「くそっロイ坊め! やってくれる!」

 研究室にクラウンの怒声が響く。
 彼は苛立ちを隠そうともせずに机の上に乗っている資料や調度品を撒き散らす。

 その行動のせいで元々汚かった部屋がさらにメチャクチャになるが、
クラウンはそれを一切気にかけない。

「……荒れてるな、クラウン。汚い部屋が更に汚くなってるじゃねえか」

「セグラントか。これが荒れずにいられるか! これを見ろ!」
 
 クラウンは一つの報告書を投げ渡す。
 それは一枚の写真、ぽっかりと大きな穴があるのみで跡形もなく消え去ったエリア11
の政庁の写真とそれを成した大量破壊兵器に関する報告書だった。

 報告書によると大量破壊兵器の名をフレイヤ。
 そしてフレイヤを撃った人物の名の欄には枢木スザクと書かれていた。

「……すげえな。あそこの政庁は結構な大きさを誇ってたと思ったが、それが綺麗
さっぱり消えちまってるじゃねえか」

「ああ、そうだ。まさに世紀の大発明。これを開発した奴は天才だろうよ! これを大量
生産出来れば我等がブリタニア帝国に敗けはなくなるだろうよ! だが!」

 気に食わない、そうクラウンはポツリとこぼした。

 クラウン・アーキテクトという男は大凡常識人とは言い難いが、研究者としての誇りは
人一倍、いや人十倍はあると言っても過言ではない。
 
 そんな彼が目指したのは最強のKMF。
 ただそれ一機さえあれば他の戦力は一切いらないという絶対強者を造り出す。
 それこそが彼の目的である。
 
 もしも、このフレイヤが唯の弾頭で無ければクラウンは悔しがりながらもそれを認めた
だろう。だが、このフレイヤは弾頭なのだ。どんなKMFにも装備出来、ボタン一つで発射
可能な大量破壊兵器。

 そこには熟練の技量も飛び抜けた機体性能も何もいらない。
 自動販売機のボタンを押す感覚で簡単に戦場を、全てを破壊できるのだ。
 クラウンにはそれが我慢出来なかった。

 クラウンは兵士という存在に敬意を持っている。
 どんなに優れた機体を造りあげようともそれを使いこなす兵士、戦士がいなければ
それは最強足り得ないのだから。だからこそ彼は左遷されようとなんだろうとその場所に
おける最前線に研究室を置いていた。

 机の上に置いてあるウイスキーの瓶を掴み、ラッパ飲みを始める。
 その様子を見たセグラントはため息をつく。

「クラウン、俺はこれから叔父貴の護衛につくからな。また本国から離れる。
あまり飲み過ぎるなよ」

 セグラントの言葉にピクリと反応し、

「……何処へ?」

「叔父貴曰く、エリア11にある神根島って所らしい」



 ナイトオブラウンズは皇帝陛下の剣である。我等は陛下のなす事に疑問を持っては
ならない。何故なら剣は剣であり、振るうべき使い手がいてこそ本分を果たすことが
出来るのだから。

 とは父ビスマルクの言葉だが、セグラントもそれには異論は無い。

 叔父貴と呼び親しむシャルルに対してセグラントも彼なりの忠義を抱いているのだから
シャルルのやる事にいちいち疑問を持ちはしない。
 
 だが、今回だけは別だった。

 神根島になにがあるかは知らない。知らなくても良い。
 しかし、この戦力は異常だ。
 セグラントはぐるりと辺りを見回す。

 ナイトオブワンを筆頭にナイトオブラウンズが自身を含め三人もいるのだから。

「……皇帝陛下はエリア11を消すおつもりなのでしょうか」

 ダールトンも似たような思いは抱いていたようで、眉をしかめている。

「さあな。だがもし、エリア11を完全に消すならば此処に来た意味が分からない。
それに……いや、何でもない」

 言葉を切ったセグラントは首元に手を当てる。
 それは神根島に来てからずっと感じていた首から背筋に掛けて悪寒、それに類する物を
感じていたからだ。この感覚が何かは知らないが、決して良い物ではない、ということを
彼は直感で感じ取っていた。

「…………。そういえば聞きましたか? 黒の騎士団がシュナイゼル殿下と和平を結んだ
という話なんですが」

「ああ、聞いた。何でもアイツらのボスであるゼロが死んだとかでこれ以上は戦線の
維持が出来ないから、だったか?」

 黒の騎士団とブリタニア帝国第二皇子シュナイゼルによる和平。
 いくらボスであるゼロが死亡したとは言え早すぎる和平にセグラント達はきな臭い、
まるで何か(・・)を隠したがっているようなイメージを受ける。

 二人で頭を悩ませるが、結局の所真実など分からないため思考を切り替える。

 その時だった。 

 突如として護衛の空中戦艦の一つが進路をこちらに変更し、砲撃してきた。

 砲撃自体は防ぐ事ができた為、被害は軽微だがそれでもその場に混乱を齎すには
十分過ぎた。混乱は瞬く間に広まり、通信が入り乱れる。

 それはセグラントの乗る艦も例外ではなく、艦に乗る兵士達は混乱していた。
 セグラントはスゥ、と息を吸い、

「落ち着けっ!」

 特大の声を出し、兵士達の意識を自分に向ける。
 
「まずは現状の確認! わかっている事で良い、俺に向かって大声で言え!」

 セグラントの言葉に兵士達は顔を見合わせ、頷く。

「突如として護衛艦の一隻がこちらに向けて発砲! 損害は軽微です!」

「先程から通信を呼びかけてはいますが応答はありません!」

「この場における全軍が混乱に包まれております!」

「最初に砲撃されたのは我が艦です!」

「砲撃してきた艦からKMFが出てきました。こちらに向かってきております!」

 兵士達の返答を聞き、満足気に頷くと、

「いいか、突如の裏切りの理由は不明だ。だが、事実だ。これより我が艦は裏切りを
行った艦に攻撃を仕掛ける。それと最初に攻撃を受けた艦は俺たちだ。ならばどの艦
かも分かるだろう。この場にいる全艦に裏切った艦の情報を送れ。
それで少しは落ち着くはずだ」

「イエス、マイロード!」

 威勢の良い返事を背中に受けながらセグラントは格納庫へと向かう。

「どちらへ?」

「混乱をおさめるには元凶を叩くのが一番だろ?」

「違いありません。お気をつけて」


 誰が裏切って、誰が味方なのか分からないこの状況で場は混乱の渦中にあった。
 そんな中、セグラント達の艦から最初に裏切った艦の詳細が送られてきた事により、
多少は混乱もおさまったが、それでも多少である。
  
 セグラントと同じように護衛としてシャルルについてきていたモニカは矢継ぎ早に
指示を飛ばしていた。

「良い、セグラントからの情報が確かなら裏切ったのは一隻のみよ。私たちは防衛に
専念して。所定の位置を離れてむかってくるKMFには最大限の注意を払って」

 指示を出し終え、一息つこうとしていた時、

「クルシェフスキー卿! ナイトオブツー、ヴァルトシュタイン卿の艦からKMFが一機
飛び出してきました!」

 セグラントの艦から出てきた?
 その言葉にモニカは先程とは違う頭痛を感じる。

「まさか……。その機体、画像を出せる?」

「はい!」

 報告をした兵士はそのまま外部の映像を正面のモニターに映しだす。

「うわ……」

 思わず声を漏らしてしまった。

 何故ならそこには、禍々しさをこれでもかと言う程に全面に出したあの男の専用機が
更に禍々しさを増した様相で空を駆けていたからだ。

 ギラリと並ぶ牙、ただ獲物を握りつぶすための爪、全てを両断するための鋏。
 そして、悪魔の様な翼。

 その全てが見ている者全てに恐怖を抱かせる。
 
 事実、モニター正面のモニカ麾下の者達は固まってしまった。

 それも仕方ないか、と思いつつもモニカは手を叩く事で部下の意識をこちらに戻す。

「ほら、ボサっとしないの! ナイトオブツーが出たのだから私たちも動くわよ」

「い、イエス、マイロード!」


 艦から飛び出したセグラントは少しの間翼の調子を確かめるかのように空を縦横無尽に
動きまわる。そしてピタリと動きを止め既に敵軍表示となった艦へと機首を向ける。

「さあ、初の空中戦だ。豪快に行こうか!」

 気合一発とばかりに思い切り自身の頬を叩いた時だった。
 後方から急速で接近する機体があることをブラッディ・ブレイカーのレーダーが告げて
くる。セグラントは気合を削がれたと多少ゲンナリするが、センサーに表示される機体の
マーカーを見て訝しむ。

 そこにはナイトオブシックス、アーニャの機体モルドレッドのサインが出ていたのだ。
 アーニャはシュナイゼルの護衛として黒の騎士団との会談に赴いている筈。
 この突然の出現に困惑するが、取り敢えず声をかけてみようと判断する。

「アーニャ、シュナイゼル殿下の護衛はどうした? それと目の前の艦は裏切り者だ。
一応、そっちにもデータを送る」

『ありがとう。でも、ここは貴方で十分の筈。私は陛下の護衛に向かう』
 
 いつもより饒舌なアーニャにセグラントはピンと来る。

「叔母御か! あんた何で出てきてる!?」

『やっぱ貴方にはバレるか。……これだから野生の嗅覚は嫌なのよ』

 後半部分は聞こえなかったが、それでも面倒な事になったという顔は隠せなかった。
 何故いまこの状況でマリアンヌが表に出ているかは分からない。

 だが、今シャルルが行なっている何事かと無関係ではないだろう。

「……叔父貴がなにかやってんのか?」

『…………。ええ、そうよ。今から起こす事は私とあの人の悲願。邪魔をすると言うなら
……堕とすわよ?』

 冗談ではない。本気の殺気がモルドレッドから放たれる。
 閃光のマリアンヌの殺気。
 セグラントの背に冷や汗が流れるが、それと同時に血が熱くなる。

 あの閃光のマリアンヌと戦えるかもしれない。
 その事がどうしようもなくセグラントを熱くさせる。

『あら、逆に火をつけちゃったみたいね。失敗したわ』

 セグラントはブラッディ・ブレイカーをモルドレッドの前に出す。
 
「望外だ……! あの親父すら敬服したと言われる叔母御と戦えるなんてよ!」

『面倒ね……。いいの? こんな私情による戦いをして? 
貴方、ナイトオブラウンズじゃないの? ビスマルクが何て言うかしら』

「……っ」

 マリアンヌはポツリと呟くとこちらに向け吶喊してくる。
 突然の突撃を紙一重で避ける事に成功するが、すでにモルドレッドはセグラントの脇を
通り過ぎ、神根島に存在する洞窟の一つに着陸態勢に入っていた。

 それを見たセグラントはため息を付き、ブラッディ・ブレイカーを艦隊の方に向ける。

「あ〜あ。惜しい事したかな。だが、叔母御の言うとおりでもあるか。さてと、
ちゃちゃっと裏切り者の艦を堕とすとしますか」

 セグラントは最後に神根島ひいてはシャルルとマリアンヌの方を見る。

(叔父貴、叔母御。アンタ達は一体何を目指してる? その目指す場所に俺たち戦う
人間の居場所はあるのか? 今度会ったら教えてくれよな……。)



 

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