「なかなか面倒なものだな」

「はい、ですがこれで中立派は抑えておけるでしょう」



少し眉間をもみほぐしながら愚痴を言うラインハルトにオーベルシュタインが返す。

マーリンドルフ伯が買って出てくれた仲介が上手くいきそうではあるのだが、多額の出費を強いられるからだ。

先ず、既に中立派には一時的に預かっていた物資は返している、2割ほど色をつけてだ。

だが、それだけでは不満が残った。

原作においては同盟軍が物資を供給して防いでいた色々な不足は同盟軍が素通りしたことによって解消されなかった。

結果的に、餓死にした人間も一定数出ている。

それに対する怒りが残っているし、領主達は自分たちの被害の報奨も求めていた。

それら全てを支払えば帝国が傾きかねない金額になる。


マーリンドルフ伯は中立派をコントロールし、自分がそのリーダーとなることでそれらの不満を縮小してくれた。

しかし、それでももう一度同額の出費を求められてもいた。

この出費は今の帝国の1年分の予算の二割程度になる。

予算の二割というと払えなくはないように思えるかもしれないが、一年間の軍事費に匹敵する。

つまり、それだけ予算を削らないと出せない額であるのだ。



「返す返すも、前回はしてやられたな」

「はい、しかしマーリンドルフ伯を通じ、反乱軍とコンタクトを取る事が可能になりました」

「反乱軍の呼称は変更する事にするか。捕虜交換を行うなら必要になるな」

「はい、では以後は同盟軍と呼称します」

「それから、もう一つのほうは?」

「そちらも滞りなく」

「何よりだ」



このまま上手く行ったとしても、賊軍と呼称している門閥連合との戦いの決着まで半年はかかる。

流石に同盟もその間大人しくはしていないだろう、幸いジュージ・ナカムラが動けない今積極的に動く人間は多くないだろうが。

ラインハルトはそう考えていた、しかし、同時にベッドにいながら策謀を巡らすくらいはするだろうとも考える。



「こちらが出来るのは、向こう側に内乱の種を蒔く事だけだ」

「はい、しかし。奴らが地球教を実質的に壊滅させている事は大きいですね」

「確かにな。だが、おかげでやりやすくなった事もある」

「なるほど」

「まあ、奴がいる以上大きくするのは難しいがな」

「散発的だとしても意味はあるでしょう」

「少なくとも軍の足止め程度にはなるだろう」



ラインハルトとオーベルシュタインはそうして、一旦言葉を止める。

彼らが相手をするのは同盟だけではないからだ。

門閥は軍事的にはさほど問題ではないが、政治的には面倒な存在だ。

原作においては、リヒテンラーデ公爵が行っていたそちら方面のやり取りもラインハルトとオーベルシュタインが中心になって対処しなければならない。

各惑星とのやり取りや、税の徴収、海賊等への対処、門閥に呼応しそうな貴族への懲罰等も必要であった。

当然、宮廷内の掌握も必須である、近衛兵や陸軍等も掌握しなければならない。

正直、ラインハルトやその部下達だけでこれらへの対処を行うのは不可能に近い。

政治はある程度貴族に割り振る必要があるが、簒奪を行ったラインハルトに積極的に従う人間はすくなかった。

そのため、門閥との戦いの間もひたすら帝星オーディンで半ば徹夜で指示を出す日々となっている。



「やはり、ある程度裁量を行える上位の人員が必須ですな」

「わかってはいるが、今の我らには信頼がない……」

「……やはり、マーリンドルフ伯に依頼するしかないのでは」

「足元を見てくるぞ、存外やつはしたたかだ」

「閣下、貴方が倒れては話になりません。政治の専門家が少ないのは間違いないのですから」

「そうだな……仕方ない」



こうして、ラインハルトはマーリンドルフ伯に人員を依頼する事となった。

マーリンドルフ伯はそれに対し、ある要求を飲んでくれるならと返し、ラインハルトは渋々認めた。

結果として200人の政治の専門家がマーリンドルフ伯から送られてくる事となる。

ヒルデガルド・マーリンドルフを使節団の代表として。





銀河英雄伝説 十字の紋章


第三十四話 十字、陰謀を練る。






入院から二週間目となり、色々な人達が見舞いに来た。

アンリ先輩や教主リディアーヌ・クレマンソーにトリューニヒトといった関係が深い人達は忙しいにもかかわらず俺に会いに来ていた。

ヤンまで会いに来たので折角だからと幾つかの頼み事をしておいた。

相変わらず渋々と言った感じだったが了承は得られたので助かった。


回帰教は地球教のいた地位を丸ごと奪い取る事に成功し、同盟内においては盤石の地位となった。

逆に十字教のほうは、親しみやすさを売りにして、アニメや漫画、劇作等の養護者として広まっている。

どちらも強制的に加入させるようなことはしていないが、冠婚葬祭や村おこし的なイベント等色々と人と関わる事を常としている。

そのため、信者ではないが、イベントは参加するといった人達も増えた。

結果的に同盟のガス抜きに役立っているという事だ。

方向性は違うものの、同盟屈指の権力者となった彼らだが、俺に対しては割と甲斐甲斐しく動いてくれるので頭が上がらない。


トリューニヒトはまあ、彼らしく色々利権を抱え込んでいるが、国民に利益を与える事によるメリットも理解しているようだ。

主戦派ではあるものの、色々な立場の人の話を聞きに回ってご機嫌伺いをしているらしい。

それを元にした法案等も可決したそうだ。

彼は次の総選挙において議長になる事が確定しているため、地盤固めに走っている面もあるのだろう。


そんな彼らが見舞いに来た時に俺は色々と話をしておいた。

今の時点で帝国が大人しくしているわけが無いため、俺としては最大限の警戒をしないといけない。

何より、アーサー・リンチ元少将に関しては、最大限の警戒が必要だろう。

ラインハルトが全く同じ手で来るかどうかはわからないが、彼は間違いなく投入される。

とはいえ、フェザーンのルートは潰した。

少なくとも、そんなに簡単に潜り込む事はできないだろう。


だが、絶対に用心しなくてはならない。

ラインハルトが抜かりのある手を使ってくる可能性は低いだろうからだ。

だが、彼を釣る事が出来れば、芋づる式が可能になるかもしれない。

だから俺は重要人物を病院に呼びつけている。

こんな事をしていいのかと言われると難しい所だが、他に手を思いつかない。



「ご足労ありがとうございます。グリーンヒル参謀総長」

「君とは同じ階級だよ私は、畏まる必要はないよ」

「確かに昇進しましたが、大将になったのは僅か2ヶ月前の事ですよ」

「ははは、君がそんな事を気にするとは。少し驚いたよ」



ドワイト・グリーンヒル大将。

同盟軍の参謀総長である彼を呼びつけるなんて事が出来る用になったんだな俺も。

もちろん、ただ呼びつけたわけじゃない。

彼は原作のままであれば、革命軍のリーダー的存在となる人間だ。

だからこそ、取り込んでおく意味がある。

まあ、既に革命軍のフラグはへし折りまくっているので、同じようになる事はないと思うが。


革命軍のフラグは、アスターテとアムリッツアにおける大規模敗戦が元となっている。

もちろん、同盟の政治が癒着まみれでズブズブなせいも大きいが。

ともあれ、両方について言うと、


原作のアスターテとアムリッツアの2回で同盟軍の艦艇は3分の1になり死者数は2200万人以上である。

投入された艦隊数が2つの会戦を合わせ10個艦隊で残ったのは2個艦隊である。

使用されていない艦隊は2個艦隊にすぎず、残存艦隊は僅か4個艦隊となる。

だがこの世界においては両会戦を含めて損害は1個艦隊以下である。

つまり残存艦隊は11個艦隊であり、俺が新設した高速輸送艦隊もあるため減っているという程ではない。


また、政治に関してはトリューニヒトにアメを与えて操る事である程度コントロールしている。

と言っても、政治闘争そのものには介入していない、あくまで方針についてである。

そしてフェザーンや地球教といった外部勢力の排除に成功したので同盟の政治はある程度落ち着いたといえるだろう。


だから不満が解消されている点を踏まえ、革命軍に参加する人間の数はかなり減るだろう。

さらに言えば、同盟軍の艦隊が11個も残っているという事は原作のように2〜3個艦隊が反乱したとしてもびくともしないとも言える。

同等の規模で戦うという事は先ずありえないだろう。


だが、先々の事を考えるなら当然、こんな所で艦隊を消耗する等という事はあってはならない。

だからグリーンヒル大将に来てもらったのだ。



「実は参謀総長に伝えておく事がありまして」

「伝えておく事?」

「今、同盟はどうにか一つになろうとしています」

「ああ、君のおかげだ」

「そう言って頂けるとありがたいのですが、まだ形だけに過ぎません。

 制度にしろ、人心にしろ、これから何年、何十年とかけて一つになっていく事になります」

「そうだね」



グリーンヒル大将は俺が何を言いたいのか測りかねている様だ。

まあ、まだ本題を言っていないのだから当然だが。

とはいえ、実際言いたい事は簡単だ。



「同盟の不安要素が無くなるという事は、内戦状態にある帝国にとっては由々しき事態でしょう」

「ッ!」

「そして、帝国は同盟がまとまるのを黙ってみているでしょうか?」

「なるほど、その件については参謀本部でも議題に上げられている」

「必ず謀略を仕掛けてくるでしょう。近く捕虜交換の申請が来ると思われます。

 その時、名簿にこれらの人員がいないか調べてみてください」

「これは……」



リンチ少将を始めとする、逃げ出した艦隊の人員や、不名誉なレッテルを貼られている同名の士官達の名簿だ。

逃げ出したり、自分から降伏したり、寝返ったりと色々な人間がいる。

帝国に囚われているなら、当然仕込みをされていると考えなければならない。



「また、いなかった場合は別ルートからの侵入も考えられます。一年ほど可能な限り密入国を防ぐ様に動いてくれませんか?」

「わかった。元々我々の仕事だ、可能な限り引き受けよう」

「それと、これは策謀に類する事なのですが……」

「ナカムラ提督の策か、是非聞いてみたいね」

「はい、もしかするとグリーンヒル大将の元にアーサー・リンチと名乗る男がやってくるかもしれません」

「なっ!?」



まあ、警戒網に引っかかればやってくる事は出来ないが、引っかからなければやってくるだろう。

何せ、ドワイド・グリーンヒルという男は同盟政府に不満を持つ政治独立派の筆頭であるからだ。

トリューニヒトや俺が政治とズブズブの関係を維持して、自分の考えを政治に反映させる汚濁派といえる。

ヤンやシトレを代表とするリベラル派は政治との距離を保ちつつ、しかし政府の発表には正しく従うという姿勢である。

そしてドワイド・グリーンヒルを代表とする独立派は、有り体に言えば政治から軍事を切り離すべきと考える人達だ。

まあ、そうはいっても彼は過激思想というわけではない。

だが、原作においてはあまりに酷い政治や軍上層部の実態に我慢しきれなくなったのだろう。


俺は、そういったグリーンヒル大将の状況に配慮しながら、話を進めていく。

難しい話ではない、ただまあリベラルや独立派には少しばかり目を瞑ってもらう必要のある事柄があるが。

ただ、原作においての行動を見る限り目を瞑ってもらう事は可能だろうと思う。



「どうでしょうか?」

「ヤン君は知っているのかね?」

「はい、既に話を通してあります」

「そうか、ならば協力しよう。元より捕虜等の扱いについては思う所もあるしね」

「ありがとうございます!」

「いや、むしろこちらから願いたい事だよ」



なるほど、グリーンヒル大将はリンチ元少将とも関わりがあるのかもしれない。

考えてみれば、娘の留学先の司令官でもあるし、逃げ出していなければ中将には出世している。

時期的に見て重要な人物であったと言えるのではないだろうか。

思う所がある人間でもなければ、捕虜交換の時にいなかった元捕虜に会おうとするわけもない。

こうして見ると、ラインハルトの策の悪辣さがよくわかる。



「それにしても、前回の同盟軍による大進行の時といい、今回の事といい。

 君は凄まじい戦略眼を持っているようだね」

「そうですね、ある意味時代を先取りした事は事実ですが。

 金持ちパワーってところですよ」

「金持ち?」

「プライベートアーミーを使った情報収集、宗教団体に寄付をして集めてもらう情報、

 それにコンビニチェーン店から吸い上げる情報等ですね」

「それは、確かに敵わないわけだ。君一人で国のような力を持っているということかね?」

「国とは比較にならないほど小さいですが。確かに情報収集に限ってはかなりのものだと自負しています。

 帝国に勝利し、平和を勝ち取るためなら何でもやりますよ」

「そうか……やはり君は英雄なのだな」

「英雄の名は俺には重いですが、帝国に負けたくはないですから」

「そうか、そうだね。いつの間にか私はそういう純粋さを失っていたらしい……」



国内でのゴタゴタが精神を削っていたのか、確かに否定はできないよな。

俺がどこまでコントロール出来るのかはわからないが。

少なくともラインハルトらを帝国から排除し、同盟が負けない体制を整えるまでなんとかしたい所だ。

あと2年でそれが出来るかは微妙な所ではあるが……。



「君が統合作戦本部長となる事を期待しているよ」

「そこまで出世するかはわかりませんが、頑張りますよ」

「ああ、それでは君の頼みだ。先ずは国境警戒から始める事としよう」

「お願いします」



グリーンヒル大将はそうして去っていった。

よく見ると見舞い品がしっかり置いてある。

話に集中してたから見てなかった。



「よろしいでしょうか?」

「ああ」



大物が出ていった事で少し気が抜けていた所、バーリさんが入ってきた。

彼女もメイドをしてもらって長い、薔薇の蕾との窓口もずっとやってもらっている。

何人か交代要員もいるが、あくまでリーダーは彼女だった。

最近は主にエミーリアの護衛件メイドとして働いてもらっている。

子どもたちの世話は他のメイド達が中心になっているようだ。

今はうちで雇っているメイドだけでも30人以上になる。

それらの統率もしてもらっているのだから、頭が上がらない存在である。



「本日より私は薔薇の蕾の窓口としての仕事を終了させて頂きたいと思って参りました」

「なるほど」

「理解を得られたようで何よりです。諜報の仕事をするには少しばかり年が行き過ぎてしまいました。

 これよりは、このアイネに窓口を移したいと思います」

「よろしくおねがいします」



バーリさんの後ろから現れたのはまだ20歳にもなっていないと思われる軍服の女性。

小柄で細く赤毛で素朴そうに見えるが、目が少し鋭いのが見え隠れしている。

バーリさんの後継者というわけか、階級章は中尉のものをつけている。

つまり、副官として付けろという事だな。



「アイネ中尉という事でいいかな?」

「はい、以後副官として働くよう、また一番近くで護衛する者として付けられました」

「あー、まあ頼む」



これはエミーリアの意向も入っているという事か。

確かに、俺の近くに控えて護衛する者は今までいなかった。

軍組織としてではなく、俺個人を守る者が必要なのは理解出来る。

ただ、なぜ新米の少女なのだろう?



「彼女は薔薇の蕾で求められるあらゆる能力で常に上位の成績を残しています。

 経験こそまだ少ないですが、アイネの持つ能力は軍人としても天才と言っていい能力を示すでしょう」

「ほほう、それは楽しみだ」

「いえ、英雄であるナカムラ提督の元に来る事が出来て嬉しく思っております!」

「ああ……」



なんか、俺を前に鯱張ってるが……大丈夫か?

目線でバーリさんに問えば、頷くバーリさん。

こんな状況でも十分能力を発揮できるという事なのだろう。

まあ、護衛してくれると言うんだから頼んでおけばいいか。



「それで、バーリさんはどうするんです?」

「身体能力の低下により諜報員としての仕事は難しくなりましたが、まだメイドとしての仕事があります。

 今後とも屋敷の管理及び内部の人々のお世話をさせていただければと」

「了解した、これからも頼むよ」

「はい」



バーリさんが薔薇の蕾を抜けるという事は一般人になるわけだが、彼女の強さは折り紙付きだ。

管理の意味でも彼女をあのまま放置するわけにもいかない、丁度いい提案であった。

部屋を出ていくバーリさんに例を言い、エミーリアを今後ともよろしくと言っておいた。

またその後、アイネと今後どう言う形で動くのかの相談を一通り行い、その日は寝る事にした。



「俺はもう寝るから、今日は帰ってくれるか?」

「いえ! 護衛ですから!」

「じゃあせめて、部屋の外の休憩所で待機していてくれ」

「いえ! 可能な限りお近くでお守りします!」

「えっ?」

「私がいる限り、今後ナカムラ閣下を二度と傷つけない事をお約束します!」

「はっ、はあ……」

「おはようからお休みまで、閣下を完全にサポートしてみせますので、安心してお休み下さい!」

「……」



こいつ……、大丈夫か?


何かと付きまとってくるアイネをとりあえず部屋から追い出すだけでも大変だった……。







あとがき



英雄に憧れる少女アイネをつける事にしましたw

実際ジュージは同盟の英雄としての知名度が上がっており、同盟での一般人への人気は盤石のものになりつつあります。

同盟で英雄として語られる存在達も同盟の領土を広げた人間はいなかったりしますからね。

イゼルローン回廊付近の領土を取り合って少しという事であればありうるのですが。

フェザーン回廊を手にいれ、フェザーンも領土内に取り込んだジュージは同盟で最大の英雄となっています。

ブルース・アッシュビーやリンパオらと並ぶかそれ以上という評価という事です。

なので、英雄という言葉が度々つけられる事になりますが、ご容赦くださいね。

実際は情報とヤンやラップの戦況把握能力をそのまま使った戦術なので、本人の能力はさほどでもないのですが。

せいぜいが、原作にない物資や儲け方を理解している程度です。

ただ、ヤンやラップの能力を十全に使う司令官というのは結構強みという気がしますね。

だってヤン本人ですら、自分の策を十全に使っていなかったですからね。



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