クラウンによって与えられた試作型ビーストアームの性能は凄まじいの一言だった。
従来の腕よりも大幅に増した耐久力と馬鹿げていると言っても過言ではないパワー。
エディが射撃で援護し、セグラントが吶喊し、モニカがあぶれた敵を討つ。
これまでの戦法と変わりは無いが、相手に与える印象は大きく変わっていた。
ビーストアームにより、コクピットごと握りつぶされる。
普通、KMF戦において戦っていて握りつぶされるとあり得ない。
しかし、現に握りつぶされたコクピットを見た相手方の恐怖は計り知れない物だった。
目の前で戦友が脱出することもなく潰されていく光景を目の当たりにしたEUの兵士は
我先にと戦線を離脱していった。時には仇を討とうと、向かってくる者もいたが、そういった
者は連携がなっておらず、結局はビーストアームにより同じ末路をたどる事となった。
こうして、セグラントとビーストアームの相性が合っていた事もあり、
セグラントを筆頭にエディ達は最前線で戦果を上げ続けた。
この活躍により、彼らは皆昇進しており、今ではセグラントは少佐。
モニカとエディは大尉の位にまで上がっていた。
セグラント達の戦果を聞いた対EU西方司令官ローディーはこれを好機と見た。
名前には価値がある。
それは本名ではなく異名などである。
例をあげるならばナイトオブラウンズが良い例である。
ナイトオブラウンズが戦場に出る。
それだけで相手方にある程度の警戒と威圧を与える事が可能なように。
その名を出すだけである程度の効果を望めるように。
このEU戦ではナイトオブラウンズも参加しているが、彼等は基本的に総司令官の近くで戦っている為、
おいそれと援軍には来てくれない。
かつてセグラント達を救いに来てくれた時とて、たまたま近くで戦闘を行っていたからに過ぎない。
そこでローディーはセグラントにその役目を担って貰おうと考えたのだ。
勿論、ナイトオブラウンズ程の効果は期待していない。だが、
セグラントの戦い方が独特であり、相手方に恐怖を与えているのもまた事実。
ローディーは副官であるコーラッドと共にこの案を進めようとしていた。
その為、何か良い異名はないかと思案していた時だった。
「司令、特に異名を考える必要はなさそうです」
「ん? どういうことだ」
ローディーの問いにコーラッドは一枚の紙を差し出す。
それはEUの通信を傍受したものを書いた紙であり、そこにはある一文が書かれていた。
それを読んだローディーは口角を上げ、笑った。
「ははは、これは良い。なんとも“らしい”名前がついたものだ」
「まったくです。どうします?」
「当然、流せ。ある程度誇張するのを忘れるな」
「了解しました」
「くく、それにしても付いた異名が……」
「ブリタニアの猛獣だぁ? なんだそりゃ」
セグラントはエディから自身についた異名に疑問の声をあげていた。
エディはセグラントを指差し、笑いながら答えた。
「そのまんまだろ。誰がつけたのか知らないが良いセンスじゃないか」
「そうよねぇ。その髪型とか目つきとか、あげればキリがないわ」
モニカもセグラントの髪を指差しながら言う。
「いやいや、それも理由らしいが一番の理由は違うぞ。一番の理由はお前の機体に付いてる
腕のせいだよ。あの腕が獣の爪に見えるのと、握りつぶされた跡がまるで獣に喰いちぎられた
様に見えるかららしい」
エディの説明にセグラントも納得せざるを得なかった。
「なんの反論も出来ねぇ」
「でしょうね。それにしても異名かぁ。私も欲しいな」
「モニカにぃ? 無理無理。だってお前の戦い方って地味だし」
「エディ、貴方には言われたくないわ」
エディとモニカはしばし睨みあっていたが、お互いに不毛だと思ったのか視線を外す。
その様子を愉快そうにセグラントが見る。
この三人の集まりは傍目からみてもとても仲が良く、見ている方も微笑がうかぶ程だった。
しばらく談笑を続けていると、エディが話を変え、セグラントに聞いた。
「なぁセグラント。お前の目的ってなんだ?」
「どうした、いきなり」
「いやな、ちょっと気になってよ」
そう言いながらエディは頭をかく。
「前にも言ったが、親父をぶちのめすことが目的だ」
「あぁ、それは聞いた。俺が聞きたいのはその後だ」
「後?」
「そう、ビスマルク卿を越えられたとして、その後はどうするんだ?」
「……考えた事がないな」
「そう、か。なら考えとけよ。自分が何をすればいいのか、何をしたいのかをよ」
そう言ったエディの顔は先程までと違い、至極真面目なものだった。
エディは常日頃からセグラントのこういった所を気にしていた。
今は父であるビスマルクを越える事を目的としているが、それを成した後どうなるのかを。
目的を達成したら腑抜けてしまうのではないかと。それが不安だった。
故に、聞いたのだ。後の事を。
そんなエディを疑問に思ったのか、セグラントは尋ねた。
「どうしたんだ、エディ。そんな事を聞くなんてよ」
エディは顔を真面目なものから笑い顔に変え、返した。
「べっつにぃ。気になっただけだって。そうだ、もしやりたい事が見つかんなかったらよ、
俺と一緒に何かやろうぜ。うはうはハーレム計画とか、旅行とか、遊びまくろうぜ!」
「そりゃあ良い。親父を越えたら、そういうのも良い」
エディの提案にセグラントは笑いながら賛同する。
「ちょっと、一応ここに乙女がいるのだからそういうハーレム計画とか話すの止めてくれない?」
「「え、どこに乙女がいるの?」」
「よし、そこに正座しろ」
モニカが怒り、セグラントとエディが笑う。
最終的には三人とも笑顔となり、笑い声が格納庫に響く。
その声はどこまでも楽しげで、彼らは一時ここが戦場である事を忘れられた。
EUでの戦いも佳境となったころ。
戦果を上げ続けたセグラント達は最前線にて先陣を任されていた。
セグラント達の部隊編成はセグラント達をいれたナイトメアが8機、戦車が20両である。
セグラント達が接敵してから既に三十分が経過している。
EU側は鹵獲したKMFグラスゴーとサザーランドを中心とした部隊。
「ちっ、中々近づけねぇ。近づけなきゃビーストアームは使えねぇ」
セグラントはコクピットで愚痴りながら射撃を行っていく。
「そうボヤくな、チマチマ削っていきゃいいさ」
エディが返しながら精密な射撃で確実に敵の数を減らしていく。
しかし、敵は減るどころか増えていた。
後方から次々に増援が送られてきているためである。
「ちょっとまた増えたわよ!? こっちは損害が増えてく一方なのに!」
モニカの言うとおり、既にセグラント達の部隊は半壊していた。
KMFは3機大破し、戦車に至っては半数が大破している。
その時だった。
「うわぁぁ! コイツら何処から現れやがった! 助けてくれぇ!」
突如、右翼から敵KMFが2機出現した。
レーダーに映らないようにエンジンを切っておき、隠すように予め配置していたのだろう。
こういった時、攻める側と防衛する側の差が現れる。
EU側には地の利がある。
そのため、こういった伏兵が可能となる。
右翼から出現した敵にパニックに陥ったのか、辺り構わずアサルトライフルを乱射する。
「ちぃっ、エディあっちの援護に行くぞ! 援護頼むぞ!」
「おう!」
セグラントは最高速度を出しながらEUのKMFにビーストアームを振るう。
横面を思い切り殴られた敵KMFの頭は吹き飛び、地面に倒れる。コクピットも衝撃でほぼ潰れていた。
倒れたのを確認すると、セグラントはすぐに機首をもう一機の方に向き、接近する。
敵方もアサルトライフルを撃とうとするが、エディの射撃により邪魔される。
そして、コクピットを握りつぶされた。
「おい、大丈夫か!」
「た、助かりました。ありがとうございます」
「礼は正面の敵をなんとかしてからだ!」
「は、はい!」
セグラントは正面の敵に向かおうとする。
その時、エディの目にある物が入った。
それはセグラントが最初に倒した一機だった。
頭を吹き飛ばされ、コクピットは潰れていたのだが中のパイロットはかろうじて生きていたようで、
コクピットから這いでて、ロケットランチャーを構えていた。
その照準は後ろを向いているセグラントだ。
「EUの……誇りと勝利の為に……」
そして、ロケットランチャーからロケット弾が発射された。
セグラントも気づいたのか機首を後ろに回そうとする。
――間に合わない!
エディは咄嗟に機体をセグラントの後ろに動かしていた。
「エディ!?」
そして、ロケット弾はエディの機体のコクピットに直撃し、爆発した。
セグラントは何が起きたのか理解できなかった。
ロケット弾が飛んできて、対処しようとしたが間に合わなかった。
直撃かと思った瞬間にエディが庇った。
「エディ……? おい、エディ!」
エディの名前を呼ぶが、返事は返ってこない。
自身の機体のレーダーにもエディの機体の反応はない。
「お、おぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉ!」
セグラントが吼えた。
咆哮はその場にいる全ての兵士に聞こえるほどだった。
セグラントの機体が正面にいる敵に最高速度で迫る。
EUの兵士は全員、セグラントの咆哮に呑み込まれていた。
全機の手が一瞬止まる。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
当たるを幸いにセグラントはビーストアームを振るい続ける。
巨大な腕が振るわれる度に敵機が吹き飛んでいく。
握りつぶされ、破壊され、吹き飛ばされていく。
その様にその場にいる全員が恐怖した。
いち早く恐怖から立ち直ったのはモニカだった。
彼女は味方に叫ぶ。
「敵は固まっている! 全機、攻撃だ!」
その言語に現実に戻った味方はEUに攻撃を再開する。
程なくして敵は全滅した。
その中心にセグラントの機体は敵機の残骸やパイロットの血を浴びて、佇んでいた。
セグラントとモニカは戦闘が終了すると同時にエディの機体の下に走った。
「エディ! エディ!」
「エディ、目を開けて!」
セグラントとモニカはエディをコクピットから出し、声をかけ続ける。
エディの腹にはコクピットの破片が突き刺さっており、血が流れ続けていた。
「エディ、バカヤロウ! なんで庇った!」
名前を呼びつづけると、エディの目がうっすらと開かれた。
「セグラント……」
「エディ! 今、衛生兵が来る。死ぬな!」
「無理さ……。自分の体だ、無理ってことぐらい分かる」
「そんな事言うな! 俺が親父を超えたら、俺と遊び通すんだろ! 旅に出るんだろ!?」
セグラントの瞳から涙が溢れる。
「泣くなよ……。猛獣の名が聞いて……呆れる」
「もうしゃべらないで! 絶対に助かるから!」
エディは一度、大きく息を吸った。
そしてセグラントの手を握る。
「セグラント、お前は最強になれよ……。親父さんを超えようと超えまいと……、俺たちの国に、
大切な物に仇なす全てを噛み砕く牙になれよ……」
「あぁ、あぁ! 牙にでも何にでもなって見せる! だから……っ」
「あぁ……、楽しみだ。目が、霞んできた……。セグラント、モニカ、楽しかったよなぁ」
エディの顔から生気が失われていく。
しかし、その顔に浮かんでいるのは笑顔だった。
今までの事を思い出しているのだろうか。
モニカは首を振りながら、泣いていた。
セグラントもモニカも悟っていた。
友の命は尽きようとしていると。
ならば泣いていてはいけない。
笑顔でいようと。
「あぁ、最高だった。だから、これからもそんな時間を続けてやる、悔しがってろ、親友」
「最高の時間だったわ。だから、安心して眠って、私たちは頑張るから」
セグラントとモニカは泣きながら、無理やりに笑顔を作る。
「あぁ……、面白かったなぁ。最高だったなぁ。あばよ、親友達」
エディの手が地面に落ちた。
「エディィィィ!」
「く、うぅ」
エディ・マクシミリアンはその短い生涯に幕を降ろした。
戦場跡に二つの泣き声が木霊する。
「俺は、お前が願った最強になろう。害なす全てを噛み砕く牙になろう。
だから、安らかに眠ってくれ……、最初にして最高の親友よ」
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