「セグラント卿、間もなくエリア11総督府に到着します」
輸送機のパイロットの呼びかけにセグラントは体を起こす。
「ご苦労さん。ようやく到着か。クラウン、まずはどこへ向かえばいいんだ?」
「取り敢えずは総督であるコーネリア殿下に挨拶に行けばいいんじゃないか」
「……そうするか」
クラウンとの会話をしばらくの間続けていると輸送機は総督府のヘリポートに
降り立ち、扉が開かれた。
セグラントとクラウンが降りると、目の前には十数人の兵と皇族服をその身に纏った
女性と後ろに立つ女性と良く似た未だ何処か幼さの残る少女。
皇族服を纏った女性の両隣に立つ二人の騎士が彼らを迎えた。
「よく来た。私がエリア11総督を務めているコーネリア・リ・ブリタニアだ。
貴君はナイトオブツー、セグラント・ヴァルトシュタイン卿で間違いないか?」
「あぁ。その通りだ、です」
セグラントのたどたどしい敬語に後ろに立つ少女がクスリと笑みをこぼし、
眼鏡をかけた騎士は眉をひそませる。
「報告書の通りだな。貴君は父上、皇帝陛下の騎士だ。公の場では無理だが、
私的な場であるならば無理に敬語を使う必要はない」
「それは助かります。それで? 俺はこれから何をすれば?」
「まずは総督室へと向かおう。話はそこでしようではないか」
「イエス、ユアハイネス」
エリア11総督室。
そこにいるのはコーネリアと少女、そして二人の騎士に加え、セグラントとクラウン
がいた。位置としては総督の机にコーネリアが座り、その両隣を騎士が、応対の為の
ソファーに少女が座り、セグラント等はコーネリアの前に立つといった様子である。
「再度、紹介といこう。私は先程言ったからな。まずは……」
コーネリアの言葉にいち早く反応したのは右に立つ眼鏡をかけた男だった。
「姫様、まずは私が。お初にお目にかかります。私はギルバート・G・P・ギルフォード。
僭越ながらコーネリア姫様の親衛隊隊長と直属の騎士を務めています。
セグラント卿の噂は聞いております。これからよろしく」
ギルバートは軽く自己紹介をし、セグラントに対し会釈をする。
「次は私か。私の名はアンドレアス・ダールトン。将軍を務めている。
貴君と戦える事を楽しみにしている」
厳つい顔に笑みを浮かべ、ダールトンは手をさし出してきたのでセグラントはそれを
軽く握り返す。その時、軽く力を込められたのでこちらも力を少しだけ入れ返すと、
ダールトンは笑みを深くする。
――何処か親父と同じ匂いがするな。この男もまた生粋の武人ということか。
「最後は私ですね。初めまして、セグラント卿。私の名前はユーフェミア。
ユーフェミア・リ・ブリタニアです。非才の身ですけど一応副総督を務めています。
仲良くしてくださいね」
ソファーから立ち上がった少女は花の様と言うが相応しく可憐に微笑んだ。
「リ・ブリタニア?」
「あ、私と姉さまは母が同じなんです」
ユーフェミアの説明に得心がいったのか頷く。
「さて、セグラント卿。卿には早速だが一仕事してもらいたい」
そう切り出したコーネリアに対し、悪びれた様子は全く無く答えた。
「あ〜、俺の機体はまだ動きません。一応その事も報告書と同封して送られてる
筈ですが?」
その言葉にコーネリアは少しだけ口角を上げた。
「そう、卿の初仕事は卿の機体を動けるように整備することだ。本国から既に聞き及んで
いる通り、特派の連中が新たな動力を開発したらしい。卿等はまず特派の下に向かい、
新動力を受領してきてもらいたい」
「こっちから出向くのか?」
セグラントの疑問も最もであり、それに答えたのはギルバートであった。
「……本来ならばアチラから出向かせるのだが良くも悪くもアソコは特別でな。
あそこの後ろ盾はシュナイゼル殿下なのだ。故に姫様は余り強くは言えないのだ」
その答えに完全に納得はしていないが、取り敢えず了承の意を伝え、
セグラントとクラウンは部屋から退出していった。
特別派遣嚮導技術部、略称『特派』。
神聖ブリタニア帝国宰相シュナイゼルが管轄する組織の一つであり、主にKMF関連の
開発を行うチームであり、所属する人員も全てがその道のスペシャリストである。
この特派の中心を担っている人物の名をロイド・アスプルンドと言った。
そして現在、彼、ロイドはその顔を不機嫌な色に染めていた。
「まったく、折角僕のランスロットが完成してデヴァイサーも見つかったって言うのに
出番が与えられないなんて。暇だからスザク君にシュミレーションでもさせようかな」」
愚痴を零す彼に対し、椅子に座っていた女性が振り返り、
「そう愚痴ばかり零さないで下さい。それにスザク君は今は学校ですよ。
それよりも引渡しの準備が完了しましたよ」
「セシル君。引渡しって何をだい?」
セシルと呼ばれた女性は頭を軽く抱え、
「こんな大事な事を忘れないでください。今日は本国からセグラント卿、
ナイトオブツーがやってくるんですよ。
今日は彼の機体を動かすために大出力のコアルミナスを引き渡す予定です」
セシルの言葉でようやく思い出したのかロイドは態とらしく手をポンと叩き、
「あぁ、そうだったねぇ。でもそんなの適当に済ませて
ランスロットを弄っていたいなぁ」
「ロ・イ・ドさん?」
「な、なぁんて嘘だよ。それでいつ来るんだい?」
「間もなく、の予定ですが……」
セシルが時計に視線を向けると、通信機器が鳴った。
「あ、来たようですね。ロイドさん。くれぐれも、いいですか? くれぐれも
失礼の無い様にお願いしますね」
「はいはい。分かってますよ」
セグラント等が技術者に案内された部屋に入ると、眼鏡をかけたいかにも研究者然と
した男と一人の女性が彼らを迎えた。
「セグラント卿、ようこそ特派へ。私はセシル・クルーミーです。そしてこちらが」
「ロイド・アスプルンドだろう? 知っているさ。よぉく知ってる顔さ」
そう言ったのはクラウンであり、その顔には悪戯が成功した子供のような笑みを
浮かべていた。それとは対照的にロイドの方は笑顔が引きつっていた。
「久しいな。ロイ坊」
「クラウン、知り合いだったのか?」
「なぁに。私がまだ追い出される前にちぃと面倒を見てやってたのさ。なぁロイ坊?」
ロイドはダラダラと脂汗を流しながら、何も答えない。
「セセセ、セシル君? 君はクラウン博士も来るってことを言ってたっけ?」
「いえ、お知り合いだとは思わなかったので。……苦手なんですか?」
「……君は僕の事をどう認識してる?」
急なロイドの質問にセシルは首を傾げながら、
「何処か人間性が抜けてはいますが天才だと思っていますが」
「僕がクラウン博士に抱いているのがソレだよ。まぁ頭に異端がつくけどね」
ロイドを持って天才と言わせるクラウンにセシルは目を見開き、クラウンを凝視する。
当のクラウンは彼らの視線を無視し、奥に鎮座しているKMFに視線を向けていた。
「ロイ坊、これがお前の作品か?」
「その通りですよ。名前はランスロット。中々でしょう?」
ロイドは玩具を自慢するかのように胸を張るのに対し、
「足らんな」
「はい?」
クラウンの反応はどこか冷めていた。
「足らん、と言っている。確かにスペックには目を見張るものがあるが、
枠から飛び出しておらん。これでは詰まらないではないか」
「貴方の考えが異端なんですよ。なんと言われようとも僕はランスロットに絶対の
自信を持っていま」
「生意気を言うようになったものだ」
「それほどでも」
クラウンとロイドは奥の方で久々に会った事もあるのだろうが、技術関連の話に華を
咲かせセグラント等の事を忘れているようであった。
その様子にセシルは頭を抱え、ため息をついた。
「申し訳ありません。セグラント卿。ロイド博士には後で言っておきますので」
「いや、別に良い。クラウンも楽しそうだからな。それよりも、コアルミナス搬送準備を
進めておいてくれ。外に置いてあるトレーラーに積んでおいてくれ」
「了解しました」
「あぁ、それとクラウンに言っておいてくれ。俺は先に戻っている、と。
どう考えても長くなりそうだからな」
セグラントは肩を竦める。
セシルも同じ意見なのか何も言わずに苦笑いを浮かべるばかりであった。
コアルミナスが搬送され、幾日か経ったある日セグラントはコーネリアに
総督室に来るように言われていた。
「ナイトオブツー参上しました」
呼ばれた内容の頭に任務と付いていれば馬鹿でも公的な要件だと分かる。
流石にこの時には敬語を使っていた。
部屋に入ると、中にはコーネリアとギルバート、ダールトン。
そしてユーフェミアがいた。
「よく来てくれた。実はここエリア11に残る最大反抗勢力組織、『日本解放戦線』
の本拠地が判明した。よって我々はこれに攻撃を仕掛ける事とした」
「へぇ。それで自分を呼んだということは出撃でしょうか?」
セグラントの言葉にコーネリアは口角を上げる。
「その闘志心強いな。だが、今回は見物をしていてもらいたい。我が部隊の練度と
強さをな」
そう言ったコーネリアの目には確かな自信があった。
「なるほど。今回自分を呼んだのは出撃命令ではなく、出撃しないで欲しいという事か。
だが、忘れていませんか? 俺は叔父、皇帝陛下の騎士です。貴方に命令権は無い」
「その通りだ。故にこれはお願いだ」
「……わぁった。わかりましたよ。いいでしょう。今回の戦に俺は顔を出しませんよ」
「感謝する。ギルバート、ダールトン。作戦会議だ」
「イエス・ユアハイネス」
――戦いにすらなってねぇ。
セグラントはコーネリア指揮下の下繰り広げられる日本解放戦線との戦いは
この言葉こそが相応しかった。随時送られてくる戦況報告とモニターを見ながら思う。
日本解放戦線もエリア11最大の組織というだけはあり、装備や兵士の練度は
中々に高いようではあるが、それでも及ぶことはない。
目の前のモニターでは次々と日本解放戦線の機体を表すマーカーが消えていき、
徐々に後退を始めていた。この様子ならば後2時間もあれば制圧出来るだろう。
だが、
「なんだ? この嫌な感じは」
セグラントの胸中には先程から感じる違和感があった。
「何かがある? いや、上手く行き過ぎてんのか?」
後少しで制圧が出来る事に疑問は感じ無い。
だが、まるで第三者の掌の上で動いているような気がしてならないのだ。
――どこからだ? ……こう感じ始めたのはいつからだ?
セグラントが思考に沈もうとした時、目の前で山が崩れた。
セグラントは近くに座るオペレーターの肩を掴んだ。
「何が起きた!」
「土石流です! 突如山が崩れ土石流が我が軍に! そ、それと……」
「なんだ!? さっさと言え!」
「く、黒の騎士団が現れました!」
「黒の騎士団だぁ? ちっ、こんな時に! いや、こんな時だからこそか?
コーネリア殿下に連絡をいれろ!」
「そ、それが先程の土石流の影響か繋がりません。ど、どうしましょう!?」
オペレーターは軽いパニックに陥っているようで涙目でこちらを見てくる。
セグラントは目を閉じ、深呼吸をする。
「この場にいる全員に告げる! 俺は今から殿下救出の為に出撃する!
お前らは通信の回復と生き残った友軍の回収を最優先にしろ!」
「イ、イエス・マイロード!」
返事を聞くと同時にセグラントは司令室から飛び出し、クラウンに連絡を取る。
この時、後ろの方でロイドの声が聞こえた気がしたが無視した。
「クラウン、状況は聞いてたな? 出るぞ」
「任せろ。既に準備は完了している」
「さすがだ」
セグラントが専用のトレーラーに着くと、そこには笑みを浮かべたクラウンと
ブラッディ・ブレイカーが待っていた。
「待っていたよ。コイツとの戦場は初めてだろう? 気分は初陣かな?」
「かもな。さぁ、ブラッディ・ブレイカー。全て噛み砕くぞ!」
土石流により友軍を流され、孤立したコーネリアの前には十数機の無頼に加え、
一機のカスタム無頼と見たことの無い紅いKMFがいる。
カスタム無頼から聞こえてくる声はゼロの物だった。
『お久し振りですね、コーネリア総督。
再会の挨拶といきたいところですが、今日は大人しく捕まって貰いましょうか。
貴君には聞きたい事もあるしな。』
勝利を確信しているかのようなゼロの声にコーネリアは下唇を噛む。
――状況は圧倒的不利だな。だが、目の前の紅い奴を討てば活路は開ける。
覚悟を決め、紅いKMFに半ば不意打ちの如く仕掛けるが、目の前のそれの性能は
今までのKMFを否定するかのような馬鹿げた機動性を誇っていた。
紅いKMFはコーネリアの一撃を難なく避け、コーネリアのグロースターを地面に
叩き伏せる。
『さて、気は済んだかな? それでは今度こそ我々に捕まっていただきましょう』
ゼロの横から数機の無頼が出て、コーネリアを取り囲む。
――ここまでかっ!
コーネリアが諦めかけたその時。
横の大岩が吹き飛び、一機のKMFが乱入し、自身を組み伏せていた
KMFを吹き飛ばした。
「なんだ、あれは……」
それは誰が漏らしたのか。
それはKMFと呼んでもいいのだろうか?
今、自分を組み伏せている紅いKMFと同じ紅い装甲。
しかし、何処か禍々しさを感じさせる。
なにより、それは人型ではなかった。
例えるならば竜。図鑑などでしか見たことのない古の覇者『TーREX』そのものだった。
駆動系が軋む音がまるで獣の唸り声の様に聞こえる。
『コーネリア殿下。無事でなにより』
「その声、セグラント卿か? その機体は……」
『俺の専用機ブラッディ・ブレイカーです。殿下はお下がりを』
「私に引けと言うのか!?」
『いや、そうではありません。見物していて欲しいんですよ。俺の牙を』
通信機ごしに聞こえてくるセグラントの声にコーネリアは自身の背に冷や汗が流れる
のを感じた。
『初陣だ! ブラッディ・ブレイカー! 仇なす者全てを噛み砕くぞ!』
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