「僕をあなたの弟子にして下さい」
「どうして?」
「強くなりたいんです」
「どうして?」
「生きるためです」
生きる事を放棄した目をした少年は、紅香に向かって意識のない目線を送っていた。
紅香もその視線を避ける事無く受け止める。
『強くなって生きてどうする?』
『わかりません』
『わからないのに強くなりたいのか?』
『はい』
『地獄をくぐる事になってもか?』
『今いるここは地獄じゃないんですか?』
『――違いない』
「お前、名前は?」
「『紅』真九郎」
「・・・・・・ほう、奇遇だな。私は柔沢『紅』香」
電波的なヴィヴィオ 第一章 『盲目の純情』 その2 「風が吹く前に」
紅香特注の車の中、紅香は煙草の煙を優雅に吐き出す。まるで空間全てが紅香のモノである事を示すように煙はゆっくりと空間を侵食していく。その煙に纏わり着かれ、異物であるかのように必要に纏わり着かれるうな垂れたヴィヴィオが助手席に座らされていた。
少し前の事、五月雨荘の廊下での騒ぎ――
確かに先程の紅香の銃には弾が装填されていた。大きな轟音と共に、空気を切り裂き銃弾がヴィヴィオに襲い掛かった。
しかし裏の頂点の一角の紅香。自身の手元に置く部下の質も量も異常だった。
ヴィヴィオを拘束して、馬乗りになっていた部下の弥生のクナイによって紅香の銃から放たれた銃弾を刺し落としたのだ。
ヴィヴィオの顎のすぐ先の床に銃弾は煙を出しながら止まったのだ。
恥も外聞もなく涙と鼻水を垂らし、恐怖に震えるヴィヴィオを弥生は軽く持ち上げ、
そうして、腰を抜かれたヴィヴィオは弥生に持ち上げられて車に運ばれた。
「感想でも聞こうか? ヴィヴィオ」
「……怖かったです」
「だろうな。まぁ、餞別だ」
「どういうことですか?」
「わからんか……確かに、お前は16歳の頃の真九郎と同じくらい強いよ。だがな、決定的に違うものがあるんだよ――
まぁ、わからんだろうがな」
紅香のどこか馬鹿にしたような、それでいて不快感を与えない乾いた笑みで言葉を発していく。
先の件が尾を引いて、強くは出れなくなったヴィヴィオは弱弱しくも目線で訴えるしかなかった。
それがわかっているのか、紅香は苦笑していた。
「今回、お前がしたいといったこの依頼――お前にさせてやろう。村上銀子に依頼した資料代もこっちでもってやろう。
報酬は真九郎との取り決め通り、お前に7割。つまりは、280万はお前の元にいく事になる」
「銀子さんの・・・・・・資料」
「ぁあ、あいつは超が二個付くほどの一流だからな。既にこの事件は馬鹿を捕まえるだけのつまらんものだ。
お前でも出来るだろうよ。まぁ、お前の“封印されている魔法”を使わんでも簡単だろうよ。いつも環を相手にしてるんだからな」
「・・・・・・」
「10秒やろう。受けるならこの資料を取れ。受けないならそのままいればいい」
「そんな! たった10秒でなんて」
「8・・・7・・・6。短いか? しかしな、現実は一瞬だ。一瞬で生死が分かれるんだよ。理不尽なまでにな。4・・・」
「そんな・・・・・・」
「――2・・・・・・1!」
「受けます!」
覚悟を決めたヴィヴィオは、紅香から資料を奪い取る。
先程までの弱弱しい目ではなく、強い意志がこもった目で紅香を直視していた。
紅香もその強い視線も受け止めていた。それどころか、嬉しそうに豪快に笑っていた。
「そうか、なら楓味亭まで送って行ってやろう」
「いえ、雪姫と約束があるので」
「・・・・・・そうだったな。だが、雪姫は漫画喫茶に行くと言っていたぞ? 嬉しそうに、さっきな」
「なら、その漫画喫茶まで」
「はいよ」
紅香は新しい煙草をくわえ、轟音と共に車を発進させる。“常識”という言葉なんて存在しないかのように、アクセルを踏み倒し加速を止める事がない。100km/sを越すのも、刹那の如く。
交通ルールや危険予知などの車を運転するのに最低限必要なモノが一切除外されている紅香の運転にヴィヴィヴォの笑顔が冷や汗を出しながら引きつっていく。
エンジンの轟音が暗くなり始めた街に響き渡る。
「あ・・・・・・あの、紅香さん? 免許持ってますよね?」
「そういうものはな、10年も運転してたら免除されるんだよ」
嘘としか思えない紅香の言葉も、本当にしか聞こえなかった。というよりも、疑う事が出来るほどの余裕がヴィヴィオにはなかった。
それよりも、今は目の前の恐怖に耐えることで精一杯だった。
「ここだな。じゃぁな、ヴィヴィオ」
「――はい。ありがとうございます」
「依頼が終わったら、電話してこい。報酬を振り込んでやる」
紅香は煙草に新たに火を着け、車を同じように急発進させて街に消えていこうと車が小さくなっていく。その途中、パトカーが紅香の車を捕まえようとランプを点灯させ、加速するも二秒とせずに差が大きくなりパトカーが諦めた。
ヴィヴィオはその一部始終を見送ると、雪姫がいるとされる漫画喫茶に入っていく。
「すまんな……“例の計画”勝手に決めさせてもらったよ」
武藤環の道場の壁にもたれた紅香は遠慮無しに煙草に火をつける。
そして、その言葉は、道場に入ってきたばかりの高町なのはと村上銀子に、表情を一遍させるほどの衝撃をはらみながら2人の耳に届く。
道場に胡坐をかいて座っている武藤環は、一枚の紙に視線を落として紅香の言葉に反応すらしない。
「僅かな可能性ながら考慮していたんだ。この犯人なら――
ヴィヴィオの資質を、いや……覚悟を見るにはちょうどいい」
「弥生っちが呼びに行ってる真九郎君が間に合わない場合は私が潰すよ。
教え子だしね」
環は、いつもの陽気な笑顔を周囲に向ける。
「その犯人の危険性は?」
「心配するな、爆弾以外を持つ事はないよ。既に心は壊れてる」
「そうね。私もこの件を“例の計画”に使うか進言しようか迷ってたしね。
これを逃せばもっと危険なモノを対象としないといけないかもしれない」
「まぁ、これでこの夏は親子でいれるよ、なのは」
「ちょっと、見守ってたい気もするけど……こっちも忙しいしね。私は仕事に戻るね」
なのはは、必要な資料を銀子から受け取ると、道場に上がり転送魔法を展開していく。
紅香はなのはに目配せしてから、小さな袋をなのはに放り投げる。
「? これは?」
「チビへの土産だよ。今回急に決めた事への軽い詫びだ」
紅香はそれ以上視線を向ける事もなく、煙を吐き出す。
「紅香さんはこれどう見るの?」
「なのはの娘だからな――っと言いたいところだが、この10年危険とは無縁の籠の中同然で育ってきた。まぁ、動けんだろうな」
「うわぁぉ。いきなり放り出すんだ」
「警告はしたさ」
雪姫との約束を終えると、ヴィヴィオは下宿先の楓味亭の手伝いをしてから、自室で紅香から奪い取った資料に目を通す。
紅香の言った通り、超が二つ着く程の一流の仕事が数枚の資料に詰まっていた。
事件発生日時、使われた爆弾の種類、それの入手経路、事細かな情報が載せられていた。
「円にも資料頼もうかと思ってたけど、必要ないかも」
ヴィヴィオは全ての資料に目を通し終えると、最後の一行から目を離せなくなっていた。
『次の事件発生予想日時は、七月○日、午後1時。場所は××』
たった一行に集約された銀子の資料。
犯人の人物像も、背景も全て納められていなかったが、ヴィヴィオはなんの疑いも持つ事はなかった。
そこに鳴り響くヴィヴィオの携帯電話。
こんな夜遅くに誰だろう? っと画面を確認すると、数字ではなく暗号のような記号が羅列されていた。
「――これって、ミッドから?」
そう思い、ヴィヴィオは通話のボタンを押す。特に用がなければ、母親のなのはも、父親のユーノも掛けてこない。
こんな時間に掛けてくるのは、妹ぐらいだ。母に怒られた、父に褒められた、友達と喧嘩したとか、よく掛かってくる。
今回もそうだろうと、深呼吸をして通話ボタンを押す。
『やっほー! ヴィヴィオちゃん、元気?』
聞こえてきたのは、八神はやての上機嫌な声だった。酒で酔っている感じでもなく、いたずらっ子が楽しさを我慢できないような陽気さがにじみ出ていた。
「元気ですよ。どうしたんですか?」
『明日って、午前中だけやんな? 授業』
「え? 明日は休みですよ? 最近週五日になったんですよ」
『えぇぇ! そ……そんな。それやったら、うちが考えた“紫ちゃん校門出たらビックリドッキリはやてお姉ちゃんラブラブ抱きつき大作戦”は?』
「長いでしょ……その作戦名」
ついていけないはやてのノリにガクッと肩を落としつつ、ヴィヴィオは次の言葉を待つ。
『一ヶ月かけてようやく取れた休暇やで!? そら長くなるやん』
「あ……はい、ごめんなさい。明日は紫さん、秋葉に行くって言ってましたよ?」
『了解や! ありがとな』
「いえいえ……今から九鳳院家に忍び込む気ですか?」
『もちのろんや! うちが簡単に侵入出来たら、紫ちゃん危険やん』
「そうですね……頑張ってください」
ヴィヴィオは、三十路近くでこのフットワークの軽さに驚いていた。はやてはこの十年間、懐いている紫の家に侵入を行っていたりする。
魔法があるのだから、部屋に転送すれば簡単じゃん。
っと思うのだが、はやては魔法を一切使わずにその身一つで膨大な土地に立つ九鳳院邸へと突入する。
戦歴でいえば、47勝44敗1引き分け(引き分けははやての召集による途中終了)。
『よっしゃぁぁぁ』
っとはやての嬉しそうな声が受話器から遠のくように聞こえてくる。先ほど掛けた言葉は届いていないと、首を振りながらヴィヴィオは電話を切ろうとボタンに指を掛ける。
『っあ! ヴィヴィオちゃん、久しぶりに銀正さんに代わってくれる?』
ヴィヴィオは言われるままに、下で楓味亭の片付けと仕込みをしている銀正に携帯を渡す。
「はいよっ! なんでぇはやてっちか。なんでぇ? ラブコールは受けつけねぇぞ」
などと、銀正はいつものように軽い感じの会話を大声で話していた。会話の内容もへったくれもない。全て銀正の大声で店じまいした楓味亭に響いていた。
十分以上、同じような返ししかしないような会話を続ける、銀正とはやて。
どうでもいい事を話せる2人を羨ましく思いつつ、ヴィヴィオは携帯から目を離そうとはしない。
そうするのも、以前ヴィヴィオが銀正に携帯を渡したときにメールを見ないまでも、保存している画像全てを見られたりしたからだ。
今回はそんな事もなく、電話を終えた銀正から電話を受け取る。
ヴィヴィオは部屋に戻ろうと後ろを向いて階段に向かって歩き出そうと歩を進める。
「ヴィヴィオっち! ラーメン、食うか?」
「太るからいいです。それよりも、お風呂いいですか?」
「今、銀子が入ってるから待ってな」
「はぁい。じゃぁ、部屋に戻ってますね」
そういって部屋に戻ったヴィヴィオは早速、とある所に電話を掛ける。
そこはもちろん、九鳳院家近衛隊である。内容は、はやてがまた侵入するとだけ伝えて切る。
数回の侵入を終えた辺りから、近衛隊とはやての攻防戦が始まったのだ。はやてが簡単すぎてつまらないっと言ったからである。
今では、近衛隊ははやてとの侵入攻防戦を楽しんでいる節がある。というよりも、確実に楽しんでいる。
先ほどの電話口でも、『はやて』という固有名詞を出した瞬間に、声のトーンがガラリと変わったから……
数時間後にまた、電話で勝敗が報告されてくるだろう。
それにしても、明るくなったものだ……表世界の頂点の一角である九鳳院の近衛。まぁ、紫がいるからそうなったのだろうか。
さて、今度はどっちに軍配が上がるのだろう? っと考えていると、静かなノックと共に銀子が大き目のパジャマを着て入ってくる。
細い体系の銀子が着ていると、着ている銀子が30には見えない。高校生といっても通じそうなほど、若く見える。
「これからどうするつもり?」
「え」
「後三年を切ったわよ? こっちにいることの出来る期間は」
「わかってます。一様今年の夏休みはあっちで色々と見てくるつもりです、心配しないでください」
「そう。存分に学んできなさい。ひとつだけ、私から教えておいて上げるわ
この世界は“この世は暖かい嘘と残酷な真実”しかないのよ」
「”優しい現実”は?」
「人はそれを幻想と呼ぶわ」
「う・・・」
「もういいわ……お風呂入って考えてきなさい」
「……はい」
ヴィヴィオは大人しくお風呂に浸かりに行く。部屋に立つ銀子は冷たいような暖かいような不思議な視線をヴィヴィオが出て行くまで向けていた。
銀子はヴィヴィオが出て行くと、机に置かれた爆弾魔の資料に目も暮れず、その上に乗っているヴィヴィオ愛読のアニメ雑誌を手に取る。
そういえば、ヴィヴィオがこの世界に来たいと言った理由がこれだったなっと、苦笑してページをめくっていく。
「残酷な真実…か」
銀子は一筋の涙を拭うと、アニメ雑誌を置いて、部屋を出て行く。
「さぁ! “第93回はやてお姉ちゃん紫ちゃんの部屋にビックリドッキリ侵入しちゃうぞ大作戦”を始めます!」
管理局のスーツ姿で九鳳院家の豪邸を見下ろす八神はやては、ウッシシっと笑いながら山の頂上に立っていた。
九鳳院家は豪邸と言って想像する大きさの数倍は軽くあるだろう。街1つ分が庭になっていると言ってもいい。
そこに近衛の下っ端、幹部、護衛を任される専属の近衛が守りを固めている。
下っ端の武器は銃。幹部からは飛び道具は一切ない。それを美徳とし、幹部の証となっているのだ。
はやては脇に置いたパンパンのバックを背負うと、近場にあった1m大の岩石を押し、崖から九鳳院家に向けて落とす。鈍い音を鳴らしながら崖を降りていく岩石は土煙を上げながら重力に伴って着地地点へ加速を続けていく。
崖の半分くらいまで岩石が落ちていくのを確認すると、ナイフを取り出し、気にくくり付けていたロープを切る。
パシュンっと、張り詰めていたロープが緩み、はやてがいる山と反対側の山から滑り降りる“何か”が土煙を上げて傾斜を滑り始める。
「さぁて、いってみよう!」
気合を入れなおしたはやては、自身も木の板に乗ると、山の傾斜を滑降していく。
夏で、雪などのクッションとなる自然物もなく、半分土が顔を覗く傾斜にも物怖じせずに加速していく。
始めに落とした岩石により、近衛隊に侵入を察知されたはやて。前回も、岩石を落として後に自身も降りて侵入を果たした事から、今回はそれの反対で対岸から侵入すると読んでの、前回と同じ侵入ルートを取る。近衛の大半はすっかりと騙され、岩石の着地地点には数名の近衛しか配置されなかった。
はやてはその数名を木の板の体当たりで気絶に追い込む。傾斜の終わりの少し前に都合よくあった出っ張りを利用してジャンプして、近衛に向けて板を蹴り出す。
10年前には体術においては最弱を誇ったはやてからは想像も出来ない奇襲は、見事にはまる。
板に送れて着地したはやては両手を上げ、満面の笑みを零しながら、ポケットから油性マジックを取り出すと、気絶している近衛のホッペに“しゃぶしゃぶ”、“ヤキニク”、“肉じゃが”っと落書きしてから遠くに見える屋敷を見据える。
「へへ。見事に決まったね! さぁってと……前回はメインストリートを行って成功したからね。今回は紫ちゃんの部屋と反対側の屋敷の入り口からにしようかな」
プランを決めたはやては、身を屈め森の中へと早足に入っていく。
ヴィヴィオから報告を受けていた近衛隊は、対はやてシフトを敷いて待ち構えていた。これまでの侵入ルートや傾向から今回の侵入のルートの見当をつけて動いていく。今回、近衛が出したルートは、“森から屋敷へ侵入しての紫の部屋”である。
波状攻撃のようにジワジワと、森と庭の境界から等間隔に並んだ近衛が包囲網を縮めていく。
音も出さず、木々を揺らさないように追い込まれていくはやては、緊急に簡易的な罠を張っていく。
息を潜め、近衛が10mに迫ったとき、はやてが隠れている場所から一番遠い場所で近衛が足をロープで捕まれ、木に吊るされる。
そこへ、すかさず石を数個投げ、木々を揺らしてさも逃げたように偽装する。
しかし、一番いなくなってほしかった、近くにいる近衛は動じなかった。その他の近衛は助けに向かい、包囲網に穴が開くのだが、隠れている場所がわかってるとばかりに、気を張られては迂闊に動く事が出来ない。チラッとみてみると、銃を携帯していない。
最悪と頭を抱えるも。このまま隠れていてもジリ貧になる事は確実……
覚悟を決めたはやては音が出なく、木々の邪魔がないルートを探し出し、最短距離で幹部に近接戦闘を仕掛ける。幹部に見つかる一瞬前に石を適当な所へ放り、一瞬幹部の意識がそれたところへ口を塞いでの鳩尾への肘打ち。意識を奪うと幹部のホッペに“もやし炒め”と
さっさと落書きして気づかれた数人の近衛を無視して駆け出す。
はやては今回のルートが完全に相手に読まれてると察し、変更する。屋敷内からの侵入を諦めて、屋敷の壁に沿って正面から侵入するルートを取る。
屋敷にたどり着く前に、近衛と何回か接触したが、即席の罠や体術で撃墜していく。その度にホッペに落書きを止める事はない。
そして、屋敷の壁に沿って進む事30分。ようやく屋敷の正面玄関にたどり着く。
床下の湿気を逃がす通気口に侵入する。もちろん、ばれない様に鉄格子を戻して、頭に懐中電灯を着け進んでいく。
既に90回を超える侵入作戦。九鳳院家の屋敷の配置図は頭に叩き込んでいる。それに伴っての基礎の配置もバッチリと記憶している。
その無駄に記憶した配置図を頼りにはやては進んでいく。
そして、上へと通じる出入り口から屋敷に侵入する。その出入り口から出たのは九鳳院家の第三厨房。
屋敷に侵入したはやては、厨房からパンをくすねると座り込んで1つかじる。
「っあ、これおいし」
はやてはそれから数個パンを食べると、間延びして慎重に紫の部屋に向けて進む。
途中で、九鳳院家当主の蓮杖の部屋の前を通ると、ノックをして遠慮なく入っていく。
「こんにちわー! お久しぶりです、九鳳院の当主」
「……また君か。いい加減普通に入ると言う事をしないのか?」
「そうしたいんですけどね……ビックリさせたった方がおもろいかなって」
「――そうか、なら楽しませてやってくれ」
「はい!」
はやては元気一杯に返事すると、部屋を出ようと扉に手を掛ける。
「我等、九鳳院を恨んでいるのだろう? この忌むべき運命を」
聞こえてきたのは、蓮生の暗く沈んだ声。そこにいつもの圧倒的なまでの威厳はなかった。まるで償いきれない罪を犯した者のように背徳と咎を背負ったような声がはやてに届く。
きっと、振り返ってほしいんだろう。そして、無様な姿を見られて少しでも罪の意識を軽くしたいのだろう――
しかし、そうはしない。絶対にするものか。
「正直半分は恨んでます。でも、半分は感謝してます。紫ちゃんは九鳳院に生まれたから紫ちゃんやからね」
そういうと、はやては振り返らずに出て行く。
静かに扉を閉めると、はやては音をさせずに走っていく。
蓮杖の指示なのか、近衛隊は屋敷内には一切おらず、はやては苦もなく紫の部屋に辿り着く。
いらぬおせっかいに溜息をつきながら、深呼吸をしてから紫の扉を勢いよく開ける。
「むっらさきちゃ〜〜ん!」
陽気にはやては、驚愕して目を見開いている紫に抱きつく。そして、そのまま豪華なお姫様ベッドに紫を連れ込んで、より一層強く抱きしめる。
「はやて! なんで? 仕事で明日ダメだと……」
「ウフフ、それがね。嘘なんだ!」
「……あの時、はやては嘘は言ってなかったぞ? 私が嘘を見抜けぬはずはない」
「だねぇ。実はね、あの後に休暇取れることになってん! だからね、ドッキリって事で襲撃や。どや? 嬉しい?」
「うん! 明日、一緒に秋葉回ろう!」
「そのつもりや! 一緒にお風呂入ろうや」
はやては紫の手を繋ぎながら九鳳院家の風呂に向けて歩き始める。
お風呂からヴィヴィオが部屋に戻ってきたのは、一時間を越えたときだった。机の上の携帯がメールを受信した事を示す点滅を見つけ、ヴィヴィオは携帯を手に取る。
そこに届いたのは、一通の写真付きのメール――
「あぁ、今回ははやてさんが勝ったんだ」
そこには、嬉しそうに抱き合って笑顔を見せるはやてと紫が写っていた。
お互いに髪を結んで遊んだ後なのか、2人とも手の凝った髪型になっていた。
こうしてみれば、2人は本当の姉妹のように、何か他の人とはと違って一線がないように見える。
はやてが若いのか、紫が大人びているのか、まるで双子だ。
そんな事を思いながら、ヴィヴィオは携帯を閉じる。
ふと、ミッドの実家に帰りたくなっている自分に気づき、目前に迫った夏休みまでの日数を数えだしていた。
完
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