第一話 キュモールってッ!?


死んだ……そう、俺はトラックにはねられ死んだ。

交通事故としてはありふれたものだったろう、

バイクで左折しようとしたところ、指示機を出しそこねていたトラックが曲がってきてドカーン。

互いにぶつかること等考えてなかったから、速度もそれなりに出ていて、

俺は空中に投げ出され頭部をしたたか打ち付けたはずだ。

はずというのはそれ以後、意識が飛んだのか真っ暗なこの場所にいたからだ。

御陰で自分の名前もすっ飛んでしまったらしく思い出せない。

どうせ死んだのだから意識しても仕方ないのかもしれないが、

やはり自分という定義が残っているうちは名前くらい覚えておきたい。

そうして、真っ暗闇の中でもがき続けること、数日……いや数時間か? それとも数年だろうか?

ただまあ、名前を思い出そうと躍起になっていたのは事実だがひどく長い時間だったのは覚えている。

俺はその間にいろいろと思った、やっておきたかったこと、やるべきだったこと。

過去の記憶を総ざらいし、しかし、結局名前は思い出すことができなかった。

これが死ぬということなのかと半ば思った……。


このまま、消えていくのかとそう思い始めた頃、唐突に闇の一部に隙間ができる。

淡い、本当に僅かな光だったがそこから漏れているのは事実だ。

俺はこの闇と孤独の中でもう半ば狂ってすらいたのだろう。

よく自分という存在をその時失念していなかったものだと思う。

時間も空間も理解出来ないその場所は確実に俺を侵食していたのだから。


俺は必死になってその淡い光を目指した。

それが救いになることを信じて。


そして……俺は光の先に……到達した。


突然、視界が切り開ける。


それはとても眩しく、綺麗な朝日だった。


寝ているのかと思ったが俺は立っていた。


立って、そしてマントとV字に胸を開いたなんだかよくわからないスーツに身を包んでいる。

俺は思わず自分の格好を詳しく観察する。

俺はこんなに筋肉がついてすらっとした姿をしていただろうか?

いや、自分で言うのもなんだが不摂生なほうだったからお腹が出てこないか心配していたことを思い出す。

腹筋なんて割れてなかった。

それになんだこの、長い紫色の髪は……。

いや……まさか……。


俺は急いで部屋を見回し鏡がないか調べる、いや、調べるまでもなかった。

等身大よりも大きい3枚の観音開きの大きな鏡がある、それを開いてみると……。

そこには、紫色の髪をオールバックにし、V字に開いた服装とマントという変態的な服装。

そして、特徴的なのは……男なのに化粧をして紫色のアイシャドウに紫の口紅をしているという……このキモさ。

ああなんだかとあるゲームですっごく見たことのあるキャラに似ている。

でも、まさか……ねぇ?


そんな事、あるわけ……どっかのSSとかじゃないんだから……。


いやいやいや、ありえないでしょう……。


だって、ほら……ねぇ?


いや案外……そんなこともどんなことも、とりあえず確かめるしかないのか……。

とはいっても、自室なのかどうか分からないが、この部屋から出るのはまだ早い気がする。

なぜなら、知っているというかゲームで知っているキャラならまだいいが、下手にこの体を知っている人と合うのはまずい。

もっと情報を集めなければ……。


そうして部屋を眺めまわし、ふと思いついたのはこの部屋、私室なんだろうが寝室ではない。

部屋の大きさは20畳くらいだろうか、この広さと調度、寝室と私室が別にあることを考えれば金持なのは間違いない。

そして、机があることからここで執務なりなんなりをしていたということだろう。

当然、机には何らか情報があるはず。

俺は机の上に乗っている書類を見ることにした。


うむ、明らかに日本語ではない。

何語だか全くわからないが、意味はわかった。

幸いなのかなんなのか、この体の記憶が残っていたのだろうか?

それは助かるが、そういえばこの体の本当の持ち主はどこにいるのだろう?

俺が幾ら心を澄ませても、全く別の何かの存在を感じなかった。


ともあれ、書類を読み進めていく。

気になる言語をピックアップしていくと、騎士団、任務、貴族、税収などなど。

つまりは、騎士団の隊長で貴族であり、所領よりの税収を持っているらしい。

最も所領の統治は姉が執事にバックアップされながら行なっていることになっている。


サインを見る、名前は……。


アレキサンダー・フォン・キュモール……。


やっぱりキュモールかいッ!!!?


俺は心の中でツッコミをしつつ、混乱した自分をどうにか落ち着かせようとしていた。


とりあえず死んだ状態から生き返った、もしくは転生したんだからよしとするしかない。


問題は、俺が本当にキュモールである場合、そしてこの世界がテイルズ・オブ・ヴェスペリアの世界である場合。


上司である騎士団長アレクセイの命令を聞いていれば俺は近いうちに死ぬということだ。


そう、主人公様であるユーリ・ロウェルに暗殺されて……。


かと言って騎士団長に逆らえばお家断絶、アレクセイはそれくらいの権力は持っている。

そして、不要になった俺はアレクセイの駒であるリヴァイアサンの牙やおっさんの手によって暗殺される可能性がたかい。

つまり何が言いたいかと言えば、このままの状況ではどのみち殺されるということだ。


しかし、色々近似値をたたき出してくれてはいるが、全ての駒が揃っているわけじゃない。

この世界がヴェスペリアの世界だという確固たる証拠はどこにも……。


あったな、そう言えば……。


魔導器(ブラスティア)の存在だ、そして、それはこの書類の中でも言及されている。

つまりは、この世界はほぼ間違いなくヴェスペリアの世界であるということだ。

魔導器(ブラスティア)なんてやたらと限定された発音がそもそも他にあるとは思えない。

というか、そう読めてしまうということが問題だろう。



『キュモール様!!』



んっ、部屋の外に誰か来たのか。

様付けで呼ばれている所からすると部下の騎士だろうな。

確か、あの書類に書かれている内容からすれば、キュモールは隊長のはずだ。


騎士団は騎士団長を最上位とし、隊長、小隊長、騎士という扱いとなる。

隊長内でも筆頭、次席などの差もあるものの、隊長は騎士団長の次に偉い事になっている。

とはいえ、ゲームを見た限りではキュモール隊は規模が大きいようには見えない。

恐らくは隊長の中でも一番地位が低いと思われる。

小隊長時のフレンと比べられる位だからその程度も知れるというものだ。

恐らくは実力もなしに、貴族の地位のおかげで隊長になったただのボンボン、それがキュモールだろう。


因みに、この世界における騎士というのは常備軍の事であり、一般兵というべき民兵は戦時に集められる。

よって、基本帝国法においては、貴族と騎士以外に武醒魔導器(ボーディブラスティア)は与えられていない。

キュモールである俺は既に装備しているようがだ……この股についてるファールカップみたいなのじゃ……ないよな?


出来るだけ早急にこの格好をなんとかしたいが……ともあれ、先ずは要件を聞いてからだろう。



「入れ」

「はっ!」



入ってきたのは重装の鎧を着込んだ兵士、いや騎士か……。

確かキュモール隊は全員貴族だった気がするから、こいつも貴族ということになるな。

因みに貴族というのは公爵から男爵までの世襲貴族以外にも、士爵つまり一代限りの貴族も含まれる。

なので、キュモール隊がそこそこの規模であるなら士爵もいるだろう。

話をするときボロが出ないように気を付けねば。



「それで、どんな要件だ?」

「はっ! どうやら以前に取り潰しになった貴族の屋敷に賊が入った模様です」

「ほう……誰かわかるか?」

「シュヴァーン隊のデコボココンビが出ているところから恐らくは……」

「ユーリ・ローウェルか」

「はい……」



はい、これで100%ヴェスペリアの世界確定!

そして時期もはっきりわかった、ゲームの開始時期にピッタリ同じだ。

つまり、このままアレクセイの言うことを聞いてればユーリに殺され、

アレクセイから離れようとすれば、アレクセイに潰される。

貴族の地位や権力は驚異になりかねないから徹底的にやられる可能性が高い……。

おいおい、デッドエンドしかねーじゃんッ!?


俺は先導するキュモール隊の騎士達の後を追いつつ必死で生き残り策を模索する。

ユーリに水道魔導器(アクエブラスティア)の魔核(コア)をこちらで取り戻すか代替出来る物を渡す?

いや、駄目だ。

それじゃ、ユーリが旅立たない。

下町で燻って下町の用心棒みたいな位置から動かなくなるだろう。

ユーリが旅立たないってことは、つまり、アレクセイの企みを潰す人間がいないってことで、

それは星喰みが出現したとき対抗手段がないってことになる。

まあ、運が良ければリタが勝手に解明してくれる可能性もあるが、

そのヒントを得るための冒険だったわけだし、エステルの存在も大きい。

となれば、やはり旅立たせないという選択はない。

大体、リゾマータの公式をリタが解かない事にはこの世界は破滅する事が決まっているのだ。

つまり、意地でもユーリには旅立ってもらわねばならない。



「そっちで倒れてる二人、大丈夫かい?」

「こっ、これはキュモール隊長! お見苦しい所を!」



確かデコだっけか、のっぽというほど背がないがひょろっとした髭の騎士が言う。

というか、こいつらの方がキュモール隊より個性強いよな……。

こっちも貴族なんだからもっと個性があってもいいようなもんだが。

所詮はモブキャラか……。



「君たちが濃いのはいつもの事だからね」

「グッ……シュヴァーン隊長にはご内緒に……願います」



今度はボコってまあ背の低い丸っこい騎士がもみ消しを図ってくる。

まあ、2人とも馬鹿正直な奴らだからみてて面白くはあるんだがねぇ。

ともあれ、もう一人、つまりは不法侵入者ことユーリローウェル。

真っ黒な服に、黒髪のロンゲ、体躯も筋肉質ながらスラリとしている。

剣の鞘に取り付けられた本来腰に巻くベルト部分を手に引っさげて、俺の方をむいている。

その目はまだ見下してるとかではなく、厄介な奴に見つかったという程度のものだ。



「逃げたのが魔導器(ブラスティア)泥棒なら、逃がしたのは税金泥棒かよ」



巫山戯たように俺に向かって言うが、それはシェパード風の犬ことラピードを逃がすためだろう。

あそこには、魔導器(ブラスティア)泥棒のデデッキから奪い取った物が入っているはず。

とはいえ、魔導器(ブラスティア)は無いわけで、あまり意味のないガラクタがほとんどなんだろうが。



「飼い犬に見放されるとは、これは傑作なのであーる!」



まあ、意図が読めたのは俺とユーリ本人のみだったようだが。

ともあれ、ユーリを逃がす訳にもいかない。

騎士団としてありえないし、ユーリとエステル、おっさんの出会いを邪魔するわけにもいかない。



「いつものように牢屋に放り込んでやれ、十日も入れば反省するだろう」



俺はそう言って場を後にした、実際問題あまりこの時点で原作との相違点を作っておきたくなかったからだ。

旅に出るきっかけを潰せば世界の命運とか俺の命とかに関わる。

本当に頼むぜユーリさんよ……。



先ずは城内にある自分の部屋に戻って思索を巡らせることにする。

兎に角、自分が死なないための方法を模索しないといけない。

ともあれ、ユーリに殺されない方法は難しくない、はっちゃけたことをしなければいいのだ。

とはいえ、それはアレクセイが俺に対する評価として下している、地位が高い馬鹿という評価を返上してしまいかねない。

地位が高い馬鹿だから汚れ仕事を任されていたんだろうから、

それを返上すると言うことは、つまり、地位が高い危険人物という評価に変わるということだ。


勘違いしてはいけないのは、アレクセイは元々悪人ではないという事だ。

アレクセイは正義を貫こうとして、結果として人の悪意に絡め取られてしまった。

政治の話何かを聞いていればわかるんだが、悪と一言に言ってもいろいろなのだ。


例えば、ある企業が菓子を売っていたとする。

別の企業が似たような菓子を作ったとき、政治の方に金を渡して商売できなくしたとしよう。

コピーした企業が悪いのか、潰した企業が悪いのか。

ただ、どちらにしろ政治の方に金を渡して処理してもらった場合、今後もつながりを維持するために金を払う。

こうすれば、企業が金を払う事がわかった政治家達はどんどん企業と癒着する。

どちらも悪だが、それを是正しようとした場合、政治家全体と、企業、その下請け、客などなど、

被害は大きくなりすぎる、恐らく業界が破綻するほどの大打撃を受けるだろう。

つまり、悪だが処断すれば世の中が成り立たなくなる。


アレクセイが絶望したのはなんなのか、解るわけじゃないが、

つまりは正そうとした世界が汚れすぎていたから一度あらゆる政治形態を排除し、自らの帝国を作り出そうとしたのだろう。

そして、汚れた世界のことなどどうでもいいと半ば考えたからこそ、徹底的に利用した。

多分そういう方向性じゃないだろうか……。



「だとすれば……」



アレクセイに正面切って挑みかかるなんてーのはありえないのは間違いない。

戦闘力も組織力も比較にならない、かといってアレクセイの思い通りに貴族風を吹かせて悪役全ともしていられない。

本来のキュモールは今まで貴族としての恩恵を受けていたのが、

アレクセイという成り上がりに頭を押さえつけられ上に行けない鬱憤を溜め込んでいる状態だ。

だからまぁ、逆に敵対行動は取りやすいわけだが……。

はっきり言えば、キュモールもラゴウも新しい政府が出来たらまっ先に消される存在だろう。

それを承知で利用しているのがアレクセイなのだから。

しかしまー、ユーリと同時期にカルボクラムに行けたということはラゴウとも親しい可能性があるなキュモールは。


ともあれ、ゲームにおいてキュモールの出番はそう多くない。

先ずさっきのユーリを捕まえるシーン、そして、亡き都市カルボクラムで待ち構えていた時。

新興都市ヘリオードの中途半端な反乱騒動、水と砂漠の街マンタイクにてフェローの捕獲騒ぎ。

そしてそのまま暗殺されジ・エンド。

都合4回の出演である……3回目と4回目はそこそこ出番が長かったものの、

当然ながら扱いは雑魚である、権力を笠に着たチンピラに過ぎない。

だが、だからこそ融通が利くとも言える。


ともあれ、書類の内容からすれば、キュモール隊は帝都に20名。

キュモールが臨時執政官となるヘリオードにいる先行部隊が10名

本来隊長の率いる騎士の数は50名前後であることから、その信頼の無さが伺える。

まあ、自分の言うことを聞く部下だけ残した結果かもしれないが。


そして、一番問題なのは、そんな部下をどう取りまとめていくかだ……。

全く、どっちをむいても問題だらけ、大体家の方は家の方で甘やかされて育った姉と、腹黒執事の面倒を見なければならない。

本当に生き残れるのか……俺(汗)



「兎に角、今更どうあがいたところで、俺がキュモールになったという事は変えられないか……」



なら俺がやることは決まっている。

本来のキュモールになるのは御免である以上、俺なりのキュモールを演じるしかない。

幸いにして、俺が馬鹿であることをまだアレクセイは疑っていないだろう。

ならば、指令を受ける前に任地に向かって指示を飛ばすか。

俺は一度扉を開けると部下に指示を飛ばす。



「おい、キュモール隊は小隊一つ残して残して残りは準備しろ」

「はっ……といいますと?」

「明日からヘリオードに向かうぞ」

「赴任なさるのですか!?」

「もちろんだ、執政官になった以上な」



出来るだけ早く行きたいとは思うが……。

まあ、あまり急ぎすぎても仕方ない。

今までのことはどうしようもないしな。

部下達が奇異の目で見ている、まずいな……口調の違いとか気づかれたか?

それとも、真面目に仕事をしようとしているのがおかしいのか?

でも確か、キュモールは割合直ぐにヘリオードに向かっていたはずだが……。



「……ええっと」

「やるのか、やらないのか? どっちなんだ?」

「あっ、はいもちろん!」



幸いにして、ノーと言える部下がいない御陰でなんとかなりそうだが。

ある意味不審を持たれたっぽいな……。

とはいえ、いずれなんとかしないといけない事だな……。


そうそう、変態的なこの格好はなんとかしないとな。

だが実は、クローゼットの中にある服は全て胸開きのタイツっぽいものばかり。

今日はちょっと服を買いに行くか、せめて胸の空いてない服を……(汗)


後で新調した服とオールバックをやめて髪型を整えた状態で部下に会ったら槍を突きつけたれた(泣)

キュモールだと判別出来ないようだ……。


そんなこんなで翌朝。

俺は、昨日ユーリを捕まえた屋敷の門に立っていた。

アピールその1くらいは今しておいても損はないと思ったからだ。



「あーあー、もう朝かよ。一晩無駄にしたな。

 抜け穴、貴族街に繋がってんのか」

「窓から見るのと全然違って見えますー♪」

「そりゃ大げさだな、城の外に来るのが初めてみたいに聞こえるぞ」

「……それは……」

「そういう人もいるんですよ。偉い人にはね」

「えっ!?」

「お前ッ!!」



抜け穴から出てきた二人、つまりユーリ・ローウェルとエステリーゼ・シデス・ヒュラッセイン。

わかりやすく言えば、ロン毛のユーリと、ピンクの髪のお姫様エステル。

2人は俺が出てきた事に驚きを隠せない様子だ。

だが、ユーリは直ぐ様状況を見て取り険しい顔で鞘を投げ捨てようとする。



「待て、今は勤務時間外だ、荒事をする気はないよ」

「待ち構えていた奴にそんな事を言われてもね。脱獄で3ヶ月に延長とかって理屈じゃねぇの?」

「脱獄も罪だが、罪の重さなら要人誘拐のほうが大きいだろう」

「エステルの事か?」

「さあな、ともあれ。私は帝都を離れるからゴミを捨てに来ただけだ」

「へっ?」



俺は手元にあった袋をユーリの方に放り投げる。

中に入っているのは水道魔導器(アクエブラスティア)のコアの試作品。

ヘルメス型ではあるが、出力が低いので爆発はしないはずだ。



「これは……水道魔導器(アクエブラスティア)のコアじゃねえかッ!!」

「そうだったのか。だがそいつは試作品でな。

 動作はするだろうがいつ停止してもおかしくない。

 そんなゴミを持っていても仕方ないから捨てにきた」

「へっ、ゴミを拾っても罪にはならねぇってか?」



俺の言いたいことを理解したのだろう。

ニヤリという感じで笑うユーリ。

この頃のユーリはキュモールの事を騎士団の税金泥棒(無能)程度としか考えていない。

今のうちにポイントを稼いで置けば殺される事はないだろう。



「俺の用は終わった。じゃあな」

「キュモール、一つだけいいか?」

「……なんだ?」

「髪型……変えたのか? プッ」

「うるさい!」



服も髪型もマトモにしたのに笑われるとは理不尽だ!!

っていうか、キュモール隊の前ではまたあの格好しなければならないと思うと泣けてくる。

だって普通の格好じゃ言う事聞いてくれないし……。

俺はダッシュで逃げ出した。


昼過ぎ、ようやく出発準備を終了したと言ってきた奴らの荷持つを見聞し、半分以上の荷物を持ち帰らせる。

今まではキュモール本人が率先して変な荷物を大量に積み込んでいたので、

持ち帰らせた内の半分近くがキュモールの化粧品や服その他もろもろだったことは泣けてきた。

俺は部下たちにこれからは出世のために、真面目に働く事にしたと言い訳をすると怒鳴り散らして言うことを聞かせた。

もちろん、オールバックに胸開きのあの変な服装をしたままだ。

その時は勢いでなんとかなったが、後で泣けてきた……。



「キュモール隊揃っているかッ!?」

「「「「「ハッ!」」」」」

「では行くぞ!」

「「「「「ハッ!」」」」」



20人の部下を連れて街道をのし歩く。

地球においては小隊は30人規模のはずだが、この世界ではそんな細かな規定はない。

10人規模の部隊2つという形で動かすことになる。

因みに、馬に乗っているのは隊長の俺と小隊長2名のみ。

後は徒歩だ、これで騎士団とは笑ってしまうが、重装鎧で付いてくる歩兵というのも怖い。

まぁそれも魔導器(ブラスティア)のおかげかもしれないが。

30kgくらいは確実にある鎧をつけ、剣を腰に指し、槍を掲げて歩く。

まあ、流石に荷物はまとめて荷馬車に引かせているが。

20人分、俺を含め21人分の荷物を引かせるので2台の荷馬車はぱんぱんだ。

だが、普段のキュモールはこれとは別に自分だけの荷馬車とか自分用の馬車も用意させるようなので、少ない方だとか。



「ですが。馬での移動、大丈夫なのですか?」

「……」



そう、乗りやすいのに乗せてもらっていたのだが、この馬っぽいもの、やはり移動の振動が大きい。

まあ歩いている間はさほどでもないが、まだ走らせるのは難しそう。

しかも少し気持ち悪い……。

吐くほどじゃないがこれは……酔ったな……。



「デイドン砦まではどれくらいになる?」

「今のペースですと明日の昼前には着きますかと」

「じゃあ、今日は野宿か」

「いえ、移動宿を手配しておりますので」

「あー、なら頼む」

「はっ」



手配したというのはよくわからないが、移動宿とは多分馬車で宿を経営してるあの2人だろう。

確か名前は旅籠”冒険王”無愛想な兄と元気のいい妹が経営している宿のはずだ。

因みに、日本において旅籠とは旅の宿であると同時に食事を出す宿の意味でもある。

なんでも旅籠とは元々馬の飼料を入れる籠の事だったらしい、食料を入れる籠、転じて旅で食事を出す宿の意味となった。

しかし”冒険王”食事なんて出してたっけ?

いやまー、ゲームで描写されてなかっただけかもしれないが……。

ってあれ?



「その旅籠の名前は?」

「確か”冒険王”ではなかったかと……」

「今夜は野宿だ!」

「何故ですか!?」



そんなの決まってる、ユーリ達に鉢合わせしてしまうじゃないか!

そうなると指名手配犯なんだから捕まえざるを得なくなる。

流石のユーリもまだ外に出たばかりでレベルは低い、21人も相手にはできまい。

牢屋に逆戻りなんてされたらこの世界がアボーンになってしまう!


とはいえ、止める理由が思いつかない……。

そんな状態のままいるうちにずるずると移動は続き、結局到着してしまった。

朝脱走事件が発覚し、2人と1匹で逃げ出したはずだから、今日の夜までには旅籠までたどり着くだろう。

こちらは馬や荷馬車を使っているし、向こうは姫様がいる。

そのうち旅慣れるだろうが今の状況では追いつく可能性が高い。

そうそう、不安定なあの水道魔導器(アクエブラスティア)のコアきちんと動いてはいたようだ。

ただあれを何ヶ月も使い続けるには不安だろう、時々異音するし……。

結局ユーリは旅立たざるを得ないという事だ。


仕方ない、この際ユーリ達には旅籠”冒険王”に今回立ち寄るのは遠慮してもらおう。

騎士団21人の内、旅籠で寝られるのはせいぜい6人くらい。

交代制にしても4回必要だ。

つまり、周辺には騎士がぞろそろいるわけで、ユーリ達も近寄ってこないだろう。

二人には申し訳ないが、野宿をしてもらうしかないな。







そう思っていたこともありました……。

夜になって起き出して来てみると、騎士達は思い思いに見張りをしたり寝たりしている。

そこから少し離れた丘の当たりで火がまたたいているのがわかった。

おいおい……まさかそんな近くで……。

いや、まさか……。



「薬のストックはあるか?」

「はっ、一通り揃っております」

「持って来い」

「はっ!」



俺はそれを騎士の一人から受け取ると、こっそり宿から遠ざかる。

遠ざかる俺に気づかないキュモール隊の皆さんの質は泣けてくるくらいはっきりわかるね……。

そして、丘まで散歩がてら歩いていく。

モンスター? もちろん、全力回避ですがなにか?

昼のうちなら魔導器(ブラスティア)の練習の意味も込めて戦ったりしているが、流石に夜やる気にはならない。



「誰だッ!?」

「おおっと、殺さないでくれよ」

「キュモール……お前……」

「今回も時間外だ、そう構えるな」

「よっぽど暇なんだな騎士団は」

「それよりも」

「ああ、なれない場所で野宿したからか……」



エステルが熱を出しているようだ、ひどい病気というわけでもないのだろう。

普通に眠っているようだ、まあ問題がなければそれでいいんだがやはり心配だ。



「お前のような下民と同じ環境にいた事のある方ではないのだ」

「へいへい、お貴族様は綺麗好きってな」

「薬だ、くれぐれもそのお方を傷つけるなよ。お前の首が飛ぶだけじゃ済まないぞ」

「へぇ……そんなにお偉い方だったのかエステルは」

「気づいているのだろう?」

「……さあな」

「兎も角、我らは明日にはデイドン砦に向かう、宿は空くのだから休ませてやる事だ」

「お前に気を使われると気持ち悪いな……」

「うるさい。お前のため等であるはずがないだろう!」

「へいへい、エステルはせいぜい大事にするさ。あくまで俺の旅のついでにだけどな」

「一応、騎士団でも追いかけてはいるが。そちらは期待しない事だ」

「ほう……」



ユーリの目の色が変わる、下町至上主義は顕在か。

あの時、俺が逃がしたとでも思っているのだろう。

はっきり言うが、キュモールはゲームでもデデッキとは関わっていない。





俺はそのまま立ち去る事にする。

まったく、ちょっと違った行動をするだけで色々とバタフライ効果なのか妙な事が起こる。

ともあれ、ユーリはこれから港に行くまでいくつもの冒険をすることになる。

そうすれば数ヶ月は時間ができるはず。

その間にヘリオードだけはなんとかしておきたい。

転生者特有のNAISEIが出来ればいいのだが……。


はぁ……なんせキュモールだしな……頭痛い……。









あとがき

以前に掲示板に投稿していた作品を修正してUPさせていただきました。

2話以後も作ってあります、掲示板の時は1話のみでしたが完結まで作っていきたいと思います。

毎週日曜日更新予定。

まあ10話よりは少し多くなるかなと言う感じです。

できれば、見てやってくだされば嬉しいです!



押していただけると嬉しいです♪

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