IS〜インフィニット・ストラトス〜
自由の戦士と永遠の歌姫
第六十七話
「失恋と成長、恐怖のダブルお姉ちゃん」
一夏にふられた鈴音とラウラは二人揃ってセシリアの所に向うはずだった。しかし、途中でラウラがセシリアの所には行かないと言い出したのだ。
「如何したのよ?」
「セシリアのパートナーにはお前がなれ・・・私は布仏と組む」
「良いの?」
「ああ・・・まぁ、その前に私はシャルロットのところに行って来る」
「・・・あ〜、なるほど」
何を言いたいのか理解出来た。鈴音も丁度セシリアの所でやろうと思っていた事で、ラウラはセシリアではなくシャルロットにやってもらおうと思ったのだろう。
「そう言えば、アンタはシャルロットのルームメイトだもんね」
「うむ」
という事で、鈴音はラウラと別れるとセシリアの部屋に向った。
セシリアのルームメイトは丁度出掛けているらしく、セシリア一人だったので丁度良い。中に入れてもらった鈴音は紅茶を一口。
「それで、如何されましたの?」
「う〜ん、まぁ・・・セシリア、パートナーは決まってないのよね?」
「ええ、鈴さんは・・・ああ、なるほど」
「あはは〜、気づかれるわよねぇ。そういう事、ついでにふられたからさ、パートナー、なってくんない?」
鈴の言葉を聞いて、セシリアは何を思ったのか突然、鈴音を抱き寄せて、豊満なその胸に鈴音の頭を抱きしめ押し付けた。
「せ、セシリア・・・?」
「パートナー、なって差し上げますわ。ですから、もう良いのですよ・・・お泣きになってください」
「・・・っ」
「その為に、来たのでしょう? でしたら、友人として、ちゃんと受け止めて差し上げましてよ」
「・・・っ、う・・・せ、せしりあぁ・・・」
セシリアの胸に顔を埋めて泣き出した鈴音を、優しく抱きしめて、頭を撫でるセシリア。その表情は慈愛に満ちており、何処か母親を思わせる顔だったのだが、それを知る者は居なかった。
鈴音と別れたラウラはメールで本音にパートナーになって欲しい旨を伝えると、了承を貰えたので、足早に部屋に戻ってきた。
部屋ではシャルロットがベッドの上で紅茶片手に本を読んでいた。丁度良いとラウラはシャルロットの隣に座ると、その細い腰に抱きつく。
「ラウラ・・・如何したの?」
「うむ・・・その」
「もしかして、一夏の事?」
「っ」
「・・・そっか」
本をサイドテーブルに置いたシャルロットは膝の上にラウラの頭を置いて、その頭を優しく撫でながら続きを促す。
「一夏は、箒を選んだ・・・私は、失恋というものを、したらしい」
「うん」
「初めてのことばかりだ・・・人を好きになるのも、告白をするのも・・・ふられるのも」
「うん」
「こんなに・・・辛い、のだな・・・っ」
「そうだね」
ラウラの頭を撫でながら、シャルロットは相槌を打つ。この場合、ラウラの言いたい事を全て言わせた方が良いと理解しているし、その方がラウラの為でもあるから。
「い、ちかを・・・私、嫁に・・・っ、でき・・・なかった」
「うん・・・」
「私が、駄目だった、のか・・・? 私が、失敗作、だから・・・」
「それは違うよラウラ・・・一夏はラウラが駄目だったなんて思ってない。失敗作なんて思ってないよ・・・ただ、一夏の気持ちを掴んだのが箒だったってだけだから・・・ラウラは何も悪くない」
「っ・・・な、なんだ・・・私は、悪くないの、か・・・っ」
それ以上、言葉は出てこなかった。ただ、シャルロットの膝に顔を埋めて、声を押し殺して泣いている。
「一杯、泣いて・・・ラウラは初めての恋をして、初めての失恋をしたけど、きっと・・・ラウラなら、その失恋の経験からもっと可愛くなって、新しい恋が出来るから・・・だから今は、いっぱい泣こうね?」
「・・・っ・・・っ・・・!」
今日は、一緒のベッドで寝てあげよう、それから、いっぱい抱きしめて、せめてラウラの為に・・・一晩限りの姉か、母親になろう。そう決めて、ラウラが泣き止むまでずっと、頭を撫で続けるのだった。
一夏と箒は、屋上でのキスからずっと、お互いに顔を赤くして、実に初々しいカップルっぷりを周囲に誰も居ないのを良い事に曝していた。
どちらからともなく手を握り、寮に向って歩いていたのだが、もう少しで寮だという所で一夏が足を止め、何かを考える素振りを見せる。
「一夏?」
「ん? ああ・・・そのな、箒と俺・・・その、恋人、だろ?」
「あ、う・・・うん」
「だからさ・・・千冬姉と束さんに、報告した方が良いと思って」
一夏の言いたい事は理解出来た。確かにブラコンの千冬とシスコンの束には、その弟と妹である二人が恋仲になった事を報告する義務がある。
特に、箒は臨海学校の時に千冬から一夏が欲しければ奪ってみろと言われているのだから、余計に。
「今日は束さんは?」
「ブリリアントフリーダムの調査は今日は休みだと言っていた。千冬さんの部屋で飲むとも・・・」
「そっか、ならこのまま千冬姉の部屋に行こうぜ。そして、二人にちゃんと報告しないと」
「う、うむ」
職員室に千冬が居なかったのは確認済み、つまり既に自室に戻っているという事だ。
一夏も箒も、極度の緊張に包まれながら千冬の部屋を目指す。何故だか千冬の部屋が近づいてくるにつれてひしひしと重圧(プレッシャー)が重苦しく感じられるのは、出来れば気のせいだと思いたい。
「ほ、箒・・・大丈夫か? 何か、顔色が悪いけど・・・」
「あ、え・・・う、む・・・だ、大丈夫・・・だぞ?」
「いや、聞かれてもな・・・」
箒の顔色が青を通り越して真っ白・・・所か紫になりそうな勢いで悪くなっている。身体も全身に冷や汗を流し、ガタガタと震えが止まらない。
まるで死刑執行直前の死刑囚みたいな様子に、何となく心情が理解出来る一夏だったが、出来れば一夏も同じ反応をしたいところだった。
だけど惚れた女の手前、そんな情けない真似は出来ないと無理やり恐怖を押し込めているのだ。
「つ、着いたぞ・・・千冬姉の部屋」
「・・・・・・(真っ青)」
何故だろう。千冬の部屋の扉が、見えない重圧で空間が歪んでいる様に見えるのは・・・。
だが、ここでこうしていても仕方が無い。意を決してノックをすると、中から千冬の声が聞こえて、入れと言ってきた。
「し、失礼します」
「失礼しましゅ!?」
噛んだ箒は可哀想なのでスルーしてあげて、中に入ると丁度、千冬と束がビールの缶を開けて何処で買ってきたのかマグロの刺身を食べていた。
「ん? 如何した一夏、箒、随分と面白い顔をしているな」
「おやおや〜? 箒ちゃんといっくん、もしかして何かあったのかなぁ?」
座れと言われたので、箒と二人、ソファーに座ると、向かい側にビールとマグロを持って千冬と束が腰掛ける。
「その、話があって・・・」
「ふむ・・・それは、今貴様等が手を繋いでいることと関係があるのか?」
「「っ!」」
忘れていた。今、一夏と箒は手を繋いだままだったのだ。
「にゃはは! いっくんも箒ちゃんも仲良いね〜! キー君とラーちゃんみたい!」
「ふむ、まあ良い・・・話せ」
話せ、その言葉は非常に低い声で発せられた。その瞬間、部屋全体に重苦しい空気が漂い、体感温度が急激に低くなった気がする。
「その、俺と箒・・・付き合う事になった」
「あの・・・今日、屋上で」
屋上でのことを全て話すと、千冬は目を瞑って何を考えているのか判らなくなり、束は相も変わらずニコニコと・・・していなかった。
「そうか・・・一夏が箒と、な」
「へぇ・・・そうなんだぁ」
目を開けた千冬の鋭い視線が二人を射抜き、束のまるで人形の様な無表情が更に部屋の空気を重くした。
「いっくん・・・箒ちゃんの事、本当に好き? 他の女の子をふって、それで箒ちゃんを選んだ・・・そうだよね?」
「はい・・・」
「箒ちゃんは? 束さんとしても箒ちゃんの旦那はいっくんが良いとは思ってたけど、流石にちゃんとお互いに真剣でないと許さないよ?」
「本気です! 私は一夏が好き・・・子供の頃から、ずっと・・・離れ離れになってからもずっと!」
「俺も、キラのお蔭で気付いたんです。箒が、隣に居てくれるだけで俺は心強かった。再会してからずっと、俺は箒に支えられていたんだって気付いたんです。箒じゃないと駄目だ、これからもずっと俺の隣に居て欲しいのは箒なんだって、気付いたんです」
それを聞いて、束はいつもの笑顔に戻った。それは、束は認めてくれたという証だ。
そして、一番の問題である千冬はというと・・・まだ中身が入っていたビールの缶を、握り潰していた。
「「ひぃっ!?」」
「箒・・・私は前に言った筈だな? この馬鹿が欲しければ、奪えるだけ女を磨けと」
「は、はい・・・!」
「・・・お前は、私から一夏を奪うだけの気概があるのか?」
「・・・・・・っ、あり、ます・・・!」
千冬の眼光に怯みながら、それでも力強い瞳で千冬を真っ直ぐ見つめる箒は・・・確かに、イイ女だと言えるだけの魅力を感じさせる。
「明日の放課後、第三アリーナに来い」
「・・・え? あの」
「一夏と付き合う事を私に認めさせたいのなら、私に見せてみろ・・・篠ノ之箒という一人の女を」
待機状態の暮桜・真打を見せる千冬の真意を悟り、箒は手首に巻いた待機状態の紅椿に視線を落とした。
それはつまり、明日の放課後、第三アリーナで千冬と戦えという事に他ならない。
「ちーちゃん・・・」
「束、今回ばかりは黙っていろ。これ一夏の姉として、一夏の保護者としての私の問題だ。その私から一夏を奪うというこの小娘に、壁を見せてやらねばならないのだ」
「・・・試練、そういう事?」
「ああ」
だが、無茶だ。キラとクルーゼを除けば世界最強の千冬に、未だ発展途上の箒では勝ち目など無い。
「千冬姉! いくらなんでも箒と千冬姉じゃ・・・」
「お前も黙っていろ一夏、これは私と箒の問題だ」
「っ!? ・・・箒、大丈夫なのか?」
「・・・ああ、正直・・・凄く怖いけど、でも!」
女として、一夏の恋人として、箒は此処で逃げる訳にはいかない。長年の想いがようやく実ったというのに、こんな所で逃げ出して一夏との関係を終わらせる訳にはいなかい。だから……。
「受けて立ちます! 私は、一夏の恋人として、必ず千冬さんに、私という存在の全てを認めてもらう!」
「よく吼えたな小娘!」
世界最強と、大天才の妹の戦いが、行われようとしていた。
明日の放課後、第三アリーナで、一人の男を巡る壮絶な戦いが始まる。ずっと守ってきた大切な弟、ずっと好きだった初恋にして恋人の幼馴染、そのお互いの気持ちが、火花を散らすのだった。
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