ビスマルクに久々に親子で夕食でもどうだ、と誘われたセグラントはビスマルクの
屋敷の一室にて夕食を共にしていた。カチャカチャと食器の音が響く中、二人は言葉を
発する事なく黙々と食事を進めていると、
「機体は完成したか?」
「大体な。詳しくはクラウンから上がる報告書に目を通してくれ」
「そうか。……ところでちゃんと騎士然とした機体なのだろうな?」
「……」
さっと目を逸らしたセグラントに対し一つため息を付きながらビスマルクは
話を続ける。
「まぁ機体に関しても言いたいことはあるが、それは今はいい。いいか、セグラント。
お前も今では栄えあるナイトオブラウンズの一員だ。その事を夢々忘れるな。
我らナイトオブラウンズに……」
「敗北は無い、だろ?」
「む、言葉を取るでない」
「その言葉は決して忘れる事はねぇよ。俺はあんたの、親父の息子だぜ?
俺が見てきた背中は誰のかを忘れたか?」
「ふっ。生意気を言いおる」
――嬉しい事を言ってくれる。
セグラントの言葉に内心で喜ぶがそれを顔に出さないようにする。
「そういえば親父。コレ返すぜ」
セグラントはそう言うと、床に置いていた紙袋を渡した。
「おぉ、どうだった。中々に面白かっただろう」
「あぁ。燃える話が多かった。特にウォーマンが蘇る所とかな」
セグラントが渡したのはエリア11にて人気を誇っていた娯楽漫画の一つ、
『キン肉野郎』だった。
「あのシーンか。確かに燃えたな。だが、一番はロビンマスカーだろう」
「いやいや親父、一番はネプチューンに決まってんだろう」
「何を言うか! ロビンマスカ―こそが一番に決まっておろう!」
「こればっかりは譲れねぇな! ネプチューンが一番だ!」
二人は席から同時に立ち上がり、拳を鳴らしながら近づいていき、
「おらぁっ!」
「ふんっ!」
殴り合いが始まった。
ちなみに周りにいる使用人達はその光景に何ら動じる事なくいつもどおりの光景に
目を細めている。まぁ、一部ではどちらが勝つかの賭けも行っているが。
「ふはははは! セグラントよ、私が新たに習得した技を喰らうが良い!
52の関節技が一つ、キラウェアストレッチだ!」
「ぬぉぉぉ! 抜けだせねぇぇぇ! というか物凄く痛い!」
「ふははは、降参せい! そして認めるのだ! ロビンマスカ―こそが一番だと!」
「み、認める訳にはいかねぇ……っ。一番の名はネプチューンにこそ相応しいんだっ!」
「ならばこのまま締め上げるのみ!」
ビスマルクがトドメに入ろうとした時、
部屋の扉が開き、使用人の一人が部屋に入ってきた。。
「失礼します。旦那様」
「どうした、セバス」
「は、皇帝陛下からのご連絡が御座いまして、二日後に新たなナイトオブラウンズの
叙任を行うとの事です」
「何、新たなナイトオブラウンズだと? つい半年ほど前にこの馬鹿息子が叙任された
ばかりではないか」
「左様で。坊っちゃんが叙任された時はこのセバス、涙で前が見えませんでした。
あの暴れん坊がよくぞここまで育ってくださった、と」
「おい、セバス。その坊っちゃんの命が今、父によって奪われそうになってるぞ!
HELP! HELP!」
「それでは私は失礼します」
「うむ、ご苦労であった」
セバスは優雅に礼をし、部屋から出て行った。
「セバーーーーース! この薄情者!」
その後、屋敷に悲鳴が響き渡ることとなったが、使用人の誰もが気にすることはなかった。
謁見の間に集められたセグラント達は新たなナイトオブラウンズに任命された二人が
入ってくるのを待っていた。そのまましばらく待っていると、謁見の間の扉が開いた。
入ってきたのは金髪の男と桃色の髪をした少女だった。
「セグラント、あの二人って」
「あぁ、アイツらだな」
入ってきた二人はEU戦線においてセグラント達の後任として派遣されてきた
ジノとアーニャであった。
二人はそれぞれダークグリーンとピンクのマントを羽織っている。
その後はセグラント達の時と同じように皇帝による騎士任命が滞りなく行われ、
叙任式は終了した。謁見の間から有力貴族達が退出し、残ったのはナイトオブラウンズと
わずかな近衛兵となり、セグラント等も退出しようとしたところで、
「先輩方、これから飯でも一緒にどうですか?」
「どうする? モニカ」
「いいんじゃない。私たちの機体はほぼ完成しているんだし」
「それもそうか。なら行こうぜ」
ブリタニア帝国の中でも上位に入るレストランの個室にて四人は食事を取りながら、
様々な話をしていた。
セグラント等が抜けた後のEU戦線の話、セグラントの軍学校時代の逸話など。
話のネタに困ることはなかった。
「いやぁ、それにしてもあの逸話の殆どが実話だったのか。凄いな」
「実話なのよ。悲しいことに。連帯責任で何度私たちまで反省文を書かされたことか」
「軍学校で最も設備を破壊した男……。記録」
「だから、いきなり写真を撮るんじゃねぇよ」
年も近い事もあり会話が止むことはなく、店から出る頃には
辺りは真っ暗になっており、
「ずいぶん話し込んだな」
「そうねぇ。でも久々に楽しかったわ」
「そう言っていただけると嬉しいです。また来ましょう」
「今日来たこと記録」
アーニャがセグラント等三人を写真に撮ろうとしたところで、
彼女の体が持ち上がり、何事かと思い視線を向けるとセグラントがアーニャの首の辺りを
掴み上げ、自身の太い腕に乗せながら笑っていた。
「お前も写れよ。それ、セルフも出来るんだろう?」
「……出来る」
「なら、写れ」
セグラントはそう言うと、アーニャを下ろそうとするが、
「……このままでいい」
アーニャがそのままで良いといったのでそのまま腕に乗せておくことにした。
写真に写るアーニャの顔には僅かだが微笑が浮かんでいた。
ビスマルクの屋敷からは今日も今日とて破砕音と悲鳴が響き渡る。
本日の喧嘩の内容は肉はレアかミディアムか、であった。
結果はミディアム派のビスマルクの勝利で終わり、セグラントは床に沈んでいた。
「ふっ。決まったな。セバス、今日の肉はミディアムだ」
「かしこまりました。旦那様」
セバスは敬々しく礼をし、部屋を出ていきセグラントが復活を果たし、
親子で食事を取っている頃だった。
「し、失礼します! ビスマルク卿、セグラント卿!」
顔を真っ青にしながら飛び込んできた兵士を見た瞬間に、ビスマルクとセグラントは
食事の手を止め、その顔を戦士のソレへと変える。
「落ち着け。何があった」
「は、はっ! そ、それがエリア11においてクロヴィス殿下が殺害されました!!」
神聖ブリタニア帝国第3皇子クロヴィス・ラ・ブリタニア殿下、殺害される。
この報は直ぐに神聖ブリタニア帝国に届いた。
報を聞いた、皇帝シャルルは直ぐに本国にいるナイトオブラウンズを招集した。
「皆、既に知っておるだろうが先日エリア11において総督を務めさせていた
クロヴィス殿下が何者かに殺害された。
下手人に関しての情報だが、この様な映像が出まわっていたそうだ」
ビスマルクはそう告げると、モニターに映像を流した。
そこには黒い衣装に仮面を着けた男が映っており、
『我が名はゼロ! クロヴィスを殺したのは私だ!』
そう高らかに宣言した。
「……ゼロの格好、正体を隠す為なんだろうけどカッコ悪いわね」
「というか、体の線細っ! あんなんで戦えるのか?」
「この格好、面白い。記録」
「……簡単に折れそうだな。鍛えてねぇのか?」
「セグラントと比較するのは間違いでしょうけど確かに細いわね。女性としては羨ましいけど」
セグラントとモニカ、ジノ、アーニャが小声でゼロに関しての感想を述べていると、ビスマルクの
目が彼らの方を見たので口を閉じる。
「話を続ける。クロヴィス殿下殺害において当初はまったく別の人物が容疑者
として逮捕され、処刑されようとしていた。その時の映像がこれだ」
映像が切り替わり、そこでは車の上にゼロが立ちながら、
声高に叫んでいた。
『私たちを全力で見逃せ! そこの男もだ!』
たったそれだけの言葉で彼らを取り囲んでいた兵士やKMFが動きを止め、
悠々と進んでいくゼロを止めようとしない。
「あぁ? どうなってやがる。全員が動かなくなっちまったじゃねぇか」
「そうね。まるで、彼の指示に従順に従っているような……。気味が悪いわ」
モニカの感想は最もであった。
ゼロの言葉が全てであるかのように動きを止め、従う兵士の姿はどこかおぞましさを
感じさせる。そんな中、ビスマルクと皇帝の二人は何かを考え込んでいるようで、
眉間に皺を寄せていた。
そのまましばらく時間が経つと皇帝が立ち上がり、
「この事件に伴い、新たな総督として我はコーネリアを
送る事とした。そして、ゼロという男を確実に捕らえる為、ナイトオブラウンズ
を一人派遣することを決めた」
ナイトオブラウンズの派遣。
その言葉にその場にいる全員の表情に緊張がはしる。
皇帝が派遣することと決めたのは、
「我が騎士セグラント。お主に行ってもらう」
「おぅ。いえ、承知しました。しかし、俺、私の機体はまだ動きませんが?」
「問題はない。現在エリア11にいる特派が新たな動力を開発したそうだ。
向こうに着き次第、向こうからそれが回されるように手配しておく」
「承知しました。セグラント・ヴァルトシュタイン、機体の最終調整が終わり次第、
エリア11へと向かいます」
セグラントはどこかぎこちない動きで恭しく頭を下げた。
セグラントが機体の搬送準備を進めていると、
「セグラント」
「モニカか。どうした?」
「ん、別に。エリア11に行く前に一言挨拶しておこうかな、と思って」
「らしくねぇな。明日は雨か?」
からかうような言葉にモニカは微笑を浮かべ、ただ一言。
「絶対に帰ってくるわよね?」
「……当たり前だ。アイツと、エディと約束したからな。俺は帝国最強の牙になると」
「そうよね。まぁ、ゼロだかなんだかよく分からないけどパパっとアンタのその凶悪な
機体で噛み砕いてきちゃいなさい」
「任せとけ」
セグラントとモニカは拳を突き出し、コツンと一回ぶつけた。
機体の搬送が終わり、セグラントも輸送機に乗り込もうとした時、
「馬鹿息子」
「なんだよ、親父」
ビスマルクに呼び止められた。
「貴様の心配は大してしておらんが、一言言っておく」
「なんだ?」
「ゼロの言葉や目を直接聞くな、見るな」
「なんだそりゃ?」
「……私からのアドバイスだと思え」
ビスマルクの奇妙なアドバイスにセグラントは首を捻りながら
輸送機へと乗り込んでいった。
「安心しろよ、親父。俺はアンタのナイトオブワンの息子だ。
どんな奴が相手でもすべて噛み砕いてやるさ。それと、アドバイスは忘れねぇぜ」
セグラントは手を軽く振り、エリア11へと向かっていった。
「ビスマルクよ。言わずにはおれんかったか?」
「……これは弱さと言うべきでしょうか」
「良いのではないか? お主も一人の親という事だ」
「は、ありがとうございます。陛下」
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