「私をお兄様の下に帰してください!」
貴賓室の一つにナナリーの怒声が響く。
セグラントとV.Vによってブリタニア本国へと連れてこられた彼女はずっとそう叫んで
いた。最初の方は監視と護衛を兼ねた兵士達も彼女を何とか宥めようとしたが、
彼女は聞く耳を持たなかった。
次第に兵士達も彼女を宥めようとする事はなくなっていた。
ナナリーは自身の置かれた状況に涙を零す。
ナナリーという少女の過ごしてきた日々は過酷だっただろう。
それでも彼女は耐えられていた。
何故ならば彼女の隣にはいつも敬愛する兄が傍にいてくれたからだ。
兄がいたからこそ耐えられた。
兄がいたからこそ本来ならば暗く閉ざされる筈の心を保っていられた。
だがしかし、今の彼女は囚われの身となってしまった。
この事を兄が知ればどのような想いに囚われてしまうのか。
その事を思うだけで、彼女の胸は張り裂けそうだった。
溢れそうになる涙を必死に止めていると、扉の奥から話し声が聞こえてくる。
また兵士が監視の交代に来たのだろう、と思っていたが耳をすませてみれば
いつもとは様子が違うようだった。
扉がノックされる。
ナナリーは急ぎ目元を拭う。
「ナナリー様、失礼するぜ」
ナナリーが入室の許可を言う前に扉は開かれ、聞き覚えのある声が彼女の耳に届く。
(この声は私を攫いに来た人……。確か名前はヴァルトシュタインって呼ばれていた。
ヴァルトシュタイン姓と言えばナイトオブワンだった筈)
「囚われとは言え女性の部屋に許可を得ずに入ってくるなんてブリタニアの誇る
ナイトオブワン様は随分と無作法ですね」
ナナリーは恐怖に震える心を無理やりしまい込み精一杯の虚勢を張る。
無意味だと笑われようともこの虚勢だけは崩してはならない。
そんな決意を固めたナナリーの耳に届いたのは、
「あ〜、なんか勘違いしてるみたいだが、俺はナイトオブワンじゃあない。
ナナリー様が言ってるのは親父の事だろ? 俺はナイトオブツーをやらせてもらってる
セグラント・ヴァルトシュタインってんだ」
どこかやりづらそうな声だった。
「え?」
ナナリーは思わず声を零してしまう。
必死の決意でナイトオブワンと対したつもりだったというのに目の前の人物は
ナイトオブワンでは無いという。思わず力を抜いてしまいそうになるが、それも
何とか耐え、強気の態度を維持する。
「どちらにせよナイトオブラウンズというのは無作法という事ですね」
「それを言われると辛いな。まあ、こんなのは俺だけだ。……多分な」
声音に困ったような響きが入り始める。
ナナリーはこの短い時間の中でナイトオブツー、セグラントがどういった人物なのかが
分かった気がした。このセグラントという男は正直なのだ。
自分はこの人物に攫われたのだと分かっていても不思議と嫌いにはなれなかった。
ナナリーは自分がこのような考えに至った事に自分自身で驚いた。
恐らくだが、目の前の人物を嫌いになれないのは彼が纏う空気のせいだろう。
幼少の頃より権謀術数の嵐に巻き込まれ、今の現状へと陥ってしまった彼女にとって
正直である、という事はそれだけでとても素晴らしい美徳なのである。
またナナリーという少女は幼少時のとある出来事により目が見えなくなってしまった。
だからこそ彼女は人の感情の動きに敏感になった。
そして、その卓越した感覚が囁くのである。
彼は本当に敵なの? と。
ナナリーはその考えを忘れる為に無理やりに平淡な声を出し、本題を問う。
「…………それで何の用でしょうか」
「ん、そうだったそうだった。叔父貴、陛下がお前さんをお呼びなんでね、俺はその道中
の護衛兼監視役。そんじゃ行きますか」
いかにも今思い出した、という感じで手を打つ音が聞こえたかと思えば、
「そんじゃま、失礼しますよっと」
セグラントが後ろに回り、車椅子に付けられている取っ手を握ったのだろう。
車椅子が動き出した。
車椅子での移動を始めてからはどちらも一言も喋る事はなかった。
ナナリーはこれから父に会うという緊張で喋らず、セグラントは何を話せばいいのかが
分からない為喋らずにいるのである。
そして、それから暫くがたった所で車椅子が止まった。
「ナイトオブツー、只今皇女ナナリー殿下をお連れしました」
「……うむ。入れい」
謁見の間の重厚な扉が開かれる。
その奥には皇帝の椅子があり、そこにナナリーの父であるシャルルがドッシリと座って
いる。今は目が見えないとは言え、ナナリーはその存在を肌で感じていた。
ナナリーはキュッと自分の服の裾を握る。
「……我が騎士セグラント。ご苦労だった。ひとまずは下がって良い」
「イエス、ユア・マジェスティ」
セグラントは深く一礼をすると謁見の間から出ていく。
残されたのはナナリーとシャルル、そして護衛の兵だけとなった。
「……幾年ぶりか。我娘ナナリーよ」
「…………今の私はナナリー・ランペルージです。断じて貴方の娘ではありません」
気丈に振る舞うナナリーを見てシャルルはその顔に笑みを浮かべる。
「気丈よな。だが、貴様がいくら否定しようとも貴様が我が妻マリアンヌの娘である
という事実は消える事は無い。……まあいい、本題に入ろう」
シャルルは一呼吸置き、傲慢に不遜に厳かに告げる。
「ナナリー・ヴィ・ブリタニアよ。貴様にはこれより我が帝国にて皇女としての責務を
果たしてもらう」
「それに私が頷くとでも思っていらっしゃるのですか?」
「貴様に拒否権など無い。だが、どうしても理由が必要だと言うのであれば、それを
作ってやろう」
シャルルはニヤリと笑いながら言う。
「兄の命は大事だろう?」
ナナリーはその言葉だけで理解してしまった。
理解させられてしまった。
シャルルはなんら恥じ入る所は無いと言わんばかりに堂々と彼女の兄、ルルーシュを
殺すぞ、と脅しをかけてきたのである。
「卑怯者!」
ナナリーは思わずそう叫んでいた。
だが、その言葉がシャルルの心を叩く事はない。
「ふは! 卑怯ぅ? それは弱者の強者に対する言い訳よ! 我が帝国では力こそが
全て! 力持つ者の言葉に弱者は逆らう事は出来ん! 我が言葉を退けたければワシ
以上の力を持てい!」
堂々としたシャルルの宣言にナナリーは今度こそ言葉を失ってしまった。
そんなナナリーの様子を見て、シャルルは更に追い打ちをかける。
「皇女としての責務を果たせば、貴様の敬愛していたユーフェミアの汚名を晴らせる
かもしれんなあ?」
その言葉にナナリーの指がピクリと動く。
目が見えないとは言え、耳は聞こえる為、ナナリーもユーフェミアが現在エリア11
でどのように呼ばれているかは知っている。
曰く、『虐殺皇女』
行政特区日本という甘い甘い餌で日本人を集め、虐殺した血塗れ皇女。
幼少の折りとは言え、少なからずユーフェミアと親交のあったナナリーは彼女が
そのような真似をするとは到底思えなかった。
シャルルはその汚名を晴らす機会を与えてくれるという。
「……私が皇女としての名に戻れば、本当にお兄様の命は保証してくれるのですね?」
シャルルは笑みを深くする。
「ああ、皇帝として確約してやろう。貴様の兄、ルルーシュの命をワシから
狙う事はしない、と」
「分かりました。それで私はまずどうすれば?」
「貴様にはこれから皇女として必要な知識を修めてもらおう。後の事は全て派遣される
人物に聞くと良い。ワシからの話は終わりだ。……セグラント!」
「は」
「この者を元の部屋に戻しておけ。その後はもう一度ワシの下に来い」
「イエス、ユア・マジェスティ」
シャルルに呼び出されたセグラントは再びナナリーの車椅子を運び出す。
謁見の間から出て、数分後。
ナナリーは大きくため息をついた。
セグラントはそんな彼女の様子を見ながら思う。
(叔父貴相手にあそこまで気丈な態度をとれるとはな。流石は叔母御の娘か。
将来は叔母御みたいになるってか? ……考えるのはよそう。健康に悪い)
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