銀河英雄伝説 十字の紋章


第二十八話 十字、策謀を始める。






宇宙暦796年8月
イゼルローン要塞の作戦会議室に同盟提督9人が出揃った。
第3艦隊司令ルフェーブル中将
第5艦隊司令ビュコック中将
第6艦隊司令俺ことナカムラ中将
第8艦隊司令アップルトン中将
第9艦隊司令アル・サレム中将
第10艦隊司令ウランフ中将
第12艦隊司令ボロディン中将
第13艦隊司令ヤン・ウェンリー中将
高速輸送艦隊司令ルグランジュ少将

イゼルローン周辺にはイゼルローン要塞に入り切らなかった艦隊が展開している有様だ。
その数なんと13万隻、宇宙船が星のように見える数である。
原作の提督たちに並んで俺がいるのがなんか違和感があるが、まあ当然と言えば当然だろう。
間接的にとはいえ俺が集めさせたのだから。


今回も既に色々仕込みをしているというか、今回の仕込みは今までにない規模で行われていた。
先ず最初に、出撃前の提督会議でロボスは無理だったもののイゼルローン要塞の一室に全員を集める事が一つの目的だ。
この部屋は予め、電波系のものを全て遮断する妨害電波が発せられている。
そして、提督以外では入室してきたアンドリュー・フォークと俺が仕込んだ憲兵しか出入りできない。
この憲兵、実は薔薇の蕾の団員だったりする。
つまり、機密は全て外に漏れないための対策をしていた。


そして、アンドユー・フォークは原作でお馴染みの中身のない演説をぶって悦に入りながら出ていく。
約1時間程度たっていた。
憤懣やるかたない他のメンバーを見て、しかし、策のためにあえてフォークには手出ししていない。


正直、俺はまともに聞いていなかった、内容も原作と大差なかったというももある。
抗議をする提督は多数いたが、相変わらず屁理屈で全て勧めてしまうフォークを見てある意味凄いかもしれんと思いはした。
それに続いて他の提督も出ていこうとするのに合わせ、俺が声をかける。



「皆さん、申し訳ないが少し話を聞いてくれないか?」

「話ですか?」



ヤンが真っ先に何かに気づいたらしく、俺に言葉を返す。
そして、それを見てウランフ提督がうなずき、理解している事を示す。



「ここまでの話は実は前フリです」

「は?」

「何を言っているのかね、君は?」



アップルトンやアル・サレムらは俺に対して呆れのような表情をしている。

それに対し俺はニヤリと口元を歪めた。



「俺は政治にもパイプがありましてね。アンドリュー・フォークの後始末をつけようかと思うのです」

「後始末だと?」

「今扉をあけると御破算になってしまいますが?」

「……どういう事だ?」



ルフェーブルが疑問を呈し、ビュコックが問いかける。

ヤンはおおよそ俺の考えがわかったのかもしれない、椅子に座り直す。

もともと立ち上がっていないウランフやボロディンを見てビュコックも座り直したようだ。

アップルトンやアル・サレムもそれに追従する。



「先ずこれを見てください」



俺は、携帯していた3D映写装置を取り出し、上映を開始する。

ブォンという音とともに映ったのは最高評議会11人のうち過半数を超える8人。

ロイヤル・サンフォード最高評議会議長とその派閥の2人。

トリューニヒト国防委員長とネグロポンティ、ウォルター・アイランズ。

ジョアン・レベロ財務委員長とホワン・ルイ人的資源委員長。

映っていないのは、コーネリア・ウィンザー情報交通委員長とその派閥の2人だ。

上映を開始してからしばらくし、ロイヤル・サンフォード最高評議会議長が話はじめる。



『この場に集まっている提督諸君、先ずは録画で話す事を謝罪させてくれ』



そうしてサンフォードが軽く頭を下げる。

実際、ラザール・ロボスは原作でもロイヤル・サンフォード派閥と見られている。

同盟内の政治勢力は大きく見て4つ、ロイヤル・サンフォード派閥、トリューニヒト派閥、コーネリ・アウィンザー派閥、リベラル派閥の4つだ。

アンドリュー・フォークロはボスの部下であるから、サンフォードの失態ではある。

だがこの場での謝罪は単に、提督たちを混乱させたことへだろう。



『そして、これから言うことをよく聞いてもらいたい』

「「「…」」」

『先ず、アンドリュー・フォークの案を受け入れtのは私だ』

「「なっ!?」」

『だが最初は、フォーク准将がフェザーンの息のかかった人間だとは知らなかったのだ』

「「「は!?」」」

『コホン、ロボス元帥は毒物を飲まされていた、といっても一般的な毒ではない。

 非常に弱い毒なのだそうだ、だが思考力が低下する、つまり使い物にならなくなるわけだ。

 私はロボス元帥の推薦で来た彼が罠なのだとは気が付かなかったのだよ』



ロボス元帥から毒物反応が出たのは事実だ、ただ、今まで主治医が隠匿していたらしい。

60歳程度でボケるというのはありえないとは言わないが珍しい。

それに、ちょうどよくそれを利用する人間がいるのもおかしいのだ。

それを計画した人間がいるということ、そしてそんな事ができるのは地球教だけだろう。

未だに軍内部にも根を張っている。



『毒物を仕掛けた相手を特定したわけではないが、かなりの確率でこれもフェザーンであろう。

 そして、この卑劣な罠にはまだ続きがある。

 遠征計画そのものが帝国に流されている、つまり出撃した途端帝国に襲撃を受けるか、何らかの絡め手で被害を受ける事になるだろう』

「「「「「「……」」」」」」

『そして、コーネリア・ウィンザーの派閥は、フェザーンとの繋がりが確認された。

 ウィンザーが今回の出兵に反対したのは、敗北する事が確定していると理解していたからだ』



俺以外のほぼ全員が息を呑む。

そう、ある程度は知っているはずのウランフ提督や、あのヤンですらも。

彼らはやはりリベラルなので政治のドロドロした部分はあまり考えていないという事もあるだろう。

だが、ここまで足元がグズグズだとは思っていなかったというのも大きいだろう。


ちなみにウィンザーがフェザーンと繋がっている理由は簡単だ、俺がトリューニヒトと繋がっているからだ。

はっきり言って、自由惑星同盟の政治家、特に最高評議会はリベラルを除いてどうしようもないのばかりだ。

ロイヤル・サンフォード派も、コーネリア・ウィンザー派も国よりも自分の政治生命を優先している。

その証拠は、原作でも語られているが、戦争を選挙の票集めとして使うやり方を見ればわかる。

フェザーンは同盟の大規模な債権者であるし、その支援はどの政治家ものどから手が出る程欲しい。

つまりは、原作においてはトリューニヒトが一番権力の座につけやすかったから使っていただけで、フェザーンとしては誰でもいいのだ。


今回、この不祥事を最大限に利用させてもらった。

1つ目として、トリューニヒトの政治基盤を固めだ。

彼にはロイヤル・サンフォードに対して恩を売る意味でアンドリュー・フォークの背景を伝えさせた。

これによって、次回の選挙でトリューニヒトが最高評議会議長になる事はほぼ確定だろう。

2つ目として、ウィンザー派閥がフェザーンと繋がっている事を提督達に知ってもらい、フェザーンの事を理解してもらう。

正直危機感が足りないのだ。

3つ目として、フェザーンからの帝国、いやラインハルトへの情報提供が空振りになるよう、密談をするための場所作りに利用させてもらった。

フォークには、今暫く自分に酔っていてもらう。ロボスも失脚するのはもう少し後になる。

といっても、数日程度の差ではあるが。

4つ目として……。



『フェザーンから帝国に今回の出撃に関するほぼ全ての情報が漏れている。

 これは、由々しき問題である。

 その事に関する情報提供と今までの功績を持って、ジュージ・ナカムラを大将へと任ずるものとする。

 彼には、その事を逆用する策を練ってもらった。

 これより先は、ジュージ・ナカムラを今作戦の最高司令官とし、実行してもらいたい。

 これを持って、政府からの通達とする』



この後も色々と彼は話していたが、まあ、意味のない話なので俺は自分の準備を始める。

とりあえずは、階級章を中将のものから大将のものに取り替えた。



「さて、私の言いたいことは解っていただけたと思います」

「帝国に誤情報を流させたまま、別の目標に攻撃を加えるという事じゃな?」

「はい」


最初に話を返してきたのはビュコック中将。

俺に対して渋い顔をしながらも、予測を述べる。

俺の言いたいことはまさにそれだ、電波が通らない部屋を用意したのもそのせいである。

作戦を始めればいずれバレる事ではあるが、ほんの数日ラインハルトに俺の目標を誤認させれば十分である。



「恐らく、2日もあれば帝国軍は我々に対する攻撃をする事ができなくなります。

 その2日間を稼ぐのがこの作戦の肝といっていいでしょう」

「2日?」

「それはまた後ほど、ともあれその2日のためにこうして秘密裏に作戦を行おうというのです」

「ふむ」



俺は、先ず大まかな作戦を説明した、帝国本土への侵攻作戦が出来るのは今回限りと言っていい。

ラインハルトがまだ皇帝になっていない今しかないのだ。

その1回で国力差をなんとかしなければならない。


帝国と同盟の戦力差は実のところ一致団結した場合により開く。

帝国には27個艦隊が存在するのに対し、同盟はヤンの第13艦隊を入れても12個艦隊。

俺が必死に損害を減らし、ラインハルトの圧勝を回避してもこの通りである。

原作では、この時点で2個艦隊減っているので同盟には10個艦隊しかない。


ラインハルトの元帥府の9個艦隊を相手にする必要はない。

だが、帝国に対して打撃を与え、ラインハルトの武威を損なわせるためにも今回の出征は必ず必要になる。

はっきり言って、ラインハルトはイゼルローン攻略を除けば戦略的に負けたことはないのだ。

ヤンがいくら戦場で勝とうとも勢力図に影響を与えないという意味ではラインハルトに勝利をしたことはない。

そう、その意味でも今回限りと言っていい、ラインハルトに対して戦略的勝利をもぎ取れるものは。

何故なら、今回諸々の条件からラインハルトに対し、圧倒的情報の差が手に入っているのだから。

戦場も勝利条件も何もかもこちらが設定し、ラインハルトが気付いた時には敗北しかない状況を作り出してみせる。



「これは……、確かにこれなら勝利する事は出来るかもしれん」

「はい、勝利してみせます」

「だが、これだけの艦隊を動かしてまでする価値があるのかね?」

「あります。主に3つ」

「ほう」

「第一に我々の敵は弱いほうがいい。そして内部で争っていてくれるのが至上です」

「そうだな」

「皇帝のお気に入りであり、18歳にしてすでに元帥であるラインハルト・フォン・ローエングラム元帥。

 彼自身かはわかりませんが、確かに彼らは戦略戦術において恐ろしい冴えを見せています。

 彼の勢力がこれ以上大きくなると、門閥貴族と争っても勝ってしまう恐れがあります」

「だとして、困る事があると?」



ビュコック中将の言をアップルトンが引き継ぐ、しかし、意味が解っていないのかな?

俺のように原作を知らなくても、門閥の弱体化は中央集権に繋がるとわかりそうなものだが。



「門閥貴族の弱体化は帝国の中央集権の土台となりかねません。

 今でこそ同盟とそう変わらない戦いをしている帝国ですが、帝国艦隊は18個艦隊あります。

 それが門閥への牽制に使われないようになれば我々に全部の艦隊がでてきてもおかしくない。

 それだけではありません、ブラウンシュバイクとリッテンハイムを中心とした門閥の艦隊は合計すれば9個艦隊にもなります。

 それが帝国艦隊に加わった場合、27個艦隊もの大艦隊を持つようになる。

 同盟の持つ艦隊は全て合わせて12個艦隊、もしこうなったら同盟には勝ち目がない」

「それは……」 



ただ、今回の作戦が成功すれば門閥に影響が出ないなんてことはありえない。

とはいえ、ラインハルトが強化されないだけましだろう。



「だが、同盟内で不祥事が起こった直後だ。今回は見送って国内を整えたほうがいいのでは?」

「この作戦は帝国の弱体化と同盟の強化を同時に行うものです。

 帝国の情報があり、この作戦はまだ帝国に漏れていないはずです。

 やるなら今やるしかない、二度と同じチャンスが巡ってくるとは思えません」



俺はこの場を整えるために28年を過ごしてきたようなものだ。

この世界が銀河英雄伝説の世界だと知ってから、同盟の勝利のために戦ってきたつもりだ。

今までも小規模な乖離は起こしてきたが、原作と違うのはせいぜい、同盟内の地球教勢力が小さくなった程度。

前回の戦いでも、ラインハルトに対し大敗を惨敗に切り替えたのがやっとである。

だがここでなら勝てる可能性は高い。


これでラインハルトが勝つようなら、もう、俺には手がない。

というか、神がかってるというより単なるチートになってしまうだろう。

なので、それは考えない事にしている。



「ヤン中将、私は作戦立案、指揮ともに貴方を上回る提督はいないと思っている。

 だから聞きます。この作戦に穴はありますか?」

「もちろんあります。

 ローエングラム公がこの2日のうち気がつく事もですが、我々の帰還ルートに待ち伏せをしてくる可能性も否定できません。

 可能性は低いとは思いますが」

「突っ切ってきた場合ですか、リスクというより彼らの今後に響きそうですが無いとは言い切れませんんね」



その可能性は確かにあるんだよな。

まあ、限りなく低いとは思うけども。

何せラインハルトが待ち伏せをする場合、諸々の理由から帝国内での地位を脅かされる可能性が出てくるからだ。

ラインハルトが皇帝への復讐を放り出してまでやるとは思えないんだよな。

だが用心だけはしておく必要があるな。



「用心はしておきましょう。ですが、可能性が低い案件です」

「はい、可能性としてあると考えただけなので。

 後はそうですね、皇帝が勅令を出した場合でしょうか。

 その場合はローエングラム公も動けるでしょう」

「ふむ……」



こちらのほうがまだ可能性があるか。

とはいえ、こちらもあの皇帝陛下がそれをするとは思えないんだよな。

何せあの皇帝陛下、何一つ決めないと心に誓ってるからな。

勅令なんて最もやりたくない事のはずだ。



「現皇帝は今まで一度も勅令を出した事がありません。

 やはり可能性として低いでしょう、それに、勅令が出る場合でも気がついて直ぐとはいかないはず。

 待ち伏せは出来ないでしょうから逃げるのはそう難しくないでしょう」

「そうですね。私も成功する可能性は高いと思います。

 ただ、目標の防衛に強烈な個が出てきた場合時間を取られる可能性があります」

「そのための策も一応練ってはいます」

「では、私から言う事はありません」



やっぱ出てくるだろうな、アレ。

うん、アレが出てきた時の対策もある。

むしろそう難しいものじゃない。

そのための試作機も用意してもらっているしな。

ただ、使い手の育成は突貫なこともあって今も寝る間も惜しんでやってもらっている。



「では、これより同盟軍一大反攻作戦。ギガントマキアを開始する!」



ギガントマキア、ギリシャ神話における神々と巨人の戦争の事である。

と言ってもこの戦争、神々だけが戦ったわけではない。

ギリシャ神話の英雄達も戦った。


ギリシャ神話の巨人達は神々には殺されないという能力を持っていた。

なので、色々な神話のごちゃまぜであるこの神話においてはケルト神話の設定を使っった。

まあ、死後とは限らないので全く同じではないが。


この戦争で最も活躍したのがヘラクレスである。

主要な巨人を殺して回ったのが彼だ。

神々と何度か戦い勝っている点もやはりラグナロクに対抗するのにふさわしいと思った結果だ。

神殺しならギルガメシュがいるが某作品のせいで慢心して倒されそうなのでやめておいた。


この作戦を持って帝国に敗北する未来を変えてみせる。

俺はそのために28年もの間もがいてきたのだから……。











あとがき


早速ですが申し訳ありません、攻撃目標を秘匿させていただきました。

それが解ったら次回の話が作業になってしまいそうだったので(汗)

ただ、ヒントはいくつも散りばめさせてもらっております。


ここで少しばかり帝国に関して話したい事があります。

銀河英雄伝説の原作において、ラインハルトの作った政府以外は皆ひどいものでした。

まあ、イゼルローン独立政府は最終的にどうなるのかはわかりませんが。

ただ、聞いてみるとラインハルトの作った政府も大概だと思うのです。


議会制度のある中央集権、ただし皇帝は実力で決める。

そもそも実力って誰が判断するんです?

判断する人間次第になる条件がそもそも不味いですし、恐らく選帝侯のようなものが出来て権力が集中するでしょう。

そして、身内から出したいと思うのは誰も同じですから、何人かの選帝侯の血族から持ち回りで皇帝になるのではないでしょうか?

それが気に入らないのなら反乱を起こすしかありません。

実力主義なのだから乗っ取ってしまえば誰も文句は言えませんしね。


善意をもとに政府を作るよりは悪意をもとに政府を作ったほうが長く持ちます。

ラインハルトという皇帝は善意のある皇帝でしたが、それだけに後の皇帝にもそれを求めてしまっています。

悪意ある皇帝が出ても権力が集中しない様にするための制度が必要なのです。

もちろん腐敗しますから、長く持てば国は悪くなりますが苛烈な悪は抑えられます。


最悪の民主主義が最高の独裁主義に勝るというヤンの台詞も確かに嘘ではないのです。

田中氏もその程度には民主主義を認めてくれているのでしょうか?



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