蜈蚣
「蜈蚣、周囲を警戒しつつ旋回していろ」
正守は宿泊している旅館の上空にて、部下の蜈蚣に指示を出し飛び降りる。
「黒姫、生存者を洗い出してくれ。」
黒姫と呼ばれた宙を泳ぐ黒い鯉は、返事をするかのように口をパクパクっとすると急降下して地面へと潜る。黒姫が潜った地点はまるで水面かのように波紋を生み出す。
自由落下している正守は地面に直撃する寸前で結界をクッション代わりにして衝撃を殺し、何事もなかったかのように着地する。
正守は目を静かにつぶり、“影”と呼んでいる液体を思わせる結界を旅館の敷地全体に広げる。数秒とせず地面が水面のように波だって黒姫が飛び上がってくる。
パクパクっと口を正守の耳元ですると、黒姫は波立った地面へと潜るように消える。
「月村の当主と美守はこっちか」
正守は足早に黒姫が教えてきた方向へと急ぐ。
森の中に残された数箇所の戦闘跡を超えると、ボロボロになった蒼士と、クタクタで地面にへたり込む忍、黒装束の美守に覆いかぶさるように倒れるすずかが、集まっている場所へと出る。
「敵はどうされました? 月村の当主」
「半数以上殲滅させましたが、率いていた2人に逃げられたました」
「死体は全てこちらで処理させてもらいましょう」
「はい、お願いしますね」
正守は忍との会話を終わらせると、携帯を掛けて上空に待機している蜈蚣を呼ぶ。
大きく禍々しい蜈蚣が上空から降り立ち、白髪の女性と男性が静かに下りてくる。
「それじゃぁ、2人とも。蒼士君と当主の治癒に当たってくれ」
指示を出すと、正守は倒れている美守とすずかの元へと歩み寄る。
美守は顔の半分が酷い虐待にでもあったかのごとく醜く腫れあがり、苦しそうに息をしている。
その上に倒れるすずかは、限界を超えて力を行使したためか、安らかな寝息を立てている。
「2人とも旅館に運んであげてくれませんか、正守さん」
「もちろん。また後日、今回の件について教えてください。」
「それはもちろん。しかし、悔しいですね……“ヤドリギ”で仕留めれなかったのは」
「それほどに強敵でしたか?」
「まぁなんというか、言い訳ですけど……完全に対策がされてましたね」
月村家で現在最強を誇る忍の最も攻撃的で残虐な技“ヤドリキ”を行使しながら、無傷で逃げられてしまった。
忍の、“夜の一族”月村家の『血液支配能力』は、形状には術者のイメージで形成するが、効果には術者が入力したプログラムによって変化する柔軟で幅のある能力である。
例えば、血を鎌にして闘う場合には、血に“硬化”“形状維持”“血液増加”のプログラムを注入している。
ヤドリギには、“硬化”“形状変化”“血液増加”“任意方向へのホーミング”“他人の血液に反応してホーミング”“吸血”の6つのプログラムを入力している。
入力するプログラムの複雑さ、数によって忍の負荷が高まり使用に制限がついていく。
“ヤドリギ”とは異能の力を注ぎ込んだ血を球体状に凝縮させ、敵付近に射出した後に球体から、予め入力された方向へと樹のように伸びて、敵の血に反応してさらに枝のように細かい針が敵を串刺しにする。
その技の限界範囲である10mの中に入るようにと、2発撃ち込んでも枝が反応せずに逃げられてしまった。
実戦で初めて使用したので、入力したプログラムのミスかと思っていたが何かが違う。
“他人の血液に反応してのホーミング”のプログラムのみが発動しない。
必殺を自負しながらも、仕留め切れなかった悔しさを噛み殺しつつ、ぎこちない笑顔を作る。
「蒼士さんが相手したのも、蒼士さんの古巣の可能性があります」
「調べてみましょう。しばらく事を起こさないようにお願いしますね、月村の当主」
「りょーかいです。ちょっと血を吸わせてもらえません? もう足んなくて足んなくて」
笑い声が漏れ出てくる忍は、吸いたい気持ちが抑え切れず八重歯が鋭く尖る。
正守は苦笑を漏らしつつ、抱えた2人をおこさないように静かに歩みだす。
「遠慮させてもらいますよ、月村の当主」
「“夜の一族”の当主としての命令でも?」
「こんなおじさんでいいのかい? 今式神がお相手を呼びに行ってるよ、忍ちゃん」
恭也が友達という事は恭也と出会った辺りで正守に言った事はあったが、恋仲だという事がバレていたか……。隠す関係ではないが、何か恥ずかしさを覚え、忍は苦笑し天を仰ぐ。
大好きな歳の離れたお兄さんに知られどこかムズムズするような感覚に、忍は去っていく正守を直視する事は出来なかった。
魔法少女リリカルなのは×結界師
―ふたつの大樹は世界を揺らす―
第10話 「幼き意地」
作者 まぁ
「おはよ〜、すずかちゃん。……アリサちゃんは今日も休み?」
旅行後、三日目を過ぎ、旅の余韻も抜けようかという中で、アリサ・バニングスは家に引き篭もってしまっている。
旅館を襲った妖混じり型の異能者。異形がアリサ達を襲い、それに応戦し圧勝した親友のメイド達。一生掛かっても出会う事はないであろう超非日常。
何も知らない幼いアリサには強烈なトラウマとなって刻まれたとしても不思議ではない。
外の世界への恐怖がアリサを家の中、部屋の中へと閉じ込める鎖となり、学校を休んでいる。
心配したすずかとなのはがメールを入れれば、時間を置いて短く返ってくる。
しかし、電話を掛けるとでてはくれない。
家の方へと赴くも会ってはくれないので、2人は少しの間刺激しないように静観を決める。
同様に美守も学校を休んでいるが、担任の雪村時音から『高熱の為の休み』との説明で特に気にはとめなかった。
「そういえばなのはちゃん、今日はバスに乗ってこなかったね」
「うん、ちょっと用事が……ね」
なのはは思い出す、今朝美守の兄正守に連れられて学校へ登校した事を。
旅館襲撃の夜、美守の姿を見たか? っという質問を投げかけてきた時以外は優しくなのはの話を聞いてくれた。
正守はなのはに美希の上司として裏会で働いており、異能者である事を隠さずに話す。
美守の事を心配しているのが節々から感じ取られ、学校ではうまくやっているのか? っと控え目に聞いてきたりといいお兄さんだなっとなのはは微笑む。
さすがに授業中ほとんど寝ているとは言えないので、なのはは最近毎日お弁当を一緒に食べていると伝える。
安心した正守は児童達が登校している校門前までなのはを送り届けると、帰っていった。
なのはが少し回想に浸っていると、チャイムが鳴り響く。
「そうなんだ、なのはちゃんまでお休みかなって不安だったんだ」
「ごめんね。メール入れてたらよかったね」
「はぁい、皆! 授業始めるよ〜」
綺麗な黒髪をポニーに縛り、明るい表情と声で生徒達に声を掛ける。
「えっと、今日も残念なんだけど、バニングスさんと墨村さんはお休みです」
なのはは、少し寂しそうに空いている美守の席を数秒眺め、授業へと意識を移す。
一時間目、二時間目、三時間目っと授業をこなしていく。
もうすぐお弁当だと、少し気分が浮かれ気味になった四時間目、閉まっている扉が大きく音を立てて開かれる。
顔に半分包帯を巻き、肩を大きく上下させ、既に意識が朦朧としており、フラフラと席へと千鳥足で歩いていく。
あまりの遅さと危うさに、すずかとなのはが助けに駆けつける。美守は補助が入ったのにも気づかずに歩みを止めない。
なんとか席に着くと、教科書を力なく取り出すと身体をフラフラとさせながら教科書へと視線を落とす。
危うさを感じた時音は美守の元へと駆けつけ声を掛けるも、美守は力なく肯定の発言を返すのみ。
「我慢出来なくなったら、教えてね。すぐに保健室に連れて行くからね」
「……うん」
これ以上問いかけても何も変わらないかと時音が諦め、立ち上がり教壇へと向かう。
美守を気遣いつつ、授業を進めていく。
美守が席に着き、10分が経とうかという時、大きな着地音が教室に響く。
「美守ちゃん!!」
なのはの悲鳴にも似た大声と共に、クラスメイト全員が騒ぎ出す。
時音が騒ぎ出した子供達を掻き分けて倒れて地面に崩れ落ちた美守を抱きかかえる。
「皆! 静かに自習しててね」
時音は、子供達が落ち着くのを待たずに教室を飛び出す。美守を心配したすずかとなのはは時音の後を追う。
なのは達が保健室に辿り着いた時には、美守はベットへと寝かされ、綺麗に布団が掛けられていた。
時音は保険の先生から意識を失っているだけと聞いて、安心したのか腰が砕けたように地面にへたり込む。
少し時間が経って後を追ってきたなのは達に気づいた時音は、美守は大丈夫だと告げると、ゆっくりと立ち上がってなのは達を連れて教室へと向かう。
騒ぎを収め再開された授業を進める時音は、どこかソワソワしている。
なのは達も、同様で時間が過ぎるのをソワソワと待っていた。
昼休みになるとなのはとすずかはいつもと違い、教室で弁当を大急ぎで食べると保健室へと急ぐ。
道中で保健の先生とすれ違い、美守が静かに眠っていると聞き、安心し少し落ち着いて保健室へと向かう。
ドアを開けようと、取っ手に手を掛けると中から優しげな男の声が聞こえ、なのは達は止まる。
「……れに似たんだろな、こんな無茶しやがって。でもちゃんとお姉さんしてるんだな。時音が連絡入れたから、美希さんすっ飛んでくるけど……まぁ、そのお姉さん根性に免じて下校時間まではいらしてやるよ」
「……ニィニィ……?」
「ほんと、寝ぼけてたら昔の甘えん坊に戻るな、お前は」
「ニィニィ、ケーキ食べたい……お城の」
「あぁ、作ってやるよ。とびっきりのをな。お前やはやてだけだったら食べきれないやつをな。今日は早く帰れるからそれまで寝てろ」
ガラガラっと声の男が椅子から立ち上がった音を聞き、なのは達は壁に張り付いて息を殺す。
静かに足音が近づき、なのは達の緊張が高まる。
「許してあげてね……」
「バーカ、お前が許してもらうんだよ。美希さんにな」
苦笑とともにドアが開かれ、出てきたのは墨村良守。美守と同じようにキツメの目元と、いい言い方で無造作ヘアーな20代の男でゆったりとした服装に身を包む。
廊下に出るとともに、壁に張り付いているなのは達に気づいて視線を送る。
冷や汗を垂らしながら良守が去るのを待つも、良守は動かない。
数秒のみだったが、なのは達にはそれ以上に長く感じたのだろう。身体が耐えれずプルプルと震えていた。
そんな2人を見て、良守は苦笑しつつ歩き始める。すれ違い様に良守は少し乱暴に頭を撫でて去っていく。
小学校の前、美希は鬼のような形相ながら瞳は涙で潤んでいる。
まるで戦にでも赴くような気迫に、通り過ぎる通行者は距離を開けて足早に去っていく。
周りの白い視線にも動じない美希は、大きく息を吸ってから大きく一歩を踏み出そうと脚を上げる。
「ちょっと待ってください、副長」
振り返るとスーツ姿の部下、バンダナをし人の心を見透かすかのようなどこか信用ならない目をした男、細波が飄々とした表情で美希に声を掛ける。諜報部主任で、夜行創設時より正守を影からサポートしてきた正守にとってはジョーカーのような存在。。
「どうしたんですか……? 細波さん。長期任務でここにはこれないはずですが」
「急遽呼び戻されたんですよ。頭領がそうとう怒ってて、探りを入れろっとね」
「それでなぜ私に姿を?」
「伝言ですよ。頭領の妹さんを連れて帰らないようにっとの事です」
細波は伝言を伝えると、さきほどまで話していた美希をまるで他人のように視界に留めず、去っていく。
諜報員と長く話すのは得策ではないと美希もわかっており、先ほどの会話がなかったかのように校舎を見据える。
もう一度気合をいれると、美希は静かに歩き始める。
美守が眠っているであろう保健室へと足を運ぶ。
ドアの前に立つと、中から少女2人の声が聞こえる。その声がなのはとすずかのモノであると容易に理解できた美希は静かに部屋へと入っていく。
美希の姿を確認した2人は少し気まずそうに寝転ぶ美守へと視線を向ける。
美守も美希の存在に気づき、ゆっくりと体を起こす。表情は既におぼろげで意識があるのかも疑わしい美守は、自分が大丈夫であると言いたいかのように薄っすらと不気味に笑う。
それを見たなのは達は背筋をゾクッとさせ、美希の表情は厳しく引き締まる。
「なぜこんな無茶を……?」
「……学校、に来……ただけだよ」
「その身体でですか? 立っている事も出来ないのに」
「でも、学校……あるもん。いかなくちゃ、はやて、いけないもん」
美守の言い訳を聞いていた美希は、左のビンタを美守の右頬へと放つ。激怒しているわけではなく、悲しみ涙しているかのような表情で美守見つめる。
突然の出来事に、なのはとすずかは声も出せず見ているしかなかった。ビンタを受けた美守は何が起きたのか理解できずピクリとも動けない。
「どうして……どうしてあなたは、あなた達は心配する人達の事を顧みないで無茶ばかりするの!! いつも、いつもそう。無闇に危険に飛び込んで……。それがどれだけ私達を苦しめるかわからないの!? はやてちゃん、あなたが出ていてからずっと泣いてるのよ? あなたがそんな無茶したって誰も喜ばないのよ……。
――少しは待っている人達の事も考えてよ」
泣きながら叫ぶ美希に、美守は自然と涙が頬を伝う。
ゆっくりと崩れ落ちながら、「ごめんなさい」っとかすかな声を出す。
枕に着地した美守はまるで死んだかと思うほど静かな寝息と共に動かない。
「すみません……取り乱してしまって」
涙を拭いた美希は、静かに頭を下げて部屋から退出する。嵐のようにやってきて去っていった美希になのは達は言葉もなく見送る。
夜、海鳴の街には会社帰りのサラリーマン、夜の街で遊ぶ若者が行き交っている。そんな街中に誰にも気づかれる事なく存在する半球上の結界。誰もが気づかずに通り過ぎていく。
そんな結界の中、白と黒の少女が激戦を繰り広げる。
白のバリアジャケットに身を包む高町なのは。
黒のバリアジャケットに身を包むフェイト・テスタロッサ。
自分達の得意とする距離で攻撃を放っていくが、フェイトの表情は鬼気迫っている。容赦のない蹴り、魔法がなのはを圧倒する。アウトレンジへと逃げるなのはを高速で追い、アークセイバーでなのはの退路を限定する。
「っく! は、話を聞いてよ!」
「邪魔をしないで……もう誰も殺したくないの。もう……」
なのはの問いかけには一切耳を貸さず、フェイトはグッと歯を食いしばる。そうしていないと、涙が溢れてしまいそうで……。
無邪気な笑顔で自分の事を友達と言ってくれた墨村美守を殺してしまったから。
そう……確かに感じた。使い魔のアルフの拳が美守の骨を打ち抜いた感覚を。
その時はなんとも感じなかった。でも、冷静に思い返してみると、確実に死に至る感触だった。
その瞬間からだ、胸がギュギュっと締め付けられたのは……。何をしても、何もしなくても、美守の笑顔が浮かんでくる。出会って間もない私を“友達”って呼んでくれた。
あんなにも綺麗な笑顔で私を見てくれた。
あんなにも綺麗な声で私の名前を呼んでくれた。
あんなにも心地よい体温を感じさせてくれた。
それなのに……私が弱いから。戸惑ったから。美守を殺してしまった。
だから、もう
――手加減なんて、躊躇なんてしない。
鬼気迫るフェイトに気圧されているなのはは満足な反撃を撃てないでいる。
劣勢を覆す奇策も、実力もないなのははすでにボロボロ。肩で息をし、バリアジャケットは所々破けている。
初めて闘った時よりも、圧倒されてる。ここまで実力が開いているの……?
それにこの子が出してるあの感じ……何かに追い詰められてる? 助けてって言ってるみたい。
なら、私の声を届けるんだ!
声が届けば分かり合えるよ、きっと!
なのはも決意を決め、迫り来るフェイトに集中する。
しかし、高速で動き回るフェイトを目でも追いきれない。
その隙を逃さず、フェイトはバルディッシュを全力で振りかぶり、振りぬく。
レイジングハートで受け止めたものの、吹き飛ばされビルへと直撃してしまう。
痛みから醒めフェイトを探すと、フェイトはジュエルシードをバルディッシュに収めはじめていた。
なのはは間に合わないと知りながら、全速で飛ぶ。
高速で流れる景色の中に、黒く跳び上がる影が一瞬視線の端に移る。
ばっと視線を移すと、見覚えのある透明な立方体の結界が目に写る。
「良守さん!?」
視線を影に反らしていたから、なのはは気づけなかった。自分の移動線上に張られた間流結界の存在に……。
目の前に張られた結界の存在に気づけなかったなのはは結界に衝突し、その衝撃に意識をもぎ取られ地面へと落ちていく。
なのはの落下を魔法で受け止め駆け寄ったユーノは、逃げていくフェイトとアルフ、そして視認するまでその存在を感知出来なかった黒い服に身を包んだ男を見送る。
自分が発掘したロストロギア……ジュエルシード。異世界にばら撒いてしまい、それを回収する困難だけど、なのはという才能溢れる協力者も出来てなんとかなりそうだったのに……。
ジュエルシードを狙ってきた正体不明の魔道師。制御しきれないと言われてきた異能の力を制御する存在の存在。
強大になっていく敵にユーノは不安に刈られ、気を失い眠っているなのはを見つめる。
「やったねぇ! フェイト。これで4個めだね」
「……うん」
「それに今日のフェイト、一段とすごかったねぇ」
「……もう、誰にも邪魔をさせないから」
「その歳でその決意……話を聞かせてもらいたいね」
たった2人だけの空間だと安堵していた2人の後ろから届いた男の落ち着いた声。
振り返ると、デコに三日月状の傷がある坊主頭をした漆黒の着物に身を包んだ男が立っていた。
その男は墨村正守。
町に貼られた魔法による結界を、視認してからずっと内の様子を伺いつつ、フェイトとの接触の機会を待っていた。
そして、逃げるフェイトを結界を足場にしつつ上空まで音もなく追ってきたのだ。
ジュエルシードを手に入れて緩んでいたつもりはない。結界を出てすぐの上空にいたから、周囲への警戒も怠っていなかったつもりだ。
しかし、なんだこの男は……気配が一切なかった。
なんで目と鼻の先に飄々と立っているんだ。ここは雲の真上なんだぞ?!
2人が逃げる事も闘う事も選択する前に、正守は間流結界で3人を覆う。
光が少し遮断されているのか、結界内と周囲は少し暗い。
結界内と周囲を薄暗くしているのは、正守から出された“影”と呼ばれる粘液状の結界の仕業。
正守の“影”によって、正守は結界が相手に感知されなくても、感覚に『正守がこの空間を支配している』事を伝える。
感覚的に伝わってきた威圧感に対抗するように2人は、戦闘態勢を取る。
しかし、正守は自然体で只立っている。
「“話を聞かせて”っとは言ったけど、お願いじゃないよ。
――命令だ」
言葉と共に放たれた正守の威圧的なオーラに、2人は呑まれ攻撃に移る事が出来ない。
指一本動かすことすら至難。
闘争本能すら掻き消された2人は、静かに語り始めるしかなかった。
伏せれる情報は全て伏せ、ジュエルシードをなぜ集めているのか、なぜなのはと交戦しているのかをフェイトは語る。
「先日、あの温泉にも君達はいたんだよね? その時、黒装束の女の子を見なかったかい?」
正守の言葉に、2人はやっと理解する。正守がなぜ自分達と接触してきたのかを。
美守殺害の犯人を捜しているんだということを。
これは罰なんだ。いつか受けなくてはいけないものなんだ……っと、フェイトが正守の問いに答えようと息をゆっくりと吸い込む。
「わたしが」
「知らないね! うちらはそんなのに気を取られてる暇はないんだ」
フェイトの決意を遮ったのは、アルフ。美守を殺したのが自分達と伝え、目の前の正守と戦闘になったとして勝てるのか。生き残ってジュエルシード集めを続けていけるのか。
っという問いで、“NO”が出たためである。
これほど圧倒的な威圧感を放つ男が生半可な強さのわけがない。そして、容赦はしてくれないだろう。
数秒の沈黙の後、口元を緩めた正守は先ほどまで出していた威圧感を収める。
「そうか。すまないね、怖がらせてしまって。はやく、集め終わるといいね」
フェイト達の足場を新たに作った正守は、囲んでいた結界を解く。そして、優しげに手を振る。
安堵のため息が出つつ、フェイトとアルフは去っていく。
フェイト達が去った事を確認した正守は、静かにため息を吐く。
「読めたな? 細波」
「ええ、ファンタジーがかなり入ってるとしか思えませんがね」
「夜行へ帰るぞ」
雲の陰に隠れた位置に張られた結界に乗った細波は正守の問いに答え、姿を現す。
およそ仲間に向ける威圧とは思えないほどのどす黒いオーラを放つ正守は細波の答えを待たずに地面へと降り、細波をつれて町を去っていく。
「しかしいいんですか、頭領? 妹さんが生きてるってあの子に言ってあげなくて……罪の意識でいっぱいでしたよ」
「ああ。ちょっとしたおしおきみたいなものだ」
ひどいな……っと苦笑する細波は、黒い着物を着こなす正守の後ろを微妙に距離を開けてひっそりと歩く。
能力の特性から夜行の諜報班主任を任されており、あまり表に出てはいけない人物でましてや、所属している組織の頭と並んでいるところを見られる事すら、これからの活動に支障をきたしかねない。
町から出て、誰も通らないような山道に差し掛かると、2人は道路から反れて山の中へと入っていく。
2人が少し開けた場所へ出ると、そこには真っ黒な服に身を包む蜈蚣が、呪力を形作らせた巨大なムカデの化け物をの上にゆったりと座って待っていた。
「お疲れ様です、頭領、細波さん」
「夜行まで急いでくれ」
乗り込んだ正守が蜈蚣に指示を出し、ムカデの化け物は空中へと飛翔し、あっという間に空の上へと昇り目的地へと進む。
夜行の本拠地がもうすぐそこという程、進んだころに突然正守の携帯に着信が入る。
画面を見てみると、実家からの着信。
何事かと思いつつ、冷静に正守は電話に出る。
『兄貴! 今どこにいる!? ちょっとまずい事になってんだ』
「今、夜行の本拠地だ。どうした?」
『さっき、月村の……えっと、当主が、治療のために美守に注いだ血を抜きに来たんだけど。
――美守が脱走してた。誰に似たんだか、無茶ばかりしやがる』
「そうか……はやてと一緒にいたんじゃないのか?」
『ちょうど美希さんと風呂に入ってたみたいで。さっき探知用の結界で町中探索したんだけど、何か変なんだ。美守の気配はあるのに場所がわからねーんだ』
「そうか……。すまないがおまえたちで解決してくれないか。今から重要な案件について動かないといけないんだ。終わったらまた電話をかける」
正守は電話を切ると、ふぅっとため息をついて苦笑をこぼす。
次から次に問題が起こっている現状が、何か巨大で取り返しのつかない事態の予兆に思えてならない。
一抹の不安を秘めつつ、正守は夜行の本拠地へと入っていく。
――TO BE CONTINUED
あとがき
どうも、まぁです。
少し遅れましたが、第十話を投稿しました。
最近、趣味にかまけて投稿できず申し訳ないです ;x;
もしよろしければ、拍手やコメントをいただければ幸いです。
拍手やコメントを頂けるようになってから、これらは創作意欲の重要な燃料なのだと気づきました。
まだまだ未熟な部分が多々あるかと思いますが、暖かい目でお付き合いください。
では、また次のお話で……。
まぁ!
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m