IS〜インフィニット・ストラトス〜
自由の戦士と永遠の歌姫
第二十二話
「弟が欲しいなら姉から奪え」
臨海学校の夜は温泉旅館での豪華な夕食だ。座敷席とテーブル席に分かれて用意された海の幸一杯の夕飯を楽しめる。
「うん、美味い! 流石は本ワサ!」
「旅館で栽培してる本ワサビって話だからね、美味しい」
キラと一夏は向かい合わせで座り、一夏の右には箒、左にはラウラが座っている。キラの右にはラクス、左にはシャルロット、シャルロットの隣にはセシリアが座って、正座に慣れてないセシリアとラウラは少し足が痺れてきたのかソワソワしていた。
「シャル、足は痺れてない?」
「あ、うん。フランスで正座の練習もしてきたから、まだ平気だよ」
キラは日系の家系なので幼い頃から正座には慣れているし、ラクスも日系の物が好きなのか、正座はそれなりに慣れているので平気だが、シャルロットはかなり意外だった。
「セシリアは・・・ちょっと辛い?」
「い、いえ! その、大丈夫ですわ! このセシリア・オルコットが、高々正座くらいで・・・」
「えい」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!? しゃ、しゃるろっとしゃん!? にゃ、にゃにしましゅの!?」
突然、シャルロットに足を突かれたセシリアが声にならない悲鳴を挙げて、涙目に舌足らずな口調でシャルロットを睨んだ。
「もう、無理しないでテーブル席に行ったら良かったのに」
「それだけは出来ません!?」
キラの隣になれなかったとは言え、それでもキラの近くの席になれたのに、離れてしまっては折角のチャンスを逃してしまう。
「そうなんだぁ、じゃあ足が痺れてもう限界なんて言わないよね?」
「も、ももも勿論んですわ!!」
「あは♪」
黒いシャルロット、満面の笑みは何故か、見る者全ての頬を、引き攣らせるのだった。
夕食が終わって、キラは自室として宛がわれている一人部屋から千冬と一夏が泊まっている二人部屋に来ていた。
来る途中にラクスと会ったので、彼女も一緒に来ている。呼ばれた理由は簡単、千冬に一夏からマッサージでもして貰えと言われたのだ。
「織斑先生からのお礼でしょうか?」
「多分ね、僕が一夏の護衛をして、更に鍛えているから、そのお礼みたいだよ」
素直に礼を言えない千冬なりの感謝の気持ちなのだろう。何と言うか微笑ましい気持ちになり、二人そろって苦笑していると、軽く旅館のパンフレットで頭を叩かれた。
「まったく・・・しかし、先に私からで良いのか? 本当はキラを先にと思っていたのだが」
「ええ、織斑先生もお疲れでしょうから、姉弟なんですし遠慮する事はないでしょう?」
「そうだな、千冬姉、横になれよ。早速始めっからさ」
「う、うむ」
敷かれた布団の上にうつ伏せで横になった千冬にマッサージを始める一夏、その心地よさから千冬は思わず声を出してしまうのだが、これは声だけを聞いていると勘違いしてしまう者が出てしまうのではと思ってしまう。
「ん?」
ふと、部屋の外から気配を感じた。それも5人分の気配だが、何となく予想出来てしまった。
「キラ?」
「え? ああ、うん。それよりラクスも一夏にしてもらったら良いんじゃないかな?」
「私もですか? 良いですわね」
ガタッ! という音が部屋の外から響き、キラ達はそちらを向く。すると襖が倒れ、箒、セシリア、鈴音、シャルロット、ラウラの5人が倒れこんできた。
「何をやっているのだ、馬鹿者ども」
「みんな・・・何やってるんだ?」
織斑姉弟の呆れと、キラとラクスの溜息が、5人を居た堪れなくして、乾いた笑いが部屋に響き渡る。
「まったく! 何をしてるか馬鹿者共が!」
改めて、千冬が椅子に座りなおして5人を叱り始めた。容疑者5人は椅子に座る千冬と一夏、キラ、ラクスの前で並んで正座させられている。
「マッサージだったんですか・・・」
「しかし良かった、てっきり」
「? 何やってると思ったんだよ」
「それは勿論」
シャルロットの心配はラクスの事なのだろうが、ラウラは違った。そしてこの場で言ってはいけない事を言おうとした彼女は他の4人から慌てて口を塞がれてしまう。
「べ、別に!」
「と、特に何とは!」
「ほ、ほほほ・・・」
何となく理解出来たキラと千冬は溜息を吐き、ラクスは苦笑、唯一理解していない一夏は頭の上に? が浮かんでいた。
「こう見えて、こいつはマッサージが上手い。本当はキラにでもと思っていたのだがな、キラの好意で私が先にやってもらっていた」
因みに、千冬はプライベートではキラとラクスの事は名前で呼ぶ事にしていた。キラとラクスも先ほどプライベートでは名前で呼べと言われている。
「順番に箒と鈴、ラウラ、お前達もやってもらえ」
そして、箒と鈴の事も千冬は昔からプライベートでは名前で呼んでいる。つまり、今は彼女にとってはプライベートという事だ。
「よし、じゃあ最初は箒からだ」
「わ、私からか!?」
まさか自分からとは思っていなかった箒が驚愕して、そして顔を真っ赤にした。
「ほら、箒、マッサージするからここに寝てくれ」
「う、うむ・・・それでは」
早速、箒は先ほどまで千冬が横になっていた布団にうつ伏せで横になり、一夏が腰からマッサージを始める。
「んっ・・・! ああ、良い。これは、予想以上だ」
「そうか? 痛かったら言ってくれ、優しくするから」
「う、うむ、しかし・・・んあ、これは、思わず、うんん、声が、あはぁ、出てしまう、な」
「ホントに出てるよー・・・」
何気に鈴音がツッコミを入れたが、夢見心地の箒は気付いていない。
そして、箒にとって本日最大の羞恥が訪れた。他の誰でもない、千冬の手によって。
「ほう? 薄いピンクのレースか・・・随分と乙女心満載の下着だな」
「っ!? きゃああ!?」
なんと、千冬が箒の浴衣を捲り、彼女の下着・・・ショーツを晒しだしてしまったのだ。慌てて一夏とキラは目を逸らしたが、突然の事でバッチリと見てしまった為、その光景は脳裏に焼きついてしまった。
「な、な、ななな、何をするんですか千冬さん!?」
「いや何、あの頃の小娘がどれだけ成長したのか気になってな。しかし・・・随分と可愛らしい勝負下着だな・・・教師の前で淫行を期待するなよぉ? 15歳」
「っ!? い、いいい・・・」
「冗談だ」
本当にプライベートの千冬は何と言うか、流石は天才にして破天荒な束の親友だと思ったキラと一夏だった。
「おい一夏、ちょっと飲み物を買って来い」
「え? あ、ああ・・・」
千冬に言われるまま、財布を持って一夏は部屋を出て行った。
一夏が部屋を出て直ぐに千冬は部屋に備え付けている冷蔵庫からビールの缶を二つだして、一つをキラに手渡す。
「キラは5月で20歳になったんだったな、ここはプライベート席だ、気にしないで飲め」
「えっと、それでは・・・頂きます」
プルタブを開けてキラはちびちびと、千冬は豪快に飲み始めた。
「っぷはぁ! それで? 箒と鈴、それとラウラ、お前ら、あいつの何処が良いんだ?」
「「「っ」」」
「まぁ、確かにあいつは役に立つ。家事も料理も中々だし、マッサージも上手い。付き合える女は得だな」
確かに、一夏は顔も悪くないし炊事洗濯などの家事全般は得意、マッサージも上手で、男としてはかなりの優良物件だろう。
「どうだ、欲しいか?」
「「「くれるんですか!?」」」
「やるか、馬鹿」
「「「えー・・・」」」
本当に千冬も人が悪い。一夏に恋する三人を煽って、そして突き落とすなど、中々の悪女だ。
「女ならな、奪うくらいの気持ちで行かなくて如何する。自分を磨けよ? ガキども」
ようするに、弟が欲しければ姉である自分が納得出来る女になってから奪いに来いと言っているのだ。ブラコンもここまで来ると笑えてくる。
「ああ、それと、オルコットとデュノア、お前達はキラの事を如何思う? こいつにはラクスという恋人がいる訳だが」
「えええ!? そ、そんな、私は・・・」
「えっと、僕はその・・・確かに恋心っていうのはあるかもしれません。多分、初恋なんだと思います。でも、今はそれよりも大切なお兄ちゃん、という所でしょうか?」
「ほう? なるほどな、中々モテるではないかキラ」
正直、先ほどから脹脛を抓ってそっぽを向くラクスが怖いので、止めて欲しいキラだった。
「まぁ良い。それよりキラ、先ほどから進んでないではないか、私は二本目に行くぞ?」
「ビールは飲んだ事が無いので・・・、ワインやカクテルなら何度かあるんですけど」
「ふん、ビールの良さを知らないとは、やはりまだまだ子供だな」
「そういう問題でしょうか?」
千冬理論ではそうなのだろう。兎に角、こうして夜は更けていく。千冬の珍しい一面を見た面々は、改めて彼女には逆らえないという事を学んだのは、良い経験なのだろうか。
翌朝、キラと一夏は少し早起きをして旅館の中を散歩していた。すると中庭へ入れる廊下の途中で箒がしゃがみ込みながら、庭の一部をジッと見つめているのが見える。
「箒?」
何を見ているのか気になった二人は近づいていくと、庭の一部、箒の目の前に機械的なウサミミが生えており、その後ろには“ひっぱってください”と書かれた看板が刺さっている。
「なぁ、これってもしかして・・・」
「知らん、私に聞くな」
キラもだが、一夏もそれが何なのか気付いたのだろう。そしてその脳裏には当然だが一人の女性の姿が映し出されている。
「おい、ほっといて良いのか?」
一夏の問いに答えず、箒は立ち去ってしまった。仕方ないとキラは庭に出て一夏が見ている前でウサミミを引き抜こうとする。
「何してますの?」
その時、ちょうどキラ達と同じで散歩に出てきていたらしいセシリアが来た。
「いや、ちょっとな」
キラはセシリアに手を振って挨拶をすると、ウサミミを思いっきり引き抜いた。
だが、何も出てこない。ウサミミだけがキラの手に握られており、誰かが出てくるといったことは無かった。
「? 何の音だ?」
「っ! 上?」
「ふぇ?」
空を見上げると、人参型のミサイルと思しき物が飛来してきた。人参ミサイルは真っ直ぐ一夏目掛けて落下してきて、その足元に突き刺さった。
「うおわああああ!?」
思わず尻餅を着いて人参を見上げた一夏と、呆然とするセシリア、そして呆れて何も言えなくなったキラの耳に、女性の笑い声が聞こえてきた。
『うふふふふふ、あはははははは!!』
すると、突然人参が縦に割れ、煙を出しながら中から一人の女性が出てくる。キラが引き抜いたウサミミと同じ物を頭に乗せたアリス服の女性、彼女こそ・・・世紀の大天才こと、篠ノ之 束だ。
「引っかかったねキー君! ブイブイ!」
「はぁ・・・」
「お、お久しぶりです・・・束さん」
「あ〜! いっくん! うんうん! お久だねぇ、ホントに久しいねぇ!」
笑顔で人参ミサイルから飛び降りた束はキョロキョロと辺りを見回した。何かを探している様だ。
「ところでキー君、いっくん、箒ちゃんは何処かな?」
「え、えっと・・・」
「向こうへ行きましたけど」
「そうなの? まあ、私が開発したこの箒ちゃん探知機ですぐに見つかるよ! じゃあねキー君、いっくん! また後でね〜!!」
本当に嵐のような登場で、嵐の様な立ち去り方だった。
「き、キラさん、一夏さん、今の方は一体・・・?」
「篠ノ之 束さん、箒の姉さんだ」
「そして、ISの生みの親、世界中で指名手配されている篠ノ之博士本人だよ」
「・・・・・・はぇ!?」
セシリアの驚きも無理は無い。指名手配中にして行方不明の彼女が、こんな所に現れたのだから。
今日、束が来る事を知っていたキラは、まさかこんな馬鹿みたいな方法で来るとは思っていなかったので、米神を押さえながら深い溜息を吐いた。
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