。シェリー・ブリストル将軍の艦です」

「なるほど、そういうことか……。どちらにしろ沈めておいて損はないが……」

「現状のままの出力では後6分の戦闘が限界です」

「ギリギリだな……帰還のことを考えると2分とかけられないか、一気に行くぞ」

「はい」



合体により出力が上がっているとはいえ、限界はある。

このまま、敵艦隊をつっきってというわけには流石に行かない。

しかし、シェリーブリストル将軍を撃破すれば、実質指揮官はエオニア一人になるだろう。

既に艦隊機動という意味ではお世辞にもうまいとは言えないが、数は恐ろしいものがある。

なんとか、一度動きを止められれば……。

俺たちは、寄ってくる小規模艦隊を突き破りながら、バージンオークに肉薄する。

しかし、船体を突き破ったり、ビームやミサイルを弾いていれば出力がだんだんと低下していくのは仕方ない。

それに、エステと違い40m近い巨体だ、回避できないものも多い。

だからこそ、俺は直進することを選んだ。

一応回避可能そうなら回避をすることもあるが、それでも迂回するようなことをすれば更に消費が激しくなる可能性が高い。

俺は、直感を信じて突き進む。

ヴァニラがナノマシンフィールドを操作してディストーションフィールドの負荷を抑えていてくれるが、ヴァニラは既に汗をかき始めていた。

かなりの集中力が必要なのだろう。



「抜けた! 続けていくぞ!」

「はい、エネルギーシールド偏光操作、中距離ビームを複層コーティング、発射します!」



ヴァニラにしては珍しく大きな声で、ビーム砲が放たれる。

もちろん、ただのビームではない、温度操作、目標までの防衛力などのナノマシン強化が施されていた。

バージンオークの船体に穴を開けるには十分な性能だ。

だが、バリアは意外に強かったらしく、船体の損傷は軽微なようだ。



「ちぃ! ならば」

「システム補正完了、ナノマシンをフィールド形成に回します」



残り時間から戦術の見直しは無理であることは分かっている、元よりその場合の対策としてのディストーションアタックでもある。

だがディストーションアタックを敢行することを決めたその時、接近中の俺にオープン回線で当のバージンオークから通信があった。



『流石だな、アキト・マイヤーズ。我らを何度も出し抜いただけのことはある』

「光栄だ、そしてそのまま消えてくれれば助かる」



女性ではあった、それも妙齢の、ついでに言えば氷のような冷たさを感じる美貌。

もっとも、主のエオニアからして情は薄そうなのだから、当然かもしれないが。

だが、声をかけてきた以上、全く無意味にというわけではないだろう。



『それは出来ない相談だな、しかし、それだけに惜しい』

「何がだ?」

『考えたことはないか?

 お前たちは既に一千隻以上の艦隊を撃破している。

 なのに何故、我らは平然としているのかと?』

「……」

「我らには優秀な修理工も生産工場も必要ない、それと同等のことができるものがあるからな。

 そして……、こんなこともできる」



バージンオークの手前に突然、5機の大型戦闘機が飛び出してきた。

これは……さっき沈めたはずのモドキ……。

だがおかしい、いつもなら声をかけてくる酔狂なやつらが、全く通信を開きもせず攻撃を仕掛けてきた。



「なっ!?」



煽るように接近してきたかと思うと、5機が連携して、一箇所に集中攻撃を加えた。

そして、そのまま肉薄してきたモドキの1機がスレスレのところで、ミサイルを吐き出す。

連続でディストーションフィールドに当たり、こちらのエネルギーを減らしてくる。

攻撃もさることながら、体当たりも辞さないようなギリギリの動きがおかしいと感じた。

傭兵、つまり命が一番大事と考える奴らの動きじゃない?



「今の攻撃で数秒程度ですが、誤差がでています」

「わかった」

『なにも、あれだけではないのだよ?』



迂回などして知る暇もない、俺はバージンオークに向けて突貫をしかけていく。

あっという間に、5機のモドキは引き離され、俺は前方に集中しようとする……が。

バージンオークからモドキと同じような大型戦闘機が、ざっと見ただけで30機は出撃してきた。



「なっ、なんだ!?」

「コピーを作ったのでしょう。元よりあの戦闘機は無人機のカスタマイズで無理やり有人機として使っていました。

 そして、推測に過ぎませんが全てにあの5人の戦闘パターンがプログラムされているはずです」

「ちぃ……。なら仕方ない……」



今回でできる限り戦果を挙げておきたかったが、今からだと撤退までのエネルギーも危ない。

補給も物資もこちらが圧倒的に不利だ、戦力低下すればまず勝てない。

今は撤退を優先するしかないだろうと俺が考えをまとめた時。



『次はこちらからだ、こういう展開はどうかな?』

「なっ!?」



撤退する方向は既に艦隊の壁。

後方には30機を超える紋章機モドキ。

そして、上下左右から駆逐艦が突撃してきていた。

そう、命のない無人鑑艦隊だからこそできる、自爆特攻の連鎖攻撃。

つまり、俺は釣り伏せにかかった餌ということか!!



「全力で突っ切る!」

「分かりました、クロノストリングエンジン並列起動、船体機動に出力の8割を回します」

「よろしく頼む」



ヴァニラが出力制御をこなしてくれるので助かる。

エステではよくエネルギー切れを起こしていた俺だ、なんとしても撤退途中でやられるわけにはいかない。

何より、ヴァニラをこんなところまでつきあわせた責任もある。

俺は、一瞬ヴァニラの横顔を見るが、首を振って集中する。

ここが正念場だ。

俺は駆逐艦たちの機動の隙間を縫うように、スピードの上がった機体を制御していく。

正直、ディストーションフィールドはかなり出力が下がっている。

突き破ってというわけにもいかないだろう。

ただ、問題は既に何度か紋章機モドキの攻撃や体当たりを食らってしまっているという点だ。

これ以上攻撃を受ければ、帰還のための出力が足りなくなり、敵のど真ん中で分離という憂き目にあう可能性が高い。

そうなれば出力が下がるだけではなく、ヴァニラのハーベスターもエネルギー不足と酷使した影響で不具合が出る。



「敵艦隊第三陣突破、前方に第二陣が展開しています」

「全軍の割には少なめか。だが体当たり戦法相手じゃ分が悪いな。

 だが、速度差で乗り切ってみせる!!」

『そうそう、ゆっくりしていると踏み潰されるぞ?』

「ちぃ!」



まさにうさぎ刈りというわけか、だが、策を弄するのがそちらだけと思うなよ。

必死に第二陣突破にかかる俺だが、その周囲の艦隊が唐突に撃沈して沈んでいく。

ちょうど通路を確保するように撃沈される艦が増えていく。



『いつの間にやら相手の策にはまってるなんて、まだまだですわね?』

「ミントか、助かった」

『いいえ、これも準備のためですわ』

「なるほど。ならもうひと働きする必要がありそうだな」

『ですが、アキトさんたちは一度撤退してください。そろそろみんな補給が終わる頃ですわ』

「了解した」



再度出撃してくるエンジェル隊のみんな、俺とヴァニラは一度機体をドックに戻すべく皆に守られながら撤退した。


数こそ削り、俺たちは撃沈された艦もない、しかし、白き月までの防衛戦は半ば崩れ始めている。


最終決戦の序盤は痛み分け、やや不利という状況を呈していた……。





なかがき

後編その2でも終われませんでした。

最終決戦の気負いもあるのでしょうが、戦闘回数を甘く見ていました。

謎解きというほどのものでもないですが、キャラごとの決着もありますしね。

後1回か、場合によっては2回、お付き合いいただければ幸いです。

押していただけると嬉しいです♪

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