銀河英雄伝説 十字の紋章


第二十七話 十字、談合す。






「そんな事を考えていたのか……」

「はい、同盟と帝国の国力差ですが、現状における国力は4対6くらいでしょう。

 とはいえそれもマンパワーを発揮できない現状においてですが」

「……」



大雑把に作戦を語り終えた俺にウランフ中将は額に汗をして答える。

実際、彼のようなタイプではこういった裏のある作戦はあまり好みではないかもしれない。

しかし、シトレ元帥と違い飲み込んでくれるはずだ。

原作のアスターテを見ていて感じた事だ、彼は勝てるなら多少のダーティさを許容できるはず。



「次の戦いからは出てくるのが先日に元帥となったラインハルト・フォン・ローエングラムでしょう。

 彼の作戦能力は高い、それに今までの貴族に不満を持つ優秀な軍人たちを集めて元帥府を開く事となる。

 彼には門閥が持つ血縁に対する優遇や利権関係などはありません、だから本当に能力を持つものだけを採用する。

 それに集められた者たちは今までの境遇から助け出された事によってラインハルトに忠誠を誓うでしょう」

「何が言いたいのかね?」

「帝国の軍権のほとんどはラインハルトが握る事になるでしょう。

 青臭い正義と、天才的な戦術、そして結果を出してきた事による強烈なカリスマによって」



それではすまないんだが、今そんな事を言っても妄想と思われるだけだ。

これだって、ギリギリのラインと言うか半ば妄想と思われても仕方ない。

ただ、細かな情報源を持つ俺は説得力を上げる証拠はいくつか提示できるが。



「つまり何かね、帝国は彼によって息を吹き返すと?」

「はい」

「それも、君の情報源からもたらされたものか?」

「帝国内に潜り込ませている人間もいますし、コンビニチェーンは今や帝星オーディンにもありますからね」

「……恐ろしい男だな君は」



コンビニの拡大は正直予想外だった。

色々な工場とそれに応じたチェーン店舗の数、それさえ用意出来ればどこにでも広まった。

流石に星の発展を考えていない様な門閥貴族の領地等は何が起こるかわからないため手を出していないが。

ともかく、帝星等は間違いなく経済規模が大きかったので、潜り込めさえすればコンビニが広まるのは早かった。


考えてみれば当然かもしれない、この世界はスーパーマーケットすら整っているとは言い切れないのだ。

原作が書かれた1980年代の世相が反映されているせいだろう、まだ同盟はそれでもスーパーくらいはある。

しかし、帝国にはそれすらないのだ。

だから、フェザーン経由で持ち込まれたコンビニが爆発的に広まった。

まあ、そうはいっても同盟と同レベルの店舗は出来ているとは言い難いが。

ともあれ、ほんの一ヶ月前に受け取った資料に帝国にコンビニ網が出来上がったと報告されていた。

つまり今の俺は帝国の情報もある程度知る事が出来る立場にいるということだ。



「納得できたとは言い難いが、理解はした。話を止めて悪かったな」

「いえ、その時が来たら協力してください。そうでなければ無視すればいいだけの事ですから」

「わかった」






さて、一応でもウランフ提督の協力を取り付けた。

これで軍の掌握はある程度可能だろう。

そうでなくても、想定通りに進めば問題はないはず。

一応保険はいくつかかけているが、成功しないことには先に進めない。

だからこそ、この場で決めてしまう必要がある。



「さて、次は私の話だね?」

「閣下にお願いしていた事についてですが」

「ああ、言われたとおりにこなしたとも。だが何を目的としているかについて聞いても良いかね?」

「はい」



そう、俺はヨブ・トリューニヒト国防大臣に幾つか頼み事をしている。

それは今まで彼を支援してきた事に対する対価であると同時に、彼を栄光へと押し上げるためのものだと言ってあった。

事実そのとおりである、しかし、その事について詳しくは教えていない。



「先ずだ、フェザーンの資金は今コーネリア・ウィンザー情報交通委員長の派閥に流れている。

 それを見過ごす様にとの事だったが、どういう意味かね?」

「はい、彼女は恐らくフェザーン経由で情報や金を手に入れ派閥の強化を行うでしょう。

 そして、次の戦いが起こればフェザーンと組んで我らやロイヤル・サンフォード派閥を追い落とそうとするでしょう」

「……そうだね」



トリューニヒトは少し考えてから頷く。

そう、今回はそれを逆手に取るのが目的でもある。

実際、勝つための方策も重要だが政治情勢の整理も可能な限りやっておきたいのだ。



「今回の作戦でイゼルローン要塞を奪取する事に成功すれば同盟は大きなアドバンテージを手にします」

「確かに」

「シトレが大きな手柄をあげた事になる以上、政治家は選挙で不利になります。

 となれば、政治家もまたシトレに匹敵する手柄がなければならない」

「つまり、政治家主導による侵攻作戦が提案されるということかね?」

「はい」



あの作戦、持ち込んだフォークも焦りでおかしくなっていたと言えるが、それだけでもない。

政治家もまた、このままではシトレが選挙に打って出た場合、シトレ派閥を形成される可能性が高いと見ていたのだ。

だから、政治家も急いで手柄を必要としていた。

その結果があのバカバカしい大作戦である。

軍隊に詳しい人間でなかったとしても、フォークの言動に中身がない事くらい直に気が付きそうなものだが……。

焦りで目が曇っていたと考えるしかないな……。


転換症との兼ね合いから、フォークが親の能力でエリートになったという考え方が前世にはあった。

実際調べた所、アンドリュー・フォークの身内は軍部だけでなく政治家にもいることがわかった。

だが、それでもあの作戦を親族が許したのはよくわからない。

自分たちも破滅するのが目に見えているだろうに……。



「その際、賛成に回ってもらいます。そしてその後に……」

「例の仕込みの出番というわけか。確かに悪辣だ。だが情報を漏らすわけにはいかないだろうからね。

 君に賭けた私が報われるかどうかがこれで決まるというわけだ」

「はい。閣下にはくれぐれもよろしくおねがいします」

「十分な準備はしてきた。私としても美味しいからね。是非やらせてくれたまえ」





トリューニヒトには十分な投資と票集めに気を配って来たし、彼の目的も結局ここで俺に倒れられては困るはずだ。

何せ、他に彼を帝国を倒した最高評議会議長にはしてくれないのだから。

それに、今回の事で彼は大躍進が決まっているのだ、変に保険をかけるとまずい事くらい理解しているだろう。



「次は私でいいかね?」

「はい」

「財界の状況はフェザーン資金から政治等を守る事はできていない。これに関しては今回で型をつけられると見ていいのかね?」

「おおよそは可能になるはずです」

「ふむ」



財界の首領たるバークレー・ドノバン氏にはやはりそちらが気になるか、とはいえ現状優先順位は高くないんだが。

フェザーン資金による政治誘導は今も続けられている、先程トリューニヒトと話した事が一番だがそれ以外にも色々と食い込まれている。

だが、今回の作戦が終わればその当たりの世相も変わるだろう、故に今は刺激したくない。



「今はとりあえず信じよう。それと、君の頼んでいたものだが。

 一応準備は出来た、生産ラインで2ヶ月あれば必要数を確保できるだろう」

「ありがとうございます」

「しかし、高速輸送艦1万隻に例の物も含め君の資金力ではどうにもならないだろう?」

「はい、出来れば財界で分担をお願いしたい。上手くすればかなりの好景気が期待できます」

「否定はしないがね。うむ……まあ、ここに来ている以上、私がなんとかしてみせるさ。

 十分な見返りも手に入るだろう?」

「はい、そちらのほうも抜かりなく行くつもりです」

「ならばいい」



財界全てとはいかないが、彼の約束を取り付けさえすれば国家予算に近いレベルの資金を得たようなものだ。

今回の成否は財界の支援によるので、ありがたい話だ。

癒着と言えばそれまでだが、ウィンウィンでなければ誰も動かないのも事実だ。

当然、終わった後にはそれなりの報酬を用意しておく必要はある。

まあ、ほしいものはわかっているんだが……。






「聖者様、これで準備はほぼ整ったのですね?」

「ああ、十字教には国内の地球教への抑えとテロ防止のための活動を頼む」

「はい、全力で治安の悪化に歯止めをかけてみせます」



リディアーヌ教祖には言う事は少ない。

今までもずっと計画の相談をしてきたということもあるし、やってもらうことは基本的に同じだ。

ただ、この先地球教徒がテロ組織として先鋭化する可能性は否定できない。

気を引き締めてもらわねばならないだろう。



「そして、先輩には……」

「フェザーンだな。回帰教は基本的に地球教の亜種だ、確かに拒絶反応は少ないだろう」

「はい、ようやくです」

「そうだな」
 


目を合わせ、頷きあう。

アンリ・ビュコック先輩にはかなり厳しい事をお願いしているといえる。

何せ、橋頭堡は確保しているとはいえ、フェザーンの地球教の取り込みか排除を頼んだのだから。

回帰教は数多ある新興宗教の旗頭的存在でもあるため、かなりの数の宗教と合同でフェザーンの地球教の排除を行う。

もちろん、一気にとはいかないがその時が来れば帝国側の援軍を排除できるようになるはずだ。

それに合わせて行う事になっている。



「ラップ。概要はつかめたか?」

「壮大な作戦ですね……確かに、これが成功すれば同盟は帝国に対して優位に立つ事ができるでしょう」

「もちろん穴がある可能性は否定しない、その穴埋め作業を手伝ってもわうぞ」

「はっ!」



この作戦は壮大な空っぽの作戦に中身を詰め込むという意味合いもある。

だが、使う戦力を無駄にせず一回で同盟と帝国の戦況をひっくり返すのが目的だ。

当然博打要素もある、そのリスクを埋めるために極秘を貫いているのだ。

トリューニヒトも自分の利益になるのがわかっているのだから、口外はしないだろう。

それ以外にも彼には重要な役目を任せている、まあ目立つし人気取りになるのだから喜んでやってくれるだろうが。


その後、色々と細かなことを詰めていきラップが補足する事が続いた。

作戦の概要が決まっていても、問題はいくらでもあるのだから仕方ないが。

人員に関する問題や金に関する問題は調整が面倒で、時々俺が自腹を切る前提にならざるをえなかったが。

そもそもこれは、今までの集大成なのだから惜しむつもりもなかった。



「それでは皆さん、役割を全力で果たしましょう」

「ああ、同盟の勝利のために!」

「「「「「同名の勝利のために!」」」」



まあ、本気で同盟のためにと思っている人間が半数いるかどうか微妙な感じだが。

それでもこれは同盟にとっては重要な作戦であると自負している。

だからこそ、どんな手を使ってでも成功させてみせる……。

フォーク准将が本当はどんな人間であるとしても原作よりも道化になってもらう。

これはそのための作戦でもあるのだから。











宇宙暦796年5月。

ヤン・ウェンリー少将によるイゼルローン攻略作戦発動。

原作と多少の違いはあったようだが、概ね同じ結末に。

違うのは、ゼークト大将の怪我が治りきっておらず、艦隊司令代行の中将が指揮していた事くらいか。

ある意味幸運にもゼークト大将は生き残り捉えられて捕虜となった。

本人は死ねなくて残念かもしれないが、帝国兵にとっては喜ばしいだろう。


この違いによって、帝国艦隊1万隻を鹵獲し、100万人の捕虜を得た。

もちろん、イゼルローン基地の捕虜を別にしてだ。

潜在的な敵を増やしたとも言える、ラインハルトの兵力になる可能性が高いからだ。

まあ、1万隻の帝国艦隊は貴重なものであるので、せいぜい利用させてもらうつもりだ。

ヤンは逃げろと言ったかもしれないが、それが実行されなかっただけでも良かった。

もし、わざと逃していたらかなり大きな問題になっただろうから。

ヤンが早々に軍法会議に召喚されるのは勘弁してもらいたいしな。


ともあれ、シトレはこの手柄を持ってヤンを中将に任命、第十三艦隊は正式に1個艦隊となる。

今は訓練に勤しんでいる頃だろう。


俺はその頃、薔薇の蕾や十字教の情報網を駆使してロボス元帥の身の回りを探らせていた。

フォーク准将も無論だが、内部事情を可能な限り探っておく様にしたのだ。



「ご報告申し上げます」

「バーリさん早いね」

「より細かく調べるのであれば1ヶ月ほどいただく事になりますが。

 おおよその内情は掴みましたので」

「ありがとう」



やはり、ロボス元帥はもうだめになっているようだ。

現役のロボス元帥を見てきただけに悲しいところではあるが。

それにあえて今までフォーク准将も放置してきた。

やろうと思えば彼の出世を潰すのは難しくなかったが。

全てはアムリッツァを逆手に取るためにやってきたことだ。


もちろん、今までの俺の改変のせいでバタフライ効果が発生してもおかしくなかったが。

幸いにして今の所大きな違いは見受けられない、ラインハルトに手出しをしていないからだろう。

やんに関してはシトレが頑張って帳尻をあわせているように見える。

実際、皇帝にしてもシトレにしても切り札を早々に損切りにかける等出来ないという事だろう。

おかげでどうにか、今回の作戦が成立する。



「基本的な根回しはトリューニヒトが自分でやるだろう、草の根は十字教に任せればいい。

 だが、予想外の事がないとは言い切れない。

 バーリさん、薔薇の蕾の半数を使って現地を抑えておいてくれるかい?」

「あれから薔薇の蕾もかなり増えています。連隊規模になっていますので大隊程度なら回す事が可能です。

 回帰教、十字教を含めた現地協力員も一定数確保しておりますし、可能であると判断します」

「助かる」



この人も年上なんだから年齢は40代になっているはずだが、それを感じさせない。

鍛え込んでいるせいかもしれないが、衰え等はまるで見えない。

彼女にはエミーリアの護衛を任せているので、作戦に直接参加する事はないが頼もしい限りである。



「そういえば、ゴクウさまが任官されました。ご主人さまの艦隊を希望しているようです」

「結局士官学校に行ったからなあいつは、まあいい。少尉では参加させられんな。

 今回は乾坤一擲の作戦だ、あいつの成長を待ってはいられない」

「わかりました、陰ながら護衛をするに留めます」

「頼む」



プライベートアーミーを増員し、内部監査は薔薇の蕾に任せ、家族の周辺を護衛させている。

運営している会社や関係各所にも派遣して、とにかく邪魔をする勢力に手を打たせない事を優先している。

そんな中でゴクウを連れてはいけない、トラバース法で来たとはいえ我が家の家族となった以上いろいろな意味で狙われるのだから。



「さて、後は建造された1万隻の高速輸送艦の運用だな。

 最低50万人が必要になる、軍に任せられる分はそれでいいが……。

 ある程度は手駒を用意しておく必要がある」

「ルグランジュ少将の件ですね?」

「ああ、かなり漫画なんかの影響を受けていたとは思うが、問題はないか?」

「はい。背後関係も洗いましたが思想、言動ともに問題ありません」

「わかった」



1万隻用意した高速輸送艦艦隊はルグランジュに任せるとしよう。

これで打てる手は打った、後はできる限り帝国というかラインハルトに情報が漏れない様に動くしかない。

流石に新米元帥には諜報網なんて御大層なものはないと思いたいが。

案外、オーベルシュタイン当たりが持っていそうで怖い。


だがやるしかない、ここで勝てなければ逃げ出すしか無いだろう。

とはいえ、今の俺は守るべきものが増えすぎた、出来れば勝利したいものだ。

この状態から逆転される可能性は極小であると思うが、ラインハルトの運が怖い。

まあ、建前という壁をくぐり抜けられるとは思わないが……。



「乾坤一擲、これの勝敗が同盟の未来に影響する。

 正面決戦なんて馬鹿はする気はないが、気取られず全てを終える様徹底しろ」

「はい」



バーリさんに言った言葉は俺の不安の裏返しである事は自覚していた……。















あとがき


まーいろいろ強調してしまったのでヒントが多すぎてだいたい何をするかわかってしまった人もいるかと思います。

とはいえ、ここである程度前提作りをしておかないと、本番でいきなりやってへっ?てなるのも困ると思いまして。

とりあえず可能な限り前提条件を伝えさせてもらいました。

まあ、普通に言ったら皆、その程度かよ? と思う程度の策ではあります。

ですが、これがやはり勝利に繋がると思っておりますので、ここからは本作品の山場に相当します。

頑張って続けていくつもりですので、ご容赦くださいね。 



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