セグラントの膝がガクガク震える中、叔母御と呼ばれた人物は顎に当てていた手を
離し、そのまま握り拳を作り、
「ふんっ!」
 思いっきりセグラントの水月に叩き込んだ。
「げふうっ! 叔母御、いきなり何しやがる!?」
「何しやがる? 叔母御?」
 小首を傾げるが、その米神に青筋が浮かんでいる事に気がつく。
「あ、いや。何をしやがるんでしょうか、マリアンヌ様」
 言い直した言葉に一先ず満足が言ったのか、マリアンヌは一つ頷き、
「うん。よろしい。ところで今の私は何処から見てもピッチピッチのうら若き少女よ? 
そんな人物相手に叔母御はあんまりじゃない?」
 とてもいい笑顔でそう言った。
「ピッチピッチって思いっきり死語じゃねえか。叔母御でいい気がするぜ……」
 セグラントは顔を逸らし小声で呟くが、
「何か言ったかしら?」
 耳聡いマリアンヌに聞き取られそうになった為、急いで話題を変える。
「何でもねえですよ! それよりも何故叔母御が此処にっていうかアーニャの姿で
いやがるんでしょうか? 貴方は死んだ筈ですが?」

 マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア。
 出身は庶民でありながら、KMF開発計画において多大な功績を残した為、騎士侯と
なった人物であり、現役時代には『閃光のマリアンヌ』の異名を持っていた。
 その高いKMF操縦技術は今でも多くの騎士の憧れとなっている。
 そして現在の神聖ブリタニア帝国皇帝シャルル・ジ・ブリタニアの皇妃となった
人物である。
 しかし、彼女は7年前にテロリストにより“殺害”された筈の人物である。

「そうねえ。これは言ってもいいのか迷うわね。強いて言うならある夢と世界の為と
いった所かしらね」
「答えになってねえんですが……」
「うふふ。いつか知ることになるからその時を楽しみにしていなさい。
……ん、そろそろ限界ね。セグラント、そろそろ私は一旦消えるけど、
いい? 私の事は他言無用よ。もしも喋れば……」
「喋れば?」
「うふふふふふふふふふふふふ」
 マリアンヌはセグラントの疑問に答えること無くただ笑う。
「怖っ。分かった、誰にも喋らねえよ! それでいいだろ!?」
「そう、イイコね」
 そんな軽い言葉を残し、マリアンヌの気配が消えていこうとする寸前、
「叔母御! 一つ聞かせてくれ。あんたのやろうとしている事は誰かが泣いたりする事は
ないのか?」
「当然よ。私の目的に涙はいらないもの」
 彼女が消えると同時にアーニャが目を覚まし、辺りを見回す。
「ここは。……セグラント?」
「お、おう。アーニャ」
「私、何でここに? また勝手に……」
 彼女は携帯を取り出し、色々な写真を見始める。
 しばらくの間、写真を見た後、
「セグラント。私はどうしてここにいるの? 私は何をしていたの?」
 不安気な瞳でセグラントに詰め寄る。
 その瞳には涙が浮かんでいた。
 それはそうだろう。
 誰も自身の中にもう一人いるだなんて信用しない。
 しかも、自身の体を勝手に動かしているのだ。
 その間の記憶がないのだから彼女が不安になるのも無理はない。
 ここでセグラントがマリアンヌの事を話せればいいのだが、彼もマリアンヌに口止め
されているため、話す事は出来ない。
 どうしたものか、と考えたすえに彼の取った行動は、
「よっと」
 アーニャを持ち上げる事だった。
「セグラント……?」
「あー、あれだ。アーニャ。お前さんは色々不安だろうが、なにも悪い事は起きてねえ。
安心しろってのは無理だろうが、あんまり気にすんな。って気にすんなってのも無理か。
どうしたもんだろうなあ。(何が誰も泣かない、だ。既に一人泣かしてんじゃねえか。
叔母御よお)」



 EU戦線。
 ブリタニアの猛攻によりEUの八割は陥落したのだが、残る二割に各地に散らばって
いた残存勢力が集まりブリタニアの猛攻を上手くしのいでいる。
 そのEUだが、近頃不穏な動きが多くなっていた。
 EUは戦力を小出しにし、ブリタニアの陣容、戦力を確認するだけにしており、
一度ブリタニアの猛攻が始まると、抵抗を殆どせずに撤退をしていくのである。

「ローディー司令! 交代のナイトオブラウンズ方々が参られました!」
「……お通ししろ」
 部屋に入ったセグラント達を迎えたのは懐かしい髭面の男、ローディーだった。
「ローディー司令。お久しぶりです」
 モニカが真っ先に挨拶をし、それに追従しアーニャ、セグラントも挨拶をする。
「お久しぶりですな。クルシェフスキー卿、ヴァルトシュタイン卿」
「司令、敬語なんて使わないでくれよ。あんたに敬語を使われると背中が痒くなる」
「……そうか? まあ天下のナイトオブツーから許可が出たんだ。敬語は止めさせて
もらおう」
「止めるの速いわね」
 モニカのツッコミが入り、その場にいる全員の顔に笑みが浮かぶ。

 ひとしきり笑った後、ローディーは顔を引き締め、
「さて、ここからは真面目な話だ。現在我々はEU攻略の最終段階にいる。本来ならば
このまま一気呵成に攻め込みたい所なのだが……」
「攻めればいいじゃねえか」
「それが出来ればいいんだがな。どうにもきな臭いのだ」
「どういう事でしょうか?」
 モニカの質問に顎の髭をいじりながら、
「誘われている。そう思えてならんのだ」
「その根拠は?」
「既に相手方の土地は殆ど残っていない。だというのに撤退が早すぎるのだ。
なにより戦力を小出しにしてきている」
「その事を総司令には?」
「当然伝えている。しかし、今の総司令は何と言うか……」
 ローディーは言い辛そうに口をモゴモゴと動かす。
「君たちがいた頃の総司令はシュナイゼル殿下だったのだが殿下は八割を攻略した時点で
本国へと帰還してしまい、代わりに来たのが今の総司令なのだが……。
その、思慮が足らんのだ。二言目には誇りだの突撃だの、で。正直に言うと相手の動き
よりも総司令の方が怖い」
 ローディーの顔は苦渋に満ちており、その事から彼の今までの苦労が推し量れる。
 モニカに至っては、どこからか取り出した白いハンカチで涙を拭っていた。


「……司令。次の作戦行動はいつだ?」
「補給物資が届く時。予定通りならば一週間後だ。次の作戦行動ではお前た全員に出撃
してもらいたい。理由は言わないでもいいだろう?」
「威嚇と士気向上」
 アーニャはポツリと呟くとローディーはその答えに満足したのか頷く。
「その通りだ。特にナイトオブツー、セグラント卿の異名はここEUでは特に有名
だからな。……なにせ猛獣のあだ名が生まれたのはEUだからな」
「……猛獣」
「ああ。アーニャはセグラントの戦い方を映像や資料でしか知らないのよね。彼の戦い方
は色んな意味で凄いわよ」
 モニカは苦笑を浮かべながらも言う。
「だが、その戦いは確実に相手の士気を下げ、こちらの士気を上げる。
頼りにさせてもらうぞ」
「任せておいてくれ」
 セグラントとローディーは固く握手を交わした。
 ローディーは握手を解き、
「この後、何の予定もないのであれば食事でも共にどうだ?」
 そう、誘ってきた。
 特に予定も入っていない三人はそれを了承しようとした時だった。
 司令室の通信機が鳴った。
「……どうした?」
「ローディー司令っ。補給物資の一部が盗難に!」
「なんだと!? 警備は何をしていた! 盗まれた物資は何だ!」
「そ、それがKMFの廃材と流体サクラダイトです」
 被害報告をする兵士の答えにローディーの顔に疑問が浮かぶ。
「流体サクラダイトは分かるが、KMFの廃材だと? 何が目的なのか分からんな。
監視カメラには何か映ってはいなかったのか?」
「それが、カメラには白衣しか映っておらず、顔が分からないのです。
ただ、背丈から判断するにそれなりに歳は取っていると思われるのですが……」
 受け答えをする兵士の言葉にセグラントの脳裏に一人の人物の顔が浮かび、
額に汗を流し始める。
 隣をチラリと見ればモニカも同じ答えに辿りついたのか、彼の方を見ている。
 彼女はセグラントの横腹はつつき、
「(ねえ、犯人ってあの人じゃないの?)」
「(多分な。いや、だがまだ確定したわけじゃあ……)」
 セグラントが否定しようとした時だった。
 彼の携帯が鳴る。
 ディスプレイに表示された名前はクラウン。
 セグラントの額に流れる冷や汗の量が増えていく。
 恐る恐ると通話ボタンを押す。
「セグラントだ」
「やあ。今大丈夫かい? なに、新装備というかバックパックが完成したからな。
見に来て欲しい」
「クラウン。そっちに行く前に一つ聞いておきたい。その素材をどこからか調達
してきた?」
「うん? 大体は自前だけど途中で少し足りなくなってな。ここにあったKMFの廃材と
流体サクラダイトを少し頂戴したよ」
 その答えを聞いたセグラントは額に手を当てる。
 その動作で察したモニカがやっぱりね、と呟いていた。
「クラウン。今少し取り込んでいる。まああと少ししたらそちらに向かう」
「分かった。待っている」
 通信を切ったセグラントは未だ通信機の向こうにいる兵士と会話をしているローディー
に声をかける。
「ローディー司令」
「なんだ? 食事はすまんが後にしてくれ。やるべき事が出来た」
「いや、その事なんだが……。犯人が分かった」
「なに?」
 セグラントはモゴモゴと口を動かし、犯人の名前を告げる。
「司令もよく知る人物。俺の専用機を開発した、クラウンだ」
 その名前を口にした途端、ローディーは顔をしかめ、
「ああ……」
 それだけを呟いた。



 

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