Fate/BattleRoyal
15部分:第十一幕

第十一幕


 「君が私に助けを求めしマスターか?」
隻眼の男にそう問われた奈緒はただただ、唖然としながら思わず、首を縦に振り頷く。
マスターと言うのはともかく、助けを求めたと言うのは事実なのだから。すると、男は一つしかない眼を瞑り静かに言う。
「よかろう、これで盟約は結ばれた。このサーヴァント・ライダー、これよりは君の剣と成り、盾と成って護る事を誓おう」
その言葉に奈緒は場違いながらも頬に朱が差した。このライダーと名乗った男の顔立ちがかなり、整っていると言うのもあるが、何より彼の声が力強く心から護ると言ってくれていると分かったからだった。
一方、先程の召喚の余波で後ろに吹き飛ばされた龍之介は頭を抱えて立ち上がる。
「いてて・・・何だって言うんだよ?まったく・・てっ!お前誰?つーか何してんだよ!?」
ライダーが奈緒の縄を解いているのを見て取り叫ぶとライダーは淡々と言った。
「何をしているも何も見ての通り、私のマスターを解放しているのだが」
「駄目だよ!その娘は人間パイプオルガンの材料にするんだから!」
「“人間パイプオルガン”?何を言っているのか分からんが、この惨状と何か関係があるのか?」
龍之介の言葉にライダーは眉を顰めて辺りに積まれた人間の残骸を見る。それに対し龍之介は急に饒舌となって語り出す。
「ああ、それはパイプオルガンを作る為に掻き集めた材料なんだけど、なかなか、上手くいかなくってさぁ。腸を引き吊り出して釘で打ち付けてそれを叩く事で鍵盤にしようかと思ったんだけど・・・それだと皆、同じ個所を叩いても同じ呻き声は出さないんだよ・・・その他にも色々と工夫しているんだけど、見ての通りてんで駄目で・・・だから、その娘は主に装飾に使おうと思っているんだ〜♪」
まるで、普通に工芸品を作るかのように構想を嬉々として話す龍之介に奈緒は一層、怯えを強くする。
この青年は良心の呵責や罪の意識などこれっぽちも感じてはいない。ただ、当たり前のように人間を材料だと言い、その感性を疑う事なく自分の趣向を只管に満たそうとしている。その狂気と言える青年の存在に奈緒はただただ、恐怖した。
一方、ライダーはそんな彼女を背にして龍之介を鋭い隻眼で射貫く。龍之介はその鋭い一瞥に珍しく怖気づいた。生物的な本能と言うべきであろうか。眼の前に立つ隻眼の男からは今までに感じた事がない程のオーラを感じていた。これは人間である自分などが太刀打ちできる相手などでは決してない。
すると、龍之介の隣に居たギョロ眼の男・・・キャスターことジル・ド・レェが前に出る。
「貴様は何者なるや?誰の許しを得て我が聖堂に入った?」
その問いに対しライダーは呆れたように言葉を繋げる。
「それは愚問と言うべき問いだな。この身は貴様と同じサーヴァントにして敵以外の何だと言うのだ?それから、もう一つ言わせてもらうが、ここが“聖堂”だと?ここの場合は“魔窟”と言う言葉がどう考えても適当だと私は思うが?」
「黙れッ、匹夫めがッ!我が神聖なる工房に土足で踏み入った挙句に神聖なる贄を掠め取ろうとは、なんと盗人猛々しい事か!」
その言葉にライダーはますます嘆息をついて言う。
「見た所、人攫いを生業としている貴様らに言われたくはないな。ともあれ、私のマスターは連れて行く」
それだけ言ってライダーは奈緒をお姫様抱っこの形で抱き上げ、その場を去ろうとする。龍之介はそれにハッとなって阻止しようと駆け出す。
「ちょっと待てってッ!だから、その娘は―――!」
と言いかけて、その先は一振りの剣を眼前に突き立てられた事で止まる。奈緒を右手で抱えつつ、左手で剣を抜いたライダーは隻眼に怒気をチラつかせて龍之介の言葉を継ぐ形で言う。
()()()()()()だ。それ以上、近寄れば敵対行動と見なす。それからもう一つ言っておくが、次に貴様らと相見える事があれば必ず、討つ。それを忘れるな」
静かだが圧倒的な気魄が籠った声に龍之介はヘナヘナと膝を突くしかなかった。だが、ジル・ド・レェはそのまま黙りはしなかった。
「オノレッ!オノレッ!オノレエエエエッ!!このまま見す見す行かせてなるものかアアアアアッ!」
そう言って彼は己の宝具『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』を開帳し、夥しい数のヒトデのような怪魔を召喚しライダーと奈緒を囲む。
奈緒はその余りにおぞまし過ぎる姿の怪異達に奈緒は卒倒してしまう。一方、ライダーはあくまで冷静な顔で呟く。
「召喚魔術・・・こいつキャスターか。しかし、この数は手間だな。気は進まんが、止むを得んか・・・」
そうして左手に持った剣を床に突き立てる。すると、そこから魔法陣が発現し、そこから巨大な黒い戦象が召喚され、工房その物を破壊する。全長が900センチメートルはあるかと言う威容を誇った戦象で収まるには手狭なジル・ド・レェの工房を突き破ってしまった。
「オノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレエエエエエエェッ!!!」
ジル・ド・レェは自らの“聖堂”を破壊された事に怒り狂い、怪魔の一群をライダーに差し向ける。すると、ライダーは奈緒を伴い戦象の背に乗り、そんな怪魔達の群れを一切の躊躇いも容赦もなく踏み潰して行く。しかし、踏み潰した後から怪魔達は湯水のように湧き上がり向かって来る。
「フフフフ・・我が怪魔達は自らの血肉を魔力に還元する事で無限に召喚される。つまりぃ・・貴様はどの道、我が怪魔に虫食いにされる運命と言うわけだあああああッ!!」
ジル・ド・レェは狂気の形相で嘲るとライダーはふむと答えて・・・
「成程・・・鮮血が召喚の引き金と言うわけか。ならば―――!」
ライダーは戦象と共に上空へと飛び上がった。ジル・ド・レェは何を!?と言わんばかりに上空を見上げる。すると、飛び上がった戦象は雷と暴風を伴い急スピードで落下して来る。
「灰塵と帰せ・・・『降り立つ嵐雷の慈悲(バアル・バルカス・ミセリコルディア)』ッ!!」
戦象が怪魔が蠢く地上に落下した瞬間、凄まじい嵐雷が巻き起こり、怪魔達を工房諸共、塵一つ残さず一掃した。






















ここ・・どこ?

奈緒はいつの間にか、また、見た所もない場所にいた。いや、いたと言うより見ていた・・・
雪が降る険しい山脈を多くの戦象を伴った古代の兵装をした大部隊が行進している。険しい山道に凍える酷寒、疲労・・・途中で多くの者が倒れて逝った。それでも彼はこの軍勢の先頭に立ち、歩を進める事を止めはしなかった。その原動力はただ、父との約束を果たす為だけに・・・
軍団の先頭に立つ男は漆黒のマントを羽織り、灰色の長髪をなびかせ、真紅の双眸をこの先に待つ敵に向ける。
『父上・・・必ず・・・必ずや、ローマを討ち滅ぼします』








そこで奈緒は眼を覚ました。
「奈・・緒?」
眼を覚ました先には両親の姿が映っていた。両親は眼に涙を光らせて身体を震わせた後、奈緒を抱きしめて泣き出した。
「もうッ!心配させて・・・この子は・・・」
すると、奈緒も釣られてワッと涙を溢れさせた。
「お母さんッ!お父さんッ!」
奈緒はこうして普通の日常へと帰還できた。両親から後に聞いた所では自分の帰りが余りに遅く警察にも知らせて捜索していた所、警察署の前に自分が気を失って倒れていたと言う事らしい。
それから、その日は奈緒は両親に言われ、学校を休む事になり、部屋のベッドで休んでいた。
あれから数日が立ったが、あれはこの上もなく不思議な体験だった。突然、連続誘拐犯に拉致され、殺されかけた所で都合良く白馬の王子様と言うわけじゃないけど、黒いマントを来た隻眼の男の人が助けが来てくれて・・・それから先はまるでファンタジーのようだった。ギョロ眼の男が魔導書と言うべきなのだろうか?そんな感じの本を広げて気味の悪い化け物を呼び出していた・・気がする。確か、その辺りで意識がなくなって・・・・

それにしても、あの人・・・どこから来たんだろう?確か、魔法陣みたいなのが地面に現れて、そこから出て来たように思ったけれど・・いや、在り得ない、在り得ない。本の読み過ぎで私の頭がどうかしちゃったのかも・・・
そう言えば・・・あの人・・夢にも出て来たよね。あれって・・・場所といい、進んでいた部隊の格好や戦象を引き連れていた事といい・・・何より、夢にも出て来たあの人の言葉に()()()の彼がまだ、隻眼でなかった事といい・・・どこからどう見ても、あれって―――?

そう考えかけて奈緒はまた、首を横に振り払った。
「やっぱり・・・全部、夢・・だったんだよね」
まったく、どうかしていると思う。そんな漫画みたいな話があるわけないじゃない。そう自分に言い聞かせる事にした・・・が・・・
「いいや、夢などではない。全て“現実”だ」
突如、横から聞こえたその声に奈緒はギョッとして横を振り向く。すると、そこには漆黒のマントを羽織った真紅の隻眼を持った男・・・サーヴァント・ライダーが悠然と立っていた。
奈緒は思わず後ずさり、呻く。
「ど・・どこからッ!?」
「どこからも何も最初からここにいる。君の側に」
一見、告白にも聞こえるセリフだが、生憎、奈緒も額面通りに受け取れる程、今は余裕がなかった。
「てッ!・・あなたみたいな恰好をした人が側に居れば今まで気付かないわけが・・・!?」
「君を警察署に送った後、すぐに霊体化したので問題はない」
奈緒の突っ込みにも悠然とした構えで受け流す。が、当然、奈緒からして見ればそんな答えで納得するはずもない。
「霊体化って何を漫画みたいな事を・・・じゃあ何です。あなたは幽霊だとでも言うんですか?」
そう若干、苛立ちと冗談を交えて問う。すると―――
「うむ・・・確かに既に死んでいると言う意味に置いてはイエスと答えよう」
「え?」
その冗談など微塵も感じられない声音に奈緒はキョトンとする。すると、奈緒の反応に対しライダーの方が逆に疑問を持ったのか若干、戸惑いを含んだ声で問う。
「君は・・・まさか、何も知らないのか?聖杯戦争や英霊は愚か、魔術師の事すらも?」
「聖杯・・戦争?英・・霊?ま・・魔術師?」
ポカンとした声で反芻する奈緒にライダーは静かに嘆息をつく。
「まさか、魔術の心得もない素人が私を呼び寄せるとはな」
一方、奈緒は全く事態が呑み込めず、オズオズと説明を求める。
「あのう・・・まったく、話が見えてこないんですけど・・・・」
すると、ライダーも気を取り直して頷く。
「そうだな・・・ではまず、『聖杯』について説明するとしよう」
ライダーの語る話は奈緒の想像を超えたスケールだった。『聖杯』と言う万能の願望機を巡る魔術師達の戦争。そして、戦争を戦い抜く為の駒こそが過去の英雄、偉人の魂が昇華された存在・・・『英霊』魔術師達はそれらを召喚し、それがたった一組になるまで殺し合う。それが概ねの概要だった。
魔術師なんてものが現実に存在したのも驚いたが、何より自分にそんな素質があった事に度肝を抜いた。
「君の右手に三画の刻印が刻まれていよう?それがこの戦争の参加資格証であり私達『英霊(サーヴァント)』への絶対命令権である『令呪』だ。そして、令呪が刻まれるのは魔術師若しくはその素養を持つ者に限る」
ライダーの言葉に奈緒は自らの右手の甲を見る。血のように赤い紋様がペイントでも何でもなく皮膚にしっかりと刻み付けられていた。
ライダーはもう一度、嘆息をついて説明を続ける。
「とは言え、それが刻まれるのは基本的に熟練した魔術師だけだ。君のように素養があったとしても何の鍛錬もなしにそうそう刻まれる物ではないのだが・・・どうやらイレギュラーが起きたらしい。恐らく昨日、生命の危機に直面し防衛本能が働いた事で魔術回路が突発的に開いた末の召喚だったのだろう」
淡々と語るライダーに奈緒は手を上げて質問を重ねた。
「あのう・・・魔術回路って何です?」
「そうか・・いや、そうだったな。そこから話をしなければならないか・・・」
ライダーは頭を抱えつつ魔術師の概要を説明した。ただし、彼自身もそれ程、詳しくはないので、基本的な部分のみではあるが。
「とにかく令呪を宿し、こうして私を召喚した今、君は紛れもなく聖杯戦争に参加する魔術師(マスター)だ。故に君はこれから、数々の英雄豪傑を従える魔術師達との戦いに臨まねばならない。生き残り、聖杯を手にする為に」
ライダーは最後にそう締め括り、一つしかない眼で奈緒を見据える。それに奈緒は怖気ながら声を震わせて言った。
「そんな・・・私、戦いなんて・・・・」
奈緒は昨日のような事がこれから何度もあるのかと想像するだけで身が震えた。何しろ、自分は戦う術は元より魔術の心得などない全くの素人なのだ。それがいきなり殺し合いの参加者になったなどと言われてもいきなり、気持ちが追い付くわけはないし、まだ半信半疑だと言うのもあるだろう。
戸惑う奈緒にライダーは再び、口を開く。
「その点は私が全面的にカバーする。成り行きとは言え、君と私は既に主従の盟約を結んだ関係だ。全身全霊を以って君を護り抜く事を誓う」
ライダーから再び、護ると力強く言われ奈緒はまたも頬が赤くなってしまう。
(なんか・・・こそばゆいな・・・・)
などと思いながら、奈緒はオズオズと頭を下げて言う。
「は・・はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
「うむ」
ライダーも短く、それに答える。そして、さらに続けて言った。
「それから我々、英霊はクラスに収まる際に弱点に成り得る真名を秘匿すると話したな」
「はい」
「しかし、マスターである君には私の能力を知る上でも私の真名を明かす必要がある。我が真名は・・」
「いえ、多分ですけど私・・・あなたの真名を知ってますから」
その言葉にライダーは怪訝な眼になる。
「実は・・・私、あなたが出て来る夢を見たんです・・・それで大よそは・・・・」
遠慮がちに言う奈緒にライダーはそれで納得した顔になる。
「成程・・・サーヴァントとラインが繋がったマスターは稀に私達の過去夢を見る事があると言うが」
「はい。それで恐らく・・・」
そう・・・あの雪が降る険しい山道・・・あれは紛れもなくヨーロッパ中央部を東西に横切る彼のアルプス山脈だ。そして、その道を只管に行軍していた兵士達は紀元前に良く見られた古代の兵装をしており、戦象を引き連れていた。さらに紀元前において軍を率いてアルプスを越えた英雄は唯一人・・・
何より、右眼のみを残した隻眼・・・夢で彼が人知れず、自らの父に誓った言葉・・・そう、彼は・・・
「ライダー、あなたは・・・ハンニバル・・・・ハンニバル・バルカですね?」
奈緒がそう答えるとライダーは一つしかない眼を閉じて肯定する。
「如何にも、我が真名はハンニバル・バルカだ」

ハンニバル・バルカ・・・古代カルタゴの将軍にして古代ローマ帝国を滅亡の淵にまで追い詰めた智将。戦象軍団と現在の軍隊でも参考にされる程に高度な包囲殲滅戦術を用いてローマを苦しめたローマ最大の宿敵。さらに彼が子供の頃から父、ハミルカル・バルカ将軍からローマを憎み滅ぼす事を誓わせた逸話は有名だ。
そんな大英雄がこれからも当然の如く出て来て私達を襲って来るんだ・・・
奈緒は今更ながら、その事実に気が遠くなりそうになる。そんな奈緒の表情を読み取ったのかライダー・・・ハンニバルは静かな、それでいて悠然とした声で彼女を勇気づける。
「心配はいらぬ。私がいる限りは如何なる敵も君の前には通さん」
(この人・・また、そう言う臆面もない事を堂々と・・・)
奈緒は思わず気恥かしそうに苦笑する。すると、その時、窓を叩く者があった。奈緒は思わずギョッとする。ここは二階。なのにその窓を叩く者など在ろうはずはない。ハンニバルはすぐさま奈緒を庇うように前に出る。そして、窓は唐突に開き、そこから黒い修道服を纏った安っぽい笑顔を振りまく男・・袴田淳一郎が入って来るなり挨拶をする。
「どうも〜!いきなり、こんな所でですが、失礼致します〜!此度の聖杯戦争で聖堂教会から派遣された袴田淳一郎です〜!」
「聖堂・・教会?」
またも聞いた事もない単語に奈緒は眼を白黒させる。それに対しハンニバルはこう捕捉する。
「そう言えば聞いた事がある。聖杯戦争にはその存在自体を秘匿し隠蔽する為に監督役を何処からか派遣するとな」
「ええ、その通りです。それはさて置き、貴方方が昨日、新たに参戦されたマスターとサーヴァントですね?」
「は・・はい」
奈緒が緊張した面持ちで答える。すると、袴田は少しだけ困ったような仕草で言った。
「よろしい、それでは昨日のジル・ド・レェ陣営との戦闘なのですが、些か遣り過ぎましたね。対軍宝具によって敵の工房諸共、下水道を破壊・・・お陰で一般にもニュースになる事態と相成りました」
また、よく分からない単語が出て来たが、どうやら自分が拉致された場所の事を言っているのだろうと奈緒は察した。一方、ハンニバルは淡々と答える。
「成程。あのキャスターの真名はジル・ド・レェか。道理で話が噛み合わぬ上に脈絡がないはずだ。それと昨日の事だが、本来なら私はあの場で戦う意思はなかった。マスターの身の安全を図る事が最優先事項と判断したのでな。にも拘らず、仕掛けて来たのはあちらだぞ?それに少々、厄介な宝具を使っていた。無論、マスターの他にも人質が生存していれば私とて相応の配慮をしたが、生憎とマスター以外は既に息絶えていた・・・故にこちらも適切且つ迅速な対処をしたまでだ」
「ふむ、確かに正当防衛と言って然るべきでありましょう。それに偶然とは言えジル・ド・レェ陣営の討伐にも尽力してくださいましたし・・・まあ、取り逃がされてしまいましたがね」
「なに?」
その言葉にハンニバルは若干、眼を剥く。自らの対軍宝具を用いて取り逃がしたと言う事実に耳を疑う。
(隙など与えた覚えはないが・・・)
ハンニバルは訝しい顔で考え込むと袴田がその疑問に答えた。
「確かに昨日、貴方が使用された対軍宝具はジル・ド・レェ諸共、葬っていてもおかしくない威力でした。しかし、未だにジル・ド・レェが消滅したと言う気配がないんですよ」
「馬鹿な・・・我が宝具はキャスター風情が避けられる物ではない」
ハンニバルが即座に否定するが、袴田は首を横に振る。
「いえいえ、それがですね。昨晩、貴方が工房を破壊した後、ジル・ド・レェとそのマスターの姿を確認しております。もう一組の魔術師(マスター)英霊(サーヴァント)と共に」
「それでは他の陣営がジル・ド・レェとそのマスターを助けたと?いや、それはさて置いてだが、先程、言った『尽力』とはなんだ?サーヴァントがサーヴァントと戦うのは当たり前の事だ。そこにそのような言葉は当て嵌まらないだろう」
ハンニバルがそう言うと袴田は感心したような声で答えた。
「なかなかに耳聡い。そこです、そこが問題点なのです。とは言え、貴方方に告げねばならぬ事はこれだけではありません。まず、順々に話して行きます」
そこで袴田は今回の百組以上の参加者がひしめく聖杯戦争の概要及び、ジル・ド・レェを偶発的に召喚し暴走した連続殺人鬼の件、それに伴う褒賞である令呪一画の寄贈・・・等々を簡単に説明した。
奈緒は百組以上の猛者が自分達の敵になると聞いてかなり、青褪めていた。一方、ハンニバルはあくまで冷静な表情を微動だにしなかったが、その声にはやはり若干の驚きがあった。
「よもや・・・そのような事態に相成っていたとは・・・」
「ええ、ですので貴方方にも是非、尚更に思慮のある行動を厳に取って頂きたいのです・・・それと共にジル・ド・レェとそのマスターを討ち取るまで他陣営とは休戦と言う事でお願いします」
すると、ハンニバルは一つしかない瞳に鋭い色を浮かべて問うた。
「それは構わんが・・・・ジル・ド・レェに加勢したマスターとサーヴァントの目星はついているのか?」
すると、袴田はこう言葉を続ける。
「ええ、ついております。ジル・ド・レェとそのマスターを助力したのはリオン・アルテイシア及びサーヴァント・セイバー・・真名チェーザレ・ボルジアの一組と判明いたしました」

その日、教会からの通達で標的にチェーザレ陣営が加わり、ジル・ド・レェ陣営と同じく討ち取れば令呪の寄贈を打診された。










それから二日後の冬木市、深山町にある海浜公園のベンチで紺色のショートヘアーの男性が嘆息をついていた。
「はあ・・・何でこうなっちまったのかねえ・・・」
男性は黒い瞳を泳がせて途方に暮れていた。
「なっとうした、エディン?んな葬式みたいな面しよって」
隣に控えていたド派手且つ真っ赤な袖無羽織を纏い、髪を昔風なざんばらに結った男が男性が声をかける。その顔がかなりの男前なのが少し、腹が立った。
「だってさあ・・・俺はさあ・・・ネタを探しに日本へ来ただけなんだよ?堅気も堅気の一般人なんだよ?それが何でこんな厄介事に・・・」
エディンが俯いて呟くとザンバラ髪の男性はにべもなく言う。
「しゃあーねえじゃろう。んな事を言っとったって、現実に令呪を刻んでこの(わえ)を召喚しちまったんだからのう・・今更、言うたかて後の祭りじゃ」
その言葉にエディンは二箇月前にまで記憶を回想させる。
































二ヶ月前・・・駆け出しのフリーライター、エディン・モーディフはネタを探す為に日本の冬木市にやって来た。そこは知り合いの生まれ故郷でもある為、一度は来てみたかったと言うのもあった。
「さてと・・・どこに行こうかね?」
エディンはキョロキョロと辺りを興味深そうに見ている。
この冬木市は山と海に囲まれた地方都市だ。『冬木』と言う地名に似合わず、この土地は温暖な気候でそう厳しい寒さに襲われる事はないらしい。適当に掘れば温泉の一つや二つも湧き出るのではないかと言われているくらいだ。
ここの生まれである知り合い・・・間桐雁夜は余り、この街については語りたがらなかった。いつもその話を持ち出すと暗い顔になって渋るのだ。
なら自分の眼でどんな所か見なければなるまい。エディンはそう言う気持ちも手伝って、この街に足を運んだ。
エディンはまず、古くからの町並みを残す深山町へ行ってみる事にした。その方がネタが掘り出せそうだと思ったからだった。思えばそれがエディンの運命の分かれ道であったかも知れない。などと思っても後の祭り・・・
エディンはそこで古さが際立っている古書店をくぐった。彼はそこで一冊の古書に眼を止めた。まるで、吸い寄せられるように。エディンはそれを手に取り中をパラパラと見る。
「なんだ、こりゃ?黒魔術?悪魔の召喚?」
オカルト物かよ・・とエディンは鼻白む。
(まあ、参考程度にはなるか)
そうエディンは軽い気持ちでこの古書を購入しホテルで一通り読んでみる事にした。
そして、いざ読んでみるとその本はその如何にも古いと言う外観だけあってしっかりとした内容が綴られていた。
魔術を行使するに当たっての法則や仕組み・・・出鱈目だと断じるには説得力が随所に見られるような内容だった。尤も、エディンは別にこれに書いてある事が真実だとは思っていない。ただ、書き物をするに当たって面白いネタになるかも知れない。そんな程度に思っていた。ある頁の一節を読むまでは―
「なになに・・・みたせ、みたせ、みたせ、みたせ、みたせ・・・繰り返す都度に・・五度、みたされる時を破却する〜?何の呪文だ、こりゃ?」
エディンが開いているのは複雑な文字で構成された俗に言う魔法陣のような円が書かれた頁で、その隣の頁に呪文らしき物が書かれ、それをエディンは何気に音読した。
「次が・・降り立つ風には・・壁を?四方の門は閉じ・・王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ・・・大層な呪文だな・・・それで・・・汝の身は我が下に、我が命運は・・汝の剣に?聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば・・・応えよ・・・ツゥ!」
そこまで唱えた時、エディンは自らの右手に激痛を感じ、右手を見るとその甲には幾何学的な三画の紋様が刺青のように張り付いていた。
「なんだよ・・・こりゃ?・・・んッ?」
すると、今度は本に書かれた魔法陣が発光している。
(なんじゃ・・こりゃあ・・・これ良く分からんが、最後まで呪文を唱えりゃいいんだろうか?)
エディンは何となくそう思い、詠唱を続けた。
「誓いを―――此処に。我は常世総ての善と成る者・・・我は常世総ての悪を敷く者ッ!」
何故だか分からないが、詠唱を唱える毎に身体が軋みを上げるように痛みを感じた。それは突発的に開いた魔術回路が覚束ないながらに駆動している何よりの証拠なのだが、今のエディンには知る由もない。
「汝三大の言霊を纏う七天・・・抑止の輪より来たれ・・・天秤の守り手よ―――!」
詠唱が終わった瞬間、部屋を閃光と暴風が炸裂し、エディンは後ろへと吹っ飛んでいた。
再び、静寂が訪れ、エディンは頭を抱えながら身を起こし、眼を凝らすとそこには―
「初めに問うちょく、おまんが(わえ)のマスターけ?」
真っ赤な袖無羽織纏い、髪をいわゆるザンバラに結った歌舞伎役者よろしく傾いた男前が火縄銃を片手に問うていた。
「え?」
エディンは訳が分からんと言う声を出したが、男前は気にも留めず自己紹介した。
(わえ)はサーヴァント・アーチャー。そして、真名は雑賀孫市!日の本一の鉄砲使いじゃッ!よろしゅうなマスター!」
その明るい声を最後にエディンの回想は終わる・・・







その後でアーチャーこと孫市から魔術師の存在・・英霊、聖杯戦争の概要を教えられエディンは頭を抱えた。まさか、ほんの軽い気持ちで買った古書でこんな事になるなんて・・・
頭を一層、俯けて沈み込むエディンに孫市は声をかけた。
「まあ、そう神経質になる事もないじゃろう?おまんは(わえ)が守っちゃる。もう少し、気楽にいこら」
「この状況でか?」
エディンは鬱になりそうな声で言う。すると、孫市はこう言い返す。
「こんな状況だからじゃ。戦をしようがしまいが、人間、最後は『死』じゃ。大事なのはその前に何をするかじゃろう?」
流石は腐っても英霊・・・人生経験の豊富さを感じさせる言葉だな・・・エディンはボンヤリとそんな事を考えていると、孫市はニンマリといやらしい笑みを浮かべて風俗のパンフレットを広げる。
「じゃから今日はおまんと(わえ)でオールナイトじゃ!」
「お前はこれから戦争する気はあるのかあああああああああああッ!?てっ言うか、そんな金、持ってるわけねえだろうッ!!国に帰る前に俺が破産するわッ!」
エディンは三段突っ込みを炸裂させる。










なんて事があった頃、神威とセイバーは二日前の戦闘で破壊された下水道に来ていた。付近は警察が張り込み立ち入り禁止になっていた。
「ふむ、よもや、ジル・ド・レェにあ奴らが加勢するとは・・・因縁を感じるな奏者よ」
セイバーが何時になく険しい顔で言うと神威も難しい顔で現場を見つめる。

あのリオンって子・・・見るからに見境がなさそうな感じだったけど・・・連続殺人犯と共謀してまで何かメリットがあるんだろうか?今や百組に近い参加者がジル・ド・レェ陣営の首を狙っているのに加勢したって、こっちも標的にされる事は眼に見えていたはずなのに・・・
それにしても、あれからまだ、二ヶ月半くらいしか経っていないんだな・・・・こんな生活になってから、随分と長く感じるよ。

あれから・・・学校をリオンに壊滅されてから、神威は家にも帰らず、居場所を転々としながら、この戦争をどうにか生き残って来た。と言っても二ヶ月の間は戦闘らしい戦闘は全くと言っていい程、なかった。その後もアーサー王とディルムッド、ランスロットとギルガメッシュの戦いを傍から見ていただけで実戦経験などないに等しい。強いて上げるなら、それこそ学校が壊滅した日・・・自分がセイバーを召喚しリオンとチェーザレと交戦した程度だ。しかも、あの時にしたって戦ったのは主にセイバーで自分は何故だか、超音波のような物を発生させたみたいだが、アレ以来、何度か練習?してみたが、できた試しはない。こんな様で大丈夫なのだろうか?
「奏者よ、何か言え。余一人だけ喋っていても味気がない」
考え込んでいる内にセイバーの話を聞いていなかったらしい。神威は慌てて謝る。
「ご・・ごめん。ちょっと色々と考えててさ・・・」
「まったく、戦場で考え事は禁物だぞ。後ろから襲って来てでもしたら何とする?」
セイバーは腰に手を当てて呆れる。
「う・・うん。ごめ・・」
「ええ、その通りよ」
後ろからそう声が発せられ二人はハッとなって振り返った瞬間、風の刃が直前にまで迫っていた。神威は思わず両手をそれに向かって上げ、超音波による防御壁を作り出して防ぐ。
「でかしたぞ奏者!どうやら、そなたは本番に強いタイプなのだな」
セイバーは臨戦態勢を取りながらも神威を称賛する。一方、神威の方は・・
(ど・・・どうにかなって良かった・・・・・)
冷や汗をかいていた。
そして、風の刃を差し向けた主は・・・
「久しぶりね、モヤシに赤いセイバー。会いに来たやったわよ」
やはり、リオンだった。
「このような時間に後ろからとは・・・つくづく非常識だな小娘よ」
セイバーは険しい眼で睨み据える。それに対しリオンは鼻で笑って言った。
「ハッ!簡単に後ろを取られる方が悪いのよ。それにしてもモヤシ、あんたいつの間にそんな器用な真似ができるようになったのかしら?あたしの風の刃を音波で相殺するなんて・・・」
半ば忌々しげに発した賞賛に神威は・・・
(や・・僕も無我夢中で訳が分からないんだけど・・・・)
と心中で嘆息をついた。
「しかし、そなた達はどう言うつもりだ?教会から討伐の対象に指定されているジル・ド・レェ陣営に肩入れするなどと・・・とうとう、お前達まで討伐の対象となったぞ。百近い猛者を一斉に敵に回してまで、そなたら一体、何がしたい?」
セイバーが解せないと言う声で問い掛ける。それは神威も同意見だったので同様に耳を傾ける。すると、リオンは酷薄な笑みを浮かべて言った。
「さあねえー。少なくとも、あんた達に教える義務なんてないしね〜♪まあ、どうしてもって言うなら―」
リオンがそう言いかけると見えない斬撃が二人に襲い掛かる。セイバーは瞬時に見えぬ斬撃を自身の赤い大剣、隕鉄の鞴『原初の火(アエストゥス・エストゥス)』で受け止める。
「奏者ッ!無事か?」
「う・・なッ!?」
うんと言いかけて神威は自分の背後に悪寒を感じ、振り返って超音波の防御壁を作り出す。すると、またも見えざる斬撃が防御壁に斬り掛かり、容易く切り崩し、神威を吹き飛ばす。
「奏者ぁぁッ!ぐぅッ!」
セイバーがすぐさま、駆け寄ろうとするが、こちらも“見えざる斬撃”に阻まれる。
その様を見てリオンは高笑いをする。
「アハハハハハハハハッ!!これを切り抜けられたらそうねえ〜。考えて上げなくもないけど・・・・あんまりにも弱かったら死んで。アハ♪」
ドスを効かせた後に小馬鹿にした笑いを洩らすリオンにセイバーは歯噛みしながらも全神経を研ぎ澄ませ、神威と自らの周囲に気を配る。
一方、神威はいつ“見えざる斬撃”が襲って来るか分からない状況に恐怖しながらもそれ以上にどうすれば切り抜けられるかを必死に考えていた。
(考えろ・・・考えるんだ。また、思考を止めちゃ駄目だ。もう、学校で良いように使われて諦観していた頃とは違う。今、ここで思考を止めたら、失う物は命だ!僕だけじゃない・・・セイバーだってッ!!考えろ・・・この状況を切り抜ける方法を・・・・“勝つ為の方法”をッ!!)
今、神威の戦いが本当の意味で始まろうとしていた・・・・



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.