IS〜インフィニット・ストラトス〜
自由の戦士と永遠の歌姫

第十四話
「デュノア社の娘」



 二人の転校生が来た日の放課後、キラはラクスと共に寮の自室でお馴染みのハッキングをしていた。
 ハッキング先はドイツとフランス、先に一夏の事があるのでドイツから調べている。

「あった。ラウラ・ボーデヴィッヒ、15歳でドイツ軍IS部隊“シュヴァルツェア・ハーゼ”の隊長を務めている。階級は少佐、更にドイツの代表候補生であり、専用機はドイツ第三世代機のシュヴァルツェア・レーゲン」
「あら、シュヴァルツェア・レーゲンも中々の機体ですわ。大型レールカノン、ワイヤーブレード、プラズマ手刀、更にAIC(慣性停止結界)も搭載されています」

 正に一対一においては最強を誇る機体だろうが、弱点も簡単に見つかった。

AIC(慣性停止結界)は確かに強力だろうけど、それは一つの敵に集中していなければ使えないから、複数の敵だったり、多方向からの同時攻撃に弱く、特性上エネルギー兵器にも効果が無い」
「ストライクフリーダムとブルーティアーズはこの機体の天敵ですわ。逆に、白式だと勝てませんわね」

 随分と強力な機体だが、対抗策があるストライクフリーダムの敵ではない。しかし問題なのは一夏なのだ、彼では一対一で勝つのは難しい。

「ん? これは・・・ヴォーダン・オージェ? ・・・・・・っ! これは!!」
「っ! 人体実験です、ね」

 ラウラの事で少し深く調べていたら、驚くべき事が判明した。
 ラウラが眼帯をして隠している左目、そこには人体実験によって擬似ハイパーセンサーを植え付けられているのだ。

「いるんだね・・・同じ人間にこんな事をする人間って、どこの世界にも」
「悲しい事です」

 とりあえず、ラウラの事はこれで良いとして、次はシャルルの事を調べる番だ。
 フランスにハッキングをして、代表候補生の名簿からシャルル・デュノアの名前を探す・・・のだが、何故かシャルル・デュノアという名前は検索されない。

「あれ? シャルルの名前、出てこないね」
「キラ、もしかしたら名前が違うのではないのですか?」
「名前が?」
「ええ、シャルルはフランス名で男性に付ける名前ですわ・・・でもデュノアさん、女性の方ですわよ?」
「・・・えっ!?」

 ラウラの左目の時以上に驚いた。確かに男らしさが無いとは思っていたし、どこか疑っていたのは確かなのだが、本当に女性だったとは・・・。

「ラクス、いつ気付いたの?」
「最初に、一目見て気付きましたわ」
「・・・本当に、ラクスの人を見る目は恐れ入るよ」

 良く見れば判った筈だ。シャルルは男にしては肩幅が狭いし、喉仏も出ていない。更には骨盤の形も外見から男性らしさは無かった上に、若干だが内股気味だったのだから、確信を持てなかったキラは少し己の観察眼を恥じた。

「じゃあ、シャルル・デュノアじゃなくて・・・シャルルの女性名だから」
「確か、シャルロットがそうです」

 フランスで、シャルルの女性名であるシャルロットで検索してみたら、ビンゴ。

「出た。シャルロット・デュノア、15歳、フランスの代表候補生であり、デュノア社社長の娘・・・あ、本妻の子じゃないみたいだ」
「愛人の子、ですか」
「うん、彼女の雰囲気から察すると、父親からの愛情は無かったんじゃないかな」

 愛人の子なんて得てしてそんなものだろう。

「えっと、専用機は第二世代型ラファール・リヴァイヴ・カスタムU、量産機であるラファール・リヴァイヴをカスタム化した機体で、基本装備の一部を外して、後付装備の為に拡張領域を原機の2倍まで追加している」
「武装は20種類まで及び、高速切替(ラピッド・スイッチ)を使う事で戦闘を行いながら武装を交換出来る為、距離を選ばない戦いが可能ですわ。万能型ですわね」
「主に彼女が使っている武装はアサルトカノン“ガルム”、連装ショットガン“レイン・オブ・サタディイ”、近接ブレード“ブレット・スライサー”、切り札として69口径のパイルバンカー、灰色の鱗殻(グレー・スケール)、通称盾殺し(シールド・ピアース)を使っている」

 第二世代ではあるが、戦い方によっては第三世代にも負けないスペックと武装だ。

「でも、何でシャルル・・・シャルロットは名前と性別を偽って転校してきたんだろう?」
「愛人の子とは言え、デュノア社社長の娘がですからね・・・」

 発覚したらかなりの問題になると思うのだが、そんなリスクを犯してまで性別を偽る理由、何かがあるのだろう。

「本人から聞くしか、ないかな」
「どうします?」
「呼ぶよ、今は箒と入れ替わって一夏の部屋にいる筈だから、呼んでこよう」

 そう言ってパソコンの電源を落とし、席を立ったキラはラクスに紅茶の準備を頼むと、部屋を出て向かいの部屋の扉をノックした。

『はい?』
「あ、一夏? キラだけど」
『キラ? ちょっと待って』

 扉が開いて、中から一夏が出てきた。後ろにはシャルルの姿も見える。

「どうした? お前が来るなんて珍しいよな」
「ちょっとシャルルに話があってね」
「僕に?」
「うん、ちょっと一夏には内緒で話があって」

 一夏には内緒、それを聞いて一夏は訓練の事でも想像したのか、顔を青褪めている。何を想像したのか、凄く読みやすい。

「ま、まさかキラ・・・シャルルも訓練に参加させる、気か?」
「そうだね、そうしようと思って、一夏には内緒で内容を考えようかと思うんだ」
「そ、そうなんだ・・・うん、いいよ」

 青褪めたままプルプル震える一夏を放置してシャルルと共に自室へと戻ったキラは、室内の適当な椅子にシャルルを座らせ、自分もその向かいに座る。
 その際、シャルルは部屋にラクスがいる事に驚き、何故ラクスがこの部屋にいるのかを聞いて来た。

「相部屋だからね」
「相部屋だからですわ」
「相部屋って・・・男と女で!?」

 まあ、言いたい事は理解出来るが、キラとラクスが何故相部屋なのかは話す訳にいかない。適当な理由で誤魔化す事にして、本題に入った。

「それでシャルル、君に聞きたい事がある」
「聞きたい事?」
「シャルル、君は・・・何故、名前と性別を偽っているの?」
「っ!? な、何を、言ってるの・・・?」

 一瞬、驚愕に表情を変えたが、すぐに若干青褪めているものの、平静を装った顔で惚けて見せたシャルルだが、キラとラクスの観察眼を誤魔化すのは無理だ。

「デュノア社社長にシャルルという息子は存在しない。シャルロットという名の娘ならいるけどね・・・フランス代表候補生シャルロット・デュノア、専用機の名前はラファール・リヴァイヴ・カスタムU、シャルル・・・君のISの事だよね?」
「・・・・・・」

 完全に沈黙した。キラもラクスもここまで知っているのなら、もう誤魔化しなんて通用しないだろうし、何より・・・シャルル自身の胸の内にあった性別や名前を偽っている事への罪悪感が、それを許さなかったのだ。

「凄いねキラって、今日会ったばかりなのに、ここまで調べちゃうなんて」
「最初に君が女性だって気付いたのはラクスだよ。君を一目見て女性だって気付いたみたいだから」
「そうなんだ・・・、結構練習したんだけどなぁ、男の子っぽい振る舞いとか口調とか」

 確かに、シャルルの演技は完璧だっただろう。しかし、身体的な面は隠しきれないもので、ラクスの鋭い観察眼がそれを見抜いただけの事だ。

「それで、君は如何するの?」
「女性だという事がバレたのでしたら、本国の方で何かあるのでしょう?」
「うん、多分バレたって事は強制送還になって、良くて牢屋に幽閉かな」

 何処か諦めたというような、悟りきった表情で述べたシャルルだが、キラはシャルルをそんな目に合わせる気なんて無い。

「それは無いよ。僕は友達がそんな目に合うなんて許せる様な人間じゃない」
「私もですわ」
「でも、もう無理だよぉ・・・僕は父には逆らえない。愛人の子って事で本妻の人にも負い目があって、お母さんが死んでから引き取られて、邪魔者でしかなかった僕にIS適正があるって判った時から、僕は父にとって道具でしかなかったんだから」
「それは違うよシャルル、君の人生は君のモノだ。決して、君のお父さんのモノではない」

 そう、シャルルの人生はジャルル自身のモノであって、シャルルの父が好き勝手して良いモノではない。自分以外の人間の人生を、親だからと言って勝手な事で狂わせて良いモノではないのだ。

「あなたのお父様の事は関係ありません。貴女は如何したいのですか? この学園に来て、まだ一日とは言え、キラや一夏さんとお友達になり、もう離れたいなんて、思ってなどおりませんわよね?」
「それは、そうだけど・・・でもぉ!」
「シャルル、IS学園特記事項にはこう書かれてるよ。“本学園における生徒は、在学中においてありとあらゆる国家、組織、団体に帰属しない”って、つまりこの学園にいる間はシャルルの父親であっても、国に強制送還なんて出来ないんだ」

 そう、IS学園に在籍している限り、シャルルはフランスに強制送還される事は無い。もしも強引にやろうモノならフランス、デュノア社は世界から弾圧を受ける事になるのだ。

「ですから、シャルルさんはここに居ていいのですわ。卒業までに、貴女のこれからの事を考えれば宜しいのですから」
「・・・僕は、ここに居て、良いの?」
「うん、当然だよ。言ったでしょ? 君の人生は、君だけのモノだって。だから、君のやりたい様にやれば良いんだ。誰に言われたからじゃない、君自身の意思で」

 気が付けば、シャルルは涙を流していた。
 シャルルの人生はシャルル自身のモノ、そんな事、今まで母親以外に言われた事が無く、母が死んで父に引き取られてからは泥棒猫の娘と呼ばれ罵倒される毎日、父からは愛情を受けられず道具の様な扱い、それが全てだったシャルルに温かい言葉を投げ掛けてくれる二人、そんな存在は初めてなのだ。

「僕、ここに居たい・・・キラや一夏と、友達になれたのに、離れたくない!」
「なら、ここに居たら良い。僕もラクスも、君がここに居る事を否定しないし、君自身の意思で決めた事を、無下にしないよ」

 キラとラクスの優しい言葉、眼差し、その全てがシャルルの胸を暖め、その全てを占めていった。

「あのねキラ、クラインさん」
「あら、私ももうシャルルさんのお友達なのですから、ラクスで宜しいですわ」
「あ、じゃ、じゃあラクス・・・その、僕が何で男の子の振りをして来たのか、話すよ」
「良いの?」
「うん、二人には、知っていて欲しい」

 シャルル・・・シャルロットが名前と性別を偽ってIS学園に来た理由、それは簡単に言えばスパイ活動の為だ。
 世界初のISを操縦出来る男であるキラと一夏、その二人のISのデータを取って報告する為と、もう一つはデュノア社の広告塔となる為。

「そういえばデュノア社っていうかフランスって未だに第三世代の開発が進んでないんだっけ?」
「そう、確かにラファール・リヴァイヴが世界第三位のシェアを誇っていても、世界は今や第三世代の開発に進んで、イギリス、ドイツ、アメリカ、イスラエル、日本、ロシア、イタリア、中国、カナダ、ブラジル、ルーマニア、これだけの国が既に第三世代の試作機の開発に成功している」
「でも、フランスは未だに第二世代止まりですから、フランスのIS開発予算が国際IS委員会から減らされる。その影響で、このままだとデュノア社はIS開発権限を国から剥奪される可能性があるのですわね?」

 そういう事だ。だからデュノア社はシャルロットをシャルルと偽り、世界で三人目の男性IS操縦者としてIS学園へ送り込んだ。
 広告塔として送り込み、それと同時にシャルロットには一夏の白式、キラのストライクフリーダムのデータを盗ませようとした。そうすれば第三世代の開発も大きく進むから・・・最悪の手段ではあるのだが、確実な方法だろう。

「でも、もう僕はそんな事をしなくても良いんだよね? だって、僕はそんな事、したくないんだもん。だから、僕はしたくない事なんてしないで、友達と一緒に学園生活を楽しむよ!」
「僕も、友達だからね。シャルルと、ううん、シャルロットと、これからも仲良くしたい」
「私もですわ。お友達ですもの」

 シャルル・デュノアとしてではなく、シャルロット・デュノアとしての初めての友達になったキラとラクス。シャルロットも、シャルロットとしての初めての友を喜び、そして何より居場所と、生きる意味を教えてくれた二人に多大な感謝の気持ちを持った。

「これからも宜しくね、シャルロット」
「宜しくお願いしますわね、シャルロットさん」
「うん! これからも、よろしく!! キラ! ラクス!」



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