シュナイゼルの要請により一度本陣へと帰還したセグラントを待っていたのは一つの
通信だった。相手はブリタニア帝国最強であるナイトオブワン、父ビスマルクだった。
『順調に戦果をあげているようで何よりだ。バカ息子』
「……止められなきゃ中華連邦至高の剣も討ち取っていたんだけどな。それで何の用
だよ、親父」
不機嫌を隠そうともしないセグラントにビスマルクは苦笑を浮かべるが、それは直ぐ
に消え、いつもの厳格な表情に戻る。
『皇帝陛下からのお達しだ。現在中華連邦に駐留しているブリタニア軍は後続の部隊と
交代し、本国に帰還するようにとの事だ』
「本国に? 何故だ。未だ中華連邦には敵が残っている。後続の部隊にはそれらに対抗
できるだけの戦力があるのか?」
『さあな。それは我等が知る所ではない。忘れるな、ナイトオブツー。我等ナイトオブ
ラウンズは皇帝陛下の剣である。剣が持ち主に疑問を持つな』
ビスマルクの言葉にセグラントは苦虫を噛み潰したような顔になる。
この言葉は彼が幼少の頃からビスマルクによって耳がタコになると言っても過言では
ない程に言われ続けたものだった。
そして、それはセグラントがナイトオブツーに着任してからも言われ続けた言葉。
一見自由に振る舞うセグラントだが、幼少の頃から最高の騎士とされた父の薫陶は
彼の今を形成する上での根幹となっている。
これは彼が獣ではなく騎士であるという事を認識させるための言葉。
「……了解した。ったくズリイな」
『ふん。誰がお前を育てたと思っている。それでは本国で会おう』
最後にそう告げると、通信が切れる。
「話はついたようだね。それでは撤退の準備を進めようか」
シュナイゼルがそう纏めると、幕僚が動き始める。
セグラントは慌ただしく動き始めた彼等を背に一人外に出る。
視線の先には天帝八十八陵があるが、性格には彼はソコを見ていない。
彼が見ているのはセグラントが撤退した後に星刻達を収容し、撤退していった黒の騎
士団の旗艦が去っていった方角、そしてその艦に乗っているであろう星刻だった。
(もし、あのまま戦闘が続行されていたら俺は勝てていたか……)
頭の中であの時の続きをやってみる。
鋏を振り回す。空中に逃げられた。
腕を振り回す。またしても空中に逃げられる。
その後もありとあらゆる攻撃を試すが、いずれも空中に逃げられ反撃を喰らう。
セグラントが相手方に損傷を与えるにはカウンター、もしくは一瞬の隙をつくぐらい
しかなかった。
「……やはり、空か。クラウンの奴に早急に手配を頼まなければな」
シュナイゼル主導による撤退は恐るべき速度で行われ、ビスマルクからの通信から
数時間程で完了し、彼等は本国へと帰還していた。
帰還した彼等を迎えたのはどうしても戦場から抜ける事の出来ないラウンズを除いた
ナイトオブラウンズの面々だった。
シュナイゼルが一歩前に進み、形式に沿った帰還報告を行う。
セグラントからすれば直ぐにでも立ち去り、クラウンの下に行きたいのだが、それは
許されない。なればこそ、彼はここで立ち続けているのだ。
ようやく全ての帰還報告が終わると同時にセグラントはクラウンの下に向かう。
すると彼は全てをわかっているという顔で手招きをしてきた。
「そろそろ来ると思っていた。君が望んでいるのはコレだろう?」
そう言って奥の格納庫に設置されている照明をつけると、そこには翼があった。
それは既存のフロート装備とは一線を画していた。
一般的に軍に普及されている物は飛行機の羽の様なフォルムなのだが、これは違う。
むしろ生物的、端的に言うならば伝承に出てくる悪魔の翼だった。
「……禍々しいな」
「そうかね? これこそが君の機体に相応しい翼だと私は確信しているが。まあ既に物
は完成しているのだ。君が否と言おうとも取り付けさせてもらうよ」
「お前の造った物に否はないさ。迅速に頼む」
「任せておいてくれ」
ヴァルトシュタイン家にある広大な庭にて剣戟の音が響く。
普段からこの家に住む人物達は鍛錬を絶やさずに行なっているため、その音自体は
珍しくない。しかし、今は違っていた。
庭では直剣を構え、睨み合うセグラントとビスマルクがいた。
普段から肉体言語による会話を行う彼等だが、その時は互いに素手であるのに対し、
今は鈍く光る剣を構えている。
事の発端はセグラントがクラウンの下から帰ってきた時にビスマルクが、
『お前の今の実力を知る。これを持ってついてこい』
と言ったのが始まりだった。
二人は間合いの取り合いをしていた。
お互いに必殺の一撃を叩きこむための陣取り合戦。
一歩でも相手の間合いに踏み込めば自身の命など蝋燭の火の如くかき消される事は想
像にかたくない。だが、あちらの必殺が届くということはこちらの一手が届く間合いで
あるということもまた事実。
故に、二人は動かない。
そのままにらみ合いを続ける事数分。
その時間は言葉にすればたったそれだけ。
だが、当事者からすれば永遠にも思える程だった。
セグラントとビスマルク。両者の額から一滴の汗が流れ、それが頬をつたい、地に落
ちた時、ついに 動き始めた。
先に動いたのはビスマルク。
左足を一歩前にし、剣を自身の右頬の横にそえる。
剣をさながら雄牛の角に見たて、剣身は地面と並行になるように構え、さらに一歩。
対するセグラントもまたビスマルクと同じように構え、一歩踏み出す。
ジリジリと両者の距離が詰められていく。
そして、
「ぜぇいっ!」
「おらぁっ!」
裂帛の気合と共に両者の剣がこめかみを狙い水平に振られる。
剣と剣が激しくぶつかり合い火花を散らす。
一撃目が防がれると同時に二撃目として突きを繰り出す。
切っ先と切っ先がぶつかり合う。
セグラントとビスマルク、両者の渾身の力が込められた一撃に剣が悲鳴を上げる。
そして両者の剣は同時に弾かれ、空中に放り投げられる。
二人は相手よりも先に剣を取ろうと、空中に飛び上がる。
そして、先に剣を取り相手に突きつけたのは、
「……俺の勝ちだ。親父」
セグラントだった。
セグラントの剣はビスマルクに突きつけられており、ビスマルクは両手をあげる事で
自身の敗けを認める。
「……ああ、お前の勝ちだ」
父の敗北宣言にセグラントは一瞬呆け、直ぐにその顔を歓喜に染める。
「…………お、おおおおおおおおおお!」
響き渡る勝利の雄叫び。
両手を空に向け突き出し、全身でその喜びを表現する。
遂に、最強から勝利を得た。
これはセグラントにとっての幼少からの目的であったのだ。
そんな彼を口元に笑みを浮かばながら見るビスマルク。
「……まあ、生身では敗けたがKMFではどうなるか分からんぞ?」
まだKMFが残っているぞ、という彼に対しセグラントは、
「分かってる。KMFに乗った親父を打倒してこそ俺は超えたと自覚出来るんだ。
近いうちにやってもらうさ」
「そうだな。私とお前、暇が出来た時にやろうか」
「おう。よし、このまま勝つぜ!」
「言っておれ、馬鹿息子。ナイトオブワンをそう易々と超えられると思うなよ」
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