「この様な逐次投入では被害が大きくなるだけです。

 今からでも遅くありません、艦隊を全て集結させて対応すべきです!」

「現に、ウートガルズ級要塞艦が3隻も沈みました!」



ラインハルトはキルヒアイスが艦隊司令官になる時に副管を必要としていた。

キルヒアイスはそれを聞いて士官学校主席の副官を2人ほど見つけてきた。

しかし、やってきた2人の副官というか参謀は頭の固い人間だった。

マルカード・フォン・ハックシュタイン少将とルーカス・フォン・レーリンガー准将。

この2人はラインハルトの策を深読みせず、基本戦略に照らし合わせてそのまま判断している。



「バカか……戦局すら読めないとは」

「なっ……!?」

「同盟軍が門閥共と同程度だと思っているのではあるまいな?」

「それは……しかし、だからこそ堅実な策を」

「今の帝国では消耗戦をすれば不利になる。二正面作戦をしている自覚はあるか?」

「それは……だからといって博打のような作戦を」



マルカートもルーカスもそれなりに出来る人間であるだけにラインハルトのやり方を認める事はできなかった。

頭が固いというのは事実だが、その差はどちらかというと心理学のほうに属するものだ。

ラインハルトは初めて会った人間の動きを、行動心理を読む事が出来る。

それは、天才というより神がかっていると言ったほうがいいが、同じことを程度の差はあれヤンやラップも行える。

だからこそ、銀河世界で英雄といえるのだろう。


その神がかりをサポート出来る人間は少ない、大体い概ね3種類だろう。

即ちオーベルシュタインやロイエンタールの様に一部でも同じ天才であるか。

キルヒアイスやユリアン、フレデリカのように信仰し、追いかける者か。

ジュージのように丸投げするか。

どれも現実的には希少な人種だ。



「話にならなん。2人を連れ出せ」

「ハッ!」

「お待ちを!」

「その様な策を使うのは考え直してください!!」



ラインハルトは自分の策に対する絶対の自信は持っていたが、同時にそのために他者を寄せ付けない人間でもある。

手足のごとく動く提督は多い、しかし、自分に意見出来る人間は今の所キルヒアイスとオーベルシュタインのみである。

原作に置いてこの時期には門閥としか戦っていなかったため、大きな問題になる事はなかった。

しかし、今同格の敵を前にして、自分の策を補完してくれる存在がいない事は大きなマイナスであった。





銀河英雄伝説 十字の紋章


第四十二話 十字、追い込まれる。






自由惑星同盟軍、第十三艦隊旗艦ヒューベリオン。

ヤン・ウェンリーは前方のコルネリアス・ルッツの艦隊を突き抜け、Uターンをかけつつあった。

本来なら、各個撃破を狙う所であるが、ここで彼は命令を下す。



「このまま交差しつつ高速で逃げるよ。

 艦隊運動はフィッシャー准将に任せる」

「はっ!」



そう、ジュージが追加の艦隊をよこしたのを見て、既にヤンは動き始めていた。

暫くはビュコック一人でレンネカンプ及び、ルッツ艦隊に耐えてもらい、追撃に来た2個艦隊にトドメを任せるつもりだった。

ルッツ艦隊は既に半減しているし、ビュコックは名将であるからそう簡単に遅れは取らないだろう。



「全く、ラップも楽をさせてくれないよ」

「どういう事ですか?」

「主力艦隊はミッターマイヤーかロイエンタールの艦隊を包囲殲滅するために向かっただろう。

 そして、背後から来る艦隊の足止めが私達の仕事という事だよ」

「どうしてそんな事がわかるんですか?」

「長年友達なんかをやってるとね。相手の考え方の癖はわかるよ」


副官のフレデリカに対してため息と共に語るヤン。

恐らく、咄嗟に判断したのはジュージでそれを補佐したのがラップだろう事までヤンには分かっていた。

そして背後に関してはヤンなら気がつくだろうと、作戦の流れで見せている。

直接命令してくれないのがラップの嫌らしい所だとヤンは思った。

もっとも、それはどちらかというとジュージを立てた結果だという事も予想がついていた。



「人使いが荒い友人を持つと苦労するっていう事だよ」



ルッツ艦隊を再び貫通して速度を上げながら逃げていくヤン艦隊、それは傍目から見れば持ち場を離れて逃げ出した様にしか見えなかった。

その事が、ラインハルトに対する報告を遅らせる結果となったのは皮肉だろうか……。



「さあて、敵さんはまだ射程範囲にいてくれるかね?」

















「これはお誂え向きな状況だな。速攻かけて敵軍の背後を突く!」



ミッターマイヤー艦隊はラインハルトらと同時にワープアウトしたものの、その速度差からかなりの距離を引き離しつつあった。

目指すはジュージ・ナカムラ率いる3個艦隊、ロイエンタールが正面から牽制している間に、背後から突っ込むのが目的だ。

このあたり要塞級が3隻も破壊された被害こそ大きいものの、策そのものはハマっていた。


ミッターマイヤー艦隊の速度は、他の艦隊と比べものにならない。

ただでさえ早い高速戦艦ばかりの編成に、ミッターマイヤー独自の運用理論により、更に速度に差が出ている。

どこぞの赤い人ではないが3倍くらい早いかもしれない。



「ちっ……敵さんもそう簡単に通してはくれないか……」

「どうしましたか?」

「敵の横撃が来るぞ! こちらの頭にどんぴしゃだ! 速度落として避けるしかない!」

「はっ!」



ヤン艦隊の横撃は本当にピッタリのタイミングで決まった。

ミッターマイヤー艦隊が速度を落とす事で回避が可能なラインに主砲の一斉掃射が通る事となる。

結果として、ミッターマイヤー艦隊によるジュージ達本隊への奇襲は中断する羽目になる。



「先に相手をしろってことか。敵艦隊は?」

「第十三艦隊旗艦ヒューベリオンがあります。恐らくヤン艦隊かと」

「なるほど、相手にとって不足はなさそうだ」

「しかし、今速度が低下しています。応戦は正面からの打ち合いになる可能性が高いかと」

「確かにアムスドルフ、お前の言う通りだ。足を止めての打ち合いは、戦艦のほうが有利だろう。

 高速戦艦ばかりの我らでは、まともにやりあえば不利だろうな」



だが、ミッターマイヤーは後からラインハルト艦隊とビッテンフェルト艦隊が来るという点があった。

それに、要塞級2番艦から出撃したシュタインメッツ艦隊はラインハルトのほうに、合流するだろう。

さらに言えば、ロイエンタール艦隊には要塞級3番艦から出撃したワーレン艦隊が向かっている。

時間は必ずしも有利になるとは限らないが、ミッターマイヤーはヤン艦隊の対応を優先する事にした。



「集結する速度は間違いなくこちらのほうが上だ。

 敵戦力の要である、第十三艦隊を足止めするだけでもこちらに有利に働くだろう」

「はっ!」



実際、ミッターマイヤーは勝てるなら勝つつもりだったが、ヤンがそれを許す様な敵ではない事は理解していた。

そして、紡錘陣形を取ったミッターマイヤー艦隊はヤン艦隊へ向けて攻撃を開始する。

しかしヤン艦隊にもフィッシャーという一流の艦隊運用を行うものがいるため、思うように有利な位置取りができず不利な戦いが始まった。


















ラインハルトはシュタインメッツ艦隊と合流して3個艦隊を編成した状態でミッターマイヤー艦隊を追っていた。

ジュージ率いる本隊が壊滅すれば、後はどうなろうと勝利である事を理解しているからだ。



「全く、使える副官というのは少ないものだな。まあ、使える奴は出世しているんだから当然か」

『全くですな、閣下の作戦を否定する等あってはならない事であります』

「そういう事ではない……まあいい。ビッテンフェルト、先行出来るか?」

『はっ! 黒色槍騎兵艦隊は速度でも疾風ウォルフに決して負けないと証明してみせましょう!』

「頼む」

『我が黒色槍騎兵艦隊にお任せあれ!』



戦力の逐次投入が悪手である事は理解していたが、ヤン・ウェンリーが動いた事で戦局が崩れかねなくなった。

ミッターマイヤーが崩れれば、ラインハルト達はヤン艦隊に釘付けにされてしまいかねない。

そうなれば、ロイエンタール達やルッツ達は壊滅する可能性すらあった。

ヤン艦隊を壊滅させる頃には包囲されていてもおかしくない。 



「ジュージ・ナカムラ、貴様が羨ましいよ。

 ラップと言ったか、あの男は私の行動をある程度読んでいるな……」



今回の包囲作戦は今までのジュージの行動を予測して立てたものだった。

ラップの動きもある程度読んだ上で作ってある。

しかし、ラップはその行動予測を上回った。

恐らくはヤンも手を貸しているのだろうが、その上でもやはり相当な頭脳を持っている。



「艦隊運用ならば、一流の提督はこちらのほうが多い、しかし……ッ!

 艦隊、速度を落とせ! スリープミサイルだ! 迎撃用意!!」

「はは! ミサイル迎撃開始します!」



スリープミサイル、一度エンジンを落としてパッシブレーダーのみを起動しつつ待機するミサイルだ。

昔はよく使われていたが、宇宙の広い空間で使うには向かないと廃棄された兵器でもある。

だが、それから数百年たち、今ならミサイルの攻撃範囲も広がっている。

つまり、スリープミサイルは有効な手段になっているということだ。



「奴らはブリュンヒルトのみを識別して、仕掛けてきている! 集中砲火で近寄らせるな!」



先行したミッターマイヤーや先ほど通過したはずのビッテンフェルトの艦隊は無視してラインハルトだけを狙っている。

ラインハルトがいなくなれば、帝国は瓦解か、そうでなくても帝国統一どころではなくなる。

つまり、ジュージ・ナカムラの求めているのはラインハルト一人の命だということだ。



「これでは、我らの動きが止められてしまう……ッ! ミッターマイヤー、ビッテンフェルト、持ってくれよ!」



これらのミサイルでラインハルトを殺せる等と相手も思ってないだろう。

しかし、ヤン・ウェンリーがフリーになるのは不味い。

ラインハルトはなんとしても向かわねばならないと歯噛みしながら思っていた。













「ミッターマイヤー艦隊が追いかけてこない?」



俺は、今まで追いついて来ないことを不思議に思い、レーダーで確認したが、距離が離れていた。

ミッターマイヤー艦隊の速度は下手をするとこちらの倍はあるので、既に追いつかれてないとおかしい。

だが、追いつかれていないその事を不思議に思っているとラップが返事を返してくれた。


「はい、ヤンの13艦隊が足止めをしているはずです」

「それは……流石ヤンだな」


俺には特にラップがヤンと連絡を取り合っている様には見えなかったが。

そう考えていると、ラップが驚きの事実を口にする。



「そうですね、俺の意図を作戦の構図から見て取って実行に移したんですから」

「てっ、天才同士だからわかり会えるというわけか……」

「俺はヤンほどじゃありませんよ」

「俺からすればどっちも同じだよ。手が届かないって意味でな」



実際俺も士官学校ではそれなりの成績出でている。

まあ、金の力が大きいのは否定しないが、それでもこの差は大きすぎる。

俺だって心理学はそれなりに収めているので、商売なんかはそれなりにうまくなった。

しかし、艦隊戦や策謀等はとてもじゃないが彼らの足元にも及ばない。

俺の艦隊司令適正は二流どころか三流くらいかもしれない。

だが、それでも負けるわけには行かない。



「ロイエンタール艦隊の後ろに要塞級から出てきた艦隊も合流したようだな」

「はい、旗艦はアウグスト・ザムエル・ワーレンのサラマンドルですね。

 2個艦隊では、一気に殲滅というわけには行かなくなったようです」

「ミッターマイヤーはヤンが足止めをしてくれているんだろうが、ラインハルトの艦隊もおいかけているはずだな」

「多少の嫌がらせはしてありますので、直ぐに追いつく事はないはずです」

「ああ、休眠ミサイルか。案外使える様で何より」

「はい、なので2個艦隊を倒し切る時間はあると考えます」

「なら、ラップの作戦を実行しよう」

「ふ、相変わらずですね」

「当然だ、艦隊戦が得意なやつに艦隊戦を任せるのは楽だからな」



そう言って、俺はラップの説明を聞いていた。

無論、既に作戦は開始している。

有り体に言えば、ロイエンタールは劣化ラインハルトと言える存在である。

艦隊指揮能力は全方位に高く、隙きはない、政治方面もある程度こなす。

ただ、ラインハルトより少し劣る、ある意味非常に面倒な提督だ。

ワーレン艦隊も階級の高いロイエンタール艦隊に従うだろうから、こちらは包囲殲滅に切り替えるのがいいようだ。

とはいえ、普通に包囲しようとしても下がったり、陣形を変えたりで引っかかってはくれないため捻ってある。



「3個艦隊で2個艦隊を圧倒するのはそれなりに時間がかかるんじゃないか?」

「ええ、ですからロイエンタール艦隊には踊ってもらいましょう」

「踊る?」

「はい、先ずは」



こちらの艦隊が紡錘陣形に組み変わっていく。

ラップは突撃で相手を切り崩しての各個撃破に切り替えたのだろうか?

だが、ロイエンタールとワーレンの艦隊も動きは早い、逆に鶴翼に切り替えてこちらの的を散らす構えだ。



「まさか!」

「はい、高速輸送艦隊は要塞級撃破の後、完全に独立して動いていました。

 そしてこちら側にもスリープミサイルを配置しています」



敵の背後からミサイル郡が襲ってくる。

そう、高速輸送艦隊はロイエンタール艦隊よりも更に向こう側まで行っているのだ。

もっとも、同じ場所にいるわけもないだろうが。



「先ずはワーレン艦隊へ突撃を。ミサイル群による動揺が回復しないうちに」

「わかった! 突撃! 目標ワーレン艦隊! 射程に入り次第撃ちまくれ!!」



こうして、ワーレン艦隊に対し突撃を始める3個艦隊。

ロイエンタール艦隊は直様立ち直ってこちらに砲撃を始めるも、ワーレン艦隊と近すぎてあまり有効な攻撃ができずにいる。

そして、接近をはじめた事により艦載機スパルタニアンが出撃、相手もワルキューレを出すが数の差により追い込まれていく。



「このままなら押し切れるか?」

「ロイエンタールがただで負けてくれるとは思えませんが、今の所は優勢ですね」



確かに、ロイエンタールの艦隊がただやられてくれるという考えは甘いと理解はしていた。

しかし、ラップの手際からここからの逆転は難しいと思ってもいた。

だが……ラインハルトがロイエンタールにただ防衛をさせておくだけだなんて甘いはずはないとまでは理解していなかった。



「巨大ワープアウト反応! これは……要塞級です!」

「何!?」

「まさか……いくらローエングラム侯が凄かろうと、要塞をそんなにポンポン作れるはずはない!」



そう、ありえない。

3隻の要塞艦を突貫とはいえ作り出しただけでも驚愕に値するというのにまだ出てくるなんて。

だが、それが出来るとするなら……。

作ったのはオーディン星系ではないだろう。

そして、こんな急場に現れる事を考えるなら……。



「中立勢力が作った要塞級か……」

「まさか、ローエングラム侯は自陣営に味方する勢力全てに作らせていた?」

「恐らくな……」



要塞級輸送艦の巨大なシルエットが2つ近くにワープアウトしようとしていた。

それはつまり、形成の逆転。

そして、中立勢力が我々を簡単に通した理由もわかった。

アンリ・ビュコック先輩の言った事は恐らく間違っていない、彼は味方してくれたのだ。

しかし、味方をした彼が特に罰せられてもいなければ彼が中立勢力を乗っ取ったわけでもない。

つまり、ラインハルトはあえてそれを見逃し、作られていた要塞級で包囲をする事を考えたのだろう。



「不味い……、戦力比が逆転した……」



要塞級も今までのように叩き潰すのは難しい。

なぜなら、ロイエンタール艦隊が目の前にいるからだ……。



「ラップ、逆転の目はあるか?」

「無いとは言いませんが……かなり厳しいかと。

 これが中立勢力で作られたものなら、マーリンドルフ伯爵領でも作られていた可能性が高い」

「……つまり」

「ビュコック艦隊以下3個艦隊で圧倒しつつあるオーディン正面の戦闘に介入してくる可能性があります」

「……」



つまり、ここにいる2隻とは別に最低もう一隻やってくる可能性があるという事か……。

最初、あれだけ簡単に殲滅したのは、こちらの切り札を切ったという所が大きい。

それに、同じ事をしたとして、前回と同じ愚を犯してくれる様な敵でもない。


このまま行けば、原作のアムリッツァの再現を行ってしまう事になる。

なんとしてもそれだけは防がねば……。










あとがき。



要塞級おかわりwという事で。

量産しすぎと言われると辛いですがw

まあ、簡易式なので要塞級の装甲は要塞ほどではありません。

戦艦の装甲とそう変わらない程度です。

ですが、まあでかいので意図して炉を直撃させる攻撃が来るのでなければ割と持ちこたえます。

前回は何段階か前のものとはいえ設計図が手に入っていたので炉の位置がバレていたのが大きいでしょう。

ですが、ラインハルト側も何度も弱点をつかせてくれるほど甘くはないです。

今回は頑張って艦隊戦っぽいものを書いてみましたw

次回はどれくらい艦隊戦になるのかは未定だったりしますが。

ともあれ、書ける事は書いたと思いますw

最後まで頑張っていきますねー



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