「蒼士さん!!」

 広大な森の中、髪を血のように紅く染めた月村すずかは高速で器用に木々を避けながら戦っていた。

 異能の力を解放した時に出る、真紅の髪。
 手には血を操作して作り出した鋭利な爪が作り出され、蒼士の透明な呪が作り出す刀を受け止め、いなす。

 呪の力を身体能力強化にも使っている蒼士を圧倒するほどのスピードを繰り出すも、すずかの攻撃が蒼士に当たる事はない。
 異能の力を使いこなしていないすずかの動きは読みやすく、戦闘に感情を一切持ち込まない蒼士には手に取るようにわかっているのだから。

 スピードによるかく乱が効果を見せないとわかると、正面から特攻をかけて手数で勝負をかける。
 しかし、見事な足さばきを繰り出され、まるで蒼士がいないところを狙って撃ち込んでいるかのようにも見えてくる。

 攻撃と攻撃の合間の一瞬の動きの静止を狙って蒼士が軽く攻撃を入れていく。
 一撃にダメージはさほどないが、かなりの数積み上げられ、足がガクガクと震えだす。

 荒い息とともに、動けなくなるのもそう遠くないと判断したすずかは、鋭利に尖った八重歯で左の手首を噛み切る。
 破裂した水道管から噴出する水のように吹き出る血を操作し、心臓を突き刺せば殺せそうなほど大きな杭状に血を形作る。

 ありったけの異能の力を入れた杭をゆっくりと歩み寄ってくる蒼士へと投げつける。

 血の杭に込められた異能の力の強大さに刀に込める呪の量を大幅に引き上げる。
 クレイモアを遥かに超える巨大さを持った刀からは込め切れていないのか、バチバチっと音を立てて呪が弾けていた。

 高速で飛んでくる血の杭が射程内に入ると、居合い抜き並の鋭さを持って切り裂く。

「まだまだこれからです!」

 すずかの力強い言葉と共に、すっぱりと切り裂かれた血の杭は弾けるように細かく分かれ、それぞれが矢のように蒼士を突き刺そうと伸びる。

 無数に襲ってくる血の矢を全て切り落とす事も出来たが、それよりも蒼士は防御を固め、やり過ごしてから止めを刺すことを選択する。
 刀へと回していた呪を今度は、防御用の身体全体に纏わせている呪へと送り込む。
 矢が狙っている所へと重点的に力を集中させる。

 血の矢が蒼士に届く事はなく、呪に阻まれ力を失い、地へと落ちる。

 その結果に少なからずショックを受けたすずかが動き始める前に、蒼士は全力ですずかとの距離を潰すと、蹴りで押し出し樹へと押し付ける。
 両手に呪の刀を作り出すと、躊躇なくすずかの胸と首へと突く。

「それまで! ……まだまだね、すずか」

 蒼士の後ろから聞こえてくる忍の声と共に、感情を捨てていた蒼士に少なくも感情が戻ってくる。
 すずかは、呪を操作し、首と胴体を避けるように形を変えた蒼士の刀に身動きが取れないなか、異能の力を抑えいつもの蒼の髪の色に戻る。

「でも……うまくなっ……はやかった」

「そうね、蒼士さん。でも、身体から離すと極端に力の維持は脆くなってるわ。
 ちゃんと練習しなさいよ。

 元来、私達の能力は射程範囲内にいる血を触れずに支配する能力なんだから」

 そう、600年続く夜の一族の異能である『血液支配能力』の力を使いこなす為の訓練は日に日に厳しくなっている。
 始めは治癒から始まり、血液を操作しての造形物の形成。支配した血液へのプログラム注入。

 など、幅の広い能力なだけに、その力を使いこなす苦労も人一倍だ。

 それ以上に忍が心配しているのは、すずかの優しすぎる気質だ。
 感情がいらないというわけではないが、事戦闘に関して言えば、ないに越した事はない。
 
 感情を乗せない事で、安定した高出力を得られ、感情に揺さぶられる事無く冷静に戦況を判断し行動できる。
 何より、優しすぎて情けをかけ、死ぬ事もある。

 そうなってほしくはない。っという忍の姉心がわからないのか、すずかの戦闘には感情がいやというほど乗っている。

 だから、すずかにも必ず訪れるであろう試練の前に、感情を乗せない戦い方を覚えてほしいと、蒼士と模擬戦をさせている。

 忍自身も、その戦い方が出来るようになったのは、4年ほど前からである。
 だから、導きたい。

 そう思いつつ、忍は汗だくになっているすずかを抱きしめる。

「おつかれ、すずか。

 早くシャワー浴びてお着替えしなさい。アリサちゃんとなのはちゃんが来るわよ」

「うん。蒼士さん、一緒に入りましょう!」

 笑顔で蒼士の手を握ったすずかは、有無を言わさずに屋敷へと帰っていく。


 それはまずいかな……っと苦笑しつつ、見送った忍は2人の着替えを持っていくようにメイドのファリンに告げる。
 ファリンは笑顔で答えると、足早に去っていく。

 風呂を上がった二人は笑顔で忍の元へとやってくる。

 すずかは可愛らしいフリルの着いた白の服を着て、蒼士は対照的に黒のTシャツで背中に『祭』とプリントされたものを着ていた。
 蒼士はすずかを送り届けると、スゥッと去り、日課の猫の世話へと向かう。


 蒼士はこの『祭』Tーシャツにはかなりの思い入れがあった。
 かつて、裏会の総帥直属の部隊で“参号”と呼ばれ、極秘任務にて暗躍してきた。
 そんな蒼士を裏会総帥は、烏森をめぐる騒動の折に墨村家へと出向させる。
 出向の折に、世話役から“氷浦蒼士”という名前を与えられた。

 しかし、その名前すら、蒼士は識別番号ぐらいにしか認識していなかった。

 出向先である墨村家の主夫の修史は、蒼士を下宿に来た子のようにえらく歓迎し、持てる全てを持って接した。
 興味がありそうな素振りを見せれば、全力で説明する。
 服を持っていないのを知ると、息子達のお下がりを、『祭』Tシャツを渡す。

 そんな修史によって、初めて蒼士は“人間らしさ”に触れた。
 この『祭』Tシャツは戦闘兵器としてではなく、人間として扱われた確かな証なのである。


 烏森騒動終結後、蒼士は墨村正守が率いる実行部隊“夜行”へと異動することになった。

 蒼士には抜群の身体能力と、防御、武器化、身体能力強化といった三種の用途に使用できる呪具現能力が備わっていた。


 元来、呪を纏うタイプの呪具現能力者はかなり強固なイメージが必要な為、一人一形態が基本とされている。
 刀なら刀のみ、影から伸びる触手なら触手のみ。

 蒼士と同じ呪具現系能力者曰く、

『呪のイメージを複数持つとなると、自我がまったく無い状態から特殊な訓練を積まなければならない。
 しかし能力者と発覚するには、ぼんやりとイメージが出来てきてからでしか無理なので、不可能』

 蒼士がそうした能力を持つに至った経緯は、悲惨なものであった。

 幼い頃に、精神支配能力を持つ者に記憶と自我を全て消去され、どこともわからない施設で日々訓練のみを行わされていた。
 そうして感情は欠落し、無表情で融通の利かない現在の蒼士となってしまった。


 蒼士の類まれな戦闘能力から、夜行の面々は戦闘班へと配属されると思っていた。
 しかし、正守が指示したのは意外な事であった。
 裏会の幹部ですら、口を出しにくい一族、“夜の一族”の当主の護衛。


 墨村家と雪村家が住いを置く海鳴市に住まうもう一つの異能者一族“月村家”の護衛任務。
 特に狙われているというわけでもなかったが、派遣を決めたのには正守の元へ来た当主のある願いからである。


 600年続く夜の一族の8歳の幼き当主月村忍より、正守もたらされた。

 強大すぎ制御できていない力が、これから生まれてくる大切な妹を傷つけてしまうから、力の制御の仕方を教えてほしい。

 広大な屋敷でメイド2人と寂しく暮らしている少女の寂しそうな瞳に、正守は何か感じたのであろう。
 蒼士の派遣を決定した。







 派遣された当初は、感情の欠落した蒼士と力の制御に苦しみ力に恐怖している忍が交流する事は少なかった。
 忍が力を暴走させれば、蒼士は例え傷つこうとも止めに来る。
 何度も何度も繰り返していくうちに、忍は蒼士に心を開いていく。

 暴走の制止以外では自由に行動させていたが、放っておくと蒼士は猫の昼寝を永遠とわき目も振らずに眺めていたり、一日中布団に包まり眠り続けていたりする。

 そんな蒼士を見かねた忍は、蒼士に自身の執事になるように指示をだす。
 妹も生まれるのに、蒼士一人だけ馴染んでいない状況が嫌だったから……。

 それに力を制御しきれない忍にとって、力を制御し三種も使い分けられる蒼士に憧れのような感情があったのかもしれない。
 以来、蒼士は忍の下校時には学校まで出向いたり、買い物に付き合ったりと一緒の時間を過ごす事が増えた。

 2人で異能の訓練をし、暴走すれば止めてもらう。
 友達のような、師弟のような、主従のような奇妙な関係だったが、2人は幸せに時間を過ごした。

 すずかが異能に目覚めた頃より、蒼士は忍専属の執事の任を解かれ、すずかの執事となった。

 蒼士はすずかにも、忍にしたように異能の力を制御する術を教えていく。

 訓練とはいえ一時間するかしないか程度で、ほとんどの時間を団欒に使われているが、蒼士に明らかな感情が表に出る事はない。
 微かに笑っていたり、悲しんでいたり、っと何年も一緒に過ごしていないとわからないぐらいの表現しかしない。

 そんな蒼士を疎むことなく、月村家の面々は優しく受け入れている。
 蒼士が笑えないなら、その分一緒にいる自分達が笑顔でいればいいと……。





魔法少女リリカルなのは×結界師
―ふたつの大樹は世界を揺らす―
第6話 「祭を背負う漢」
作者 まぁ





 とある暖かな日差し差し込む休日。
 なのはは楽しげに、先日計画が持ち上がった仲良し三人組でのお茶会への参加の為の準備をしていた。

 ジュエルシード集めの為、アリサとすずかと学校が終わった後遊ぶ事がなくなっていた為、2人が気遣って開いてくれたものである。
 そういう2人の意図には気づかず、なのははいつものお茶会だと楽しみに鼻歌を歌う。

「ご機嫌だね、なのは」
「うん! 今日はすずかちゃんのお家でお茶会なんだぁ。

 アリサちゃんも来るし……でも美守ちゃんは来ないんだよね」

「そうなんだ。あの子は異能者なの?」

「んー、どうだろ? 聞くに聞けないからなんとも言えないよね」

 などと、ご機嫌に話す2人。なのはは何回も鏡を覗き、髪を直し、お茶会が楽しみで仕方ないのが見ていて伝わってくる。
 ユーノは、ジュエルシードを集める


「なのは〜! そろそろバスの時間だぞ」

 恭也の呼びかけに、なのはは時計を確認し、時間がぎりぎりになっている事に気づき足早に階段を下りる。
 慌てて恭也の待つ居間まで駆け下り、美由希に抱かれているユーノを肩に乗せ、恭也に連れられて家を出る。

 バス停に着いたときに丁度バスも到着し、待たずに二人は乗車する。
 一人掛けの席に並んで座り、二人とも景色を眺めながら、それぞれの考えに落ちていく。

 恭也は先日の美守への虐待に近い仕打ちを平気で行った良守の事を考えていた。

 同じ妹のいる立場で何故そこまで非常になれるのかわからなかったからだ……。
 良守だからか?
 “力の制御”という事に拘っているようだったが、そこに何か原因があるのか?

 あれでは、美守がもう少し歳を重ねれば、憎しみを持つ事は間違いない。
 既に恐怖心が深く刻まれているのが一目でわかったから……。
 それでいいのか? 

 家族に恨まれるなんて、創造するだけでゾッとする。


 などと、考えを回すが、気分が悪くなりそうなのでやめた。

 前に座るなのはを見てみると、目を見開いて流れている景色の一点を凝視している。
 不思議に思った恭也は何気なく声をかける。

「どうした?」

 恭也の声に、ビクッと肩を跳ね上がらせながら顔を向けるなのは。
 恭也に目線を合わせながら、チラチラと窓の外を見て、凝視していた景色が見えなくなった事に気づくと、頭を傾けながら視線を戻す。

「ううん。なんでもないよ。お友達がいた気がしたんだ」

「そうか。そろそろ降りるぞ」

 うん! っと元気よく返事をすると、荷物を抱える。

(さっき神社の所で結界師さんが使ってた結界が空中にあった気がしたんだけど……ユーノ君見てない?)

 肩の上に乗るユーノに対して問いかけるが、帰ってきたのは見てないとの事。
 勘違いだったのかと、頭を悩ませながら、停車のボタンを鳴らす。

 降りたバス停の目の前に広がる森に沿って少し歩くと見えてくる広大な屋敷へと2人は入っていく。

 出迎えたのは、執事服を着た蒼士。
 無表情に用件を聞くと、無言で屋敷へと案内する。

 メイドのファリンとコリンになのはと恭也を任せると、蒼士は音も無く忽然と消える。

 忍は恭也を連れて自室へと楽しそうに入っていく。

「どうかしたの? 暗い目をして」

 いつもは隣り合わせに座るのに、何か感じたのか対面に座っていた。
 忍相手に隠し切れないな……っと苦笑をしつつ、恭也はバスでの考え事を話す。

 忍は軽く笑みをこぼすと、静かに恭也を見据える。

「あの人は、誰よりも優しいわ。
 恭也が言ったあのときまでは確信には至らなかったけどね。

 私は二年ほど前にあれよりもひどいものを数回見たわ」




 そう……それは蒼士を派遣してくれた正守からの願いだった。

 妹の修行をしたいので、月村邸の敷地にある森の一部を貸してほしい。っとの事だった。

 それぐらいお安い御用と使用を許可し、使う前に報せてくれとだけ伝えた。

 週に4回、夜の7時頃から2時間ほど使用された。
 その初日に、記憶を封印した美守がどうなったのかを見るのも含めて、気配を消しながら見学した。

 その内容たるや、想像を絶するものだった。

 自身を囲う結界を張らせた美守に対して、良守が身に纏うタイプの結界を纏い全力で横腹目掛けて蹴りを入れる。
 当然、実力で絶対的な上にいる良守の蹴りは美守の結界をぶち破り、勢いは一切殺される事無く美守の横腹にめり込む。

 腹に入れた夕食が全て地面へとぶちまけられる。
 全てを吐ききっても、横腹の痛みに蹲っている美守を、持ち上げると近くに生えている樹目掛けて全力で放り投げる。
 美守は結界を張って身を守る事も出来ずに、人形のように無残に激突する。

 ビクビクと痙攣して、不規則な息をしている美守に、冷たい目を落とした良守が静かに歩み寄る。

「立て」

 何度良守が言おうと、美守は反応せずに意識を飛ばそうとしていた。
 そうさえないように、良守は軽く身体を蹴り続けながら言い続ける。

「立て……“はやて”を殴るぞ?」

 良守の発言に“はやて”という単語が出た瞬間、美守はブルブルと震えながら立とうともがき続ける。
 しかし、立ち上がる前に力尽き、意識を失う。

 良守は意識を失った美守の身体に触れると、白く神々しい光を出し、2人を包み込む。

 2分ほど経つと、光は収まり、静かな寝息を立てる美守がそこにはいた。

 それを何度か繰り返して、静かに帰って行った。




「でもね、美守ちゃんが生きていられる条件ってこの前言ったとおりなのよ。
 力を完全制御できないと家族にも殺されるかもしれないの。

 良守さんの行動の根底には“美守ちゃんに生きてほしい”というのがあるのよ。
 例え、自分が憎まれ嫌われようともね」

 良守の行動の意味を聞かされた恭也は言葉をなくしてしまう。

 今度会ったとしたら謝らなければならないかもな……っとぼんやりと悩みを抱く。
 しかし、その悩みはすぐにどこかへと放り投げられる事になる。

 2人きりの時間が満足なものになっていないと、忍が席を立ち恭也の膝の上に座る。

「忍……?」

「ダメ?」

 小悪魔な笑みで色っぽさが含まれた声で甘く擦り寄っていく。
 恭也は自然と忍の肩を優しく抱き、先ほどまでの話がまるで始めからなかったかのような甘ったるい空間へとシフトする。

 そして、それは30分とせずにまたぶち壊される事になる。
 不安そうな表情を浮かべたアリサとすずかの来訪によって……。




 お茶会を楽しんでいる最中に完治したジュエルシード発動。
 どう2人を振り切って向かおうかと悩むなのはとユーノ。

 そこはフェレットになって約9年を迎えるユーノのナイスな機転によって2人だけで現場へと向かう事に成功する。

 ユーノの魔道広域結界により、ジュエルシードを発動させてしまったモノとなのは達のみの空間を作り出す。

 なのははバリアジャケットを装着しレイジングハートを構え、いつ襲われてもいいように警戒する。
 これまで何度か襲われた経験から、周囲への警戒を怠る事はしない。

 しかし、襲ってきたのは物体ではなく、奇妙な光景だった。
 森の木を遥かに超える巨大さになった子猫が現れたのだ。
 子猫は襲ってくる事も無く、木を玩具にじゃれていた。

 襲われる危険がないとわかった2人は、余裕をもって早期にジュエルシードを封印しようとレイジングハートを子猫に向ける。

「いくよ! ユーノ君」

 ユーノの力強い肯定を目視すると、なのはは子猫に向けて封印呪文をぶち込む為の力を溜めていく。

 力が溜まりきる前に、なのはの魔法よりも早く猫に撃ち込まれる魔法がなのはの目に映る。
 雷光のような黄色の光に電気が伴った3発の魔法弾が猫の足元に、土煙を上げながら突き刺さる。

 猫は突然の攻撃にバランスを崩し、大きな音を立てながら倒れる。
 痛みはないのか、倒れたところにあった木が気持ちよかったのか、猫は嬉しそうな声を上げながら身をモジモジとさせる。

「これは……魔法の光!?」

 ユーノの言葉になのはは、その魔法の光を出している人を見ようと 飛翔魔法を使用して飛び上がる。

 視認できるかと思われた瞬間に、先ほど猫に撃ち込まれたモノよりも小さな魔法弾がマシンガンのように連射されてくる。

『ワイドエリアプロテクション』

 今までなのはを守ってきたプロテクションの魔法を広域に張り、猫を守る。
 襲ってくる魔法弾が撃ち止み、なのははまっすぐに撃ち出されてきた方向を見据える。
 そこには、なのはと同じ年くらいの人形のように綺麗な少女が空中に浮いていた。

 腰にまで届きそうなほど伸びた輝きそうなほど綺麗な金髪をツインテールに括る人形のように綺麗な顔立ちの少女。
 手に持った杖状のデバイスは、斧を思わせる造形の黒光りするデバイスを持ち、黒のレオタードを元にしたであろうバリアジャケットを着用、腰に大き目の茶色のベルトを着けそこから左右対称に白の布が垂れ下がって際どいラインを隠していた。

 その少女の持つ綺麗な容姿よりも、なのはの意識の中を支配したのは、少女のどこか悲しげな表情だった。
 この場に来て、ジュエルシードを発動させた猫へ攻撃してきたことで、目的は明白だ。

 浮かんでくるのは、なぜジュエルシードを狙うのか? なぜそんな崩れ去りそうな悲しい表情をしているのか?……だった。


 話したい……初めて出会った魔法を使う同世代の女の子だから。
 聞く事で、何か変わるかもしれない。
 何か解決する手助けになれるかもしれない。

 私は……羽鳥さんのような、優しさを持った強い人になりたい!


「名前を……教えて」

「あなたもジュエルシードを集めてるの?」

「う……うん」

 なのはが問いかけたはずが、聞こえていないように少女は静かに強く問いかける。
 あまりに動じずに返された問いかけに、なのはは思わず返答する。

 そう……。っとだけ返答すると、少女は持っていたデバイスの斧の刃を開き、雷光の魔法光を刃にした鎌へとデバイスが変形する。
 ただそれだけで、邪魔するなら撃墜すると暗に示し、なのはへと宣戦布告する。

 なのはは目の前の少女から出される、邪魔するなら容赦は出来ないと冷たく伝わってくる緊張感に深呼吸し、緊張を解そうとする。

 その一瞬をつかれ、目の前の少女が高速移動し、なのはは少女が消えた錯覚に襲われる。

 再び、少女を視界に捕らえた時には、上空で少女は金色の魔法弾二発の生成を追え、一発を撃ち出した瞬間だった。

 不意をつかれたなのはは、咄嗟に出されたシールドでなんとか相殺する。
 しかし、少女の攻撃はそれだけでは終わらなかった。

 鎌となったデバイスでシールドを打ち消そうと、急降下し魔法光で構成された刃でシールドがぶつかる。

 1秒に満たない時間拮抗したが、ものの見事にシールドは打ち消され、図ったかのように破られた瞬間に、上空に生成された魔法弾が撃ち込まれる。
 見事に受けてしまったなのはは、ダメージで意識が飛ぶ。

「……ごめんね」

 離れゆく少女から微かに聞こえた声を最後になのはの意識は途切れる。







「……ごめんね」

 『お使い』と称して、親から言い渡される命令を受け、異世界から降り立った少女、フェイト・テスタロッサ。
 この世界に来る前から実戦を繰り返し、なのはを軽く凌駕する程の経験を持っている。

 対人戦闘もこなしており、敵と向き合ってから、意識を少しでも敵から外すという愚行は絶対にしない。
 それが死に……敗北に繋がると知っているから。

 地に落ちていくなのはを見ていた瞳は、再び巨大化した猫へと注がれた。
 先ほど攻撃を加えたにもかかわらず、嬉しそうに鳴き、気持ち良さそうに寝転んでいる。

 フェイトは静かに封印の手順を踏んでいく。

 無事ジュエルシードを封印したフェイトは、手に入れた蒼い宝石を手に取ると、先程までの悲しげな表情ではなく、薄っすらと笑みを浮かべ大切そうに見つめる。
 数秒見つめると、デバイスであるバルディッシュに収める。

 今日のところは、無事確保できたと、気を緩める。

 しかし、気づいてはいなかった。

 ――なのはが落ちた地点にいない事を。

 仕方なかったとはいえ、傷つけてしまったなのはへの謝罪を込めて視線を向けると、そこになのははいなかった。
 倒し損ねたのか……っと焦るフェイトは地上まで降りてなのはを探す。
 キョロキョロと周囲をうかがっているフェイトを狙う刃が気配を消して音もなく、後ろから飛び掛ってくる影。






 それは音も気配も無く襲ってきた。
 なのはを倒し損ねたと思い、焦り視線を周囲に泳がせていたフェイトには気づけなかった。。
 バルディッシュがインテリジェンスデバイスでなければ、フェイトは胴で真っ二つになっていただろう。

 黄色の光が結ぶ魔法防壁が鋭く振り抜かれた透明な呪が形成する刃を防いだのだ。

 襲撃に気づいたフェイトは、何があっても対応できる距離まで全力で下がる。
 襲われた地点を見ると、そこにはフードを被り、マフラーで鼻までを隠しボロボロのマントを羽織る男が力みなく構えていた。

「この家への襲撃は……排除する」

「あなたは……?」

「……参号」

 蒼士は正体がバレないように変装している時に名乗るかつての識別番号“参号”を名乗り、呪を身体全体へと纏う。

 フェイトは蒼士の姿を確認した瞬間に、ドッと背中に汗が噴出す。
 恐怖に浸っている暇も無いほど、目の前の蒼士が出す威圧感に押されていた。
 異能者との戦闘もこれが初めてではなく、数えるほどだがこなしてきたその経験からみても、蒼士の実力は計り知れない。

 目的を果たしたフェイトは、逃げに徹するか戦いに集中するかを迷っていた。
 蒼士はまるでフェイトの心を見透かしたように、特攻を掛ける。

 襲ってきた蒼士の呪で形成された刃に包まれた右手をバルディッシュで受け止め、サンダースマッシャーっで威嚇して後退させようと魔力を集中させる。
 しかし、蒼士の第2撃の方が早い。
 バルディッシュと鍔迫り合いになっている右手ではなく、空いてる左手をフェイトの横腹に向ける。
 バチっと微かな音が立つと、透明な光が右手の呪と同じように刃を形成し、まっすぐに横腹目掛けて伸びてくる。

『ディフェンサ』

 刃が届こうかという一瞬前、バルディッシュの自動詠唱によりバリアが張られる。
 バリアを多用しての戦闘を得意としていないフェイトのバリアは、さほど強度は無く、ほどなく打ち破られる。
 その事を理解しているフェイトは鍔迫り合いを止め、後退する。

 後退した瞬間フェイトの顔があったところへ、蒼士の蹴りがぶち込まれる。
 後退していくフェイトにも届く風圧に、フェイトは止まろうと思っていた地点よりも更に後退する。

「この人……強い」

 それ以上になんだ……?
 このヒヤリとする感覚。

 相手の感情が一切伝わってこない。

 これまでの異能者戦では、どれも相手は激情と共に戦っていた。
 力を揮える喜び、拘束しようとする自分への怒り、また力を揮わなければならない悲しみ……。
 そうした激情からは隙が生まれやすく、そこを利用して勝利を収めてこれた。

 しかし、蒼士にはそれが一切ない。
 隙もなければ呼吸を読む事もできない。

 持てる力全てを注ぎ込んでも、勝てるのか……? っとフェイトの中で嫌な考えが浮かぶ。
 負ける事はおろか、傷つき行動できなくなる事も避けなければならないフェイトは、蒼士と自身の間にサンダースマッシャーを打ち込み、土煙をあげさえ、一目散に逃げる。

 蒼士はフェイトが去ったのを確認すると、呪を解除し、ジュエルシードから開放され眠りに落ちる子猫を抱え、気絶するなのはの方へゆっくりと近づいていく。

 子猫を被っていたニット帽の中へ入れ、マントをなのはに賭けると抱き上げ、その腹に猫を入れたニット帽を載せる。
 そして、揺らさないように屋敷へと帰っていく。









 目覚めたなのはは、自身がベッドの中で眠らされている事に気づき、フェイトに負けた事実が刻み込まれる。

 初の魔導師との戦闘とはいえ、自身がやる事全てが通用しなかった。
 かわされ、遠距離での魔法弾を撃ち込まれた。

 自分が強くなりたい、優しさを持った強さを持ちたいと思った矢先なのに……。
 自分が何もできない事だけを心に刻まれてしまった。

 自分が強くないから……彼女を止めるだけの力がないから、名前すら教えてもらえない。

(ユーノ君……私って弱いね)

 答えあぐねたユーノは何も返答できなかった。

 魔法と出会って一ヶ月弱で、“砲撃スタイル”というレアなスタイルを身につけてしまう。
 それだけで才能溢れている。
 しかし、完封されてしまったなのはには何を言ってもその心には届かない。

 ユーノには沈黙する事しか出来なかった。


 ベッドの周りには、なのはを心配する友や兄たちがいた。
 涙が浮かびそうになるのを必死に抑え、必死に森の中で気絶した理由をでっちあげようとした。
 しかし、なのはよりも早く声を出した者がいた。

「蒼士さん、なのはちゃんが気絶するところ見た?」

「……はい。こけて……動かなかった」

 忍の問いかけに蒼士はゆっくりと答えていく。

 その結果、なのはがでっちあげることなく、理由がついてしまった。

 森でユーノを探し回り、石に躓いて転び、気絶した。


 蒼士の優しさなのかはわからない。だが、それを否定できない虚しさがなのはを侵食する。


 強くなりたいから、強くならなければ……っとなのはの心に静かに闘志が燃え始めていた。







 ――TO BE CONTINUED







  どうも、まぁです。

 ほんと、あとがき書く事がなくて困っていまぁす。

 進んで行く原作(結界師の方)をワクワクしながら読んで、これ使いたいな……などと妄想しています。

 なので、結界術関連は、比較的に取り込んでいくと思います。



 では、短く内容もないあとがきでしたが、これからもどうぞお付き合いください。



  まぁ!



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