銀河英雄伝説 十字の紋章
第十八話 十字、英雄と邂逅す。
宇宙暦788年、俺は准将になった。
着任したのは第八艦隊第四分艦隊司令、艦隊司令はドーソン中将だ。ある意味古巣だな。
海賊討伐の功績だ、使われた新兵器の数々だが、一応申請しておいたが採用される見通しはたたない。
理由は信頼性等色々あるが、防衛ドクトリンに合っていないからというのが大きい。
どれも、大艦隊で運用するには厳しい物が多い。
チャフ等は使い方次第ではあるが、散布界が広がれば3乗倍の分量が必要となる。
万単位の艦隊戦においてはまさに100×100×100で100万倍の物量が必要となる。
それも、艦隊の広がり具合も当然艦隊規模が大きくなれば広がるためその1000倍必要かもしれない。
結論から言えば、相手艦隊の規模が一個艦隊ならこちらは1000隻規模のチャフ輸送艦を同道させねばならなくなる。
当然艦隊運用は速度の低いものに合わせるので、防衛戦でも厳しいとの事。
吸着ミサイルはそもそも、チャフとセットでなければ使いようがない。
チャフが局地戦でも費用効果がきつい関係上、吸着ミサイルは日の目を見る事はないだろう。
使い捨て砲塔に関してはそれなりに興味を持たれてはいるが、仕掛ける場所が問題だった。
アステロイドベルトが防衛ラインに入る所も少ないため、海賊相手にしか使えないだろうという結論だった。
ただ、砲艦を作るという案は出ている、タイタニアのワイゲルト砲のようになっても困るから、その事は伝えておいたが。
そして、ゼッフェルミサイルであるが、これはもう初見殺しでしかない。
一度理解されたら、ミサイルを放出した段階で相手が迎撃ミサイルを撃ってくるので自滅待ったなしとの事。
否定出来る要素がない。
という訳で、採用される可能性があるのは使い捨て砲塔くらいのものだった。
それも、艦隊戦ではなく海賊相手の防衛戦という限定使用が限度のようだ。
それに、俺が英雄として持て囃されたのは僅か2ヶ月程度のものだった。
その後話題はエル・ファシルの英雄が全て持っていってしまったからだ。
何せ俺の艦隊戦規模より更に大きな開きがある状況で、住民を全員脱出させるという派手な戦果を持ってきたのだから。
知っている俺ですら鮮やかさに舌を巻くのだ、初見である一般の人から見れば奇跡としか言いようがない。
そう、そのたった一度で、同盟中でヤン・ウェンリーを知らない者はいなくなった。
俺としては肩の荷が降りる思いだが、英雄の親友として売っているトリューニヒトとしては面白く無いのだろう。
ヤン・ウェンリーがお茶の間を騒がす様になってから暫くして会合が持たれた。
場所はいつもの十字教御用達のレストラン、最近増築したらしく、地下の特別室に案内される事になった。
俺がやってくると、そこには既にトリューニヒトと回帰教の教祖アンリ・ビュコック先輩と十字教の教主リディアーヌ・クレマンソーが揃っている。
俺は、席に付くと同時に口を開いた。
「閣下、国防委員長就任おめでとう」
「ありがとう、君こそ准将昇進おめでとう」
「どうも、先輩もリディアーヌ教主もお久しぶりです」
「ああ、久しぶり」
「はい、聖者様もお変わり無いようで何よりです」
「所で、今日集まってもらった理由だが」
挨拶を済ませ早々にトリューニヒトは俺達に本題を切り出そうとする。
かなり焦っているんだろうな。
どうせ裏の仕事の依頼という事になるだろう。
「ヤン・ウェンリーについてだ」
「彼がどうかしたのですか?」
「決まっている、ジュージ君の出世に響くだろ、彼の存在は」
正直、それほど響かないと思うが。
准将と大尉じゃまだバッティングする所までいかない。
彼が准将になるのは5年は先の事だ。
こちらとしては、それまでに最低でも少将になっておきたい。
8年後までに中将になれるかはまだ未知数だが、なれれば序盤から相応に活躍出来るだろう。
焦っているのはトリューニヒトのほうだろう。
まあ、彼にとってもまだ驚異ではないだろうが、今回の一事においても人気を持っていかれた事で得票数に影響する。
「閣下、あんたの悪い癖だ。足場を固めようとするあまり土壌にダメージを与えている」
「……どういう意味かね?」
「俺や閣下の立場は所詮同盟あってのものだ。確かに閣下なら同盟が負けても帝国に取り入るくらいはするだろうが」
「私に愛国心がないとでも?」
「あるだろうさ、ただ保身のほうが上に来る。違うかい?」
「……」
「その上で、閣下は同盟軍に打撃を受けても派閥の拡大を優先するだろ?」
「否定はしない」
多少なりともおどけていたトリューニヒトが真顔になった。
俺を排除すべきかどうか見極めにかかっているのだろう。
それでも言っておく必要がある。
何せ、この先。少なくとも同盟の勝利までの間は何事も派閥優先では困るからだ。
「だが軍も無限に艦艇を作り出せるわけじゃない。既に同盟経済はガタが来ている。
もう10年戦争が続けば経済が破綻する可能性だってあるくらいだ」
「そういう予測もあるらしいね。もっともそれは10年前も言われていたよ」
「そう、同盟が未だ倒れていないのは実のところフェザーンのおかげだ」
「……」
「国債を大盤振る舞いしすぎた結果、同盟の国債の実に30%がフェザーンの紐付きになっている」
「よく調べたね」
「うちには優秀な情報源が多数あるからね」
フェザーンの意図は明白だ、同盟にも帝国にも不利になったほうに貸付け下駄を履かせる。
返済を強要する必要もない、そうやって両方が疲弊する事こそがフェザーンの望みなのだから。
「だが次の10年後は流石にフェザーンの貸付けがついても不味いだろう」
「返済は難しいだろうね。今でもそうなんだ」
「だろうね。そういう状況で艦隊や英雄を使い捨てにするのは不味いんだよ」
「つまりは、派閥の強化は後回しにしろと?」
「するな、とまでは言わない。別にヤンとも仲良くすればいい。カメラの前だけなら向こうも反発はできんさ」
「ふむ」
「ただ、排除はしないほうがいい。というか可能な限りああいう人間は放っておくべきだ」
「どういう意味かね?」
仮にも同盟側の主人公(?)だ。
まー正直、艦隊戦では最強だが、ラインハルトとまともに戦えた事は一度もなかったわけだが。
数的不利はともかく、毎回作戦が破綻する状況からどうにか巻き返すという仕事しか出来てない。
「彼はというか、彼らはリベラルだからだ」
「リベラル派は確かに厄介だが」
「いや、そういう意味じゃないんだ。彼らはリベラルの意味である自由。
というか、権力から自由である事こそ正しいと考えている」
「ふむ」
「彼らは本気でシビリアン・コントロールで軍隊を運営すべきと考えているという事だよ」
「それの何に問題が?」
「あーそうか、この場合は向こうがシビリアン・コントロールの意味を取り違えてるんだな」
シビリアン・コントロール、文民たる政治家が軍隊を統制するという政軍関係における基本方針であり、軍事に対する政治の優先を意味する。
つまり、国民に選ばれた代表である政治家が軍をコントロールするという意味になる。
トリューニヒトは正しく文民たる政治家である。
だが、やはりリベラルの軍人はトリューニヒトを嫌うだろう。
彼らの嫌いな癒着、権力への執着等を持っている上、政治的センスはそれほど高く無いからだ。
彼らの求める政治家とは、極めてニュートラルな立ち位置を守り、機械のように正しく判断を下せる存在となる。
まあ、機械的過ぎればそれはそれで人情味がないと嫌うだろうが。
結局の所、リベラルの政治家に求めるハードルが高すぎるのだ。
政治家も人間であるから、いろんなのがいる。
人間としてはクズだが政治能力は高いとか、政治能力はダメだが地元に金を引っ張ってくるのが上手いとか。
現実的に見れば、一芸に秀でているなら十分使える政治家の部類に入る。
かくいうトリューニヒトも民心を扇動する能力や派閥を作る能力、自己保身能力等高い能力が多い。
欠点があるとすれば、その力を民衆の利益のためにあまり使っていない事だ。
彼が民衆の利益に実力の半分以上つぎ込む様になれば名君に早変わりするだろう。
まあ、不可能だが。
だが、3割ほどつぎ込むだけで一般の政治家より国民に貢献する政治家となる。
その上で状況を整えてやれば英雄になる事は難しくない。
そのためには、彼に余裕が必要だ、自己保身を考えねばならない状況を作らない事が大前提となる。
「ともかく、そんな彼らだからこそ。派閥に関係なくきちんと働いてくれるさ」
「だが」
「もちろん、シトレ閥の増大が困るというのもわかる」
「その通りだ」
「だったら、ヤンは俺の艦隊で面倒を見るというのでどうだ?」
「ほう……取り込めるのかね?」
「いや、彼の上前を撥ねるだけさ」
俺はニヤリを口元を歪める、トリューニヒトはそれを見て同様に口元を歪めた。
ヤンは出来れば原作通りに活躍してもらいたいが、既に原作通りになるかどうかなんてわからなくなっている。
なら手柄を上手くもらう方向で考えるのもありだろう。
「それは面白いな」
「じゃあ、人事の方は頼む」
「了解した」
そこで一旦会談は中断し、食事を取る。
と言っても、本格的なそれではなくまあ口を湿らせるという意味が強いだろう。
ここまではトリューニヒトの要望を聞いていたが、ここからは他の2人も参加してくる。
トリューニヒトとしても支持層の取り纏めである彼らからの要望は出来るだけ応える必要があるし、俺もまた彼らとの話がある。
半時間ほど食事やその他のことをしてから、会談を再開する事になった。
「さて、次は俺の方から。回帰教としてはこれ以上人を増やすのは難しい段階に来ている。
既に信者も八千万を越えた。
これからは、人を維持する事を考える段階に来ていると言っていい」
「なるほど」
「幹部の護衛はプライベートアーミーに任せているし、今の所問題はないが。
ここまで来ても、同盟内において地球教徒のほうがまだ多いと言える。
単独で地球教とやり合うのは正直難しいな」
「それは私達十字教でも同じです。今六千万人の信徒を抱えていますが。
単独ではまだまだ厳しいのが現状ですね」
「単独で追い抜くのは無理か。まあそうだよな。相手のほうは表に出ていない信徒もそこそこいると聞く」
当然の結果といえる、むしろ厳しいとはいえ単独でも勝負になるくらいまで成長したのが凄い。
同盟内限定とはいえ、回帰教と十字教を合わせれば信徒数は地球教を凌ぐ。
ただ、地球教というのは裏側のほうが本業なので表側の数字が当てにならない点がある。
だから単独で規模が地球教を抜くというのはかなり重要な事なのだが、それをするにはまだどちらの宗教も年季が足りない。
まだ初めて15年くらい、新興宗教としてはそれなりに年を重ねてきたとはいえまだまだと言える。
「やはり、宗教の連立は必要か。フェザーンではそれなりに上手く行っている様だったが」
「ああ、教義が違う以上完全にというのは不可能だが、ある程度のネットワークを形成する事は出来ると思う」
「ただ、ブルースフィアの様に尖りすぎて合流出来ないものもがりますが」
「なるほど」
ブルースフィアも俺発案の新興宗教ではあるが、十字教や回帰教と違い地球教徒の狂信性の方向をずらしてやっただけの宗教だ。
その目が地球教に行く様に意図的に偏向させているが、要は地球教の闇を分裂させて潰し合わせるためのものだ。
それだけに、関わるのは厳しい、いずれは教義も俺が意図したものとは違ってくる可能性が出てくるしいずれは潰す事も考えねばならない。
「では、現状の宗教連絡会議を継続しつつ連携出来る点の洗い出しを頼む」
「了解しました」
「それで票はどのくらい動かせるのかね?」
「現状の連絡会議に参加している宗教で取り纏められる票数はおおよそ3億。
そして、その票を元に動かせる家族票や近隣票らも合わせればおおよそ15億程度でしょうか」
「15億票か、一人3000万票として約30人と言った所かね。
こちらの派閥は自力で票をまかなえるのが半数程度、現状最大限に増やして60人と言った所か」
「議長の席は議員の半数の賛成が必要な事を考えればもう40人は欲しいという所か?」
「そうなる」
思ったより早い派閥形成が進んでいる様だ、流石トリューニヒトと言ったところか。
この調子なら、原作開始くらいには議長になっていてもおかしくはない。
まあ、宗教票はこれ以上期待出来ない事もあるし、伸び悩む可能性は高いが。
その後も、俺のやっている企業関連、漫画のネタに関しても何故か話に上ったりした。
原案作業はへらしてはいたが、最近はまた少しやっていた。
案外俺原案の作品を作りたがる漫画家が多いのだ。
理由はわかりきっているが、元ネタでいいのまだあったっけ?
状態なので絞って行っている。
一通りの話し合いが終わり、解散して家に帰る。
今はハイネセンポリスにある邸宅のほうに帰っている。
家では、エミーリアが4歳になる娘のリーリアを連れ、2歳の息子トウヤの手を引きながら俺を迎えてくれる。
因みにトウヤは長女がエミーリアからとってリーリアだったので、次は俺のジュージの十がトウと読める事から取った。
発案はエミーリアだ、子供の事は彼女がだいたいやっている。
別に自分でやらなくてもバーリさんを含むメイドが10人ばかり常駐しているので大丈夫なのだが、
やはり自分で育てたいとの事で疲れない範囲で自分でやってもらっている。
もちろん俺も時間の許す限り手伝っているが、あまり時間が取れない事を申し訳なく思う。
「パパー!」
「ぱぁぱ!」
「お帰り、あなた」
「みんな、ただいま。エミーリア、何か変わりは無かったか?」
「いくつか書類は届いていたけど、面会とかは無いです。バーリさんが止めてたので」
「あー」
「ねぇねぇ、パパ、おみやげは?」
「おみやげは〜?」
「はいはい、それじゃこんなのはどうかな?」
「にゃんぱんまんだー!」
「たれきつねー!」
俺が2人にぬいぐるみを渡すと興味がそっちに移ってしまったのだろう、二人は部屋に駆け込んでいった。
おもちゃメーカーとも懇意なので、結構子供向けのものをもらう事が多い。
ダース単位どころか数百個くらい一気に買い与えるのも簡単ではあるが、流石に情緒がない。
いくら家が金持ちとはいえ、あんまり贅沢ばっかり覚えさせるわけにはいかない。
エミーリアの教育方針でもあるので、とりあえず普通ではないが贅沢ばかりにならないよう気を使ってはいる。
まあ、そもそも俺の金の使い道は基本的に自衛手段なので、規模に見合った贅沢等したことはないが。
「もう、毎回何か買い与えてるじゃない」
「まーそう言わないでくれ、毎日相手をしてあげる訳にもいかないからな」
「それはそうだけど」
「実際エミーリアにはいつも助けられてるよ。子供たちも元気に育ってくれてるしな」
「私は貴方が心配だわ……いつまで軍を続けるつもりなの?」
「あと……そうだな、10年だな。10年の間に上手くいけば平和が実現すると思う。
俺の計画通りにいかなくても、同盟有利の状況が確定するはず。
その後なら、もう軍をやめて、のんびりするのもいいな」
「10年ね……その頃は私たちも41歳、子供たちはまだ育ち盛りだろうけど」
「まあ金の心配は元々しなくていいからな、そうなったら気楽にやろう」
「ええ」
俺は心底明るく言ったつもりだが、彼女はどこか憂いを帯びていた。
漠然と不安を持っているのかもしれない。
今が幸せだからこそ、いつ崩れるかわからないと。
だが、俺には心の底まではわからない、抱きしめて不安を少しでも和らげるくらいの事しか。
そのあと盛り上がったせいで3人目が仕込まれてしまったのは良かったのか悪かったのか(汗
話し合いから2ヶ月程、ヤン・ウェンリーが俺の分艦隊に着任する事が決まった。
現状、俺の分艦隊は巡洋艦の分艦隊である。
分艦隊旗艦である戦艦バトラントは以前の辺境艦隊着任時に支給されたものをそのまま使っている。
基本、同盟の戦艦はどれも大きな差異はなく、せいぜい型式が違う程度だ。
艦長はそのままエマーソン中佐、前回の勝利はほとんど俺の自費で買った兵器の活躍だったためあまり艦内メンバーに手柄をやれなかったのは失敗だった。
幸いにしてエマーソン中佐以下戦艦バトラントのクルーは表面上は特に不満はないようだった。
だが、次はきちんと手柄を分配したい所である。
ビュコック提督には悪いが、こちらにとっては一番頼りになるメンバーなのだ、抱え込むのも当然である。
さて、英雄殿の顔を拝んでおかないとな。
ブリッジから出て提督執務室の方にやってくる。
実際の所、ブリッジで作戦を決める事のほうが多いのだが、一応別々に作られているのだ。
理由としてはブリッジと作戦立案を同時にやると混乱しやすいから。
一応、この提督執務室でも外の様子や俯瞰図等を表示する事が出来るのである意味過不足はないはずだ。
もっとも、艦長等に命令するのが二度手間になる問題があるので皆ブリッジに行っているが。
そうこうしているうちにノック音がした。
それに答えて入室許可を出す。
すると、草臥れた着こなしのダルそうな若者がやってきた。
「ヤン・ウェンリー少佐。分艦隊参謀として着任しました」
「私が第八艦隊、第四分艦隊司令のジュージ・ナカムラだ。
よく来てくれた少佐、貴君の活躍耳にしている。ここでも活躍を期待しているよ」
「いえ。あれはたまたま状況がそうなっただけですので。准将閣下のような武勲とは違います」
何とか責任を回避しようとする様な言い回し、実際期待されるのは面倒なんだろう。
だが、俺は期待する。というか、精査はするが彼の作戦ならそう間違いもないだろう。
こき使うつもり満々である。
もちろん、功績を上げればきっちり評価し階級も上げるつもりだ。
そのおこぼれで俺も出世しようと考えている。
どうせ彼は出世にはあまり興味はないんだろうが、年金程度には階級にも意味があるだろう。
とはいえ、彼はドーソン中将を出世させるのは嫌がるだろうな……。
「いや、同じ状況になっても私には出来ないよ。
そうだ、ついでに少しばかり話をしないか?」
「構いませんが……」
露骨ではないが、嫌そうな顔を一瞬見せる。
まーそうなるよな、派閥の勧誘だと思われるだろうし。
だが、俺が聞きたいと言うよりは確認したい事があるんだ。
彼は民主主義を守るという事に関しては本気だった。
しかし、同盟の勝利そのものには頓着していない。
その点が気になる所なのだ。
確かに、エルファシルにおいて逃げ出した軍人を見捨ててというよりは囮にするという手は悪くない。
だが同時に非常に考え方がドライであるのも事実だ。
何せ、それまで同じ釜の飯を食っていた同僚を丸ごと見捨てたという事でもあるのだから。
職分以上の事はしないというのも理解はできるが。
ヤンは以後一貫して、それを貫いている。
一種のポリシーなのかもしれないが、同時に同盟を勝利に導くという意味では甚だやる気がないとも言える。
「確認したい事は単純な事だ。君は同盟を勝利させたいと思うかね?」
「……少佐の領分を越える話かと思うのですが」
「政治家の領分である事は否定しない。だが、国民の一人としてどう思うかという事ならいいかね?」
「国民の一人としてでありますか。拒否権は?」
「ある。だが拒否権を発動するという事の意味は理解しているだろう?」
拒否権を発動するという事は、つまり同盟を勝たせたいという普通の答えではないという事。
つまり、発動した時点で答えを言っている様なものだ。
いやもう、ほとんど言った様なものだが。
やはり、ヤンは同盟を維持したい平和にしたいとは思っていても、同盟を勝利させたいとはあまり思っていないという事。
彼がラインハルトに艦隊戦では負け知らずだったにも関わらず、同盟が負けたのもその辺りに起因する事だ。
「はぁ……なぜ自分にそれを問うのかと、聞き返しても?」
「いや何、今後君が艦隊を指揮する立場になってどうするのか少し気になってね」
「そこまで出世する予定はないですが、まあ、職分の範囲で仕事をするものかと思います」
「まあ、今のでだいたい分かったよ。
君は民主主義というものは大事だと思っている。
同盟を守る事にも異議はない、平和にしたいとは思っている。
しかし、同盟の勝利には興味がないといった所かね?」
「……全く勝利に興味がないとは言いませんが。
同盟が例え帝国領を手に入れても管理しきれず内乱を誘発するのは目に見えています。
勝利するにしても、どこまで勝利するかが大事ではないかと」
ようやくヤンが会話に乗ってくる気になったらしい。
仲良くするかどうかはまだわからないが、同盟に勝利をもたらすのは規定事項だ。
負けた場合どうなるかは知っている。
そもそも、ヤンはそういう所は少し理想家すぎる。
地球教徒を警戒はしていたようだが、いざ自分の身に降りかかってきた時は何もできなかった。
ありていに言えば、危機管理能力の問題もある。
場合によっては彼に薔薇の蕾から護衛をつける必要も出てくるだろう。
「まあそうだね。例えばだが。イゼルローンとフェザーン両回廊を抑えるとかかね? 君の理想は」
「そうですね、出来ればそれに越したことはないでしょうが。
フェザーンもやり手ですし、イゼルローンさえ押さえれば暫くは時間が稼げるかと」
「なるほど。だが帝国側にとんでもないバカか天才が現れない保証はない」
「バカか天才ですか……」
「フェザーンは少しばかり幻想を抱きすぎている様に見える。帝国にとってみれば帝国領内には違いないんだからな」
「確かに」
ヤンは考え始めたのか顎に手をあてて視線を俺から外した。
少しは興味を引いたらしい。
こういう空想実験はもともとヤンの好きなものの一つのはずだ。
ユリアンを相手に色々言って聞かせていた様に俺とも話が出来れば一番いいのだが。
「そうか、それで納得がいく。
准将、貴方は同盟を本気で勝たせるつもりなんですね?」
「そこまで思考が飛んだのか。流石だな」
「いえ、貴方の噂は色々と聞いていましたから。
何せ二度も英雄として称えられ、30歳で准将になった人だ」
いえ、その程度この後いくらでも出てきます。
とはいえ、現時点ではまだ珍しい部類ではある。
ラインハルトが出て来てから、どんどん上のポストが開いていき結果的に出世が早くなった。
だが、今はまだ一進一退なのでそこまでひどい損耗は多くない。
イゼルローン攻略戦くらいのものだろう、被害が大きくなるのは。
「貴方は子供の頃から金を稼ぐのが得意でした。
フェザーンの商人も顔負けですよ、私の父も貴方には叶わないと常に言ってましたから」
「君の父は交易商だったとプロフィールに書いてたな確かに」
「ええ、贋作の壺や皿を利益をつぎ込んで買い漁って結局何も残らなかったですが」
「……」
「ああ、そんな事はどうでもいいんです。何時からそう思っていたんですか?」
「同盟を勝利させたいという事か?」
「はい」
やはり、彼は他人を知りたがる人だったようだ。
歴史研究家を目指していたというだけはある。
「10歳頃かな、正直このままでは同盟は終わると思った」
「同盟が終わる?」
「ああ、それだけの洞察力を持つ君なら分かるだろう?
帝国は今の所同盟と拮抗しているが、その理由は2つある」
「それは……」
「一つは帝国が纏まっていない事、大貴族達は自分の艦隊を持っているが帝国軍とは別物だ。
そういう国内の抑えとして、帝国は艦隊の半分を国内に張り付ける必要が出てくる。
だから帝国軍18艦隊、貴族軍もだいたい9艦隊あり27艦隊を形成できるが実際に出せるのは9艦隊だ」
「そうですね」
「もう一つはフェザーンの存在だ、あそこは足を引っ張るのが得意だからな。
同盟、帝国両方に金を使った網を張って、世論を動かしている。
同盟なら議員、帝国なら貴族を動かせば世論を作れるだろ?
それを使って、同盟と帝国が拮抗し続ける様にしているわけだ、両方の疲弊を狙ってな」
「……」
「だが、バカか天才が帝国かフェザーンに生まれた場合、どうなると思う?」
ヤンはその先を想像したのか蒼白になっている。
まあ、実際ラインハルトという天才が帝国で生まれてもう10歳になっているわけだが。
今頃、皇帝憎しを叫びながら軍学校に入っている事だろう。
「帝国なら貴族を粛正なりなんなりして18個艦隊を動ける様にすれば同盟の倍の動員兵力となる」
「確かに、同盟も12個艦隊を全て正面に回すのは不可能ですから」
「フェザーンなら周辺地域の取り込みを進めるだけでいい。それで新しい帝国を作り出せる」
「隠蔽を両国のシンパを使って行えば不可能ではないと?」
「あちらには地球教もついているからな」
「……」
「対して同盟が勝利する条件は厳しい。フェザーンの影響力を排除しなければ政治家が纏まる事も出来ないからだ」
「政治家をまとめるですか、しかし、纏まってしまえば新たなルドルフの温床になりかねない」
「ならば、民主主義的に戦うしかないだろう?」
考察を進めていくとヤンはどんどん学者らしい真剣さが顔に出てくる。
興味のある題材であったようで何よりだ。
「金と人ですか」
「その通り」
「しかし、それでは原則を否定していませんか?」
「民主主義においては、常に今の利益と未来の利益を天秤にかける事になる。
全体の利益と個人の利益もな、近視眼的に見えるかもしれないが今の利益や個人の利益も無視はできない」
「ばら撒きを容認すると? そちらはフェザーンの十八番では?」
「否定すればどうなるかも予想がつくだろう?」
「……確かに、だから貴方はばら撒ける側になったという事ですか」
「その通りだ」
「大変勉強になりました。少し私も自分で勉強してみますよ同盟の未来について」
「期待している」
敬礼して出ていくヤンを見ながら一息つく。
今回の接触は成功と言っていいだろう。
彼の鋭さは少し冷や汗をかいたものの、俺が利益を追求するだけの人間とは思われずに済んだ。
某少将のように見捨てられるのは御免だからな。
これから、彼にコバンザメするためにも是非にもそれなりの付き合いを続けたいものだ。
コバンザメするのは確定なんだが。
あとがき
ようやくヤンを出す事が出来ました。
ヤンに対するイメージが崩れたりしてなければいいのですが。
ヤンに対するジュージのイメージは私がヤンに抱いているイメージそのものに近いです。
彼が役職以上に一歩踏み出さなかったのは、もちろん民主主義の原則を越えないためですが、それだけでもない気がするんです。
彼が常に言っていた最悪の民主主義は最高の独裁に勝るという言葉。
これは逆に同盟が最悪の民主主義だと認めている様なものですからね。
実際、同盟は話が進むごとに酷くなって行ったのを覚えています。
確かに、民主主義は衆愚政治になる可能性が常に付きまとっており、それに絶望した国民が望めば独裁者が登場します。
これは歴史を見ればわかることで、中東やアフリカでは今でも起こっている事であります。
日本はなぜそうなっていないのか、理由は単純で金がまだあるからです。
日本では天皇陛下が民心の安定に一役買ってくれているため、他国と比べれば荒れる事が少ないという点もあります。
国民が疲弊したら独裁者が登場する事になるでしょう、そうならないためにも国を疲弊させない事が大事ですね。
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