「ぶははははははは!」

 朱禁城の一室にて豪快な笑い声が聞こえる。
 笑い声の出所はオデュッセウスの護衛としてついてきているセグラントだ。

「セグラント、そんなに笑わないの。というか、これ笑い事じゃあすまないから」

「そんな事を言ってもよお。無理だろ。ぶははははははは!」

 彼が何に対し爆笑しているのか、その答えはテレビに映っている映像にあった。
 そこには昨日行われたエリア11新総督による挨拶が行われており、新総督、ナナリー
はその時に『行政特区日本』の再建を宣言したのである。当然の事だが、エリア11にお
いて『行政特区日本』という単語は忌み嫌われている。
 
 それは未だ記憶に新しい『虐殺皇女』の存在があるためだ。

 ゆえにエリア11に居住する多くのイレブン、日本人はその宣言に対し、怒りを露に
した。
 ナナリーは諦めずに彼等を説得しようとしたが、彼女の声はか細く、怒り狂う民衆を
止めるには至らない。遂に、彼女の護衛として立っていたスザクが動こうとした時、巨
大モニターにゼロの姿が写ったのだ。

 そして、彼はスザクに取引を持ちかける。
 それは、ゼロの国外逃亡を認めれば、行政特区日本を認めるという一見自分の事しか
考えていないものだった。

 結果、取引は行われ、遂にゼロの姿が会場に現れる。

『さて、それでは私は国外へと行こうとしよう。……その前に』

 ゼロは手を高く掲げ指を弾く。
 それが合図だったのか会場が煙で充満する。
 煙が晴れた時、そこにはイレブンは誰一人としていなかった。

 いたのはゼロの衣装を纏った100万人のゼロ。

『それではゼロたる我々は国外へと退去する。それではな』

 残されたブリタニア帝国勢は呆けたが、直ぐに銃を構える。
 しかし、それはナナリーによって止められる。

『私達はまんまと嵌められたようですね。ですが、ここで私が約定を破ればそれは彼に
大義名分を与えるかもしれません。ここは彼等の行き先を知る事に努めましょう」

 新総督の決定に否が出る筈も無く、この場はそれで治まった。


 そして現在、世界各国ではその時の映像が流された。
 ゼロの手腕を褒める者、貶す者。
 世界は様々な反応で溢れかえったが、この男は爆笑するだけだった。

「そんなに可笑しいかしら? これは私たちが嵌められたって事だけなんだけど」

「ああ、可笑しいな。考えてみろ、ゼロの衣装を着れば全員がゼロ? はっ! そんな
ん今時のガキでも思いつかんぞ。だが、奴はそれを至極当然のように行いやがった。
これを笑わずにいられるかってんだ」

「はあ、まあ普通はやらないわよね。これはゼロが正体不明の仮面の男だからこそ上手く
いった策。仮面を被ればゼロ、か」

 そう、今回ゼロが行った策はゼロの仮面の下が割れていないからこそ上手くいった策。
 正にゼロにしか出来ない策だった。

「叔父貴がさっさとゼロの正体をバラしてくれりゃあ早いんだけどな」

「皇帝陛下には何か考えがあるのよ。私たちはそれに従うだけよ」

「分かってる。……で? あれから報告は?」

 笑いを収め、セグラントは真面目な顔に戻りモニカに尋ねる。

「ゼロ、並びに黒の騎士団、そしてイレブンは此処、中華連邦に入ったわ。
本国からはゼロの捕縛、ないしは殺害の命が出てるわ」

 モニカの言葉にセグラントは頷く。

「……そうか。ところで気付いてるか?」

「ええ。ゼロも気がかりだけど今はこっちの事態もきな臭くなってるわね」

「こりゃあ一波乱あるぞ」

「嬉しそうに言わないの」




 ゼロが中華連邦に入ったことを機に中華連邦は動乱の時へと向かっていく。
 それは大宦官達による専横を良しとせず、天子がブリタニア帝国へと嫁ぐのを阻止
するために集まった人員、所謂清廉派がゼロと手を組んだのだ。

 清廉派の筆頭に立つのは星刻だった。
 彼は天子の政略結婚を看過出来なかった。
 だが、クーデターは上手くいかなかった。ゼロという不確定な要素が突如として会場に
現れ、天子の身柄を奪っていったのである。

 これによりクーデターは大宦官の手勢により拘束されたが、その拘束は直ぐに解除され
る事となった。それは今回のクーデターによって軍の主要な人物の殆どが参加していた為
である。黒の騎士団を包囲するためには軍を動かす必要があり、それを指揮する人間が必
要とされた為である。

 だが、クーデターを起こした人間がそう簡単に従う筈もない事は大宦官達とて重々承知
している。故に彼等は古典的だがとても有効な手立てを使った。

 それは星刻の腹心である周香凛を人質とする事だった。

 これにより星刻は中華連邦の軍を率い、ブリタニア軍との共同作戦を行う事と成った
のだった。そして、星刻は武人であると同時に軍人である。
 例え、戦う理由が強制されたものであろうとも手を抜くという事はしなかった。
 彼はその苛烈にして柔軟な戦略により黒の騎士団を天帝八十八陵へと追い詰めた。

 その頃、中華連邦軍と同じように黒の騎士団を包囲しているブリタニア軍では、
軍を指揮しているセグラントとダールトン、そしてモニカが兵士の報告を聞いていた。

「おう。中華連邦の方はどうだ?」

「はっ、星刻将軍を筆頭として部隊が編成されこちらの動きに合わせ黒の騎士団を包囲
するとの事です。如何いたしますか?」

「…………モニカ、ダールトン。どう思う?」

 問いに対し、モニカとダールトンは顎に手を添えしばし考えこむ。
 
「星刻将軍は優秀よ。そして一本気な人でもあるわ。そんな彼が大宦官の指示を良し
とするとは余り思えないわ」

「それはつまり?」

「クーデターの可能性を考慮しておくわ。ここからは女の勘だけど彼をこちら側に繋いで
いるのは一重に天子の身柄がこちらにあるから。もし天子の身が黒の騎士団に渡れば彼の
牙は間違いなくこちらに向くわね」

 モニカの推測に成る程と頷き、今度はダールトンの方に視線を向ける。

「……自分の考えもクルシェフスキー卿と殆ど同じです。彼は軍人であり、武人であり、
そして義の漢です。大宦官に与するとは到底思えません」

 ダールトンは星刻の事を一人の人間として高い評価を下す。
 セグラント自身も星刻はそういう人間だろうと思うし、自分が星刻であったとした
ならば大宦官には従わないだろう。セグラントは一つ頷き、兵に指示を出す。

「モニカ、ダールトン両者の推測を信じることにする。この場にいる我が軍を中華連邦
から離れた位置に配置しておけ。敵は四方にいるつもりで準備を進めろ」

「イエス・マイロード!」



 星刻は驚いていた。
 今の所は友軍関係にあるブリタニア軍がこちらから距離を取るような配置を取った
為である。今の星刻は中華連邦の、大宦官の駒であるというのにこの対応。
 星刻は渋面を作るが、何処か心の片隅では称賛の声をあげていた。

「それでこそだ」

 星刻はKMFに設置されている機器に表示されている時刻を確認する。

「まだか。まだなのか、ゼロ(・・)

 彼はクーデターの後にゼロから機密連絡を受けていた。
 それはこちらが人質を救出するための機を作るため、合図と同時に動けという物。
 本来なら星刻は自身で部下の救出に動きたかったが、それを許さない存在が戦場に
いた。すなわちナイトオブラウンズの存在である。

 もし自分が抜けた状態で裏切りが露呈した場合、全滅は免れないと理解していたの
である。勿論、自分一人でナイトオブラウンズ二人を抑えられると思うほど自惚れて
はいないが、それでも時間を稼ぐくらいの腕はあると自負している。

 故に彼は待つ。
 人質の救出の為に送り込んだ部下からの合図を。

 そして、その合図が遂に見えた。
 朱禁城から火の手が上がったのだ。

「動いたか! 全軍反転! 敵は大宦官、そしてブリタニアなり!」

『オォォォォォ!』

 星刻の言葉を待っていたといわんばかりに武器の矛先をブリタニアと大宦官の手勢に
向ける。突然の反旗に大宦官勢は浮き立つが、ブリタニア軍の混乱はそれほど大きくは
ならなかった。
 その様子を見た星刻は、

「やはり士気を支える者がいると軍の質が違う。だが、その支えが倒れればどうなる?」

 闘志をみなぎらせていた。

 その時だった。
 ブリタニア軍から一機のKMF、いや紅い竜がこちらに吶喊してくる。

「紅の竜! セグラント・ヴァルトシュタインか!」

『おうよ! 折角立ち上がった所を悪いが、潰させてもらうぜ。星刻さんよお!』

 通信越しではあるが、獰猛に笑う男の顔が見える。
 星刻は自身の体が震えるのを感じる。

 これは恐怖ではない。
 武者震いである。
 今、自身に向けて吶喊してくる相手は相対する者の心を震わすらしい。

「いいだろう! 中華連邦に黎星刻有りという事を教えてやる。駆けろ、神虎!」

『はっはあ! 往くぜ、ブラッディ・ブレイカー!』

 青き虎と赤き竜が戦場のど真ん中でぶつかり合う。
 単純な出力ならばブラッディ・ブレイカーが上。
 俊敏性ならば神虎が上。
 ならば、両者の勝敗を分けるものは互いの腕のみ。

 ブラッディ・ブレイカーの爪を空中に飛ぶ事で避け、その際にスラッシュハーケンを
放つ事も忘れない。スラッシュハーケンはブラッディ・ブレイカーの装甲に突き刺さる
が、動きを止めるには至らない。

 どころか、ブラッディ・ブレイカーは自身に突き刺さったハーケンを抜かずにその
馬鹿力をもって神虎を地面に叩き落とそうとしてくる。

「なんだと!?」

『悪いな、俺たちは力が自慢なんだよ!』

 ブラッディ・ブレイカーが身を捻り、神虎はそれに引きづられる形で振り回される。
 だが、星刻とてただ振り回されるだけでは無い。
 彼は振り回され、落とされる一歩手前でハーケンをパージしすることで地面との接触
を避ける。だが、それで機体は無事でも無茶をした代償は確実に彼の体にダメージを与
える。星刻は自身の心臓にいつもの痛みが走るのを感じる。

(まだだ。この程度の症状ならばまだいける!)

 神虎は近接装備とされている巨大中国刀を抜き、襲いかかる。
 対するブラッディ・ブレイカーもブレイカーユニットに取り付けられている鋏で応戦
をする。そして始まる剣戟。
 
 その剣戟は美しかった。
 打ち合わせをした訳ではないというのに、星刻が真上から斬りかかればセグラントは
身を横に捻り、それを躱し、躱しざまに鋏で両断しようとする。
 両断せんと迫る鋏を振り抜いた刀を流れるように横にすべらせ弾く。

 そして両者は再び距離をあけ対峙する。

「ふ。ふふふふふふふ」

『く。くくくくくくく』

「『はははははははははははは!』」

 二人は同じように笑う。

『楽しいなあ、おい!』

「否定はしない! だが、私にはやるべき事がある! そこを退いてもらう!」

『おう! やってみやがれ!』

 そして、再び両者が駆けようとした時それはやってきた。

「ぐぅっ!」

 星刻の心臓を強烈な痛みが走る。

(こんな時に! もう限界だと!? 不味いっ)

 星刻の動きが止まったのに対し、セグラントはこちらにやってくると思われたが、
彼もまた止まっていた。

 それはブラッディ・ブレイカーにとある人物から通信が入った為である。

『セグラント卿。戦闘を中止して、帰投してくれたまえ』

 その通信の相手とはブリタニア帝国第二皇子シュナイゼルだった。

「……殿下、なんですか。今、良いところなんですが?」

『それはすまないね。だが、私に少し考えがあるのでね、帰投してくれないだろうか』

「俺は皇帝陛下の剣です。殿下に命令権は無いと思いますが?」

『そうだね。だからこれはお願いだ』
 
 そう言って笑顔を浮かべるシュナイゼルだが、実際の所このお願いを断れる筈も無い。
 
「……ちっ。了解、帰投します」

『ありがとう』

 通信が切れると同時にセグラントは前方の神虎に通信を入れる。

「……撤退の命が出た。今日はここまでだ」

『そう、か。次はいつになることやら』

「さあな。……中華の強者、お前の義心に敬意を表する。次は万全の状態で殺ろうや」

『ああ、そうだな。ブリタニアの強者、貴殿の武が頂に届く事を祈る。
まあ、その前に私が勝たせてもらうが』

「抜かせ、俺が勝つに決まってんだろ」

「『…………』」




「『また会おう』」

 両者はそれだけ言うと、互いの陣へと帰投する。

 これにより中華連邦の乱は一先ずの落ち着きを見せる事となるが、これがこの先
起こるであろう騒動の始まりである事を二人は感じていた。



 

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