クラウス・フォン・デッケン子爵は、ふうと一息ついた。

地球教徒も回帰教徒も実際の所違いはわからない。

ただ、回帰教徒は麻薬の取締に協力的であるし、サイオキシン麻薬を広めた地球教徒は撲滅しなくてはならない。

内情はともあれ、サイオキシン麻薬の撲滅のために利用出来るものは利用したいというのが本音だった。

同盟はサイオキシン麻薬の流通元であるフェザーンを下したのも事実であるし、彼自身はその事を評価していた。



「だが……」



同盟の実質的な傘下に入る事を認めさせるのはさほど難しい事ではないだろう。

領土内の主権が維持されるなら、勢力はどこでもいいと言うのが彼らの本音だ。

勘違いされがちだが、彼らは王である。

貴族と言っていてもその支配する人間の数は数百万人、一千万人を越える事もある。

小規模な国としての要件は十分満たしていた、帝星オーディンに行くのは皇帝陛下の即位や崩御の時くらいだ。

それ以外は基本的に領土を出るようなこともない、高位の貴族やその血族はまた違うが、子爵以下は基本そんなものだ。


とはいえ、問題はある。

伯爵とはいえ、マーリンドルフはその力を増している。

中立派とは遠い位置に領土を構えているが、彼は今ラインハルトの後援者としての地位を得た。

ラインハルトはこのまま行けば、禅定を受けて皇帝になるだろう。

つまり、実質的な公爵となったと言っていい。

もちろん、現状帝国の半分以下の勢力でしかないが。



「我らが小僧を嫌っているのを知って、自らが仲介役として収まる気だろう。

 だがその程度であの小僧が止まるものかよ、焦土作戦などを考えついたとしても実行する事など出来はしない。

 臣民が飢える事はわかっているだろうに」



確かに、計画では飢えるより前になんとかするとなっていたが。

よく考えてみれば、1ヶ月の間、1ヶ月分の食料とだけでやっていけというのは無茶もいいところだ。

実際、子供だって生まれるし、お年寄りは色々と食事を考えねばならない。

量がとりあえずセーフでも、何を食べさせるかという問題があるだろう。

何より、エネルギーなどは同盟に接収される可能性を考えて全て取り上げられた。

個人で持っているものですら、ある程度まとまった量のものは取り上げられた。


死者数は間違いなく百万単位で出ているだろう、入院患者等は食料と薬以外に、温度やウィルスの管理を必要とするものも多い。

そもそも、焦土作戦は本来取得した他国の土地でするものだ。

自国でやらかす者もいるが、基本は追い込まれどうしようもなくなってからゲリラ戦術として行う。

それ以外の場合は愚民政策を行って国民からの反感が反乱にならない前提となる。


ローエングラム侯の行った焦土作戦は火こそ放たなかったが、やったのは愚民政策を行った国のやり方だ。

死者数をカウントに入れていないのがその証拠。

たとえ、食料などを多少色をつけて返してもらっても、そもそも食糧生産も一年は低迷することになる。

2倍返してもらっても割に合わない。



「実情を知らん輩はこれだから嫌なんだ」



もっとも貴族とて、半分以上が実情を知らない。

遊び呆けたり、権力闘争に明け暮れたりしている輩は単なる数でしか見ていない。

彼は自分の派閥は選んできたつもりだが、中立派とてやはり一定数そういう輩は混ざっている。

クラウス・フォン・デッケン子爵はこれを機に、それらの切り離しも考え始めていた。





銀河英雄伝説 十字の紋章


第四十話 十字、進軍する。






宇宙暦497年、帝国暦では488年の5月。

イゼルローン要塞に再び大艦隊が集結しつつあった。

第2艦隊司令パエッタ中将
第3艦隊司令ルフェーブル中将
第5艦隊司令ビュコック中将
第6艦隊司令俺ことナカムラ大将
第7艦隊司ライオネル・モートン中将
第8艦隊司令アップルトン中将
第9艦隊司令アル・サレム中将
第12艦隊司令ボロディン中将
第13艦隊司令ヤン・ウェンリー中将


第七艦隊司令はホーウッド中将がいたのだが、今回の暴動にて負傷してしまった。

こう言ってはなんだがちょうど良かったのでモートン中将をねじ込んだ。

彼は正直アル・サレム中将より指揮能力が高い。

というか、私は彼との艦隊シミュレーションで負けっぱなしだ。



今回の防衛はライオネル・モートン中将に任せる事にする。

実際問題、ヤンを置いていくなんて問題外だし、ビュコックの爺さんも必要だ。

頭が多少柔らかくなったパエッタも今回は連れて行く価値があると思う。

燻し銀のボロディンもぜひ連れていきたい。

ルフェーブルやアップルトン、アル・サレムは申し訳ないが俺と同様に数合わせだ。

まあ、全体指揮は基本的に作戦を練ったヤンとラップがうまくやるだろう。

俺はラップの言いなりでも構わないつもりだ。



「今回の目標は帝都オーディンというのは見せかけでローエングラム侯を討つ事にある」

「その小僧一人のためにこれだけの艦隊を用意したというのか?」

「はい」



机を囲んで集まった提督による会議を始める事にしたのだが、やはりビュコックの爺さんには気に食わないようだ。

当然と言えば当然ではあるのだが、何せたった一人を討てればいいと俺は言っているのだから。

わざわざ大艦隊を出撃させるのはナンセンスにすら見えるだろう。



「彼一人を倒せば本当に終わるのかね?」

「恐らく終わらないでしょう。しかし、帝国から同盟に侵攻してくる可能性はほぼなくなります」

「撤退戦も視野に入れる必要があると?」

「そのあたりはヤンとラップの作戦次第ですが、連戦でも勝利は出来ると予想されます」

「兎も角、策謀を行い、同盟に侵攻してくる指導者はローエングラム侯だけだと言えます。

 他の指導者なら、内乱を収めるまでは動けないでしょう。

 そして、今回の戦いで敵艦隊の半数を沈めれば帝国臨時政府と門閥連合は拮抗します」

「つまり、徹底的にたたけという事だろう?」

「はい」



結局ラインハルトを排除するには、艦隊を壊滅させる気でいくしかない。

そう簡単に勝たせてくれる相手ではないんだから当然だ。

だからこそ、同盟最高の頭脳達に来てもらうのだ。

俺は引率役以上のなにものでもない。

だが、勝つためにはそうするしかないのだ。



「そのための8個艦隊による出撃です」

「相手は何個艦隊でくる?」

「7個艦隊が最高でしょう、しかし、要塞級輸送艦が何隻完成しているのかは未知数です」



そう、それが未知数だ。

それに、ラインハルトは恐らく、早急に艦隊の回復を行っているだろう。

安易な決めつけは不味いが、可能性は論議しておくべきだ。



「更に、2〜3個艦隊が増産されている可能性も視野に入れておいてください」

「そこまでかね?」

「はい、ローエングラム侯はこちらの意図を理解しています」



今までの事で、早急に俺や同盟のやり方を理解しているのは間違いない。

そして、一番恐ろしいのは、要塞級輸送艦に隠れて別の兵器を開発している可能性もあるということだ。

こちらの情報網とて完璧ではない、それを逆手に取られる可能性もゼロではないだろう。



「並行して、新兵器が開発されている可能性もあります。

 リスクはどうしても付きまとう、しかし、だからこそ今倒しておかなくてはならない。

 ローエングラム侯が帝国を統一してからでは遅いのです」

「……わかった」



一番懐疑的であった、ビュコックの爺さんを説得した事で会議はスムーズに進み始める。

進行役として呼んでいるラップとヤンにより大体の計画を決め、出撃の日時を整える。

これによって、8個艦隊による大侵攻計画が成立する事となった。

だが、当然数の上で絶対の優位を取っていない以上、綱渡りになる可能性がある。

そのため、色々とまた小細工を仕掛ける事もまた決定した。

高速輸送艦隊や大型ワープエンジンの再利用も計画されることとなる。

それに伴い、ラルフ・カールセンを高速輸送艦隊の提督として迎え入れる事となった。



今回、宇宙艦隊司令官の役職と共に、帝国侵攻軍総司令の役職を預かった俺は当然やることがある。

集まった全ての兵に、そう3000万人もの将兵に大義をとき、やる気を出させる必要があるのだ……。

そういうの苦手なんだけどな……まあいい、カンペは用意してある。

これを、録画する画面の真上くらいに表示させている。

できるだけごまかそうという腹だ。



「我らはようやく、侵略者の脅威を排除する機会を得た。

 既に銀河帝国は枯れ落ち、内紛となり勢力を衰えさせている。

 しかし、帝国の貴族達は大量の資金や資源を溜め込んでおり、ローエングラム侯ならばそれを戦争のために使うだろう。

 この銀河をたった一人の野心で塗りつぶす事などあってはならない!

 二度と同盟に良からぬ策謀を仕掛けられない様に、帝国は既に無いのだと、銀河中に知らしめねばならない!

 この戦が終われば、敵勢力は大きく低下し、同盟に対する野心を抱く事は出来ないだろう。

 親の、兄弟の、君達の愛するもののため、同盟と帝国の戦いを終わらせよう!」

「「「「「「おおおおおおおお!!!!!!」」」」」」」



まー何を言っても大概盛り上がるんだから、それっぽいことを言っておけばいいいんじゃねレベルではある。

だが、ラインハルトを倒し、帝国が同盟に仕掛ける力を削ぎ落とすのが今回の作戦の肝だ。

そして、勢力が衰えれば門閥はこれ幸いと攻め込んでくるだろう。

永遠ならざる平和とシェーンコップが言った様に、俺もまた、永遠の平和と思っているわけではない。

しかし、帝国が三国志をしている間は平和でいられる。

そして、それだけの時間があれば同盟は帝国の総力を上回るほどに発展する事が可能だろう。

そうすれば、統一されても帝国から攻め込んでくる可能性は極小になる。



「総員出撃せよ!!」

「「「「「「「おおおおおおお!!!!!!!」」」」」」




イゼルローン要塞から8個艦隊が進軍を開始する。

俺も前回と違い、大艦隊を持って正面決戦を狙う非常に死者を多く出す可能性の高い戦争を指揮するのは初めてだ。

しかし、それでも進んでいくしかない。

放置しておけば同盟は負ける、帝国の急成長に追いつけなくなるのは間違いない。

ラインハルトという男は、それをする事を原作で証明しているのだから。


クラウス・フォン・デッケン子爵との取り決めで、帝国侵攻軍はイゼルローン出口から暫く無人の野を行く様に進む。

指定された補給用の惑星に立ち寄り、補給を行い、中立派の領域を進んでいく。

アムリッツア宙域を抜け、アルタイル方面に向けてワープを行うため、集結を始めた。



「アルタイルか、太陽系から16.7光年だったな」

「太陽系……それは地球のあると言われている星系ですか」

「ああ、一部の文献に載っている」

「今までそんな事を考えた事もありませんでした」



俺のつぶやきをラップが聞き咎めたので、少しごまかしてみた。

とは言えこの世界、凄まじく過激な世界であることだけは事実だ。

何せ、シリウス同盟とやらは自分達が地球の傘下から脱するために地球に住んでいる人間の95%を殺したという。

正確な数字は出ていないが、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムも粛清を大量に行った。

なにより生まれるのが娘ばかりで初めて生まれた息子が白痴であったため、

原因を妻と断定し、妻の一族と先天的遺伝子疾患を持つ者とその家族を虐殺した。

そして何より、帝国の臣民は3000億人から250億人まで激減している、奴隷がいたとしても倍にはならないだろう。

何が言いたいかと言えば、この世界の人間は好戦的というか人殺しに対する罪悪感が薄い可能性が高い。

地球の場所すら忘れたのもルドルフのせいというよりは、帝国の為政者達の意識の問題だろう。

ラインハルトはある意味において、確かに帝国の伝統にのっとった皇帝であると言える。

ルドルフが皇帝になるまでは素晴らしい英雄であった事を考えれば、ほぼ間違いないだろう。


ラインハルトは前皇帝への恨みから執政は確かに国民主眼の形態を取っていたが、能力偏重主義でもある。

次期皇帝を血筋ではなく能力でと言ったのもそのためだろうが、作品的にはそれで上手く行っていたのは事実だ。

とはいえ、誰が見てもおかしな制度ではある。


能力だけなら人格はどうなる? 虐殺をするような皇帝が出る可能性は十分あるだろう。

逆に俺こそが能力を持つと、反旗を翻す人間が出る事も考えられる。

能力と人格の両方だとしても、選定する人間が権力を持つだけだ。

制度化すれば選帝侯が出来上がるのは目に見えている。

皇帝を選出する存在の権力が大きくなれば、結局皇帝も選帝侯の利害関係において選出される様になるだろう。

これは、考えれば誰でも予測がつく事だ。

ラインハルトのやった事はある意味においてルドルフ以上の悪徳であると俺は思う。



「結局の所、暴君になる人間というのは理想に燃えた人間が多いという事だな」

「といいますと?」

「英雄は戦争の時にだけいればいいってことだよ」

「それはそれで寂しい気もしますね」

「どんな人間だって滅私奉公を死ぬまで続ける事は出来ないさ」

「確かに……」

「アルタイル方向、33光秒先にワープアウト反応あり! これは……要塞級です!!」

「お出ましか……」



要塞級輸送艦か、それとも要塞そのものを引っ張ってきたのか。

どちらにしろ、艦隊も満載している事だろう。

あるいは、囮の可能性もあるか……。

そうであっても放置する事はできない。



「念の為、トゥールハンマーの射程圏と同等の距離を開けてで待機。

 艦隊ごとに拡散して、包囲の状態を維持しろ!」

「5,4,3,2,1! 来ます!!」



出現したのは、巨大なそう全長が40kmを越える巨大な……艦というよりはモ○ルアーマーだろうか?

要塞の技術を無理やり流用して作った巨大すぎる艦は、もはや艦の形をしていない。

あえて言うなら、ガン○ムの世界に出てくるエルメ○を白くしたようなものだろうか。

もちろんサイズはまるで違うのだが……。


ただ、同時に問題がある。

その艦には、しっかりと巨大な砲門が2つついている。

つまり、要塞砲を2問も搭載しているという事だ。

ただの輸送艦という事はありえないだろうと思っていたが、これは不味い……。


早急に破壊しなければこちらの被害が甚大になってしまう。

全く……バタフライ効果もここまで行くと……。

こんな所で負けるわけにはいかない。



「ラップ……いけるか?」

「……いけます」

「なら、各艦戦闘配置につけ!! 景気づけにいくぞ!! ファイヤーッ!!」



8個艦対9万6千隻による先制攻撃は要塞艦に向けて光のシャワーを浴びせかける。


綺麗なその光は、しかし、この先の死闘を予感させるには十分だった……。










あとがき


最近は終盤なこともあり、少し難産になることが多いです。

ですが、今年中に完結させるために、頑張っていきたいと思いますね。


さて、少しばかり作中でも触れておりましたが焦土作戦についてです。

田中氏の原作は元ネタといえる短編が1970年代に書かれていてとても古いものです。

銀英伝の掲載をはじめたのも1982年ですので、インターネットどころか図書館にも細かな資料のない軍事ものを書いたのでしょう。

なので、田中氏が多少知識に穴があるのは仕方ない話なのです。

彼の作品はとても良いものだと思っていますし、当時としてはよく勉強もされております。


ただ、当時の文献では細かな知識が得られなかったため出すべきではない作戦を出したのではないかと考えます。

あの作戦、ラインハルトが火を放ったわけではないので、穏便な作戦として書かれています。

しかし、実際の所、同盟出口から広範囲の食料や資源を運び出したわけで、恐らく死者は大量に出ています。

全員が普通に生活出来ているわけでないことは、皆さんの周囲を見るだけでも分かるかと思います。

必要な物資だけを残したくらいでは、死を免れない人達がどうしても一定数いるのは間違いない話です。

ましてその間のあらゆる仕事が停滞する事を考えれば、作戦が終わった後も一定数の死者が出ます。

更に、社会の低迷から倒産する会社や農作物の出来の悪化等、色々と派生の被害が出る事は予想できます。


つまり、あの作戦で恨みを買っていないと考えるのは少しばかり虫がいいと考えます。

まあ、この作品においては更に作戦そのものが無駄に終わっているので、評価は更に下がっています。

原作通りというなら、こういうのは無視しないといけないのでしょうけれど。

やっぱり、やられたほうはいつまでも覚えているんしゃないかなーと思いますので。



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