ある晴天の野原。
 和やかな両親と笑顔が眩しい少女が楽しそうに休日を楽しむ。
 母親の腹は膨れ、その腹に子供がいるのがわかる。

「ねぇママ。私の妹はまだ出てこないの?」
「ええ……妹はもう少しママのお腹でオネンネしたいのよ」
「ねぇねぇ! また聞いていい?」
「ええ。おいで」

 女の子は、嬉しそうに満面の笑みを浮かべ、母親のお腹へと耳を当てる。ポンっと胎児の動きに嬉しそうに声を上げる。

「……甘えん坊ね。昨日もまた私の着物に包まって寝てたのよ……。ねぇ、“切彦”さん?」
「そうだね。この子にも、生まれてくる子にも斬島の穢れを継がさないようにしないとね。親父も亡くなって、“切彦”は六十五代目で廃業しなければね。崩月さんのところのように」
「ええ。もうこんな穢れた事は終わらせなければいけませんね」

 2人は抱きついている女の子を愛しそうに眼差しを送る。



「オギャァァ、オギャァァ」

 っと大きな屋敷の一室。乳母に取り出された赤子は元気に泣き叫ぶ。
 幸せに包まれる屋内にあって、唯1人憎悪を抱く者がいた――帝麒(だいき)である。


 長女は間違いなく切彦を継ぐにふさわしい才能を見せている。
 弟夫婦を殺せば、切彦廃業なんて事もなくなる。何やら不穏な動きをしているみたいだしな。
 長女はスペアに長男を期待したのに……また女か。相変わらず私の思惑通りに動かない奴らめ。
 まぁいい。長女を就任させ、妹をスペアにするか……ちょうど妹を人質にすればいくらでも言う事を聞かせれるだろうよ。


 帝麒の思惑通り、妹にべったりとくっつく長女。
 数ヶ月の時が流れ、切彦を襲名した麟正(りんせい)が密かに準備してきた切彦廃業の実行の日、裏十三家が一同に会す会議の日の前日。

 麟正親子は、大願の前日とあって、明るく祝杯を挙げているかのように楽しそうに一室で過ごしていた。
 姉は飛び跳ね、妹は姉の姿を見てキャッキャっと笑う。麟正達も笑いながら、怪我をしないようにと楽しそうな声を放つ。

 その楽しそうな家族団らんが一瞬にして悲鳴へと変わる。


 麟正達がいる部屋へ、帝麒が集めた斬島の信者達がマシンガンを手に雪崩のように入ると部屋占拠する。
 屋敷内では絶対の安全があった生活を続けていたからか、麟正は無防備で立ち尽くす。
 占拠した者達が道を一筋開けると、そこには勝ち誇った帝麒が歩いてくる。

「お馬鹿な弟だ……。私を馬鹿にしすぎるからこうなるのだ。私から切彦を奪うから……私の殺気を無視するから、お前は夢も叶えられない。頂くとさせてもらうよ、本家筋の姉妹をな」
「やめてください。ようやく殺し家業から足を洗えるのに!」
「洗わせはせん! 斬島が裏の世界を征服するまではな……やれ」

 帝麒の指示と共に、無情にも麟正夫婦に鉛弾が撃ち込まれる。胴体を蜂の巣にされ、2人は数分を持たずして絶命する事は確実。
 勝ち誇った帝麒は笑みが自然とこぼれ、信者達を連れて去っていく。
 血だらけの両親に、先程まではしゃいでいた姉は両親の死期を感じたのかゆっくりと近づく。
 麟正達は帝麒を恨むような表情ではなく、微笑むように姉妹の頬を撫でる。血で染まる頬を触りながら、麟正は口を開く。

「すま……ない。お前に、切彦を継がせてしまって……。
 お願い、だ。斬島の穢れを……お前が、雪姫が……浄化の道へ。

 ――お前達2人が、太陽に向かって歩けるように…」

「パパ? ママ?」

「ゲホッゲホ!! 雪姫を、お願いね……“オネチャン”なんだから……ね。

 貴方達は……フタリデヒトリノ、オヒメサマナンダカラ」

 力尽き頬から手がズレ落ち、2人は静かに息を引き取る。無念と2人の娘の幸福な未来を願いながら静かに息を引き取る。

 何時間息を引き取った両親を見て放心状態で見ていただろう。
 泣き叫ぶ雪姫にすら気づかず、身動き一つせずにただただ時間だけが過ぎていく。

「残念ですね……稀代の天才と呼ばれた弟がこんなところで死ぬなんて」

 どこか陽気な声で帝麒が部屋へと入ってくる。しかし、死んだ両親を見下ろす少女は振り向きもしない。
 帝麒は振り向きもしない少女には目もくれず、泣き叫ぶ雪姫を抱き上げる。
 雪姫を抱き上げた瞬間、身動き1つしなかった少女は、感情が削げ落ちた瞳で睨むように帝麒へと視線を送る。
 その瞳に帝麒の背筋に冷や汗が噴出す。

「雪姫に何かするの? 殺すよ? 斬るよ? 地獄見せるよ……?」
「おいたをするわけではありませんよ。切彦になってもらうだけですよ。あなたではもう訓練するには遅すぎますから」
「私がなる」
「無理ですよ。あなたではもう遅すぎますから」
「なる!」


 キタァァァ! やはり思ったとおり、雪姫を餌にすれば釣れる。麟正が嫌と言うほど切彦というモノがどういうものかを教えていたからな。大切な妹には継がせたくはないだろう……。


「では、あなたが切彦として有能である限り、雪姫には一切危害は加えません。大切に育てる事を約束いたしましょう

 ――“第六十六代目”切彦となれるように半年の猶予を与えましょう」

 こうして、切彦は切彦としてのスタートを切った。
 地獄の訓練と殺しの日々。幼い精神が感情を捨てても仕方ないのかもしれない。





紅×魔法少女リリカルなのは
紅のなのは
外伝その2「白雪姫」
後編「“姫”、血に染まる」

作者:まぁ






 混戦となってしまった斬島家の庭。

 チンク、ギンガ、シグマムは必死に殺さぬよう殺されぬように、戦いへとのめりこむ。
 チンクは投げナイフで距離をとりつつ、背を壁に預ける。
 シグナムとギンガは雪崩のように襲い来る者達を必死に捌き、切彦の元へとたどり着こうと必死だった。切彦と帝麒の決闘は既に消滅し生き残ったもの勝ちの戦争になってしまっている。この状況で一番死に近い切彦の救出へと2人は向かう。

 しかし帝麒の命令なのか、ただ誰も近づけないのか、切彦と帝麒の決闘へと乱入する者はいない。鬼百合で斬ろうと振り回す帝麒。必死に拳を当てようと何度もトライし続ける切彦。切彦の拳が当たる前に帝麒のなぎ払いが届き切彦が一方的に攻撃を受ける。
 何度も鬼百合の斬撃を受けつつも、一筋も切り傷は刻まれない。
 痛々しい内出血だけが切彦の華奢な身体に打ち込まれていく。

「なぜ斬れない!! 弐鬼刀と呼ばれた名刀のくせに!」
「選ばれなかったから……どんな刀よりも性格が曲がっている子ですから、鬼百合は」
「何を言っているんだ。たかが刀に性格だと?」
「会話した事ないんですね。可愛そうな無能です」

 劣勢の切彦からの冷静な言葉に、帝麒は目に見えて顔を紅くすると、ヤクザ蹴りを切彦の腹へと打ち込み吹き飛ばす。二回ほどバウンドし、ようやく止まった切彦は力の入りにくくなっている疲れきった身体を必死に動かし立ち上がる。
 肩で息をし、落ちかけた瞼、戦闘が始まって数分と経っていないが、切彦の体力は限界を迎えようとしている。

 このままではとある目的の前に切彦が絶命してしまうと判断した帝麒は、『雪姫!』っと怒声に近い叫び声あげる。
 帝麒の口から雪姫と聞いた瞬間、切彦の落ちかけた瞼は大きく開く。

「ハハハッハハハ!!! 忘れていませんか? お馬鹿なお馬鹿な六十六代目よ。私が雪姫(ジョーカー)があることをね!! 私の目的は雪姫にあなたを殺させて、完成させるという事を!」

 過剰なまでの表現で笑い続ける帝麒の後ろに、フラフラっと鬼蛍を持つ雪姫が歩いてくる。
 雪姫を視認した瞬間、切彦は腹の底から沸々と煮えたぎる怒りからか小刻みに震えだす。
 帝麒は、鬼百合を切彦の目の前に放り投げ、突き刺す。
 切彦はダウナーな目を吊り上げ、激しい憎悪に表情が染まっていく。




 殺し殺されの混戦となった戦場の中、チンク達は見てしまう。
 自身の戦闘で手一杯だったはずが、切彦達が交戦しているであろう方向から地獄が噴出したような圧迫感が全員の視線を一瞬だけ引き込み、脳裏に映像を刻みこむ。
 見えるはずはないそれを……。

 しかし、確かに見える。

 ――切彦の上空の空気が歪み燃えているかのように揺らぐ大気が、まるで切彦の込み上げる怒りが具現化したかと思わせる鬼の形相を形作っている光景を。

 大気を歪ませるほどの怒りをその身に宿した切彦は、帝麒を睨んだまま動かない。

 切彦の起こした異常に、切彦事態に何か起こってしまったのかと、移動最速のギンガがウイングロードを展開して駆けつけようとするも、斬撃がギンガを襲い、その場に釘付けにされる。
 斬島の信者全てが、達人なのでは? っと思ってしまうほど刀の運びがスムーズで、攻撃に対する反射も研ぎ澄まされている。
 厄介な敵だと、冷や汗を流しつつギンガはその場を後退していく。

 中距離攻撃を得意としているチンクも劣勢に立たされている。
 クナイ状の武器にエネルギーを注入し、敵に投げて爆発させる固有先天技能ランブルデトネイターを武器に健闘している。っが近接戦闘に特化した魔法を持たない刀使いが相手、しかも多勢となると的との距離を中距離に保つのは至難の業である。
 背後を護る者がいない今は、壁に背を預けて闘う。

 数分とせずに懐に潜り込まれ、斬撃をなんとか避けて距離を置く事数回。チンクのバリアジャケットには複数の切り傷が刻まれている。
 切彦の上空に現れた鬼の形相に一瞬目を奪われた瞬間、チンクの右腕は肘から先が綺麗に一刀両断され、宙を舞う。

 痛みに身体を丸めたチンクにさらに襲い来る斬撃。っも、それらの斬撃が届く前に救援が到着する。
 冷や汗を流し後退してきたギンガがチンクに襲い掛かっていた者達を妹であるスバルのオリジナル魔法キャリバーショットでなぎ払う。

「大丈夫ですか、チンク!」
「少々は……っと言っておきましょう」
「単独はもう危険ね……飛び出した事、謝ります」
「こちらこそ、ついていけず申し訳ない」
「剣での戦闘経験の豊富なシグナムさんが羨ましいですね」
「まったくです」

 チラッとシグナムがいるであろう地点へと視線を向けると、この戦場のどこよりも激しい戦闘が行われているのが、遠目からでもわかる。
 どこよりも激しい怒声、薙ぎ払われ宙を舞う者、燃え上がり火柱が上がる戦場。
 殺さないまでも戦闘不能へと追い込むほぼ全力の戦闘をしているのが見て取れる。


 戦争が混戦となった瞬間切彦への攻撃集中を避けるため、ギンガとシグナムはかなり奥まで特攻する。ギンガはかなり切彦の近くまで行け、シグナムは中腹辺りで敵を掻き分けていけなくなり交戦していた。高速移動も近距離先頭スキルのないチンクは入り口辺りで止まり壁伝いに移動しつつ交戦していた。

 合流してからはギンガが片腕となったチンクの背を護りつつ、戦いを繰り広げていく。
 毎日食卓を囲んでいるからか、同じ戦闘機人からなのか、息はピッタリと合う。

 殺さずに撃墜させ、少しずつ敵の数を減らしていく。しかし、全方位を囲まれている状況に変わりはない。一瞬でも機が緩めば鋭い斬撃が容赦なく襲ってくる。
 時間にして5分ほどすると、体力を残しつつ2人は集中の深度を深めて、次の攻撃を待つも襲ってくる気配はない。
 囲んでいる信者達はは一筋の道を空けてる。

 その道をゆっくりと歩いてくる少年。チンクとギンガはその少年を見て固まってしまう。
 今だ隔離世界で収監されつづける生みの親であるジェイル・スカリエッティの面影を色濃く持つ15歳程の少年。
 その手には弐鬼刀に良く似た二振りの刀を持っている。

「これはこれは、お久しぶりですね。チンク……タイプゼロ・ファースト」

 たった一言の発言ながら、チンク達はそれが誰であるのかを確信してしまう。10年程前に、次元世界を崩壊寸前まで追い込んだ主犯。
 隔離世界で未だ拘束されているはずながら、2人は目の前の人物がジェイル・スカリエッティであることを疑うことはない。

 記憶も持っているとなっては……次元世界を震撼させたゆりかご事件時に取り逃したクローンに違いない。
 っと確信を得た2人は、再び戦闘に心を移す。

「ようやく戦闘機人の素体が我が元に……長かった。大規模なプラントも作れず、出来る事と言ったら“暴走物質”から“覚醒物質”を生成するくらい……戦闘機人を作る準備だけはしておいてよかった」

 スカリエッティは安堵の溜息を落とすと、高速でチンクに迫る。科学者とは思えない程の速度の移動と斬撃がチンクを襲う。
 思ってもいないスカリエッティの動きに反応が遅れたチンクを、背中を預けていたギンガが身体を回転させて右手で押す。
 チンクの身体は斬撃から逃れたものの、ギンガの右腕の肘が綺麗に切断されてしまう。チンクを押して救おうと回転した瞬間から切断されると覚悟していたギンガは怯む事無く左の全力をスカリエッティの顔面へと放つ。
 攻撃を終えたタイミングを完璧に捕らえたはずが……スカリエッティは残像を残し、元の場所へと戻っている。
 常軌を逸したスカリエッティの動き、魔法での身体強化かと思ったが何か違う。魔力を一切感じない。
 その事に、隻腕となったチンクとギンガはドッと背中に冷や汗を流す。

「まさか、あなたもその“覚醒物質”というのを?」
「そうですよ。でも当然、この者達とは違うものですよ……帝麒と私、次代の切彦には特別製を打ってありますよ」
「特別……製?」
「ええ、身体能力の底上げをより無理なく行いより高い身体能力を得る。何よりも持続時間が通常の2倍」

 これはかなり厳しい戦いになりますね……っとチンクに話しかけ、ギンガは集中を高め力を戦闘のギアをトップギアに入れる。
 チンクも持てるだけのクナイを持ち、エネルギーを最大限注ぎ込む。

 2人は先程までのチンクが襲ってくる敵をランブルデトネイターで排除し、排除しきれない者達をギンガが排除するスタイルをとっていた。っが常軌を逸した身体機能を持ったスカリエッティの登場に、ギンガが主として対峙し、襲い来る敵を徹底してチンクが排除するスタイルに変わる。

 何回もスカリエッティの攻撃をなんとかやり過ごすと、チンクとギンガは体中に切り傷を刻まれ所々から血を流す。
 交戦を繰り返すうちに、ギンガもスカリエッティの速度に慣れ、かする程度に追いついてはいるものの、決定打は打てないでいる。

「いやぁ、中々強くなっているようですね。ナンバーズを集めるのが楽しみになってくる……このくだらない戦争も終わらせる為に手を差し伸べましょうか……」

 不気味な笑みを浮かべたスカリエッティは、左手に持った刀へと魔力を注ぐ。魔方陣が内臓されているのか、赤黒い魔法光が刀身から立ち昇る。
 チンクとギンガは立ち昇る魔法光から見て取れただけでもわかる破壊力に身構える。

「計画を早めましょうか! 帝麒!!」

 言葉と共に放たれた魔法光の斬撃は明後日の方角へと放たれる。取り囲んでいた信者達を切り刻みながら、鬼百合を握る切彦へと襲い掛かる。
 何人も切り刻みながらもその勢いは衰えず、空気を切り裂く音と共に切彦に届くかと思われた瞬間。死角からの突然の攻撃にも動じず鬼百合の横一線で見事に打ち砕く。

 開かれたスカリエッティと切彦の間で結ばれる2人の視線。魔法光の斬撃が打ち砕かれた事に対する興味の光が満ち溢れているスカリエッティと帝麒殺しを邪魔する者への警告と邪魔する者への興味の視線を送る切彦。
 スカリエッティを視認した切彦の瞳は一瞬にして興味の光を失い、まるで道端に捨てられるゴミを見るかのような視線を一瞬送り、視線を帝麒と雪姫に戻す。

 目覚めてこの方、興味が失せた視線を送られた事がないスカリエッティは、初めての事に心を奪われてしまう。

 その一瞬の隙を突き、ギンガは全力全開のキャリバーショットを打ち込む。
 初撃の打ち下ろしをスカリエッティの首の根元に打ち抜き、次撃を鳩尾目掛けて打ち抜く。
 骨が砕ける手応えにヨシッと、チンクの元へと下がると、チンクがランブルデトネイターを込めたクナイを投擲する。
 ギンガの与えたダメージに地面に突っ伏し動けないスカリエッティに確実にヒットするかと思われたが、信者者がクナイをスカリエッティに届く前に自身の身体に当て、爆発させる。
 突っ伏したままのスカリエッティは何度か血を吐きつつ、呼吸を再開させる。首のダメージから身体全体をチンク達へと向けほくそえむ。

「予想以上ですよ、チンク、タイプゼロセカンド。しかしこれ以上の戦闘はこちらの戦力を無駄に消費するだけですね……あなた達を迎えるのはまたの機会と言う事で。“魔王の剣”を手に入れて切彦が完成すればあなた達など虫の数なのですがね……」
「あの剣は、斬島の者は興味を持たなく使えないはずですが……」
「クッククク、やはり気づいてないのですね。あの“魔王の剣”の本当の意味を。っとここまでのようですね」

 後数分もすればヴォルゲンリッターの騎士が来てしまう……っと言うと、スカリエッティは大型の転送魔法を展開する。
 逃がすものかと、2人が特攻しようとするもチンク達を囲んでいた者達は、数が少なくなれど今だ20を越える。その全てがチンク達とスカリエッティの間へと集結し道を塞ぐ。

「あまり……自信過剰になるのは褒められたものではないな」

 怒声や叫び声が飛び交う中、声など通らないかと思われたが、確かに戦場の全ての人に届く。静かに、まるで喫茶店で談笑するような声が、

 ――煙草を咥え、マシンガンを右手にもつ柔沢紅香の声が。

 紅香の登場と共に、転送の光は打ち消される。
 帝麒と切彦、雪姫以外の全ての者は、塀の上に悠然と立ち尽くす紅香に釘付けにされる。

「戦局が少しでも悪くなれば転送で逃げて、十二分な戦力を補充するまで地下に潜るつもりだったんだろうが……させんさ。
お前が逃げるつもりだった戦艦も基地も全てもう押さえさせてもらったよ」
「何を……したというんだ」
「教える義理があるか? これだから科学者はいかんな」

 馬鹿にするような笑みをこぼすと、紅香はマシンガンをスカリエッティに向けて容赦なく放つ。取り囲み達に大半がヒットするも、目に見えて戦闘可能な者は減っていく。

「あちらもそろそろ終わりか……案外あっけないものだな」

 紅香が視線を向けると、返り血を大量に浴びたシグナムが鬼のような目でこちらへと歩み寄ってくる。
 半数以上を戦闘不能にし、全て峰打ちで殺さないように最低限の配慮をしつつも、鬼のような攻撃を繰り広げ、シグナムの後ろには意識を失った信者達が山積みにされ、地獄のような光景が広がっている。

 スカリエッティは全員の視線が向かってくるシグナムへと注がれている隙に、全力で逃亡を図る。逃亡に気づいた紅香が発砲するも、刀を巧みに操り銃弾を斬る。
 塀を一ッ飛びで飛び越えた瞬間、スカリエッティは先程は失敗した転送魔法を使い逃亡してしまう。

「ふぅ、まさかAMFから逃れてしまうとはな……不覚だよ。
 エリス、トレースしろ」





 帝麒と睨み合う切彦は、目の前に突き刺された鬼百合を握る。

「テメェェ! 雪姫に何しやがった!」
「私にも打った“覚醒物質”を誰よりも打っただけだよ。唯、私の命令には忠実になるように暗示もかけている」
「人形か……俺様とおんなじようにお人形にしやがって!!」
「違うよ。お前は欠陥品だ。感情を殺しきっているかと思いきや、お前は殺しきれていなかった。だからお前は雪姫を切彦にしなければならなくなったのだよ!」
「違う! テメェが……テメェの勝手な欲じゃねーかよ! 切彦だって親父の代で終わるはずだったのに……テメェが!」
「終わらせる事事態おろかなのだ! その事に気づかない愚かな弟だった。さぁ雪姫! こいつを殺せ!」

 帝麒の言葉と共に、虚ろな目のままの雪姫が鬼蛍を手に襲い来る。鬼百合でなんとか受け止めた切彦と雪姫の押しつ押されつの鍔迫り合いが繰り広げられる。
 血を失いすぎ、体が小さい切彦は雪姫に押される。
 身体に残った全力を注ぎ、押し切られないように持ちこたえる。

「雪姫!! 聞こえてんだろ!」
「……」
「無駄ですよ。無駄なモノは今表にはでないようにしていますから」
「たかだか薬ぐらいで何引き困ってるんだ!! 起きろ、雪姫!!」
「……ィ……ン」

 微かに雪姫の口から漏れる悲しげな声。それを聞いた切彦はほくそ笑み、後退する。
 数秒の対峙を経て、仕掛けたのは切彦。出せる全力の速度で雪姫の懐に潜り込み、両手首を取り、足を引っ掛けて切彦と共に地面へとダイブする。
 上に乗った切彦は、切彦から逃れようと身体をくねらせる雪姫の唇へと唇を重ねる。
 数秒の後、切彦は帝麒の蹴りによって吹き飛ばされる。

 鬼百合を地面に突き刺し、持たれかかりもがくように立ち上がる。地面に刺した鬼百合から手を離し、フラフラと立ちすくむ。

「小さい頃、いつもしてあげたよね。ママから教えてもらったんだ……大事な人にはキスをって。
 
 暗闇が怖いって泣いた時とか……私が仕事で海外とかに行く時とか。また、いつでもしてあげるよ。
 私はあなたのお姉ちゃんだもん」
「……キリ……チャン」
「ごめんね……護れなくて。パパとママに約束したのに」
「……」

 朦朧としていたはずの雪姫の瞳から、一筋の涙が流れる。
 切彦の手には鬼百合を力強く握る。

「さぁ!! 出てこいや!! そんな弱くねーだろうが! 俺様の姫様よぉ!!」
「殺せ! 雪姫! お前はその為だけに生きるのだから! 切彦として!!」

「……ゃ、……だ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!! 切ちゃんを斬りたくないよ!!」

 小刻みに震え、ボロボロっと涙を流す雪姫はゆっくりと声を出す。
 次第に声が大きくなり、それに比例して瞳に活力の光が戻ってくる。そして、脳が薬物を拒否するように鼻から大量に流れてくる。

「早く殺さぬか!」
「嫌だ! お前なんか嫌いだ!!」

 暗示から覚めた雪姫を見て、切彦はようやく微笑みをこぼす。
 その一瞬の隙を狙ったのか、真後ろから……ギンガ達が戦闘を繰り広げているポイントから魔法光の斬撃が切彦に襲い来る。
 ようやく迎えれるかと思われた終幕を邪魔する斬撃を事も無げに斬り崩すと、撃ち込んできた者を視認する。
 一瞬視界に入れたが、取るに足らない力量に興味すら失い、視線を移す。帝麒を視界に入れた瞬間には既に先程みたスカリエッティの事など頭の中から消滅する。

「雪姫……おいで。帰ろう」
「……うん」
「待てよ……切彦は逃がさないぞ。私の人形なのだから!!」

 鼻血を拭きながら雪姫は切彦の元へと駆け、切彦の元へとたどり着くと、腰が砕けるように崩れ落ちる。
 雪姫の前の前に鬼百合を刺した切彦はダウナーな目で帝麒を睨み、フラフラと近づいていく。
 恐れるほどの威圧感も何も出ていない無防備な切彦の接近に帝麒後ずさりする。

 切彦は大きく右腕を振り被り、帝麒の頬へ向けて右正拳を撃つ。っも、その右ひじが伸びきる前に切彦の動きは止まる。
 帝麒は恐怖から開放されたようなぎこちない笑い声が発っする。
 その手には、真っ赤な液体が切彦の腹から伝ってきているナイフが握られている。

 切彦は声も出せず、痛みから動く事が出来ない。
 薄っすらと青ざめていく切彦の顔を見て、更に帝麒の笑い声は大きくなる。

「予定は狂ったが、お前の死体は戦闘機人にして修復が効かなくなるまでこき使ってあげましょう!」
「ぁあああ!!」

 突然の雪姫の叫びに視線を向けると、高く飛び上がり鬼蛍と鬼百合を振り被る雪姫が目に入る。
 背中に走る強烈な寒気に帝麒はなんとか身を捩じらせて雪姫の斬撃から逃れる。
 雪姫は生気を失っていく切彦に抱きつき、何度も大きな声で呼び続ける。
 ぎこちなく呼吸を始める切彦は、青ざめていく顔で雪姫に笑顔を送る。

「雪姫、ちょっと待ってて……決着つけてくるから」

 雪姫は力強く頷くと、弐鬼刀を切彦に差し出す。左脇腹に刺さったナイフを抜き取り捨てる。両手に弐鬼刀を握った切彦はゆっくりと帝麒に近づく。
 帝麒は懐から薄っすらと桜色をした液体が内蔵された注射器を取り出す。
 ゆっくりと自身の腹に液体を打ち込むと、帝麒の身体は大きな血管が浮かび上がり、筋肉は凝縮し、さらにガリガリの体系になる。しかしより無駄のない身体へと変貌する。
 変貌した身体で異常な威圧を放つ帝麒は、腰に携えていた二振りの刀を構える。

「この最終段階のテストはまだですが……あなたなど簡単に片付ける事が出来ますよ! 欠陥品の切彦よ」
「ずっと考えてたよ……テメェに与える最大の屈辱って……やつをさ。最初は俺様のこの力を使わずにテメェを殺そうと思ってたよ」
「それであのくそ稚拙な拳術を使っていたのですか……くだらない」
「性に合ってねー事はすんなって神っぽいのが言ってんだろうよ。だから、俺様もこの力使ってテメェに最大の屈辱を与えて殺してやるよ。
 そして、廃業だよ。斬島の殺し屋家業もな!」

 そう言うと、切彦は空気を鋭く切り裂きながら弐鬼刀を帝麒に突きつける。
 
「肉親を殺すのか? 雪姫の前で」

 ゆっくりと青ざめていく切彦に余裕綽々の帝麒は、長期戦へと持ち込もうと言葉の刃を放っていく。
 そんなもの意にも介していないっと受け流すと切彦は雪姫へと視線を向ける。
 しめたとばかりに、もてる全力を持って斬りに掛かる。“覚醒物質”を通常の二倍投与し、身体能力の向上も更に跳ね上がっている帝麒がその気になれば、神速にも届くはずである。

 実際、帝麒は神速に届いていたのだろう。
 しかし、切彦に斬撃が届く事はない。
 空気を鋭く切り裂いた切彦の斬撃は空気と共に、帝麒の四肢も切り裂いていた。
 帝麒が動き始めた瞬間、四肢が元の空間に居続け、肘と膝から先の部分が一部しか繋がっておらず、刀はおろか立っていることすら出来なくなる。
 支えを失った帝麒は無様に地面に落ち、切彦を見上げている。

「貴様! いつの間に……!?」
「テメェの口もうるせーからな」

 切彦がそう言うと、鬼百合を滑らかに振り、帝麒の喉の声帯を切断する。
 切断された箇所からヒューヒューっと空気が漏れる音を出しながら、帝麒は声が出ない事に驚愕していた。

「テメェーはこれから一生病院で生かされ続けろ。死ぬ事すらゆるさねー。一生俺様が養ってやるよ。動けずしゃべれず、無能を噛み締めてな」

 愉快そうな悪魔の表情で帝麒を見下ろす切彦は、睨みつけてくる帝麒に刻み付けるように動かない。
 帝麒は、睨み殺そうかと思うほどの形相で睨みつけている。






 斬島の信者達を率いていた2人が逃げ、倒されて戦争は終わりを告げる。
 静まり返った斬島家。チンク達は傷の治療をそこそこに終戦からずっと動かずに睨み合う切彦達の元へと歩を進める。
 戦いが終わったとは思えない程緊張の糸が張り詰めた2人は、近づくチンク達に視線を移すことはない。

 2人の元へと駆けつけると、四肢が切断されている帝麒を八神はやてが待つ宿舎へと転送する。
 帝麒が転送されると、切彦はスイッチが落ちたように普段の二割り増しでダウナーな目になり、浅い呼吸を苦しそうに繰り返す。

 刺された左脇から流れた血が左足を真っ赤に染める。ビリビリに破けスカジャンの袖はなくなりボロ布のように切彦にはりついているだけ、インナーも辛うじて服の原型を留めているだけで、開いた傷からの血が紅く染める。
 大量に失われた血液が切彦の体温も奪い去る。

 フラフラっと揺れながら、膝から突っ伏しそうな身体で必死に抵抗する。
 触れれば崩れそうな切彦に触れる事を恐れたチンク達を尻目に、ゆっくりと立ち上がった雪姫が抱きしめる。

「お帰りなさい……お姫様(おねえちゃん)
「ただいま……雪姫」

 今回の騒動の終着点としてはこれでいいのかもな……っとようやく緊張の糸が途切れたチンク達。
 シグナムはレヴァンティンを収め、微笑みを抱き合う2人に注ぐ。

「成功したようだな。斬島切彦」
「……はい」

 シグナムの問いかけに、ダウナーな目で薄っすらと笑みを浮かべる切彦。
 寄りかかるように抱き合っていた2人は離れ、フラフラと立つ。

 無事に終わったと隻腕になったギンガ達も胸を撫で下ろした次の瞬間、切彦は重力に負けるように、静かに崩れ落ちる。
 誰もが、見ていることしか出来なかった。
 悲鳴を上げることも、支える手を差し伸べることも出来ず、切彦は地に伏せる。

 時間にして一秒ほどの静寂の後、静けさすら漂い始めた斬島本家の庭を雪姫の悲鳴が包み込む。

 うっすらと滲み出る切彦の紅い血が地面へと広がっていく……。
 無常にも、地を染める血は止まらずに広がっていく。

 切彦の生命は静かに死の門の扉を叩こうとしていた……






    完





  あとがき



 どうもまぁです。

 外伝 その2 「白雪姫」 後編をお届けしました。

 今回のこの外伝は、この後に続くであろう外伝と、続編シリーズの電波的なヴィヴィオへの伏線が自分なりにですがちりばめています。


 では短いですが、今後も精進していきますので、どうぞお付き合いを



   まぁ!



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