「ディバインバスター!!」
「飛べ、黒羽」

 夕闇に染まる街中に張った魔道広域結界の中で、なのはと刃鳥美希は空中戦を繰り広げて飛び回る。
 といっても、美希は(ひぐらし)と呼ばれる呪具現系能力者が作り出した羽で羽ばたいているのに乗っている。
 蜩は黄土色の長髪の男で、夜行に所属しておらず美希自身に付き従う男である。
 長年コンビを組んでいるからこそ出来る阿吽の呼吸によって、かなりあるスピード差を覆して、空戦においてなのはを翻弄する。
 なのはが直射型の砲撃を撃ち出せば、蜩がヒラリと避け美希が黒羽を大量に撃ち込む。

 建物の影をうまく利用し、なのはに気づかれる事なく移動する美希を捕まえようとなのはが高度を上げると、なのはが美希を見つける前に黒羽を撃ち込みつつ、高度を上げ近接戦闘へともつれ込ませようと動く。

 操作できる魔法“ディバインシューター”を操り、美希の進行を止めようと足掻く。
 事実、ディバインシューターを撃ち出した瞬間、美希の進行は止まり、縦横無尽に襲ってくるディバインシューター迎撃に意識を移していた。

 美希は蜩の背で反転し、蜩が前を美希が後ろを向き、ほぼ全方面を2人でカバーする。
 美希が見える範囲に入れば黒羽で、蜩が危険を察知すれば、“美希様”っとだけ言って避ける。

 蜩が旋回をしているうちは、余裕を持ってディバインシューターを操作していたが、美希がまた迎撃に転じた時に、なのはは攻勢から防衛に回らせられる。
 ディバインシューターを自分と美希とを繋いだ線上を通した事で、美希は撃退と撃墜を同時にこなす機会を与えてしまう。

 油断したなのはは、ギリギリで飛び上がりなんとか無傷でやり過ごす。

 追い込んだつもりが、攻防が終わってしまえばギリギリに追い込まれたのはなのは。
 何がいけなかったのか? っと思考が生まれるが、そんな考えに浸って何度美希に敗北したかわからないほどあったので、一旦心にしまい込む。

 また2人は旋回しながら遠距離での攻防に戻る。

 なのはが撃てば、美希が避けて撃ち込む。
 美希が撃てば、なのはが防いで反撃する。

 それが数度繰り返された後、なのはが撃ち込んだディバインバスターを撃ち込んだ時、美希は上空へと飛び上がる。
 夜の空に変わろうとしている背景に美希が薄っすらと同化して、視認しにくくなのはは目を凝らす。

 プロテクションを張りつつ、かすかに見える美希に照準を合わせる。
 しかし、なのはが照準を合わせた位置とは少し離れたところから、高速で降下してくる影が目の端に映る。
 それを美希だと察知したなのはは照準をそちらへと合わせる。

 照準を合わせないようにジグザグに旋回される。
 照準を合わせようと意識を集中していると、突然下へとベクトルが向いた衝撃がなのはを襲う。

 なのはが身体についた違和感に目をやると、旋回していたはずの美希が、なのはの脚を握ってぶら下がり、黒羽の発射体制に入っていた。
 既にプロテクションの効果範囲の内側に持ってこられた黒羽を防ぐ術など、今のなのはには存在しない。

 上空でなのはが美希を見失ったのを確認すると、蜩と上空で別れて蜩に目晦ましさせるために先に降下させた。
 なのはが照準を合わせようとすると、その場所に留まり移動は二の次にする癖を見抜いて奇襲に出たのだ。

 見事その奇襲がはまり、なのはを負かす事に成功する。

「……これまでのようですね」

 美希は言葉と共に、戦闘態勢を解き、地上へと降りる。
 なのはは、残念そうにため息を着きながら後を追う。


 フェイトに撃墜された日の夜、意を決したなのはは美希へと電話を掛け1つの願いを告げた。

「強くなりたいから、手を貸してほしください」

 その声の強さになのはの決意を汲み取った美希は仕事がない日の夕方辺りになのはと数戦模擬戦を繰り返す。
 最初は戦闘経験豊かな美希に圧倒され、五分と持たずに撃墜されていた。
 なのはは自分自身で、自分が負けた原因を思い返しそれを克服しつつ模擬戦を繰り返す。

 一週間もせず、数えて10戦ほどだったがなのはの成長は著しく、戦闘中に意識を反らす愚は犯さなくなる。


「慣れてきたみたいですね。甘い部分はまだまだありますが」

「ありがとうございます。もう一戦お願いしていいですか?」

「喜んで……っと言いたいところですが、これから用事があるので今日はこれまでですね」

「そうですか……あの、次はいつできますか?」

 2人は次の模擬戦の日程調整に話を始める。
 美希はこれから旅行へ出かけ、戻るのが日曜の夜になるが、それから直行で仕事があるので水曜日までは空かない。
 なのはも、日曜日までは旅行で、水曜日には塾があるために、次の日の木曜日の放課後で決着がついた。

 日程調整も終わると、今まで静観していたユーノが結界を解く。





魔法少女リリカルなのは×結界師
―ふたつの大樹は世界を揺らす―
第7話 「異誕者と出会う少女」
作者 まぁ






「では、おじいさん、父さん、良守。

 いってきます」

 夕方の墨村家の玄関で、正守と羽鳥美希、美守とはやてが黒の和服姿で並んでいた。

 年に数回美守達は、正守の部隊“夜行”の本部へお泊りをしている。
 美守の身体に刻みこまれた紋の修復と、はやての下半身の麻痺を直す為に治癒能力者から治癒を受ける為である。
 今回は美守の背中にある傷の治療も含めている。

 美守たち2人はこのお泊りが大好きで楽しみで仕方ないく、待ち焦がれている。
 夜行の本部に行けば、異能者の子供達がいるので、異能を思う存分に使える。

 なによりも2人が……はやてが楽しみにしているのは、物体操作系の能力者である操からの半日だけのプレゼントである。
 バスタオル等の長い布をはやての足に巻き、腰で括る。
 そうしてその布を操作し、まるではやてが歩いてるという、小さな小さな……しかし、2人にとってはかけがえのないプレゼントをもらえるからだ。

「みも姉〜鬼ごっこ皆でしよ」
「うん。ほら」

 屋敷内で同世代の子供達と異能抜きで鬼ごっこを始めると、2人は手を繋いで鬼に見つからないように逃げる。

 何回か鬼を体験したところで、呪刻師(じゅこくし)である染木文弥(そめぎふみや) が、2人を呼ぶ。

 美守は紋の修復と治癒、はやては治癒に呼ばれ、それぞれが部屋に入っていく。

「みも姉、またね」
「うん、はやて、またね」

 はやてが部屋に入ると、アルビノの双子が布団の前に無言無表情で座っていた。

 はやては敷かれた布団に寝転ぶと、足に巻いていた布が双子に取られる。
 双子ははやての足に手をかざし、異能を開放していく。
 暖かな光に包まれるはやては、ゆっくりと眠気に襲われ、眠りについていく。


 しかし、この治癒が効果があるわけではない。
 はやての下半身麻痺は現代医療で原因不明とされ、小学校に上がる前にはずっとこの治癒を受け続けたが、効果は見えないまま終わった。

 気休め程度でしかない治癒行為にも、はやては文句も後ろめたい気持ちを持つ事はない。
 兄の優しさに嬉しくて仕方なかった。
 裏会幹部で、家に帰ってこない事が多いが、こうして自分のためにしてくれているのを感じると自然と笑みが出てくる。
 もし、墨村家が拾ってくれず、どこかの施設で過ごしている自分も、どこかの平行世界にはいるのだろうか……? などと考えながら夢の世界へと落ちていく。




「やぁ、美守ちゃん。髪伸びたね」

「うん。もう少しで母さんみたいになるはずなんだ」

「そっか、楽しみだね。ホラ、こっちおいで」

 文弥は笑顔で美守を布団の上に呼び込む。
 布団の上に立った美守は、なんの躊躇もなしに服を全部脱ぎ捨てる。

 文弥は美守の体中に刻まれた紋を凝視していく。

 美守が5歳の折に、正守の母より依頼され、“とある呪”を少女の体中に刻んだ。
 羽鳥の左腕のタトゥのような呪も文弥が刻んだ。
 夜行をはじめ、所々でかなりの術者として名を通している文弥の仕事は完璧に近い。

「う〜ん。やっぱり、紋が一部焼き切れるように消えてるね。

 まぁ、頭領から聞いてたとおりだね」

 文弥は、呪刻に必要な墨を指につけると、一気に表情が激変する。
 目を見開き、不気味な笑みの口元。
 完全に近寄りがたくなった文弥にも動じずに立つ。

 修復は1時間程で終わり、力を使った文弥は、大量の汗と荒い息を立てて、崩れるように座る。

「いやぁ、やっぱり美守ちゃんには呪が乗りにくいよね。
 人とか生物、自然物にはそんな事なかったのにな……。

 まぁ、無事終わったからいいか」

 服を着る美守を見ながら、文弥はう〜んっと首をひねる。
 先程言ったように、文弥が呪を刻みにくい存在はいくつもない。

 既に呪が掛けられた存在、呪具など、先を越された時に限っていたはず。
 などと考えるも、
 まぁ、乗る事は乗るからいいか……っと墨を落としに、部屋を出る。


 修復と治癒を終わらせた美守とはやてはまた落ち合い、美守の式神にはやてが乗り、いつものように散歩を始める。

「ねぇ、みも姉。明日はどこの温泉いくんやろな?」

「どこなんだろね。正守お兄ちゃんいつも教えてくれないから……」

 夜行お泊りの次の日には、海鳴市周辺の温泉に一泊して帰る事になっている。
 毎回その温泉は変わり、次はどんな所なのか考えるのが、夜行本部の夜の過ごし方の1つとなっている。

 部屋に帰れば、夜行の子供達がトランプを持って待っていたりするから、寝るのがかなり遅くなったりする。
 正守と美希はそれを容認し、2人の思い出を楽しくしてほしいと見守っていた。
 夜行の子供達もそれを知っているのか、ここぞとばかりに夜更かしを楽しんでいた。

 こうして、夜は更けていく。







 週末の郊外を走る二台の車。
 中には、高町一家、月村家一同、アリサ・バニングスが乗車している。

 前の車両には高町夫妻と、月村家のメイドと執事。
 後ろの車には高町家の子供達と月村家とアリサが乗車。

 合計11人の目的地は、郊外の山奥にある温泉宿。
 自然豊かな宿であり、休暇を楽しむにはもってこいの場所である。

 宿に近づくに連れて子供達のテンションは上がり、楽しそうな声が車内に響く。
 それを嬉しそうに眺めながら運転する忍は、前の車の車内が予想通りなのに、苦笑もしていた。

 前の車両の後部座席に座る蒼士は横の窓から一点凝視で流れる景色を眺めている。
 メイドのファリンとコリンが頑張って話しかけているようにも見えるが、その度に蒼士はゆっくりと振り返り、静かに答えている。
 前の車内の話し声が聞こえたら、声を出して笑いそうだと、助手席に座る恭也と話していた。

 宿へのチェックインを終えると、男部屋と女部屋に分かれて荷物を下ろす。
 なのは達は早速浴衣に着替えると、旅館の探検に出かけた。

 土産コーナーにゲームコーナーを周り、お風呂に呼びに来た忍達に付き添い一緒に風呂へと向かう。

 ちょうど風呂への入り口で、正守に抱えられたはやてと美希とはち合わせる。
 正守ははやてを美希に渡すとスタスタと男湯へと入っていく。

「っあ! 羽鳥さん……っと美守ちゃん、じゃない?」

「ん? 高町さんですか。この子は美守ちゃんの双子の妹ですよ」

「そう……なんですか」

 なら、なんで美守と一緒に学校にいないんだろう……? っと口から出ようかと言うとき、美希から先に答えがもたらされる。

「ちょっと事情があって学校をお休みさせてもらってるだけで一応籍はおいてますよ」

「そう……なんですか。美守ちゃんは?」

「あぁ……あの子は、ちょっと温泉には入らないって遊んでいます」

「そやで。みも姉はこの時間は入らへんからなぁ。
 っあ、うちははやて。墨村はやてです。っね? すずかちゃん」

「うん! 偶然だね、はやてちゃん」

 満面の笑みではやての前に立つすずかははやてと楽しそうにおしゃべりを始めようとしていた。
 っが、忍と美希の先導によって少女達は風呂へと入っていく。







 美守は風呂へ向かうはやて達と別れて、旅館の庭から自然豊かな森の中へと消えていった。
 一緒にいこうか? っと言ってくれた正守に断りを入れ、走っている。


 強くなりたい。
 はやてを護る為に、非常な現実に打ち勝つ為に。

 記憶が戻ってから美守は、結界術を使いこなす為の修行に力を入れている。
 夜の見回り任務中も、感知を斑尾に任せ、指南書に記された事を試したり、術の基礎を繰り返し続ける。

 効果はすぐには上がらないが、美守はようやく自身の決意によって結界師の道を、強くなる為の道を駆け上がる決意をしたのだ。


 森の中で結界を足場にし、文字通り飛び回るように森の中を縦横無尽に駆け回る。

「はぁあ、背中の傷まだ消えないから入れないっていたいな……」

 まぁ、呪が刻まれているから、これからもずっとそうなのは変わらないけどね。っと心の中で毒ずくと、苦笑をこぼし広めに張った結界の上で寝転ぶ。
 暖かな木漏れ日とそよ風を受け、気持ちよく目を瞑る。
 それまで走って温まった体の火照りを気持ちよく冷ましてくれて、美守はスヤスヤと軽く眠りへと入る。

 10分とせずに目を覚まし、また走るかと勢いよく起き上がった瞬間に、美守はあるはずのない方向から視線を感じ取る。

 いや、正確には眠りに落ちる前から薄っすらと感じていたはずの視線。
 あるはずがないかと眠りに落ちたのだ。自分をどうこうしようといった気配を感じなかったので無視できたから……。

 しかし、今は確実に感じる。
 突然追いあがったのに驚いてか、少し怯えた風な気配で美守に届く。

 振り向くと、木の枝に立つバルディッシュを持った黒いワンピースを着たフェイトが立ってこちらに視線を送っている。

「「あ……」」

 美守は異能を使っているところを見られ、フェイトはバルディッシュを持っているところを見られていた事を思い出し声を出す。


 なんて綺麗な人形みたいな子なんだろう……。
 儚くて、触ってしまったら壊れてしまいそうに綺麗だ。
 その儚い表情がさらにそう見せてるのかな?


 なんて意思の強そうな瞳なんだろう……。
 漆黒の長髪も、全てが綺麗。
 綺麗で……吸い込まれてしまいそう。


「あなた……異能者?」

「うん。

 そういうあなたは魔法使いさん?」

「……うん」

「そうなんだ! ありがとね!
 私のお姉さんみたいな人から聞いてたんだ。

 “私の庭”に散らばった変な蒼い宝石を集めてくれてる魔法使いの女の子がいるって!
 ちょっと色々あって動けない事が多かったから……ごめんね。
 でも、記憶が戻ってからずっと会ってお礼をしたいと思ってたんだ」

 美守は満面の笑みでフェイトに手を伸ばして、結界の上に招く。

 あまりの笑みにフェイトは思わず、招かれる。

「私は美守。墨村美守よ。

 名前はなんて言うの? お礼を言わせて」

「あ……え……フェイト……。

 フェイト・テスタロッサ」

「ありがとね、フェイト」

 美守は手を取ったフェイトを引き寄せると、嬉しさを抑えられないのか思い切り抱きしめる。
 フェイトはどうしていいかわからずに、身体を硬直させて手をぎこちなく泳がせて、時が過ぎるのを待っている。

 美守は満足したのか、フェイトを離す。
 そして、また寝転ぶ。

「ねぇ、一緒にお昼寝しない? 夕飯まで暇なんだよね」

「え……でも」

 突然の提案に困惑の表情で見下ろすも、美守は既に眠りへと落ちようかとしていた。
 その顔はとても安らかで、少しフェイトに眠ってみたいと思わせる魅力を持っていた。

 少し遠慮がちに寝転んだフェイトは、今まで見た事もない、木漏れ日指す景色に見惚れながらゆっくりと眠りへと落ちていく。

 夢の世界へと落ちようかという時、フェイトに抱きつく美守。
 突然の事に、またフェイトは固まる。
 初めて感じる人肌の温かさ。寝息のくすぐったさ。
 否応なく上がる動悸と熱に、フェイトは昼寝どころではなくなってしまう。

 美守には、眠ると隣に寝ている人に抱きつく癖を持っている。
 今回も例に漏れず、フェイトが餌食となる。

 一時間か二時間が過ぎた頃、美守はゆっくりと目を覚ます。
 そして、今抱きついているのがフェイトであると気づく。

 フェイトは緊張疲れからか、スヤスヤと寝息を立てていた。
 その寝顔のかわいさからか、美守は優しくフェイトを抱き寄せる。
 抱かれている事に気づいたのか、モジモジとしながら身体を丸める。
 2人が目覚めたのは、日が暮れかけた夕方になってからだ。


 2人は、話し込む事もなく別れようと立ち上がる。

「……さようなら」

「違うよっ! どうせ夜の街でまた会うんだから。

 “またね”フェイト」

 美守は手を上げて結界から飛び降りると、物凄いスピードで去っていく。
 結界に残されたフェイトは、戸惑いながら見送る。
 
「また……ね」

 フェイトは美守が見えなくなってから、静かに呟き、また森の中へと消えていく。







「みも姉! 遅いで」

 長い昼寝を終えた美守が部屋に帰ると、部屋にはなのは、すずか、アリサがはやてと楽しそうにトランプに興じている。
 あー、フェイトと昼寝しててよかったな……などと考えていると全員が手招きして加わるようにと催促を向ける。

 それを受けつつ、美守は正守の元へと行って耳打ちする。

『どうだった?』

「今日は少ないらしいから、今の時間はいないってさ。友達来てるけど、どうする?」

『いく』

 耳打ちを終えると、美守は未だゲーム途中のはやてを連れてお風呂へと向かう。
 突然、メンバーを連れ去られたなのは達はポカーンっと呆けてしまう。

「ごめんね、あの子は人がいないときにしか入れないから……。今日は俺達を含めて三組しか宿泊してないから、ゆっくり入らせたいんだ。

 美希に部屋まで送らせるよ」

 正守は苦笑しつつ、なのは達に謝ると、片付けはしておくからっと3人を部屋から送り出す。
 誰もいなくなった部屋で正守は、友達を作ろうとしなかった自分とは違い、友達がいる妹達を羨ましくも微笑ましく思いながら、散らかったトランプを片付ける。

 自身に出なかった方印が、物心ついた時に生まれた弟に出てから感じ続けていた劣等感。
 人並み外れた幼い頃よりの理解力と負けん気が、正守を結界術を極める道へと進ませた。
 方印が出ずとも、烏森を……そこに住まう人たちを守りたい。

 いや、過去に誰ともしれない者達が勝手に決めた仕来りなどに縛られる事を嫌い、それを潰したかった。
 裏会の幹部“十二人会”に入ろうと、そこから頂上まで上り詰めようと必死になるも、それは変わらない。

 方印が出てしまった弟と妹を解放したかった。
 外の世界を教えたい。

 そう思って連れてきた温泉宿で見れた、美守とはやての友達。

 邪魔をしないようにっと微笑ましく見ていたが、嬉しさのあまり涙が出そうだった……。





 温泉に辿り着いた美守とはやて。
 中に誰もいない事を確認すると、勢い良く温泉へと入っていく。

 毎回、温泉宿に来るとこうして人のいない時に美守は入っている。
 人目に触れさせたくない肌の美守にとって、それが苦痛なのか、気にも留めていないのか、正守にも美希にも、誰にもわからない。

 ただただ笑顔の美守とはやてがいてくれる事に救われているのかもしれない。

 元々この温泉旅行を計画したのは、美守とはやてがお風呂が大好きで長時間入っていたので、外の世界を知るきっかけにと決めたのが始まり。
 小さい頃は、タオルを巻いて美希に抱いてもらい、他の人から見えないようにしてもらっていたが、大きくなった今では出来ない。

「ねぇ、はやて! 魔法使いにあったんだよ。さっき」
「っ!? ホンマおるんや!」
「うん。綺麗な子だったよ。今度紹介するね」
「楽しみやわぁ……ん?」

 2人楽しくおしゃべりをしていると、脱衣所から物音が聞こえてくる。
 美希が来たのかと、声を掛けようかと思った瞬間、女の子達の声とそれを静止しようとする美希の声が聞こえてくる。

 はやての危機感溢れる呼び声に、美守は急いで湯船から上がると、付属のサウナへと向かう。
 はやては自身に巻いていたタオルを美守へと渡すと、サウナから一番離れた場所へと手のみを使って移動する。
 せめて美守が隠れている場所から注意を反らそうという小さな小さな仕掛け。

 美希の制止を振り切って入ってきたのは、なのは達3人。
 美守が入っているならっと、美希から逃げる形で入ってきたのだ。
 なんとか止めようとした美希も、1人ではどうにもならずに遅れて入ってくる。

「あれ? 美守ちゃんいない……はやてちゃんはいるのに」
「うん……どうしたんだろう」
「ちょっとちょっとはやて! 美守はどうしたのよ?」

「ん……っと、ちょっと……な」

 答えに困るはやてを見て、隠れたのか……っと思い至った3人の行動は早かった。
 唯一隠れれる場所であるサウナ室へと足を伸ばす。
 両腕を広げて静止しに来た美希を三者三様に避けて、扉まで辿り着く。

 3人が開けようと手を伸ばした瞬間、内側から勢い良く扉が開く。
 中からは、いつも異常に目が釣りあがった美守が出てくる。タオルを巻いて胸から下を隠し、もう一枚羽織るようにして首から下を隠している。
 そのあまりにもサウナに入る風の格好では、お風呂に入る格好ではない美守に対して、そんなのとりなさいよっと言おうと息を吸う。

 しかし、その声が発せられる前に、美守からたった一言だけ言葉が出る。

「どけ」

 3人が今まで生きて記憶している中でも聞いた事もないような怒気と拒絶で練りあがった暗い声。
 思わず3人は道を空けてしまう。
 スタスタと目線を合わせる事無く、美守は歩いていく。

「っちょ……っちょっとまちなさいよ!」

 アリサがなんとか搾り出した声にも、美守は振り返る事はない。
 まるで聞こえていないかのような清清しい無視。
 それで闘争本能に火がついたのか、アリサが食って掛かる。

「無視するなんて友達を何だと思ってるのよ! せめてそんなタオル羽織るのやめなさいよ!」

「……うるさいよ、お前」

 怒涛のように出した声と共に、アリサは美守の羽織るタオルへと手をかけていた。
 そして、剥ごうと力を入れる。

「離せよ……」

 タオルが剥がされないようにと持っている手とは反対の手が、拳になっている事に気づいた美希は急いで2人の間に入る。
 アリサからタオルを引き剥がすと、美守のバリケードになるように身体を入れる。

「美守ちゃん、行って」

 美守は美希への礼の言葉もなく、視線を寄越す事すらなく脱衣所へと消えていく。
 たった一瞬脱衣所へ消えていく瞬間に、なのは達は見た気がした。
 美守の横顔がまるで泣いているかのように……。

 脱衣所で浴衣を着る事無く、美守は脱衣所からも去っていく。

「ごめんなさいね……あの子、肌をさらせないもので」

 心より申し訳ないと、美希が3人に深く頭を下げると、はやてを抱いて風呂場から上がっていく。

 残された3人は、まだ踏み込んではいけないところまでズカズカっと踏み込んだのかもしれない……っと少し暗くなる。
 湯船に浸かり、反省していると忍が呼びに来て3人も去っていく。







「美守ちゃんはっと……」

 はやての身体を拭き、浴衣に身を包んだ美希はどこかへ去っていった美守を探しながら部屋へと戻っていく。

「みも姉、きっと上やわ……」
「上……ですか?」
「うん。みも姉、落ち込んだり泣いたりすると空の上に行くって言ってた」
「なら、頭領に任せるとしますか」
「やね、うちも空飛べたらいいねんけど」

 少し落ち込み気味のはやては、正守に全て話して、美守を連れて戻ってくれるように頼む。
 そんなこといいよっと笑顔で受けると、正守も空へと上がっていく。

 正守が美守を見つけた時には、かなり高い位置まで上がっており、夜景の光を頼りにすれば海鳴市が見れる高度まで来ている。

「ケンカしたんだってね、友達と」

「友達なんかじゃ……友達なんかじゃ……」

「そうかい。でも、もう少し仲良くすれば、皆受け入れてくれると思うよ。その身体も……ね」

「……」

「恨んでくれていい。考案したのは母さんだけど、実行させたのは俺だ。
 美守がそれでどれだけ制限されるとも知ってな。ごめんな……。

 こんな事でしかお前を守る事が出来ない不出来な兄で」

「違うの……違うの正守兄ちゃん。

 怖かった。怖くて怖くて……もう、学校で話してくれなくなると思って」

 泣きじゃくる美守を優しく抱きしめる。
 墨村家が美守に課した重たい運命に、美守に恨まれていると思っていたが、そんな事は片鱗も見えてこない。
 三年間、友達の話題が見えてこなかった美守がようやく出来た友達に嫌われたくない一心だった。

 いつか、紋も消せる日がくるのか……背中の傷も消せるのか……いや、消してやりたい。
 正守は、美守が泣き止むまで抱きしめ続ける。

 ようやく泣き止んだのは、半時が過ぎたあたりである。

「ねぇ正守兄ちゃん……。

 はやてや皆と一緒にお風呂に入れるときっていつか来るかな……?」

「あぁ、必ず来るさ。

 いや、絶対に来させてやるさ。

 さぁ、降りようか。はやてが待ってるぞ」

「うん!」

 そういうと、美守はなんの躊躇もなく地面に着地したら即死間違いない高度から飛び降りる。
 正守は焦る事無く、ゆっくりと後に続く。

 2人とも、地面に着く前に結界をクッションに勢いを殺して着地する。
 正守は長年の修行により得た経験により、美守は天性の感によって結界の軟度を操作する。
 2人の着地に差はほとんどないが、美守は勢いが完全に相殺した位置が地面で、まるでCGの映像を見ているようだった。

(やはり、力に対する勘は良守以上か……恐ろしいやら、頼もしいやら)

 正守と美守は2人並んで部屋へと帰っていく。






 ――TO BE CONTINUED






  あとがき

 どうも、まぁです。

 定期更新と言っていたのに、この様ですよ……。

 遅筆な上に、色々とリアル事情が立て込みまして……なんて言い訳はおいておくとして、
 ごめんなさい orz

 次の投稿からは少し間を空けて更新していきたいと思います。
 できるだけ三月には一区切りつけたいと思います。

 どうぞ、これからもお付き合いください。


   まぁ!



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