物語はなのはが魔法と出会った時より3年と少し戻る。
美守とはやてが5才となり、小学校の受験も無事終わり、その祝いにと夜の見回り任務に連れて行ってもらってから数週間が過ぎた平凡な一日の夜の事である。
夜の見回り任務は美守が小学3年生を迎えるまで、墨村家と雪村家で交代で回すようになっていた。
その日は雪村家が担当で、墨村家の面々はゆっくりとした夜を過ごしていた。
10時を回り、墨村家の灯りはほとんど消えていた。
静かになった家の中で、息巻いている存在が2人。
はやてと美守である。
一緒に連れて行ってもらえた見回り任務の興奮が忘れられずに、2人だけで行こうと勝手に計画したのだ。
まずは家にいる兄達と父、祖父に見つからずに家を出なければならない。
2人は仕事着を着て、美守は足が不自由なはやての為に、クレイ人形型の式神を出し、はやてを乗せて家の中を静かに歩く。
2人は兄達の部屋を見て、小さく声を掛け、返ってこないのを確認して父の部屋の前にやってくる。
父は昼は主夫、夜の開いた時間を利用して小説を書いているしがない小説家なのである。
毎日夜遅くまで部屋の戸からは光が漏れている。
「どうしたんだい2人とも? トイレかい?」
2人が部屋の戸の隙間から様子を伺おうとした瞬間、父・修史は背中越しに美守達の気配を感じ声を掛ける。
「う……うん! 行ってくるね!」
2人は焦って奥へと進んでいく。
祖父が息子達を集めている部屋へと……。
たどり着くと、そこでは良守がかなり激情になっているらしく、大声をあげていた。
「ふざけるな!! じじい!!
そんな保険になるかもわかんねー事の為だけに、はやてを拾ってきたってのかよっ!!」
「後数年もすれば、戸籍も弄れる。
はやての養子という事実も消せる」
「そんな事言ってんじゃねー!!
なんとも思わねーのかって聞いてんだよ!」
「……あの子の為でもあるのじゃ。
あのまま放っておけば、あの子は一人じゃ。
せめて、偽りとはいえ家族の中で……」
良守が繁守を突き放した音と共に、美守とはやては傍を離れる。
大声で文句を言い続ける良守とそれを甘んじて受ける繁守の間に入って止めていた正守はその足音を微かに聞くが、それが妹達の者であると気づかず、勘違いし二人を見逃す形となった。
2人は難なく家を出る事に成功し、2人で手を繋ぎ、夜の街へと消えていく。
正守が部屋に戻ったのは、良守をなだめて10分を過ぎてからであった。
携帯電話に入っている異常な数の着信件数に異常事態が起きている事を察する。
発信者は雪村時音。
かけ直してみると、街には人為的に出現させられた改造された妖が大量に放たれている。
街の破壊ではなく、何かを求めて徘徊しているので、街に被害は一切出ていないが数が多すぎるため救援を呼んだ。
――との事だった。
正守はすぐに良守と繁守に知らせ、出陣の準備を始める。
時音の危機だと察した良守は誰よりも早く準備を終えて、飛び出していく。
正守は、先ほど勘違いだと思った足音が気にかかり、静かに美守とはやての部屋を開ける。
そこにはめくれた布団が2つあるのみで、美守達の姿はなかった。
すぐさま、修史に確認するも、トイレからは帰ったはずだよ。っとキョトンとしていた。
「……聞かれたのか。
しかも、外へ行くなんて」
正守はすぐさま自分の部隊"夜行”の動ける面々を招集し、美守捜索を言い渡す。
魔法少女リリカルなのは×結界師
―ふたつの大樹は世界を揺らす―
第5話 「偽りの双子」
作者 まぁ
全ては起こるべくして起こったのかもしれない。
結界師の任を早く任せるために、幼い頃より教育された事による優秀な理解力。
夜の闇を恐れず進める胆力。
良守と繁守との話を聞き、2人は理解してしまいう。
はやてが墨村の人間ではなく、どこからか拾われてきた天涯孤独な身の上の子供であった事を。
繁守は2人の為を思っての優しさから嘘を着いて、黙っていた。
良守はもちろん、正守もその事実を知っていたがその真意までは知らなかった。
――烏森を封じた鍵を隠す囮である事を。
そんな真意を聞く事ができなかった美守達は、嘘を着かれたという衝撃が支配していた。
2人は何も考えず、目的地も決めずに街を出る為に、家から離れる為に進んでいく。
探検し慣れた町内の路地を抜け、夜の公園を抜け、また路地へと入る。
そこには、今まで知る限り見た事もない異形の妖が、荒い息を立てて美守達を迎える。
2mは超えるミノタウロスの右肩に大砲が埋め込まれ、左腕の肘から先は別の妖の腕が縫い付けられ鋭い鉄の爪の腕が伸びていた。
明らかに人の手が加わった妖に、2人は恐怖する。
美守ははやてと自分を囲う結界を張る。
かなりの力みが入っていたが、今現在美守の出せる最大の強度に近い結界だった。
「牛機、結界シ、見つケタ……結界シ、連れテク」
牛機は美守に近づく事なく、肩の大砲から小さな岩石が一発撃ち出す。
美守の結界は紙のように簡単に破られ、後ろにあった樹に直撃して轟音と共に倒れる。
「みも……り、さん。結界が」
「“みも姉”!! 打つよ! はやて、さがって!」
牛機は美守の言葉にはやての存在に気づいたのか、荒い息を立てていた口から理性なく涎をたらす。
「ヒト、食ウ。ヒト、ウマイ!」
牛機は野生に満ちた足取りで、はやてに向けて一直線に進み鋼鉄の爪を大きく振りかぶり、全力を持って振り下ろす。
振り下ろされた爪ははやてには届かず、なんとか護ろうと覆いかぶさった美守の背中へと食い込む。
牛機は爪に着いた美守の血を美味しそうにペロペロと舐め、雄たけびを上げる。
そして、美守の背中の喰らい着き、傷を舐め血をすすりつつ、下の牙で傷口をめちゃくちゃに広げていく。
痛みといつ食い殺されてもおかしくない状況に、美守は大粒の涙を流し叫び声をあげる。
抱えていたはやての二の腕に爪を立て、意識が飛ぶのを防ぐ。
はやては目の前で、美守の背中を舐める牛機の顔に恐怖し、美守の状況を理解する事まで頭が動かない。
牛機の爪が自身の横腹に触れ、ゆっくりと肉を裂いた瞬間に、美守同様に叫ぶ。
牛機はその美守達の叫び声が美味なのか、嬉しそうに雄たけびを上げる。
「あああああ!!
――っ結!」
はやての叫び声を聞いた美守はホンの一瞬冷静さを取り戻し、今出せる精一杯の結界で牛機を押し飛ばす。
1mと押し飛ばせなかったが、2人は地面を這いずりながら逃げる。
目の前に形成された結界を腕で払い壊すと、這いずり逃げる2人を右手で軽く持ち上げると近くの塀へと投げる。
動く力をなくさせ、血を思う存分味わいたいという本能がそうさせたのかもしれない。
その思惑通り、塀に投げられた2人は動く事が出来なくなっていた。
美守は腰掛けるように、はやては力なく地面に突っ伏していた。
なんとか、はやてだけでも護ろうと美守は必死に左腕をあげ結界を張ろうとともがく。
しかし肩より上に上がらず、フラフラと腕が宙を舞っていると、牛機から楔型の石が撃ち出され、美守の左手に突き刺さり後ろの塀に深く食い込む。
その激しい痛みにも、リアクションできないほど消耗した美守の意識は静かに消えようとしていた。
「結界シ、連れテク。ヒト、食ウ。
ヒト、ウマイ」
「はやては……護……る」
ブツブツと念仏のように静かに唱える美守に、牛機はゆっくりと近づく。
牛機の足跡が大きくなるに連れて、美守から白い光の粒子がポロポロと表れていく。
その光に本能的に何かを感じ取ったのか、牛機は歩みを止める。
光は増加していき、2人を覆い尽くす。
本能で止まった牛機は微かにある理性に残っていた命令を実行すべく、恐怖を捨てて飛び掛る。
美守達を覆っていた光は鎖を解かれた狂犬のように四方八方に残光を残しながら高速で飛散する。
光に貫かれた牛機は美守達の手前に落ち、穴だらけになった身体を無視して美守に近づく。
『――殺されるわけにはいかないんだ』
微かに放たれた明らかに美守の声とは違う声と共に、美守の右腕から絵に描いたような雲が現れる。
雲は牛機へ向けて伸びていき、触れた瞬間牛機の身体は、まるで組み立てられてた模型が解体されるようにバラバラに崩れる。
塀に張り付けにされた重傷の美守、気を失うはやて。
目の前にはバラバラに崩れた牛機。
それだけではこの夜は終わりはしなかった。
美守達を襲った牛機は一匹ではなかった。この夜、海鳴市に大量に出現していたのだ。
雪村家と墨村家はこの牛機の退治に追われ、街を縦横無人に走り回っていた。
街に放たれた牛機が数体、美守とはやての血の匂いに呼び寄せられたのか、ノソノソと現れる。
既に意識を失った美守達は、ただ餌になる運命しかなかった。
理性なく垂らされる涎と共に、牛機達は美守達の前にあるバラバラに崩壊した牛機を取り囲み、遠慮なく食べ始める。
全ての破片が食い尽くされると、牛機達は再び美守達へと標的を移す。
今にも2人が捕食されそうな危機的状況の中、音もなく空より降り立つ来訪者が現れる。
黒のコートに身を包み、血のように真っ赤な髪を腰まで伸ばす少女だった。
既に争った後なのか、見えにくいがコートにも大量の返り血を浴び、頬にも模様のようについていたが、少女は気にしない。
掌に一筋の切り込みが入っており、そこからボタボタと血が流れ出ていた。
「天に返りなさい。父なる竜が安らかな眠りに導いてくれるわ」
少女は腕を広げると、掌から滴る血を操作し、薄い曲線型の刃が形成する。
その射程は半径3mは軽くカバー出来る長さの刃が月明かりを受けて更に赤黒く光る。
少女が身体全体を使って、掌から伸びた刃を振るうと一体目の牛機の身体を寸断できず途中で止まる。
その攻撃でようやく少女の存在に気づいた牛機達は、敵と判断し雄たけびを上げる。
少女は、途中で止まった刃を抜こうともせずに、薄っすらと笑みをこぼしていた。
「血は私に、更なる力をくれる……」
刃は少女の言葉に答えるように、牛機から血を一滴残らず吸い取る。
吸い取られた血は、蛇に飲み込まれたラットのように塊のまま刃を移動していくが、少女に届く前に血は巨大な杭となり、残りの牛機へと襲い掛かる。
その速度に牛機は反応できずに、杭を打ち込まれ血を一滴残らず吸い取られると、ミイラのような身体のみを残し、天へと昇っていく。
少女は牛機から吸い取った血を自身の身体に入れずに、地面に吐き捨てる。
少女は血を納め、美守達の元へと急ぐ。
楔を抜き、二人を並べて寝かせる。
失血死していてもおかしくない傷ながら、息をしている美守に驚愕し、掌から流れる血を操作し、美守の傷を癒し始める。
美守と自身の血を融合させて、美守の身体の内部から徹底的に身体の傷を探るが、血が流れてはいるが明らかに死に至るまでには血は失われないように何かの力が働いていた。
「この子……」
少女が驚愕しつつ、傷を癒していると、また空からの来訪者が現れる。
美守達と同じ黒の袴を着る中年女性。
黒髪を後ろで括り、中年とは思えない細い体つきで、妖艶な笑みをこぼす。
墨村美守の母親、守美子である。
「あらあら……なんで外に出てるんだろうね、この子は」
ゆっくりと歩み、治療中の美守の元へと近づく。
その間も笑みは崩さない。
まるで、美守の生死に興味がないような、生きるか死ぬかを見て楽しんでいるようだった。
「守美子、この子危ない!
母親のあなたの血が要る」
「月村の当主、そんな事しなくても
――関係ないけどね。
なんだい、たった5年でこうも駄々漏れとはね」
守美子は天穴の刃を下に向けると、ゆっくりとあげる。
少女は守美子の行動が理解できずに見ていると、守美子は何の躊躇もなく振り下ろす
――意識を失う美守の首めがけて。
月村忍は少し不機嫌だった。
大学から恋人の高町恭也とずっと一緒に過ごせていた。
課題のレポートも一緒にしようと、家で2人きりの時間を過ごせていた。
そこまでは幸せそのものだった。
執事服に身を包んだ氷浦蒼士が、袴姿の拗ねた顔で目を合わそうとしない美守を連れてきたからだ。
妹のすずかとはまた友達として、付き合いだしたとは先日すずかから聞いたが、家の場所までは知らないと言っていた。
ここに辿り着けるとすれば、その理由は一つ。
美守自身に掛けていた、夜の一族の呪が強制的に解かれた為である。
特定の期間の記憶を封印しておく呪を強制的に解く為には、呪に蓄えられた力を圧倒的に上回る力を注ぎ込む必要がある。
並の異能者では絶対に解けない程の力を込めていたモノを、目の前の少女は故意か事故かはわからないが解いてしまった。
幼い心が見るには辛い記憶を。
「おめでとう……っと言った方がいいかしら? 久しぶりね、美守ちゃん」
「……あなたも、嘘つき」
「私は頼まれて呪を掛けただけ。
嘘なんて一つもついてないわよ?」
「私の頭を弄った。だけならいい。
あなたははやての頭も一緒に弄った」
「はぁ……。
私は瀕死の重傷を負ったあなたを救ったのよ? 感謝される事はあっても恨まれるなんてね。
それとね、これはあなたの家族皆の優しさよ。
皆あなたとはやてちゃんを愛しているから、恨まれたり、嫌われる事全てを覚悟して決断したの」
「……」
「匿うだけはしてあげるわ。蒼士さん、墨村家と雪村家、美守ちゃんに関係ある人が美守ちゃんを訪ねて来ても、知らないって追い返してあげてね」
「はい」
蒼士は、一礼すると音もなく部屋から出て行く。
居心地悪そうにしている恭也を尻目に、忍は美守を見据え、美守は視線を落としていた。
「はやてちゃんは一緒じゃないんだ」
「……はやてとどう話していいのかわからなくなったの。双子だと思ってたのに、違うって」
「一つ教えておいてあげるわ。
はやてちゃんが養子だとしても変わらないモノがあるのよ。
それはね」
忍が静かに美守に話していると、男の叫び声とともに、部屋の扉が開く。
一目で不機嫌とわかる良守が入ってきた。
どうしていいかわからないといった風にオロオロとした蒼士が良守の後ろをウロウロしていた。
良守は入って来るなり、部屋の中央に立っていた美守を見つけるやいなや、全力の平手を遠慮なくぶちかます。
避ける事も出来なかった美守は宙を飛び、忍達が席についている机の元へと地面を何度かバウンドしてぶつかる。
あまりの事に言葉を失い、固まってしまう忍と恭也。
美守はガタガタと震え、身を屈める。
「帰るぞ」
「い……いや、です」
「ぁあ? 帰るぞ!」
「い……嫌だ!! 皆嘘つきだもん」
良守は美守の言葉に答えることなく近づき、美守の髪を乱暴に掴みあげる。
逃げようともがく美守に構わず、良守は美守を引きずる。
「ちょっとあんた、待てよ」
見かねた恭也は、思わず良守の腕を掴む。
同じ年くらいの妹を持つ者として見ていられなかったのかもしれない。
もし、妹のなのはがこんな事になったとしたら? と想像してしまったから。
「関係ねーだろ! 黙ってろよ、家族の問題だ」
「こんなもの見せられて黙ってられる分けないだろ!」
「月村の当主……」
目線だけを忍へと向け、掴んでいないほうの手を握り、人差し指と中指を伸ばした状態を作る。
それだけで、忍には良守が何を言いたいのかわかった。
“異能者である事をこの男は知っているのか?”
答えはイエス。力強く首を縦に振る。
「誰かは知らないが、言っとくぞ。
俺もこの餓鬼んちょも異能者だ……月村の当主と一緒でな」
「だからなんなんですか。関係ないでしょう」
「異能者は力を制御しなければならない。
“力に振り回されず、使いこなさなければならない”
それに例外はない。わかってるか?」
「知ってるさ。それで忍がどんな苦労をしたのかもな」
「こいつに至っては、“ある程度”制御できましたじゃ許されねーんだよ。
“完璧”に制御しないと、この世は混乱しかねねえ。
月村の当主はあの場にいたんだから、覚えてるだろ?
三年前の夜を」
忍は美守が重傷を負った夜の出来事を思い出す。
牛機に喰われようとしていた所を救った後、母親である守美子は迷わず美守の首へ刃を降ろした。
美守へと届く一瞬前に、駆けつけた良守の結界によって止まったのだ。
内情を知らない忍には何を言っているのか理解しがたかったが、最後だけはわかった。
『このままこの子は死んでいた方が幸せなんだよ?』
『勝手に決めんな!』
『ならこの子は望む望まないに限らず、あんたはおろか、私すら……雪村の当主を遥かに超えるほど強くならなきゃならないよ』
『させてみせる……! 例え俺が恨まれようと、最強にしてみせるさ』
かつての記憶を思い返し、今現在の良守を見て、忍は気づいてしまう。
良守の行動は不器用なりの愛情表現でないのか。自分を超えてもらわなければ命を消される美守を強くするための行動。
自身を憎ませる事で、強くする。超えてやるという意識を生む為の行動なのではないか……。
その考えに至ってしまい、忍は動く事も言葉を出す事も出来なくなる。
良守は恭也に掴まれているのも構わずに、身を屈め目線を合わせる。
「俺達が嘘ついたか?」
「はやてと私が双子だって……」
「記憶を封印されてから一度でも、聞いたか?」
「……ない、けど!」
「俺達は一度も嘘なんてついてねーよ。記憶を封印してもらっただけだ
――よしなら、はやてを殺そう」
「え……?」
「心配すんな、頼めば完全に事故死となるような殺しをしてくれる奴がいる。
そいつにここに来る前に話し通してんだ。
お前が“うん”と言えば、実行してくれるさ。
ちょうど、今日は通院の日だしな。
間近で見てても、事故としか思えないから、お前が恐怖する必要も負い目を負う必要もねー。
――どうだ?」
良守の突然の提案に、全員思考が追いつきはしない。
良守の目は真剣そのもの。疑う余地は一切ない。
肯定の合図を貰えば、躊躇なしに実行してしまう。
「や……だ」
「気にしてんだろ? ならその種を消してやるよ。
遠慮すんな」
「やだ! はやてにそんなことさせない!!」
「実の妹じゃねーのにか?」
「はやては私の妹だもん!」
「血が繋がってねーのにか?」
「関係ないもん!」
表情を崩す良守。乱暴に掴んでいた髪を離し、少し乱暴に、けれども優しく美守の頭をなでる。
いつもの良守からは信じられない行動に、美守はキョトンとして、甘んじて受ける。
「それでいいんだよ。
ある程度の常識なんかはいるが、俺達異能者に常識ってのは鎖でしかねー。
世界ではどうだ……じゃなくて、お前がどうかって事だ」
ほら、立て。っと優しく促すと、立ち上がった美守と目線を合わせるように膝を突く。
「昨日の今日で混乱してるのはわかるが、それははやても一緒だ。
アイツもどうしていいかわからねーんだ。
付き添ってる父さんにも余所余所しいんだよ」
「行ってくる……はやての所に」
美守は全力で走り出し、部屋を飛び出していく。
その表情は明るく、晴れ晴れとしていた。
見送った良守は嬉しそうにため息をついて、立ち上がる。
「あの、良守さん。
なんで匿ってるって……?」
「氷浦の扱い考えろって。
“知らない”じゃなくて“いない”とか、氷浦に柔軟な対応させる命令与えるんだな。
美守いるか? って聞いたら、しらないって言ってたぞ。
執事のあいつが知らないわけねーだろ?」
じゃぁーなっと言って、静かに部屋を出て行く。
残された忍と恭也は、台風のように来て去っていった2人を見送るしかなかった。
海鳴大学病院のロビーで、診察を待つはやて。
いつもなら、付き添いの兄や父、祖父と楽しく話をして待っているのだが、今日は違う。
背を丸め本に視線を落とし、横に座る父に視線どころか、顔も向けようとはしない。
「ねぇ、はやて。いつものように本のお話しない……?」
「……はい。パ、お父さん」
いつものように“パパ”と言おうとしたが、真実を知ってしまったはやては言葉を呑み、丁寧に言い直す。
そんな行動に苦笑する父、修史は少しオドオドとしながらはやての肩を優しく叩く。
「気にしないでいいんだよ。皆そんな事気にしないよ。
皆これまで通り、優しいままだよ……ね?」
「はい」
一度として、顔を上げないはやてにこれ以上何を言っていいのかわからない、修史も黙るしかなくなる。
診察に呼ばれ、着いていくも変わらなかった。
担当医の石田医師の受け答えも暗く、いつもの明るい診察が嘘のようであった。
何の問題もなく診察を終えると、受付を済ませ病院の外へと足を運ぶ。
「……あ、あの。ありがとうございます。
お父さん」
何を言っても駄目なのかな……っと修史が諦め、車椅子を押していると、前方に見慣れた人物が息を切らしながら立っていた。
「美守……」
修史の言葉に、はやては初めて顔を上げる。
肩で息しながら、美守はゆっくりと近づく。
その表情は険しく、はやては父を同行させた事を怒っているのでは……っと思い、視線を落とす。
ただ単に、顔の右側が腫れ、かなりの距離を走って、余裕がないだけなのだが。
「あ、あの……ごめんなさい! みもり……さん」
精一杯謝ったつもりだった。
許してくれないまでも、怒られはしないだろうと、顔を上げたはやてに飛び込んできたのは美守の全力の右の平手。
ぁあ……許されないんだ。これで、最後に残ってた居場所が消えたんだ。
私はどこに行けばいいのかな……。
孤児院、いいとこかな……
――などと思慮を回していると、肩に美守の手が優しく乗る。
恐る恐る顔を上げると、美守の怒った表情が出迎える。
「ごめんなさい! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……みもり、さん」
「“みも姉”!! この呼び名は、はやてにしか許してないの!
――この、どの世界でもただ一人……はやてだけが呼んでいい名前なの。
はやて以外、誰が私みたいなのお姉さんって言ってくれるのよ……」
はやては、美守が怒っているのは、父を同行させたからではない。“美守さん”と呼んだ事に怒ったのだ。
それがわかっただけで、涙が溢れる。
いてもいいんだ、必要なんだと言われた気がして……。
美守は涙を流しながら、両手を差し伸べる。はやても同様に手を合わせる。
先ほど受けた平手で、はやては顔の左側、美守は右側がプックリと腫れていた。
まるで鏡のように2人は同じだった。
2人は、まるで昨日今日と起こった2人の世界を壊す程の出来事がなかったかのように、並んで家路を進む。
「ねぇ父さん! 私結界師になる!
皆の笑顔を守れるように兄さん達みたいに強く」
――TO BE CONTINUED
あとがき
どうも、まぁです。
今回、異能者のみの話となっており、ジュエルシード関連の話もない回となりました。
次回からはまた、ジュエルシード集めの話に戻っていきます。
では、短く堅苦しい感じですが、これにて失礼します。
まぁ!
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m